文化・芸術

2冊の歌集

少し前の事であるが、2冊の歌集をよんだ。いづれも若い歌人の歌集である。俺も趣味で作歌をしているので、興味もあってよんだのだが理解できない歌も多かった。どこか前衛的でもあり、こころの中を詠んでいるだけに、俺のような古い頭の人間には理解できないものが多かった。

その1冊が「歌集 滑走路」。実はこの若き歌人は17年に32歳でこの世を去った・・・自死であった。角川全国短歌大賞準賞はじめ、NHK全国大会で特選選ばれたり、近藤芳美賞など受賞し、期待された歌人だっただけに、彼の死を惜しむ声は強い。今、この歌集を元にした映画も作られていたのであるが・・・

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    屋上で珈琲を飲む かろうじておれにも職がある現在は

    今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけてゆくよ

    非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

こ歌集の”あとがき”にもあるように、近所の書店に俵万智さんが来てのサイン会があったようだ。その短歌を読んでこれなら自分でもかける、そう思ったと言う。やがて、様々な事に悲鳴を上げていた自分にとって、短歌はこころの叫びを受け止めてくれる器だったとか。そして、歌の数々を投稿した。

彼は中高一貫校でいじめにあった。さらには職場は非正規雇用、その中であえぐ苦悩は現代の若者の苦悩を代弁し作歌を続けた。その才能が芽を開きかけた時・・・彼は自分の歌集をみることなく、旅立った・・・彼の短歌は口語体、それはやはり俵万智さんに似ている。その詠みぶり故に率直な短歌が多い。まるで叫びである。

    きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

”きみ”は=僕であり作者だ。だが、用意された滑走路を走って、夢を広げることなく、帰路のない道に翼を向けた・・・

 

次の歌集は今年5月に発行された「飛び散れ、水たち」で、これを知ったのはNHKの朝のニュースの枠内で紹介されたものだった。

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彼の名は近江瞬、89年生まれ。あの東日本大震災をテーマにした歌集だ。彼の短歌は心象詠というべきだろう。故にじっくりと読まないとなかなか理解できない部分がある。

    僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った

    ふと君が僕の名前を呼ぶときに吸う息も風のひとつと思う

    学校の屋上だけが透明な聖域として空を集める

彼の短歌も口語体だ。いわゆる話し言葉が歌を紡いでいる。一般的には叙景歌・抒情歌が多い中で、この一冊は異彩を放っている。日常を非日常的に捉え、そしてテーマを昇華していく。そしてまた、その視点は若者の視点だ。被災後に東京から帰った故郷、その彼の目に映ったのは単純な日常用語では言い表せなかったのだろう・・・

哀しいとか悲しいとか、風情を憂えるなど・・・こころを抑えにおさえた一首一首にはじわっと来るものがある。実はこの彼も発災当時、仙台に暮らしていた俵万智さんのミニ歌集「あれから」に、古本コーナーで出合っている。だから、彼の作歌態度も同様に俵万智さんの影響を大なり小なり受けていると言ってもいいだろう。

     三月十二日の午後二時四十六分に合わせて一人目を閉じている

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さすがに若い方々の短歌は瑞々しい。表現も活き活きしている。短歌はこころの叫びである。それを思うと羨ましい限りだ。だが、年を取っていくのは自然の摂理だ、致し方ないし俺は俺の歌で生きて行くしかない・・・

   体力も知力・精力うすらぐを老とは言うも気力で生きん

   ぐいと呑む夕べの酒に明日の日の気力に代えてわれを慰む

   

 

 

 

 

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”モノクロ”の力

今日もまた・・・小春日和。穏やかな1日になった。俺は、昨日・今日とふたつの「モノクロ展」を鑑賞した。

昨日は打矢さんの墨絵。チラシのタイトルは「白と黒による立体的な風景表現の世界」だ。

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打矢画伯は昭和18年、由利本荘市生まれ。昭和53年より水墨画創作を始め、秋田県内はもとより都内での個展、果ては海外にまで出品されその評価は高い。

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今回は久しぶりに地元での開催になった。打矢画伯の奥さんは短歌をやられていて、一緒に俺も勉強したこともあり、画伯とも知己を頂いた。その縁で”鳥海山の四季”を描いて頂いた。

