« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »

2019年2月

春の準備

きょうで2月も終わり、明日から3月・・・高校では卒業式が始まる。寒いさむいと言っているうちに、春は急接近している。

すっかり雪はないわがまち。例年よりも春は早く進んでいるような気がする。しかし、雪国秋田と言えでも、海岸部と山間部はまったく違う。きょうもニュースで、湯沢あたりでは除雪が大変だった、40回以上雪寄せや屋根の雪下ろししたと言っていて、それでも家の周辺にはいっぱい雪が残っていた。

それに比べればわがまちは有難い。雪がないと春への準備にも余裕がある。まだ雪の多い地域では、このあと一挙に春になるから農作業も実は大変だ。

002_3 

003_2 

2月・3月は鉢替えの時季だ。樹木の芽がまだ動かないこの時季が適期である。庭の木々は剪定で良いのだが、鉢植えとなると2~3年に一度、小さい鉢だと1年ごとに植え替えをすることもある。

001_2 

きょうは痛い頭を抱えながらも、大きな鉢物の植え替えを行った。

写真はその鉢置き台だが、先日の天気の良い日に塗料を塗った。この台に3月になれば鉢物を上げる。立派なものではない。俺の手作りの鉢置きなのだ。鉢物だって高価なものもないから、これ位が似合うだろう・・・

004 

あらかじめホームセンターから、赤玉土の大中小、腐葉土、桐生砂など買っていたので、農舎の前で、鉢替えだった。ラジオを聞きながらの作業は楽しいものだ。好きなことをやっていれば、頭の痛みも忘れる

それでも食欲はなく、正午になってようやく食も喉を通った

005 

ラジオからは国会中継だ。きょうも不正な統計に関しての論議のようだ。何とも馬鹿げた話しかと思う。中枢からの意向はないと言うものの、公務員たるもの数字を勝手に変えることはない、昨夕、先生も言った。先生は元は県の公務員をされたのだ。

・・・と言う事は、実績を作り出したかったとしか思えない。一般人は、数字を見せられればそれが本当だと信じ込む。俺もそうであり、数字には二言?がないのだから・・・長期の政権になればこうなるんだろうナ・・・俺もひとりごちた。

006 

家の中もすこしづつ春色になっている・・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)

ああ・・・年甲斐もなく

朝から頭が痛い熱があるわけでもないが、食欲もないさりとて病院にいくようなものでもない。これじゃぁ・・・チコちゃんに叱られる。妻にはとっくに叱られた・・・年甲斐もないと。そうなのだ。二日酔いなのだ

001 

実は昨夕に先生から誘いを受けた。廃校になった学校を改修して、障害施設として4月からこの学校を利用する為に、俺に来てくれ!来て学校を廻って様々な備品を確認してくれ、そう言う話だった。

ところが・・・校内を見回ったあと、その先生が「いっぱいやらないか」とのこと。以前は先生とは結構やっていたのだが、昨年はやってもなかったし、断りきれなかった?ところもあった。先生は孤独になっていることも承知していたから・・・

そこでまちに出てをやることにした。先生は俺よりもほぼ一回りの年齢差がある。だが、は結構いける口だ。それに、その酒の傍に水を置き、時々それを呑んでいる。そうなのだ、悪酔いしないように水も時々飲んでいるのだ。

002_2 

俺等は正直者ゆえ、杯に注がれればそのまま呑むし、卑しいから重ねて呑む。水を飲むなど眼中にないし、せっかくの酒に水を入れる等は、やったことがない。そのあと、これからカラオケに行くぞ!とか・・・

先生をひとりでやらせるわけにもいかず、俺もふたたび同席した。先生の持ち歌?は、「公園の手品師」、それに「真夜中のギター」だ。俺にも歌えと言う。音痴を承知の上に、命令するのだから、俺もその気になって歌ったm9(^Д^)プギャー

俺には持ち歌もないし、だったらと「・・・?」を歌った。するともうひとつやれと、また命令を出された?。俺もその言葉に調子にのって「・・・」。帰りは代行に乗って帰る。

003 

・・・という昨夜のことだったから、帰宅後の俺には・・・バッタン・キュウ、そして風呂から上がると天井がと言うことで、以降は想像される通りである

と言う事で何とも情けない今朝でした。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

風車の事、ふたたび・・・

目の前の巾山に朝日が上る・・・今朝も穏かな1日の始まりだ。ところが、その朝日を阻止するような風車。わがまちは、今のような再生可能エネルギーが叫ばれる以前から、ここに風車が立てられていた。凡そ30基、その景観は新しい景観ともてはやされたものだった・・・

004 

当然、物珍しさもあって短歌の歌材にもなって、短歌に詠む人が多かった。また、鳥海山を背景にした夕日を浴びる風車の写真では、写真部門で特選もなったり、様々な形で関心をひいた。

まちのキャッチコピーは「風のみえるまち」であった。しかしながら、東日本大震災以降、どんどんと風車が建設され、市では設置に関するガイドラインを作成した。だが、知らずしらずのうちに、本市にも多くの風車が立ってきた・・・

008 

やはり鳥海山を撮るのは、周辺も自然なままがいい、そんな声も出始めた。市にあっては固定資産税が入るし、土地の所有者にあっては、ほとんど使われていない場所から賃貸料が発生する事から、建設に反対するものはほとんどいない。

006 

建設にあっては、雇用が生まれる等というが、一時的に生まれることはあっても、それ以降の雇用はほとんどない。それ以上に、景観を損ね、渡り鳥の飛来や鳥類にも繁殖にも少なからず影響が出る。第一、人体への影響も大きな懸念材料だ。

わがまちを始め、近隣の3市1町では、「鳥海山・飛島ジオパーク」が認定を受け、それを基に観光で売り出そうという考えが出ている。それなのに、風車の林立では鳥海山の景観も違和感がでるだろう。建設にあっては、住民からのパブリックコメントを募ったりはするものの、出すのは限られた人のみだ・・・

先日の洋上風力に関しては、今度、建設を促進しようと期成同盟が立ち上がったと報道された。そうなれば、建設の反対者は少数になるのではないかと懸念される。破壊した自然は簡単に取り返せないことと同様に、一度、建設されてしまうと基には戻らない。

今が良ければ、今でなければという発想ではなく、後世に継承してもらう風景として、今一度考えなければならないのではと俺は思う。

鳥海山の雪解けは進んでいるんだろう・・・

我が家の近くの白雪川には、春の光りに眩しいほどの水が流れている。

001 

002 

あまりにも天気が良いから、クロスロードのタイヤ交換をした。まだまだ油断はならないだろうが、降ったら軽トラがある・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

いっぱいの”春の味”

気温が上がったわがまちではほぼ13度。4月上旬並みにアップした秋田県内では、春が一番先に来るわがまち。もうすっかり雪もなく、白鳥たちはすべて北に発ったようで、田んぼにはその姿がない・・・

005 

だが、例年以上に早く進んでいる(春)ような気がする・・・こんな年の夏はどうなるのか、寒くあらねばならない時季がこんなに暖かだと、その反動が心配されるのだ。それが杞憂であればと思うのだが、今夕の発表された長期予報だと・・・

夏は短い、雨が多いとの予報だ。つまりは暑い日は多くない、雨が多いということは日照が不足するとの裏返しである。それにもう台風2号が発生し、強いものらしい。まだ日本への接近はないとは思うものの、なぜか今後の気象を象徴しているようで不気味である。

こんなに急速に進んでいる天候ゆえに、まだ降雪前に設置した暴風柵の撤去は行われていない。その先の鳥海山には、いつもより雪が少ない。

007 

土手にはフキノトウが顔を見せている。俺はいつも取っている場所に向った。そこにもやはりフキノトウが出始めていた。このままでは、一気に花も開いてしまうだろう・・・俺は蕾のフキノトウを摘んだ・・・

001_2

このフキノトウ・・・秋田では「バンケ」と呼んでおり、そのバンケを小さな籠に半分ほど摘んだのだ。実は、まだ開いていないバンケにはポニフェノールがいっぱい含有されているらしい。この事は昨年も書いた記憶があるが、秋田県ではそれが立証されている。

このバンケ・・・苦味が強いのであるが、早春の味として飲めば”脳卒中”にならないと言うことを聞いた。それで例年、いの一番にこれを取りに行くのだ。勿論、このままでは苦くて、いくら効用があるとは言え、飲むのは無理な話だ。

そこで我が家では、フキノトウに牛乳やヨーグルト、蜂蜜などを入れてミキサーで混合している。それでも違和感なく飲めるものでもないが、混合の割合によっては抵抗なく飲める。まして病気の予防になることを思えば我慢もできる。

009

飲むと本当に体の隅々まできれいになるような感じだ。俺はこれを飲んでもう何年になるだろう。今ではほとんど抵抗もなく飲めるし、このいっぱいで1年を健康で過ごせるならば、苦味等問題外である・・・

夕食には、バンケを天ぷらにしてもらった。これもまたいい!如何にも春の味である。今後は味噌にもしてもらうのだが、いづれ清浄な山の幸と言えるだろう。それに、今の時期ならば、あの長い奴とも出合わないし・・・(・∀・)イイ!

