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郷土の偉人に学ぶ

市民会議主催の「郷土の偉人に学ぶ作文コンクール」に参加した。この会議の俺も役員の一員なのだ。

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このコンクールは開催してもう年々になるだろう・・・本市では2人を偉人としており、この2人の教材を配布し、小学5年生には南極探検隊長だった白瀬矗に学んだこと、また、中学2年生にはTDK創始者斎藤憲三に学んだことをテーマに作文を募集。今年は小学5年生から115編、中学2年生から164編の応募があった。きょうはその表彰式と発表会だった。

白瀬はお寺の子に生まれ、将来極地探検を夢にそのために熱い湯を呑まないことなどを自らに課し、大人になって小さな木造船で出発。目的の南極点には到達しなかったものの、極地にたどり着いた。1番を目指したものの、他国の隊にそれを許した。ただし、隊員に犠牲者を出すこともなくたどり着いた功績は大く評価されている。そのことに対しての子どもたちの感想だ。

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子どもたちの作文のタイトルだ。「夢をあきらめずに」「白瀬さんから学んだこと」「夢にむかって」「諦めないこころを大切に」等々、小学5年生でここまで読み取ることが出来るとは凄い!率直にそう思った。

本市には白瀬隊長の功績を記念し、記念館がある。オーロラの体験もできるし、記念館の前には南極広場と称する公園もある。なお、先月に少し触れたが、1月28日は白瀬が南極に入り、そこを”大和雪原”と名付けたことから、この日、白瀬を偲んで雪中行進が市民参加の下に行われている。

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斎藤憲三は、田園工業のまちづくりに大いに貢献した。農工一体のまちとして、秋田県内からは羨望の目で見られた。仁賀保町だったころ、国からの交付金0という時代もあった。町民の多くはその関連工場で働き、所得も県内では1~2位を争うまちであった。

ここに1冊の冊子がある。世界文化社発行の「近代日本の創業者100人」である。この中には、渋沢栄一、岩崎弥太郎、松下幸之助らとともに、齋藤憲三は日本の産学連携ベンチャーの先駆けとして紹介されている。

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東工大の加藤・武井両教授が発明した磁性材料「フェライト」を、齋藤憲三は工業化したのだ。このフェライトは、電化製品は勿論、携帯電話、自動車等にも使われていて日本を代表する大手部品メーカーだ。社名はTDK,昨年の都市対抗野球にも出場し、主力工場は本市にある。彼は本市に工場を建て、仁賀保町は”TDK城下町”とも言われた。今では、にかほ市となり、それでも関連の会社が多く他市町からも従業員として働きに来ている。

憲三の功績を紹介し、併せて子どもたちから学習してもらおうと、まちには”フェライト子ども館”がある。遊びながら学べるという事から、ここには市の内外からの入館者が多い。

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憲三は色んな事に挑戦し、失敗し、それでもめげずにとうとう大企業を創立したのだ。こんなことからも子どもたちが学んだことは多いはずだ。これもまた、作文のタイトルからであるが、「新しい自分になるために」「諦めない心と挑戦」「私がもらったヒント」等とあった。

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きょうは子どもたちの純真な発表に心のあらわれる思いがした。秋田にはこうした本当にたたき上げられた人材がいる。秋田から逃げ出すように上京し、総理になられた方もおいでだが、地元であるからと言うよりも、本当に地元に貢献した人を俺は尊敬したい。尚、これも先日、紹介したが、命がけで九十九島を護った覚林和尚もいる。この人物もまた、偉人として後世に伝えてしかるべきだろう。

 

 

 

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”春”を前にして・・・

俺は5年日記をつけている。よって、昨年の今頃はどんなことがあったとか、どんな花が咲いていたとか、大雑把ながら3年前の事と比べる事ができる。5年日記の今年は4年目なのだ。それを見ると、昨年の今頃はクロッカスが咲いていたようだし、フキノトウのジュースも飲んでいた。だから今年の春は遅れていると言って良いだろう・・・

きょうは爆弾低気圧が通過するとか、強風警報が発令されていた。その予報通りに夕べから風が強かった。報道だと当市では7時15分前あたりで、風速33mの風が吹いたらしい。夕方になったら、秋田市で33.2m位の風があったようだが、いずれも台風以上の風だ。その風が幾分弱まってはいるが、いまだに風音が聞こえる・・・

