書籍・雑誌

「月のぶどう」

実際のところ、”安静”とは大変なものだ。いっそのこと入院でもしていれば、ベッドにいられるのだが、家の中にあっては黙って寝ている訳にはいかない。仕事をしなくても、家の中にこもっているだけでも辛いものだ・・・

俺は、少しづつ松葉杖から離れた。少し疲れたりすればそれに頼ったりはしたけれど、田植には監督として?出かけたし、花を植えたり鉢替えをしたり、さらには庭の除草やトリマー使っての剪定も少しやった。

先生には叱られるかもしれないし、そもそも俺のそうしたことが果たして”安静”だったのか、それを問われたら言い訳も出来ない。人様からは、安静を囲っていないと歩けなくなるぞ!って言われたり、きょうも俺の同級生が以前の怪我が元で、今、歩くのが大変な状態になっているなど聞かされると・・・

やはり大人しくしていなければなるまい。昨日の除草は少し抑えが効かなかった。あとで多少の疲れがでてきたので、湿布薬を貼って寝た・・・

今朝は昨日からの小雨が続いていた。そうであればきょうは何もしないで休もう、そう決めていた。従って、外に出て庭に目をやったりしたものの、あとは本を読んだりpcに向かって短歌を作ったり・・・

それに母の一周忌の案内を作ったり・・・

それでも”おやつ”が出る。甘いものの好きな妻である。それは俺も負けてはいない。明治神宮での祝杯以来、酒類を口にはしていない。妻には来週の受診hospitalまでは、きっかり止めれとのキツイお達しを受けている。

午前中のおやつは・・・「柏餅」だった・・・

かつて妻は子ども等と柏の葉を取りに行き、自分で柏餅を作ったものだった。それに、笹巻きも笹を取りに行って作ったのだが・・・最近は、クマの目撃情報が相次ぐし、我が家から2kmあたりの付近でも、その情報があり、役所からは注意せよとのメールも入っている。

そんなことから柏や笹の葉を取りに行くには危険だ・・・

安静の身でできることのひとつには読書がある。俺は5月に明治神宮から帰って以来、ふたたび読書記録をやることにした。タイトルや著者、出版社、本の大まかな内容と読んだ感想を書き入れるのだ。

この5月には10冊の本を読んだ。年のせいもあるのだろうか、結構眠気も出たりしてなかなか捗らなかったりしたものの、遅読の俺が10冊とは読んだものだ・・・

ここ5日間要したが読んだ1冊に「月のぶどう」がある。寺地はるなという佐賀県生まれの著者。会社勤務と主婦業の傍らに小説を書き始めたという。14年には「ビオレタ」でポプラ社小説新人賞を受賞されている。

この小説は母の死から始まる。ふたごの姉・光実(みつみ)と弟・歩(あゆむ)が家業のワイン作りに生き甲斐を持って取組んでいくストーリーだ。出来のいい姉、出来の悪い弟、やがて・・・

「月の光を溶かしたような、飲めば月の上を歩くような、飲めば幸福が舌の上におとずれるようなワイン作り」に夢を抱く。

圧巻は光実の結婚式での祖父のはなむけのことばだ。

「結婚は”こんなはずやなかったのに”の連続や。まったく思い通りには行きません。でも逃げるわけにはいきません。しっかり目を開けてしっかり受止めて色んな角度から観察しなければなりません」 

ついホロリとさせられた1冊であった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

”父の逸脱”・・・俺も

今の時期、俺の朝仕事はない。あるとすれば雪寄せくらいだ。だが、その雪も寄せるほどは積もっていない。せいぜい5~6cmと言ったところだろうか。我が家に続く足跡が残っていた。新聞配達の足跡だ・・・

001 

いつも7時半頃には食卓に就く。我が家ではテレビはNHK以外はほとんど観ない。丁度、食事の時間には「おはよう日本」、ニュースとか、情報等も俺はこの番組から頂くことが多い。