014 

何だか今年の春は徐々にと言うよりも、急速にやってきたような感じだ。この半ばには史上もっとも強烈な寒波にないたのだったが、終わったらもうこの暖かさだ。光りの春を一息に飛び越えたような気温のわがまちである。

011

四季さくらが花を見せてくれている我が家の庭である・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

すべては第一歩から

一ヶ月前の俺は千葉県香取市佐原にいた。いつの日かそこにいたい、そのまちに立ちたい・・・そう願っていたのだが、その日俺はとうとうそこに立った・・・平成31年1月23日のことである。

001 

千葉県香取市佐原である・・・

005 

そこは俺の尊敬する歴史上の人物・伊能忠敬が、その地で商人として財を成したまちであり、隠居後50歳で江戸に出て天文学と測量術を学び、足かけ17年で北海道から屋久島までを歩いて測量に出た一歩がこのまちなのだ。

009 

010 

008 

人生の中で、一番多くの時間を占めるひとつが「仕事」だ。だが、仕事はいつの日か、大方は”定年”を迎える。そして余生という時間が始まるのであるが、現代は仕事の時間とほぼ同様の時間がリタイア後に控えている。それだけに、定年後をどう生きたら良いのか、どう生きるべきなのか・・・大きな課題だ。

われわれ市井の人間が、仕事で名を残すものは多くはない。勿論、名を残したくて仕事をしているわけでもないし、余生で名を残す事などもほとんどない。だが・・・伊能忠敬という人物は、言わば余生で名を残した人物のひとりなのだと思う。しかし、とてつもないほどの余生?であった・・・

ただ・・・伊能忠敬の凄いところは、家業を大きく飛躍させてそこから、大きな仕事をこなしたわけだから、違いはそこにあるのだ。

俺の毎月購読している雑誌「サライ」の12月号には、没後200年特集記事が組まれていた。その記事を参考にして、今夜は以下、記させて頂く。

Photo 忠敬は1745年、小関家の第3子として誕生した。17歳のときに、当主の亡くなったばかりの伊能家の未亡人のところに婿になったと言う。

その伊能家は、小江戸と称されていた佐原で酒造業をやっていて、忠敬は伊能家を建て直したというよりも、穀物の取引や貸金業などの新しい事業を手がけ、隠居するまでの30年間で、収入を10倍近く増やしたというのが事実のようだ。

そして、49歳で家督を譲り、学問の道に進んだ。それは何故か?それは、伊能家の先祖に倣ったのではないかとの説である。

先祖のひとりには、賀茂真淵に学んだという人がいて、また、妻の祖父には佐原の古記録集めた人もいたという。忠敬は、それなら自分は”理系”を学ぼうとしたのではないかという説だ。

では何故に天文学を・・・

実はこの頃、地球の大きさが大いに問題になっていたのだとか。それを聞いて、それならば俺が測ってやろう・・・そう思い立ったのではないか・・・言わば興味?関心?か・・・

天文学を学ぶ為に、忠敬は師についた。その師は忠敬よりも19歳の年下だった。それでを、学びに集中できたのは、勉強したいただそれだけの一念があったればこそのものだったのだろう・・・

忠敬が測量に出たのが55歳。先ずは内弟子3人と従者ふたりを伴って蝦夷に向う。以後、測量は第10次まで続けた。そうした膨大な忠敬の足跡は、佐原にある「伊能忠敬記念館」で見る事が出来た。

尚、館内には、測量時に活用した「測蝕定分儀」「垂揺球儀」等々の国宝の実物も、また、業績や彼の生涯を見る事が出来る。

Photo_2 

伊能忠敬・・・いずれ改めてすごい人物であると再認識した。

勿論、彼のような才能もなければ意欲もない。ただ、自分に言えるのは・・・もう年だからと限定せずに、小さいなことであっても目標を持つ事の大事さ、そしてその為には弁解をせずに向う事の大切さを学んだ・・・

どんな山に登るにも第一歩からだ。その一歩は勇気がなくては踏み出せない。その一歩を何とかして俺も持ちたいものだと思う・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

出発を控えた白鳥たち

朝から天気の良い1日になった。もう雪は降らないような気になってくる。ビニールハウスの鉢物類も乾いている。如雨露で散水した。これからは乾燥期に入る。水分を当ててやらないと、これまで耐えてきた芽が縮んでしまう。

空から鳥の鳴き声?が聞こえた・・・

014 

白鳥だ・・・そろそろシベリアに帰るんだろう。すごい隊列だ、互いに泣き交し合いながらの飛行だ。例によって「V」の字だ。それがあちこちから声がする。ここらあたりに集結してから帰るのか・・・

雪国に住んでいれば、雪解けを嬉しく思い、暖かくなれば春が来たなと喜ぶ。なのに、白鳥は暖かくなると寒い方へと移動していく・・・

015 

また声がすると俺は空を見上げる。カメラをそれに向けるのだが、白鳥も結構早く飛ぶ。スイッチを入れたり、ズームをやっているうちに遠方に行っていて、なかなか思い通りにはシャッターが切れない・・・

だから広角を使って、狙うしかない・・・

017 

こうした白鳥を見ていると、中には一羽だけで飛んでくるのもいる。俺みたいに要領の悪い白鳥か?寝坊でもして団体に乗り遅れたのか。まさかいじめにあってのことでもあるまい。

白鳥の鳴き声は、姿に似合わずの濁声だ。苦しいような声に聞こえる事もある。いずれ、シベリアに向けて発つのはそろそろだろう。

018

019 

くもりガラスの窓に入る春の光り・・・光りの春にさしかかっている秋田である。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

タラをタラふく・・・

妻も俺も不在だったところに、大きなタラが届いていた・・・きっといつものSさんだろうと思って、電話を入れたらやはりそうであった。従兄弟が届けてくれれば、切り身にして届けてくれるから、従兄弟ではないなと思っていた・・・

002 

10kg近い大物だ。体長にしても60cmはあるだろう。見事なタラである。ところが、以前に鮭を頂いたときも書いたと思うが、我が家は老夫婦の2人暮らしだ。捌く包丁だって、切れ味の良い包丁をもっているわけでもないのだ。

高いタラでもあり有難いことは有難いのだが、頂けば調理しなければならない。単なる肉塊ではないのだ。いきおい調理は妻の負担になる。知人ゆえに、そのような事も言えないし、妻から調理してもらう。それに妻は半日かかったようである。

004 

そんなことから今夕は”タラ尽くし”。ザッパ汁にフライに子炒りと・・・それをタラふく食べても有り余る。あとは冷凍にしたという。

010 

食べれば美味しい、今季最後のタラだろう・・・あっという時間で食べ終える。されど・・・調理が・・・

それにしても海のものはおいしい。朝の味噌汁は”トサカのり”だったし、昨夜はまた海草と海の香り、春の香りが嬉しい・・・

001 

009 

こんなに美味しいからつい食べ過ぎもある。それに冬はほとんど運動しない。だから、俺の腹は冬太り?まるで写真のタラの腹だその膨らんだ腹に湿疹がまた・・・またジンマシン?皮膚科に行ったら、何かの虫に刺されたようだとの診断。

