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2018年12月

有難う・・・平成30年

平成30年も残り3時間となった。昨日までの寒波が幾分収まり、きょうは気温も「+」。そして、雪が少し舞ったものの穏やかな大晦日になっている・・・わがまち。

年越しソバも食べ、午後に帰省した息子家族もいっしょになって、”紅白歌合戦”を観ている。俺は特に関心もなく、部屋の整理をしたりしているが。

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今年は結構、麺類を頂いた。そこで、俺は温かいソーメン、ソバ、ウドンと3杯食べた。麺類のフルコースだ

俺の一番小さい2歳の孫、彼女が一番の元気者。居間を離れてもその孫の声が、こちらまで届く。子どもは何より元気がいい!

さて・・・

俺は今朝も5時には起床。新聞の拾い読みしてからラジオ体操。そして、茶の間のすす払い、掃除、朝食後は掛け軸を飾り、門松を立てたり・・・午前中で新年を迎える準備は終わった。

例年ならば、我が家では昼食を「年取り」として、茶の間で朱塗りのお膳で食べる慣わしがある。ただ、今年は俺の部屋のリニューアルなどし、今度は引越しのために茶の間に本等を積んでいる。そこで今年は例外として居間のテーブルで9人で食べた。

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神様だけにはそれでもお膳にて上げた。ごはん・味噌汁・茶碗蒸し・豆・マグロの刺身・タラとホタテの煮付け。子持ちカレイは高くて手が出なかったとか・・・

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今年は、頂いたというハナマメもついた。大きいマメでほぼ5cmはある。こんなに大きいゆえに水に2日も漬け込んだようだ。初めて食べるマメだったが、案外おいしかった~

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夜にはまちの名物の「ハタハタ寿し」をサカナに、地元の冷酒を味わった。今夜の乾杯には娘の他に息子の嫁さんも加わって、3人でカンパ~イ残念ながら息子はほとんど呑めない・・・

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こうしてに向っているとどんどんと時間が進む・・・

この1年を振り返ると、天国と地獄を味わったようなものだった・・・これまでも何度か挫折に遭遇してきたけれど、この年齢になっても挫折・・・でも、生きている限りはチャレンジャーだから、大きな勉強をしたと思えばそれもまた有難い試練だ。

今年の最大の喜びは、明治神宮での短歌献詠大会で特選に選ばれた事だ。松葉杖に縋りながらの受賞、それも馬場あき子さんや穂村弘さん等の著名な歌人と同席しての酒宴、また、神宮まではタクシーに同乗したり・・・これまた忘れられない。

最後は稲作。97%の作況で、近年稀に見る不作。収入も大きく減収した。これに加えてTPP、ついに一昨日、これが発効した。このことは今後の農家に大きな影響を与える事は必定である。

今後、肉など安い畜産物が入るだろう。米の輸入枠も増える。そうなれば、われわれ日本人の農家は生きてゆけるのか。その時が刻々と差し迫っている。来年はこれまで以上に拍車がかかって、離農者も増えることは容易に分かる・・・

それでももう少し、俺は農業をやろうと思う。ただし、委託された田んぼは返納しようかと考えている。こうして田舎はどんどんと住む人がいなくなりそうだ。

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ただ、秋田県は今年話題になることが多かった。イージス・アショアの配備計画は別として、ザギトワ選手に秋田犬が贈呈されたこと、夏の甲子園で金足農の準優勝、なまはげのユネスコ無形遺産登録・・・それに、きょうは高校サッカーで秋田商が勝ったりと・・・嬉しいニュースがいっぱいだった。

この俺、夏以来3人の同級生を亡くし、俺ももう最終章に入っているのだが、大きな病気をしなかったことを喜び、同時に支えてくれた妻や兄弟、子ども達には感謝である。

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さようなら平成30年、有難う2018年・・・

きょうが俺の記事は3、316回目になる。色々コメントを寄せて下さったみなさん、ポチや”いいね”を下さった皆さん、有難うございました。来る年も宜しくお願い致します。新年が皆さんにとって希望の叶う年であることを祈念して、今年最後の筆を置きます。