画紙の白を活かしたり、墨の濃淡だけでこれほど奥行きの深い絵には魅了される。上写真はチラシをアップさせて頂いたものだが、水墨画=古民家という常識を超えて、打矢画伯は世界の山を描いている。実際にそこに出掛けての絵ゆえに、圧倒的な迫力だ。加えて白と黒による独特な迫力を感じる。

 

きょう出掛けたのは横手市にある”県立美術館”だ。ここでは「大野源二郎写真展」が開催されている。この展示は2期に分けて開催されるもので、前期は12月2日だ。よってあと幾日もないし、このあと天気予報では⛄の日もあるようだ。だったらきょうしかないな、思い切って出掛けたのだ。

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大野氏はアマチュアカメラマンだ。1924年に大仙市に生まれ、高校教師であった。学校で教鞭をとる傍ら、ふるさと秋田の農村風景を撮って来られた。館内に入ると、当時の農作業が活き活きと写っている。チラシにあるように、農婦が農道に座って子どもの乳房を吸わせているなど、どれもこれも笑顔がいっぱいだ。苦しいはずの手作業も、写真には笑顔があふれていた・・・

だが、それゆえに俺の目は潤んだ。今の時代はほとんど機械に乗っての作業、それでもきつい等と嘆いているのに、当時の農民は活き活きしてて、逆に哀しみが走った・・・写真はすべてがモノクロ。ここでもそれが妙に迫力があるのだ。

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ほかにも農村の行事、結婚式や葬儀も写されていて、もの悲しかった・・・

今は遺影さえもカラー写真だ。それがこうして白黒の絵画や写真を拝見すると、逆に新鮮に見えても来るし、むしろ迫力を感じるのはなぜだろう・・・

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中村征夫写真展

小雨の朝・・・行きたい、行かないと後悔するかも知れない。きょうで終わりなのだ。行こう・・・俺はクロスロードに乗った。行く先は横手市の県立近代美術館だ。昨今、コロナウイルスの感染者がまた増加していて、その不安もあったのだが、ぜひとも観たい「中村征夫写真展」だった。彼の写真の一部は実は観たことがあった。彼の出身地に酒造会社の一角に写真が展示されていて、俺は行った事があったのだが・・・。

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今回は、県立近代美術館が寄贈を受けた作品の約1200点から、8つのテーマに沿って281点を展示している。これが始まったのは4月だったと思う。そして会期の最終日がきょうなのだ・・・これだけの作品を観覧できることはそうそうあるものでもないだろう。

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最終日、しかも観覧は無料だ。そのせいか結構な観覧者であった。尚、館内はストロボ撮影は禁止だが、通常の撮影はOKとの事。その一部を俺はコンパクトカメラで収めて来た。

写真家・中村征夫は世界中の海を撮影している水中写真家だ。彼は秋田県潟上市に生まれた。そして数々の賞を受賞しているが、注目をされた一点のひとつに「空き缶はマイホーム」という東京湾で撮影したものは、あまりにも有名なものだ。ヘドロに沈んだ空き缶にすむ、ハゼ科チチブ・・・訴える1枚だ。

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地球の70~80%は海だという。その海も80%は深海だとか。その世界を見事に捉え、見せてくれた彼の写真。その写真の数々に圧倒されてしまった。

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会場では彼の写真集を販売していたので、1冊「海への旅」を求めて来た・・・きょうはささやかながらも俺にとっては、こころの洗濯をさせてもらったような、贅沢な1日にもなった・・・

 

 

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たんじょう日

今月はふたりの孫の誕生月である。ピカピカの1年生のひいちゃんは9日に入学式だった。だが、秋田市内で小学生が、新型コロナウイルスの陽性になったことから、休校になってしまった。さあ!頑張るぞ!張り切っているひいちゃんの姿が瞼にあったのだが、どんなに気落ちしていることだろう・・・

困ったこまった新型コロナウイルスの感染である・・・

実はこのこともあって、入学祝いと誕生会をいっしょにやる予定にしていた。それも延期になってしまった(´;ω;`)ウゥゥ

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孫のたっくんは中学2年生。来年は進学する高校を決めねばならない学年だ。数学の理解は”上”のようであり、テストの点数も良いらしいが、国語がどうも苦手らしい。大人になったら、数学以上に国語力が大事だと俺は思っている。相手に対しての文章を書く場合もあるだろうし、挨拶も社会上、極めて重要だと・・・

