映画・テレビ

人生色々・・・

 

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今夜の俺は珍しく📺を見た。番組表で「舟木一夫」が歌うのをみたからだ。若い頃の思い出を回顧しながら、舟木一夫が歌うのだ🎙️

彼は歌手になり、もう55周年になるらしい。ヒット曲を次から次に歌う彼を見ながら、おれ自身の過去も重ね合わせた…

歌手舟木一夫は、生まれるべくして生まれた歌手だ。ある場所に松島あきら?が来ていて「湖愁」を歌ってい、一緒に歌ってくれる人をと観客に挙手を求めたようだ。その時、一緒だった友人が舟木の手を掴んであげたらしい。

仕方なく舟木は歌ったと言う。それが評判になり、歌手の道になったと言うから、何から道が開けるか分からないものだ。

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歌手になり、時代の流れに乗ったように、ヒットソングを続出🎶だが、デビューが爆発的だったゆえ、逆にその後を恐れたとか。それでも彼の出す歌はヒット。そんなことから、彼も👺になった…

そして忘れられた歌手になりつつあったが、見事に復活した。それは自分の努力ではなく、同世代のファンから応援があってのこと、俺もそうだが、やはり団塊の世代が、多いからこそそれから支えられたと言うことか。

 

神様は決して一人だけに終生光を与えない。やはり、時には光を消して、また、正道を歩かせるのだろう。

昨日、映画館に行って観たのは「最高の人生のみつけ方」だ。ハリウッドで製作されたリメイクで、昨日観たのはそれだ。主演が吉永小百合と天海祐希。二人は癌におかされている。この二人が人生の最期に向かっていくのだ。

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これは映画なのだか、これまた人生色々だ…

先月の新聞に載っていたこと。

演歌歌手だった香田晋さんをご存知だろうか?載っていたのは彼の転身した内容だった。彼は船村徹氏からスカウトされ、演歌歌手となり紅白歌合戦にも出た実力ある歌手だったようだ(俺も名前と顔の記憶がある)

その彼が現在は、福井県のある寺の僧侶になっているとのこと。それが新聞に載ってたのだ。

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彼は歌以外の番組にもで、明るいキャラクターで人気者だったらしい。ところが、笑顔を振りまくことに疲れ、歌手→書や絵画の道に。その後、介護にかかわった義理の祖母を亡くしてから、仏門に入り、僧侶になったようだ。

正しく人生色々である。スポーツ選手から国会議員に、お笑いタレントからやはり政治家に等々、人は第二、第三の道を歩いている人も少なくはない。

さて自らを考えた場合、どうしたら良いのだろう。口達者でもないし、笑顔も苦手、もう後がないのに、庭の石ひとつをどう動かそうかとの迷いもなかなか決断出来ない俺である。

 

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さんざしの花咲いて・・・

今朝も先ずは田んぼ廻り・・・この連日の天気だし、加えて気温も高い。従って、植えられた稲の苗はもう活着したようだ。それに、早く植えたものは分げつも始まったようである・・・

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植田に映る”逆さ鳥海山”この光景が見られるのも、今月いっぱいだろうか。それ以降だと、すっかり青田になるから、鳥海山が田んぼには映らない。

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早く植えた人は除草剤の散布も始まった。長いビニールホースの両端をふたりでもって、背負っている動噴の馬力をアップする。そうするとビニールホースから除草剤が田んぼに落下する仕組み。でも、この時夫婦の呼吸が合わないと・・・👀

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稲は人の足音で育つ・・・先輩から聞いた言葉だ。要するに田んぼに足を運んだ分、稲は応えてくれるということだ。真面目な農家は、朝夕に必ず田んぼ廻りをしている・・・