不要不急の外出は避けよと報道されていたが、どうしても調べたいことがあり、市の図書館に出掛けた・・・途中、あちらこちらのバス停の標識が倒れており、しかも車が揺さぶられハンドルが少し取られたり・・・少し恐怖も感じた。

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また、農業用のビニールハウスのビニールが破損している。風で煽られバタバタバタバタ・・・来月には種蒔き準備になるというに、これでは種まきに影響がでるのではないか、憂慮される。俺は稲の育苗が終わればビニールを除去しているが、年間張ったままだとこういう事態にもなってしまう・・・

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図書館は海沿いにある。駐車場に車を止めると海が見える。そこから海にカメラを向けた・・・大きな波が、どんどん防波堤を越えていた。これだけでも風の強さが分かるだろう、想像を絶するような光景だ。

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こんなに荒れても飛んでいる勇敢な?海鳥がいる。でも、大方は港内で荒れを避けている・・・

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自宅への帰路は農道を通った。白鳥の集団が見えたので通ったのだが、やはり風が強いことからか、長い首をすくめているように見えた。そして、やはりいつもよりは密になっている、塊りになって風をしのいでいるのだろう。

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空に折しも白い太陽が一瞬見えた。明日もこの荒れは続くようだ・・・

今年は案外春が早く来るような気がする、そう予測した俺だったが完全に外れた。大雪があり、地震があって、今度は爆弾低気圧・・・生きるって自然との闘いでもあるんだな~あと半月ほどで3月だ。まさか春を前にしてこのような荒天に遭遇するとは思いもよらなかった・・・

 

 

 

 

 

 

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ここだけは「春」

ここは秋田市下浜。ここに「ガーデンおおとも」がある。ここを知ったのは2~3年前、秋田魁新報に紹介されたのだ。俺はその記事を切り抜きしていたので、いつかは行ってみたい、そう思っていた。今年は、その記事がこの7日に掲載された。きょうは天気も良いことから、そこに俺はドライブがてら出掛けた🚙

ここには赤やピンク、白などのツバキが見頃を迎えているとの事。俺はそのツバキを見せて頂くために出掛けたのだ。

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  <この写真はネットから>

ここのオーナーはほぼ俺と同世代。名前も写真もネットにアップもどうぞ!との事。そのような事から、アップさせて頂くことにした。

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屋敷の周辺には、まだ雪が残っていたのだが・・・家の裏をしばらく歩いて行くと、ここに約330平方㍍の温室があった。そして、その中には約400種類のツバキ。大友さんにお会いして、先ずは聞いた。「なぜ、ツバキだったのですか?」それに「ツバキって冬に向かって咲くじゃない、それがとっても愛しくてね~」と・・・ツバキに惹かれて30年ほど前から植えたらしい。

それから17年ほど前に温室を作ったと言う。話を伺っていると、山好きでもあるようだし、また、歌も得意らしい。温室はツバキでいっぱいなのだが、路地には桜、アジサイ、サルスベリ・・・色んな花木が植えられているようだ。それらはまだ芽吹いていないので、大友さんのガーデンの全容は分からないのだが・・・

実は家の裏が畑であったようだ。その面積が半端ではなかったようだ。大友さんは、この畑の維持・管理はできそうにない、そんなことから恐らく後半の人生の設計図でもあったのだろう、花木を植え始めたのだと話してくれた。きょうは咲いているツバキを拝見させて頂いたが、この後もここ「おおともガーデン」を伺うことになりそうだ。

ここだけは、今春がいっぱい。その温室の中のいくつかのツバキである。

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ああ・・・春は良いな~、ツバキって良いな~。本物の春の到来を前に、一足先に春の色を堪能させて頂いた。

「おおともガーデン」の事。

     オープン:午前9時~午後5時

     不定休

     協力金:500円

     電話:090・7663・5142

 

 

 

 

 

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光りの春?

