日記・コラム・つぶやき

籠もった”光太郎”

田廻りから帰り食卓について俺は妻に言った・・・「本当に○○真面目、人様は何と馬鹿な奴かと俺を笑うだろうナ」と俺。でも、人は自由で様々なのだからと、妻は俺の考えに相槌を打つ。

実はきょうは午後から集落で懇親会があり、俺もそれに案内を頂いていた。ところが、きょうは秋田市での県民カレッジ。そして、人口減少に伴うシンポジューム。いづれも大分前からそこでの受講を予約していたので、集落での懇親会へは出席できない旨を伝えていた、だから、秋田市にdash

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今年の県民カレッジのコースのひとつが、「戦中・戦後の文学」で、4月~6月は「高村光太郎」、2回目のきょうは”光太郎と知恵子”。

その中で、戦災でアトリエが全焼し宮沢賢治宅に疎開した光太郎、その後、岩手の大田村の山小屋にこもったのは、戦争の責任をとったことだったと言う。かつて聞いたこともあったような気がするが、すっかり忘れていた・・・

詩人としての責任!自らの詩で戦争を応援したという自責。

そんなことを聞きながらふと思った。先には”戦争法案”を強行採決し、今般、ふたたび”共謀罪”を衆院で強行採決し、来週には参院に審査が移る。これまた与党は強行するだろう・・・その後は”憲法改正”と、益々危険な道に入ろうとしていることを・・・

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講師は北条常久氏、先生からの講義はもう何度目だろうか・・・

午後からは・・・

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基調講演は、持続可能な地域社会総合研究所長・藤山浩氏。島根県出身で様々に提言を行い、また活動している方であった。彼の主張は、田園回帰1%戦略。人口も所得も1%取り戻すだけで、地域は活性化するという。NHKクローズアップ現代でも紹介された氏であった。

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終了後はパネラーによるデスカッション。実際に東京から秋田県に移住された2人も含めての時間であった。人口を増やそうと各自治体はやっきになっている昨今。俺のまちも同様であり、いささかヒントを頂いた気もする。

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居間には、我が家の様々なミヤコワスレ・・・シンプルながらとてもきれいな花だ。人はいろんな人がいる、それが社会と言うもの。俺をタダで飲ませると言うのに欠席して、あと何年生きるか分からないのに難しい勉強をして・・・との声もあるだろう。

でも・・・これも性分だ。自分で言うのもなんだが、真面目の上に○○が付くほどの俺らしい?いくら勉強したって、明日の日も分からない年齢になっている。だったら昼の酒も楽しんだらいいだろう、それが楽な生き方だとも聞く。でも、俺は・・・籠もるまでにはいかなくても・・・

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あの地震から34年

あれから34年である・・・

あの日、昭和53年5月26日、午前11時59分57秒・・・グラグラっと揺れた。本県をマグニチュード7.7の大地震が襲った!震源地は秋田・青森県沖約100k、逆断層型地震と言われた「日本海中部地震」であった。

この地震で、秋田市等では震度が「5」、八峰町では14mの津波に襲われた。この地震と津波で104人が犠牲となった。この中には、山間部の小学校で男鹿半島に遠足に来ていて犠牲になった児童もいた。それまで日本海では津波が発生しないと言い続けられてもいたし、その恐ろしさも知らなかったのだろう・・・

13人の児童が亡くなった・・・津波にのまれて。

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当然、わがまちも大きく揺れた。被害がなかったものの津波も発生した。きょうのニュースでは、13人の亡くなったことでの供養もあったようで、その子ども達の親へのインタビューもあった。

「生きていれば、孫を連れて家にいっしょに来ただろうに・・・」と女の子を亡くした父親、「生きていたら、我が家の柱になって頑張ってくれただろう・・・」と力なく応えた父親・・・その父親たちはもう70歳を超えていた・・・

上の写真2枚は、キンレンカのハンギング。一番旺盛な時季らしく、花も元気だ。あのような地震があったら、きょうのこのハンギングも大きく揺れてあっただろう・・・

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  ☆ あの日から34年の時経てど子はあの日のままの11歳にて