皆さん・・・良い年をお迎え下さい。

    <写真のエンゼルトランペットはきょうの様子、家中でまだ開花しています>

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寒い年の瀬

寒い年の瀬である・・・

寒波に襲われて以来、同じような天気が続いている。一瞬、青空が見えたと思いきやすぐさま雪に変わる。家の周辺には20cmほどの積雪だ。このような天気なので、庭には花がないのだが、辛うじて残っている花もある・・・

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サザンカである。だが、この寒波だから、痛々しい形になっている。雪を被ってきれいな模様を見せているものもある。

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この天気の中・・・予定通りに大きな書棚が配送されて来た。年の瀬というのに、しかも日曜日というのに、運送業の方々は休みでもないらしい。組み立ても頼んでいたので、リニューアルした俺の部屋に・・・

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しかし、入り口は狭く入らない。そこで今回座敷からも入れるようにしていたので、そこから入れてもらって組み立てた。巾が168cm、奥行きが50cm、高さが210cm、スライド式の書棚だ・・・

こんなこともあって、今年の”年取り”は居間で行う事にした。ただし、茶の間には掛け軸を掛け、鏡餅などは供えることに・・・その餅つきがかつてはきょうだった。今では餅つき器でやっているが、あの頃は大変だった事が思い出された。

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餅は家用だけでなく、氏神様や神社にお供えもするから、結構な数だ。俺の地方では、”おこぶ”と称して、餅につまみのようなものを作る。それに元旦の雑煮や七草にたべるもの等を妻がこねた。

いよいよ年の瀬、平成30年は1日のみになった・・・

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モウじっちゃん、モウばっちゃん

少しづつ夜型から朝方に切り替えている俺。蕁麻疹を発症したあたりから、先生から注意されたこともあって、朝方の生活にシフト中なのである。ところが、昨夜は娘と呑んで、孫たちが入浴終えてから、最後の入浴者になったこともあり、布団に入ったのは午前0時半だった。

しかし、朝方が馴染んできているのだろうか、午前5時半には目を覚まし、そして起床した。新聞に目を通しラジオ体操後に、俺は玄関の床をピカピカにした部屋のリニューアルで大工さんらが出入りしていたので汚れていたのだ。それが気になっていたので・・・

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朝食後、娘は昨日退院した妻の母親に挨拶に行きたいということで、店で果物を買って俺と妻の実家に向った途中、吹雪いて前方が見えなくなったりし、引き返そうかとも思ったのだが、ゆっくりの40~50kmにスピードを抑えて走った。

道路は圧雪やアイスバーン状態だ。センターラインはまったく見えない。辛うじて歩道との縁石が分かる程度・・・一瞬、青空が見えたりはするものの、すぐさま猛吹雪き、いわゆるホワイトアウトなのだ。

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この吹雪、昨夜も相当のものだったようだ。交差点の信号機???雪が付着して寝ぼけ目みたいな感じだ。如何にして吹雪が強かったのかを、物語っている・・・

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そこを通過し、やがて妻の故郷に入る。実はここに面白いというか、珍しい踏切があるのだ。今月にやっと工事が終えたばかりの踏み切りだ。

ここは国道108号線、この国道と交差しているのが由利高原鉄道・鳥海山ろく線「黒沢踏切」だ。当然、踏切なので自動車は一時停止をし、確認して走行しなければならない。だが、この結果、特に朝はこで渋滞を引起している。

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そこで考えたのが、踏切に信号機を設置という案だった。電車が接近すれば”赤”になり、当然車は電車の通過後に踏切を渡る。しかし、通常の場合は信号が”青”になり一時停止をしないで通行出来る様になったのだ。

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以前には秋田県には、このような踏切がもうひとつあったが既に廃止されている。従って、秋田県内では、一時停止が免除されるのは、この黒沢踏切だけだ。

交通センサスによれば、ここを通行する車両は1日約9千台だ。青信号が設置されても、初めて通行する人は一時停止をしていることもあると聞くが、徐々に「青信号」が浸透してきたようで、渋滞も緩和されたらしい。

だったら最初から、アンダー等で対応すべきだったと思うが、当時は山ろく線の廃止なども底辺にあったようだから、それまでだったらと踏切にしていたようだ。アンダーにすれば、経費も大きかったからである。

ここを超えて、俺の車は妻の実家に到着!

