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2020年1月

体操と部屋の整理

この所の俺の起床は遅くとも午前6時半である。それまで一人で起きれないでいれば、階下から妻の声がする・・・「6時半だよ・・・」って。なぜ6時半???そうなんです。ラジオ体操の時間なのだ。俺は今月の半ばあたりから、ラジオに合わせて体操をしているのだ。勿論、第一・第二の体操を、ラジオに合わせてやっている。

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俺はこれをやれるのも冬分という事になる。農作業が始まれば、朝も農作業にいくので体操をやれるのは冬季だけだ。妻はほぼ365日、毎朝居間でやっている。その効果は分からないのだが、体操を行えばすっきりする感じ。どうせすることもないのだから、わずか10分、朝にからだを動かすのは悪い事でもないだろう・・・

昨今は酒を呑むことも少ないし、朝起きもきついものでもないから、3月頃まではやれるだろう。第一農作業もないから朝の運動量はない。どうしても従ってこの時期は太ることになる。いわゆる”冬太り”、その解消にもいささかでも助けになればとの願いもこもる。第一と第二の間には首の運動も入る。それには音楽も入って、今朝は「ともしび」であった・・・

パソコンをやっているとどうしても体が前のめりになる。それにキーボードを打つのは右手だ。その負担が右の肩にもかかっている。加えて打つのは俺は右の人差し指1本だから、右にかなり負担がかかっているようだ。それゆえか右の背中にだるさが残ったりして、その都度湿布の世話にもなっている。

さて・・・きょうは・・・

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朝食後、一通り新聞に目を通し、その後前日の新聞記事を切り抜く。そして、ファイルしている。ただ忙しくなると、関心のある記事、シリーズ化している記事、それらをまとめておいてのファイルする。これを俺はもう何十年とやっている。

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以前は仕事にも絡んだものもファイルしていたが、なかなか整理できないものは今回廃棄することにした。切り抜きは趣味に関するもの、写真に関するもの、まちの出来事や報道された記事、他にも・・・両面ほしいときは、新聞店に行ったりコンビニに行って新たにもとめたこともある。また、コピーしたりもして対応して来た。だから我が家の新聞は切り抜き後はボロボロだったし、切り抜きはどんどん増えた。

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きょうは合わせてかつて試験に向かうために利用したものも処分に・・・

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現在2人暮らしの我が家。その中で3部屋は俺専用だ。階下の籠り部屋とこれまで仕事専用で使って来たピアノのある部屋、さらには応接兼の書斎。その中で2部屋は漸く目途がついてきたものの、2階の応接兼書斎も乱雑になっているから、この後もまだまだ整理は続くことになる。

 

 

 

 

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「風の電話」

充電期間と自らに言い訳しながら・・・昨夜はいっぱい、そしてきょうは今年初めて映画を観に行った・・・近くに映画館はないので、車で片道約1時間15分、秋田市まで出掛けた・・・映画は以前から気になっていた「風の電話」である☎

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実際には配線のされていない電話、その電話BOXに入って亡き人に話をする。言わば”こころの電話”ということになるのだろう、実際にこのBOXは大槌町にある。ガーデンデザイナーの佐々木さんという人が自宅の庭に設置しているものだ。ここを訪れる人はこれまで3万人を超えたと言う。それだけこころに傷を負っている方が多いと言うことになるんだろう・・・

ご存知の方も多いだろうこの「風の電話」、俺は以前絵本でも観たし、またテレビなどでも紹介された。3・11・・未曾有の大震災。たくさんの人々の命を奪い、大きな津波がまちを襲い、原発で避難を余儀なくされたあの東日本大震災、まだまだ自宅に帰れない方も多いと聞く。俺もそののち東松島町や名取市の閖上で被災現場を見たのだが、何といえば良いのか、言葉がみつからなかった・・・

映画では、その震災でこころに大きく傷ついた少女・ハルが亡き家族を求めるこころの旅でもあった。

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高校生のハルは大震災で家族も家も失いひとり残された。そこで広島県に住む叔母に引き取られていた。ところがその叔母が突然に倒れる。ハルはいたたまれず、病院に入っている叔母に別れを告げて岩手県に帰ろうとする。その先々で色んな人と遭遇し、助けられる・・・

台風の被災地で倒れるハルを救ってくれる公平、またヒッチハイクでは優しい姉弟に厚遇される。だが、時に不良に絡まれたりもするが、森尾に助けられる。森尾も実は震災で家族を亡くしていた。森尾は原発の関連の社員であった・・・

このようにしながらも少しづつこころに再生を取り戻していくのだが・・大槌である少年と出会う。そして「風の電話」を知ることになる。

かつての家のあったところに立ち寄る。基礎だけが残っていて、雑草も茂っている。そこで・・・ハルの思いが爆発する。何度もなんども「ただいま」と言っても迎えてくれる家族がいないし、言葉が返ってこないのだ・・・みんなどこにいるの?私だよ・・・叫んでも叫んでも・・・

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ハルのあの声が俺の耳から離れない・・・

帰りに文庫本買って来た。明日はそれを読んでみようと思う。

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尚、この映画「風の電話」はベルリン映画祭で上映されるようである・・・

   <写真は映画のパンフレットからのもの>

 

 

 

 

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ああ・・・同級生

そんなに呑んだつもりもなく、友人にも元気に電話した俺?だったはずだが、入浴しパソコンに向かったら・・・🌀急に酔いが回って来た・・

今夜は久々に同級生と会い、そして呑んだ🍶実は正月から、体調が悪い。そうだ!3年前のようだと実感する。あのときも胃腸が悪くて、病院に行くと専門の〇〇胃腸科医院への紹介状を渡された。俺もしっている胃腸科の医院だった。だが、そこに行きいざ診察になったら胃カメラで診察しなければならないとの事。

俺はその胃カメラがダメで、何とかならないかと話をしたがらちもあかないので、他の病院に再度の紹介状を出されたことがあった。そこでは透視を行い、診断は「逆流性胃炎」だったのだが、今の俺の体調はあの時に似ている。でも、同級生との誘いは蹴ることも出来ずに、きょうは参加したのであった🍶

高校を卒業してからなかなか会う事がなかった。それが先日のシゲヒロくんの葬儀に会って、29日には同級会するから来いよと言われていた。で、何とか参加したのだ。参加して🍺を2杯、冷酒を1杯、ワインを1杯・・・それで帰宅したのだが、そのあと上のような状態だ。

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 ( ネットを探したら”同級生”というものがあった・・・内容も作者も知らないのだが、きょうは写真も撮影しなかったので、挿入させて頂いた・・・)

呑んで歌った・・・終わりにかけては、若い頃の歌が・・・高校3年生、女学生、美しい十代・・・

俺もおだてられ歌ったのだが・・・⤵でも、同級生との呑み会はとても楽しい。まして俺にとっては〇〇年ぶりの再会。この後の事を思うと次の再会は出来るのか・・・また、盃を酌み交わせるのか・・・⤵いずれ楽しい呑み会であった。たった4人の同級会だったのだが・・・

もう今夜は「いいね」も「ポチ」も出来ない・・・お休み💤


 

 

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”食”もまた・・・

村の人との挨拶は・・・「ことしゃ、雪がなくてええな~」(今年は雪がなくていいですね~)そんな言葉がつい出る。雪の効果はあることはあるものの、年配になれば雪のない冬は過ごし易いし、有難い事なのだ。きょう出会った村人は80代も半ば、村の奥に家があるので雪も多く積もる。例年ならば、軽トラに雪を積んで捨てに行っていた。それが今年はやらなくても良いから、確かに楽なのだ・・・

新聞を見れば、来週以降小正月行事がいっぱい予定されている。しかし雪がないことから中止になったり、規模を縮小することになった等と報じられている。わがまちでは「掛魚祭り」が予定されており、2月4日は立春だ。もう暦の上では”春”になる。その広告が新聞に掲載されている・・・

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現在がこの暖かさなら、来週からはどんな天気になっていくんだろう・・・

スキー場はオープンしないままに閉じたり、オープンしていても早々に閉じたり、スキーが出来ても部分的にしか滑走できない場所もある。ただ、秋田県では田沢湖スキー場はなんとかやっているようだ。だが、客足は伸びていないようで、このあとの天気でも⛄マークあるものの、☔もありむしろ☔のマークが多い・・・

きょう関東地域では降雪があった・・・東京でもいくらかあったようだから、子どもたちは喜んだりしたかも知れない。或いは交通機関に障害があったかも知れない。いずれ俺の所では”東京に雪が降れば春が近い”と言っている。となれば、もう雪国秋田は確実に本格的な春に向かっているという事か。

短歌会の仲間からアスパラナが届けられた・・・そこの家ではビニールハウスで花卉栽培をやっているので、その一部でこうした葉物も植えているようだ。緑の葉に黄色い花が眩しい✨野菜の花ゆえ、この黄色の花は格別だ・・・

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夕方には大きな鱈を頂いた。鱈は早春の魚であり味でもある。例年、船を持っている知人が届けてくれるのだが、今年もまた頂いた。さっそく妻が捌いて夕食は”どんがら汁(ざっぱ汁)と煮物になった。今年初めての鱈・・・子どもの頃はあまり好きではなかったのだが、今では魚料理は実にうまいと感じるようになった・・・

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見れば鱈はグロテスクな魚である。ただ、捨てるところのない魚であり、身も淡白・・・ふうふう言いながら食べる味は格別なものがある。尚、腹の白子をわがまちでは「ダダミ」と言って、この刺身がすきだと遠方から食べにくる客も多い。俺も勿論大好きだし、刺身の他に天ぷらもまたうまい。

食からもまた春が近づいているわがまちである・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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不思議な色の”長潟”

昨日に続いてきょうも快晴の秋田☀一番寒いこの時期太陽はとても気持ちが良い!いくら雪国であっても、冬にもこのような天気はこれまでもあった。だから珍しいことではない。だが、こうした天気が連続するとなると、やはり珍しいことだし異常ということしかないだろう・・・

午前中は短歌の合評会、今月の兼題は「望」だ。新年の歌会始めの兼題にチャレンジしたのだ。実は俺はその歌会始めにも応募していたが落選だった。秋田県は来年から新品種の米が登場する。それに期待を込めて米作りに頑張ると言う主旨の短歌だったが・・・やはりまだまだ力が及ばない。加えてこの土曜日はNHKの全国短歌大会で、昨年のそれには俺も出席していた。今年もそれにも応募していたのだが、こちらも(´;ω;`)ウゥゥ

でも・・・このことで俺はまた燃えている。”来年こそは・・・”と力はないのに燃えるのだ。考えてみればその思いがあればこそ、チャレンジし続けて来たことになる。だから、この意気込みを死ぬまで失いたくないと思う・・・

短歌の合評会から帰宅し、午後からは昨日の逆コースで散歩することにした。従って農道から林道に入っていくコースになった。途中、わが地域の水田を潤す貯水池”長潟”が目に広がる。きょうは小波がたっていて、昨日のような不思議な光景ではなかった(よって、以下の写真は昨日撮影したもの)

杉の立木の間から長潟が目に入った。入った途端、あれっ?いつもと違うな、どこかしら美しく毒々しさも感じてしまった。

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この長潟、実は昨秋に”ミラクルな潟”として紹介したことがあった。枯れ木や穂ススキが水面に映った不思議な光景として、上下対称の長潟だった。きょうの紹介はふたたびのあの長潟の紹介だ。

話を元に戻そう。この潟、かれこれ10年ほど前になるだろう。やはり毒々しい色になり、ここに生息していた鯉や鮒が大量に死んだ。原因はなかなか判明しなかったものの、どうやら何らかの原因で酸欠状態になっての大量死だろうと推測された。昨日の潟の色もあの時の記憶の色を思い起させた・・・

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水面近くに寄って、この潟面にカメラを向けた。水鳥がその水面で遊んでいる。

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この水面をアップすると・・・幻想的なものになった。

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しばらくここで潟を見てから、潟尻に歩いて見た。するとここでも幻想的な光景に出遭った!