おもむろに広げた秋田魁新報・・・きょうは木曜日、「読者文芸」が掲載される。1~3月の短歌の選者は、かつては俺の短歌の指導者だったA氏・・・その後、袂を分かつことになったのだが、彼の才能は誰しもが認めるところ。皇居での歌会始めにも選ばれたし、歌集も既に4冊を上梓されている。そんな選者から3週連続で採られ、しかも今回は上位で採られている。嬉しいことである。ただ、今回も添削されているので、勉強不足をまた感じたところである。

   ☆思うさま雪の田を吹く風ありて起伏なければその風迅し

田んぼは隣りの田んぼとは落差がある。だが、雪が降り吹雪いたりすればその落差は少なくなる。言わば起伏がなくなるのだ。従って、吹く風はぶつかるものがないので、スピードを増すという内容だ。今回は、前回よりも原作に近いし、勉強になった。新聞掲載となれば、選者の力量も逆に問われるものであり、添削するのは致し方ないのである・・・選者は俺よりもずっと若い。そして厳しい。でもそれだからこそ、勉強にはなる。

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今月の俺たちの歌会・合評会は15日だ。出詠の締め切りは10日。なので昨夜FAXで送って来た会員もいて、きょう午前中でまとめた。そして、午後から詠草を配達に出掛けた。その途中だった。雪が降って来た。雪と言っても、きょうの雪は春を思わせるような、綿雪だから空間を舞うような雪だった。だが、それもすぐさま止んで・・・

明るくなった空から、光りがこぼれる・・・天使の梯子も・・・

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遠方は雪が降っているようだ・・・冬と春のせめぎ合うような山の景色。目を移動させると白鳥たち・・・そろそろ旅立ちの準備を始める事だろう。

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長かった今季の冬⛄除雪費も膨大な額になった。県では追加の除雪費20億円を補正し、合計で約70億円に上ると言う。そして、リンゴ等の果樹の枝折れ、幹折れ。ビニールハウスの損傷・・・まだ調査が行き届いていないようではっきりしたものはでていないが、被害額も大幅なものになるようだ。いのちを落とされたり、ケガ人も多数出た今季の大雪・・・

きょうは「建国記念日」。我が家では国旗を掲揚したのだが、周りで掲揚している家はほとんどない。集落は皆々一戸建てなのに、それぞれの考えはあっても仕方ないのだが・・・祝日の旗日なのに。

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自宅に帰ると太陽が眩しい。いよいよ雪国にも春の走りか、先がけてきょうは「光りの春」と言ったら良いのだろう。ただ、今後も雪が降ったり止んだりを繰り返すから、まして春の雪はドカ雪が多いから油断はできないが・・・。俺が予想したように、例年よりも早い春は来るのか!来てほしいものだ。

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心なしか、我が家の白梅の花芽、ちょっぴりふくらんだような気がする。

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日差しを受けた木彫りのフクロウも、「春がいよいよ・・・」って言ってるようだ。

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覚林さん

秋田はふたたび冬にUターン・・・しかも”真冬日”だ。この天気、水曜日あたりまで続きそうだ。なかなか程遠い秋田の春である(´;ω;`)ウゥゥ

雪は今回7~8cmほどであるのだが、気温が低い・・・道路はアイスバーンだ。それに時折吹雪いた🌀ところで、下の写真を見て頂こう。ここは県道であり、この先の別の県道とつなぐことになる。そこで、ここは埋め立ても出来ず、橋になっている。その名も「仁賀保大橋」。橋はご承知の通り、道路上はとても冷えて凍る。ましてここは坂道であり、下りになると走行時危険になる。

そこでここには電熱が埋設されていて、冬でも真冬日であってもここには雪がない。もう一か所は象潟地域にある地下水を上げて、道路に終日放水されている場所があり、そこにも雪はない・・道のすべてがこうであったらと思うが・・・とても出来ない事。先ずは自ら安全走行を心掛けねばなるまい。

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雪になると、いつも集まるスズメたちにとっては気の毒だ。俺はベランダに出て餌もやれない。きょうは飛んできて、雪を散らして餌を探している。風さえなければ、ベランダに出れるのだが・・・これまたやむを得ない。

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ところで、「鳥海山・飛島ジオパーク」については日本ジオパーク委員会から再認定されたことをつぶやいた。これは、2016年に初認定されていたのだが、原則として4年ごとに認否されるもので、そのために本市では昨年に審査が行われていた。「鳥海山・飛島ジオパーク」は秋田県と山形県の県境をまたいだエリアで、秋田県では本市と由利本荘市、山形県では酒田市、遊佐町に及ぶ広大なエリアだ。