この番組の中でもっとも引かれるコーナーが「けさクロ」。多分、今朝のクローズアップを略しているのだろう。昨日は、映画「8年越しの花嫁」の紹介があったし、先週は「オリエント殺人事件」も紹介された。ところで今朝は・・・

「父の逸脱・・・ピアノレッスンという拷問」という本が取り上げられた。著者はセリーヌ・ラファエル、無名の若い女性の書いた1冊で、どうやらベストセラーになっているようだ。俺はその内容を聞いてこころが揺すぶられた・・・

005 それはあまりにも俺の若い頃に似ていたためだ。娘にとって、俺は最低の父親だったのだ。だから、娘には取り返しのつかないことをしてしまった、そのことで俺のこころは揺すぶられたのだ・・・

その娘から、夜に電話があった・・・妻が送った”米”と”甘酒”が届いた、有難うというものだった。

娘はもう俺のあの頃の事は忘れているのかも知れないし、こころの中にしっかりしまって思い出さないとしているのかも知れない・・・ああ、俺は何と言う親だったのか・・・

さて・・・

この本である。一言で言えば”父親の暴力”、つまりは娘への虐待と言うことになる。だが、なぜそうなったのかである。

著者の家は裕福なものだったと言う。本書は、虐待を生き延びた自伝エッセイらしい。どうやらフランスでは大きな反響を呼び、映画化も決定したとも聞く。

著者は2歳のときに、ピアノを習わされたようだ、どうもそれは好きでなかったらしい。それでも父の厳しい言葉で練習を重ね、10歳の時には出場したコンクールで3位になった。

しかし、それはあまりにも大きな代償を背負ってのことだったとか。父は音楽の才能が娘にある、そのために鬼畜になって、練習等も強いたようだ。場合によっては部屋に閉じ込めたりも日常茶飯事だったらしい・・・

著者は述べている、「父は私を完璧にしたかった」と。あまりにも熱心なこころが過剰になったのである。

番組の中で司会者は述べていた。少子化にある現在、その子どもに期待が集中する、その愛情が深ければ尚の事、過剰にもなる・・・と。

002 

親にとっては、最初の子であれ、2番目や3番目であっても皆等しく可愛い。だが、一人っ子であれば、先述の司会者の言葉でないが、愛情をそそぐのはひとりだから、期待も非常に高くなる。

子が数人でどの子もとは言いながらも、最初の子は一人っ子みたいなものだから、やはり期待が大きく、立派な子にしようと思うのではないか、それが子にとっては重い負担であることを知らずに・・・

俺はそうであった。結婚して2年目に女の子が生まれた。初めての子ゆえ可愛いし、やはりいい子に育てたい、そう思った。それだけであればいいのだが、段々にいい子が立派な子に、何でも出来る子にと期待がふくらんだ。

子はそんな親の期待に応えようとする、娘もそうだった・・・書をやっても上手になったし、ソロバンは1級にも、また、児童会の代表をやったり・・・でも、それらが子の重きになっているとは知らなかった、当時は・・・

だが、期待に疲れもあったのだろう・・・成績が下がってきた・・・そんな子を罵倒したこともあった。今、思えば見えない言葉の暴力だったのだ。何とか子を発奮させたいとの思いが、それになったのだ。

子はだんだんと俺から離れた。高校を出てから福島の学校に進学した。それも俺から離れたい思いが、そうさせたのだろう・・・

まだ、この本を読んではいないが、今朝のテレビを観ながら・・・とても辛かった。出来るのならあの日に戻って謝りたいのであるが・・・それでも、娘はあの頃を忘れたように、俺を労わってくれる。娘よ・・・有難う、悪い父親だったよ・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

作家・三浦綾子さんのこと 映画「母」のこと

我が家の離れの窓に映画のポスターを貼っている。この23日にはその映画の上映会だ。そして、その上映実行委員会の代表が俺なのだ。何で俺なのかと何度も伺ったのだが、これまた人がいい故のことらしい・・・sign02

俺はこの映画は既に観ている。だが、もう一度観てもいいのではあるが、まさかその代表にされるとは思いもよらなかった。俺の先輩である某氏が「代表は君になったから・・・」そう告げに来たのだが、何でなんで俺が???でも、引き受けてしまったdelicious

