映画・テレビ

「さよなら きりたんぽ」考

3月にしてこの雪である。起床して外を見たら真っ白だ。かれこれ10cmはあるだろうか。今季は、”冬”は入るのが遅れたようで、その分後半に冬が引きずっているような感じだ。この分では、彼岸まではタイヤ交換も無理だろう・・・

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路面等は日中には融けたものの、家の周辺にはまだ今朝の雪が残っている。もうすっかり冬に戻った感じのわが郷である。

夕食時に、NHKのローカルニュース「ニュースこまち」を見ていたら、テレビドラマの”タイトルの変更”について報道され、一部の方々のインタビューも交えての内容が放映された・・・

何だと見ていると、4月から民間放送で予定されているテレビドラマ、このドラマのタイトルが秋田県のきりたんぽに悪い印象を与える、従ってタイトルの変更を求めるとのことだった。そのタイトルが「さようなら きりたんぽ」だという。

どうやら俺には全く関係のないドラマではあるが、モチーフにしているのがあの猟奇な事件「阿部定」のようだ。主人公はダメ男に鉄槌を加えていくストーリーだとのこと。しかし、きりたんぽがさも男のものを連想させるとのことで、つまりは秋田県の名物が悪い印象をうけるので、ドラマ名の変更を求める内容が報じられたのだ。

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そこでテレビ放映の会社では、秋田県民に不愉快な思いを与えた事を謝罪し、タイトルを変更することになったらしい。このことでは、ネットに色んな意見が出ている。中には秋田県民は了見が狭い、むしろさらにキリタンポが有名になっていくのではという意見さえある。

タイトルの「きりたんぽ」は一体何を意味するのだろう。やはりモチーフを聞けばそれから連想されるのは・・・・・ストーリーの紹介、或いはモチーフ等のことが分からないと、何でだめなのともなるのだが、内容を知れば、やはりなんで「きりたんぽ」となるのは当然か。

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何人も表現の自由は保障される。しかし、テレビは主として家庭向けに作られており、今回のタイトルはやはり如何なものか、俺もそう思う。了見の狭さよりも制作の意図、タイトルの設定が問われるのではないだろうか。

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もしも”電気”がなくなったら?

朝から寒い1日となった・・・それが、夕方には時折吹雪いて、しかも路面はうっすらと白くなった。3月と言うのに、我が家では福寿草が芽をだしたばかりというのに・・・これでは、冬に逆戻りしたような感じだ・・・・

かねてから観たいという映画の1本にmovie「サバイバルファミリー」があった。本は作家で読むのと同じように、映画は監督で観るのが俺である。この”サバイバル・・・”は、かつて「ウォーターボーイズ」や「スウィングガールズ」、また「ハッピーフライト」「ロボジー」「神去なあなあ日常」などを監督した矢口史靖氏だ。

今回の”サバイバル・・・”は、ある日・・・地球から電気が消滅したらがテーマ、しかし、それだけではなく、つまりは家族の再生の物語であった。

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もしも電気がなくなったら・・・等とは誰もが思ったりはする。しかし、現実にはそんなことはないだろう、そんなことになるはずがない、大方はそのように思うだろうし、俺自身もそんなことは起きない・・・正直、そのように思っている。

しかし、映画を観ていると決してありえないことでもないなと思えてきた。そして、そのようになったらどうするか、どのようにして家族を守れるか、考えても俺にはその生き方がなかなか分からない。

電気が止まったら・・・(この映画では電気や電池、バッテリーなど電気関係はすべてダメなことを元にしている)

ご飯を炊けない、冷蔵庫はダメだしテレビもラジオも・・・電車や自動車、バスだって止まる。風呂にも入れないし、暖房も取れない。

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物語の主人公は東京に住んでいる平凡な一家・鈴木家だ。そんな鈴木家を襲ったのが「停電」だった。それもただの停電と思ったのだが、次の日もまた次の日も・・・単なる停電ではない、しかし、その情報すら確認できない。

