旅行・地域

「人生は冒険の連続」

わが故郷の偉人・白瀬南極探検隊隊長のことは、何度か記述した事がある。彼の業績等を称え、市内には建築家・黒川紀章氏のデザインした「白瀬記念館」がある。きょうは彼を称えるとともに、地域に貢献している「しらせ自遊人倶楽部」主催のフォーラムが行なわれたpenguin

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テーマが「人生は冒険の連続 探しに行こう新しい自分を」。ここに3人の冒険者が集まって、講演し、トークショーを繰りひろげた。

その一人・・・石川和則氏、アニマル石川としてDACグループの代表であり、冒険家。

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また、舟津圭三氏、南極大陸を犬ぞりで横断した国際隊のメンバーだ。

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さらには、朝日新聞の自称”極道記者”南極・北極を積極的に取材中の女性記者。

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さすがに冒険家たちの話は大きい。いづれも「夢をもつこと」「やりがいをもつこと」が大事であり、人生も同じだ。一度っきりの人生を夢を持って生きよう・・・と。

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トークショーを終えて質問時間があったので、手を上げる人がいなかったので、俺は手を上げた。「冒険は危険が伴うだろう、もうダメかと思ったことがなかったのか、また、そのときに何で自分を奮い立たせたか」、また、女性には「 もし仮に住めるとしたら、北極・南極どちらに住みたい?」と・・・

それぞれが振り返りながら語ってくれた、危険なことはあった、それでも冷静に自分を見詰め自分を信じた。また、どちらかと言われれば南極です・・・と。フーラムが終って懇親会も行なわれた。俺には昨夜の懇親会、今夜もと立て続けの懇親会bottle

彼ら冒険家にとっては、好奇心が旺盛な事が夢を持ち続けさせているらしい。俺などは好奇心が旺盛でありながらも、燃焼させることも知らず、くすぶっている哀れな人間のような気がして・・・weep

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”かかし”立つ

かかしの制作に協力してほしい・・・某小学校の校長先生からそのように言われたのは、9月7日であった。分ったと答えたものの、俺たちのリーダーは7月から入院しているhospitalしかし、あれから2ヶ月だ、村の祭典までには退院するだろう、そのように思っていた。

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俺は事情があって、我らが仲間「百生倶楽部」のリーダーを辞めて、S先輩にリーダーをして頂いている。そのS先輩が、7月始めに田んぼに培土をかけている最中に熱中症になり、田んぼの中で倒れ、そして培土機の下になったようだ・・・

それがなかなか分らず、かなりの時間が経過していたようで、火傷が深かったようだ。それでなかなか退院できず、彼も村の祭典に欠席したのだった。こんなこともあって、昨年も協力していたかかし制作を、今回は出来なくなった・・・

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そこで今年は児童だけで制作してもらうことにした。そして、4体のかかしが完成した・・・

ところが今度は設置の依頼の電話をもらった。S先輩は、折りしもこの16日に退院したので、他にAさんからも協力頂き、俺たちは3人で、かかしの設置に協力した。

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かかしは子どもらしく、ユニークなものだった。また、俺の言っていた「3Dかかし」(立体的にみせるかかし)、俺たちが昨年指導したことが、生きていたようでとても嬉しかった・・・否、おれたちのかかしよりも立派だ・・・

その1体1体を設置していると、下校する子ども達がこちらを向いている。「おいで!」っと手を振るといっぱい寄って来てくれた。そこで、揃ったところでハイ、ポーズscissors

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ここは学校田、稲刈りが間もなく始まるのだが、終ってからもしばらく設置しておく予定とか。元気な子ども達をしばらく見守ってくれる・・・

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わがまち「ふたたび」

皆さんには事前に案内するつもりでいたのをすっかり忘れていた。俺は今夕のHNKの案内で知りビデオにしたのだが、実はNHKBSの午後9時から、「新日本風土記」で鳥海山と水とわがまちが放映されたのだ。この7月末にも「小さな旅」で、わがまちが紹介されたが続けての放映であった。

皆さんには是非ご覧頂きたいと思っていただけに・・・・申し訳ありませんでした。写真はその番組からのものです。(再放送がありましたら・・・是非ご覧下さい)

きょうはそれをどうぞご覧下さい。

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めったに見られない「影鳥海」。日本海に日の出になると、鳥海山が影を落とすのだ。俺もまだみたことがない・・・

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鳥海山の7合目付近にある「鳥の湖」

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鳥海山の恵みの味・・・天然岩牡蠣。

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そして信仰の山でもある。

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山形県・秋田県にある鳥海山

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その水は田んぼも恩恵を!