009 

だから我が家の離れには、通行される方に見えるように貼っている・・・映画「母」のポスターを。

代表は兎も角として、この映画「母」の原作は三浦綾子の小説「母」だ。そして、俺は大の三浦綾子ファンだ。だから彼女の本は約100冊、ほとんど読んでいる。俺の書斎は2階なのだが、個人の単行本では彼女の本が圧倒的に多い・・・

003 

005 

書棚の一段の前後に、三浦綾子の作品は揃えている。なぜ三浦綾子?

彼女の「氷点」がベストセラーになったのは俺が高校生の頃だ。それを多くの女学生が読んでいたので、タイトルや大まかな内容は知っていた(つもりだった)。当時は「よろめき小説」という印象だった・・・

ところが悶々としていた青年時代・・・厭世的になっている俺がいた。そんな思いからだったのだろう、俺はフラフラと入ったのは保育園を兼ねた教会であった。ドアを開けてくれたのが年配の伯母さんだった・・・

上げてもらうと・・・俺の悩みを聞いてくれた。話をしていると、その伯母さんは俺の集落の出身だった。そうして話をしていると、その伯母さんは元々産婆さんだったようだが、驚いてしまった・・・何と俺を取り上げてくれた産婆さんだったのである・・・

生きる気力を失くしていた俺、その俺が出会ったのは俺を取り上げてくれた産婆さんだったとは・・・

諭されて、その足で本屋に入った。北陽堂書店であった。特別に捜していた本があった訳ではなかった。だが・・・奥の方に何か引き込まれていた(ような気がする)。背表紙に「道ありき」・・・俺はそれにまた惹き付けられた・・・

004 

恥ずかしながらも俺はその「道ありき」を泣きながら読んだ。読み終わった頃はあたりが明るくなっていた・・・以来、俺は三浦綾子の本を求め、求めては読んだ。「道ありき」を読んでから、「氷点」も勿論読んだ・・・決して「よろめき小説」ではなかった・・・

読んで手紙を書いた、三浦綾子さんに・・・そしたら返事を頂いた。それは今では俺の宝物のひとつになっている。

後年、妻と北海道を旅したときに、旭川市にある文学館に寄った。入って俺はここでも泣いた・・・あの頃は、三浦綾子さんはもう他界されていて、旦那さんである光世氏から話を伺った・・・

俺がこうして生きてきたのは、オーバーだと笑われるかもしれないが、あの「道ありき」と出会わなかったら、教会であの元産婆さんの伯母さんと出会わなかったら・・・

006_2  だから俺にとって三浦綾子さんは単なる作家の三浦綾子さんではなく、いのちを助けてくれた恩人なのだ。

俺はその後、就職試験の面接でのことだが、尊敬する人として、この三浦綾子さんを上げた・・・

ご承知のことだと思うが、彼女は先生をやっていたのだが、子ども達を戦争に駆り立てたとしての罪に悩み、さらには様々な病気に苦しんだ方だ・・・

だからこそ「本当に生きるためにはどうしたらいいのか」を小説と言う形で我々に訴えたのだと、俺は思っている。

俺も救ってもらった若き日のこともあるが、中年になって大きな病気もしたし、手術も何度かしている。そんなひ弱な俺ではあるのだが、hospitalに入るたびにいろんなことを学ばせてもらった・・・

入院すれば我がままな人間になることもあった。そこで看護師から怒られたりしたことも、俺には本当に勉強になった・・・

映画から話が大幅に逸れて、若い頃のくだらない話まで書いてしまったが、それほどに俺には思い入れの深い作家が三浦綾子さんで、その方の原作が映画「母」であることから、駄弁をしてしまったようだ。

001 

このような映画は、商業ベースにはならないのだと思う。だから、このようにして巡回等しているのだ。「母」はもう筆力のなかった三浦綾子さんの最後の頃の作品だ。口述を筆記されたのは、旦那さんの光世さんだった。まとまりのない記事になってしまった。今夜はこれで終わりとしたい・・・有難うございました。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

