旅行・地域

東京てくてく ②

出発までは少し時間があるので、前回の続きを記したい。

『相田みつを』記念館を訪れたのはこれで3回目だ。ただし、これ迄は場所が違っていた。今は有楽町駅を下車した直ぐにある国際フォーラムという建物の中にある。ここは初めてだ。

俺は特別彼のファンだったわけではない。発した言葉には惹かれもしていたのだが、俺はあの字体が受け入れし難かった。書とはキチンと書くべし、そう思っていた。ところが、昨日記念館に入って俺の誤解であったことが分かったのだ。

彼の書の説明に館長である彼の子息が書かれていた。相田は書家である。十代から書を学び、短歌を学んだと記されていた。そして、その書は端正なものだった。それがいつの時点であのような字体になったのか、それはわからないのだが、様々な書は、あれは後世に生きるものたちへの遺書だったのではないか。だから平名に平仮名を多用したのではと。

いづれ相田の文字を受け入れ出来なかった俺だが、何か解けた気がしており、今回の入館は嬉しいことになった。

上野の森美術館では『怖い絵展』。あまりも人気から、時間を延長し現在では午後8時まで開催されている。日中の混雑を避けて、昨夜俺は入ったのだが、それでも混雑していた。絵の裏側に潜むいろんな事情、今回はヨーロッパの言わば古典からの絵画だ。なるほど解説を見ると戦慄が走る絵もあった。

昨日も又、徒歩が1万を超え、1万8千歩…🚃の乗り降りが不馴れだから、つい歩くのが多くなる。それでもてくてく、今夜の乗車まではまた歩く🚶

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東京てくてく…

東京の空は真っ青だ。雲ひとつない晴天だsunそして、人がいっぱいだ。俺も都会の人のように、信号が点滅したら、さっさと小走りしたり、エスカレーターで追い越したり。このまま俺も東京で生活できるのかも知れないヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

今朝は6時半過ぎには目覚めて、荷物をまとめる。ホテルを替わるのだ。やはり上野駅周辺なのだが、そのために荷物を纏めて駅のコインロッカーに。

きょうはまったくプライベートな日だ。東京は風があるものの、昨日のような寒さではない。建物に入れば、俺は汗をかいた。

先ず向かったのはふたたび上野公園。西郷さんと対面して、歩を進めた。入ろうと思っていた上野の森美術館はすでに長い列。そこで、それを外して国立西洋美術館へ。ここでは、『北斎とジャポニスム』が開催されている。しかし、並んではいなかったものも、中にはいれば結構な人の数。

入るとテーマにあるように、北斎が西洋に与えた影響力だ。北斎の絵とモネ、ドガ、セザンヌなど大きく影響受けている。一部には、誰かが言っていたけれど、正しく(パクリそのもの)もある。簡単に言えば(模倣)なのだ。それにしても、そのように影響を与えたと言うことは、世界的な画家-北斎ということか。

かのオリンピックのエンブレムでは大問題になり、別の作品に代わったことがあった。それを思うと何と言ったらいいもか、日本人とは素晴らしい民族だと改めて思った。ここを出ると午後1時を廻っていた。

次に向かったのは、建設して間もない『すみだ北斎美術館』へ。ただし、建物が新しいのはいいのだが、トイレが少ない、昇降はエレベーターのみ、しかも遅い。折角の施設である。もっと意見が出なかったのだろうか…

更には『相田みつを企画展』へ。今回は東京国際フォーラムの施設に入っていた。このことはまたあとで記そう。

夜になって『怖い絵展』に。きょうの歩数は1万7千歩。これもまたあとで…

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また小学校が消える・・・

わがまちからまたひとつの小学校が消える・・・来年3月に閉校になって、この地区の子ども達は新生の象潟小学校に統合される。年度末にはいろんな事があるために、一先ず早くその式典がきょう行なわれた・・・

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一時期は500名を超える児童数があったと言う、だが今年は61名だ。142年の歴史に幕を閉じることになる・・・

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この地域は鳥海山の真下にある。かつて鳥海山信仰が盛りのころは、この地区に宿坊などもあった。それだけ信仰と係りのある地域でもあった。児童はこの歴史を今静かに迎えようとしている・・・児童代表の挨拶があった。

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学校の校旗が校長先生の手に返され、それが市長に返還された・・・学校の長き歴史を刻んできたこの校旗・・・児童の思いもさることながら、地域の皆さんの思いはいかばかりだろうか・・・