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水を温める温水路。 

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全開の熟年パワー

厚生労働省等が健康増進、世代間の交流を目的にした「ねんりんピック」。それが今年は秋田県で開催され、本市にかほ市ではサッカー大会が開催された・・・

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会場は仁賀保グリーンフィールド、そして、TDK秋田総合スポーツセンターだ。俺は後者の施設に足を運んで観た・・・

そこは正しく熱気に包まれていた。熟年選手たちが元気を全開していた・・・

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午後3時半、わがまちの出場だ。きょうは2勝しているとか、だからか余裕さえみせてくれた。

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スクラム組んで・・・

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勝負はほぼ互角、しかし、わがまちの選手達はハーフタイムの直前にゴールdash

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選手達は、まっこと年齢を感じさせない。一部に足のもつれた選手もいたが、年齢からくるコムラ返し。あとは往年を連想させるようなパワーflair

他に種目としてカラオケがあったり、健康麻雀があったり、全部で26種目があった・・・

サッカーは、他のテニス、ソフトボール、ペタンク、マラソン、弓道、剣道などのスポーツ交流会。また、ふれあいスポーツ交流会として、水泳、ゴルフ、サッカー、太極拳・・・だから、サッカーも勝つことが目的ではない。

それから文化交流会と称して、囲碁、将棋、俳句、健康マージャンもある。

明日12日は、総合閉会式が行なわれる。

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例大祭終わる!

当番所に9時の集合だった・・・記念写真を撮るためであった。勿論、俺は忌中であり写真にも入られない。当番所にも入るのが躊躇われる。それでもこの8年ぶりの大祭のスナップを撮りたくて出掛けた・・・

だが、神官が来ない・・・そのうちにあの晴れた空から、ポチリポチリと雨!9時半になっても止まない。神官も来たが止まない。仕方なく小雨になったのを見計らって、集落の各家々の代表が入ってパチリcamera

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きょうの衣装は正装だ、裃・袴である。だから雨は気になる・・・

撮影が終ってから、当番所で祈祷・・・

そして、神社へ「お帰り」だ。

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御輿は「おかえり~、おかえり~」と巡行だ。

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我が家の前を通るお御輿・・・俺も若い頃にやったことがある。あの頃は台車もなく、すべて担いだものだった・・・

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小休止を挟んでふたたび巡行・・・

我が集落は神社に一番近いので、この巡行も他の集落に比べれば短い。尚、この巡行はまちの「無形民俗文化財」に昭和63年に指定されている。「久斯神社シャギリとお御輿渡行列」として・・・・

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そのシャギリとは、この子どもの太鼓うちとはねっとの一団だ。太鼓は小学生の子どもが女装して、また、伴奏の三味線もまた女装だ、他には笛吹き・・・こうして、これはお御輿が神社に入ってからも、他の5集落を廻る。

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はねっとは「鉦たたき」とも言って、昔は5寸釘で鉦をたたきながら、「せっちょ!」と言って、子ども達を追いかけて釘で頭をたたいた。しかし、それは近年ご法度になり、今はビニールのハンマーでたたいたりしている。

面をつけて、家々で酒を馳走になって勢いづいている。子どものころはそれが恐ろしく、俺などは見にゆけなかったものだ。

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歩き疲れた子ども・・・それでも何とか頑張って、午後6時過ぎには無事に当番所に着いた。

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こうして平成29年の当集落が当番丁の例大祭が終った・・・この祭典が終わると、我が地域はいよいよ稲の収穫期に入る・・・

俺にとっては、何だか仲間はずれされたような複雑な例大祭として、終生忘れる事はないだろう・・・ 

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ひとりぼっちの宵宮祭

1月・・・わが集落では今年の例大祭についての協議が行なわれた。俺は集落の氏子総代だ。従って、俺の進行で大まかなことを決めた・・・

あの日、きょうの俺を俺はまったく想像すらしていなかった・・・

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産土久斯神社は近隣の6集落の神社であり、9月の第2土曜日・日曜日に宵宮祭と例大祭を行なってきた。当番丁は各集落回りであり、大きな集落の中野だけは2回の当番丁として決めている。