退院したばかりの義母、元々細い人だけに入院したから痩せたということなかった。今後は転ばないことに注意が必要だとは自分で言っていた。一時、認知症を疑われた義父もとても元気で安堵した・・・90歳を超えた義父、間もなく90歳を迎える義母・・・退院したらその祝いを含めて、年祝いも義妹は考えているらしい。

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俺の娘は茨城だ。ちょくちょく帰ってもこれない。だから、会えるときにあって置かないと・・娘もそう思ったのだろう。義父母にとっては、俺の娘は最初の孫だ。子どものころは、いつも連れて行ったし、可愛がってもらった。当時は牛を飼っていて、それで娘は”モウじっちゃん、モウばっちゃん”と呼んでいたことを思い出した・・・

その娘は夕方は、同級生との会食に出掛けた。従って、夕食は孫ふたりと俺達での夕食になった。

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娘とカンパ~イ

ふたりの孫と娘が無事に帰省した。途中の最上川添いは電車が揺れたとか、また、酒田あたりでは強風で11分遅れとなったというものの、元気に帰ってきた。孫は大学生、そして末の孫は来春は中学生だ。

ただ年頃ゆえに以前のようには、お喋りも少ない。居間で携帯やタブレットと睨めっこ・・・でも、このあと次女が帰省したら、賑やかになるのだろう。お盆以来の帰省の娘と孫である・・・

娘は少し酒も呑めるので、今夕は娘とかんぱ~い

普段はひとり故、缶ビール1本で終わっているのだが、相手がいれば酒も捗る。缶ビール3本と熱燗すこし・・・酒も美味しい。つまみのひとつには、妻が漬け込んだ白菜。このシャキシャキ感がうまい。

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工事中だった俺の籠りの部屋も、ほぼ完了した。昨日、内装が終わり、午後から電気屋も入った。あと少しの電気屋の仕事と、建具のドアなどの取り付けはまだで、それらは年明け後とした。

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狭い部屋であるが、それが憧れでもあった。実質6.5畳ほどだ。2畳ほどは、座敷からも出入り出切る様にし、ストーブ・扇風機などの物置、さらには夏用・冬用の障子などを格納する場所にした。

俺は大学にも進まなかったし、ひとり暮らしなどもしたことがない。部屋の中にいて、様々なものがすぐ手にする事ができるような、狭い部屋が欲しかった。よって、母の8畳ほどの部屋を小さく仕切ったのだ。

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そこに飾り棚を据え付けたり、なかほどに炬燵兼用のテーブルを置いたので、部屋はほとんど余裕がない。炬燵はつかうことはないのだが、ここで読書も出来るし、大きなものも広げられるので、真ん中に据えた。

この日曜日には、4列のスライド書棚が届く予定だ。さらにはパソコンが設置されればいいのだが、出来るまでが本当に嬉しいし、このあと書類や本を入れればいい。急ぐ事もないから、楽しみながらそれらを進めていきたい。

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リニューアルなので、継ぎ接ぎだらけでも、クロスをはれば見場もいい。幼馴染の大工には、在庫品を使ってもらったり、俺も部分的な解体には手伝ったり、経費を抑えた籠り部屋になった。

今後は、ピアノの部屋を応接にする。その家具もきょう届いた。俺は買い物も最近はネットが多い。この吹雪の元に買いに出掛けなくてもいいし、頼めば設置もしてくれて有難い。田舎にはどんどんと店がなくなっている。だから、尚更ネットに頼る事になる。

外は静かだ・・・

気温も下がっている。広い我が家の廊下は外の気温と同じくらいに寒い。カーテンを少し開くと雪が降っているようだ。明日もまた、雪寄せが仕事になりそうだ・・・

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好かれもの 嫌われもの

予報通りに寒波に襲われている。家の中にいてはさほどそれを感じないのだが、所用があってまちに向った。そしたら道路はアイスバーン、すれ違う車はみなノロノロ運転だ。明日は娘が帰省するというのに、この寒波にあって孫から嫌われるのではないか、心配である。