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こちらでは日があたらなかったのだろう、水面に薄氷が張っていたのだ。それに融けている部分には青空と雲が水面に映って、これまた幻想的な光景であった・・・

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昨日はこのように薄氷の張った長潟・・・昨年は氷がもっと厚かったし、融け際にはUFOのような氷紋が出来ていたことを思いだした。だが、俺の子どもの頃は厚い氷が張って、この上で遊んだことも思い出した。こうしたことを考えると、確かに冬の温暖化は進んでいるのだろう・・・

 

 

 

 

 

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俺の散歩

昨朝はうっすらと雪があった。ほどなく消えたが、今朝は白いものもない。ただし、風はどこかしら冷たい。だが、空からは明るい太陽が覗いている☀思わずこれが「1月」?これが「大寒」?疑いたくなるほどの天気だ☀

花壇にはスノードロップが今にも咲きそうな気配だ。白い蕾が咲こうか咲こうか待っているようだ。白梅もまた、青い空を背景にふくらんでいるように見える。この白梅、俺が結婚したときに満開だった3月26日、今年はそれよりも早い開花になるような気がする。

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耳にイヤホンをさし、背負いカバンにカメラと携帯とおやつを入れて、俺は村の裏の中山林道に散歩に出た。日陰には昨朝の雪だろう。点々と残っていた👟

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ラジオは”子ども科学電話相談”を放送していた。聞いていると「日本で一番雪が多く降ったところはどこでしょう・・・」って、初めに子どもに聞いていた。それは青森県?新潟県?滋賀県?・・・本土最北端だし十和田もあるから青森県?それとも日本海側なので新潟県?いえいえ正解は記録に残っているのは滋賀県だとか。〇〇山で積雪11mの記録があるらしい・・・

俺は新潟県だと思っていたのでブブゥだった。だが、秋田県だって本来なら雪の多い県のはずだ。今年は異常な冬だから比較にはできないものの、それゆえに雪にちなんだ祭りが目白押しにあるのだ。

脚をどんどん進めていくと・・・

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竹林があり、藪にはカラスウリがまだ残っている。また赤い実もある・・・

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さらに歩いて行くと、冬に取り残したカナカブも残っていた。誰かが野焼きをし蒔いたのだろう。実はこのカナカブは雪解け後の味も良いのだ。フクダチとも言って俺は好きなのだが、人様の作ったものを頂くわけにはいかない。

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この近くには太陽光発電施設がある。きょうなどは天気も良いので効果的に稼働しているのだろう。俺が通ったときの「ただいまの発電量は2023kw」との表示。遠方には市のごみ焼却施設がみえ、はるか日本海には飛島も見えた。

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栗の毬もいっぱい落ちている、昨秋は豊作だったのか・・・?

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こうして漸く市道に出た。雪はもちろんなく、行き交う車がほこりをたてて走っている。

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雪が多くなった場合に路肩・路巾を示す紅白のポールが何だか間抜けのように見えてくる。

今度は農道に入った・・・

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何と・・・咲いているタンポポを発見👀

こうして約1時間半、7000歩の散歩だった。1月にこんな散歩なんてしたことあっただろうか?休み休み歩き、カメラで撮影しながらの俺のきょうの散歩・・・

 

 

 

 

 

 

 

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父の遺品

父母が寝起きしていた部屋を、一昨年の暮れから昨年1月にかけて、俺の籠り部屋に改修した。その時に天袋に入れてあった、父の書類などは段ボールにいれてそのままにしていたので、そこを中心にきょうは整理した・・・

もう30年になろうとしているので、もっと早めに整理すべきだったのだが、父亡きあとは母が暮らしていたので、なかなか整理が出来ないでいたその部屋。だがその母が亡くなり、整理すれば良かったのだが、なかなか手が回らずにいた・・・

段ボールにはいっぱいの書類が入っていた。父は村にあっては、書くことも達者でそれにそろばんが得意だったようだ。その当時は計算機などはなかったから、計算となればそろばんだ。そのそろばんもあった・・・

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裏を見ると・・・

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昭和24年1月5日買い求めるとある。それも京都見物した際に求めて来たようだ。今ではみることもない、「五玉」であり、もうかれこれ70年になる代物だ。これを使って父は村の要職をこなしたようだ。

農事組合長をやり、会計をやり、また、自治会の副会長兼会計もやったようだから、このそろばんも大活躍したのだろうと思う。

それに昭和30年ころには白雪川の堤防が決壊し、村は空前の災害を受けた。田んぼや畑はまったく形がなくなり、道路も水路も寸断された。父はこの災害からの復旧工事の要職を任されたようで、その書類も残っていた。

農事組合長の時は、村の文集「いなほ」の創刊もしている。わずか20戸足らずの小さな村で、このようなものを発刊している村は聞いたことがない。それだけ父の農業に対する意気込みが凄かったんだろうと推察する。その意気込みが、俺の高校進学にあっては農業高校へと強いたのだったのかも知れない。

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それにまちの農業委員にもなっている。当時は立候補制であり、公職選挙法に該当する選挙だった。それに父は立候補し、日夜近隣の村々に出歩き、支持を訴えていたようだ。その望みが叶って3位で当選した。小さな村からの立候補でありながら、その得票数をみると信任の厚かった父だったとも言える。

いずれ・・・頑張った父だったと思う・・・

だが段ボール箱いっぱいの書類。父が行った農事組合や基盤整備に絡んだ事業の計画書や予算・決算などの書類。もう全く不要な書類の数々。俺が処分しないと息子に負担かかるだろう。俺の代で処分せねばと目を通す。その中には破れているもの、虫などで汚損されているもの、そのいくつかはゴミ袋に入れた。

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否、すべてを処分しても良いのだ。処分しよう・・・捨てよう・・・手に掴んで・・・

なかなかふんぎれない、捨てようとすると手が震える。父だって廃棄することに依存あるはずもない。だから・・捨てよう・・捨てなければ・・

父の書いたもの、父の字をみるとやはり躊躇う。この書類のためにどれだけ汗したのか、あのそろばんで良く良く寝ることも出来ないままの日もあっただろうと想像すると・・・ゴミ袋に入れようとした手が鈍る。

あれこれ思いめぐらしていたらもう夕方・・・それでも半分位は処分したことになる。

 

 

 

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小さき力士に学ぶこと

予報通りに穏やかな天気、気温もアップしたようで・・・雪もなく早春と言っても良いような感じのわがまちだ。空は曇りがちでも青空も部分的に見える。例年の冬ならば、鉛色の空のはずだがやはり今季の冬はどこかが違う。

冬の花と言ってもやはり雪がないと花も気持ち良さそうだ。北風に痛めつけられることもなく、冷気に晒されることもなく、のびのびしているようにさえ見える。雪のない地域に植えられていたならば、いつもこうだったかも知れないが・・・我が家に植えられたこれも運命と耐えてもらうしかない・・・が、今年は何年分もゆったりしてほしいものだ( ´艸`)

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いつになく我が家のサザンカは花が多いし、また咲いている期間も長い。花だって人間と同じく寒いよりも暖かい方が、曇っている空よりも日の差す空の方が良いのだろう・・・例年こんな天気なら秋田でも冬の農作業をやれると思う。若い時期にそれも冬季間に、花卉栽培をやろうとして失敗したのは、燃料の掛かり増しと日照不足であったのだから。

外に出てみると、吊り鉢にしていたベゴニアが枯れていない。山野草も普段なら枯れるはずなのに枯れていない。だから如雨露で散水した。大寒のこの時期に、鉢に散水など・・・これまでなかったと思うのだが・・・枯れない(地上部)ことはどうなんだろう、今後どんなことになるのだろう・・・気がかりである。

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一応風除室には入れているものの、フジバカマなども写真の通りだ・・・

地上部が枯れるという事は、地下にエネルギーを蓄えていることになる。それが枯れないと、地下部つまり根が地上部にエネルギーを使うと言うことになり、ゆっくりと休息も出来ない状況にあると言っても良いだろう。勿論、一年草ではないから、例年根でしっかりと生きているのだから、こんな事も覚悟を持って生きているのだろうとは思うのだが・・・いずれ不安に思っているのは俺だけだろうか・・・

昨年の1月23日は忘れられない夜であった・・・横浜の「みなと未来」でスーパームーンに出遭って、それを撮影していたのだったが、写真を拡大したら、飛行機がスーパームーンに入っていたのだった。知人に今夜はどうかと聞くと、小雨があっては肌寒いとか・・・俺には幸運なあの日の夜であったナ~・・・

 

閑話休題・・・

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大相撲一月場所は大いに盛り上がっているようだ。俺はそんなに興味を持っているわけではないのだが、新聞を開いてもニュースを聞いていても盛り上がっている熱気を感じている。そして、昨日はそのことを書いた。小兵力士・炎鵬がまるで小さいながらも巨人のような技で相手を投げる相撲には、どこかすっきりするものを感じている。きょうもまた、大きな相手を持ち上げて土俵外に・・・

それで思い出したことがあった。実は元旦の秋田魁新報のある一面だった(他の新聞にも掲載されてあったかも知れない)

それは一面を使った某会社の広告だった。その中ほどに小さく載っているのが、炎鵬だったのだ。面白いなと思って切り取っていたのだが、まさかその炎鵬が大活躍するなど、想像も出来なかった・・・

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一面の左下には「さ、ひっくり返そう。」とあり、上半面にあっては、小兵・炎鵬の思いをそのまま綴られているような文章だ。それが、下から読んでも通じるというもの(クリックして読んでみると面白いです)。ふと・・・思った。この紙面の炎鵬は、今の国民の姿でもあるのではないかと・・・。くしくも通常国会が開かれている。

逮捕されている議員、選挙違反が疑われている議員もいる中での国会。われわれ国民を代表しているお偉い先生方のはずだが、モラルもないし、辞職などさらさらない先生方。長い政権下のもと、印象に残っているのは「改ざん」「隠ぺい」「忖度」。小さな生活でやりくりしているのに、育児休暇をとる議員もいる。

炎鵬はまるでひとりの小さな国民に重なる。小さくとも技を磨けば大きな力士にも勝てる。体力がなくても汗していれば、豊かなものに繋がる。そう思うと、しっかりとお偉い先生方をみなければと・・・・。炎鵬にきょうも大きく拍手した。

 

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小さな巨人?