この取り決めで、各集落が当番丁を行なうのは8年に1度廻ってくる。だから、今年わが集落が当番丁になるのは8年ぶりのこと。当初は、当番所を希望する家がなく、自治会館でと進めていたら、某氏がやりたいと申し出があり、今年はそこが当番所に決まった。

最近は当番所を希望する家がなく、他の集落ではみな自治会館を当番所にしていたので、個人の家で行なうのは久々となった。俺は、平成8年に当番所を引き受け、なおらいも自宅で行なった。広い我が家なので、こんなときは都合がいい。

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だが当番所を引き受けるとお金が掛かるし、混雑する事から敬遠されているのが本当のところ。俺が引き受けたのは、この神社の獅子舞をやってきた祖父・父、ふたりの夢はいつかは当番所をしたいという願いがあったので、もうその時はふたりはいなかったのだが、神をお迎えし祖父・父の夢を叶えることができた。

当番所をするには、大変なプレッシャーもある。親族で不幸があったりすれば出来なくなるし、色んなことも絡んでくるので、プレッシャーを受けることになるのだ。

俺は久斯神社の集落を代表しての氏子、多忙な中で引き受けたのだが、それなりの気持ちもあった。何度か実行委員会をやり、様々な事を決めて来た。それが、7月30日に母が亡くなって、俺は責任を果たす事が出来なくなった・・・

7月に入って母の状態は良くなったり悪くなったり・・・先生からは、しばらくは大丈夫だろう・・・そうも言われていた。何とかせめて祭典が終わるまでは頑張ってほしい、そう願っていた。俺が離れたら、皆に迷惑が及ぶ、近年は集落の人口もどんどん減っている。ひとりでも減るといろんなことに影響が出るから、何とか頑張ってくれと願ったのだったが・・・

俺の忌明けはこの17日・・・皆さんに迷惑をかけることになってしまった。しかし、それでも委員会には出て、仕事の一旦は果たしてきたつもりだ。ただし、昨日の祭典普請、きょうの午前中の普請には欠席をした。(写真は祭典の準備の普請) 幟や灯篭の設置、砂盛りなど

そして・・・今夕・・・

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勿論、今夕の宵宮祭は欠席だ。一番近い身内の不祝儀だったから、とても参加は無理な話。この大事な時に、祖父・父の信仰の篤かった神社の例大祭に、母はなぜ俺を参加させてはくれなかったのか・・・

俺にとっては華の舞台であったのに、何故・・・もう総代をやることはないだろう、神社にお返しをすることもないかも知れない。

まさか、きょうの日をこうして迎えるとは・・・weep

神には近づかないようにしながら、俺はズームで宵宮祭の巡行を狙った・・・

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俺にとっては寂しい限りの宵宮祭になった。俺にもあった、このように御神木を胸に抱いたことが、まるで昨日のように未だ鮮明にあの日が残っている・・・

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晴れやかな当番所の執主と奥さん、俺は寂しさをかみ締めながら巡行を遠くから見詰めた・・・

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秋田に集う熟年者

60歳以上の方々が、スポーツや文化活動を通じて交流しあう、「第30回全国健康福祉祭あきた大会」、いわゆる「ねんりんピック秋田2017」が、明日に開会式が行なわれる・・・

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大会テーマは「秋田からつながれ!つらなれ!長寿の輪」である。このことでは、県を中心に大会に向けて準備を進めて来た。ところがイマイチ盛り上がりに欠けているような気がする。大会のボランティアを募っても人員不足であったし、気候的には一番気持ちいい時期なのだが・・・

いくら熟年パワーを全開する祭典と言いながらも、まだ県民に浸透していないことのようだ。高齢化率の高い本県、これを機会に健康を見直すスタートにしたかったはずなのだが、どのように進めていくのか。俺も傍観者としてではなく、応援できればいいのであるが・・・

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仕事の事もあってどうにもならない。それに加えて、明日・明後日は産土神社の宵宮祭・例大祭があるのだ。俺は直接的には参加できないものの、影で動かねばならないし、地域の行事を離れるわけにはいかない。