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時折、吹雪いたきょう・・・もう台風並の吹雪雪に幻想を抱いていても、こんな吹雪に遭遇したらもう夢をみることもないだう、そう思わせるようなきょうの天気だ。わがまちでは「25.6m」・・・

この天気いったいどうなるのだろう、週間予報で見れば、年末の大荒れから年始もまた冬空が続くとの予報だ。寒い厳しい年末年始のようだ。

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こんな天気は当然嫌われる。好きだなんていう人はほとんどいないはずだ。

考えてみれば、世の中は「好きか」「嫌いか」、ふたつにひとつかも知れないが、以下の写真は先週撮影したものだ。

鳥の好き嫌いからすれば、白鳥などは誰からも好かれる。スタイルもいいし、色もいい、白鳥の湖など音楽もあって、優雅な踊りの主人公にもなる。短歌にあってはとてもいい素材。

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一方のこちらは黒装束・・・カラスである。近年、この鳥は増えて被害が発生してもいる。好きだと言う人もおるまい。このカラス、一羽二羽はさほどでもないが、多いと誠に不気味だ。

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3年ほど前のことだ。運転中の俺のフロントガラスの前方が異様だ。接近するとカラスの大群が騒いでいて、尚接近すると車の窓ガラスをあけ、カラスに餌を与えているのだ。それも女性だった。

住民がカラスにヒリヒリしているのに、餌付けとは呆れた。その車の横を通るとき、その女性を睨みつけてやった。皆が嫌いかと思っていたら、こんな人も眼前にいたのだった・・・

先週、ハタハタ釣りを見に行ったとき、漁港付近でいっぱいいるネコを見つけた。しばらくしていたら、女性が現われてそのネコに餌を与え始めた

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これはまた微笑ましく、俺はそんな姿にシャッターを切った。

世の中の動物達・・・同じ生きものであっても、好かれるものもいれば、嫌われるものもいる。俺等はどこか理屈っぽいところもあるから、嫌われないように気をつけなければならない。

その前に先ずは吹雪がおさまってほしい! 

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年末寒波がやってくる!

俺の籠る部屋の工事も大詰めに入った。部分的には細かい飾り棚工事をやめたこともあって、何とか今年中に完了見込みになった。昨日からは、内装工事に入りあとは電気工事で、一先ず終わることにした・・・

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年賀状の宛名書きも昨日に終わり、予定通りに投函した。これで元旦には友人等の手元に届くことになるだろう・・・年末の予定も今年は着々とこなしている。

きょうは”31年の軽油免税申告”で、公民館に出掛けた。実は軽油には1ℓにつき32.1円の取引税がかかっている。しかし、特定の事業者が特定の用途に使用する場合、免税措置がとられる。

例えば、農林業者がトラクター等に使用する場合の軽油には、申告する事によって免税されるのだ。農機具は農地で稼動する、道路を主に通行をしていないこともあっての免税だ。俺の場合、年間300ℓ使用するので、免税は約9,000円ほど・・・

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ただ、これの申請手続きは結構面倒だ。俺は継続の手続きだから案外早く終わったものの、新規となると煩雑な手続きになる。わずか9、000円のためではあるものの、それでも利用出来るものは利用しない手はないし、厳しい経営を考えればやるしかない。

さて・・・平成30年も残り5日になった。茨城から帰省する娘からは、荷物がここ数日届いている。送ってくれば、帰るときはまた送らねばならないから、簡素でいいと思うのだが、年頃の孫も一緒の帰省だからナ~

その娘と孫の帰省予定は28日・・・

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天気予報をみると恐ろしい。もう始まっている地域もあるようだが、冬の嵐が日本列島を襲うとの予報だ。それは今年の初めに猛威をふるった、あれに匹敵するような予報だ。12月の寒波としては、数年に一度の”警報級”らしい(上の2枚はネットから)。

秋田の予報を見ても・・・(NHK”ニュースこまち”から)