鉢植えの”サンザシ”が、いっぱいの花をつけている。小さな花でとてもかわいい・・・この花を見れば、いつも書いて来た俺だ。舟木一夫の「さんざしの花咲けば」を思うのだ。否、あの歌が好きだったことから、この花を求めたのだろう・・・実はこの歌を舟木ファンならば知っているだろうが、大きくヒットした曲ではない。当時は「夕笛」のB面の曲だったからだ。

だが・・・俺はこの歌が好きで、車を運転中にも鼻歌で出る。作詞は”高校3年生”の丘灯至夫だったと記憶している。

             さんざしの花咲けばさんざしの花に似た
             あの人のあたたかなあたたかな声がする
             いつも一人丘の上 雲を見てたこの僕に
             人のやさしさをそっと教えた
             あの人のあたたかなあたたかな声がする

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歌詞から想像すると、あの人とは”女性”か?しかも”年上の”と思うのだが・・・ひょっとするとあの頃の俺は年上の女性にほのかな憧れを抱いていたのか?俺の兄弟は俺が長男で、3人は妹だ。そんなことから頭の中で、年上の人に憧れを・・・💓???

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話が脱線してしまった・・・お詫びとして、再三アップしているのだが、あまりにきれいなので口直しに?キングサリと白フジを・・・

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田植えの準備

今朝も4時半には目が覚めた。心配だった雨は、濡らすような小雨でったようだ。だが、昨日の土手(畦)の結果はあまりにも気持ちを落胆させた。ショックが大きく、そのまま起きるに起きれなかった・・・俺はふたたび布団にもぐった・・・

ふたたび目覚めたのが6時・・・あの田んぼに行く気力はすっかり薄れ、どうなっているのかとも考えたくもなかった・・・

だが、漸くに気を取り戻し、妻を伴ってしかもアゼナミなどの資材も積んで、重い腰を上げた・・・

我が家の最後の桜”八重桜”が散り始めていた・・・坂いっぱいに花が落ちていた💠

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俺は、この桜に詫びながら軽トラで踏んで家を出た💨


幸いなことに、崩れは広がっていなかったし、応急処置もした土嚢もそのままだった。昨日積んだ土嚢を補強するように、今度は土嚢の前にアゼナミ、それに周辺の土を土嚢の上に嵩上げした。だが、この田んぼは均等ではない。この土嚢を水位として水管理をすることになるのだが、この水位だと向こうの方では田面が陸になっている。

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いずれこの水位で無理に代掻きをしたが、高低差が大きいので除草剤の効果も期待できないだろう。最悪の場合は、耕作放棄するしかないだろう。大きな金をかけて修復など出来ない、そう決断した・・・

当初の計画だと、昨日に仕上げの代掻きを終えて、きょうは”余裕日”にするつもりだった。不要な作業でその余裕もなくしてしまった。帰宅してからトラクターの洗浄をし、11時には月一度受診している🏥に出掛けた・・

帰宅してからは、明日からの田植えの準備に入った。

先ずはビニールハウスの苗に散水・・・それを今度は軽トラにのせた。この荷台には80箱が積み込める。明予定している田んぼに、それを運んだ。こうしないと田植えが効率よくはこばないのだ。

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そして田んぼに・・・

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この準備を終えたら、空の月が田んぼに写るし、鳥海山の雄姿も田面に写っている・・・

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月と鳥海山と田面の逆さ鳥海山である。

田んぼの周辺にも様々な花。大根の花、タンポポの綿毛が見える・・・

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田植え期間中は、どうやら☀+☁


今夜も拙いブログに寄って頂き有難うございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「コーヒーが冷めないうちに」と俺

昨日まで従兄弟の稲刈りの助っ人だった。コンバインを運転するのは従兄弟であり、俺はカントリーに搬入する時の軽トラの運転、あとは従兄弟が自宅に籾運搬時に、俺はコンバインに乗る。だから、大した助っ人ではなかった。大きな戦力ではなかった。あとは20aほどだし、自分ひとりで大丈夫という従兄弟、だから俺の助っ人は・・・

