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思い出の教室のオープン

俺の母校である「小出小学校」が廃校になって4年・・・何ら利活用の方向も示されることなく4年が経過した。この間、俺は地域の方と共に行政に利活用のプランを示しながら、早く方向性を示せと具申して来た。地域から小学校が消えることほど、寂しいことはない。子どもたちの声が聞こえないことゆえ、地域も当然寂れていく・・・それが、市長の交代とともに利活用が動き出し、4月から公募の結果、福祉施設が入ることになった。

その福祉施設の社長も同校の卒業生であり、福祉施設の一角に残っている小学校の歴史・資料を展示して、そこから地域の活性化につなげて行こうとの考えが示され、その内容等の協議をする代表に俺が指名された。それから細かな協議を何度か重ねて準備をし、きょう「思い出の教室」として地域に公開した。地域では市からの助成金を活用した「小出秋祭り」を行う事とし、いっしょになっての本日の開催とした。

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こちらの方は地域振興協議会を主催者としながらも、俺の提案から交渉まで行って”わらび座”公演とした。従って、俺はそちらの方でも役員となり初夏から今日まで、結構大変な日々であった・・・

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俺たちが利活用を進めるために、元の教室三つが預けられた。

俺はその各々の教室に「梅」「桜」「欅」と名付け、「梅」には歴代校長先生の写真を掲げ、故郷の偉人である「元検事総長 佐藤藤佐先生」、また「国際ジャーナリスト 池田林儀先生」のコーナー、更には140余年の校舎の変遷など、そうした資料を中心にした。

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「桜」には閉校した時の写真や子どもたちの絵、文集を並べ、特集として小出小学校に勤務された”今野銀一郎先生”を取り上げて展示した。また、木造校舎だったときの模型や地域の日本画家の描いた木造校舎の絵も展示。

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「欅」は今後地域での活用や先輩や同窓生との交流をつなぐ場所として考えた。また、ここではコーヒーを飲める場所としても考え、展示したのは地域の素晴らしい風景写真だ。こういった小出地域の良さを語り合うサロンとしての場所と考えた。

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学校が消えたから寂しい、それを懐かしむために今回の「思い出の教室」をオープンした。だが、この教室の真の意図したところは、ただ懐かしむことのみでなく、そこから地域をどう元気にしたらいいのか、するべきか、それを地域のみんなで考えたい、それでオープンしたのだ。だから、地域住民から気軽に立ち寄って頂き、意見を交換したい、その役割も担わせた。

思い出の教室は、思い出を積みながら出発する貨車のようなものである。その新たな出発、新しい始発の日がきょうでもある・・・

 

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コメント

そうですね、過去があって現在になり未来へと繋ぐことが求められますね。
この場所をキッカケに、これからの地域を語らう場になればいいですね。

投稿: 京じじ | 2019年11月11日 (月) 08時32分

とても素晴らしい校舎の活用をされていますね。私たちの市も小学校が統合され廃校になった学校が多くできました。市は企業誘致をうたっていますが、実際に企業がやってきたところもあれば、そのままの所もあります。でんでん大将さんの所のように地域活性のために地域に返して活用されたら本当に望ましいと思います。農業が廃れるということは世の中がおかしいことだと思います。農業は人間が生きていくのに絶対必要なものなのですから何らかの意図や工作がない限り廃れるはずはないのです。どうかいい米を育てる拠点としての学校になるように祈っています。

投稿: はるか | 2019年11月11日 (月) 22時52分

京じじ 様

コメントを有難うございます。
そのようになればと願っています。

投稿: でんでん大将 | 2019年11月11日 (月) 23時20分

はるか 様

コメントを有難うございます。
一時、廃校舎は解体の案もありました。しかしながら、数年前には耐震化工事も済んでいる校舎です。色々と提案したりして今日に至りましたが、この先ははたしてどうなるのか、仕掛けしたりして存続させていきたいと考えています。

投稿: でんでん大将 | 2019年11月11日 (月) 23時24分

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