3年前に俺の母校も閉校した。あのときの思いは涙なくしては語れない。当時のことが思い返された・・・

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山間の地域にとって、小学校は唯一の公的施設だ。正しくシンボルと言っていい。それがなくなるのだから、地域は今後火が消えたような思いになるだろう、これを行政はどのようにサポートするのか、新市長の手腕が試される・・・

信仰の篤い地域、よって民族芸能も活発。きょうはその一旦として、子ども達に連綿と引き継がれている「初午」行事も披露された。

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式典のあとには、児童のアトラクションもあり、最後には「上郷の良い所」の紹介があって、第1位は「上郷の自然」ということだった。鳥海山の5合目の鉾立、湧き水の元滝、また、あがりこ大王等が住む?獅子ヶ鼻湿原等・・・ほんとうにそうだと思う。

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最後のさいごに校舎や地域の方々、いろいろお世話になった方々などに感謝を込めて、子ども達は歌った・・・「さようなら、ありがとう」を・・・

      きょうはお別れの日 最後になるね
      僕達が過した 思い出の場所
      笑いあったとき ともに泣いた日
      みまもってくれた 大好きな場所
      桜咲く春も 汗かいた夏も
      ずっとずっといっしょだった
      さようなら ありがとう
      いつまでも忘れないよ
      僕らの心の中に ずっとずっとね

            <佐々木恵介・・・作詞・作曲> 閉校式典リーフレットより

    PS、俺は今夜10時過ぎに夜行バスに乗る、あしたの「ふるさと会」に出るためにbus

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晩秋のみちのく”小京都”

秋田県の角館町はみちのくの「小京都」と呼ばれて、春のしだれ桜や秋の紅葉のシーズンは観光客が多い。中には人力車も走っていて、観光客には人気だ・・・

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最近、「自分への褒美が多いんじゃない?」何て言われるだろうが、稲作農家にとっての11~12月は結構自由な時間がある。俺は、わらび座での観劇をする為に出かけたのだが、このまちの百穂記念館で画の百穂展・短歌の百穂展があるので立ち寄って見たのだ。

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もうてっきり紅葉の時季は終っていると思っていたが、まだ頃合のものもあり観光客も多かった。取り分け韓国?中国?の観光客だ。分らない言葉を交わしていたから・・・ここの紅葉は春も良いのだが、秋も道の黒塀にマッチしている。ここは武家屋敷跡の街並み。

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武家屋敷の内部には入れるのだが、俺は他の事もあるのでそそくさと町並みを歩いた。朝からの天気で気持ちよい。俺はここに何度か足を運んでいるのだが、このような晩秋もまたいいし、絵葉書等で拝見すると雪の中の町並みもとても情緒がある。

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こうした紅葉をcameraに納めようと・・・

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ウメモドキの実、ドウダン・・・いづれもこれ以上には赤くなれないような色である。

このまちまでは、我が家からrvcarで約2時間・・・ジョン・デンバーのCD聞きながらの運転だが、天気も良く気持ちよかったのだが・・・車に乗ったら雨となった。北国・雪国の天気である。その中を「わらび座」に向かったdash

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「想い出と未来」・・・ふたたび修三展

会議が早く終ったので、まちの象潟公会堂で開催されている「想い出と未来」わたしの池田修三展に寄ってみた・・・eye

俺のブログでは何度か紹介させて頂いた池田修三。その修三が亡くなって25年・・・しかし、彼の版画は昨今脚光浴び、このような修三作品展が開催されると、遠方からもわざわざと見に来て下さる・・・(きょうも撮影OK、ブログアップOKとのことだったので、その一部を紹介する)

008 今回は、市民が所持する作品と彼や彼の作品に纏わるエピソード等紹介しながらの作品展だ。

作品は約30点・・・

例えば花飾りを着けた少女を描いた「まどか」&「さやか」の所蔵はA氏。実は自分の子どもが作品名と同じ名前と言う縁で、修三作品と出会ったと言う。

また、B氏は勤務先の異動にあたってプレゼントをされたという。あの頃は作品の良さを知らなかったが、今では作品を見るたびに当時の事を思い出すとか。

そんなエピソードが綴られていて、観る人をもほのぼのとさせる・・・

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上の絵が「まどか」・・・

以下、いくつか展示されている作品である。彼の作品の特徴は「目が大きい、そして、その目がどことなく寂しさを漂わせている」・・・

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機会がありましたら・・・修三のまち、「にかほ市」にお越し下さい。ちなみにタクシーにも修三の絵がラッピングされています。

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秋田県の”農”の祭典終わる!!!