ってなことで、昨日で俺の助っ人は終った・・・

従って、きょうからは特にやらなければならない仕事、急いでやらねばならない仕事もない。ゆるゆると来年の為に、今後はやっていこうかと思う。ところがきょうは小雨・・・妻も畑の整理もあるようだが、雨では畑仕事も気がひけるようだ。

ということで、ふたりで映画に行く事にした。きょうは小雨でもあるから、身を細めて行く必要もない・・・映画は「コーヒーが冷めないうちに」を観る事で・・・

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この本は昨年だったか、俺は読んでいた・・・映画のパンフレットには”号泣必至のベストセラー小説がついに映画化!《後悔》から生まれた《愛と再生》の物語、とありさらには、「あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?」なんてある・・・

映画では、幾人かその過去に戻りたいという人が、喫茶店”フニクリフニクラ”にやってくる。そこには、望んだ過去に戻ることの「席」があるのだ。ただ、過去に戻っても、現実は変わらない。また、過去に戻れるのは注がれたコーヒーが冷めてしまうだけの間だけだ。

そこからは、まだご覧になっていない方の為にも伏せるが・・・1杯のコーヒーが冷めるまでの、ほんのわずかな時間であっても、その人の人生が変わるという。確かにそうかも知れない。ここではが時間の経過を握っているが、人生が変わるのは人それぞれだろう・・・

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誰にもそれはあるのであるが、俺の場合のひとつは、三浦綾子の「道ありき」に出会ったことであり、あの日に戻ってみたい気がする。それは悩みに悩みぬいたあの日、ある教会にフラフラと入った・・・

俺を中に誘い居れてくれたのは、中年の小母さんだった。当時の俺は高卒直後であったかも・・・その小母さんは俺の悩みを聞いてくれた。そして驚いてしまった!その小母さんは元は産婆さんであり、しかも俺を取り上げてくれた産婆さんだったのである・・・

その帰り道、書店で出合ったのがあの1冊、「道ありき」であった。それは俺をひきつける様にして、書棚に背表紙を耀かせていたのだ。あれから、俺の生き方が確かに変わった。その1冊の本の裏には、あの日のことが記されている・・・

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それから約20年・・・

今、俺は久しぶりにNHKラジオ「ラジオ深夜便」を聴いている・・・今夜の進行は、元NHKアナの須磨佳津江さんだ。俺はこのアナウンサーの大ファンで、知ったのは「趣味の園芸」からだった。

あの日は仙台で花の博覧会があって、「趣味の園芸」もあの場の特設会場で録画撮影があったのだ。収録が終ってから・・・そのアナウンサーに近づいて・・・「あの~一緒に写真撮らせて頂けませんか?」、俺のその言葉に「いいわよ・・」OKしてくれた。あの写真は今でもサイドボードの上に飾っている。

息子が仙台の学校に行っていて、その息子、また茨城から娘も合流した仙台・・・須磨アナウンサーとの写真とともに、親子で過した仙台のあの日が眩しい。もしも過去に戻れるなら、あの日にも戻ってみたい気がする。

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もうひとつ出来るとしたら・・・

父親に会いたい。とうとう俺は父と和解する事無く、逝かしてしまったのだ。俺は夢を潰されたと思っていた。進学が工業高校ではなく、父から押し切られて農業高校に向わねばならなかった。以来、父とはわだかまりが生じ、普通の親と子の立場で和んだことがあっただろうか。

だから父に会って、父にたてついたことを詫びたいし、出来たらふたりででも・・・父が亡くなりもう30年だ。あの日に帰っても、もう俺を忘れているかも知れないけれど・・・もう、俺もその父の享年に近くなっているのだから・・・

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”晴耕雨観”・・・

食卓に上がったのは「ムラサキタマネギ」、如何にも血液がサラサラになりそうだ。昨日、お隣りさんから頂いたという・・・スライスしたこのムラサキタマネギにドレッシング。以前は叔母さんから頂いていたのだが、もう作付けは出来なくなったようである。