電気が止まる・・・誰もそんなことを想像もしていない、一家は突然不自由な生活を虐げられた。やがて、一家の大黒柱は「東京を出ることを決断」した。自動車も利用できないから、自転車に乗って・・・

そこから鈴木家のサバイバルが始まる・・・・

この監督はいつものことながら、常にユーモアを入れている、だが、それは哀感ののぞんだユーモアだ。実はそこのあたりが面白いのだ。笑っていても、それが悲しくもなるのである。

これからご覧なる方もおいでだろうから、それからは伏せるのだが、これは現代人が常に考えておかねばならないことなのだろう・・・

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現代においては、電気は欠く事のできないエネルギーのひとつだ。電気がなければ生活は勿論、仕事も出来ない現実がある。だから、安定した電気の供給を受けねばならない。でも、原発ではあのような事故が発生した。

だから、以後は原発に変えた自然再生エネとして、太陽光・風・地熱・水などが考えられ、わがまちにも太陽光パネルが林立し、更には風車も多く出現し、景観保護を危惧する人も多い。そんななかで、隣りの由利本荘市では、日本海の沖合いに、出力最大56万kwの風車が建設されようとしている。

完成すれば、世界有数の洋上での風力発電となる。原発よりはましだと、どんどんと進められようとしている現在、景観や周波数の関連で心配されている自然再生エネ、しかしこれもまた、様々な課題が浮き彫りになってきている。

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六ちゃん、ありがとう。

女優の堀北真希さんが引退するようだ。あの名作「3丁目の夕日」は数々の賞を受賞し、この映画に出演した彼女も多くの賞を頂いたはずだ。どうやら昨年に子が誕生した事から、家庭に入るとのことらしい。

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それは彼女の選択しようとする道のようだから、外野がとやかく言う必要はないだろう。だから俺だって云々言われないのであるが、あの映画では鮮烈な印象があるだけに、もう遠い存在になるようで、どことなく寂しさを感じている。

あの映画を俺は2度観たし、テレビでも観たことがあった。自分との等身的な映画だっただけに、その後の映画も観、観ては涙を落とした。2度目になれば、次のシーンが分かるのだが、それでも何度か涙を流した。

特に田舎から上京した六ちゃんの訛りに、俺の同級生も集団就職列車で上京したので、それに重なる部分もあって、なお親しみもあった映画であった。

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あの頃は、皆活き活きとして生活していた。折りしも高度成長期に入る時期だ。頑張れば報われる、それを疑うこともなかった。だから、懸命に働いたのだ。

それに隣近所との交流も深いものがあった。映画でもそんな場面もあった。東京オリンピックのころは、テレビもカラーになっていたし、わいわい言いながら観戦したものだった。そうしたことは、誰もがそうだったから、それで良かった時代だ。

こんなこともあった。そのころは肉を買うことなど、無かった時代だ。JAでは「肉の日」と称して、肉を配達する日があった。それまでは、カレーに入るのは、肉ではなくさばの缶詰。今ではとてもなつかしい。皆々貧乏ではあったが、活き活きと生きていた時代だった。

あの映画で多くの国民を虜にした彼女、俺などは他の彼女の番組を観たことがないから、妻との会話ではいつも「六ちゃん」と呼んでいる。あの六ちゃんが母になったという。おめでとう、そして有難う。幸せに・・・

        写真はネットから・・・

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小百合の”踊り子”

   手を触るることさえもなき踊り子のほのかな恋の行方のかなし

伊豆の踊り子」は川端康成の代表的な小説だ。これまでも何度か映画化され、吉永小百合の主演で4度目だったとか。若い時分には、この映画を俺は観ただろうが、もうすっかり忘れていた・・・

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きょうはまちの映画祭で、午前にこの「伊豆の踊り子」が上映されるということで、妻と軽トラに乗って出掛けた。