またまた雪がすっかり消えて積雪が「0」。昨日の少しばかりの小雨にきょうのアップした気温⤴もう春のような気温だ。しかも3月中旬の気温と言うから驚く。なかでもわがまちの気温は8.9度・・・県内で一番高い気温になった。これでは春に芽を出す植物はそろそろ動き出すことになるか・・・どうやらあしたもまた⤴らしい?

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この先にはいつかは寒波も顔を出すだろうが、あと一ヶ月すれば本格的に小さな春へと変化するだろう。そう思うときょうの秋田の天気は、冬と言う巨人に小さな季節が挑んでいるようなものだが、この後どうなっていくんだろう、小さな挑みが大きくなっていくのか、それとも押し返されることになるのか・・・

暖かさは全国的にもそうだったようだ。ニュースでは・・・

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何と25.8度のところもあったようだ。これじゃあ・・・春を越して初夏?驚いた今季の冬である。

秋田では冬のイベントを早々に取りやめしたものも出始めている。但し、例年季節の後半には寒波が息を吹き返すのだ。それに合わせて旧正月のイベント行われるのだが・・・湯沢の犬っこ祭りも横手のカマクラも規模は縮小されると思うが実行される予定だと聞いている。

大きな巨人に小さな季節が挑んでいる今季の天気・・・

注目の大相撲も波乱を含んで燃えているようだ。わが女房殿は夕食を作りながら、頑張れ頑張れ!凄い!等と興奮を隠しきれないでいる。妻のファンは琴奨菊なのだが、アンコタイプが好きなのか?それでも彼が番付を落としていることから、今場所は遠藤、さらには炎鵬と応援が変わってきているみたい・・・

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一昨年の一月場所、相撲好きの妻を東京本場所に連れて行ったことがあった。確か8日目だったと思う。ところが観に行く前に白鵬・鶴竜が負けていた。この分では二人は休場だな、そう予想していたらそうなって、あの場所も途中から横綱不在の場所だった。

俺は夕食になると相撲も観るのだが、大方は籠りの部屋でラジオを聴きながらあれこれしている。そうして炎鵬が出るとテレビに見入る。相撲のだいご味はそれぞれで違うと思うが、俺は「小が大を制す」ような一番に力が入る。きょうもその一番を観た・・・

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炎鵬が高安を下手投げで倒した・・・見ていると力が入る。妻が興奮し力むのもよく分かる。炎鵬のプロフィールを覗くと、身長が168cm、体重が99kgとある。体重こそ俺は炎鵬には及ばないが身長は同じだ・・・そんな小さな炎鵬が向かって行くのは、すべての力士が大きい。だが、勝ち越しまであとひとつ・・・きょうの相撲を観ても、まるで小さな巨人だ。

これまでの”生涯戦歴”は「119勝77敗勝率で60%。幕内に入っても現在「40勝32敗55.5%の勝率。大勝は出来なくても、この小さな体で勝ち越している場所が多い、まだ幕内5場所というのだが、今後も館内をまた相撲ファンを楽しませてくれるだろう・・・彼の得意技は「下手投げ」、そのごとく決まり手は「押し出し」「下手投げ」が多い。小兵故もぐっている形からこうした技になっているんだろうな。

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化粧まわしの「夢」・・・なんて格好いい力士だろうか・・・

     (写真はNHKニュース、またネットから頂きました)

 

 

 

 

 

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雪は悲しみの色

降った雪がどんどん解ける。道路はほぼカラッカラに乾いている。昨日の雪は、湿りっ気の多い、まるで水をいっぱい含んだような雪だった。このような雪は春になると降るのだが?気温が高いから農道であってもどんどん解ける。天気予報を見れば来週の秋田県は、お日様マークが連日に並んでいる・・・おかしなおかしな今年の冬!

どうみても異常な冬だ・・・

ニュース等をみると、関東地方の野菜農家が悲鳴を上げていた。そこは大根の特産地だったようだが、連日の暖かさでどんどん成長し、規格外になっているとか、更には供給多く値段が下落しているのだとか・・・供給が少ないのも困るだろうが、過剰になればなったで困るのである。農業はなかなか計算機のようにはいかない。

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我が家の朝の畑・・・2階からシャッタを切った✨夜中に野生動物が歩いたか?いやいや黒く写っている穴は大根を抜いたあとなのだ。雪が降ったらその大根のあとの穴、くきやかにその姿が見えた、その畝の隣りには菊が未だに咲いている。

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朝食後、俺は礼服(喪服)に着替えた・・・きょうはシゲヒロさんの葬儀なのだ。もうかれこれ20年は会っていないシゲヒロさんだ。シゲホロさんの家に着いたら10時25分・・・受付を済ませてから、座敷に組んでいた祭壇の前に進んだ。祭壇の一番上には、遺骨の入った箱が銀色の布に包まれ飾られていた。そして、その下には遺影が・・・それを見て、これまで会わなかった歳月の長さを知った。

遺影に確かに高校の時の面影はあった。だが、俺の記憶にあったシゲヒロさんとはかけ離れていたのだ。それは当然なのだが、あの頃のシゲヒロさんには優しい面立ちがあった・・・でもあれから〇〇年だ。彼にも子がいて孫もいるのだから、俺の抱いていた記憶とは相当の開きがあってもおかしくないのだ。

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俺だって彼に劣らず老化現象著しい。

父の言いなりに入った農業高校、そして農業クラブの会長・・・でも、今になって思うのはここで体験したことが、俺の人生を大きく変えたことになる。おっとりしたあんちゃだった俺が、人の前で話をすること、挨拶をすること、意見を述べること・・・皆々、考えてみれば農業クラブで培われたようなものだ。

シゲヒロさんにも助けられた。放課後にはいつも部室に集まって、ああだこうだとも言い合った。その言い合いから、県大会に進み、全国大会まで出ることになった。全国大会は琵琶湖のほとりで行われた。あのころの写真を見るとただただ懐かしい・・・

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雪を被っていたビオラ・・・でも、きょうはその雪もない。気温もさることながら、自らの命でも解かしているようなもの。きっとそうだ、生きるとはねつがあるということなのだ。

だが・・・雪が降ると思いだすのが宮沢賢治の詩。妹と別れた「永訣の朝」・・・死を間際にして”雪を食べたい”という妹。賢治は一口二口と妹の口に運んでやる・・・何という悲しくもあり愛(かな)しい詩であるだろうか・・・

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白い雪に枯れたアジサイが影を落としている・・・

 

 

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白い朝・・・

午前5時半に目が覚めた・・・何だか静かな感じだ。丁度、起き上がっていた妻に「静かだな・・・雪降ってんかな?~」と聞くと、「さっき除雪車通って行ったよ」と言う。窓の障子を開けると雪が降っていた。だが、除雪車が稼働するほどの量ではないようだ。業者も雪が降らないと上がったりだ。だから動いたとしか思えない。市では10cm以上の積雪があった時点で、除雪車が稼働することになっている。

それでもわがまちでは、初めての除雪車の出動💨こんなに少ない時に稼働されると、逆に圧雪されるので滑りやすくなるのだが・・・

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ただ、雪とは言っても寒さはさほどでもない。居間に下りたら室温は19度。外に出てみると湿った雪だった・・・だから雪寄せは重くてとてもできるものではなかった。

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窓からは除雪車が見える。

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除雪する作業員は大変だ。それでもわがまちはちいさなまちゆえ、作業開始が午前4時頃だ。これが大きなまちだと、午前3時頃から作業をするようだ。先ずは幹線道路から行う。車の量が少ないうちに除雪はやらねばならない。それが終わってから集落内とかに入る。ただ、降雪が続くと一度行ってもまたやらねばならないときもある。いずれ作業をする人は勿論、家族も午前0時過ぎからソワソワすると言う。

内陸部では「金は天から降って来る」という。冬になるとなかなか仕事がないので、雪が降れば仕事があるのだ。つまり雪がお金になるっていうこと。雪が降れば難儀もするし、それなりの苦労はする。だが、仕事になれば張りもでるしそれにお金が入れば、こころにも栄養が蓄えられることにもなる。

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この雪の中・・・子どもたちは学校だ。寒いだろうが子どもたちは元気そのものだ。でも、3学期はあっという間に終わる。一ヶ月少しだから風に負けず風邪にも負けないで頑張ってほしい・・・

この雪に耐えながらも咲いている我が家の四季さくら・・・そして、南天。

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この雪の景色を撮りたいところがあって出掛けた。実は毎年そこで撮影しているのだ。それはこの木が柿の木で実がなっていてそれに雪を置いている光景が好きなのだが、もう柿は落果していたようだ。だから雪の花だけでを撮影して帰った・・・

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20日正月も終わったきょう・・・飾っていた掛け軸、飾りものも仕舞った。茶の間も座敷も広くなった。

きょうのわがまちの積雪は4~5cmほど。その雪を待っている横手では20cmほど積もったらしい、それでも”かまくら”にはまだまだ不足していて、今後も雪不足の悩みは続くだろう・・・

 

 

 

 

 

 

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暖かな「大寒」

こんなにゆったりと過ごす1月など何年ぶりになるだろう・・・まだまだ少しは役職を持たされてはいるが、少しづつ公職は放れている。これもまた終活のひとつとして・・・それに、昨年の1月に移動した”籠り部屋”にはただただ物を移動していただけだったので、それも片付けている。そうしたら、思いがけないものも出て来た・・・そのことは今後に譲らせて頂くとして・・・

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朝食の前にラジオ体操をし、のちに新聞を広げた。一通り全面に目通ししてからじっくりと見たのは「お悔やみ欄」だ。購読しているのは秋田魁新報という地元紙だ。地元紙ゆえに秋田のことは詳しい。お悔やみ欄は誰もが目を通しらしい。俺は今朝もじっくり見ていたら・・・「あっ!」と声を上げてしまった。

高校の時、農業クラブ(FFJ)で役員をしていたシゲヒロさんが亡くなっている。あの頃、俺が会長で彼は会計であった。高校卒業後、俺は名取市で花卉栽培の研修を受けた。その後、花卉栽培に取り組むためにビニールハウスを建て、シクラメンの苗をその名取市に分けてもらいに行ったことがある。あの時に、俺は彼に助手を頼んで二人で軽自動車に乗って向かったことがあった。