たっくんの誕生会は19日に行うことにしていた。それが・・・俺の管内でも新型コロナウイルスの感染者が出たし、たっくんのまちにも感染者が出ている。そんなことから、いくら誕生会とは言え、この際自粛することにし、やはり今後の状況を見て行うことにした。ただ、ひいちゃんにもそうしたが、たっくんにもプレゼントは誕生日に渡している。

4月3日の読売新聞に”こどもの詩”が載っていた。タイトルが「たんじょう日」であり、書いたのは東京の一年生の千果さんの作品だ。

        きょう
        ママのたんじょう日
        おぼえてる
        ばあちゃん
        はじめて おかあさんに
        なった日でしょう
        おめでとう

平田さんの評が載っていた。はっとしました。ママが生まれた日は、おばあちゃんにとってもおめでたい日ですね。ひいちゃんも、今後、国語の勉強では、詩を書くこともあるだろう、どんな詩を書くんだろうナ。

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版画家・池田修三展

象潟の公会堂で、この10日まで「池田修三版画展まちびと美術館ふたあり」が開催された。この期間中に俺も観に行って来た・・・

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特に修三は、風景版画とともに少女を描いて人気のある、本市出身の版画家である。常設会場は、郷土資料館なのだが、彼の絵はもともと街中の住民が祝い事などあると、贈りあったりしたというから、作品の多くは個人で所有されている。例年、それを各商店などで展示をする、これを”まちびと美術館”と名付けて公開している。メイン会場は、市の公会堂であるのだが、街中を散策がてらに歩いてもらうという企画である。

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彼は元々は高校の教師であったのだが、版画絵の世界に飛び込んだ。テーマの少女を見つめる優しさは彼の性格に他ならないだろう・・・その少女の目は優しくもあり、じっと見ていると厳しくもある。

俺も一枚、鳥海山を描いたものを持っている。あの頃は確か2~3千円で買ったと記憶しているが、今ではなかなか手に入らない。彼の絵に魅せられて遠くは関西からも来られていて驚く。

公会堂に飾られている絵は写真撮影OK、ネットに上げてもOKの許可を頂いているので、少し紹介しよう・・・

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どうぞ、次回の”まちびと美術館”においでください・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

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「・・・良寛様の弟子になろうか」

朝になっても薄暗い。なかなか夜が明けないような朝?居間に下りたもののカーテンは引かない。照明をつけると家の中が丸見えになるからだ。俺は照明をつけながら新聞に目を通す。朝食の準備の妻は、いつもの朝のラジオ体操だ。

新聞を開くと先日の「小出秋祭り」の記事が掲載され、同時に”思い出の教室”も写真入りでアップされている。

7時・・・朝食だ。もうカーテンを引いた。空が暗い、朝なのか夕方なのかと思うほどに薄暗い・・・

やがて、小雨になり風も出て来た。その中を今月の短歌会の詠草を仲間に配った。街部に入ると風がさらに強い。27mの最高風速とのこと、もう台風並みの強さだ・・・

昼食を摂っていると玄関の郵便受けがかたっとなった。出て行くと”喪中の挨拶状””JAからの通知”さらには少し分厚い封筒が届いている。表には差出先がのっていて、「第34回国民文化祭・にいがた2019」とある。すぐに開封すると、入選作品集が入っていた。しかし、それと開催当日の資料、さらには来年の案内があった・・・

作品集を開くとあった!確かに俺の短歌が特選とあった。歌人である藤原龍一郎氏の特選3首のなかのひとつに入っていた。

   ☆吊革の揺れに任せて生きて来し良寛様の弟子になろうか

失礼ながら、俺はこの先生を存じ上げてはいなかった。改めて調べてみると、1952年生まれで福岡県出身の歌人であり俳人でもある、歌誌「短歌人」の編集人のようだ。歌集には「楽園」があるとのこと。今度、機会があったら読ませて頂こうと思っている。

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今回の俺の短歌。少し軽く詠んでみたものだ。テーマが良寛だったから、あの晩年の風貌を浮かべながら詠んでみたものだった。それが講師・藤原氏の特選に入るとはまったく予想も出来なかった。何十年と短歌をやっていれば、例え自分の短歌だって「これは良くできた」とか、気持ちに「すとんと入るもの」もある。今回は、そのどれでもなかった。だから、特選などとは・・・

