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人々の願い!

強い霜の朝だった・・・雪が光って眩しい朝だった・・・昨日と一転した天気☀こうして雪が降ったり、天気になったりしながら秋田は春に向かって行く。

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叔母さんから今年も確定申告を頼まれていたので、叔母さん宅に向かった。田んぼには、JAで”秋田の大地”という肥料散布をしていた。微量要素の散布だ。これを散布し米の食味を上げようと、ほぼ全域でこれを散布しているのだ。きょうは天気も良いから、気持ち良い作業だったに違いない。

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午後から、天気も良いのでぶらっと軽トラに乗った。写真を撮りたいものがあった。それは「塞の神」等の石碑、また石仏を撮りたかったのだ。白川静の「漢字百話」にはこんな文がある。”道路は外部の世界に連なる最も危険な場所”だと・・・。昔集落は、外からの野盗の襲撃もあっただろし、入って来る人間が疫病・災厄を持ってくるかも知れなかったのだ、その入り口が道路。

そんなことから、集落の入り口など境界にあたるところには、”塞の神”を祀って他からの侵入したり、邪悪なものを防ぐことにしたようだ。塞とは「さえ」又は「さい」と読む神様のことだ。昔は薬や勿論ワクチンなどなかった時代だ。神に頼んで、先ずは村に入らないように願う、それしかなかったのだ。そんな昔の石碑はわが地域にもあちらこちらに残っている。

そのひとつが「牛頭天王」であり、「ごずてんのう」と読む。これはそんな中でも一番大きなものだ。小国という集落にある。この牛頭天王は、京都八坂神社の祭神であり、疫病退散の神として祀られているらしい。これもそんなことから村の入り口に建っている。

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高さが3~4mあり、今にも倒れそうに傾いている。祈るしかなかった時代のもの、今の時世は道路からだけ入って来るとは限らないのだけれど、昔はこうしたことで防ごうとしたということは、それほど切々たるものだったに違いない。

古老に聞くと、かつてはこの集落では7月15日が祭典であり、碑の周りに集まって病魔降伏を祈願したという。赤痢やコレラが発生すれば、この前で百万遍念仏を行って疫病神を鎮め除災に努めたという。

俺はその足で、数ヵ所の集落に行ってみた。先ずはある寺にあったいくつかの仏像。

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次の集落の入り口には・・・幸福神と同時に???これまた願い?実は、村々の入り口には牛頭天王の他にもある。これらは総称して「塞の神」と呼ばれるものだが、「サエ」はさえぎる、せきとめるの意味を為す。そしてまた、サエは道祖信でもある。この塞神は性器神でもあるようだ。”秋田百科事典”にはそう記されている。

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大きな石の中にあった仏像。

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道路の奥まった場所にも・・・これが陰陽石、男神・女神であり、男神は本市の場合山間の集落には点在している。ただ、女神はなかなか見当たらない。ひょっとしたらここだけかも知れない。

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これはある集落にある梵字石。八幡太郎義家が先勝祈願で、矢で梵字を彫ったという言い伝えがある。縦横4mはあるだろう。よくみるとこの碑の上部に梵字がうっすらと見える。

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俺の子どもの頃は、この前に広場があって土俵もあったのだが、今はその名残もない。この前で遊ぶ子どももいないのだ。今はすっかり雪に覆われていて、春になれば草がぼうぼうの場所になっている。

困ったときの何とかとは言うものの、こうした石碑・石仏はいずれもやはり”人々の願い”がこもっているのだ。現在、コロナ感染者がなかなか収まらない。きょうの情報では東京の感染者が減少傾向を見せている。だが、このまま収まるとは想像できない。外出自粛にも気が緩んでいるようでもあり、ましてやお偉いさん方の行動をみれば、国民も自らに外出にブレーキを掛けれないでもいるようにも思う。もう少し、もうすこし各自で、自分に塞の神を抱いた方が良いように思う。

 

 

 

 

 

 

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コメント

神に頼るしか術がなかった時代には、村を守る重要な存在だったのでしょうね。
それにしても色々な石仏がありますね。
一時期、道祖神・石仏をめぐるのがブームになった時がありましたね。
なぜ、そこにあるのか考え、思いを馳せるのもいいかも知れませんね。

投稿: 京じじ | 2021年2月 2日 (火) 09時19分

こんにちは。
昔は人々の願いを神様や道祖神にたよらなければ
なかったのでしょう。
現代は、と言うと何とも頼りない時代でしょうか?
新型ウィルスに襲われ、対応が遅れ感染者数がなかなか減りません。ワクチン接種も副反応が怖いけれどいつになったら?でしょうか?
籠もり生活続けます。

投稿: マコママ | 2021年2月 2日 (火) 12時22分

京じじ 様

コメントを有難うございます。
田舎ゆえ、こうした石碑や石仏の類が結構ありますね。神仏に祈るしかなかった時代の人々の思いの形が、こうして残っているようです。

投稿: でんでん大将 | 2021年2月 2日 (火) 22時27分

マコママ 様

コメントを有難うございます。
頼るのは”祈り”しかなかった時代の名残り、それが石碑や石仏ということでしょう。
現在は籠るのが一番いいようですね、でも、それにもまた限界がありますから難しいですね。
緊急事態宣言の延長はいのちを守るには仕方ない事と思います。ただ、それで生活が困窮されることがあってはなりません。政治はそこに手を延べなければなりません。

投稿: でんでん大将 | 2021年2月 2日 (火) 22時33分

こんにちは(*^^*)

お久しぶりです!
部屋が無くなってから、訪問できなくなってました。

賽の神さんに牛頭天王さん!
スサノオさんですよね。
めっちゃ強そう!

福岡、那珂川周辺は道祖神と言えば、「猿田彦神」です。
街の角に必ず立ってます。
「視える」人によれば、
ちゃんと「生きて」守って下さってるんですって。

土地の人が花を供えたり、綺麗にしたり、手をあわせてるおかげです。
大事にしていきたいですね(*^^*)

投稿: 弥沙 | 2021年2月 3日 (水) 17時39分

弥沙 様

コメントを有難うございます。
こちらこそご無沙汰していました。
かつては病魔の退散も何もかも祈るしかなかった時代、そんな願いの形が石碑や石仏だったのだろうと思います。現代はすべてが科学や化学の時代。しかし、思いは同じですが、今回のコロナを通して思うのは、あまりにも科学や化学に依存している人間に警鐘をならしているとも受け止めています。

投稿: でんでん大将 | 2021年2月 3日 (水) 23時30分

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