その後はなかなか会う事がなかった。ただ、数年に一度は農業クラブの元の役員で旧交を温めていた。だが、彼はまったく顔を見せることがなかった。彼はある選挙である候補者の運動員をして、何等か違反して捕まったことがあった。それが引き金になったのか、顔をみせなかったのだ。

ただ一度、懇親会を終えて皆で二次会にカラオケに行ったとき、彼の近くであったことから、彼を電話で誘ったら来てくれた。そして、しばらくぶりで夜遅くまで、しゃべりあったことがあった。あれからは会っていなかった。だが、この年齢で逝く同級生もいるが、まだまだ残っている同級生が多いのだ。だから・・・このあと会えるだろうと思っていたのに・・・

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さてきょうは「大寒」だ。もっともこの頃寒いと言われている大寒!でも、昨日も記述したように今年は例年になく温暖だ。スキー場には雪がないし、”かまくら”用の雪さえもなく、奥の山から運んでいるらしい。わがまちもまったく雪がない。暖かな冬は暖房費も電気料金も掛かりまししないから、経済的には大助かりだ。

だが、冬着は売れないし、スーパーでは鍋用の食材が売れないと言う。暖房器具や除雪用具も同様だ。聞いたことがあるのだが、冬は寒くならないと、夏は暑くならないと景気が悪くなると言うことを。なるほどそうである。衣料品などはもうそろそろ冬物から春物に変わる。だからバーゲンセールも早くしないと在庫が残ることになる。

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スイセンは年末に咲いているものを求めた。だから、今後もこの時期に咲くのかは分からないが、暮れからほとんど雪を被ることもなく咲き続けている。我が家のミニスイセンである。

まちに用事があってちょっと出掛けた。朝方に湿っぽい霙混じりの雨が降って、道の残っていたようだ。その後日を差していたが、対向車線を走って来るトラックと出遭った。トラックはしぶきを上げて走行してき、そのしぶきに虹が出てそれはまるで虹を引き連れてくるようなものだった。

外もこれだからサンルームはとても良い感じだ。

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まだまだ咲き続けているブルーデージーなどである。

 

 

 

 

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暖冬でクマも眠れず?

秋田魁新報に大きく掲載された記事、見出しも「積もらずに春に?」📰海岸部ならともかく、豪雪地である秋田県内陸部の横手市でも、1月のうち積雪0の日が6日もあったと言うから驚きだ。平均気温が平年よりも4度前後高く、3月中旬並みの気温だったとか。この横手市では来月の15・16日に「かまくら」が行われるのだが、それを作るために雪を山間から運ぶと言う。それで観光協会などでは、費用を助成してほしいと嘆願書を市に出したらしい・・・

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      ー秋田魁新報よりー

  その「かまくら」のPRとして、”ふるさと村”にかまくらを作ったと言うが、5基のかまくらのために4トントラックで28台山間から運んだらしい。いわく「敷地以外の雪を使ってかまくらを作ったのは初めて・・・」と。今後、秋田では小正月行事が目白押しになる。それらはいずれも雪があってのこと。湯沢市では雪で犬の像をつくるのだが、これとて山から運ばねばなるまい。

雪のない冬は本当に暮らしやすい。昨日も書いたのだが、本市ではフキノトウも見せ始めた。きょうも午後からは曇りがちになったものの、午前中はまるで春の様相だ。この温暖な・・・散歩した俺は”クマに遭遇せずに良かった”って書いたが、どうやら暖冬のためにクマが冬眠できず、各地域で目撃されているという記事も裏面に載った・・・

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このままでは花や植物にも、影響が出て来ることは容易に想像出来る。早い開花は勿論だが病害虫の発生も増えるような気がする。春に咲く花類は冬の寒気によって休眠し、暖かくなって開花する。従って、冬の休眠が浅かったり短かったりすれば、当然のように影響は出て来ることになるだろう。

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  (山から雪を運んでの雪中田植え…ネットより)

スタッドレスタイヤの消耗も激しいだろう、このあとに雪が降って来るとスタッドレスタイヤの効果がどうなるのか、実はそれも心配である。

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きょうは散歩はしないで、すぐ前の”金塚”に行って見た。我が家のすぐ前なのだが、ここのやや小高い丘に石像が建っている。ほとんどが仏像だが、元々は神社の境内にあったと聞いている。それが神と仏をいっしょにしないということで、ここに移動したらしい。その仏像に小さな春の日が差していた・・・本当に雪が積もらないで春に向かうのだろうか・・・

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春のような散歩道

朝から晴れ渡っている☀新聞を開いたらフキノトウが出ているとか?こんな天気は家の中にいるのは勿体ないもったいない。俺はアノラックに帽子を被り、ポケットに携帯電話とカメラを入れ、耳にはラジオのイヤホンさして、トレッキングシューズを履いて家を出た。

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山道に入ったり林の中を歩いたり・・・とても気持ち良い😃

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水たまりは凍っていた、その結晶も見える。

減反で体をなくした田んぼにはススキ穂が黒ずんで穂を垂らしていた・・・

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藪にはカラスウリが下がっている。

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晴天と言っても冬である。気温も確かに低い。だから、苦手の長い奴は冬眠だろうし、逆に暖冬で眠れないクマとの遭遇がむしろ怖い。

山中を歩いて約1時間、今度は平地に出た。田んぼも水たまりは凍っているようだ。

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やがて田んぼに供給する水源地の長潟に出る。小波のたっている水面があり、静かな水面もある。

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そこから流れている用水路、その傍らに枝を伸ばしている木があった。近くに行くとマメガキだった。子どもの頃は食べた記憶がある。今では普通の柿もほぼ捥がれることなく、村々には鈴なりになっている柿が見える。

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少し先には青い空が林の上に広がっていた。その対比がいいなとカメラのシャッターを切った。

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昼食は餅だった。父はこの餅を「フキドリ餅」って言っていた。いわゆる黄な粉餅のことだ。昼は他にお汁粉と2種類の餅。

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餅は正月に神に上げた餅だ。

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今度は小正月の餅を食べねばならない😃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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用心

あの日から25年・・・

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1月17日・・・あの地震がなかったら、特別な意味を持つ日ではなかっただろう。あの日、淡路島北部を震源にした地震が発生。マグニチュード7.3だった。この地震では神戸市で震度7。亡くなった人が6,400人以上、負傷者が約4万人、全半壊した家屋が約25万戸・・・象徴的な映像が阪神高速道路がグニャグニャになったものだった。俺の目にもこの写真は今でも記憶に鮮明に残っている(ネットより)

あの日から25年・・・

きょうは一日、犠牲者を悼む祈りの1日になった・・・

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自然災害のなかにあって、地震だけは予告なしで発生する。それは”いつ””どこで””どのような規模で”発生するのか分からない。今の時季の午前5時46分はまだ薄暗い。起きている人よりも、まだ寝床に入っている人の方が多い時間帯だ。その時に地震の発生となると、逃げることなきままに犠牲になってしまう。

これからの日本をつくりあげていくであっただろう方々も、犠牲者の中にはおられたであろう、その方々を導いていかれる方々もまたおられたはずだ。そうした大事ないのち・・・いのち・・・いのちが失われたのだ。或いはたまたまこのまちにおられて、被災された方も多かったかも知れない。そう思うととてもたまらなくなる。

俺の同級生のひとりもこのまちに住んでいた。Kさんだ。Kさんは、被災される前に亡くなられていたのだが、家族はここに住んでおられたはずだが、どうだったのだろう・・・・

災害列島と言われる日本。この国に住んでいれば、地震に対してはいつも避難を考えておかなければならない、悲しきかなその宿命にあるとも言える。俺の地域だって、鳥海山火山帯が走っており日本海にも面している。だから、決して安全な地域でもない。その証拠にかつて海の浅瀬にあった島々が、周りの隆起によって、田んぼの中の島々になっている。

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我が家などは大きな地震にあったらひとたまりもないだろう。古い建物、屋根は重い瓦、今でさえ戸に隙間があったりしている。耐震化など勿論されていない。川にも近い。鳥海山は真上にあるようなものだ。だから地震や噴火があったりすれば逃げ場などないとも言える。

あの日、1月17日・・・大きな地震が発生した。たくさんの人々が負傷したり亡くなった。地震のまえにはひとたまりもない。おそらくその前日の16日は平穏な日であったのだろうと思う。翌日がそのような大地震に見舞われるなど、誰が予想をしていただろう。地震は常に人の前に立っていることを忘れないでいなければなるまい。

地震が発生すると良寛を思う。良寛は書でも著名な和尚である。こんな逸話が残っているという。村のある人が良寛に一枚書をかいてほしいと頼んだらしい。すると良寛はたった二文字で「用心」と書いたとか。何か他のことをと再度頼んだが、それに書いたのも「用心」だったらしい。頼んだ人はなんとか別の言葉を頼んだら、「ただ用心」と書いたと言うのだ。

用心にこしたことはない、それが大事なんだよとのことだったのかも知れないし、常にいつ何が起こるか分からないのだから、それには用心しかないだろう・・・そう言いたかったのかも知れない。含蓄のある言葉だと思ったものだ・・・

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先日に訪れた農業科学館に、かつての秋田の古い写真がいっぱい展示されていた。上の写真はその一枚だ。男児が自転車に乗っている。それも3人乗り、4人乗りをしている。今ではこんなことをしたらすぐに叱られる光景だ。だが当時の男児らはこうしたことも日常茶飯事だった。俺の小さい頃もこうだったのかも知れない。いずれ明日はどうなるのかは誰も分からない。

用心は心掛けねばなるまい・・・

最後に一言・・・今夜からあしたにかけて関東地方には「雪の予報」が出ているようだ・・・どうぞ、用心ください。

 

 

 

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歌会始め・・・など

ラジオを聞いていたらきょうは「皇居の歌会始め」だったと言う・・・慌てて居間に入りテレビに見入る・・・

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その歌会始め・・・一般から応募を受けた中から入選作品が披露され、最後に天皇皇后両陛下の御歌が披露された。お二人とも昨年の自然災害にお心をいためられたようで、その事がモチーフになったようである。と同時に、新しい時代も国民のこころに寄り添って、行かれることを延べられたとも言える。

Dscn0860-2 <以上の3枚はNHKテレビのニュースから>

一般で入選された歌は明日の新聞に掲載されるだろうから、じっくりと観賞させて頂き、自分の勉強としたいものだ。今年のお題は「望」だった。「のぞむ」と読ませるのもいいし、「望」の入っている熟語でもいづれでも良い。実は俺も今回、一昨年と俺も応募していた。だが、やはり俺の能力では無理なだったのだ(´;ω;`)ウゥゥ落選だ。