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割と俺は固い詠みかたをしているらしい。自分ではそうは思っていないのだが、人様からはそう言われる。つまりは理屈っぽいということかも知れない。そのことが念頭にあったから、今回はさらりと詠んだものだった。

これまで生きて来た人生は、人様に支えられたり指導されたりして、生きて来た俺の人生だ。時にはそれに辟易したり、嫌気をさして抵抗したり・・・だが、もう残された時間は本心で生きるしかない。晩年は子どもと遊ぶことに喜びを見出していた良寛様。遊びも本気で、時間は濃密に、そこで良寛様から導いて頂こう、そんな思いを一首に含めたものだった。このまま電車に乗って行けば、弟子になれるかも知れない、否、なれそうな気になっているのだ。

俳句はピッチャーの投球で言えば直球だろうか、5・7・5だから直感が生きる。短歌はそれに比較すればカーブだとか、シュートとか、フォークなどの変化球か。

ところで今回の国民文化祭、特選の通知がありそれには表彰式等は別途案内しますとあった、しかし、待てど暮らせど別途案内はなく、従って受賞式には行かなかった。新潟は我が家から、車で4時間ほどだ。もう農作業も終わっていたから、遊びがてらに行ってみようかと思っていたのに・・・授賞式は10月26日だったのだ。

授賞式に出ること、それは栄誉を実感したいなどではない。選んでくれた先生の選評をききたいからなのだ、聞いてこのあとの作歌にヒントを頂ければとの思いからなのだったが。

 

天気予報では大荒れの1日との事だった。それが的中し、秋田県内は大荒れ、また、午後4時過ぎには秋田市で初雪が観測されたようだ。勿論、積雪には至らなかったし、明日も部分的には⛄のマークがついている。俺は午後からクロスロードのタイヤ交換をした。例年ならば12月半ばに交換していたのだが、この日曜日には青森県に行くことにしている。

夏の頃に行った”田んぼアート”、そこで俳句・短歌を募集していた。その短歌が優秀賞という案内を頂いているのだ。行かなければ賞状など送付してくれるとのこと、だが、この一年の妻に感謝を込めて温泉に泊まりながら、その会に臨んでみることにしたのだ。天気が冬型になるのは想定外だったが、荒れはあしたで終わるだろうと思っているので、予定通りに出掛ける。そこで、用心してタイヤ交換したのだ。

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寒くなれば食べ物は暖かいものが美味しい。今夕の我が家ではなべ焼きうどんだった・・・

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田んぼがキャンバス

いつか行ってみたいと思っていた・・・青森県田舎館村の「田んぼアート」。俺はきょう往復9時間を車で走行してそれを見た!何しろ秋田県を対角線状に走るのだから、実に長い時間の運転だった🚙

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田んぼアートとは・・・田んぼをキャンバスに見立てて、色の異なる稲を使って巨大な絵を描くのだ。ここ田舎館村の田んぼアートは平成5年に3色の稲から始まったようだ。

実は何年か前に、「田んぼアートからのキセキ」という本を読み、俺は当時、読書感想文に応募して賞を頂いた。この本の著者が実は役場職員時代に、小学生が実習田に黄色や紫の稲が植えられていて、周囲の青田の中でとてもくきやかに見えたという。わが村には”稲しかない”それを生かすにはどうしたらいいのか、苦慮していた時のことだった・・・

彼はそこからヒントを得て、「稲で文字と絵を描く」ことを実践した。平成5年のことだったらしい。古代米の黄や紫稲、これに加えて”つがるロマン”の3種で、2500㎡に「岩木山と稲文化の村 いなかだて」だった。平成7年には役場も新しくなり、6階には展望室もあるので、そこから田んぼアートを見てもらおう・・・(上の写真は4階の展望台、6階は言わば天守閣であり、4階から撮ったもの)

このようにして始まった田んぼアート。

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今年は27回目。第一会場のテーマは、かつて日本中を感動させたNHKの「おしん」だ。7歳のおしんが奉公のために両親の元を離れる、あの川を下って行く場面が描かれている。

これまでは「花魁とハリウッドスター」や「風とともに去りぬ」などの他に、歴史的な題材もあった。いづれも緻密に描かれ海外からも見学が絶えないようだ。人口8千人の村に、年間30万人が訪れるらしい。