「八重子のハミング」

hospitalにて検査を受ける日であった。土曜日ということもあってか、hospitalは混雑していた。それに、時折、子どもの泣き声も待合室には聞こえてくる。インフルエンザの予防接種のようだ。

俺は検査の前に文庫本を広げた・・・

俺は本のページを広げ、右手には鉛筆を握っている。そして、その手を時々動かす。人様は何をしているのかと、不思議そうに見ている視線を感じた。俺は、本の活字に目をやりながら、気に入った文章や会話、他に気になったりする部分に鉛筆で傍線をひくのだ。

昨日から俺が読んでいるのは・・・「八重子のハミング

003

先月であったか、この本が映画化されるということをNHKで知った。内容にもいささか触れていたので、早速アマゾンに注文した。ただし、俺と同じような考えを持っていた人が多かったのか、注文してもなかなか届かなかった・・・

だから結局届いたのは、注文後、10日余りのことだった。

待合室・・・俺はページをめくりながら、胸に込み上げてくるものを感じていた。その思いを人様には気付かれないように、洟をすすり上げた・・・何度もなんども、そして・・・

夫婦とはこのようなものか、人を介護するとはこのようなものか、帯にもあったのだがまさしく現代版「智恵子抄」であり、目頭があつくなって来る・・・

作者は元学校の校長先生だ、その後、市の教育長になった陽(みなみ)氏で、ガンの手術を三度もしている。彼の妻も学校の先生で、ふたりは離島の学校で知り合い結婚した。その妻が・・・アツツハイマー病に。

001

著者は結局、その妻の介護のために仕事を辞める。従って、本著は彼の奮戦記ともいうものだろうが、単にそれだけに留まってはいない。著者は、講演依頼があれば妻を同行させ、妻を見世物のようにして活動する。

著者の短歌に・・・

 講演に手を携えておちこちに妻曝けおるわれは鬼畜か

なぜか!それはその病気を理解して頂きたい、病人に何とかやさしくしてほしい、その思いが妻を連れての講演だったようだ。

アルツハイマー病とは脳が萎縮していく病気だという、だから少しづつ変化をもたらしていくといい、罹病すれば7~8年で亡くなるらしい。しかし、著者は懸命な介護をした結果だろう、妻八重子さんは11年も長らえたという。

おそらくこの本を目にすれば、目頭を押さえない人はいないだろう。あたり一面に尿びたし、あるときは自分の糞を食べている妻・・・それでも叱る事無く、妻を介護する姿はもうなんと言えばいいのだろう・・・

002

今春に買った椿、小さい苗木なので今、1輪だけ咲いている。品種名を「参平つばき」といい、年に2度咲くと言うので求めたものだ。花にはこのように、1年に2度咲くものは椿の他にもある。

だが人生は一度だ。年若くして生を終える者、年若くして病気を得る者、そのような若くして旅立つ者も少なくはない。花を咲かせる前に旅立つ者もいる。

八重子さんはアルツハイマー病を得た。時には健康な人からみれば”失敗”にも見えるだろう。でも、八重子さんの世界と違うことなのだ。いつも歌好きな八重子さんはハミングだ。歌詞はでないが、メロディだけは口に出る。

200ページ余りの文庫本、でも、学ぶ事は多い1冊だ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

「一千兆円の身代金」

1万円札が100枚で100万円、高さで1cmだ。その10倍では、1千万円で高さが10cm。では・・・1千兆円とは・・・とても計算の出来ないほどで、庶民にとっては想像のできない金額だろう・・・勿論、俺にもまったく縁のない金額である。

ところで、先日、2016年度予算案が「96兆7,218億円」と閣議決定した。この金額は、4年連続しての過去最大の更新だ。高齢化に伴って社会保障費が増えたとの説明である。ただし、歳入をみると、約35%は国債発行、つまりは借金ということになる。

003 歳出が増加したのは、社会保障だけではない。防衛費や外交予算、さらには、今夏の参院選をにらんだものもあるようだ。

また、歳出で大きいのが「国債の返済」、従って実質的に政策経費とみられるのが約73兆ということになる。

さて、国の借金だがその残高が「1、062兆円」つまり1年の予算の約11倍だ。国民の1人に約1千万円借金していることになる。

このことが良いのか!