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確か、血圧を下げるような効果もあったと思う。いづれ、体にはとてもいい野菜のようであり、何個か頂いたようなので、これからしばらくはこのムラサキタマネギが食べられ、体内がきれいになりそうだ

ところが・・・

これも年齢から来ているのか、昨夜は左の股関節に鈍痛があり、よく睡眠できなかった。足を伸ばして眠られず、半ばうつ伏せ状態で寝る状態。朝になっても、その痛みは残っていた

思い当たるのは培土機に乗っての作業だ。乗ってはUターンの為に下り、また乗るという繰り返し、乗っていても足はすり足だ。それがあって股関節に影響したのだ。楽に見える作業もやはり体にも効くのだ

天気は「」、明け方には一時強かったとか。朝には霧のような小雨・・・

妻にきょうの予定を聞くと「ない」と言う。小雨でもあるし、植木屋さんは作業を昨日で終えたし、加えて俺は股関節に鈍痛がある。それならきょうは農作業を休んで映画に行こうと誘った。妻も観たいと言っていた映画だ・・・

今回は鶴岡市の映画館「まちなかキネマ」我が家からは、車で1時間15分ほどで、秋田市に行く時間とほとんど変わらないのだ。しかも、このような映画は大きな映画館では上映しないだろう・・・

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ここは元々は縫製関連の工場だった。それを改装して映画館になった。上映会場も大きくもない。小さいところで50~70人ほどしか入れない。しかし、ここの雰囲気がとてもいい!

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映画は「モリのいる場所」。画家・熊谷守一と妻の秀子の物語である。主演が山崎努と樹木希林だ。

Photo 今の時代にはなかなかこのような映画には振り向く人は少ないだろう・・・そう思って入館したら結構入っていた、そう!俺たちとほぼ似た年代と見受けた。30~40人ほどだった。

ほぼ30年、自宅から出たことがないという画家、庭の小さな生き物である虫をただただ黙ってみているのが日課。風貌といい、まるで仙人?この彼を支えるのが秀子。会話や動作が微笑ましく、ああこんな映画もいいものだ、そう思って観賞した・・・

実は先週の夜、俺はこの映画館で映画を他の作品を観た・・・

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「被ばく牛と生きる」である。福島の原発事故に伴う、被ばく牛と農家のドキュメンタリーだ。震災当時、いわゆる警戒区域内には約3500頭の牛が飼われていた。それが農家も強制避難を強いられ、家を離れた為に1400頭の牛が餓死した。

そして残っていた牛は”殺処分”と農水省から通達された。しかし、一部の農家はそれに反対し、居住制限区域で暮したり、また、仮設住宅から牧場に通い続ける農家もいた。”存在が許されない声なき命を守りたい”・・・観ていてとても辛いものがあった。

映画では殺処分された牛も写される、解体されて調べられる牛もまた写されて・・・でも、これが現実だったのだ、こうしたことがふたたびあってはならない、まして原発の稼動等させてはならない・・・・・こころを鬼にして、スクリーンに見入った・・・

俺にとっては、「晴耕雨読」ならぬ「晴耕雨観」のきょうであった・・・

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”奴”にあいました・・・

今朝もどんよりまた、雨の降りそうな雲行きだ・・・それでもやはり故郷の朝は気持ちいい!