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明日からの3日間で130㎝以上の降雪の予報だ。

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」一色の天気・・・この中を娘と孫は・・・

明後日、山形新幹線に乗り、新庄から酒田を経由してふるさとに帰る予定だこれまでは秋田新幹線で来ていたが、こちらの方が帰省する場合、近いし運賃もいささか安いらしい。

予報がまったく外れることはなさそうな寒波、せめて乗り物には影響がないことを祈っている。

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サンタクロースのプレゼント

バタバタバタ・・・階段を下りる音がして、やがて縁側(ツリーを飾っていた)から居間に入って来た子ども達・・・「お父さん、サンタさんからプレゼントあったよ」・・・ニコニコ顔の子ども達・・・「良かったナ~」傍で妻も微笑んだ・・・

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誰にもこんな時代があっただろう・・・あの頃が良かった、あの頃が本当に幸せだった、確かにそう思う。そんな子ども達も、今ではサンタクロース。子ども達から何を頼まれ、何をプレゼントしただろう・・・

昨日の新聞にも、そんな頃を思い出した投稿記事が載っていた。その投稿者の内容は・・・

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「サンタクロースはいないんだよ」って7歳の娘が言ったそうだ。それに「ば~か、いるよ」と5歳の息子は泣きながら言ったという。娘は追い討ちをかけるように、「サンタさんのプレゼント、包んであった紙は○○デパートって書いてあったもん、だから、プレゼントはお父さんからのものなんだよ」と・・・

翌年、子ども達の会話を聞いていた投稿者は、デパートで包装紙に○○デパートって書いてない紙に包んでもらえませんか?」。店員は困ったような顔だったが、「これでどうでしょうか」ってそれに包んでくれたという。

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クリスマスの朝、「サンタさんからのプレゼントだ!」って子ども達は喜んだと言う。その声も前年にサンタさんはいないんだと言った娘さんの声が高かったとか・・・投稿者は今朝もあの日の朝を思い出したようだ・・・

この記事を見て・・・ジーンとした。いつの日か、サンタクロースは両親だったと気づく。だが、それまではやはりサンタクロースっているんだと信じていてもいいのではないか、俺もそう思うのだ。

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俺なんか、サンタクロースからプレゼントをもらった記憶はない。戦地から帰った父には、クリスマス等と考える余裕もなかっただろうし、勿論、経済的な余裕もなかったと思う。更には敵国だった相手の行事などに関心を持つこともなかったのだと思う。

だからクリスマス事態、俺もそれは外国でやっていることとしか認識しかなく、プレゼントをもらえることも考えたこともなかった。ただ、妻の両親は俺の両親とは10歳も違っているから、考え方も違っていたようだ。妻は靴下を下げた記憶もあり、朝にはその靴下に10円硬貨が入っていた事を覚えていた・・・

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でも俺のような子どもも少なくはなかった。今でも、同級会でもクリスマスにプレゼントをもらったという記憶のある同級生はほとんどいない。

朝のニュースで、1月に皇居で行われる歌会始めの入選者が発表された。平成最後となるこの歌会始めに、秋田県からも選ばれた。歌はその日にならないと発表されないが、東日本大震災の被災地の現状を詠ったという。

すごい事である。俺も実は応募していた。俺等は例によって締切り間際に、しかも即興で詠んだような歌だから、選ばれる事等ないとは思っていたのだが、発表されると少しは悔しさも出てくる。

短歌をやって入れれば、歌会始めの入選はひとつの憧れである。でも、それに入るにはよほどの勉強をしないと無理だろう。今回の秋田県の入選者は、高校生の頃から俳句を作り、金子兜太氏から指導を受けた事あったとか。

今回は、2万1971首の応募があったらしい、題は「光」、果たしてどんな歌なのか、当日が待たれる。俺は今回で2回目の応募、いつかはサンタクロースから戴くプレゼントととしてもらえたら・・・いいな~

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2階から見えた畑、昨夜はどうやらうっすらと雪があったようだ。妻が掘った大根の後の穴、まるでサンタクロースがやってきたような足跡に見えた。否、サンタクロースは我が家の前まで来てあったのかもしれない・・・