或いは悪いのか!

しかし、この金額を増やしていく事は、未来に借金をのこしていくことにつながる・・・

前置きが長くなってしまった。俺は国家の予算を論ずるつもりで、前置きにそれをつかったのではない。

これをテーマにした1冊の本を読んだのだ。それもミステリーだ。発行が2014年1月だから、もう3年前になるから、読まれた方も多いのではないだろうか。昨年、年末にこの小説がテレビ化されたので、或いはそれを観られた方もおいでではないだろうか。主演があのスマップの草薙さんだったから・・・001

第12回「このミステリーがすごい」で大賞を獲得したのがこの小説。ある書評家に言わせると、これまでになかった新機軸の誘拐ミステリーだと書いている。

タイトルは当初「ボクが9歳で革命家になった理由」であった。勿論、その9歳が大きな意味を持つのだが、1千兆円とはミステリー史上最高額の身代金だ。

その金額もまた、このミステリーの意味するところでもある。即ち、1千兆円とは国家の借金と同じ金額であり、それを身代金として要求したのは何故か!!!

このあとは、これから読まれる方もいるだろうから、もうこれ以上は記述出来ない。

最後のシーンは涙がでる。自らの懐を肥やそうとした犯人ではない。誘拐された小5の少年もけが一つしないで帰された。それはなぜか!!

国に憂いを持つ青年、それに同調した少年と女・・・・

国民のひとりとして、また、老境に入っている者として、国家予算には関心を持つべきであろう・・・このままでは未来に、若者世代に借金を残していくことになる。俺ももう一度、この数字に関心を持とうと思う・・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

武器より1冊の本を!学校を!

先日、ストックホルムでノーベル賞の授賞式行われ、青色発光ダイオードを開発した日本人3氏が物理学賞を、そして、ノーベル平和賞を、史上最年少のマララさんが受賞した。

004

受賞演説で、マララさんは冒頭で自らの名前の由来を説明したらしい。「私の名は、ジャンム・ダルクであるマイワンドマラライにちなんで付けられた」と・・・。ジャンヌ・ダルクとは、15世紀フランスの彼女、戦争で祖国を救ったという女性だ。

その名を継ぐという彼女、教育の機会を子どもに与える闘いを、今後も続けると語ったとか。

2012年、下校中にイスラム過激派に凶弾をあびた。一時は意識不明になった、そのニュースを聞いたことがあった。しかし、それでも強い信念での行動は、17歳とは思えないしっかりとした言葉に圧倒された。

002

教育は誰もが平等に受けられる日本、ところが、世界の中ではそれがかなわない国もあるのだ。

彼女はいう。「戦車や武器を造るのは容易にできるのに、なぜ、学校を建てるのは難しいの?」と。世界を痛烈に皮肉った名言ではないか。

001

賞金約1億3千万円は、学校建設に使うとか。正しく生きた金の使い方だと思う。日本も700億円のお金で選挙を行う、そのひとかけらでもそうした子どもたちに、学校を建ててやるほうが、生きたお金というものだろう・・・

| | コメント (5) | トラックバック (0)

個室で読んだいくつかの本

元・横綱大鵬が亡くなられた。昭和の時代のヒーローがまたひとり消えた。今は相撲をまったく見ることはないが、あの大鵬が相撲をとってたころは、よく相撲を見、俺も大鵬を応援したものであった。今も記憶にあるのは、小兵の力士から破れて連勝がストップしたこと、しかしそれは写真をみると、確かに大鵬の方が有利であった。翌日、それに抗うように休場したことがあった。余程の自信があったのだ・・・温和な彼からして、珍しいことであった・・・新聞を広げながら、そんなことを思い出していた。