  ☆ 歳月は両親の顔変えれども子のにこやかな顔の変わらず

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俺はきょうは人間ドック・・・いつもの病院にhospitalでも、受付が午前7時、従って俺が家を出たのは午前6時半だ、食事も水も摂られないためどこか違和感がある。受付では俺が一番遅くて21番目・・・

採血・眼底・心電図・エコーと続き、胃の検査だ!胃カメラはだめなので透視を希望していた。そして、その台に上がった。だが、どこかしら変な気持ちだ。バリウムを飲んで検査は続いたが、そのバリウムが一部器官に入ったらしい・・・

こんなことは初めてだ。”逆流性・・・”と言われたこの2月の透視でもすんなり行ったのに・・・ほんの少しだけと言うので、それによる症状は出ないと思うが・・・後日、電話で確認させていただくとのこと。

どうも検査も苦手だ・・・透視だって楽でもない、麻酔しての胃カメラもあるらしいが・・・

帰宅したら、クレマチスの花が俺を迎えてくれた・・・

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・・・・・ああ、検査がおわった!

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招かざるもの

外から聞こえる蛙の合唱隊noteギャロギャロと何ともうるさいほどだ、恋の季節と言うことか。

田んぼはすっかりと青田に一変した。田植後の天気がすこぶる良いので、活着したんだろう。すくっと苗が立ち始めてい、間もなく分げつ期に入るだろう。稲には年齢がある。葉の数でその年齢を言う。7~10日で1枚づつ新葉がで、13葉で穂が出てくる。

これからはその成長を促す為、水の駆け引きが重要だ。早朝に水を入れ、日中は止める。その操作によって分げつを促す。1本の苗が7~8本になる。だから、5本植えした場合の茎数は30~40本になる。

しかし、増えればいいものでもない。無効分げつと言って穂の出ない茎になる。だから、最高分げつであっても25本ほどでいいのだが、過剰分げつは不作の要因のひとつになる。葉はいつも5枚ほどで、古い葉は消えていく・・・

従って、朝夕の田廻りが重要な仕事だ。

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田に行けば、招かないものたちが多い。折角の苗を踏んだり、苗を引き抜いて根についている籾をほじくったり・・・

サギもカモも、またカラスなど・・・

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本当に農家にとっては迷惑な話だ。動物保護が、農家からすれば過剰だと言わねばならない。田にはこうした鳥、山間の畑にはハクビシン、カモシカ、イノシシに荒らされた話も聞こえてくる。

農家にだって生活がある。その生活を脅かされ、折角に植えた野菜等が食われる。自然保護も大事だろうが、それは農家の生活が安定してのことだ。

写真はいづれもコンパクトカメラで撮ったゆえ、不明瞭なところは勘弁を!

迷惑な動物達ではあるが、迷惑なのはそれだけではない。

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先日、某町を通行したらフジがきれいだった、圧倒されるような存在であった。だが、これは人間の責任が大きいのだが、空き家になっている家を乗っ取っていたのだ。林にフジの花が見えれば林の中は荒れているのだと聞いた事がある。

確かにそうだ。枝打ちなどしないから、フジがはびこるのだ・・・

でもこのような状況が、今後、地方ではどんどん増えるような懸念がしている。

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見苦しい腕

朝寝坊をした・・・とは言っても、一旦5時過ぎには目を覚ましたのだが曇り空だ、きょうは田んぼ廻りもしなくても良いだろう、そう判断しふたたび布団に入った俺だった。もう起きよう・・・午前6時であった。久々に寝たナ~と実感した。いつもならば眠いと言いながらの起床だったが、やはり5時間の睡眠では不足していたのかも知れない。

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9時半からは、集落の広場の草取りの奉仕作業。俺は、今この団体の副会長をやっている。年の順と言うことで断りきれない俺だった。しかし、何で半端な時間に?こうなれば午前中には他にできないではないか、やるんだったらせめて8時とかにすれば、その後に他の用件を果たせる・・・俺には疑問だらけの団体だ。

俺は役員とは言えど、午前11時には作業を離れさせてもらった。一服にしても長々の雑談、俺にはこの団体はとても務まらない。もっともっと時間を有効に活用することを思わないのか、俺はそう思う。

俺が途中で退席したには訳があった。2日ほど前から、手首から腕にかけて、また、足首から膝にかけて痒く、しかも赤く発疹している。それは庭の草取りをしてからだったから、多分、毛虫?