伝統ある秋田県の農業の祭典「第140回秋田県種苗交換会」が本日終った・・・”先人に学び農業の未来をひらく”が基本テーマで、10月31日からきょうまで行なわれた秋田県では最大規模のイベントでもある。

016 この大イベントは、会場を順次回って今年はわがまちの隣りの由利本荘市で、18年ぶりの開催であった・・・

元々は、わがまちの農聖と言われた斎藤宇一郎先生石川理紀之助先生が中心になって開催されたようであり、140年の歴史のある、農家にとっては最大の祭りになっている。

例年、この頃になると寒くなり霙や冷雨に見舞われるのだが、今年は天気に恵まれている。

そもそもこの種苗交換会とは字のごとく、秋に農家が集まって技術の交換や、農産物の種子の交換などをしたのが始まりと聞く。

だから農家は遅れを取るまいとこの祭典に参加したのだろう・・・

内容は農畜産物の出品、農機具展示、また、談話会と称して様々な意見交換する行事などだ。

今年の談話会のテーマは、「需要に応じた米生産の取組み」だ。来年からの国の施策に対する情報交換もなされたようだ。

俺がきょう出かけたのは主会場である総合体育館だ。かつては学校の体育館等で行なっていたのだが、それでは子ども達の授業に支障がでることもあり、幸いにもそれに変わるような施設もあることから、今ではどこの地域で行なっても学校は使われていない。

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004_2 主会場は農産物の出品展示。一番の列を作っているのは、水稲が展示されているあたり。今回も受賞した稲の前には人が並んでいた・・・

今年の稲作は、俺のブログでも紹介したように、多雨・少照などで条件としては非常に悪かった。

このように実質的に不作になったのはしばらくぶりのことだ。特に昨年がすこぶる良かっただけに、今年の作況には落胆している。それでも農家は「来年こそ!」との意気込みがあるのだろう、見ている目は耀いて見えた・・・

ただ、来年からは実際には転作はしなくても良くなる。それは有難いことなのだが、誰もが転作をしなくなれば、米の供給過剰が発生し、米価が下がる・・・

わがJAでは、転作をする人としない人との間で互助会を組んで、これまで同様に対応するようである。つまりは転作しない人がお金を支払うという組織を継続すると言うのだ。

会場には他にも農産物が並んでいる。野菜・果樹・乳製品・加工品・・・最近多くなっているのが花卉類だ。中でも菊が大きく伸びているが、進めているリンドウも供給を伸ばしている。

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一角には、冒頭紹介した農聖のふたりの先生のコーナーも設置されていた・・・

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この秋田県種苗交換会には、東北の各県からもおいで頂いた居るようだ。特に岩手県・宮城県・山形県からはバスで来られたようだ。ただ・・・俺の知っているかつてのこの催しはもっともっと盛大だったとの記憶がある。

出品物の種類は多くはなかったものの、出品数は凄かった・・・と言うことは、農家が減少している、情熱も薄れている、関心も以前ほどは見られない・・・ということになる(?)

秋田県ではこのイベントが終れば冬に入る。ちょうど暦ではあしたが「立冬」。いよいよ秋も深まり、冬に大きく前進する・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

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子どもの声が一番!

昨日の○○小学校の学校祭には、妻と俺が招待を頂いた・・・ふたり暮しにあって学校から御呼ばれが掛かれば、妻は本当に嬉しいようだ。学校には毎月読み聞かせで伺い、運営協議会の委員までしているのだ・・・

俺たちの子どもが卒業した学校ではない。学校は子ども達の減少から、この学校に吸収された。以来、今年は3年目・・・

俺も案内頂いたが実は嬉しい。例え俺の母校ではないにしても、子ども達の元気な声、行動を見聞きできるのは本当に有難いと思う・・・

現在の児童は160名。その子ども達に保護者、さらには地域の方々、子ども達を見守ったり指導したりした言わば世話役などで、会場の体育館はもう満杯。こんな状態を見るのは久しぶりのような気がする・・・

太鼓クラブの勇壮な音に続いて、子ども御輿が登場し会場は一気に燃え上がった・・・

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祭りだ祭りだ・・・ワッショイワッショイ・・・

そして、2年生から順に発表会。まちの良さを発表したり、鳥海山と水を考えたりとそれぞれテーマを持っての発表だ。懐かしい昔話もあった・・・「六地蔵」を演じたのは1年生だ。4月には親から離れることをためらっていたのに、今ではステージに上がって堂々と演じている。