まあ・・・頑張れよ!諦めないで頑張れよ・・・妻が飾っているサンタクロースたちも言っているように、俺には見えた・・・

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”でんでんサンタ”は動けないが・・・

”メリークリスマス”なんて・・・つぶやくやがら、今頃サンタクロースは夜の町を村を動き回っているんだろう。夢を見ている子ども達の寝ている家々を、ウロウロしているはずだ。我が家では、そのサンタクロースを待っている子どもはいない。ジ~ジとバ~バがあたふたと年賀状を書いていて、サンタクロースどころではない。

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そしてまた、今夕の食事+缶ビール1本で腹がまんぷくで動けない。ローストチキン1本、オムライスふたつ、これでもう腹がパンパン、自分のことで精一杯で、そりに乗って出かけられるようなからだじゃないε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

・・・ということで、アホな”でんでんサンタ”で~す。だめな”でんでんサンタ”なんで~す。

                          

ところで以下の写真は、昨日と一昨日に撮ったもの。夜の撮影はどうしたらいいのか。”夜景モード”で撮っても手振れはあるし、イルミネーションはどうして撮ったらいいのか、分からないままに、いつものようにのシャッターを切ったものだ(見苦しい所はごめんです)

さて、我が家から車で10分ほどの地域。この地域の某場所には、例年約20mのモミの木にイルミネーションが飾られる。それが今年も始まった。これを見る為に、はるか遠方より来られる方も多いらしい。

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これを始めたのは1996年、地域の子ども達を喜ばせてやろうと始めたようだ。自分には孫もいなかった寂しさもあったのかも知れない。ところが、この方は3年前に不慮の事故で亡くなられた・・・

折角子ども達が喜んでくれているのに、止めるわけにはいかないだろう。今度は息子さんが立ち上がった。高所作業車を使い、モミの木に約4千個のLED電球を取り付けた。今年は初めててっぺんに白い星もつけた。

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俺はそのイルミネーションで飾られたモミの木が水溜りに映っていたので、それを撮影した。構図は良かったのだが・・・

モミの木の下には、夢のようなハウス・・・

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これに地元の有志も周辺の街路樹等で電球を設置して、ここはこれまで以上に華やかだ。山とツリーの共演も見事だ!

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このようにこの周辺はまるで、夢の世界。これに雪でもあったら、より幻想的なんだろうが、予報に反するようなきょうの天気。寒くないので暮らしやすくはあるものの、いささかクリスマスの雰囲気に欠ける。

もうひとつ・・・

わがまちでは、個人的にイルミネーションで飾っている住宅もあって、この住宅のものはすごい!新聞で紹介されたこともあった・・・

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PS一昨年までは、我が家でもささやかながらイルミネーションを行っていた。テレビでもこれも紹介されたことがある。だが、昨年は母の逝去もあって中止、それに今年は仲間が高齢化して動けなくなっている。かと言って俺一人ではとても無理なこと。

来年はもう一度やってみよう・・・それまでは、大きな腹も少しは引っ込んでいるだろうから、仲間に呼びかけてやってみよう。新たなまた目標が出来たぞ!

「でんでん大将のひとりごと」の読者のみなさ~ん   「メリー・クリスマス」

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今年最後のお日様?

きょうは天皇陛下の誕生日。我が家ではいつもの祝日同様に、玄関に国旗をたてた。平成30年最後の祝日であり、現天皇最後の誕生日の祝日だ・・・

022 その天皇陛下の記者会見をテレビで拝聴した。短い言葉を丁寧に話をされ、今年の災害で犠牲や被害に遭われた方々への思い、さらには戦争で犠牲になられた方々、沖縄の激戦等に触れられて、聞いている俺もジーンとなる言葉であった・・・

また、これまでの象徴天皇としての自分に対して支援をされた方々、最後にはともにこれまで人生の旅をされてきた、皇后陛下に労わりの言葉を述べられて、これまた胸に込み上げるものがあった・・・

平成の最後の年末、来年には譲位される天皇陛下にも、きっと安堵した思いと感謝の気持ちで胸がいっぱいだったと思われる。

言葉の終わりに、その思いが感じられ、この30年の時代を自らも背負ってこられたことは、如何に重責を感じて来られたのか、本当に胸打たれる会見だったと思う。この先はせめてゆっくりとした日々を送って頂きたい、そう思わずにはいられなかった・・・