懇意にさせて頂いている皮膚科に行くためだった。もう知らずしらずのうちに、痒いので掻いている。だから、部分的には傷になっていて・・・受診したら、やはり毛虫が原因だろうとのこと。直接触れなくても被害が出るのだと言う。俺も長袖シャツを着ていたのに・・・

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先生と看護師からは薬をぬってもらい、更には包帯等でぐるぐる巻きにされた。この方が薬の効果が落ちないのだとか・・・一昨年には帯状疱疹でも、同じようにされたことがあった。でも、これでは見苦しい・・・

午後からは同期会だ。半袖で出席のつもりだったが、やむを得ず上着を羽織ってそれには臨んだ。もう10年ぶりの同期会であった。参加者は139人、当時の約1/3の出席だ・・・

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それにしても、昨日に続いての昼酒bottleである。酒は好きだけど、でも明るい時分の酒飲みもまた勿体ない時間だ。昨日は、午前中は従兄弟の田植への応援、3時から叙勲の祝賀会の打ち合わせということで、午後4時には懇親だった。さらにはきょうの同期会が2時からだ。

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ああ・・・あれだから仕方ない、これだから仕方ない。そう思いながらも、日のあるうちの酒は、いくら酒好きとは言ってもな~down

だから、昨日もまたきょうも飲んだあとでのブログ更新だ、誤字脱字が多いのだろうが深謝です。

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花のいのちは・・・

花のいのちは短い「生」を言い表すことが多い。確かに花を見せる時間は、大方は長い時間ではない。例えばボタンなどは1週間持つのか・・・我が家のボタンはもうハラハラと花びらが壊れている。大輪の花故の定めと言うものか・・・

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それでも今年の我が家のボタンは3輪咲いた・・・見事だと、俺はこのボタンに向ってつぶやいた。

同じ人間に生まれても、こんなボタンのような生涯を得る人もいる。が、多くの人はこのような人生の時を送れるのは稀だろう・・・

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俺の師は春の叙勲で瑞宝小授章を受賞した。そこで、今般の受章を祝う祝賀会を行なうことになり、小生もその祝賀会の発起人のひとりに加えられ、午後から第1回目の打ち合わせを行なった。

花であれば、正しくボタンのような人生の一時期であるだろう。話によれば、年間に春と秋の叙勲者は8千人と言う。以前に、記事にもしたが俺はあまりこの勲章には肯定的な考えを持ってはいない。

社会にあっては、人それぞれの仕事が大事なものであるから、その仕事に甲乙をつけることに違和感を抱いているのだ。今回も俺の師のことゆえ、発起人としてできる事はやるつもりではいるものの、大歓迎したいという気持ちではなく複雑な思いでいる。

これまた以前に記事にしたのだが、我が家のシンビジュームはまだ咲き続けている。市販されれば秋から春の凡そ半年も開花しているが、今の時期からすればそうはいかないだろう。

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まあ、こんな花もいいものだ。季節に背いて咲くようだが、むしろ主張を強く感じてしまう。花としてのいのちを精一杯見せているようなものだ。さしずめ俺なども、こんな立派な花ではないのではあるが、生き方にはいささか似ているところも・・・

人様よりも遅れて咲く、そんな生き方が俺にはあっているような・・・

しかし、花は花。恥じる事無く、一足遅れて咲く姿が何ともいえない。

これまた遅まきながらと言うことになるだろうが、縁側のクンシランも漸く開いた。伯母さんから頂いたもので、もう3年・・・こんなに遅れて咲いたことはなかったが、何かしらの原因があったのか・・・

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花のいのちは短くて・・・」とは、林芙美子の言葉だったと思う。その後には「苦しき事のみ多かりき」と続いたと記憶している。でも、苦しき事を多く踏まえたからこそ、花もきれいに咲くのだと思いたい。

そして、花を咲かせることのない生き物もいるのだから、例え短くとも花を咲かせる生きものの幸せを思いたい。 

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月曜日の朝

午前5時半・・・俺はおもむろに新聞を広げた。載っていることないだろう、入選なんてあるはずがない。でも・・・万が一の場合だってあるだろう。いささかの期待を持って広げた新聞だったが、やはりダメだった。