腹の臍付近に一箇所、さらには胸に二箇所・・・それをお見せするわけにはいかないが、先生は薬を塗ってくれて、それにガーゼで抑えてくれた。3~4日で治るだろうとのこと。何とも笑えない話である

食べた事に原因があったのではないものの、食べ過ぎタラいけませんナ~m9(^Д^)プギャー

| | コメント (4) | トラックバック (0)

根開きのころ

  今冬の予報は「暖冬」であった。確かに2月半ばの最大寒波を除けば、暖冬と言えるかも知れない。雪国にとって雪との闘いがなければ、どんなにか暮らしが楽な事か・・・もう雪国と言えども海岸部はほとんど雪はない・・・

だが、山間のまちなどは結構雪が多い。昨日だったか、雪の重みで家が崩壊したというニュースもあった。実は、きょう俺は所用があって、大仙市に出掛けた。ここも秋田県内では雪の多いところだ。

017

道路の両端には除雪された雪が高くなっていたし、上のような場所もあった。田んぼの畦などはまったく見えなかった。だから、海岸部と山間部との積雪量は雲泥の差ということになる。しかし、それでも山は、いわゆる「根開き」だ。幹の根元は雪が解けている。

018

用事を果してから、久しぶりに”農業科学館”に入った。この建物は平成3年に開館したもの。先人の業績が展示されていたり、熱帯温室もある。現在は入館料もなく、また、入る方も少ないようだ。

先ず入ったのは熱帯温室。”トロピカルな異空間”とある。入れば洋ラン等がいっぱいで、2月である事を忘れてしまうほど・・・

001

002

003

004

005_2

008

010_2

展示室には懐かしいものが・・・昔の夜店、駄菓子屋・・・さらには

011

012

箱ソリ、コタツ、火鉢・・・

また古い写真もあった。長靴スキー・・・俺の子どものころの姿だ。スキー靴ではなく、長靴をはいて足を金具でとめる。また、昔は除雪ではなく、踏み固めたものだった。その写真もあって、現代との差を思った。

013

015

014

展示室の一角には「吊るしヒナ」

016

山間にも春の足音が聞こえた・・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)

風車はいらない・・・

日本海の秋田沖・・・由利本荘市沖に洋上風力発電が計画されている。それもとてつもなく大規模な計画ゆえに、反対運動も起きている。きょうはその勉強会があるとのことだったので、俺も出かけて、勉強をさせて頂いた。

事業主体は某会社。計画の概要では、1.5~2.4kmの沖合いに70~90基建設という。西目から岩城の洋上30kmにわたり、2列にその数が並ぶ計画らしい。しかも、風車は全高が200m、風車は8,000~9,500kwと言うから、想像を絶するようなものらしい。

普通の風車は全高で120m、2,000kwの発電量なのに、これと比べてどんなにか異様なものか、考えるだけで空恐ろしくなる。このクラスの大型風車の事例はヨーロッパにあるようだ。だが、そう言ったものの場合は、沖合い32~52kmの場所に設置されていると言うから、この計画の1.5~2.4km沖合いとは話にならない。

勉強会では、写真家S氏の見た由利本荘市の沖合いや山の景観が紹介された・・・

001

海鳥たちが豊かな営みを続ける日本海、鳥海山をさせる自然豊かな草木たち、それが今見渡せば3方4方風車が立ち並び、それが今度洋上にも林立すれば、どうなるのか。目いっぱいに並んでいるこのまちには、もう取り返しのつかない景観が損なわれる・・・

既に立ち並んでいる風車、それに着工中の風車、計画されている沖合いの風車・・・

004

何よりも原発にはほとんどの人が、地震・津波に伴った事故を知ったゆえに、それでも推進を唱える人は多くはないだろうと推察される。だから、再生可能エネルギーをとの考えも分かる。しかし、そのエネルギーを活用するために、大規模なしかも環境を無視したような計画は如何なものか。

005

きょうの主催は、”風力発電を考える会”だ。どこからも促された組織でもなく、まったくのボランテイアであり、子どもたちや将来のまちの行く末を考えている市民だ。だから真剣なのだ。

否定されている方もいるものの、健康被害を訴えている人も多い。わがなかほ市でも風車の数が増えていて、騒音で睡眠障害などを訴えている人がいて、新聞に投書もしている。高音は論を待たないが、耳で聞き取れない低周波音、また、小さい音でも連続して発せられればそれまた体調に言い訳がない・・・

006

健康被害が出れば取り返しのつかないことになり、景観にあっても一度損なえば取り返しがつかないことになる。景観は今を生きているものだけのものではない。これから生きていくもの、生まれてくる子ども達にとっても、守ってやらなければならない、貴重な宝なのだ。

007

風車の設置にあっては雇用があると言う。しかし、これまでのことを聞いても、地元に雇用の場が出来たなど聞いた事がない。例えあったにしろ、何十人・何百人などの単位の雇用ではない。

いくら自然再生可能エネルギーとは言っても、また考え直さねばならない時期に来たようだ。そのためにこの会ではさらに市民に呼びかけをして、来月の15日には反対行動を行うとか。

008

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ふたつの月?

今夜は「スーパームン」らしい。NHKニュースでは、中継と共にそれを報じていた・・・一ヶ月前もスーパームーンで、俺はそれを横浜で観たカメラでそれを撮影したのだが、あとでそれを見て驚いたのだった。何と!スーパームーンに機体が写っていたのだ!あれから・・・もう一ヶ月・・・

014 

ところが今夜の秋田は夕刻から小雨だ。今も外に出てみたらやはり小雨・・・残念ながら、今夜はそれを見る事が出来ない・・・

致し方ない。きょうは暦では「雨水」、雪がそろそろ雨に変わる時期であり、その暦に合わせるようにしての小雨我が家の周辺はもうほとんど雪がないのだが、この小雨で雪解けはどんどんと進むだろう・・・

昨日は青空と夕焼けを紹介したのだったが、帰宅して不思議なことに遭遇した。何となんと月がふたつあったのだ。あれ?俺の目が可笑しくなったのか?だがくるくると目を正してもう一度空を見上げると・・・やはり月がふたつ

001 

003 

月がふたつ出るはずは勿論ない。実は家に入って戸を閉めたら、その戸に月が写ったのでしたm9(^Д^)プギャーでも、こんなこと初めてのこと・・・

空に関してだが、朝・・・

食事しながら居間から空を見たら・・・

007 

の雲

こんな雲は初めてだ。それに、10時ころに見た雲もまた、不思議だった・・・

Photo

呑み会があって妻の車の助手席に座っていると???携帯持っていたので、それでパチリと切ったのだった。鳥海山の左にある雲。やや不鮮明だが・・・???

010

そろそろ白鳥が・・・飛び立つ時期になった空でもある。

   <一部の写真はNHKのニュース7より>

| | コメント (2) | トラックバック (0)

春へのはしり

雪国秋田にもきょうは青空が広がった・・・太陽がとっても眩しい。久しぶりだ、このキラキラと輝く空を見るのは・・・本当に気持ちがいい!風はまだ寒いものの気温も8度ほど・・・季節は冬から春への助走か!