午後から、わが地域の財産区の総会。俺はここの組合長だ。今、ここで管理している山林に太陽光発電が建設される。春には作業にかかり、秋口には発電が開始される予定だ。市の中心部でもあり、ここの開発は財産区の姿を大きく変えるだろう・・・否、変わってほしいと願う。財産は活用されて始めて本当の財産になるのだから・・・。

その建設地の隣には、貸している土地にごみ焼却(産業廃棄物)施設があり、なぜかしらその周辺の杉は枯死している。開発は必要だ、でも公害を発生させるような企業の誘致はしたくない。この原因追求もまた、わが財産区の課題である。俺は再度組合長に選任を受けた・・・もう二年がんばらなくってはいけない・・・

004                   001 

ところで、そんなふうにしての毎日だから、なかなか本も読めない。

しかし、例の俺の図書室(トイレ)で読んだり、通院での待合室、朝食後の時間などを利用し、年末からこれまで7冊ほどは読んだであろう。

あなたに褒められたくて」は、俳優高倉健氏のエッセーだ。

あの寡黙な俳優?が何を語るのか、おりしも映画「あなたへ」の後であったから、余計に興味のあった1冊であった。彼の自伝でもあり、本のタイトルがなぜ「あなたに・・・」なのか、それも語っている。

往復書簡」この1冊も映画の刺激を受けて読んだものだ。あの映画「北のカナリアたち」の原作本だ。しかし、映画とはやはり違う。映画はこの長編のひとつの章を膨らませたもの。映画も良かったが、この本も面白い。期待の小説家・湊かなえの作品である。

002たとえば君」は歌人・河野裕子の死を悼んで、夫で歌人でもある永田和宏が、彼女の最期の歌までをその時々の状況も交えて1冊にしたものだ。

俺は河野さんの死後、こうした類の本は見ていた。何冊もこうして、彼女の死後発刊されるということは、如何に魅力的な歌を発表してきたのか、ということにもつながる。

64歳の死、障害の1/6はがんとの闘い、2000年に発病、2008年の再発・・・乳がんで逝った河野裕子。しかし、彼女の短歌は不滅だ。「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」彼女が残した短歌は悲しみをよぶ。

003 最後に紹介する本は「恋しぐれ」・・・直木賞作家・葉室麟の小説である。俳人蕪村をめぐる恋物語であり、歴史上の人物が幾人も登場し、短編が実は1冊の長編になっている。

この作者の本は図書館から借りて、初めてみたのだが、もう数冊買い求めている。

究極のところ、本の本質は「死」と「恋」これがテーマになっているように思う。いくら時代物とは言え、また、現代もの、活劇もの、それらの底辺にあるのは、やはり「死」であり、「恋」である。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

かなし味(み)を知っていますか?

衆議院の解散!このニュースを見ていたら・・・テロップがtv流れた。女優の森光子さんが亡くなられたとの速報である。解散は「近いうち」と予告?されていたから、特別驚いたわけではないが、森さんのご逝去には驚いた。

女優として文化勲章や国民栄誉賞を受けられ、あの「放浪記」の舞台があまりにも記憶が強いし、あのやさしい顔、若い顔にはとても92歳とは思えなかったから・・・突然の訃報であった。森さんは大女優というよりも”庶民の顔”として、誰からも愛された方であった・・・ご冥福をお祈りしたい。

国民の多くはきっとこの森さんのさようならに「悲しみ」を抱いてることだろう。このところ、生真面目な大将sign02秋が深まってることからか、どうもセンチになっているが、きょうはこの「悲しみ」について、より生真面目に記述させて頂こう。

この4日に、児童文学者・上條さなえさんの講演会に出たことは書かせて頂いた。実は、講演会後、そこで上條さんの本2冊を購入してきた俺。昨日、その1冊を時間の合間に、さらには例の秘密の図書室で読ませて頂いた。

002本の名は「かなしみの詩」。著者の10歳の時の、養護学園での生活をリアルに綴った著書なのである。俺は児童文学書など何十年も読んだことがない。読む気もなかった。この本さえ、講演会に行かねば、手にすることもなかったはずだ。