食卓に上がったのは「虎の子まんじゅう」。大きなまんじゅう、白い縞模様が描かれている隣りのまちの銘菓である。中にはこしあんが入っていて、表面の生地は黒糖、カラメルなどで色づけされた甘い和菓子だ。

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実は昨日帰郷した俺は、午前9時半からその矢島の皆さんの短歌会と俺たちの短歌会の合同短歌会を行なった。そこにお土産として持参してくれたのが、この虎の子まんじゅうだったのだ。

ほとんど眠れなかった深夜バス。それでも俺がまとめ役だ。深読みできなかったものの、1首1首の短歌に評を加えさせて頂いた。今回は23人の出詠だ。兼題は「緑」。それぞれ個性のある短歌だけに、評をするというのはおこがましいのであるが、勉強会ゆえその思いで評をした。

短歌会の終了後、子ども達がこれから迎える夏休みを、事故や危険からどう守るか・・・先生方との「生徒指導者会議」が行なわれた。俺は青少年健全育成市民会議の役職を命じられているので、その会に出席・・・

色んな公職からは、もう身を引くつもりでいるのだが・・・段階を踏んで離れるしかないのだろう・・・

              

東京を離れる直前であった・・・どうしても行ってみたい所があった。あいたい”奴”がいた・・・

俺は有楽町で電車を下りた。思えば先月、この界隈も松葉杖だった。それが今回は身軽な俺だ。足も手も自由だ。だから、目さえ確かなら少しばかりの距離は何ら関係もない。事前にその場所は調べていたので、そこはほどなく分かった・・・

あった、あった、新しい高層のビルの下に、そいつはいた。俺のあいたかった”奴”だ。それは・・・

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こいつであった。「ゴジラ」だ。だが、もう少しでかいのかとも想像していた。想像していた大きさとは若干違ってはいたが、それでも存在感はあった。周辺のビルがあまりにも高いから、少し小さめに写ったのかも知れない。

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俺はゴジラを前から後から、下からと角度を替えて連写した。

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そして、記念にキーホルダーを求めて、ゴジラと分かれた・・・

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5万回も斬られた男

皆さんは、俳優・福本清三をご存知だろうか・・・俺はどこかで聞いたことがあるようなないような・・・そんな曖昧なことしか言えない。それもそのはずである、彼は主役をやったりするような、また、イケメンだったりの俳優ではないのだ。

彼の俳優としての役は”斬られ役”なのだ。これまで時代劇の中で、斬られ続けてそれが5万回もというから凄い。

この話は先日の新聞に掲載された、従ってご覧になられた方も多いかも知れない。彼は、斬られ役ではあるが、主役に”斬られに行ってはダメ”との信念がある。何だお前はと本気になって斬りに行く、でも主役の方が強いといわせないと説得力がない、そう言うのだ。

一理あると俺も思う。要はそれだけ真剣になって向かっていかなければ、見ている観客を納得させる事が出来ない。本当にそうなんだろう・・・いくら芝居とは言いながらも、リアリティを感じさせないと迫力がないのである・・・

こんな斬られ役・福本には一度だけ主演を務めたことがあるとか。2014年に公開された映画「太秦ライムライト」というのである。俺は観たこともないのだが、果たしてどんな映画なんだろう・・・

映画やドラマにあっては主人公は通常は一人だ。その一人を巡って物語りは展開する、しかし、それを持ち上げたりするいわゆる脇役がいなくては、物語は成立しないのである。斬られ役、じつはそれもまた脇役なのである。

ただ、人生にあっては主人公が永遠に主人公ではいられない。太陽が一部の人をしか照らさないということはなく、人はそれぞれが主人公であり、注目されたって永遠ではないのだ。人間は実に飽きっぽい性格を持っている。いつでも新たな主人公の出現を待っているのだ・・・

映画にあってはいわゆるスターがいて、脇役がいる。5万回斬られ続けた”その他”もいる。しかし、そうした人々がいて、始めて映画が完成するのである。

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なかなか「終った人」になれなくて・・・

内館牧子さんの「終った人」を読んだのは昨年だった。身につまされるような部分もあって、グイグイと惹かれるままに読んだ1冊であった。この「終った人」が映画化され、先週から公開されている。

昨日、俺は朝5時半からの山の草刈り普請、そして土手の草刈りと多少無理をしたこともあったので、きょうは農作業を休むことにした。それに9時過ぎから雨になったこともあり、この映画を観に行くことにした・・・