006 

007 

以前、いちじくワインの試飲の記事を書いた。その施設では、いちじくをかなりの本数を植えていて、それを加工したのがひとつは「ワイン」だ。きょうそのいちじくの剪定をするという。プロから来てもらっての講習なのだ・・・

004 

008 

果樹のいのちは剪定だ。枝枝が満遍なく日当たるようにしないと、良い果実がとれないし、病虫害が発生し易くなる。それを緩和するのが剪定で、しかも収穫を考えるとコンパクトな樹形にする必要がある。

そのいちじくの根本が開いている。いわゆる”根開き”だ。冬から春に移行しようとしている姿でもある。新芽の出る位置等を考えて、まだ樹液のあまり動かないうちの剪定作業、枝切る音が軽やかだった。

その場所からの戻り道・・・俺の好きな潟に寄った。そこは一昨日は表面に不思議な紋様が出ていて、表面が大方凍っていた。まるでUFOのような模様であった・・・それが下の写真。

003

001 

ところがきょう寄ったら・・・

011

凍結していた表面が開いていた・・・”潟ひらく”とでも言おうか。これまた潟も間違いなく、春へ移行している現象だ。どんどんと広がる水面、水鳥が気持ち良さそうに、水輪を描いている。

夕方には平沢の海に行ってみた。おりしも夕日が沈む寸前だった・・・

014 

実は、俺は海に行く前に、某幼稚園に行った。理事長に面会し、そこの幼稚園の理事を辞任したいと申し出るためだった。年齢的にも重荷になっているし、それを考えると仕事も少しづつ減らしていかねばと思っていた。

今月は決算前の理事会があり、3月に入れば卒園式もある。今の俺だと、これまでのような考え方での職務の続行は出来ない。辞められるものから辞めて、身軽に生きたい思いもある。あと2年あるからと慰留はされたものの、今月末でと申し出たのだ。

016_2 

今夕の夕日はいつになく寂しいものだった・・・ 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

健気にも・・・

きょうもまた寒い・・・一時の程の寒波にはならなかったが、それでも時々雪が落ちてくる。2月ももう半ばを過ぎたのだから、そろそろ寒波を脱出してもいい時期だと思うのだが・・・

でも・・・寒いさむいと言っているのは人間で、動植物は次に来る季節を敏感にキャッチしている。例えば、空を白鳥が飛んでいる。声を聞いて見上げれば、群れとなっては白鳥が飛んでいる。

002

001

そろそろ北に帰る準備に入ったのかも知れない。決してその容姿とは似合わない声、姿とはまったくちぐはぐ感のある声に、ふと天は二分を与えずという言葉を思い出した。

003

006_2

なんて健気な鳥なんだろう・・・かつては人間から餌を与えられていたが、鳥インフルが発生してからは、餌やりも禁じられいる。だから、自分の腹を満たすには、今は自分で餌を探さねばならない。

以前は市でも餌代を計上していた。パンくずを白鳥に与えるための、措置であったのだが、現在はもう予算の計上は行われてはいない。

008

健気と言えば、我が家の庭にあの子どものころに舐めたドロップのような形をした花が開こうとしている。その名も正しく「スノードロップ」雪の間から、首を押し開きかれんな花を見せてくれた。

012

012_2

これからは、気温よりも地温が先ずはする。まして草花は呼吸をするので、どんどんと地温がアップしてゆく。まるで季節を先取りするように・・・我が家の庭の花の第一号として、スノードロップが健気に咲き始める・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

春は”口”から・・・?

どうやら秋田の冬時計は止まったままのようである。きょうも時折の雪、そして寒い。2月の寒波がまだまだ居座っている。ただ、それでもが覗くと、やはり隣りに春もいるような気にもなる。

きょうは辛うじて「+」気温・・・

なかなか簡単には春も来ないようだから、気を緩めてはいられない・・・

3時にはおやつが出た・・・まちのお菓子屋の”桜餅”どうやら秋田の春は「口」から来るようだm9(^Д^)プギャー

004_2 

夕食は刺身・・・

子どもの時分は見るだけでダメだった。それが年をとったら口に余るものはほとんどない。口汚くなっているのかも知れない。否、もう恐れるものも無くなって来たのかも知れない。秋田では「ヘド」と言い、何でも食べることを言う。

005_2 

この刺身???

海が近くでない方は分からないかも??実は写真の左、薄いパンク色の魚肉は”サメ”である。焼いても食べるが、やはり刺身が美味い。少しコチコチ感もあるが、とは良く合う逸品だ。

サメと言うとあの”ジョーズ”を連想する御仁も多いようで、サメを食べると言うと驚くようだ。サメにも様々に種類があるようだ。その名は忘れてしまったが、いずれ俺はとても好きな刺身だ。

一方の右の方のもの・・・俺の子どものころのように、何これ?食べられるのと思うかも知れないが、秋田では大人気の逸材だ。これを食べたいからと、わざわざ遠方から来られる人もおいでだ。

実はタラの白子である。秋田ではこれを「ダダミ」と言っている。パックに入って500円はする。我が家では湯通しして食べた。このダダミ、刺身が一番だが、天ぷらも美味しく、居酒屋に行くとこの時期、白子が食べられる。

やはり秋田の春は”口”からか( ^ω^ )

午前中、俺は久々に公務であった。公務と言ってもボランティア・・・。市民会議主催の”郷土の偉人に学ぶ”その発表会だった。

わがまちの偉人・・・先ずは2人。ひとりは日本で初めて南極探検を行った「白瀬中尉」、また、TDKの創始者であり、科学技術に貢献した「斎藤憲三」だ。この2人について、小学校5年生は白瀬隊長について、また、中学2年生は斎藤憲三について募集していた作品の発表会だった・・・

001 

ふたりの偉人について、子ども達は夢を諦めない事、夢を実現する為には努力する事が大事なこと、等々を発表した。いずれも素晴らしいものだった。

002 

残念だったのは、この発表会に一般の聴衆が少ないことだ。土曜日とあって、他の行事もあったらしいからそれで少ないこともあるだろう。折角の子ども達の真剣な発表を聞くことの出来るチャンスであるのに残念だった。

003

| | コメント (4) | トラックバック (0)

雛人形飾りました・・・

予てから考えていたように、きょう納屋から雛人形を運び、そして座敷に飾った。きょうは「大安」なのである。昨年は、一昨年の夏に母が亡くなったことから、飾りを自粛したのだ。だから、きょうの飾りは2年ぶりということになる。

001

長女が生まれた翌年の1月に確か求めた。当時は、八段飾りが流行っていて、我が家でもそれを求めた。田舎ゆえ飾る場所はあるし、それだったら大き目の方が良いだろう、そんなことで求めたのだった。

八段となると飾り物も多い。格納にしても何に入れたら良いのか、思案したらお茶の箱がいいとなって探した。今はどうかは分からないが、当時はお茶の箱は木箱であった。内部にはアルミ箔が施されていて、これならばネズミとか、虫から人形を守れるだろう・・・

人形・飾り物・・・箱は三つだ。

002

我が家の座敷は寒い。普段はほとんど使用していないので、わけても寒い。温風の暖房機で暖をとりながら、妻は飾った・・・1日がかりで、夕刻には飾り終えた。特段、今の季仕事もないから、存分に楽しみながら飾ったようだ。

ところできょうは・・・

やはり寒い、しかし寒いながらも雪が降ることもなく、曇り空・・・

天気予報を見ると、来週辺りからは秋田県にも「」マークが時々出ている。この寒波、どうやら来週には平年気温に戻りそうだ。このようなきょう、「桜の開花予報」が発表された。それを見ると、秋田での開花の予想は4月17日。ほぼ平年並みと言ったところだろうか。まだ、春告草の梅も咲かないのに、果たしてこの予想は・・・???