しかし、今日に至るまでには紆余曲折があったようだ。最初の頃の「モナリザ」では下膨れになって悪評。以後は遠近法で制作され、今日に至ったようである。

稲は古代米の他に観賞用の稲が使われ、現在は7色の稲が使われている。

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また、第2会場は道の駅で行われており、「石アート」で、”車寅次郎”と”美空ひばり”を見ることができる。

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なお、第2会場の近くには「田んぼアート駅」が設けられていた・・・

 

 

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”こんな夜更けに・・・”

映画は似たような内容のものはあるが、当然ながら同じような映画はない。また、これまでも障害者を扱った映画はあったと思う。だが、今回のこの映画は異色としか言いようがない。暗い内容ではなく、むしろ主人公の障害者には憎たらしさ、傲慢さに辟易するのだ・・・が・・・

この映画は実話から生まれた1冊、それから生まれた映画だ。それが、「こんな夜更けにバナナかよ」である。

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俺はまだこの映画の原作本読んでいなかったので、映画がスタートしたとき、主人公の横柄な態度、わがまま三昧の姿に正直むかついた。もう自分は殿様で、ああだこうだと命令調で指示を出す・・・

その自分は幼少時から、難病である”筋ジストロフィーを患っていて、車椅子の生活。自分のからだは、首と手だけで、あとはボランテイアの世話になっている。そのボランテイアに、しかも夜中に「バナナが食いたい」買って来い!なのだ。

思わず思うだろう・・・こんな夜更けにバナナかよ・・・??

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写真はいずれもこの映画のチラシだ。このチラシには、いろんな方々の感想が述べられている。そのなかに、アナウンサーの有働由美子さんの感想も載っている。

       生きるのに、何カッコつけてんの?って
       言われた気がした・・・
       憎たらしくて
       愛おしすぎて、泣いた・・・

とある。俺も主人公の彼に・・・お前は何様なんだよ、すべてを世話になっていながら、感謝のひとつくらいあるのが当然だろう・・・そう思っていたのだが、映画が進んでいくうちに自分の目頭があつくなり、そして濡れていくのが分かった。

だから、終わっても直ぐには席を立ち上がれなかった・・・

彼は車椅子ながら、ひとつの夢を持っていた、だが、それを果せないままに亡くなっていったのだが、彼のその考えは彼を支えてくれたボランテイアの胸に種を蒔いた。むしろ、考えてみれば支えていたはずのボランテイアの人たちが、大きく支えられていたことになる。

今回、この映画を見れば「支える人」と「支えられる人」が確かにいて、それは社会の縮図のようなものだとさえ思う。だが、裏を返せば「支える人」も一面においては「支えられる人」であり、「支えられる人」もまた、「支える人」なんだと思う。

まだ・・・ご覧になっていない方には、お勧めの映画である・・・

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歌会始め

皇居では平成最後の”歌会始め”が行われた。俺はそれをテレビで拝見した。短歌を趣味とする人間にとって、この会に出席できる事はあこがれのひとつであるだろう。毎年は約2万2千首の応募があったようで、その中から10人の短歌が選ばれて、独特の言い回しで読み上げられた・・・

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その中には秋田県の鈴木さんの1首も選ばれ、皇居で読み上げられた・・・

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面識はないが、彼は建設工事をしている人のようだ。県大会等には出詠されない方で、若い頃は兜太氏に俳句を学ばれたことがあったと聞く。題は「光」・・・”ひかり”と詠ってもいいし、”こう”と詠ってもいい。いずれ短歌の中に「光」が入らねばならない。また、俳句と違って季語の挿入は不要だ。

鈴木さんは・・・

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震災で被災された相馬に、風力発電の風車を組んだと言う。それはさも、復興から立ち上がる人々の思いを重ねた1首。この歌会の歌は、個性の光る歌よりもオーソドックスな短歌が取られる。短歌というよりも和歌のようなニュアンスの歌が多いようだ。

俺も今回応募したのだが、まったく箸にも棒にもならなかったようだ。今回は2度目のチャレンジだったが、もっともっと勉強しなければならないようだ。即興で詠んでいるような俺の歌はもっともっと深く詠みあげなければ・・・