001_2 昨日は、秋田魁新報社主催の「全県短歌大会」だった。この大会は歴史のあるもので今回が78回目だ。もう78年続いていることになる。

俺は昨日は従兄弟の田植の助っ人しなければならず、参加は出来なかったが、昨日のことが大々的に記載されていた。

今年の講師は加藤治郎氏だ。特選として選ばれたのは・・・

☆金槌で打てばパリンと割れそうな冷気のなかにバスを待ちおり

☆母の居し施設のバスが通るたび窓より手を振る母を探しぬ

☆遠慮という淡きかげりを身につけた少女はそっと睫をふせる

かつては俺も、道浦母都子さんから特選として選んで頂いたことがあった。互選では1位が2回ほどある。しかし・・・今回はダメdown最近はなかなか選ばれることがない。

それにしても最近の短歌は分からない。今回の特選の3首目、そんなに評価が高いとは、俺の感覚も落ちたと言うことか。

短歌では俵万智さんの登場から、口語体短歌が流行り、しかも前衛的な短歌が多くなり、俺も古い感覚しかないのか、そう思えてくる。

新聞にはきょうもチラシがいっぱいだ。中にはパチンコ店のチラシが5枚も入っている。どうして月曜日はパチンコ店のチラシが多いのか分からない。それにしてもパチンコ店の駐車場はいつも車が多い。平日の日中にもこんなに多いとは、果たしてどんな仕事をしている人なんだろう・・・つい、そう思ってしまう。

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玄関の戸を開けて庭を見た・・・見るとハマナスの花が咲いている。近づくとその香りがする。今年は古い枝が3本も枯れていたので、果たして咲いてくれるかと心配したが、見事に裏切ってくれて甘酸っぱい香り・・・

鉢物で咲いているのは・・・フジ

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フジの鉢物は5個あり、もう2鉢は花が終った。今、盛りなのがこのフジなのでテーブルに飾っている。他には白フジで、なかなか芽を出さず心配したフジも白。それが小さな蕾を持っている。今月中には咲くかも知れない。

従兄弟にきょうも助っ人の予定をしていた。明日からは俺の日程は混んでいるのだ。だが、彼はまだ代掻きを終えてなくて、きょうはそれをすると言っていた。昨年は休みをとって平日の田植をしたのだが、今年はそれができないらしい。

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そこで妻と1日、育苗で利用したビニールハウスの解体と来年の為の準備をした。暑い中での作業・・・汗もしたたる、熱中症対策を講じながらsweat02

昨日の朝・夕に庭の草取りをしたからか、どうやら毛虫にやられたようで、特に左手首が痒く、従ってかいてしまうので、赤く腫れている。長袖シャツで作業をしたのだが、昨今はシャツの上からも蚊などは刺してくる。

そしてこの暑さのせいか・・・田んぼに行けば蛇と出会うし、きょうなどはヤマシャクヤクに水をやろうとしたら、そこにもいて・・・田んぼではやむなく潰してやったが、家の傍ではそれも出来なくて(;´д`)トホホ…

月曜日・・・農家の俺には曜日等は関係ないのだが・・・

  1枚目の写真の女の子、これはこけし。帽子はとれるんです。珍しいのでもとめました。

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きょうは朝から助っ人です・・・

わが地域での田植はほぼ終了した・・・

俺の従兄弟は、わが集落と隣りあわせだが、かつては「町」が異なっていた。今でこそ同じ「にかほ市」になったものの、色んな意味でわが地域とは違っていた・・・標高もやや高く、農地としては中山間地域になっている。

田んぼも大方は30a以下で、所によっては傾斜地もある。従兄弟はそこで勤め人をしながら、農業をやっている。せめて奥さんでもいれば多少は違うのだろうが、今でも独身で母親とのふたり暮しをしている。

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従兄弟の地域との作季はちょうど1週間違う。例えば、俺の田んぼの耕起が終れば、従兄弟の地域では始まるように・・・田植にしても、従兄弟の地域では今が盛りなのだ。そんなこともあって、田植機械とコンバインを共同で行なっている。