004

実は桜の開花が早廻れば、民謡の”本荘追分”にもあるように、梅も桜も共に咲くことになる。その梅の蕾もまったく膨らんでいないのに、今年はどうなるのだろうか・・・

その前にまだ秋田では冬の行事がまだ残っている。全国的に有名な「かまくら」が、きょうから開催された。あしたまでの2日間のイベントで、今夜は初日とあって賑やかであっただろう。

003

家には、その「かまくら」や「箱ソリ」の描かれている色紙を飾っている。

003_2

   <桜の開花予想、かまくらの案内・・・いずれも”NHKニュースこまち”から>

| | コメント (6) | トラックバック (0)

”じぃ”にもわんさかと?・・・

きょうもまた・・・時々の小雪。積雪は些細であるのだが、めっぽう寒い。秋田県内では、ほとんどの地域で”真冬日”。辛うじて「+」になったのはわがまちと隣りのまちのみ。いっこうに寒波が収まらないヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ2月である・・・

だが・・・きょうはバレンタインデー

こころだけは温かく、その温かさに目頭を濡らしてしまった何とも情に弱い大将である。

005 

ネコを飼っている息子。もう10歳になったとか。どうやらネコとしては高齢の部類にはいったようだ。名をネネと言う。その息子家族から頂いたのが、ネコの絵のいっぱいのチョコ。

娘からも一昨日に届いた。子ども達にお金もかかるのだから、「もういいよ!」って言ったけれど、いくら親子と言いながらも頂くと正直うれしいものだ。

004 

ところできょうは妹からも届いた。先月に世話になった埼玉に住んでいる妹からだ。そして、夕食時にはなんと奥方からも俺に・・・チョコ+

007 

006 

ああ・・・いくら○○チョコとは言いながらも、こんなにわんさか頂いてはお返しが大変だナァ( ´艸`)プププ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

”いのち”を最優先に・・・

”春告草”は何か?それは「梅」だと言う。朝のNHK”イマソラ”で報じていた。その梅の早咲き系では、見ごろと言う東京。それが秋田ではまだまだ先の事。きょうの天気もだけだ。気温もわがまちが最高で、かろうじて「+」の0.6℃・・・

007 きょうも時折、太陽が顔を覗かせる。しかし、直ぐに隠れて気温のもない。1月の中旬から2月の始めにかけては穏かで、しかも気温は平年以上に推移、このまま春の到来を思わせたものの、やはりそうは問屋がおろさなかった・・・

この寒波は明日当たりで一先ず収まるようだが、季節はまだまだ一進一退である。

昨夜は・・・ニュースを見ていて、とても可哀想になって涙を落としてしまった。競泳で世界の記録を次々に塗り替えて来た池江選手。若いほんとうに若い18歳の選手が、病魔に侵されているとの報道だった・・・

見るからに健康一色の選手。プールに入れば、水を得た魚のようなスピードで泳いで来た選手。池江選手は白血病と告白し、トップニュースとして扱われた。如何に期待が大きい選手か、その存在が分かると言うものだ。日本人の希望の星なのだ・・・

そんな選手が、病気に負けないで、きっとまた強くなって戻ってくる。その力強いメッセージに、またまた泣いてしまった。彼女の祖母と言う方のこともネットに上がっていた。例え泳げなくなっても、生きててほしい・・・と。

010

そうなのだと思う。一番大事なものは”いのち”なのだ。どんなことと比較しても、命に優るものはないのだ。

本人の告白に涙し、また、それに打ち勝って生きたいという強いメッセージに涙し、さらにはお孫さんをいたわる祖母の切々とした言葉に涙した。

きょうはきょうで、ドナー登録等でいっぱいの人が登録されたり、池江選手に応援のメッセージが集まったり・・・

改めて日本人ってなんという優しい人間が多いのか、今夜のそんなニュースを見てまたまた涙した

ところが・・・

こともあろうに五輪担当大臣のコメントには、憤りの火が吹いてしまった。あの「・・・がっかりした」という発言だ。これには多くの方々が怒りを持っただろう・・・

本県選出の代議士も、このことでは委員会で大臣を質していた。「選手は金メダルを狙うコマなのか?」と。とんでもない大臣の発言に、あなたにこそ「がっかりだ」と言わねばならないだろう。

先ずは、何よりも先に願うのは、治療に専念してほしい、それだけなのだ。池江選手はこれまでも、他の選手と競争し自らとの闘いに邁進してきた。今度は見えないものとの闘いが始まるのだ。一番辛いのは本人だ。大事なことは温かく見守ってやることだと思う。

012俺にも何度か入院し、手術を受けたことがある。手術にあっては、一度や二度のことではない。

指から始まって、両方の肩、股関節、目・・・その都度長期の入院を余儀なくされた・・・

病室では何人かの同病の方を送ったこともあった。夜になればたまらなく淋しくなり、次は・・俺?何度か恐怖に苛まされたことか・・・

その度に自暴自棄になり、看護師をてこずらしたことか・・・ふと、自らの入院した夜を思うといたたまれなくなる。池江選手は病院のベッドで今頃はどうしていることか・・・思うだけでも、また目頭が熱くなる・・・

きょうの秋田魁新報にも大きく報道されている。池江選手の中学時代の指導者が、秋田県の出身らしい。その方のコメントにも「時間がかかったとしても焦らず、とにかく治療だけに専念してほしい」と・・・。

そしてまたいう・・・「あの子の能力、強い精神力があれば、ブランクはすぐに取り返せる」「だからこそ、今は水泳のことは気にせず、自分の命を最優先に考えてほしい・・・」「水泳が本当に大好きな子だ。その思いさえあれば、必ず現場に戻ってくる」・・・と。

そうあってほしい、これまで乗り越えて来た精神力と明るさで、治療に専念してほしい。俺もそう思う。

<天気図はNHK、末尾のコメントは秋田魁新報から。小さな雛は我が家の飾り>

| | コメント (4) | トラックバック (0)

春はまだまだ遠い・・・

ふんわりした雪が降っていた・・・いつものラジオ体操をやってから、外に出て家の周辺の雪寄せだ。寒いために綿のような雪で、スノースコップで歩けるような巾に雪を寄せた・・・

毎日まいにち寒い・・・ただ、日中になれば時々太陽も顔を見せるから、多少はやはり春に接近しているのか居間のこけしは言っている・・・あと少しだぞ、頑張れがんばれ負けるな大将との声が・・・

005

昨日で終わった洋間の断熱サッシへの窓の交換工事。俺は大工さんの終わったあとの清掃をやり、妻は座敷を掃除し、雛人形を飾る準備だ。日が良いからと物置から人形を出し、飾るのを15日と決めた。昨年は母のこともあって飾らなかったから、2年ぶりの飾り。それを「大安」に行う・・・

さて先日は”小正月行事が目白押し”として、秋田に伝承されている一部を紹介した。実はあの他にも様々行われている。今夜はそれをまた、紹介させて頂こう。

大仙市の「大綱引き」は、国指定重要無形民族文化財になっている。今年は住民の他にも観光客も加わった約8千人がこれに参加したようだ。この大綱引きは500年以上の歴史があり、上町と下町に分かれて綱を引く。

Photo

綱引きの結果、上町が勝てば米価が上がり、下町が勝てば豊作になる、こう言われていて農家にとってはどちらでも有難いことだ。ここ大仙市は”秋田こまち”の本場。古来農業が盛んにやられてきた、いかにもその町の行事と言えよう・・・

聞くところに寄れば、40分の攻防で今年は近年にない接戦だったらしい。下町がどうやら逆転して、2年ぶりの勝利だったたか。

綱引きとはまったくのシンプルな行事だ。でも、祭りはシンプルさが基本だと思う。誰もが気軽に参加できる、これこそが祭りだと俺は思う。秋田県の中でも雪の深い大仙、ここで”ジョヤサ ジョウヨサ”と声を掛けあい、大綱を引く・・・<秋田魁新報からの写真>

同じ大仙市では、こんな優雅な行事も行われている。それは「川を渡る梵天」だ。船に積んだ梵天、それを向こう岸の神社に奉納するのだが、梵天が川面に映り、多くのカメラマンがそれを狙う・・・<写真は秋田放送ニュースより>

001

大仙市の隣りまちである仙北市では、「紙風船上げ」が行われた。これまた絵を見るような美しさと言えるだろう。

002

願い事を書いて、空に上げる・・・暗い夜空に吸い込まれるような光景は、何ともいえない光景だ<秋田放送ニュースより>

003 

秋田魁新報によれば、今年は大小約100個の紙風船が上げられたと言う。和紙で出来た紙風船、これに願い事を書いて、ガスバーナーで熱風を送ると、ゆっくりゆっくり真っ暗は空に・・・

Photo_3 

このような行事は、田舎でなければ出来ないだろう。暗い夜空がないと、風船が引き立たないし、やはり静かな田舎なればこそのイベントなのだ。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

”ななっぺ”の誕生会

きょうも時々雪が降った・・・でも、その後日も差した。少しづつ少しづつ春へとかすかに動いている季節なんだろう。

午後から俺にとっては一番小さい孫の誕生会に出掛けた。昨日は、家族で大館市での”アメッコ市”に行ってきたらしい。それでということではないだろうが、きょうは少しの熱があるらしい。しかし、とても元気であり予定通りに誕生会をすることにした。

”ななっぺ”との再会は正月以来だ。あれからまだ一ヶ月というのに、子どもの成長とは早いものだ。あの時はまだオムツしていたのに、今ではもうオマルに出来るらしい。それでは春からの登園になんの問題もないだろう・・・

001 

マンションでは早々にバースディケーキを作った。カステラを重ねて、それにクリームをぬる。そして、イチゴやバナナを飾って、最後にはローソクを立てて・・・完成!