映画は、大手の銀行の出世コースから子会社に出向を命じられ、そのまま定年退職を迎えた田代壮介。彼が、会社を去る午後5時から、この物語はスタートする。

それまで仕事一筋で通してきたサラリーマンの壮介。それ故に途方に暮れる。何かをしなくてはと居場所を求め、また、生き甲斐を求めて奔走する。そこである人物と出会う。その人物に懇願され、企業の相談役についたのだが・・・

誰もが自分はまだ終っていない、そう思うのだ。まして男とすれば、終った年齢だと認めたくないのが大方だろうか。それだけ過信の部分を捨てきれないのが、男と言うものか・・・かと言う俺だってそうだった(?)

妻が言う。もう頑張り過ぎないで過せば何とかなる、農業をやっていれば食糧もほどほどある。それに幾ばくながら年金も入る。だから、細々と生きていくには、他に仕事も収入もそんなに必要としないだろう・・・、と。

確かにそうなのだ、だが、仕事=お金だけではない部分もあり、むしろそれは生きがいと言うことにもなるのだ。

この辺は男と女の違いがいささかあるのかも知れないのだが・・・

いづれ男は「終った」ことを認めたくないのである。俺もそうだ、妻の言うことに耳を傾けていたら、膝に受傷もなかっただろうし、人生の地獄を味わわずに済んだのかも知れなかったのに、やはり俺もまた「終った」とは認めたくない男なのであろう・・・

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「太陽がいっぱい」

軽トラの運転席からの前方は吹雪ききょうもまた寒く、そして、時々雪が降り、さらには吹いたりした。ここは山間だから尚の事、小さいながら地吹雪だ。車内の暖房もなかなか効果もない・・・所用があって、山間の道を通ったのだった

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カーラジオからは音楽が・・・ラジオはNHK・・・11時35分頃だった。”歌の散歩道”だった。次の曲は・・・?誰かのリクエストにより、「太陽がいっぱい」とのこと!おっ!と聞き耳をたてながら吹雪の道を走った。

演奏はニニ・ロッソ(だったと思う)のトランペット・・・

実は俺はこの音楽が大好きで、若い頃にはラジオに何度かリクエストをしたことがあった。この曲は映画音楽の曲。勿論、この映画も好きだったのである。映画を見て、レコードも買った。当時は”サントラ盤”と言った。サウンド・トラック盤というものである。

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この哀愁めいたメロディ・・・たまらないものだった。きょうもまた、当時を思い出しながら聞いた。上のレコードはドーナッツ盤のジャケットだが、俺はLPも持っていた。

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この映画の主演はアラン・ドロン。1935年、フランス生まれの俳優だ。身長が184cm、当時の彼は、美男子の代名詞でさえあった。

物語は25歳の青年が身分不相応な金を掴む機会を狙っている。そんな彼に友人の父親から中学時代の友人を連れ戻してほしいと頼まれる。それを引き受けるのだが・・・所謂、青年の欲望と挫折が描かれている。

あの、ラストシーンが如何にもフランス映画。今でも耳に残っている。映画の監督は「禁じられた遊び」のルネ・クレマン。青年の欲望が達成したかにみえるのだが、最後の場面でひっくり返る・・・

連日の寒い北国。そろそろ緩んでもいい時期になっていると思うのだが、厳しい寒波がなかなか離れてくれない。本当にいっぱいでなくてもいいから、少しでいいから太陽がほしい・・・

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ただし、冬季の五輪では昨日の羽生選手の金メダル、それはまるで太陽のように彼の胸で耀いた。苦労や苦難に向かって勝ち得た太陽のような輝き・・・