さて、昨日は雨があったり、日が照ったりと不安定な1日だった。それが、夕刻頃からはいい天気となり、夜の月はとても明るかった。その天気を引き継いだような今朝・・・やはり「」となった・・・

これは今年の最後ののような気がして、俺はを持って高原に出掛けた。そのごとく、昼からは曇り、夕方からは、そして明日からはのマークの並んでいる天気予報だ。

仁賀保高原は、標高で400mほどだ。ここからの鳥海山は絶景だ。最近、ここに風力発電の風車が増設され、景観的な面から賛否の声があがっているのだが、そのことはいづれ書くことにして、今夜はその鳥海山をご覧頂こう。

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仁賀保高原には、市の観光施設がある。「ひばり荘」という施設で、キャンプ場が近くにあったり、また、サイクリングロードもある。しかし今はだれひとりいない。ただ、ここからすぐには土田牧場があり、冬もオープンしている。ここのジャージー牛のソフトの味には定評がある。

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山には柏の木があった。この木は冬も落葉せず、新葉が出る5月頃に葉が交代する。だが、冬は如何にも寒そうにも見える・・・

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落葉もせず冬風に吹かれいる性質(たち)とは言えど柏木侘し

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帰路・・・凍った沼の一角が解けていて、そこに周りの草木が写っていた。まるで冬のオアシスのようで、俺はのシャッターを切った。

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冬至・・・そして”絵本のお部屋”

風呂から上がってに向っている・・・柚子の香りがする俺のからだ。きょうは”冬至”で、柚子の浮かぶ風呂に入ったからだ。

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何だか柚子の香りで、少し若返ったような・・・そんな気分だ。朝は、小豆+かぼちゃ・・・これでもう今年は風邪もひかないだろう。わが地域でもインフルエンザが流行って来たようだから、これで俺は大丈夫?

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俺はこの日が来るとどこかしら安堵する。これから厳寒期に入るのだが、1月2月の約60日を辛抱すれば春になるし、これから少しづつではあっても、日脚が伸びることになるので気持ちもあかるくなるからだ

明るいと言えば、きょうは妻が開く「絵本のお部屋」の日で、子ども達が遊びに来る。午前10時、きょうはいつも来る子が何やら都合があってということで、見えたのは3人・・・

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この子ども達のために、イチゴとケーキを用意していた妻。まったくのボランティアであり、リタイア後はこれをやると楽しみにしていた。結婚するときから、将来はその部屋を作ってやる、妻とのそれは約束だった。

平成8年にこの部屋は完成した。車庫を兼ねている建物の2階がその部屋とした。しかし、当時はまだ現職だったので、リタイアしてから始めた。農作業のない11月~2月頃まで、月2回で土曜日に開いている。

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ただ本格的にやれるようになったのは、母を施設に預けさらには見送ってからだ。それまでは、このペースではやれなかったので、ようやく自分の夢を叶えたようなものだ。先日は地元の小学校で、”絵本のお部屋”を開いた

我が家と小学校とは2kmほどの距離がある。子ども達を向わせたいが、やや遠いという事もあって、要請を受け妻が逆に出向いて学校で”絵本のお部屋”を開いたのだ。校長先生とはかなり前から面識もあり、加えて昨年までは学校の評議員をやっていたこともある。

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孫と同居もしていないし、孫育てに変わってやっているようなものか。俺はこれまで、ほぼ休みなく出歩いてきたから、今度は妻をサポートしてやる番だ。きょうはみんなでの記念写真を撮ってやった。

かつての仕事の延長線にあるような、”絵本の部屋”・・・今度はいっぱい来てほしいものだ。ちなみに会費等の徴収はなく、妻はそれでも地域の子ども達に何かをしてあげたい、その思いで行っている”絵本のお部屋”である。名づけて・・・「ひなたぼっこ」だ。