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   <ネットより  鳥海山と九十九島 >

この範疇にあるひとつが「九十九島」。田んぼの中に点在し、昭和9年に天然記念物に指定されている。周りが田んぼゆえ水を張られるとまるで島のようになるし、そこに鳥海山が映える。この島々は103ありかつては入り江の島々であった、それ故古くは松島と並ぶ景勝地であったようだ。ところが1804年の地震によって、隆起して陸地になった。

そこで藩では島を潰して新田として開発の話が持ち上がった。ここに一人の坊さんが登場する。かつては芭蕉はじめ、多くの文人墨客が訪れていたことから、この景観は後世に残すべきだと嘆願したという。その坊さんが、覚林というかん満寺の24世住職であった。その覚林は公家を頼って京に上り、一体が寺領になる。こうして藩は島に手をだせなくなったのだ。

しかし、覚林は藩の命に背いたとして捕らえられ、獄死した。従って、この覚林和尚がいなかったら、この景観が残らなかったかもしれないのだ。今の姿があるのは、覚林の命を賭けた物語が存在していた。

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ただし、こうした歴史の足跡も本市ではあまり知られていなかった。藩にあっては、覚林に関する多くの文献を処分していたこともあったからだ。そこで、俺の大先輩が「覚林和尚を顕彰する会」を立ち上げ、俺も誘いを頂き会員となった。この会では、様々に資料を集め、年譜を作り、功績を称える看板を建て、法要を毎年行ってきた。そして、今年、200回忌を行い、記念誌を発刊して会を閉じる事にした。

まちには「にかほ市の歴史ソング」”ふるさとの風になり”が作られ、その一節にこの覚林を歌った歌詞がある。

   象潟 島守り覚林さん
   あなたが護った 九十九島
   奥の細道 夢の跡
   ソヨソヨ ソヨソヨ
   あなたの想い
   ふるさとの風になって
   島から島へ 幸せ運ぶ

覚林がいなかったら、象潟が国の天然記念物や名勝に指定されることはなかっただろう、今回のジオパークの認定もなかっただろう。今流にいうならば、自然を護った先駆者ということになるのかも知れない。ただ、今回の審査でも指摘されたようだが、この島があるために農家は大変な労苦をしていることもある。大規模な区画の整理もされないことから、耕作放棄が進み荒れ地になっている田も広がっている。この課題をどうクリアして、後世に残していくのか、今度は現在生きている私たちに与えられた課題になって来た・・・

 

 

 

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雪場の”盾”?

毎日雪の記事で恐縮である。周りを見れば雪しかない、そんな白い世界に住んでいるゆえお許し頂きたい・・・

とうとう横手市では積雪が2mを越えて、朝には203cmと報じられた。日中は大降りもなく、しかも午後からは気温がアップしたこともあって、夕方には190cmほどに下がったという横手市の積雪だ。同じ秋田県でも、このような状態を経験したことがないので、その実感が俺にはないのだが、ニュースなどを見ながら推測するならば、正しく危険状態とも言えるだろうし、住民は毎日雪との戦いであり疲労困憊であろうと同情する。

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この寒い時期、上郷地区にある小滝がどうなっているのか、結氷しているかも知れない、だったらそれを見たいと午後から出掛けた。行く途中にはふたつの水路の傍を通る。金浦地区に流れる白雪川の上流、それに、上郷地区の温水路・・・

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いずれも凍ってはいない。「働けば凍る暇なし水車」を思い出した。寒さよりも流れが強ければ凍らない。確かにそうだと思う。

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ここ上郷地区は、にかほ市では標高の高い地区に位置する。従って、積雪量も俺も地域よりも多い。そしてまた、防雪柵が・・・延々と・・・

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このような光景は、雪と縁のないまちではみることはないだろう。まるで戦場の盾のようにも見える、雪場の盾である。

こうして小滝に到着したのだが・・・小滝を見るには金峰神社の境内を通らねばならない。いざ、車を降りて向かおうとしたのだが、参道には雪がどっさり、従って、人の足跡もない。これではラッセルしなければならず、その勇気もない。・・・というわけで、小滝の結氷を見るまでもなく帰宅の途についた。

 

 

 

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秋田には春来るの?