彼女(著者)は非嫡出子として生まれた、父に引き取られ、そして父の破産もあって、・・・貧乏ゆえ、パチンコの玉をひろってお金に換える、しかしそのお金は父の酒代に使われる。

とうとう養護学園に預けられるのだ。でも、ここにいればごはんが食べられた。それが、嬉しかったという。いじめにもあい、苦しんだもののもういくところのない彼女・・・

ところが、世の中苦を与える神がいれば、逆に助ける神もいるものである。この学園で、先生からの暖かな手が差し伸べられるのだ。腹がいたくて弁当が食えないと彼女にその弁当を与える先生、洗濯物のたたみ方を願ってチョコをくれる先生、そのチョコをトイレで食べる彼女・・・

003 食べないといい子になれないんだと、お替りをさせる先生・・・

その一人の先生が彼女に言う。「食べ物にはネ、うま味、塩味、甘味、辛味、酸味・・・などあるけれど、かなし味(み)もあるんだよ。その味を知る人は人にやさしくなれるんだ・・・、さなえちゃんはかなしみの味知ってるからいい子なんだ・・・・」  <ごはんの写真はNHKTVから>

俺は講演でもcryingだったが、この本でもナミダ…児童文学は子どもの本だと思っていたら、それは違っていたね。大人がもっともっと読むものなんだと、恥ずかしながら思ったよ。

この著者、その後、母の助け姉の助けを受けて大学へ、そして小学校の教員をされた。さらには、埼玉県の教育委員、教育委員長も務められたのだ。

現場をそのまま体験していたから、きっと子に慕われたことだろう。子の痛み、かなし味の道を裸足で歩いて来られたからこそ、教育委員長も適任だったんだろうね・・・考えれば、昨今、「いじめ」の問題がどこでも発生し、問題になっている。そんなときにこそ、こんな先生がいたらと俺は思うよ。

立派なこと言っても、この歳になっても、俺、本当の「かなし味」知っているのかと問われれば「知っている」と答えられる自信はない。在職中、組織のほとんどの資格をとっても、上位のポストは与えてもらえなかった、否、ある時はその資格をとったらトラックの運転手、飼料のや肥料の配達もさせられた、俺は一時正直むくれたナ。約30年の仕事、事務より現場も多かった。

精神的なものもあったのか、手術、入院も一度や二度ではなかった。

しかし、そうしてわかったこともある。人様の下で働くことの意味合いを、さらに病院では患者を助けるのは医師だけではないことを・・・ねsign03

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「母帰る」

母が帰って来た。菊池寛の「父帰る」のようなものではない( ´艸`)プププ 稲刈り中は母の世話は大変だし、作業を早く進めるには預かるしかなかった。稲刈りは天気が勝負だ。それに普通、朝露が乾かないとやれないから10時頃からのスタートとなる。

002 しかし、日暮れも早くなり、午後5時には稲刈りも止めることになる。それに、昼食を1時間さいては、稲刈りの時間がまた少なくなる。そこで、妻とふたりだけだったら、おにぎりを持って田んぼでも食べられる。

ところが母がいれば、母には悪いが昼に帰宅し食事の準備・後始末と時間がとられる。稲刈りするには寸間もいたましい。従って、稲刈り期間はショートシテイとして施設に預かってもらっていたのだ。

稲刈り終えて、母は丸くなって帰ってきた。9◎歳にしても、丈夫なのは食欲が落ちないことにあるのかも知れない。・・・でも、丸くなって帰って来たのは、我が家の食事が貧弱?