だが・・・いつかは、いつの日にかは選ばれるような歌を作りたいものだ。それを夢に一層精進したい。来年のお題は「実」、早速明日から受け付けが始まるらしい。じっくり考えて応募したい・・・その日が万が一にも来たら、「私も行くと・・・」妻はいうのだが、それは夢のまた夢ということになるだろう・・・でも、夢でも仕方ない、諦めることなく向かって行きたいものである( ´艸`)

さて・・・

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かつての1月15日と言えば、わが地域では小正月だった。そして、その15日は大正月の大晦日のように午後からは茶の間で、朱塗りの膳で会食した。翌日の16日は元旦のように朝早く雑煮餅を頂いた。こうして大正月・小正月を行えば本当に年を取るのだと教えられたものだった。だが、それを5~6年前に止めた。

15日は俺の時代は「成人の日」。俺のその日はとても寒かった。今のようなホテルなどまちになかった時代だ。俺たちは地元の小学校の体育館で行われた。吹雪いていた日であった。並んだ体育館の天井から雪が落ちて来たり・・・それが今でも頭に残っている。式典の最後に、開催をしてくれた町に俺が代表して”答辞”を述べたことも・・・昔々の話である。

15日はまた、NHKで行われた”青年の主張”を聞くのも楽しみだった。実はその頃、俺もその”青年の主張”に応募し、秋田県大会で3位になったことがある。農業をやっていこうと言う主旨で、7分ほどの主張だったと記憶している。それがきっかけになり、秋田県の日では懸賞論文に応募し1位になったこともあった。だが・・・米が過剰になり、転作を強いられ農業は⤵どんどんと成り立たなくなっていき、俺も他の仕事に就いた。

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でも・・・思えばあの頃は生き生きしていたと思う。勿論、青年時代であったし、恋愛で悩みも深かったのだが・・・あの頃が本当に懐かしい。1月15日・・・今では何の日でもない、俺たちの青年時代を語っても笑われるだけだ。

新聞にはわがまちの成人式の写真が載っていた。式典で成人の代表が謝辞を述べた写真が載っていた。それを見て唖然とした。何と・・・赤い羽織の男性が謝辞を述べたようだ。服装は自由だろう、何を着ても人様から云々言われるものでもない。それを分かっていながら驚くのだから、俺の時代錯誤を笑わねばならないのかも知れないが・・・大人としての出立なのにと思う・・・

今朝は所々に雪が見えた。見えたが朝の太陽で融けた・・・天気も異常なら世の中も異常に思う、否、そう思う俺が異常なんだろう???

 

 

 

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太平山の参拝と餅花飾り

秋田市にある太平山三吉神社が分祀されているわが村、その別当を務めている我が家。例年、正月に俺はそこを参拝しているのだが、きょうの午前中にお札をもって参拝した。標高約80mの山頂にある。歩いて10分足らずでたどり着くのであるが、息も荒くなる。参道はいつも夏に掃除しているものの、杉の枯れ枝や葉が落ちていてあるくのに手間がかかる。

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かつては100名以上いた講員、俺の代になったときに一人ひとりに「継続加入の意思確認」を行ったら40余名、その後代参が終わってさらに確認したら・・・今度は28人に減った。そこで今回の代参が終わったら解散することを提案していた(今回の代参は3名づつで行い、10年で終わる)。その10年目が昨年だった。そして今夏には俺が代参して幕引きをすることに・・・。

この代参、明治の初期から行っている。それを曽祖父、祖父、父と続き、俺が継いだのは父が亡くなったからだ。だからもう30年近い。今の時代、年々神への関心も薄れ、また、俺が万が一の場合は息子は引き継ぐことも考えられないことからも、ここが潮時と判断しての解だ・・・

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この参道の補修は俺の仲間である”百生倶楽部”の仲間に協力を頂いて行い、御堂も自分たちで出来る範囲で補修も行った来た。参道にはアジサイも植栽し、いつかはアジサイで染まる参道を夢見たこともあった。そのアジサイが見ごろになってきているが、今度は俺たちがなかなか自由に身が利かなくなってきた。今夏は俺ひとりで代参し、その時に頂いて来るお札、それを収めて講中を閉める。

その仲間たちと久しぶりに、自治会館に餅花🌸を飾ることにした。餅はコウイチさんにお願いし、エノキの木はテツオさんにお願いしていた。午後3時に集合し、早速飾りつけに入った。

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小正月になると、この餅で作った花をどこの家々でも飾った。そして豊作を願った予祝行事だったようだ。我が家でも茶の間に飾った。雪が降る前にこの木を見つけて目印をつけて置き、小正月が近くなると切り出しに行った。根元が株になっているものが良しとされ、茶の間に盆栽のような餅花が飾られた。しかし、今はやっている人はいない。まして小正月などはもうない・・・

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豊作を祈願しながらも、こうした行事は雪国にとっては早く春を迎えたい、そんな風流なこころも併せてあったのではないか。雪一色の季節に彩をも求めたのだと、俺は推察する。いづれこうやって飾ると家の中はやはり花が咲いたように明るくなる。

3年前にコウイチさんがけがをして以来、俺たちの行動も制限されて来た。いわゆる高齢となりなかなか身軽な行動は出来なくなってきたのだ。だが、今後も解散はしないで気が向いたらこうして集まることを確認した。

例年ならば寒さの一番厳しい時季に入っている。だが、暖冬異変は全国的なもののようだ。わがまちには除雪車の出動は一度もなく、横手市で行われる「かまくら」では奥羽山脈より雪を運んでいるようだ。雪は多くあっては邪魔者扱いされ、雪がなければ田んぼの水不足が懸念される。そのかまくらは水神様を祀る行事であるのに、雪がないでは笑うに笑えない深刻な事態になっている。

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餅花で飾りつけを行った自治会館の床の間・・・少し早い春の到来である。

 

 

 

 

 

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「ん」・・・❔

月2回くらいにNHKの秋田放送では「秋田弁で川柳」を放映している。今回のお題のひとつが「いさんど」だ。どうやら「留守番」を秋田弁ではこう言うらしい。俺の標準語も秋田弁なのだが、この「いさんど」は分からなかった。丁度、夕食を食べている時間だったので妻に聞くと、妻の実家の方では「えさどし」と言っていたらしく、同じ秋田県内でも秋田弁は違うようだ。

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さて・・・今、俺が頻繁に使っている国語辞典は「学〇の国語大辞典 第2版」。金田一春彦・池田弥三郎両者による編纂で、昭和63年の発行になっている。2269ページの分厚い辞典だ。

ページをめくって出て来る言葉は「あ」であり、「亜」からその意味や使用例などが載っている。しからば最後と言うと「ん」であり、「ん」とは造語であり、金額や年齢などをぼかして言うときに用いるとの説明がある。そのあと「ん」の「んとす」、また「んば」があり接続助詞と説明されている。

だが・・・秋田弁では「ん」から始まる言葉が結構ある。「ん⤴」と聞き返すとなれば疑問の言葉になるし、「ん⤵」となれば分かったと言う返事にもなる。同じ「ん」でも抑揚によって色んな意味にもなるのだ。秋田の観光ポスターでは「け」とあり話題を呼んだことがある。け=食べれだったり、こちらに来いという意味にもなる。また、痒いということも「け」と使う。これもまた抑揚で意味が違ってくる。

「ん」で始まる言葉。例えば「んだでろ」となれば”そうでしょ”、「んだす」は”そうです”。「んでね~」だと”違います”となる。でも、実は「んだ」も「んだろう」「んでしょう」「んです」この辞典に載っている。多少の違いはあるものの、「ん」から始まる言葉も、まるっきりの秋田弁ではないようだ。

 

花の少ないこの時季にきれいなものがある・・・

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そのひとつが樹木の幹である。

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上がサルスベリ(百日紅)であり、シャラ(夏椿)が我が家の庭では美しい。雨に濡れたりすると艶めき、花にも勝るような美しさである。幹を見るのはやはり冬のこの時季。葉がすっかり落ちているから、ゆっくりと観賞できる。

葉が色づいているものもある。

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何度か紹介したカシワバアジサイがまだこんな色をしているし、ハマギクもまた・・・

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きれいな色を見せている。そんな中で、乙女椿がまた先始めている。くしくも今月号サライの付録には、画家・堀文子の小皿がついていた。

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また・・・サザンカは咲いては散り、散っては咲いて木の下を賑わせている。

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ラン展

孫の絵を見るために走った行き来の道路、昨日は幾分湿り気のある雪が所々にあったのに、きょうは天気が良く道路はカラカラだった。秋田県でも例年ならば雪の多い山間部もご覧の通り・・・🚙

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この辺りが郡境なのだが、まるで雪解けの春のような感じだ。娘も大曲に住むようになって、1月に田んぼに雪がないのは初めてというのだから、今年の冬はやはり異常と言うしかない。

さて、昨日は孫の言わば大曲と周辺の学校の子どもたちの絵画展。学校単位で選ばれたものが並べられたもの。俺はタブレット持参で出掛け、写真を撮ったのだがブログにアップ出来なかった。その絵は下の絵である。賞は”奨励賞”ということで、銀ラベルが貼られていたのだ。

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作画の意図や何でクマだったのかは聞かなかったが、昨年はクマの出没が多く、けが人も多数でたことから孫の頭にも残っていたのか。いづれ子どもらしいタッチが評価されたのかも知れない。その孫、明日から学校だ。冬休みいっぱい遊んでいて宿題は残っていたようだ。そのこともあったので、邪魔されないと思い、妻とは昼食後早々に退散した。一方では褒められて、明日は宿題が残っていたとお目玉くうことになるか・・・( ´艸`)

まあ、俺の子どもの頃もそうだったから、仕方ないだろう( ´艸`)

帰宅途中にある「農業科学館」に寄ってみた。”ラン展”が開催されているはずだから・・・ここは県の施設、現在は入館が無料になっている。温室のなかには色んな花色のラン等・・・そのいくつかを📷

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ここはそんなに大きい温室ではないものの、暖めるのはかなりのエネルギーを使うだろう。年々の入館者が少なくなっていると言うから、規模なども簡単には拡大出来ないのかも知れない。

そう言えばこの時季に東京に出掛け、東京ドームで世界のラン展を見たことがある。二年ほど見たことがあるが、今年もやっているんだろうな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

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孫の絵画展

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孫のやまちゃんの描いた絵が入賞したと言うこともあり、角館にある美術館に観に行った。絵は熊を描いたもの。その絵の良し悪しは俺には分からないものの🤷ただ、その前に立ちながらじっくり目を凝らすと、なるほど熊の迫力を感じた。これが孫バカと言うものだと思いながらも、ピカピカの銀色が孫の名の脇にそれがあると嬉しいものだった‼️ 

その孫はまだ意味をよく飲み込んではいないようで、さほど嬉しさも感じてはいないようだ。孫は小学生二年生、早生まれでもあり、まだまだ幼稚で娘にいつもぴったり寄り添っている。 