写真の2枚目は花文字「ねんりんぴっく 2017」このような参加もあったが、どうにもならない。果たして、全国からどの位の方からおいで頂けるのか・・・多少心配もしている。わがまちが会場になる種目もある。10・11日にサッカー大会があるのだ。

サッカー・・・今でこそ子ども達が憧れるスポーツになっているが、昭和36年の国体のサッカー競技が行なわれたのはわがまちだった。当時は「サッカー」等町民でもほとんど知っている人はいなかった。

当時は蹴球なだとも言っていた。雨の中で泥んこになっての試合、これが何で面白いのだろう・・・そう思っていたのは、多分、俺ひとりではなかっただろう。それが今では・・・隔世の感がある。

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先ずは良い天気であってほしいし、けがもない大会であってほしい。更には秋田の初秋を充分に楽しんでほしいものだ。

尚、今夜の地震は秋田県の山間部、俺のまちではほとんど揺れなかった。ご心配頂きありがとうございました。

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「滝の茶屋」にて

昨日、金峰神社境内で行なわれた伝承芸能祭・・・俺はそこを後にして、奈曽の白瀑谷(小滝)を見に行った。会場から一旦石段を下がり、しばらくして今度は上りになり、そこに金峰神社がある。そこからの滝の眺めは絶大だ。国指定名勝になっている滝である・・・

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石段を下がったり上ったりしているときは、ミンミンゼミの声が聞こえていた。ところが滝が見えるあたりは、その水音でミンミンゼミの声はかき消された。毎年、2~3回はこの滝を見に行く。子どものころは、この滝つぼ付近でナベッコ遠足に興じたものだった・・・現在は、そのようなことは禁止されているのだが・・・

特に紅葉の時期は、滝の眺めも一段といい。石段をもう少し歩くと、つり橋(願い橋)があり、この橋でのデートはとてもいい(?)、ユラユラ揺れるので、大抵の女性は男にしがみついてくるのだhappy01

おっととっと・・・そんな不謹慎な・・・俺などは、わざと揺らしたりはしなかったけど( ´艸`)プププ

神社から駐車場を歩いているとそば屋があった。一度は通り過ぎたのだが、何だか気になって引き返し、俺はそのそば屋に入った・・・

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何とも店の名が気に入った・・・「滝の茶屋」とある。ここを通るときにいつかは寄って見たいという思いもあった。入ると俺よりは先輩のような女性が店主らしい。俺は「トロロそば」を注文した。

そばが出来るまで、俺はその店先をeyeアンテークなものもあり、気持ちがなんとも安らぎを覚えた。断ると「いいよ、どうぞ!」って言われて俺は店内をパチリcamera

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その店内の窓からは竹林が見えた。

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そうしているとトロロそばが届いた・・・

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我が家からは車で7~8分だが、この地域の特産のひとつは「そば」だ。元々は稲からの脱却、要は転作作物だったのだが、米よりも収入があることから、少しづつ増えたのであった。そして今は「上郷そば」として名もあがっている。

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「滝の茶屋」の そばは、そのそばを使っている・・・

店内には分厚い辞典があった。植物図鑑、山菜辞典など・・・食べ終わってから、店主に話しかけてみた。「随分と勉強されてるようですね~」と。そしたら、「私は部類の本好きで、まるで本のムシ・・・それでも年が年なので本はほとんど寄贈した、今、持っているのは文庫本だけ・・・」と返された。

”本”のことでしばし会話を続けた。俺は作家・三浦綾子や重松清、真保裕一などのファンとか、俺は三浦綾子の「道ありき」で救われたなど、余計な事まで話し、名刺を渡した。店主もまた俺に名刺をくれた。

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趣味が同じだと、初めての人でも会話は弾む。今度、家内を連れて食べに来ます、そう約束をして俺は「滝の茶屋」を後にした・・・

      ちなみにこの”トロロそば”は、650円です。

     <下の写真2枚は上郷地区のそばの花>

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古き時間を背負いつつ・・・

わがまちには山間部を中心に、いくつかの番楽や舞などが伝承芸能として、受継がれている。鳥海山が信仰の山であったからとも言える。ただし、昨今はご他聞にもれず、後継者不足(少子化)が生じており、果たして今後継続していけるか、その瀬戸際に立たされている。