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読者の中には、この歌会始めに応募してみようという方がおいでかも知れない。歌は一首。半紙に筆で書くのが基本。書けない人はそのことを事前に通知が必要だ。内容だが、新年に相応しく短歌がいい。暗い内容や哀しいものの短歌、こういった短歌はまず第一に除かれる。

出詠するにあたっては、どんな短歌大会でもその開催趣旨が記されているはずだ。そのことを年頭にした内容にしないと、良い短歌であっても振るい落とされる。鈴木さんの今回の歌は希望があり、これが先ずは評価されたんだろう・・・

ちなみに天皇陛下の御歌は・・・

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被災地の子どもから送られたひまわりの種、それが初夏の光に生え揃ったという喜び、また、ひまわりがすくすくと成長していく事を詠まれた。天皇陛下はその姿を見ながら、思いを被災地に寄せ、復興をいのっているような御歌になった。

皇后陛下の御歌は・・・

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控えめにして、自身の心境と思いを繊細に表現されておられる。寡黙な滲むような御歌かと思う。

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観劇に行き感激!

008 秋田県には誇れる湖がある。中東部に位置している「田沢湖」がそれである。直径で約6kmのほぼ円形で、最大深度が423.4m、日本で一番深い湖だ。

資料によれば、深さの測定を初めて行なったのはM42年、麻縄に重りをつけてのものだったらしく、その時は397mだったとか。

その後、T15年にワイヤーで測定、425mを記録したようである。

また、透明度においても摩周湖に迫る31mだったようだが、発電所の建設に伴って玉川温泉からの強酸性の水を入れたために、魚の棲まない湖になった。

昭和47年からは、湖水の中和対策をとられたものの、全体的には水質回復には至っていない。

そのために田沢湖の固有種であった”クニマス”も生息が確認されずにいた。ところが、H22年、山梨県西湖で生存が判明したので、そこから借り受け、それらを展示する「クニマス未来館」がオープンした。

尚、この田沢湖のほとりに、伝説の辰子像が建っている。船越保武氏の制作である。

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実は、きょう田沢湖に立ち寄ったのは訳がある。俺がきょう出かけたのは、田沢湖芸術村”わらび座”への観劇が目的だった。ところが、先日に車のエアコンを見てもらったが、原因がはっきりしなかった。それであとでまた見てもらうことにしていたのだが、きょうもエアコンが効かなかったのだ。行く時は時間もなく我慢して出かけたものの、帰りはキツイと感じて、それならば時間潰しに夕刻まで涼もう、そう思って田沢湖に寄ったのである。

001                    < 新聞広告に載ったもの>

現在、上演しているのが「ブッダ」だ。観たいと思っていたのだがなかなか行けずにいたら、新聞広告に”あと5ステージ”とある。そこで昨日に予約を入れて、きょうの観劇になったのだ。

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俺に取ってのわらび座の観劇は、昨年11月の「ジパング青春記」以来のこと。今回の「ブッダ」の原作は、あの手塚治虫氏だ。

Photo                   <わらび座のhpより>

きょうの開演は13:45からだ。俺は13:00過ぎに予約していたチケットを持って、早めに席に就いた。することもなくパンフ等を見ていたら・・・

「○○さんですか?」と俺の前に立った女性・・・「はい、そうですが・・・」。こんな若い方を知る俺ではない。すると・・・「○○じゅんこです」・・・○○じゅんこさんは劇団の女優だ。俺は誕生日が俺と同じことから(勿論、月と日にち)ファンになり、前回挨拶をしており、きょうは受付でバースディメッセージをお願いしていた。

その○○じゅんこさんが眼前に・・・驚いてしまった。彼女は8月から上演される「北前ザンブリコ」に出演する。だから稽古の追い込みの最中だろうに、わざわざ俺の前に来てくれたのだ

でもサプライズだから、上がってしまって口も廻らないし、話し込んだりしては迷惑だろうし、お客があっての役者だろうから、ひとりだけのファンを大事にしてはいけないだろう、そう思うと二言三言、次の作品にはまた来ますと会話したのみだった・・・

彼女は「ジパング青春記」での演技は凄かった。だから、次の「北前ザンブリコ」も期待したい・・・

きょうは秋田も暑かった・・・昨夜は寒くて、夜中に起きてしまったのだが、日中は”高温注意報”も発令された、32~33度に上がっただろう・・・

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