« マスク買えました・・・ | トップページ | ”ゴジラのせき” »

I 氏の年

物の名前がでなかったりすると”年”だからと、自らに言い訳をする。都合が悪くなると”年”だからと、苦笑いし、その場をのがれたりもする。だが、証拠を突き付けられても、個人情報にあたるので答弁できないとか、営業秘密だから答えることができない、そういう昨今だから、自分の”年”でつくろったり、言い逃れしたりして、笑ってごまかせる”年”は可愛いものだろう・・・

Dscn1680-2

人間、黙っていても年は取る。だが、”年をとる”って言うのは果たして何歳ころからを言うのだろう。それは勿論、個人でその感覚は随分違うと言うのは良く理解できる。一般的には老人〇〇から言うと60歳?否、年金支給からみたり、企業の定年等を考えると今は65歳?ただ、生涯青年と言う人もいるし、気持ちが老いなければ常に青年という御仁もいる・・・

前置きが長くなってしまったが、今朝の新聞を開いて驚いた。76歳で亡くなられたI氏。死亡が「老衰」と載っている。それは一番幸福な逝き方だと思っていたのだが、俺の頭の中での老衰とは少なくても100歳くらいとの感覚を持っていただけに、76歳の老衰死とは果たして幸せな逝き方だったのかと考えこんでしまった。

I氏は俺の大先輩だった・・・農業をやっていこうと言う青年が集まって「学農青年連盟」を組織した。それは行政から支援や援助を頂いたものではなく、意思を同じくし農業に熱意をもって集まった集団であった。その組織は郡部に下部組織を置き、県にはその下部組織を置く団体だ。I氏は人望篤く県の会長をされた人物だった。

Dscn1696

俺は郡部のブロック会長を一時やったこともあって、I氏のその後の言動もつぶさにみていた。I氏は、学農青年連盟を30代で辞めた。辞めたのは理由があった。町の職員になったのだった。ところがほどなく町の収入役に抜擢された。彼も農業で生きて行く決意だったのだろうが、あのころから減反政策が始まった時期だったから、やむなく町の職員になったのだろう。

実は俺も似たような過去を持っている。農業をやる決意でビニールハウスも建てたもののうまくいかず、役場の試験を受けたことがあった。そこで合格の通知を受けたものの、当時の町の職員の採用にあっては即採用ではなく、欠員が出たら採用するというもので、合格しても「登録」、その有効期限は1年であった。当時の助役からはすぐには採用できないが、採用するから待機していてくれとの内示も受けていたのだが・・・

すぐに採用すると言う組織があって、俺はそちらに向かったのだった。I氏の場合はよほどの信頼があったのだろう、また、それだけの実力があったのだと思う。町職員になり、まもなく収入役になった。当時は秋田県では一番若い収入役だと、新聞紙面にも大きく掲載されたことを記憶している。そのI氏、そこから今度は県議会議員になり、副議長にもなった。4期やったあとに、今度は町に戻って町長になった。

作家の五木寛之に似た髪型・風貌であって、俺が見た限りでは野心家だったとは思えなかった。落ち着いた話しぶりからして、周りから推されてそうした道を歩んだのではなかっただろうか・・・よほどの信頼があったのだろうと俺は思っている。そのI氏、60代の初めで政界から引退した。思う所があって辞めたのだと思っていた・・・

秋田県で活躍したI氏だっただけに、きょうの新聞には顔写真も掲載された。俺の脳裏で荷はあの頃のイメージしかなかったので、少し驚いた。白髪のオールバックで、頬がこけていて写真で拝見する限り、失礼ながら「老いていたんだな」そう思ったものの、実際の年齢は76歳・・・少し早かったナ・・・そう思った。

Dscn1704-2

或るブロガーの方のブログ記事に、上の本の紹介があって俺はすぐに注文し、昨日の医院での待合室で読んだ。まだ終わりまでは読んでいないのだが、著名な方々の文学を通しての”老い”を取り上げている。例えば、7章に「老いの価値」があり、酒がうまくなる・・・として、藤沢周平の「三屋清左衛門残日録」が取り上げられている。年をとっても悪いことだけではないと・・・。

いずれ誰にも来る”老い”、それが人間の最終章ゆえにどう自覚し、どう生きたら良いのか・・・難しいことではある。

たまたま新聞のテレビ欄で、松島トモ子さんの名前を見たのでそのテレビを観た・・・

Dscn1700-2

俺の子どもの頃、確か少女漫画雑誌の表紙に出ていた。目がクリクリした可愛い少女だったと記憶していた。その彼女がテレビに出、見るとあの頃の面影がやはりある。目元は年齢なりというものはあったものの、可愛さはあのころのままだった。彼女は、冒頭に書いたI氏に近い年齢のようだ。

そのような年齢にしてもう逝ってしまったり、松島トモ子さんのように母親の介護をしながら歌手として現役であったり・・・実の年齢差には大きな開きがあるものだ。「遠くへ行きたい」と歌った歌には沁みてくるものがあった・・・

    来る老いも向かってみるも価値あらん老いて知るもの数々あれば

今夜は暗い記事になりました、ご容赦下さい・・・

 

 

|

« マスク買えました・・・ | トップページ | ”ゴジラのせき” »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

76歳で老衰などあるのでしょうかね。医療を拒否されていたのかも知れませんね。

自身が老いを自覚するのは、風体もそうですが、一番は行動が自分の感覚からずれた時に感じるように思いますね。これまでできたことができなくなるとか。
ま~あ、いずれ誰しも老いて死を迎えるのですから、あまり考えずに成り行きに任せるように自分に言い聞かせています。

投稿: 京じじ | 2020年2月21日 (金) 08時17分

京じじ 様

コメントを有難うございます。
何かあったのでしょうね、仰るように・・
76歳で老衰なんて・・・そう思います。

投稿: でんでん大将 | 2020年2月22日 (土) 22時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« マスク買えました・・・ | トップページ | ”ゴジラのせき” »