館内は勿論、その当時の若かった青年たち・・・だった。俺もそのひとり・・・しかも、吉永小百合の大ファン。かつてはわがまちにもあった映画館に、よく観に行ったものだ。帰りには「大判焼き」(あじまんを大きくしたようなもの)を食べたりして・・・

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映画のシーンは、宇野重吉扮する大学教授の回想から始まっていく。この大学教授こそ、かの踊り子に憧れた本人。旅の途中で出会い、惹かれるままに下田まで同行する。踊り子もその大学生に惹かれるという設定で、物語は展開していく。

踊り子役の吉永小百合。踊りの場面もいくつかあり、そのシーンを観ながら、実は「夢千代」のことも思い出していた・・・003 

館内は暗いからどうだったのか、おれ自身も知らないが、スクリーンを見ていて鼻の下を伸ばしてあったかも知れない・・・delicious

たった数日の出会い、そこで惹かれあった学生と踊り子、その結論はお分かりだろう。船に乗って東京に帰る学生、それを見送る踊り子・・・俺の涙腺は緩んでしまった。ふたりの気持ちになっている俺であった。

この小説には、多分に川端の若いときの体験が入っているのではないだろうか。相手が踊り子ではなかったにしても・・・しかし、川端でなくとも若い頃に恋に傷ついた思い等は誰にもあるんだろう・・・

きょうは雪は降らないものの、どんよりとした1日。その冬の日がやがて暮れる。日の短いいまでは、もうそろそろ暗くなり始めている・・・

 

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野球と少年たち

昨日から時々咳が出る。おまけに鼻がむずむずし、鼻水がでる。どうも俺の寝相にあるようだ。寝るときは、暑がり屋の俺だ。タオルケットをからだの半分にかける・・・ところが、夜中は冷えている。さすがの俺も目が覚めて、首まで引き上げるのだが、そんな昨今からだろう・・

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きょうも・・・ハ・ハックションwobbly

人様は、昨日から稲刈りが始まった。俺は昨日は会議があったし、まして整備を依頼していたコンバインも来ない。朝方に電話があって、きょうの夕方にはコンバインを運ぶとのこと。従って、きょうは休みとし、庭の除草や木の剪定等・・・

午後の3時頃だった。俺が木の剪定していたら、いつ来たのか、猫がいた・・・ところが、状態がおかしい。立とうとして立てない。立ち上がってもふらっとしてまた寝てしまうのだ。首輪もつけているから、飼い猫なんだろう・・・

畑にいる妻を呼んだ・・・どうしよう、もう息も絶えそうな感じなのだ。でも、我が家の庭で死ぬのをみたくはない。薄情だが、川の土手の方に連れて行った・・・通りがかった知人に、どこの猫だろう、そこの家でも猫を飼っているので尋ねた。しかし、?????

可愛そうだけど・・・

今夜は久々にテレビの前。どうしても観たい、そう思ったのだ・・・

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その番組は「瀬戸内少年野球団」だ。終戦前後の子ども達、戦争に対しての教育を受け、そして、敗戦を経験した子ども達、その姿を活き活きと描いた感動のドラマであった・・・

勿論、原作は阿久悠の小説のテレビ化だ。しかし、小説とは言いながらも彼の少年時代がベースになっている。

俺の少年時代とも少しは重なる。俺は戦後の生まれだから、戦争もまた戦後も知らない。物心ついたころは小学生。俺たちも学校から帰れば、野球(ソフトボール)に明け暮れた。場所は神社の境内だ。だから、ボールを打つと神社に当って・・・

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この子ども達のように、俺たちもグローブなどなかった。ソフトボールだから素手でも良かった。バットもなく、見つけた棒で肩代わりした。ボールは1っこのみだから、遠くに飛んでも見つかるまで探したものだ。