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誰もがその成長には驚きだろう・・・

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最後の出し物は、児童全員での歌だ・・・小さい学校ならではのことか・・・

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実はこの歌の前には、「もっとにかほが好きになる」をテーにした6年生の発表があった。かがやき学習ということで、まちの産業などを勉強したようだ、その発表を行なった。そして、その終わりに世話になった方々に小さな花束をプレゼントした。

驚いたことに俺にも・・・「有難うございました」と花束が・・・weep”かかし作りで世話になったというのだ、そんなに花束をいただけるほどのことはやったとは思わないのだが、児童からのプレゼント有難く嬉しく頂いたcrying

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・・・と、これが昨日のこと。そのあとで不思議の森に出かけた俺だった。

さて、きょうはくもりcloud 時々、小雨も降った・・・

だが、でんでん大将は休む事がない(?)昨日から始まった市の文化祭、きょうは俺が当番として出る日であった。俺が出品したのは短歌、色紙に俺が仲間の分も書いて出品している。だから、そこに出て「説明員」としての出番だった・・・

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きょう出たのは象潟体育館、そして象潟公民館。

生け花や子ども達の作品展、短歌や俳句展、それに山野草展・・・そこで驚いた。あの・・・

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があったのだ。そこの当番は俺の遠戚の方だった、色んな話を聞いた・・・この鼻の事も。また、いい色のリンドウも出ていて惹かれた・・・

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公民館前に止まっていたのは、市のコミニテイバス。ジオパークのラッピングがされている。鳥海山の写真もラッピングされている・・・

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”不思議の森”に・・・

学校祭から帰った俺は腰にバックを下げてdashバックにはcamera+缶コーヒー+あんぱんを入れてdash向かったのは、本市の観光地であり、ジオパークのジオサイトにもなっている「不思議の森」だ・・・きょうも天気が勿体なくて・・・?

正式には中島台レクレーションの森。鳥海山麓北側にある、ブナの原生林に囲まれており、異形のブナの巨木群が林立。この森には鳥海山の伏流水が流れており、10数箇所から湧いている。

この約26haの一帯を「獅子ヶ鼻湿原」と言っている。

紅葉は過ぎたものの、幹を観賞するにはいい時季であることから、俺は出かけたのだ。我が家からは車で約15分だ・・・

木道を進んで行くと先ず目に入るブナの大木。一部にはまだ葉を残していて、或いは俺を歓迎しているように思ったりして・・・weep

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このブナには名がついている。西洋のロウソク立てを思わせることから、「燭台」と呼び、別名は「ニンフ(森の妖精)の腰掛」とも呼ぶ。

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しばらく歩を進めると、たどり着くのがこの森の主「あがりこ大王」が待っている。大きく枝を広げる姿は正しく大王だ。樹齢が300年、幹周り7.62m。周囲を圧している様で、”森の巨人たち百選”にも選ばれている。

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ブナの林からの光りを入れて撮ってみた・・・

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このあがりこ大王を覗くと・・・面白いものが見える・・・「モンキーダンス」と呼ぶ。

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ここから鳥海山の頂き付近が見える。いささか小さな木々が視界を遮っているのだが・・・

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あがりこ大王に別れてさらに木道を進む。いくつかの小さな流れを見ながら行くと、小さな池に出会う。鳥海山の伏流水を留めている。その水の豊富なこと・・・毎秒1.9tを噴出しているという。名づけて「出つぼ」。別名は「クマの水飲み場」とか。

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そこからは少し木道が途切れる。コケのついた岩場を歩く。そしてたどり着くのが「鳥海マリモ」と呼ばれる一帯だ。流水の中にビロード状のコケが印象的だ。ただし、その上には落葉がかぶさっていて見苦しいのだが、市に伺うと学者先生方はそれも自然なのだから、そのままにして置けと言っているらしい・・・(でも・・・このままだとコケも決して良くはないと思うのだが・・・?)