関東には”春一番”が吹いたと言う。毎日、雪の中にいる俺にとっては、もう異次元の世界のように思える。春一番の吹く関東と雪に埋もれている秋田では、これが同じ日本かい?そう思えてくる。俺のところの積雪は、一昨日に「0」だったから、昨日からきょうにかけて降った雪が積雪量なので20~30cmか、横手市では195cmになったらしい・・・

朝の我が家の居間から、小鳥の餌台を見たら・・・

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ずんぐりと雪を被って、まるで”かまくら”のようだ。一晩でこんなに積もるなんて・・・でも、こんなに雪が積もっているが、やがてスズメたちがやって来た・・・

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行くところがないのだろう、ここなら餌があるかも知れない、そう思って集まったのだろうが、この天気では外に出られない。時折、物凄い吹雪になり、向こうが見えなくなる。皆、ぴったりと体を寄せ合っていて、可愛いのだが可哀そうでもある。

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夕方のニュースでは横手市の状況が流れた。ライトを付けながらの走行、やはり横手も吹雪いているようだ。

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それが夜になっても雪が降っているようだから、明日には200cmなっているような気がする。住民は来る日も来る日も雪との戦いで、もうすっかり疲れているようだ。その住民にインタビューしたら、「今度、生まれるときは雪のないまちに生まれたい」と述べていた。本音だろう、本心からそう思っているんだろうナ、そう思う。

叔母さんの確定申告で市役所に行った・・・途中、物凄い吹雪、いわゆるホワイト・アウト・・・全然前が見えない。だから進行出来ない。こんなときに対向車があったら大変!それに道路の雪が多く、除雪が追い付いていない感じ。従って、車のハンドルはとられて蛇行運転。やはりこんな状態では対向車に衝突しかねない・・・こんな天気の秋田!秋田に春が来るの?ついそう思ってしまう。

終日、きょうは荒れた。多いに荒れて、この先が心配になる。秋田空港はストップ、高速道も部分的にストップ。きょうは郵便の配達も中止になったようだ。きょう届くはずだったのが届かない所を見れば・・・この吹雪、道路状況からして配達の二輪車ではとても無理な話。

昨日の読売新聞を読むと、自治体の除雪費用が載っていた。

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記事によれば、今季の大雪で災害救助法の適用対象になったのは、横手市・湯沢市・大仙市・仙北市・美郷町・羽後町・東成瀬村の7市町村。このうちの3市の除排雪当初予算(約)では、横手市では11億円、湯沢市で18億円、大仙市で11億円。しかし、これでは不足と言事で、横手市では8億円、湯沢市では6億円、大仙市では5億円の追加を見込んでいるとの事だ。

こうなればたかが”雪”とは言っていられない。まちの財政を大きく圧迫しかねないのだ。やはり雪のないまちが良い!財政上も、また、健康上も雪がなかったらどんなに良いだろう・・・ふとそう思う。雪国に住んでいるのはハンデイが大きい。光熱費にしろ、燃料費にしろ、雪国でない地域との経済差は大きい。やはり、菅総理のようにこのような故郷からは逃れたいものだ。・・・が、今さら俺には出来ないこと。ここで耐えながら生きて行くしかないのだ。

明日はどうなるのか、この天気!秋田に春は来るのだろうか・・・???

 

 

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”春”なのに吹雪・・・

きょうは”立春”、暦の上では春。ニュースを見ていれば、沖縄ではチューリップが咲いたとか、九州では山焼きだとか、東京周辺では梅が咲き、蠟梅が咲いたとか、花の季節に入っているようだ。ところが・・・わがまちでは、真冬日だから最高気温も「ー以下」、それに時々吹雪き、俺も所用で街に出たのだったが、ホワイトアウト・・・車の前方の視界が「0」・・・これが明日も続くらしい・・・

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  <NHKニュースより>

手許にいつも置いている1冊に下記の本。その1ページが「立春」だ。

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そこには「立春とは、初めて春の兆しが現れてくる頃の事」とあり、この頃に汲んだ水を若水と言い、この水で入れたお茶を”福茶”とかつては言っていたらしい。それは旧暦のことであり、新暦の今ではもう死語になっているのであるが・・・春の兆しを感じるのはいつになるのか、秋田ではまだまだ遠い先の事か・・・・(´;ω;`)ウゥゥ