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レストランで食事をし、夜は近くの温泉に予約をしていたので、その温泉でゆっくりしている。昨年の米の出来が良かったことから、少し米の収入が一昨年より増えている。それもあって妻と温泉に行こうかなと思っていたので、それをきょうに回した。

今夜はここに五人で雑魚寝する😪💤💤

上の孫は中学生だ。伸び盛りとあって食も太い。昼は焼肉にソバ、夕方は唐揚げに刺身の皿盛り。ただ、偏食が心配されるが、若いから好きなものを食べる🍴

かと言う俺は新年に入って酒はほとんどやっていない。何だか呑む気にならない。汗して仕事している日々でないから、それが良いとは思う。ただ昨日は、ビールをコップで二杯ほど。今夕は小ジョッキー🍺で一杯。

餅の食べ過ぎが呑欲の起きない原因のひとつか…

まあこんな時期があることも俺にはあっても良いのかも⁉️



 

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「ないないない!」がありました・・・

きょうもまた良い天気である☀だが・・・午後からになると曇って来て、やがて霙交じりの雨になった。午後からは生産組合の総会だ。俺もその組合の役員の一員だ。総会では書記の指名を受けてその任にあたった。議案にはすべて「質疑なしの承認」。ところが最後の議案で揉めた。一時間余り費やしてこの議案も漸く終えた・・・

その議案というのは”役員の選考”だ。組合長が、村の自治会の役員になったので、兼務は無理だから組合長を辞めたいと言うのだ。俺の目からすればとっても甘い。今の生産組合の事業はほとんどないし、自治会の役員も一般の幹事であれば、負担になるほどの仕事量ではないはずだ。俺の若い頃は、この他に消防もあって毎日のように役員会もあった・・・俺はその双方とも長をやり引退したのに・・・

生産組合の組合員はどんどん農業を辞めているから、組合員も減少し今では11人。それから正副の組合長、幹事名。一度引退しても新たに役員になれる組合員はいない。そんなことから昨年に俺に再登板がやって来た。今回は組合長が折れて今年もう一年やることになったのだが、このままでは解散するしかないだろう・・・来年は果たしてどうなることやら・・・?頭がいたい😵

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ところできょうは「鏡開き」。特別なことはしないのだが、神棚に供えた鏡餅を頂いた。元旦や七草と同じく我が家では雑煮餅だ。だが、二人暮らしではなかなか餅も減らない。きょうはそこで雑煮餅+小豆餅にして食べた。好きな俺はやや食い過ぎ?腹がもたれて総会ではまったく食欲がない。従って、用意された折詰の一品にも手が伸びなかった(トホホホホ・・・)

さて・・・恥ずかしながらの話である😭

実は昨年の夏から探しているものがあった。それは2通の預金通帳だった。多分あそこにあるはずだとその後、深くも探さないでいた。ところがそれが必要になっている。そこで年末からアノラック類、カバン類、様々な引出し等々探した・・・でも発見できず、最後は再発行を依頼するしかないなと半ば諦める寸前であった。

通帳の残高はいささかのものだ。だが、その1通は俺個人のものではない。団体のものであり、名義は俺だがあれこれと悩んでいた。とうとう俺も認知症?とさ思ったりしていた。可笑しいな、一昨年はあったのだし、2通がないというのはきっと同じところにあるんだろうな、そう思っていた。

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考えれば考えるほど情けなくなってきた。最後には再発行で切り抜けよう、そう思い直したら気も楽になった。そうだ、昨年に籠り部屋を改修し俺の書斎をそこに移動したとき、どこかに仕舞ったのだ。そして、あるところを昨日開けたらあったのだ。やはり2通一緒にあったのだ。やはり「ない!」と焦って動転していたようだ・・・

そう言えば昨年の今頃に、母の部屋を改修しピアノ室からもろもろ運んであったことを思いだした。今回はこう言うことから探し物を見つけたが、慎重なはずの俺、どこかおっちょこちょいなところがある。12月には白鳥を撮ろうと急いで、助手席に置いていたカメラを足元に落として、とうとう修理もきかず更新したこともあった・・・ああ・・・

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気になることはもうひとつあった・・・それはあの枇杷の花はどうなっているんだろうとのことだった。元旦に少し雪が降ったので、簾で囲っていて、花がみえないこともあって気にしていた。だが、外してみると・・・枇杷は花数を増しきれいな花を見せてくれた。

植物の冬の管理は面倒だ。基本的には雪国では”やや乾燥気味にしなければいけない。過失や水分過多だと根腐れが発生するし、あまりにも乾燥すると枯死することもある。実はこの枇杷も乾燥させ過ぎで枝の一部を枯死させてしまったことがあった。

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鏡開きも終わって、これからは小正月の準備に入る我が家である。

 

 

 

 

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辞書処分します・・・

1月半ばになろうとしているのに、有難いことに一向に雪もなく、その上きょうも天気が良い☀夕方にほんの少し小雨があったものの、また晴れ上がって夜には丸い月・・・
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きょうは朝からデスクワーク・・・なんちゃって、何のこともない。実は昨日から💻に向かっている。まちで募集している”読書感想文”に応募する為に💻に向かっていたのだ。その締め切りがきょうなのである。大方の筋書きはしていたのだが、清書して出すことにしていた。ところが読み返すうちに、ああしようこうしようと文字を加えたり削除したり・・・頭がいたい。それでもパソコンだから有難いことにそれも早くやれる。

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募集している感想文の対象は「課題図書」と「自由図書」があり、俺は自由図書を選んだ。童門冬二の「伊能忠敬~生涯青春の哲学」である。読んだのは昨年の1月だった。それを読み終えてから、彼の旧宅や記念館に行った。あの香取市佐原である。あれからほぼ1年・・・それをも文章に入れて、何とか終わった。そして、公民館に提出した・・・

こうして文章を書いたりする場合、また、俺の場合は作歌するときも辞書を傍らに置く。置いて逐次確かめたり、意味を確認したり、また、似たような言葉がないかも調べたりする。従って、辞書は大事な先生であり友人とも言える。ところがその辞書の一冊がボロボロになっている。それはきょうに始まったものではないのだ。実は他の辞書もあるので処分しても良かったのだ・・・だが、捨てる決断が出来ずにきょうまで棚に横になっていた。

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これまでの付き合いを思うととてもとても出来なかった。だが、俺もいろいろ整理も必要だろうと思い始めていたので、思い切って処分を決意したのだ。裏のページに購入した年月が書いている。なんと昭和45年である。書店名まで書いていて、もうその書店はなくなっている。

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思えばこの頃から作歌を趣味にしたはずだから、そのために購入したのだろう。辞書の編纂は、かの金田一京助だ。当時、辞書と言えば金田一だったな・・・そう思いだしている。

言うなれば辞書は分身とも言える。だからこそ、捨てきれないでいたのだが・・・😢

 

 

 

 

 

 

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年はとりたくないもの

我が家では正月飾りがまだ飾っている。20日正月もあるし、その前には小正月もあるので、せめて20日まではこのままにしておくことにしている。

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朝はケンチン汁だった。その謂れなどは知らないし、妻に聞いても分からなかった。具がいっぱいで、食べると体が温まる。と言っても、実はきょうは温かな朝だった。暖房をいれなくとも部屋は15度くらい。外も結構温かであった。ただ、小雨が時々降った・・・

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このケンチン汁、末の娘が大好きだった。大根やニンジン、わらびも入っている。山菜取りの好きな人だと、これにアザミが入る。その代わりとしてか、我が家ではホウレンソウが入る。緑がいいね・・・俺がそういうと妻は「義母さんがやっていた」と言う。

その妻が出掛けた。この頃、よく出掛ける。それには訳があるのだ。実は妻の母が入院中であり、年末には退院するだろう、俺はあんかんとしていた。それが・・・もう歩行が出来ない、否、歩行どころか立ち上がれない状態になっているとのこと。だからケアマネと相談することになって、それで出掛けたのだ。頭はしっかりしているのだが・・・

なかなかこうはいかないか・・・

座敷の掛け軸を見ながらそう思った。

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義母の入院がきっかけか、義父の認知症が急速に進んでいるらしい。そのことが義妹から妻には折々電話が来ている。昨夜も大変だったらしい。その話を妻から聞いたら・・・実はわが母も生前には大変なこともあったと述懐した。当時、部屋は反射式のストーブで暖めていたらしい。妻がそこを離れたすきに、母はシャツを温めようとしたのか、ストーブに上げていて焦げていたことがあったと・・・もう寸でのところで火事になるところだったと言うのだ。

義父も今では夜も昼もないらしい。あんなに毅然としていた義父もこうなったのか、なかなか掛け軸のようなジジ&ババにはいかないな、そう思ったのだ。誰もそうなりたくはない、そう思いながらも年はどんどんと人を頭から奪い取る。寝たっきりも哀れであるが、足が丈夫な認知症も大変なものだ。

俺も父の享年を超えた。いつどうなるか、自信がない・・・

 

 

 

 

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降ればやっかいもの、降らねばさびしいもの

今晩はこれから低気圧が接近して大荒れになるとの情報だ。なるほど天気図をみると、台風のような低気圧が発生しているし、等圧線が細かに出ているので油断ならない。海上で30m、沿岸では25mの風が予報されている・・・

日中は時折きょうも日が差し、比較的暖かだった。

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我が家の赤いサザンカはまだまだ健在だ。日当たりの良い場所なので、これからもまだまだ咲き続けるだろう・・・

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それにしても穏やかな今季の「冬」だ。冬の入り際にはやや多い雪に県内見舞われたが、その後は降ったとの報道もない。わがまちには、10cmほど降ったがすぐに消えた。やはり俺が予想したような展開になっている。雪が早い冬は案外雪量が少ないことを・・・。ただ、このままでは済まないから、勿論油断はならない。今後も一時的ドカ雪があるような気がする。

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元旦の”秋田魁新報”に掲載されたのは、漫画家で「釣りキチ三平」でお馴染みの矢口高雄氏の絵が載った。雪の降る中でのスズメたちを描いたものだ。冬になればすずめたちは、羽毛をたてるからふっくらしたような体つきになる。絵はそのスズメたちで、秋田では「寒スズメ」と呼んでいる。

その絵の傍に矢口氏がエッセーをも載せていた。実は矢口氏の生まれた故郷は秋田県内でも豪雪地帯の西成瀬村(現在は横手市増田町)だ。学校に通うのも大変で、彼は絶え間なく降る雪をみれば「恨みと呪い」の対象でしかなかったと述懐している。それもひとつの引き金になって、上京した。言わば雪から脱出したのである。(勿論、漫画家を目指す夢も抱いてだったが・・・)