グローブを買ってもらったのは4年生だっただろうか、それに5年生の時には、祖父母が北海道旅行をし、お土産にバットを買って来てくれた。俺は恵まれていた。グローブもバットもまだ他の子は持っていなかった。

それが原因だっただろうか、随分と皆仲良くしてくれた記憶がある。

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かつて映画化もされた、それを俺は観ていないが、今夜は涙を抑えながら観たテレビ。主演の武井咲、三浦貴大の好演が光った・・・

テレビを観ながら、今夜は遠い小学生の頃が思い出された・・・

     <写真は秋田朝日テレビより>

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喜劇映画であれども・・・

わがまちに映画館はない。隣りの由利本荘市にもそれがない。映画好きな俺は、観たい映画があれば、往復3時間ほどかけて秋田市や酒田市まで行くことになる。

3月・・・これを観たいと思っていた。が、花粉症やら農作業もあって見逃していた1本であった。由利本荘市の文化施設で、午後から1回上映するというのだ。天気も梅雨空なので、からだを小さくしなくてもいい。妻も観たがったのだが、村で「鳥海山講」があった・・・

003_2その映画は・・・

家族はつらいよ」だ。ご存知の山田洋次監督の作品だ。それを午後から観に行った・・・

このまちで映画を上映するのは久々だ。かつても俺はここで「起終点駅」を観た。きょうは山田監督作品とあってか、100人ほどの観客であった。

上映が始まった・・・

映画のシーンは家の中が多かった、そこでの役者の会話や行動に、場内から笑いが漏れる・・・そんなシーンがいくつも出る。

しかし、笑いの中にも自分と重なるシーンもあって、俺は笑えない部分もあった。一応、喜劇映画であるから、始まりから笑いであっても・・・

発端は平田周造夫婦の会話から始まる。その日は周造の妻・富子の誕生日だったが忘れていた、妻に何のプレゼントがいい?尋ねると・・・

妻から出たことばは・・・「離婚して下さい」

こうして物語は展開していく。この夫婦を演ずるのは、橋爪功と吉行和子。結婚して50年を迎えようとしていた。いくら惚れあっていっしょになっても、50年の間には小さな隙間もでるのは当然か。ひとつ気に入らないとそれが海に注ぐ川のように、一気に海に流れ出る。

周造の仕草を見ていると、ああそれは俺もやっているな、あまりにも夫婦だからと言って、気を使わないのも隙間を広げる要因にもなるのだ・・・だから、周造に自らを投影しながら、ハラハラしながら観続けた・・・

当然のように場内からの笑い声・・・でも、俺みたいな人はいないのか。笑いといっても「ホホホ」ぐらいなら同調するのだが、「アハハハハ」等になると、デリカシィがないなとも思ってしまう

身につまされることないのだろうか、それは俺だけなんだろうか・・・おかしいけれど、哀れさを感じないのか、同情の気持ちは起きないのか、悲しくはないのか、俺は過剰なのか・・・

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俺は思うのだ、喜劇そ人を悲しませるのではないかと。俺も笑った、でも笑いながらも息苦しさも感じていた俺だ。

最後に・・・周造が妻にさりげなく語ることばに、今度はおれは涙した。

ラストシーン、役者の名が出始めたら多くの人が席を立った。俺などは最後の余韻を感じたいがために、場内に明りがついてから席をたつのだが、きょうも高齢の婦人が多かった。他人のこと等かまうことなく、しかも話をしながら出て行く・・・

まったくマナーもない。少々怒りが胸の中に点灯したが我慢をして、照明点灯後に席を立った・・・

 (写真は映画のチラシ、下は我が家の座敷の床の間、立っているのは俺ではありませんから、念のため(ノ∀`)・゚・。 アヒャヒャヒャヒャ・・・短歌大会で頂いた短冊を前に・・・)