002 

006 

005 

おねえちゃんのバースディの歌が始まり・・・

003

ななっぺは、3本のローソクにプウ・・・と息をかけて・・・( ^ω^)おっおっおっ

007 

ケーキを食べると、皆にお礼のダンスをおねえさんと一緒になって披露してくれた・・・

008 

011

おめでとう・・・”ななっぺ” 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

”小正月行事”が目白押し

昨日はやや穏かな日であったものの、きょうはまた寒さが戻った。「ああ・・・さびさび・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ」である。

ところで、この寒さの中、秋田県ではかつての小正月行事が盛んに行われ、寒波に負けまい冬に負けまいとの心意気で燃えている。と同時に、雪に難儀している思いを逆に楽しもうとの発想で生まれているものもある。

例えば、道路の雪は除雪され、雪の多い地域ではそれが壁のようになっている。その壁をくり抜きロウソクを点灯させたり、夏が本場の花火だが冬にも打ち上げをしたり、”ケツ(尻)橇”(肥料袋などですべりを楽しむ)大会など、ユニークなものも行われている。

そして、これらの多くはこの連休に開催されている。

男鹿市の「なまはげ」。昨年12月に、ユネスコの無形文化遺産に登録されたこともあって、とても元気だ。年末の風物詩にもなっているが、8日からは「なまはげ柴灯(せど)まつり」として開催され、3日間の日程で行われている。

Photo

「怠け者はいねが~泣く子はいねが~」威勢のいい声が聞こえてくるようだ。

大館市では「アメッコ市」。400年以上の歴史のあるまつりで、この日に飴を食べると風邪をひかないと言う。全国的にインフルエンザが流行っているようだから、全国から集まってくれて飴を食べるべきだと推奨したい。

Photo_2

会場には、白ヒゲ大神が巡行され、ミズキの枝に括りつけられた枝飴、その中をねり歩く。

往時のいでたちで、雪野を田んぼに見立てて田植したのは某小学校。他でも復活させている地域もある。いわゆる「雪中田植」である。

Photo_3

今年の豊作を願う予祝行事のひとつだ。

今年はやれなかったが、俺達がやってきたのも予祝行事のひとつ、「餅花飾り」である。

001

003

我が家では、祖父が12月になればエノキの木株を取りに行き、小正月に同様に紅白の餅を花形にして、それを枝枝に飾った。これまた豊作祈願の行事であったし、また、ほぼ白黒の世界に彩りをとの、風流な遊びこころもあったのではないか、俺はそう思っている。

いずれ今年こそ、豊作であってほしい・・・切にそう思う。

    <餅花の写真以外は秋田魁新報からの写真>

| | コメント (4) | トラックバック (0)

冬の滝

記録的な寒波!・・・東京でも雪が予想され、そのごとく関東一円の広い範囲で雪になったようだ。朝のニュースでは皇居付近の雪の模様も中継されていた。某氏のブログを拝見したら、結氷している滝の写真も載っていたので、それでは俺もと、わがまちのふたつの滝を見に出掛けた・・・

元滝

駐車場から水路と平行している元滝への道。雪がなければ、気持ちもルンルンで周辺に目をやりながら歩くのだが、山間ゆえに雪も多い。それでも俺のような物好き人間もいるらしい。靴跡のついた道がついている。

001_2 

俺はその足跡をたどり歩く。だが、それを少しでもはみ出すとぬかるむ。ズズズズっと深みにはまり、その足を引上げるのに難儀する。そんなことを何度か繰り返しながらも、いつもであれば15分ほどの道なのに、凡そ25分ほどで元滝にたどり着いた。

003 

そこには先客がいた。川に入り込んで、三脚を立て、立派なカメラで滝を撮っていた。俺の3万円のコンパクトとは桁違いに高額なものなんだろう。俺は川に入り込む勇気もないから、離れてシャッターを何度か切った・・・

実はこの元滝も昨日の低音で凍っているのではないか、その姿を見たくて出かけたのだったが、いつものようにゴウゴウと水を噴出していた。この水は鳥海山の湧き水なのだ。山を浸透して、ここに大量の水を噴出している地下水なのだ・・・

005 

枯れた木々の枝々には雪を花のように付けていた。モノクロの光景が一層美しかった。

006 

011 

002 

同じ道を帰る・・・またまた時折長靴を深みにはめながら、駐車場に帰る。そこには宇都宮ナンバーの車もあった。どうやら帰りの道ですれ違った夫婦の車らしい。このような日にと思いながらも、俺もそうなんだとひとりごちて車に乗った

奈曾の白滝

次に向ったのは日本の名瀑百選の奈曾の白滝だ。金峰神社の前に車を止めて、雪に覆われている石段を上る・・・

013 

上りきったところには宝物殿があり、演舞場がある。毎年の夏にはここで地域に伝承されている舞が披露される。

014 

そこから今度は下り石段になり、やがて金峰神社に着く。その前には滝を見る展望場所があって、俺はそこからカメラを滝に向けた。この滝は以前に凍った状況を目にしたことがあった。なので期待?したのだったが・・・

015 

やはり白滝もドウドウと水を落としていた。その勇壮な水の落下も見事だ。白黒の奈曾川に落下する瀑布、冬の勢いを俺は滝に見た。本来ならば、もう暦の上では”春”ではあるものの、山間はまだまだ春の足音は遠い。

012

| | コメント (8) | トラックバック (0)

ああ・・・さびさび(寒い寒い)

先日の予感が期せずして当ってしまった・・・例年、立春後が一番冷え込むことが多い、何らデーター等もっていない俺だが、これまでの体験からから、そう述べのであったが・・・。暦上では”余寒”である。今季の最後の寒波のあがきかも知れない(そうあってほしい)

007 

いわゆるきょうは冬型の気圧配置になっている。”西高東低”である。ところが、今回の寒気は””はないようだ。”記録的な寒波”と気象庁は言っているようだ。写真は、NHKのニュースからだが、上空にとんでもない寒気・・・

008 

このために札幌市では日中の最高気温も「-11℃」と予想されていた。それが午後3時時点で「-11.4℃」。俺の家の近くの道路に設置されている気温表示も・・・なんと「-5℃」ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

思わず・・・「さびさび・・・」と口に出る。秋田弁では「寒い寒い」をこう言う。寒い寒い等と長ったらしく言ってはいられない。「さびさび・・・」である。

001 

折りしも、皮膚科からの道路は、吹雪いて前方が見えない。ホワイトアウトだ

003 

今回のこの記録的な寒波について、こんな記事が載っていた。それは、これまで札幌市では観測史上もっとも低かった最高気温は、1937年12月27日の「-11.7℃」だったらしい。今回のこの寒波はこの記録を塗り替えるのではないかと・・・。

我が家の部屋も、暖房がないと「0℃」くらいか、言わば冷蔵庫の中よりも低温と言う事になる。暖房入れても直ぐには温まらない。それでも居間だけは常時、20~24℃にしている。廊下に出れば外気温と同じだが、居間ではうっとり(*^-^)

004 

昼食時には、あったか~い妻の手作りの甘酒を飲んだ。そして、夜になったら卵酒を造ってくれたので飲んだこう寒くては、腹の中からも温める以外にないようだ。熱燗もいいんだろうが、来週には半年に1回の検査もあることだからと、昨日から控える事にしたヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