ところが、都会に出た初めての正月。砂埃をあげて走る車を見て、「ああ・・・雪がほしい!」と叫んだらしい・・・そして以来、雪は愛しいものに変わったというのだ。雪が少なければ、雪がなければ生活は楽だ。特に豪雪地区においては、屋根の雪下ろしもしなくて済むし、それは住んだことのない人には分からない。ものすごい労力だし、危険も付きまとうのだから・・・例年、雪下ろしでは犠牲者が出る。

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雪は美しいもの、楽しむもの、それもある。それに水の源でもあるから、疎みつつもなくてはならないものでもある。秋田県では、その雪が観光資源にもなっているし、カマクラや犬っこ祭りなどの小正月行事にもなくてはならないものでもある。でも、1年のうち約1/3も雪の中で暮らさねばならないことは察してあまりある。この時季、秋田県では自殺者も増えるのだ。さらには交通事故も多発するし、灯油や電気料もかさむ。

雪は降ればやっかいもの、降らなければ寂しいもの・・・やはりほどほどにと願いたいのであるが・・・

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ところできょうのニュースに出ていた「住みたい田舎」ベストランキング。シニアからの支持は山形県の酒田市と発表された。わがまち・にかほ市とは県境を挟んで経済圏になっている。人口は比べるまでもないが、気候や風土ほとんど同じだ。酒田市には病院や高校で、にかほ市からも人の往来がある。

考えてみれば、やはり降雪量の大小が住みやしさもの条件のひとつになっているようだ。

 

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我が家は”七草雑煮餅”

寒い朝だった・・・でも雪はないしそれだけでも気持ちは温かだ。居間の窓から見える空、電線・・・その電線に一羽の鳥が見えた。鳥の名はまったく疎いのだが、スズメかなと目を凝らしたものの、スズメではなさそうだ?。

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天気の良い朝、鳥も気持ち良さそうだ😃

きょうは「七草」・・・

我が家でもその七草だ。ただし、我が家の七草は「七草粥」ではなく、「七草雑煮餅」だ。雑煮餅にスーパーで求めた七草を入れ、それにさらにキノコ、塩蔵ワラビ、大根が入っている。もうひとつはごはんだ。これが我が家に伝わっている「七草雑煮餅」である。

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実は正月は、この七草雑煮餅まではごはんにものを上げて食べることは禁じられていた。例えば、カレーライスもだめ、かつ丼などもだめ、唯一よかったのは納豆だけだった。その風習もやめてもう随分になる。ただ、地域は違っていたのだが、妻の実家でもそうであった。だが、2日に実家に挨拶に行くと、義祖母は「婿が来たのだから、カレーたべさせてやれ!」そう言って昼食にはカレーが出された。

俺がカレーライス好きなことを知っていたのだ・・・その義祖母、つまりは妻の祖母が亡くなって、もう随分になる。

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天気が良いので鳥海山もとても美しい。こんな天気にいると、今、世界が緊迫しているなどとは想像すら出来ない。ニュースはそのことを何度も言っているし、その声からするとやはりそうなんだろう・・・それで株が上がったとか、下がったとか、それもニュースで報じられている。俺にはそのようなものも持ち合わせていないから・・・よそ事のようにさえ思ってしまう。

衝突などせずに、冷静な行動をと願いたいものだ。「子」の年はこれまでも、変化の多い年だったとは某国の総理が言っていた。その某国も新たな疑惑・汚職で予定されていて国会がどうなっていくのか。このままでは国民が納得できないだろうな、そう思う・・・・某国のことである。

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昨日は仕事始め。天気によって休んだり仕事をしている、自由人の俺には仕事始めも終わりもない。ただ、それまでは充電して待機している俺だ。そうそう秋田県知事は恒例によって、今年の一字を書いた。今年は躍進の「躍」だ。東京五輪・パラリンピックでの県勢の活躍を期待し、県政も”いいぞ”という成果があればいい、それを願っての「躍」だとか。

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俺などは口が悪いので、躍進よりも「役進」してはどうかと思う。県民に立つような、県民に寄りそうような仕事を進めてほしいと思うからだ。正直な知事ではあると思うのだが、あの大雨で被害が予想されるなかで県外に行き、ゴルフと飲酒で帰県出来なかったこと以来、県民からの指示が低調になっているからで、「役進」を願いたいのである。

 

 

 

 

 

 

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俺の失敗作

応接の飾り棚に飾っている湯飲み2個・・・

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備前焼のような色合いでお気に入りのものだ。何を隠そうか、俺の作品である。もう作って10年にはなるだろうか。まだ一度も使ったことがない。湯飲みとは言いながらも、実はこれでビールを呑もうと作ったものだ。今、NHKの朝ドラでは焼き物に生きた女性の物語のようだが、俺の腕もまんざらではない、そう思っている???

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な~んて言ってみたかった・・・実は、俺がリタイアしたとき、集落で仲間を誘って「百生き倶楽部」を立ち上げた。そして、月々活動していた。時には”餅花飾り”をやり、”どぶろくと鱈鍋会”をやり、”神社の参道の清掃奉仕”を行い、”かなかぶ栽培”をし、”かかし祭り”を行った。何のことは、終わってから酒を呑みたくてやったようなものだったかも・・・🍶

そんなある時、自分たち一人ひとりのお猪口を作ろうと提案した。「マイお猪口」という事で。まちで趣味の焼き物をしている方を知っていたので、彼に指導をお願いしたら、喜んで協力・指導をしてくれるという。そこで挑戦となったのだが・・・当日、集まった仲間は3人ほどで、俺を含めて4人で焼き物に挑戦したのだった。初めて回すロクロ、子どもの頃の粘度遊びを思い出しながら作った😃

ところが湯飲みどころではなかった。簡単に作れると思ったのが浅はかだった。ロクロを回していると、すいすいといくつもりだったが、思いが手先には伝わらない。回しているうちに、湯飲みがどんどん広がっていくではないか。仕方ない、湯飲みは諦めてそれを灰皿にすることにした。それに指導者は笑いながら首をつけてくれて、鳥型の灰皿に・・・

その失敗作はサンルームに現在もある・・・

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・・・という訳で俺の焼き物第1号は湯飲み⇒灰皿に変身したのだ。これもまあ・・失敗は成功の元!?

こんな他愛無い俺の焼き物の腕・・・なので最初に紹介した俺の備前焼風の湯飲みは、俺がちょっと触れただけで、なんのことはない、ほとんどが指導者の作品なのです😖

新年、早々のお粗末なウソ話をご容赦下さい_(._.)_

 

きょうは暦では「小寒」のようだ。朝方は冷え込んだものの、雪はなかった。明日も寒い朝になるらしい。まだ、一度も使ったことのない、あの湯飲みであしたはお茶にしようかナ~☕

 

 

 

 

 

 

 

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ボケっとした5日目

東京に初雪があったらしい。雪と言っても積もったりはしないだろうが、やはり雪が降ったりすれば寒さは違うだろうな、そう思う・・・

雪国の秋田・・・きょうも時折雪が降ったり、また日が差したり・・・ころころと天気の変わる一日だった。まだ積雪はない。天気情報だと、札幌でも積雪は数センチだとか。積雪がなく、困っている所も多いようだ。秋田県ではこれから小正月行事が軒並みに行われる予定だ。「カマクラ」も「犬っこ祭り」も雪がないと出来ないから、地元ではこの空を見上げているだろう~

でも寒さはこれからが本番だから・・・

我が家の庭のキングサリが葉を出している。本来ならば芽が残って葉は落ちるはずなのだが・・・

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早すぎた出葉だ。季節の変化は植物たちも狂わせるか!

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きょうは村の”厄祓い”(春祈祷)だった。神社に集まって神官から祈祷を頂き、御幣を頂くのである。だが、ちょっとした理由があって我が家では参加しなかった。家族で厄年の人もいないこともある。一昨年までは、俺が村の神社の氏子総代だったから、この厄祓いの準備に追われたことだったのだが、その役回りも終わったこともあって・・・

午前中は居間の環境をリニューアルしようと、孫の七・五・三の写真を移動したり、修三の版画絵を掛け替えたり・・・これまで5人の七・五・三の写真だったのだが、年末に息子が昨秋行ったナナッペの七・五・三の写真を持ってきたこともあって、移動したりしたのだ。午後からは昨日に続いて放映された映画「3丁目の夕日」を観た・・・

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きょうはその映画が立て続けて放映されたので、午後いっぱいそれを観た。こんなにテレビを観るなんて、これまであっただろうか。それでもこの映画を観たかった。映画館でも観ているし、以前のテレビ放映でも観たことがある。だから、内容も大方分かってはいるものの・・・きょうも観た。観て何度もなんども泣いた。

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考えてみるとこんなに泣いた映画ってあっただろうか、ふと思う。普通は映画一本では、泣ける場面は1~2か所だろう、しかし、この映画は何度もなんども泣かせる( ノД`)シクシク…自分でもおかしい位に涙が出て止まらない・・・

きょうは消防の出初め式もあったはずだ。2年ほど前までは仕事の関係で例年案内を頂き俺も出ていたし、消防の現役のときは勿論出ていた。凡そ30年近い現役であったから、今では懐かしく思う。この時季になると本当に寒いものだった。ことしのきょうはかつてのことを思うと、寒いとは言えないだろうナ~

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玄関の靴棚の上に飾っている色紙。長女が高校生の時に書いたもの。石ばしる・・・

それにしてもボケっとしたきょうの俺・・・まあいいか(*`艸´)ウシシシまだ正月だし、明日もまた休みだし・・・七草まではゆっくりしようか・・・

 

 

 

 

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哀しい”おなら”等・・・巨樹百景より

子どもたち・孫たちが帰って静かになった我が家🏠否、元に戻った我が家なのである🏠朝食後、居間を掃除しソファーも戻し、食卓も縮小し2人用に戻した。昨日までがあんなに賑やかな声が聞こえていたのに、静けさにやや戸惑いながら妻と二人だけの朝食を摂った。

頂いた年賀状を整理。親戚・同級生・元の職場の関係・短歌の仲間・それに他の友人、知人等と区分して・・・中には差出人の名がない年賀状もある。年末の慌ただしい中での作成だけに、俺の投函したものだってどうであったのか、ふいに自信がなくなって来た。約200枚が今年の年賀状だ。以前から比べると100枚は少ない。それだけ交際範囲が狭くなってきたと言えるのかも知れない🐭

居間が静かなのは、子どもたち・孫たちが帰ったことばかりではない。テレビのチャンネルが”NHK”に戻った事もある。昨日までは番組もほぼ民放であり、わいわいがやがやのもので、俺はついてもいけないので小さな孫の相手が主だった。それがきょうは朝から”NHK”だ・・・

年賀状を整理した後、元旦に録画していたものがあったので、それを観ることにした。ところが、その時間にその番組の再放送もされていた。NHKBSの「巨樹百景~神様の木に会う」という番組だった。実は昨年の11月5日、わがまちの”獅子ヶ鼻湿原”を散策し、”あがりこ大王”に向かっていた木道で知人のAさんに会った。その彼が今NHKの取材に協力を頼まれ撮影を終わって来たといい、その帰り道だったのだ。