彼の父親は俺の父親と兄弟だ。我が家から養子になったのだ。俺の父と彼の父も、そんなことから農機具は共同利用をしていた。

田植は午前8時半過ぎから始まった。お昼は、田んぼの畦に座っての弁当riceball

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さてさて・・・強力な助っ人ではなかったにしろ、午後4時半過ぎに予定の田んぼの田植は終った。彼の耕作面積は俺よりも多く400aほどか。ただし、勤めているのでなかなか時間もないのだろう・・・やや農作業が粗いように思う。

苗も「馬鹿苗病」が出ていた。ホルモンの関係か、他の苗から突出して長くなっている。これは植えても死ぬか、或いは秋には稔らない。どうしてこのようになったのか、馬鹿苗菌が原因だ。

帰宅してから俺は動噴を背負って・・・除草剤の散布!

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暑かったきょう・・・福島では猛暑日、北海道でも異常な高温らしい・・・

田植も終ったので一雨がほしいところだ。

     写真は、ツツジ・サンザシ・キエビネ・エビネ

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下草等と言うことなかれ!

庭にあれば確かに主役をなす”主木”があり、それを引き立てる言わば脇役ともいえる”従木”なるものがある。そのバランスによって、庭は庭としての体裁を保つことになる。

しかし、庭には主木があって、しかも脇役があってもそれでいいいことにはなるまい。所謂、木の下や木に添える草があって、庭は確かなバランスを描く・・・

我が家の庭は乱雑で、あれを植えたい、あれも良い、そんなことからぎゅうぎゅう詰めの庭になっている。だから、植木屋さんを頼むときは出来るだけ強い剪定を頼んでいる。言わば、出来る限りのカットをして、窮屈さをしのげるような剪定をお願いしているのだ。

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例えばこのミヤマオダマキ、きれいな花色に惹かれて、いつもガソリンを給油しているGSから1株分けて頂いた。それが今では、木の下にありながらもすごいボリューム。

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スズランやサクラソウも群植しているから、単に下草とは呼びたくはない。

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ツルニチニチソウ、シラユキケシなどは、主木をしっかりと固めていて、本当に庭好きな人は、木を見るよりも木の下の草草に目が動く。

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ミヤコワスレはもっと色んな色合いのものがあったが、これだけが残ってしまった。他には本来の紫色のものはまだ咲いていない。最後の一枚はジュウニヒトエと呼ばれるアジュガ。

こうして見ると 我が家の木々を下支えしている花々は「青色系」が多い。

他に今エビネが咲いているので、後日にまた・・・

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ツツジが咲いて、ボタンが咲いて・・・

ひとまず田植を終ったことから、緊張感から開放されたような俺。朝も5時半に起きるも、張り詰めたものがない。玄関先には、つつじが程よき姿を見せてくれた。花をしばし愛でることが出来、さらには鉢物に散水する時が幸せを感じる今の時間でもある・・・

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田植が終ると、今度はその後の仕事に追われる。先ずは、苗を育てた育苗箱を片付ける。大方は田植時に水路で洗っては来ているので、家では乾燥させてからしまうのだ。その後、トラクターの洗浄、同じくハローや代掻きローターも洗って、更には格納のためにあぶらで拭く・・・

我が家の農舎は狭い。田植え機、軽トラが入ると手狭だ。しかし、この他にウィング・モア、刈払い機等々も何とか入れて来た。このままだと機械を出すときも大変だし、格納も大変だ。そこで・・・

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そこで俺は、Yさんに格納庫の借入れ願いに 行った・・・彼は俺よりも1歳年上、発言力もあり、農業にも一所懸命であった。その彼が昨年の1月に病気に臥せた。2ヶ月ほどの入院をした。

多少のマヒは残ったものの、車の運転も出来るし、俺は出来る範囲で仕事はした方が良いのではと思ったが、彼は潔くパシッと農業に見切りをつけた。田んぼは委託し、持っている農機具は処分、従って施設も空いたのだった・・・

その彼に俺は公私に亘って世話になった・・・だから、退院したときも協力出来るものはさせて頂くと申し出たのだったが、俺にはなにひとつ要請はなかった。

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年下の俺には何か頼み辛かったのだろうか、他に何か原因があったのか・・・考えられるのは、集落内では親戚同士でありながらも、ライバルでもあったのかも知れないということ。集落内の生産組合、消防、自治会等役員は彼が正のとき、俺はいつも副だった・・・