006 

ほとんど融けた田んぼが、ふたたび白くなっている積雪はほとんどなく、4~5cmくらいか。でも、明日の朝はどうなっているんだろう・・・明日は都心にも積雪の予報がある。みなさ~ん、どうぞ用心をして下さい。

それにしても・・・さびさび・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

”豪風”関・・・お疲れ様

先月の初場所の10日目、元関脇・豪風が引退した。39歳、172cm小兵力士が遂に燃え尽きたという感じであった・・・

あの豪快な一本背負い等を思い出すと、惜しい関取がまた消えたとの思いである。通算で100場所、そのうちの98場所を関取として頑張った。常に自分に厳しく、ひたむきに向っていく土俵だった、「悔いはひとつもない・・・」は実感だろうと思う。

001

その豪風が郷里の北秋田市で引退報告をしたと、今夕の「NHKニュース・こまち」は伝えた。力士としては決して恵まれた体格では必ずしもなかったと思う。そんな彼が、17年間も力士として歩んで来られたのは、土俵に対する”執念”というか、”ひたむきな姿勢”だったと思う。

35歳での関脇は戦後最年長とか。しかし、そのことが彼のひたむきな姿勢を物語っている。100場所での生涯戦績は、687勝746敗46休。三賞は敢闘賞が2回、十両では一度優勝もしている。

Photo_2

前述した一本背負いは柔道技だ。しかし、相撲の48手にもあるのだが、土俵でみることはなかなかあるものではないだろう。あの日は、2017年の初場所。相手は195cm、197kgの魁聖であった。珍しい決まり手に、国技館は大歓声に沸いたのだった。

新聞でみると、この大技の一本背負い・・・これが3度目だったと言うが、いずれ柔道の経験もあった豪風らしいものだった。そんなこともまた、人気関取だったとも言えよう・・・

004

インタビューでは「稽古のない朝が、こんなに気持ちいいものだったとは・・・」なんて、少し茶目っ気に応えた言葉、裏を返せばそれだけ厳しい稽古の連続で、朝も昼もなかったとも言えるんだろう・・・

お疲れ様・・・

今度は親方として、指導者としての道を歩むと言う事だ。豪風の引退で、秋田県には関取がいなくなった。特に相撲ファンではないものの、やはりいささか淋しい限りだ。

今後の新たな道へのチャレンジに、声援を送りたい。

   <写真はNHKニュースこまち、それに秋田魁新報からのもの>

| | コメント (2) | トラックバック (0)

”春”近し・・・??

ほとんど雪の融けた我が家の庭を歩いた・・・勿論、花などはひとつもない。わずかに見えるのはヤブコウジの赤い実。ところが木の下に、隠れるような実が見えた。しかも・・・”青”く輝いている。それはまるでサファイアのような輝きでさえある。

リュウノヒゲ サファイア色に輝きて雪解けの庭弾みつつ行く

サファイアの和名は「青玉」といわれるよに、一般的には濃紺か、青紫。9月の誕生石でもある。身につけると幸運を呼ぶと言われるているようだ。そんな実を見つけたのだ。雪がある時はまったく気にしていなかった実・・・「リュウノヒゲ」である。

存在を伏せるがさまのリュウノヒゲその消極もときに尊ぶ

葉は細長く、半日陰で育つ事もあって、庭のグランドカバーに利用されている、日本が原産の植物であって、我が家の庭にもどんどん増えている。花言葉は=変わらぬ思い、不変のこころ、深いおもいやり・・・と植物辞典にある。

005

何ときれいな実なんだろう青系の花が特にお気に入りの俺だが、この実も実に好い俺は植えたことがなかったから、鳥でも運んでくれたんだろうか・・・いずれ好みの実である。

さて・・・

きょうのわがやの周辺・・・すっかり春の雰囲気。鳥海山も白雪川を従えて、悠然と構えてい、この雰囲気を見届けているようだ。今後、戻りの寒がこの週末に予想されてはいるものの、それでも少しづつ本当の春に向っていくのだ。

009

雪の消えた田圃もキラキラと、まるではしゃいでいるような感じ・・・

007

この日差しが嬉しくて、ちょっと出掛けた。我が家から車で5分ほどの黒潟にである。行くと白鳥がいっぱい。そろそろ北に旅立ちの準備をしているようだ。他の水鳥たちも、この日差しが嬉しいらしい。

001

水面に映る影が絵画的。時間を忘れて見惚れ、また、のシャッターを何度か切った・・・

004

003_2

束の間の安らぎに似し黒潟の水面に映る木々の優しき

| | コメント (4) | トラックバック (0)

大東京の”庭”

昨日は”立春”だった・・・暦の上では春である。しかし、2月は旧暦だと新年であり、寒さの厳しいのは2月だ。最低気温を記録するのも、実は2月が多いようだ。だが、日中になれば日が差すので、放射冷却によっての気温低下なのだ。

秋田でもきょうはすこぶる天気が良かった、いよいよ”光りの春”?って思うのだが、そうはいかないだろう。ふたたびこの週末には寒波が、虎視眈々と日本を狙っているようだ。

このを見れば先月に訪れた東京の日を思い出す・・・

Photo

田舎から東京を思うのは林立するビル群である。空を隠すほどの高いビルによって、地上には日が当らない、そんなイメージを抱く。ところが、俺もここ数年は仕事の事もあって、結構東京に足を運んだ。そして思うのは、東京には結構公園が多く、しかも規模が大きく、さらには整備されていると感じている。

今回、訪れた公園「新宿御苑」もまた、広いしきれいに整備されている。広さは58.3haで約18万坪、周囲が3.5kmとパンフレットに載っている。

もとはと言えば、この公園は徳川家康の家臣・内藤氏の江戸屋敷と言われ、明治に入ると皇室の庭園、のちに戦後に”国民公園”として一般公開された。その名残の建造物「旧御凉亭がある。

001 

002

004 

新宿御苑の特徴のひとつは、広々とした芝生と巨樹だろう・・・推定で120年と言われる、幹周りが6mを超える巨樹は”モミジバスズカケノキ”。大人でも5人でやっと囲めるという大木だ。

006

015 

さらにはシンボルツリーの”ユリノキ”、樹高が 35mもある。

珍しい木もある。ひとつは”ハルニレ”であり、”ラクウショウ”である。特に木道脇にある気根(きこん)と呼ばれるラクウショウ。地面からニョキニョキ、まるでお伽話の世界。実は、この気根で呼吸しているという珍しい光景なのだ。

013 

散策していると・・・こんな光景に出遭った。カモだろうか、それともオシドリ?全員集合している、何をしているのか、羽をばたばたさせて・・・しばし見とれた。樹木が多いだけに鳥の数もまた多いようだ。

009 

最後の1枚はおなじみの光景である。NTTビルが借景になっている新宿御苑であった。

011 

大東京のオアシス、忙しなくまわる大東京・・・新宿御苑は確かに、喧騒から乖離できる公園だろう・・・

俺が行ってからもうもう半月・・・もうすっかり春の気配に満ちているんだろう・・・ナ。

   <新宿御苑パンフレットを参考にしました>

| | コメント (2) | トラックバック (0)

”春”告げる「タラ祭り」

海の安全と豊漁を願う奇祭と言われる「タラ祭り」が行われた。300年以上の歴史のある、”春”を告げる祭りであり、正式には「掛魚(かけよ)祭り」と言う。荒れる冬の日本海から揚がる寒タラ、これを神社に奉納するものだ。

東京では気温が20℃近かったといい、北陸地方では春一番が吹いたという。わがまちも3月下旬並の11℃くらいに上がり、祭りの開催中は小雨・・・高台から港を見ると、大きな波が岸壁を打っているようで、しぶきが上がって見えた・・・

001 

その金浦(このうら)港から、1匹10~20kg、体長も1m近い寒タラが担がれて、金浦山神社に奉納される。今では希望者にはこのタラ担ぎが体験できる。

027 

俺は先月のNHK全国短歌大会に

  ☆ 大鱈を背に担ぎて日本海の香り連れ来る春を告げ来る

と詠んで入選した。正しく日本海の雫を落としながら、鱈は担がれて来る。これが俺にはさも春を告げてくるように思ったのだ。折りしもこの祭りは”立春”に行われてい、この祭りになるとあと少しで本当の春が来ると思うのだ。