聞くと今回の撮影は元旦に放映されるようだと俺に話してくれたので、この日を待っていたのだ。が、元旦も我が家のテレビは民間放送だ。他の部屋にもテレビはあるのだが、録画しておきたいと言う思いもあったのだ。

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タイトルのように、番組では全国の巨樹、神木等と地域の人々との関りを映像とナレーションで紹介するものだった。ナレーションはあの美輪明宏さんだった。いくつかのそれが紹介されてから、山形県東根市の大ケヤキ。樹齢がなんと1500年という。このケヤキの傍に家のある〇〇さん、この紅葉の時季に横浜から帰って来たのだとか。

お父さんが亡くなったのはこのような時季であり、5年ぶりに帰省したようだ。〇〇さんの語りには、誰にも言えない悩み事もこのケヤキの前で、話しかけては納得したりして来たのだとか。ある日、父の余命が二ヶ月と告げられたときは、助けてほしいと願ったと言う。だが、それは叶わず恨んだこともあったようだ。

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また、〇〇さんは記念写真を撮るときはいつもこの大ケヤキを背景にしていたとか。その中で皆それぞれが笑顔で写っているものが1枚ある。なるほどそうだ。それには理由があった・・・

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〇〇さんの成人式でもあったのだろうか?カメラを構えたのはお父さんだったらしく、皆を笑顔にさせてやろうとの魂胆があったのだろう。カメラを構えて、一発オナラを発したとか(* ´艸`)クスクスそれで皆が笑顔になった時に、シャッターが切られた一枚だった。そのお父さんは、64歳で他界されたとか。〇〇さんにしたら、写真で笑っていても、写真を見るとき写真に入っていないお父さんを思いだすと言う。

可笑しいエピソードでありながら、つい涙が出てしまった😢その大ケヤキの前で、〇〇さんは改めて合掌をしていた・・・

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その後に紹介されたのが、わがまちの”あがりこ大王”だった・・・俺には見慣れた森であり、あがりこであるが、さすがプロの手で撮ったものは凄い。アップの仕方、撮り方になるほどの納得だ。

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上の写真は遠方に鳥海山を望む獅子ヶ鼻湿原の全容と、下はあがりこ大王に続く木道。

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あがりこ大王に行く途上に立つのは「妖精の燭台」この幹の枝垂れぶりが見事!

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そして、最後は森の大王である、”あがりこ大王”だ。樹齢としては、いささか若いのであるが、この”コブ”が凄いのだ。

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人間が生活の為に枝を切り下ろす、するとそこにコブができてまた芽吹く。コブは言わば瘡蓋であり、身を守ろうと言う木の性なのだ。それをきょうの案内人は言っていた。辛抱強い秋田の人間そのままだ・・・と。

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全国各地に存在する巨木・神木は地域のシンボルにもなっているし、崇められている。・・・やはりこのような木に出会うと手を合わせたくなる。

    ~写真はNHKBSの”巨樹百景”より

 

ps:きょうの再放映がわかっていれば、事前に紹介したかったのですが・・・

 

 

 

 

 

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みんな帰って行きました・・・

小さな子どもたち、また女の子が多いと賑やかさは格別だ。茶の間でダンスをしている孫たち・・・

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ゲームに集まっている孫たち・・・

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10時半ころには、御獅子様の恒例の巡行があり、我が家にもやって来た。太鼓の音と笛の音とともに・・・「お頭おいで・・・」と。今ではそれでも家は高気密になっているので、来られても気がつかない。よってチャイムも鳴らす。来たよ!って子どもたち孫たちが玄関に向かう。獅子頭に頭をお祓いしてもらう。頭がよくなるように・・・勉強が出来るように・・・と。

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孫のひいちゃんは堂々とそれをやってもらった。春から1年生になることから堂々と・・・。だが、ななっぺは息子にしがみついて大声をあげて泣く(´;ω;`)ウゥゥそれを見て周りの大人たちは笑っている。お初穂は千円と決まっている。場合によっては、家に上がってもらって獅子舞をしてもらうこともあるのだが、最近はそのような家はなかなかないらしい。俺の祖父や父もこうして歩いた。その祖父も父も獅子舞の名手とまで言われたものだった。

昼食は早めに食べて長女と孫二人を見送りに行った。年末に来たコースを今度は逆にして、羽越本線から陸羽西線、そして山形新幹線に乗って帰るのだ。きょうも雪もなく、天気もまあまあだったので結城には午後8時頃に無事に到着したと電話があった。

見送りはとても辛いものだ。ただここ2~3年は息子とその家族もいっしょに見送ってくれるので、気を紛らわすことが出来る。それまでは妻と二人で見送っていたから・・・込み上げて来るものがあって、目線を下におろせなかった😢見送られる娘と孫も電車が動きとしばらくの間、泣いて泣きじゃくったと言う・・・娘も孫も、それに俺も涙腺がとても弱いのだ😢

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この正月はいつになく長いものだった。そして賑やかでもあった。我が家の食費もぐ~んとアップ、生活費もまたアップ。それにお年玉やら成人祝い金、入学祝い金、それに結城からきた娘には電車代も上げた。さらに県内に住み車で来た息子や次女には米・野菜・その食品も買ってやって、妻は財布のやりくりも大変だっただろう。加えて三度さんどの食事とその苦労が分かる。

だが・・・親の喜びとはこうしたことなんだろう。実家に帰省してくれるのは、子どもたちの親への心配りだと思う。良い子どもたちをもった、孫の顔も見せてくれるし、しみじみとこれが幸せなんだと実感する。しかし、俺たちも老いて来た。この幸福ももう何年続くことになるのか、年齢を思うとつい・・・

息子家族は午後8時過ぎに帰って行った。次女家族は午後9時に帰って行った。先ほどまで賑やかだった居間には、もう笑い声がない、静かな居間になった。昨夜までは深夜まで明りが点いていたが、今夜は間もなく消灯ということになる。

今度、またみんなで会えるのは盆だろうナ~

 

 

 

 

 

 

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12人暮らしも・・・

正月2日・・・

年始には換えている干支の色紙をきょう換えた・・・元旦は色んなことでわいわいだったので、きょう交換したのだ。これを始めて今年で4年目・・・今年は勿論「子」である。「亥」の色紙の裏には、昨年の大きなニュースや我が家の特筆事項を書いて色紙入れに収めた。俺の年齢からすれば、次の「亥」や「子」を飾ることなどできないかも知れないが、また飾れるように気を引き締めて生きたいものだ・・・

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正月2日の朝は・・・

この日我が家の食卓には、普段食べないものがひとつが入る。それはいつものお汁ではなく、「納豆汁」である。

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妻は納豆をすり潰して鍋に入れた。汁には豆腐や塩蔵きのこが入っている。納豆の苦手な人は食べれないということになる。我が家の既に亡きおばあちゃんもそうだった。だが、作るのは上手だったと記憶している。実は俺も若い頃には苦手であった。が、いつの間にか、食べられるようになった・・・

納豆が入ると体が温まるとか、それで厳寒期の正月に食べたようだ。だが、こんな風習も我が家くらいのものかも知れない。

きょうも比較的穏やかな天気、時折太陽ものぞかせる。夜になったら月も出ている。

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さて・・・

年末から12人家族として過ごして来たのだが、それも今夜が最後である。明日にはそれぞれ帰っていく。この後は、おそらく盆まで揃うことはないだろう・・・家族が多いと食も洗濯物も凄い。夏場と違って外には干せないから、脱衣室兼洗面所にある物干し乾燥機もフル稼働、他にも居間の暖房器具のまわりにもいっぱい。それでも場所がもうないので、コインランドリーにも行ったようだ。

 

それに食事。昼食はおにぎり🍙だった。筋子入り、タラコ入り、塩むすび・・・3歳から俺までの12人の量はすごいもの。加えて俺を筆頭に大食家揃いだし、食べ盛りの孫もいるから娘たちからも手伝ってもらっても、妻の仕事は大変だ。

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だが・・・

明日にはいっきょに二人暮らしに戻ることになる・・・

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新年おめでとうございます。

新年おめでとうございます。
今年も昨年同様に、「でんでん大将のひとり言」に訪問頂ければ嬉しく思います。記事は相変わらずの駄文になるでしょうが、合わせてコメントも頂ければさらに嬉しく思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

記事はきょうで3,700です。

        謹 賀 新 年

さて令和2年の夜が明けた。予報では大晦日・元旦は大荒れだったのでどうなるのかと心配したが、静かに令和2年は開けた・・・🎍ただし、うっすらと雪。でもそれは新しい年を清めるような雪であった。葉ボタンもご覧のようにきれいに・・・

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大晦日は子や孫たちは居間のテレビでわんわやんやと過ごし、俺は久しぶりに別の部屋で「行く年来る年」を少し観てから就寝した。この所、子や孫に付き合っていたので少々寝不足気味だったのか、元旦の今朝は目覚めたら午前7時。本来ならば、元旦の雑煮の餅焼きは戸主の仕事であった。ところが俺の代になってからは、妻から手助けをしてもらっていた。それが今朝はすべてが妻の手で・・・🙇。

せめて元旦の朝は妻の手を休めると言う我が家の風習だったのだが・・・また、元旦はかつては”口祝い”と称して、雑煮の前に豆・干し柿などでお茶を飲んだのだったが、その風習はなくしていた。ただ、餅焼きだけは続けていたのだったが⤵

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神様に手を合わせてから雑煮を食べた。これも昨年までは茶の間で食べていたのだが、人数が多いのできょうは居間で、先ずは俺ひとりで食べた。雑煮+漬物+納豆のシンプルなものだ。

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俺がひとり先に食べたのは、9時から村で「一礼式」があるからだ。ここでは代表の挨拶があり、それぞれで年頭の挨拶を行う。そして、乾杯だ。俺もかつて代表を4年務めたが、結構気をつかったものだ。だが、きょうは2分で挨拶も終わった・・・

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一礼式から帰って、孫たちにお年玉。この時ばかりは孫たちも俺にも笑顔を見せる。生活も何とかなっているから、お年玉は弾んで、俺の財布はスッカラカン😃この年になれば、大きな買い物もそんなにないし、孫たちに喜んでもらった方がいい。

それから産土の神社に全員で初詣。折しも湿った雪に見舞われてしまったものの、この一年の健康と多幸を祈った。ちなみにこの神社の神官は俺の同級生だ。お神酒を頂きながら、今年は干支のスタートだ。次の子年まで生きていられるか、初詣で神社に来られるか・・・等々寂しい話に笑いあった・・・😃

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おみくじは”大”だったのか、或いは”小”だったのか・・・神木に結んだ。・・・と、新年の初日を終えた。

皆さんにとっても良い一年でありますように・・・_(._.)_

 

 

 

 

 

 

 

 

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