母は大正◎年生まれだ。腰がややかがんではきたものの歩ける。ただし、一人での入浴は無理だ。これまでは、妻がいれてやっていたが、重い母だから最近はデイサービスで風呂に入ってきてもらっている。

その母を詠んだ1首が先月25日の北九州市の大会で、”秀作”を頂いた。この賞、今年は初めてだ。長年やっていればこんなマグレもある(v^ー゜)ヤッタネ!!でも母のお陰の1首であるがゆえに、実は複雑な心境でもある。

001 秋は樹木や草花が実を結ぶ季節である。我が家に今年はカリンは一個も実を付けない。ヤマボウシもまたである。剪定が強すぎたのだろうか・・・・・despair

ただ樹勢の強い”ムラサキシキブ”はいっぱい実をつけた。この木、切って飾るものなら葉をすぐに落とす習性がある。専ら実を眺める木のようだ。

人もそれぞれ、人生の秋には実を結ぶであろう。でも、お悔やみの欄をみると、20代、30代で亡くなられた方もおいでだ。

人生が短いから実は結ばないだろうとは言えないが、実は結ばずとも長生きしたいのが、人間の願い!だろうね・・・・・それに、実といってもいろんな実があるからナ~

| | コメント (1) | トラックバック (0)

吉沢久子の生活術・・・「前向き。」

きょうも俺の居間は現在25度と程よい感じぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

テレビtvラジオもオリンピック、これにきょうからは高校野球が始まり、スポーツ一色の平成24年の夏だ\(^o^)/

オリンピックでは、メダルを獲得しても「銅」だからと喜ばない選手、自分を誉めたいと「銅」で笑顔いっぱいの選手・・・皆、確かに金メダル目指して頑張ってきたのだから、思いはそれぞれなのであろう。紙面で見ると、柔道の選手に笑顔がなかったような気がする・・・

002 特に柔道はお家芸といわれるスポーツのひとつだけに、「金」が期待されていた。従って、日本の伝統スポーツだけに、「銅」では負けたことにつながっているのであろうか。それに対する自責の念か・・・

しかし、現在の国技という相撲さえ、横綱はしばらく外国人だ。それだけ、国際的なメジャーな競技になってきたんだといわざるを得まい。それは、スポーツとしての広がりも大きくなったということでもあるだろう。

でも、それでアントンとしていては上は狙えない。スポーツは参加することに意義があるとは言いながらも、やはり入賞したい、メダルがほしい・・・これが本音のはずだし、そのために選手は努力する。オリンピックはことしのみでない。負けて、或いは悔しさをバネに次のステップを踏めばいい。

人間だから、本番で実力を発揮できなかった選手もいたであろう。逆に、伸び伸びと実力以上の力を発揮した選手もいたであろう。それは仕方のないこと。だめだったら次に向かう、前向きまえむきである。

ところで俺は、あす・あさってと再び出張だ。来週はお盆だし、行くにはきょうしかなく、午前中医者に薬をもらいに行った。ところが、お盆前にということだろう、医者は混雑していた。当然、待合の時間が長くなった。

その時間、俺は持っていった本を読んだ。タイトルが「前向き」・・・これは93歳の吉沢久子が出した本だ。吉沢は家事評論家の肩書きを持っている。確か、夫を60代で亡くされ、以来ひとり暮らしをしている。

本はこの吉沢さんに生活研究家・阿部絢子さんがインタビューしてまとめた1冊だ。俺の母とは2歳違い、93歳と言いながらも明晰に日々を暮らしている。その根底にあるのが、彼女の生き方であり、考え方、行動のとり方なのだ。

例えば、無理をしても自分のことは自分でという生き方、老いたことを悲観することなく、老いは不思議がいっぱいで面白いと言う考え方、新しいシステムには積極的に覚えるという行動・・・言わば、タイトルのように常に前にまえにというチャレンジ、これが老いても老けない生き方なんであろう。

オリンピックだって常に前向きな選手ほど努力をしたのだと思う。この世に天才などそんなにいるもんじゃないと思う。だからメダルの色は、或いは努力を一番重ねた人のその証かも知れない。

人生の大先輩の言葉はすばらしい。学ぶものがいっぱいある。同世代の方との付き合いもいいが、人生の先輩をこそ知人として持つことも大事だ。本を通じて先輩の言葉にふれる・・・それもまたいいものだ。

「前向き」いい言葉だ。俺も是非見習いたいもの、そして、生きたいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)