004 

005 

010 

参道を上ってきた来たタラは境内に吊るされる。あの大きな腹が異様でもあり、こんな大きな魚が海で泳いでいると思うと勇壮な場面を想像してしまう。

今年奉納されたタラは52匹らしい。昨年から見ると10匹も少ない。なかなか海が荒れて出漁できなかった事が一番の要因らしい。それでも我が家では、タラを食した。・・・が、タラの精子である白子を食べていない。当地ではこれを「ダダミ」と言ってさしみで食べる。これが食べたいばかりに、当市に来られる客も多い。

016 

018 

このタラの傍では神楽太鼓が小気味良い・・・

015 

こうして祭りは最高潮に達する。尚、神社の向かいの広場では、タラ汁が振舞われる。

俺にとって、このタラ祭りは特別だ。昨夏は、やはりこのタラ祭りを詠んだ。そして、思いがけなくも特選の栄を頂いた。俺には有難いありがたい歌材であった。

Photo

 <2枚目の写真はNHKニュースより>

| | コメント (9) | トラックバック (0)

節分

季節を分けると書いて「節分」である・・・何という響きのあることばだろう、何て温みのあることばだろう、この日が来ればそういつも思う。特に雪国に住む者にとって、この日が来ればホッとする。あと1ヶ月我慢すれば、”春”になるからである・・・

001

毎年ほぼ1/4は雪の中だ。土が見えない、地と空の境界だって判然としない、この3ヶ月。太陽なんかほとんど顔みることもなく、ただただ上も下も灰色。当然、その中にいる人間は鬱を抱え込んでしまったり・・・

だから、だから節分とはこころに響くのである。そして、あしたが”立春”。春が立つのだ。今後は少しづつではあるが、春に傾いていく。それだから本当に嬉しいのだ。今後も戻り冬も当然ある。だが、ここまで来ればそれにがっかりはすまい。

002

我が家も今夜は豆まきだ。父がいた頃は厳粛であった。裃に身を包んで、「鬼は外、福はうち・・・天に・・・」そう言いながら、一室一室すべてにまいたものだった。きょうのおれは平服で、「鬼は外・・・福はうち」、やはり全部屋を、また、トイレにも農舎や車庫、離れの「絵本のお部屋」まで・・・「鬼は外、福はうち」と。

子ども達が小さい頃はにぎやかに皆で豆まきをした。今は妻との二人暮らし・・・あの頃が人生の中では、一番充実していたなぁ・・・やはりそう思う。

きょうの豆は先月上京し、佐原に行ったときに成田山に立ち寄った。あの時に節分にまくとのことで、豆を求めてきた。食べるとやみつきになりそうに思う。

003

かつて父は、家族の誰かが帰って来ていないと、来るまで豆まきをしなかった。それは鬼だから鬼にはすまい、そう思ったのであった。今の俺たちはふたり暮らしだから、帰っていない身内はいない。だから、早々に俺はまき終わった・・・

004

関東地方や西日本の方々のブログに目を通せば、様々な花の情報がいっぱい載っている。冬を嘆いたり、愚痴をこぼす俺のブログとは全然違う。草花は雪を枕に、まだまだ眠っている・・・ 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

初午

初午である・・・

015 

014 

かつて子どもの頃は、この日がとても楽しみだった。小正月過ぎれば、村の子ども会が開かれ、役どころが割り振りされた。それは、先輩の命令であり、皆先輩の言うことに従った。リーダーは最上級生であり、中学3年生だった。

その後、先輩から指導を受けながら毎夜、獅子舞の練習があった。そのことは先輩から伝授され、それをまた後輩に伝授、こうして村の子ども達の大行事の初午は続いて来たのである。

001 

役の大きなところは、「太夫様」「獅子舞の舞い手、後ろ手」「太鼓」「ジャガ」の5人・・・他はお札作り。当日は米を頂くのでそれを背負う係り、札を配る係り、小旗を持つ人・・・これで20~30人の初午の行列になり、村を廻った。

006 

稲荷様を祀っているところでは獅子舞をし、また、獅子舞を頼まれればそこの家の座敷上がって獅子舞をした。

007 

小旗は自分の家で奉納したものをもって行列に加わるのだが、全員が奉納したわけではなかったし、俺の家でも奉納はしなかった。それでも本数があって、意気揚々と村を廻ったものだった。当日が平日であれば、学校は半日で下校になって、初午を行った。

村では一戸の家から”白米1升”を頂き、先輩方はそれを売ってお金に換え、それでお菓子を買って子ども達の分配した。勿論、年上の人の袋は大きかった。普段は小遣いなどももらえなかった時代だ。これを貰うのが楽しみだったのだ・・・

011 

だが・・・

そんなことはもう昔の話になってしまった。我が村では子どもが3人、それも女の子であり、年少だ。そんな昨今から、子ども達の初午行事もいつしか消えた。俺は太鼓を2年ほどやった。だから、今でもその調子も忘れていないから、叩ける・・・

俺が村の会長のとき、初午が行われないので、大人で太鼓を叩いて村を廻った事があった。今年の役員も、同じようにして村を廻ったようである。

Photo

こんな中で、隣りの村では子ども達の初午が行われている事を聞いた。そこで俺は出かけて撮影させて頂いた。獅子舞も太鼓の調子も、俺が覚えているものとは違っていたのだが、ただただ懐かしく、それを写真に収めてきた俺だった・・・

   <稲荷様は待居館にあり、この近所で一緒になって祀っている>
                           
<子ども達の獅子舞は堺の会館で撮影>

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2月始まる・・・

早いものである・・・

カレンダーを一枚めくった。きょうから2月だ。今月はもっと早く終わるだろう・・・

我が家の夕食は”雑煮”だ。正月の総括であり、神棚に上げた餅などを雑煮にして頂いた。これで平成31年の新年の事々が終わったことになる。

002 

思えば1月は上京して歩きに歩いた。長年の夢であった伊能忠敬のまちに出向いたし、昨夏に亡くなった同級生のさこちゃんの墓参りも出来た。それに元気な義弟にも会った。おまけにスーパームーンにも遭遇し、その月に飛行機が写っていたりしての幸運もあった。

また、籠りの部屋も大方完成し、移動も大方終わった。あとはエアコンの設置とカーテンの取り付けだけになった。パソコンも勿論移動し、このブログ更新もこの部屋からだ。

幸運と言えば、年賀状のお年玉の切手シートも5枚当り、年末のジャンボ宝くじにも”1千円”当った・・・久々に購入した宝くじに当ったのも、東京でのあの神社のお蔭かも知れない・・・

001

そんな幸運な1月であったが、欲張らずに今月も清々と過ごしたいものだ。

2月は、秋田県は祭りが多い月である。きょうの秋田魁新報に載ったのだが、月遅れの正月ということで多いのだ。そして、2月が統計上は一番寒い。その寒さに対して気構えを持とうという意味合いもあるようだ。

Photo_2 

さしあたってこの4日は、わがまちの奇祭とも呼ばれる通称「鱈祭り」だ、正式には「掛魚(かけよ)祭り」が行われる。20kgもある寒タラを神社に奉納し、今年の大漁と安全祈願をする。例年、その大鱈が50匹以上奉納されるのだが・・・今年は???

俺はこの鱈祭りを題材に詠み、明治神宮で特選を頂き、NHK全国大会では入選した。直接参加はしていないものの、こうしたことを思うとこの祭りは、俺にとって感慨深い祭りとなっている。

このあと・・・

男鹿では「なまはげ柴灯まつり」、大館の「アメッコ市」、湯沢の「犬っこ祭り」、横手の「かまくらまつり」等など・・・県内各地で趣きのある祭りが行われる。異色な祭りには、六郷の「竹打ち」など豪快な祭りもあるし、優雅な大曲の「川を渡る梵天」もある。

みなさ~ん、秋田に冬の秋田にお越しくださいぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2019年1月 | トップページ | 2019年3月 »