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人生の第2幕

会議は予定よりも早く終った!なので草刈りの続きをやろうと思って帰路についた。ところが、雨だ。それも強くなって、車のワイパーを早くする。こんな雨だし、草刈りは無理だ。そうだ、映画に行こう!自分への褒美として?観に行こう、俺は秋田市に向かった。

映画は初めに、是枝監督の話題の「海よりもまだ深く」。

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阿部寛が叶わない夢を追い続けるグウタラな男を演ずる。彼の妻役には真木よう子、しかし、ふたりは離婚していて、一ヶ月に一回子と会う男・良多であった。ところが、ある晩、母の家にいて台風の夜を迎えた・・・

是枝作品の先の「海街ダイアリー」もそうだったが、今回の映画もまた、日常が淡々と描かれている。勿論、こころに響いてくるシーンや会話もあるのだが、そうした何げない描写がむしろこころを打つ。

次に観たのが、横山秀夫の作品、ベストセラーになった小説の映画化「64」。これは前・後に分かれていて、きょう観たのは「前編」だ。チラシに”映画史に残る傑作」等と書かれていると、何が何でも観なければとの思いになる。

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慟哭の結末とあるから、後編に期待したいが、前編では記者クラブとの対決シーン、刑事部と警務部との攻防だ。佐藤浩一が主人公の三上で刑事から広報官になっている。昭和64年の7日間、その間で起きた子どもの誘拐事件・・・

まわりを奥田や三浦(友和)、長瀬正敏が重厚な役を演じている。後編は11日からのようで、また観にいきたいと思う。

ところで読者の皆さんは、映画が終ればすぐに会場をあとにするだろうか・・・それとも、会場に照明が灯されてからでるだろうか・・・

俺は最後のさいごまで見届けて、照明が灯されてから会場を出る。映画が終ってから、出演した役者の名前が出る。時にはエンデングテーマの流れる中で・・・

きょう観ていたら、「海より・・・」には”東山明美”とあった。そのときふと思い出した。あの歌手で「私の恋人」を歌った人では?あのころ、クラウンレコードでは確か北島、西郷に次歌手として東山を売り出した。南○の記憶はないが、その東山明美が好きでレコードを買った記憶があり、探したらあったのだ・・・

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今は歌手としての名を聞くことはないが、第2の人生に女優となったのか。

「64」でも見かけた。それは山崎ハコ、あの独特な声が魅力的だった。アルバムに「飛びなさい」があったと記憶。彼女が好きな友人が居て、俺はレコードを借りてきいたことがある。

歌手などは終生歌手で生きられる人は少ない。だから、第2の人生に役者を選ぶのか。いづれ懐かしくその名を見た・・・ただし2人とも映画の中で、どんな役を演じていたのか、まったく知らないままに映画は終った。

見終わってから書店に急いだ。映画を観たら、本も読むのが俺で、きょうの映画の2冊を購入して来た。

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秋田弁de笑っちゃおう・・・

昨日から肌寒い。山間部では「雪」との情報もある。俺のところでも、一瞬に雪が見えた。東京では桜の開花が、昨日発表された。平年より5日、昨年より2日早い開花らしい。暖冬の影響から、秋田も平年より早い4月12日と予報されていたのだが、この寒さでは芽も震えているんだろう・・・

我が家では、賑やかだった2日間だったが、その主人公たちが帰ったこともあり、まったくの静けさ、居間もひっそりとして寒々しい。

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寒いこころを暖めてくれるのは花、洗面所には「ヤブツバキ」が飾られている。この花は南方系の花らしく、北限は秋田県の男鹿だ。そこには、その名の通り「椿港」があり日本海に開けている。

暖めてくれたのがもうひとつ・・・

NHKでは、午後6時過ぎにローカル番組となる。秋田では平日は「ニュースこまち」となる。この時間、我が家では食事時だ。否が応でもそこにはtvがあるので、視線はそちらに向けさせられる・・・eye

この放送の中では、いろんな特集があるのだが、きょうは「秋田弁de川柳」だった。これは隔週のようで、選者は詩人のあゆかわのぼる氏。今夜もいくつかが紹介された・・・

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その中から一句!