例年ならば、わがまちではこの日に「鱈祭り」、別名「掛魚(かけよ)祭り」が行われていた、奇祭と呼ばれるこの祭りには、大勢の観光客が訪れていた。今年は例のコロナ禍にあって、行事は神事のみだったらしい。俺は毎年、この祭りにはカメラを持って出掛けていたのだが・・・春を呼ぶ祭りだっただけに残念だった。その祭りの模様がネットに上がっていた(去年の祭り)ので拝借した。

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300年余の伝統のある祭りだ。日本海から獲れる寒ダラ、大きなものは10~18kgもある大タラ。これを二人で担いで、港から金浦山の神社に参道を上がって奉納し、漁の安全と豊漁祈願をする祭り。これを狙ってカメラマンのカメラが鱈に、担ぐ人らに向けられる。3年前にはこれを詠んだ俺の短歌が、東京の明治神宮献詠大会で特選に選ばれたことがあった。

先日に紹介したように、冬の日本海は特に荒れる。でも、荒れるからこそ魚の身がしまり美味しいのだと聞いた。確かにそうだろう。鱈は身も淡白で食べやすいのだが、白子にも人気がある。わがまちでは”ダダミ”と呼んでいて、この刺身がもう素晴らしい。わざわざにこれを食べたいばかりに本市に来られる人も多い。

今年はいずこでも様々な行事が中止になっている。雪国・秋田では冬に行われる行事が多い。それは冬に負けないという意気込みでもあるのだろう。ナマハゲも、雪のかまくらも、湯沢の犬っこ祭りや六郷の竹うちも・・・ほとんどが中止。このようなことがこれまでなかっただけに、意気消沈の秋田でもある。来年こそは、来年こそはこのような伝統のある行事の復活を願いたい。

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きょうの荒れ、明日の荒れが今季の最後のものになってほしい。

 

 

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節分

季節を分けるきょう・・・「節分」である。何と言う美しい日本語かと思う。節分の翌日は「立春」であり、暦の上ではあしたから”春”という事になる。

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   <節分・・・ネットより>

もうこの日になると、どこかしら気分も明るくなる。きょうは時々淡雪が、また小雨があったりし、明日からも天気予報には⛄もあるものの、暦の上とは言いながらもホッとする。これからは1日1日が春に向かう日であると思うと、気持ちが軽くなるのだ。我が家の前の雪は、夕べの雨ですっかりと消えた。

俺の籠り部屋に飾っているのは、数年前に出掛けた東京の錦糸町駅で求めた”鬼”

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この時季になるといつも飾っている。どこしらユーモアのある鬼で、恐さを感じさせない可愛い鬼👹

夜になって、俺は恒例の豆まきをした。豆まきは、洋室・和室を問う事もなく、家中の部屋部屋にする。「鬼は外!福は内!」これに続けて今年は「コロナも外!」。

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まく豆はその前に、お神酒と共に神に上げ、それから全部屋に・・・部屋は1階に7室、2階に4室、これに脱衣室、トイレ2か所。それに離れの部屋3,農舎や車庫・・・

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豆まきをすると思いだすのは父の事だ。俺の子どもの頃の父の豆まきは厳かなものだった。先ずは着るものが裃、玄関を開いて「鬼は外、福は内」と2回唱え、それから「天に花咲け、地に実のなれ」・・・最後にまた「鬼は外、福は内」と言って戸を閉めた。家族に遅くなる人がいると、帰宅するまでは豆まきをしなかった。この日、豆まきのときに外にいるのは鬼なので、帰りを待って行った・・・律儀な父親であった。

俺に子どもができると、父は孫と私服を着て豆まきをした。その頃は賑やかな豆まきだったナ~

今の我が家は妻との2人暮らし。俺は型通りの豆まき・・・

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終わってからは食卓の恵方巻を食べた。本来は1本ままで食べるようなのだが、俺は小口でもあるし( ´艸`)、他のものも食べたいから( ´艸`)・・・この方法が良いのだろう。食べるにあたっては方位もあるようだが、そこまでは考えないで腹に収めた。。。

”恵方巻”を食べる?このような風習は、元々秋田にはなかったものだ。だから、スーパーやコンビニの商戦にうまくのせられているなと思う。

豆まき後、俺は炙ったスルメでお神酒を頂いた。俺は昨夏からは、酒類は滅多に呑んでいない。勿論、外で呑むこともなくなったし、家中でも呑みたいという欲求も薄れて来たこれまた年齢?それもあるだろうが、酒は汗しないと美味くない。それに相手がいないと・・・だから、今夜はお神酒で酔っちゃった。

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ああ・・・あしたは「春だぁ~」

 

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人々の願い!