酔うと千昌夫の「味噌汁の歌」を歌い、北島三郎の「風雪流れ旅」を歌った。自らをエンターテェナーと称して、他人を笑わせたりもした。まちのある役職も持ち、それまた張り切っていた彼だった・・・そんな彼を襲ったのが病魔だったのだ。

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当時は結構太っていたのが、きょうしばらくぶりに会うとどこかしら精彩を欠き、また、かなり瘠せたようだ。あの日、病魔に襲われなかったら、益々張り切って仕事をしただろう。今でもリハビリに通院しているとか。

でも、リハビリは生活の中でも出来る(と思う)。むしろ、仕事も何もしないでいれば、精神的には一番悪いパターンではないのか。もう農業をやることはないだろうが、せめて集落内の行事には顔をだして、人とのふれ合いをしなければ、からだに一番悪のではないだろうか・・・

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我が家の庭のモミジ・・・出初めの葉は燃えるような濃い赤だ。それはまるで、これからの季節に向っていく、こころの血潮のように見えてくる。Yさんももみじに負けないような気力の快復を俺は待っているのだが・・・

ツツジが咲き、玄関には鉢植えのボタンの咲く我が家である。

   写真は上から   ツツジ・キバナツツジ・ハナミズキの赤と白・ボケ・モミジ

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花にあらずも・・・

3日間にて田植が終った。たかがその3日間なのだが、ほとほと疲れた感じだ。でも、その後の仕事が待っている。もうひと踏ん張りしなければならない。それにしても、皆さん方から応援頂きとても感謝しています・・・

昨日に残ってしまった60aの水田。きょうは助っ人は誰もいない。妻とふたりだけでの田植の最終日。しかも、9時過ぎにはポツポツと雨。気が気でない。腹に「辛抱」と「焦るな」の2文字を刻む。最後の最後まで油断するな、じっくり行なえ・・・自らに何度も言い聞かせる。

それでも田植機の後方を時々振り向いて植え具合を見ていたはずだが、・・・「あれ?」6条植えの田植機なのに、5条しか植わっていない。それも3回ほど行き来してから気づいたdespairだから、先の植えた苗を踏み潰して、また植えた・・・

幸い、苗は余っているのでそれはいいのだが、雨と隣接の田んぼでも田植。畦を挟んでAさんと田植。何故か競争するような恰好になり、そんなこともあって、植え跡はクネクネとまるで蛇の歩いたような植え跡despair

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しかし、植え跡が曲がっていても収量には関係ない。このあと苗が分けつすれば、田んぼ全体が青くなって曲がりもなにも分からなくなる、そう自らに言い聞かせて60aの田植を終え、今年の田植を終えた・・・

今年は25a委託されたので、総面積では300a。これを2日半で終ったから、やはり機械の力は大きい。ただ、苗の育苗を失敗しそれでどこかしら俺の歯車が狂ってしまった。さらには引き受けた25aの件では妻との諍いもあった・・・

考えてみれば、終わりよければとは言うものの、この一ヶ月は気の抜けない日々であった・・・

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庭はすでにつつじやハナミズキが主役になっているのだが、鉢物のモミジの新葉もまた、花に優るとも劣らないあでやかな色を見せている。写真を撮ったのは、かれこれ1週間前のものだが、今でもその色は変わっていない。目の覚めるような色合いである。

このモミジを見るたびに思うのは、新葉から赤いのはなぜだろう、単純にそう思えてくる。他にもあでやかなモミジの葉・・・

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枝垂モミジもある・・・

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こうみていると何てきれいなのかと・・・本当にフシギ?

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昨日は”母の日”、妻は実家の母には早めにプレゼント届けていたが、昨日は自らが母として子ども達からプレゼントが届いた。それは息子から、娘たちからと・・・「いいのに・・・」何て言ってはいるが、顔には「嬉しい」と書かれている。

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3人の子ども達はそれぞれ伴侶と暮らしているが、忘れずに届けてくれる。本当に良い子ども達を持ったと俺もまた嬉しくなる・・・それはまた、花にもモミジの美しさにも優る、うれしいことである。

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