☆あの国はなもなねごどであげくれる・・・「なんともならないこと」

ほっけして春のかまりこ探すあぜ・・・ 「掘り返して」「香り」

なにどねぇぐ遺影さふとかげで寝る・・・「なんとなく」「ひと声」

1句目のあの国とは、大方想像のつくことだろう。2句目、如何にも今の時期だ。3句目は、多分、奥さんが亡き夫に「お休み」を言っているのだろう。

ただ、同じ秋田県とは言え、方言がまったく同じと言うことでもなく、この秋田弁で川柳を見ていると、何の事かよく分からないことがある。勿論、標準語からは、やや離れている俺の言葉であるのだがm9(^Д^)プギャー・・・。しかし、いつもように、軽妙な語りのあゆかわさんの解説があるので救われるhappy01

今、新聞では民謡歌手の佐々木實氏の語る履歴書が掲載されている。丁度、きょうは東京に出て、民謡酒場で歌っている所だ。彼もおそらくは秋田弁で苦労したことだろう。いなかっぺい氏であれば、それもこれも笑いに変えてしまうだろうが・・・(´,_ゝ`)プッ

きょうの川柳も或いは、「笑っちゃおう」精神で組んでいる番組かも???よくぞ考えたと思う。これもまたアイデアか、否、ユーモアというか、つまりは秋田県はふたつの言語を持つずうずう弁大国なのだgood

ただし・・・都会に出て秋田弁で泣いた話はよく聞く話である。

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人は誰でも輝ける!

44歳の家庭の主婦が、東北楽天イーグルスのチアリーダーになる!・・・なんて夢のようなと誰しもが思う。差別ではないが、俺だって「まさか」と思う。しかし、実話をもとにしたドラマ「44歳のチアリーダー」が、きょうNHKBSプレミアムで再放映された。

009_2 主演は堀内敬子さん。俺はこの女優を知らなかった。番組は東北での制作のため、素人だと思っていた(失礼しました)。

ところが、娘に聞くと様々なドラマに出演しているという。

それにしても何故チアリーダーに?

主婦の名は小野寺真沙子44歳。夫を送り、子ども達を学校に送り、やっと朝の多忙から開放される。

いつしか日々の生活にこころもからだも疲れ、何の生きがいも感じないままに、日々を送っていた。

ある朝、プロ野球東北楽天イーグルスでチアリーダーを募集している広告を目にし、「私も・・・」と目を輝かせた。

当時の監督の田尾氏が、「人は年齢だとか、体力が下り坂などと目を曇らせている。人間は目標をもてば誰もが輝ける」と述べていることを、彼女はテレビでみていて、「私はチアリーダーをやってみたい」、目を輝かせた。

家族は誰もが反対した。息子は恥ずかしくて、学校に行けないとも言う始末。家族はいっきょに崩壊したように、ばらばらになった。

それでも夫はやがて応援するようになる。一方では、やはりからだが言うこともきかなかったり、レッスンはとてつもない厳しさが待ち受けていた。だが、ママ友からのアドバイスもあって、時には泣きながらもレッスンに耐えた・・・

010 懸命に頑張る彼女に、やがて、一人またひとりと家族が応援、とうとう彼女は念願だった、東北イーグルスを応援する部隊に起った・・・夢を実現させたのだ。

現実に満足せず、夢を夢にしないで現実に、それに向き合う小野寺真沙子のひたむきな姿は、涙ぐましいものでもあり、また、爛々と輝く目が印象的でもあった。

俺の1番目の孫は、高校に入学してから、それまでの吹奏楽からチアリーダーに、部活を変えた。小柄な孫には、大変な運動量とのこと。

それでも、女の子だ。やはり魅力的にうつるのだろう。若いのだから、やりたいことをやればいい。ところが、家庭の主婦が、それも44歳という彼女。如何に夢を実現しようと頑張っても、それは大変だったことは想像に難くない。