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実は鳥海マリモと呼んでいるのだが、コケ類が絡まりあってボール状態になったもので、主なコケはヒラウロゴケ、ハンデルソロイゴケなどで、日本では貴重な種類らしい。この流れの水温はほぼ7.2~7.3℃、また、PHは4.4~4.6の酸性だ。これらが稀有なコケを形成している。

そして、今年初めて公開されたのが「あがりこ女王」だ。

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このブナは、地上1mあたりから幹が14本に分かれ、このようなブナは珍しく、まるで 子だくさんの女性を思わしめることから、ここにも木道を設置した。

不思議の森には不思議なことが起こる。あがりこ女王を見てから、管理棟に向かったのだが、段をあがったところに3人の連れ合いがいた。俺にカメラのシャッターをお願いしたいとのこと。俺は喜んでハイ・・・パチリcamera

話を伺うと親と子の家族、郡山から見えたという。泊まりは鳥海荘と言っていた。どうぞ、ご無事な旅をと別れたのだが、俺のブログにコメントを下さったホシノさんを思い出した。入院されたはずだったが、その後、如何だろうか・・・

そして、ヒナタさんも福島県だ。俺の娘は福島の大学に行った・・・なにかしらと福島にはご縁がある・・・

※この異形のブナ・・・かつて炭の材料として積雪の上から伐採された、しかしそこから芽が出る、その繰り返しでこのように形になったのではと推測されている。なお、その伐り口から芽が上がることから、「あがりこ」と呼ばれたようである。

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米の作柄”やや不良”?

東北農政局から今年の米の作柄が発表された(ただし、最終の作柄は12月に発表される)。これによると、8月の発表では99~102の「平年並みからやや良」だったのが・・・(写真はNHKテレビニュースより)いづれも悪くなっている・・・

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秋田県では、特に県北部が著しく、次いで秋田県南部は昨年よりも、10a当り23kgも下がった。7月末のあの大雨の被害が大きかった。いづれも昨年よりも大幅に収量が下がって、作況も「やや不良」の地域が多い。

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その要因として、夏の記録的な大雨、日照不足・低温、さらには収穫時期の長雨による登熟不良など・・・わがまちでも山間部では、品質的にも悪くほとんど2等米だったとか。それに未熟粒・青米なども多く、結果的には収量良くなく、しかも品質も悪い・・・

我が家では、まだカントリーから数値的なデーターが来ていないので、例年との比較等できないのだが、我が家だけがいいなどのはずもなく、今年は「不作」になるのだろう・・・

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稲の乾燥には、秋田県では”ハサ掛け”と”杭掛け”という自然乾燥がある。我が家は海岸部ゆえ、すべてが杭掛けをした。だが、昨今はこのような光景はほとんど消えた。JAでカントリーを作ったから、そこにどんどん運んでいる農家が多い。

俺も乾燥・籾摺り・調整はJAに依頼している・・・

今年は大幅に稲刈りが遅れたことから、最近、漸く飯米が届いた。この分で親戚等に送るので、朝に精米に出かけた。我が家で送るのは、30kg入りで4袋。これを送ることになる。

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米の袋を開けると・・・新米の香りだ。だが、やや実細い感じもする。

今年の米の仮渡金は、千円ほど高い。だが、収量が下がっているので収入が減るのは確実だ。その上、来年からは転作奨励金や所得補償もなくなる。この分だと離農者が増えるのは確実だろう・・・

1年間汗しても、農家はこのように報われない年がある。収入が下がっても、経費の農薬も肥料も下がることはなく、むしろ上がっている。JAの俺の通帳に残るのはどれくらいだろう。否、少しでも残れば良い方で、赤字で繰り越される農家もある・・・

このように不作となって、それでも頑張るぞという気持ちはある。一方では、早く見切りをつけたらと言う声も聞こえる。

世間ではハロウィンとか、老人ふたりの暮しにはまったく縁のない話なのだが、妻はそれでも人形を飾っているし、夕食後は小さなケーキも食卓に上った。きょうで10月は終わり、あしたからは11月・・・本当に早い。

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錦秋の法体の滝

先日、観光協会に紅葉の具合を尋ねたら、「今年はイマイチ」との事であった。従って、今年は行くのをやめるつもりであった。ところが、きょうの新聞に「紅葉見頃」とあり、俺は午後から法体の滝を観に出かけた。我が家からは車で約1時間ほど・・・

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その滝に行く途中の山道も錦に染まっている・・・

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確かにいささか紅葉が見栄えしない部分はある。だが・・・絶景だ!

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実はこの「法体ほったい」の滝は、鳥海山を源流にしながらも対面している。上がっていくと3段になっている。落差が57.4m、あの滝田監督の撮った映画「釣り吉三平」のロケを行なった場所でもある。

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帰路・・・振り返った空には鳥海山が見えた・・・

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俺が東京にいる間に、また雪が降ったらしい。もう中腹まで真っ白い・・・

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