そうしたことを少しでも緩和しようと、象潟の小滝地区にある金峰神社境内に、「郷土文化保存伝習館」が造られ、ここで例年”鳥海山伝承芸能祭”として開催されている。今年は第8回として、午後から開催された・・・

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この祭りの白眉は、何と言っても地元に連綿として伝承されてきた「御宝頭の舞とチョウクライロ舞」である。他にも各地域の勇壮なものも披露されたが、「チョウクライロ舞」には子ども達が出るために人気なのだ。

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宝刀を持って舞う獅子頭、男獅子ともいい、その迫力には圧倒されるものがある。次いで人気の・・・子ども達の衣装がまた良いのである。子ども達は男の子に決まっているようである。

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動作は単調なものの繰り返し・・・大きな動きもない。だが、時代を背負ってきた伝承芸能故か、何か独特のものが感じられた。俺は望遠レンズで、何枚もなんまいもシャッターを切った・・・

また、掛け合いのようなこれは本当にシンプルだ。

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この祭りは、午後6時まで・・・他に、金浦神楽、釜ケ台番楽、冬師番楽、伊勢居地番楽、大日堂子ども獅子舞、大森歌舞伎等・・・続いた。

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この地域にあった上郷小学校も来年の3月には閉校する。となれば、地域に子ども達の声が響かないことになり、学校がなくなった俺の地域のように、寂しくはならないかと憂慮される。

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   伝い来し古き時間を背負いつつ子らの演じるチョウクライロ舞い

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祭りの準備

きょうから9月・・・9月と聞くと昨日だった8月31日が遠い過去になったような気持ちになる。

きょう草刈りをやれば”終る”その腹づもりでいた。やっとここまで来た、それがきょうでオワル・・・少し浮き足であった。そして、軽トラに乗り込もうとしていた矢先・・・俺のphonetoがなった・・・

「9時から、杉の枝払いをする」とのmailtoであった。だから来てくれとも集まれとのことでもない。だが、役員がピンチに立っているのだ。本来ならば、俺が総括しなければならない祭典の立場であったのに、母が亡くなったので忌明けまでは神事には係らないことにしていたのだが。

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だが・・・きょうは平日でもある。協力できる人は限られている。ましてや役員の中では先日、奥さんを亡くされた人もいて彼も神事には参画できない。俺はまだ忌中だけど良いのか、それを問うと、そんなことを言っていられないと・・・

行くと自治会長の畑の隅にあった杉を倒すとのこと。それをチェンソーでdownwardright勢いよく杉は倒れた。この杉の枝や葉で、祭典当番所宅の前に「杉門」を作るのである・・・

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杉門の制作は、宵宮祭の前日にするのだが、準備だけは今からやっていないと間に合わないのだ。

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伐った杉の枝等は、当番所付近の竹やぶに隠した、日に焼けないように・・・。

こうして日中の準備作業は終った・・・

準備は夜にも行なわれた。それは、当番所に張る注連縄の作成と茣蓙を作ること。わが集落が当番丁になるのは8年ぶりのこと。大方は忘れている。今夜は年長者の指導の下に、お神酒を頂いてから取り掛かった・・・

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我が家で当番所をしたのは平成8年だったが、あの日もこうして藁仕事をしたものだった。あれからもう20年になる。あの日の注連縄は祭典終了後、丁度新築した物置兼車庫に飾っているが、まだこわれてもいない。藁と言えども強いものだと思う。

祭りの準備を挟んで、草刈り・・・ところが、田んぼに向かうときに道路を横断中の長い奴に出会い、午前中の作業を終えて帰りがけにふたたび・・・sadああ、なんで俺は嫌いな長い奴に遇うのか、しかもきょうは2回もヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ・・・sad

注連縄制作の前には、hospitalにいつもの薬を頂きに行ったsign04その帰り道だった・・・

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なんだかオーロラみたいな夕焼け雲cloudこんな夕焼けなら、海に行けばもっときれいなのではdash海の見える場所に向かったsoon想像通りの夕焼けであったsign03

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還る波さえも赤い、この果てにかの問題のある国がある。不思議な気になった。かの国でもこのような夕焼けが見えるのか・・・こんな中に佇めばやさしくなれると思うのだが・・・今夕は海の絶景であった。   

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