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余寒の雨

秋田県内では、あちらこちらで小正月行事のひとつである「雪中田植え」が、先月に行われた。

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田んぼに見立てた雪の上に、稲わらの束を植え込み、後にその稲わらの傾き具合やその他の状態を見て、その年の米の作柄を占うものだ。一時、途絶えたこの行事であったが、若者が中心になって復活させたと聞いている。その結果が2月に入って出たのだが、「管理をしっかり励行すればそれなりの収穫がある」との事。果たして、実際はどうなるやら・・・?

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   <上の写真2枚はネットよりのもの>

ところで、寒中に特に寒の入りから9日目に降る雨を「寒九の雨」といい、農家では豊作の兆しと言って喜んだ。実は、今年はその寒九の雨があったから、良いのではないか、ましてや”丑年”丑は農業にも関りある動物故、作柄には期待が持てる、そう思ったりしている。だが、昨年来のコロナ禍にあって、外食産業の停滞から米価は下落しているし、米の消費の減退が進んでいる。だから、豊作は懐を考えると良し悪し半ばということになる・・・。豊作になっても喜べないのである。

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きょうは朝から、終日、雨が降ったり止んだりの天気になった。言わば「余寒の雨」という事になる。この雨で雪解けがまた、一気に進み我が家の周辺ではほぼ雪が消えた・・・

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俺は昨日、まちの図書館に行って借りて来た1冊の歌集を読んだ。歌集の名は「路」、歌人は自らを”百姓路光」と号した齋藤路光。俺は会った事もないまちの著名な歌人であったらしい。勿論、その名を聞いたしいたし、まちでは彼の功績を称えつつ後に継ごうと「路光忌短歌会」として、2月には全郡を上げての短歌会を行っていた。

俺も短歌に入りたての20代に、この短歌会に出詠し歌会にも参加した。それで時には賞も頂いたのだが、当時の合評はすさまじいものだった。振り返りながら仲間たちに当時の事を話したりするが、当時の歌会はまるでケンカ腰のもので、ヘルメットを被って参加しなければと思うほどだったと・・・つまりはそれだけ真剣だったし、自らの短歌に自信をもって参加していたという事になるだろう。

路光は正しく百姓路光であった・・・農業をしながら歌を詠む。当時のことを、歌集のあとがきにあったが、歌会があって参加をすれば常連はお寺の坊さん、神主、村長、校長、それに村の識者。その頃の若手の路光は本を読めば「生意気だ」と言われ、そんな中でも短歌を詠んだらしい。

   歌を詠むただそれだけのこと嬉しうれしきままに詠みつづけ来し

   歌詠みて何になるかと妻が言う何になるとは我も思わなず

   ふぐりまでぬれしと言いてかじかめる手もて解くなり脚絆ともっぺ

俺なども20代から詠んでいるものの、ただただ馬齢を重ねているのみだ。一昨日の短歌も読者文芸に採られていたものの、大きく添削されていて、俺の短歌は「湯上りの柚子の香纏ううつし身をわれみづからがしばし愛しむ」になっていた。俺の原作には程遠いものだった。短歌を添削するとなると、助詞のひとつを変えるだけでは成立しない。それがよく分かるだけに、勉強不足を甚く味わった。

余寒の雨の日、朝から妻は昨日物置から出した雛人形の飾りつけをした・・・

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ひとつひとつの人形の衣装の細かな部分の紐を結んだり、烏帽子を被せたり・・・それも楽しみなのだろうが、よくもこうしてコツコツとやれるもんだな、忍耐強いんだな、ついそう思ってしまう。どこかのお偉いさんが見れば・・・「女性の仕事は時間がかかる」等と言うんだろうナ・・・。このままではコロナでのオリンピック・パラリンピックが開催出来ない話ではなく、そのお偉いさんの偏見で開催出来なくなりそうなのに、それさえ気づいていないし、これまた政府のお偉いさんから辞めろとの声も出ない、しかし、それを察知して自ら辞任する、なのに気づかないでいる、これを老害と言うんじゃないか、そう俺は思うのだが・・・

雪のほとんどはふたたび消えたのだが、明日はまた気温が下がって真冬日にUターンするようだ。

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コメント

一雨ごとに春が近づくのでしょうかね。

歌会始で詠まれる時の、優雅で独特な感じからは想像もつかない激しいやり取りがあるとか、熱心過ぎるとそんなこともあるのですかね。

投稿: 京じじ | 2021年2月 8日 (月) 09時24分

こんにちは。
短歌の世界も?厳しい時代が
おありだったのですね?
大将さま、素晴らしい感性をお持ちだと
拝察しております。
これからもよいお歌をお作り下さいませ。

奥様はいつもきちんとなさっていらしゃいますね。

投稿: マコママ | 2021年2月 8日 (月) 12時33分

短歌会での厳しいやり取りがあったという事は、
それだけ皆さんが真剣に取り組んで来たと言う事ですね。
その厳しさに揉まれながら、素晴らしいお歌が沢山生まれ、
世の皆さんに、認められているのです。
今の若者は、大将さんのように耐えられるでしょうか?

日本女性は、思い出の籠ったものを、より大切に、丁寧に、
細々と手を加えて、いつまでも大事に守るものです。
お雛様に対する、奥様の真心だと思います(✿´ ꒳ ` )

投稿: hana | 2021年2月 8日 (月) 19時03分

京じじ 様

コメントを有難うございます。
真剣であればあるほど、過熱するのでしょう。若い時分は怖かったですね・・・

投稿: でんでん大将 | 2021年2月 8日 (月) 23時10分

マコママ 様

コメントを有難うございます。
俺の短歌など評されるほどではありませんが、この年になったら生き甲斐みたいになっています。

投稿: でんでん大将 | 2021年2月 8日 (月) 23時11分

hana 様

コメントを有難うございます。
昨今は、文芸に取り組む人は少なくなっています。どこの結社でも、入会が少なく存亡の危機に瀕しているようです。
自分を見つめ直したり、世間を見渡すにはいい趣味だと思っているのですが・・・古い人間なのでしょうね・・・

投稿: でんでん大将 | 2021年2月 8日 (月) 23時15分

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