晩年になって名も汚してしまった某大臣、わがまちでも先日記載したように、非常勤とは言え、消防の指揮をとってきた団長の不祥事など、それまでに夢を持って生きて来たはずだが・・・

俺が、人生の幕を引く時間はもう長くはない。しかし、その時まで、きょうの小野寺真沙子のように、夢を実現しようと走ることは出来ないまでも、ポケットに夢をつめて、小さなことに向かって生きて行きたい・・・

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「母」の映画化

     あ~またこの二月の月かきた
     ほんとうにこの二月とゆ月かいやな月
     こいをいパいになきたい
     あ~なみたかてる
     めかねかくもる

この詩のような文章を書いたのは、小林多喜二の母が書いたという。あのプロレタリアの多喜二であり、その母をセキと言った。多喜二は1933年2月に、特高警察に拷問を受けて29歳で亡くなった。

その多喜二の母が息子の死を悼み、書いたというのだ。そのたどたどしい文章は、晩年に覚えて書いたという。濁点を知らなかったのだろう・・・でも、それゆえに心の痛みが痛切に読む人のこころを揺さぶる・・・

001 さてこの21日の新聞をご覧になられた方もおいでだろう。「蟹工船」で知られる小林多喜二、その母であるセキを作家・三浦綾子が「母」と題して著してこの小説、この小説が映画化されるというのだ。

この小説を映画化するのは、山田火砂子監督。83歳という監督だが、「愛とやさしさにあふれたセキの姿をもって、日本の母親像をえがきたい」と語ったとか。

三浦綾子ファンの俺にとっては、待望の映画になりそうだ。出演者等はまだ未定のようだが、来年の1~2月に公開を目指すらしい。

実は、母のセキは秋田県生まれだ。現在の大館市に生まれ、下川沿村の農家に嫁ぎ、その後一家は小樽に移住する。

本人を題材にする小説は多いものの、その母を描くという作品は少ない。この作品、三浦綾子は約10年の歳月を通して出版した。勿論、俺はその1冊を求めて読んだ。今では内容も定かに覚えてはいないが、当時、感激した1冊であった・・・

「母」は平成4年3月に出版されている。俺が求めたのは、その初版本だ。

三浦綾子はこの本の”あとがき”にこう記している。「多喜二の母を書いてほしいと三浦(夫)から頼まれたが困惑した。その時、多喜二の母は受洗した人だとの一言で、書く決心をした」と。

003宗教の事等俺は分からない。でも、この三浦綾子は「人の罪」、いわゆる原罪ということを中心に小説を書いた・・・

俺は、彼女の作品に惹かれ、ほとんどの本は絵本も含めて買い求め、そのほとんどは読んだ。

俺が最初に惹かれたのは「道ありき」であることを以前に書いた。人生に悲嘆した俺が、本屋でその背表紙を見、引かれるようにして読んだ1冊であった・・・

以来、俺の尊敬する人物にもなった。某所の面接で、尊敬する人はと問われたときに、両親に続いて、俺は三浦綾子をあげた。

004だから、俺の書斎の一角には、三浦綾子の本が並んでいる。

北海道の旭川に行き、三浦綾子文学館に行ったことがある。当時はまだ、三浦さんが居られて・・・

俺はこの文学館で、恥ずかしながら泣いてしまったことがある。

もう今は新しい作品には出会えないが、こんど時間を見計らってもう一度、三浦文学を楽しんでみようと思う。

  きょうは西日本では、大変な雪になったようで、被害にあわれた皆さんにはお見舞    い申し上げます。

 また、琴奨菊が期待を裏切ることなく、10年ぶりの日本人力士としての優勝、こころからお祝い致します。 

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