そして、今夜また日本人選手の金メダル

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小平選手が獲得したようだ。

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笑う101歳×2

凄い人がいたものだ・・・つくづくとそう思う。

ふたりはともに101歳。そのひとりは日本初の女性報道写真家・笹本恒子さん、もうひとりは(昨年に亡くなったのだが)反戦を訴え続けたジャーナリスト・むのたけじさん、実はこのふたりの足跡をたどったドキュメンタリー映画「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」が秋田市で上映され、俺は午後からそこに足を運んだ。

4時半からの上映に出かけたのだが、会場の文化会館は生憎駐車場が満杯なので、近くの生涯学習センターで時間を潰して、午後7時からの上映を観た・・・

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ご存知の通りむのたけじさんは秋田県の出身だ。以前も彼のことを記述したことがあるのだが、きょうまた彼の筋を通した生き方に感動し、昨年の8月21日に101歳で亡くなったのだが、スクリーンで拝見しているとかの世の人になったとは思えないほどの迫力があった。

むのさんは、物を運んだりして日銭を稼ぐ貧農の家に生まれた。やがて彼は新聞記者になって、従軍記者になったようだが、戦争の真の実態を伝えることが出来なかったとして、敗戦の日に朝日新聞を退社した。

退社してもういちど自分はどう生きたらいいのか、一から出直そうと故郷に帰った。そして、彼が行なったのは、闇の中にたいまつを灯そうと、小さな新聞週刊「たいまつ」を発行することとし実践に移った・・・1948年2月2日だったと言う・・・

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今ならばそんな気骨を持った人間だ。選挙などに駆り出されただろうが、彼はあくまでも市民、それも貧しい人々の暮しをペンで訴えようとしたようだ。当然、暮しは楽ではなかっただろうことは想像出来る。

それでもめげずに発行を続けられたのは、内助の功があったことも推測できる。それで少しづつ発行部数も増えたというが、経済的には恵まれた人生ではなかっただろう・・・

今、わがまちでは選挙一色に染まろうとしている。国政選挙のほかに、市長選、県議の補選も予定されており、若い人が県議への出馬を表明している。出馬の理由には県議の報酬が高いこと、表立っては言ってはいないものの、そんなことも噂されている。

そんなことを思えば、むのさんは世の中を俯瞰し、意見を言ってきた人間なのだから、堂々と論陣を張れるジャーナリストだから、いくらでもその機会はあっただろう。今回の国政選挙、何がどうして解散されたのかも不明のままに、総理の専権事項で解散された・・・

だから明確な争点もなく、あとからこじつけた争点だとも言えなくもない。ただ、残念なのは、どの政党もどの候補者も「農業をどうするのか」等はまったくふれてはいない。稲作農家は来年から減反政策がなくなり、また、所得補償もなくなることから路頭に迷っているというのに。

どこの国でも自国の農業は守っている、食糧だけは何とか自国で維持したい、そのように躍起になっているのに、日本は農業の「の」の字もどの政党からも聞こえない。減反のなくなる来年、来年は農家にとっては「やっていくか」「やめるべきか」その元年にあたるのに、残念なことだ。

むのさんの発行し続けた「たいまつ」は1978年に廃刊になったが、この間780号まで発行した。30年と言う長きにわたってのペン活動は終ったのであった。余談ながら、秋田魁新聞の文化欄に同社のラジオドキュメント制作部の須藤さんが一文を寄せているが、それによるとむのさんは、「たいまつ」を廃刊後、自分の無力を感じて髪を伸ばしたようだとある。

そのむのさんが、実に36年ぶりに散髪したとある。思いが叶ったからということでもなく、世界が益々きな臭くなっているときに、3次世界大戦になれば地球が滅びる、そんなことをさせてはならない、それを強く主張する表れと言うことだろうか・・・

タイトルは笑う101歳だ。それは人生を卓越してきたからこその笑いと言えるが、その裏面に隠された思いをわれわれは汲み取る必要があるのではないだろうか・・・

                                    

今夜はむのたけじさんだけのことを記述したが、いつかは一方の凄い人の笹本恒子さんのことも書こうと思う。

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