強い霜の朝だった・・・雪が光って眩しい朝だった・・・昨日と一転した天気☀こうして雪が降ったり、天気になったりしながら秋田は春に向かって行く。

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叔母さんから今年も確定申告を頼まれていたので、叔母さん宅に向かった。田んぼには、JAで”秋田の大地”という肥料散布をしていた。微量要素の散布だ。これを散布し米の食味を上げようと、ほぼ全域でこれを散布しているのだ。きょうは天気も良いから、気持ち良い作業だったに違いない。

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午後から、天気も良いのでぶらっと軽トラに乗った。写真を撮りたいものがあった。それは「塞の神」等の石碑、また石仏を撮りたかったのだ。白川静の「漢字百話」にはこんな文がある。”道路は外部の世界に連なる最も危険な場所”だと・・・。昔集落は、外からの野盗の襲撃もあっただろし、入って来る人間が疫病・災厄を持ってくるかも知れなかったのだ、その入り口が道路。

そんなことから、集落の入り口など境界にあたるところには、”塞の神”を祀って他からの侵入したり、邪悪なものを防ぐことにしたようだ。塞とは「さえ」又は「さい」と読む神様のことだ。昔は薬や勿論ワクチンなどなかった時代だ。神に頼んで、先ずは村に入らないように願う、それしかなかったのだ。そんな昔の石碑はわが地域にもあちらこちらに残っている。

そのひとつが「牛頭天王」であり、「ごずてんのう」と読む。これはそんな中でも一番大きなものだ。小国という集落にある。この牛頭天王は、京都八坂神社の祭神であり、疫病退散の神として祀られているらしい。これもそんなことから村の入り口に建っている。

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高さが3~4mあり、今にも倒れそうに傾いている。祈るしかなかった時代のもの、今の時世は道路からだけ入って来るとは限らないのだけれど、昔はこうしたことで防ごうとしたということは、それほど切々たるものだったに違いない。

古老に聞くと、かつてはこの集落では7月15日が祭典であり、碑の周りに集まって病魔降伏を祈願したという。赤痢やコレラが発生すれば、この前で百万遍念仏を行って疫病神を鎮め除災に努めたという。

俺はその足で、数ヵ所の集落に行ってみた。先ずはある寺にあったいくつかの仏像。

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次の集落の入り口には・・・幸福神と同時に???これまた願い?実は、村々の入り口には牛頭天王の他にもある。これらは総称して「塞の神」と呼ばれるものだが、「サエ」はさえぎる、せきとめるの意味を為す。そしてまた、サエは道祖信でもある。この塞神は性器神でもあるようだ。”秋田百科事典”にはそう記されている。

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大きな石の中にあった仏像。

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道路の奥まった場所にも・・・これが陰陽石、男神・女神であり、男神は本市の場合山間の集落には点在している。ただ、女神はなかなか見当たらない。ひょっとしたらここだけかも知れない。

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これはある集落にある梵字石。八幡太郎義家が先勝祈願で、矢で梵字を彫ったという言い伝えがある。縦横4mはあるだろう。よくみるとこの碑の上部に梵字がうっすらと見える。

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俺の子どもの頃は、この前に広場があって土俵もあったのだが、今はその名残もない。この前で遊ぶ子どももいないのだ。今はすっかり雪に覆われていて、春になれば草がぼうぼうの場所になっている。

困ったときの何とかとは言うものの、こうした石碑・石仏はいずれもやはり”人々の願い”がこもっているのだ。現在、コロナ感染者がなかなか収まらない。きょうの情報では東京の感染者が減少傾向を見せている。だが、このまま収まるとは想像できない。外出自粛にも気が緩んでいるようでもあり、ましてやお偉いさん方の行動をみれば、国民も自らに外出にブレーキを掛けれないでもいるようにも思う。もう少し、もうすこし各自で、自分に塞の神を抱いた方が良いように思う。

 

 

 

 

 

 

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