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釣りで賑わう金浦港

良い天気だこの「」は平成30年最後の「」かも知れない。今後は雨となり、そして「」の予報が出ているから、秋田にとっては貴重な1日になった・・・

俺は皮膚科で受診し、蕁麻疹が治ったことを告げられた。ただし、疲れとストレス、過度の飲酒等は気をつけることと、念を押されて皮膚科を出た・・・

午後から金浦港に出掛けた。その前に立ち寄ったのが、「国の指定史跡・波除石」。石をきれいに積見上げた歴史的な護岸だ。ここから”飛びの崩れ”を逆光で狙ってみた・・・

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海面が光って、12月の日本海とは思えない眩しさだ。そこから金浦港に・・・

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平日と言うのに、釣竿を持って釣っている人がすごい!土日になれば、この混雑はすごいらしい。皆、季節ハタハタを釣っているのだ。県条例では、釣り以外の捕獲は禁止されている。だから皆釣竿で釣っているのだ。

正直なところを聞いたら、ハタハタはハリで引っ掛けるのだとか。でも、それも禁止であるので、ハリに餌をつけて釣り糸を上げたり下げたりしているらしい。俺は海のまちに住んでいながら、一度も釣りをしたことがない。俺は写真撮りである。

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ただし、釣果は期待したほどでないようだ。その事は秋田魁新報にも報道された。

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どうやら今年は田んぼも不良、海のハタハタも不漁・・・このままでは、漁業も益々低迷し、魚が食べられなくなるかも知れない。勿論、後継者は農業と同じで、漁業に就く若い人はほとんどいない。

かつて俺が勤めていたころ、ハタハタが獲れると漁師は束になった1万円を持ってくるものであった。それだけ景気が良かったのだ。しかし、どんどんとハタハタが獲れなくなり、2~3年休漁して保護に努めたこともあった。

それから徐々に回復したものの、ふたたび不漁になっているようだ。漁師は他の魚が獲れなくても、ハタハタで減収分を補っていたのだ。不漁だと価格が上がる。上がれば消費が減退する悪循環になってしまう。

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漁師たちには、非常に厳しい年末になっている。

農業も低迷、勿論林業も、更には漁業もということで、一次産業には大変な状況だ。この一次産業が産業の中心になっている地方は、この先どうなるのか・・・地方から離れる若者が多いのは当然である。

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そんな中で、近くのまちで釣り人が海に転落して行方不明になっているニュースが流れた。この釣り人もやはりハタハタ釣り。例年、こうした事故が発生している。釣れないとどうしても防波堤の先に行こうとする。それが命取りになるのだが・・・

明日は前半は天気も良さそうだし、まして土曜日だから、釣り人は多いことだろう。釣ることはストレスの解消にも繫がるので良いのだが、くれぐれも事故対策をしないと大変なことになる。

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歌って呑んでの短歌会

朝方に注文していたリンゴが届いた。作っているのは、高校時の同級生K君だ。毎年、我が家では彼に注文し、それをイチジクや柿を戴いている従兄弟などに贈る。言わばお歳暮だ。我が家ではお返しにやれるものがないから、このリンゴにしている。

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品種は「富士」、富士は割合に長期になってもサクサク。従って、正月用にもなる。このリンゴ、今年は米同様にあまり作柄がよくないらしい。例年ならば12月の初めにころに届いていたのに、そんな理由もあってか、今年は遅れたようだ。

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1箱は我が家でたべるものとしての購入だ。1箱10kg、3,000円。この後の我が家の朝食後のデザート?になる。1日1個のリンゴは、とても体にも良いようだ。

さて・・・

きょうは珍しく手帳に予定が書いている。毎月行っている、短歌会の月例合評会。俺が進行し、更に評を加えての短歌会。きょうは20首あまりの出詠。兼題は「年」だ。人様からは、そんなことして楽しいのか?そう聞かれることもある。

短歌詠みて何になるかと妻が言う何になるとはわれも思わず

地元の大先輩の歌人・百姓路光もこんな1首を残している。確かにそう思うこともあった。1首作って短歌会に出詠すると、コテンコテンに評されて、もう二度と作るものか・・・そう思ったときもあった。

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だが、それでも止めないでもう半世紀。いい短歌はなかなか詠めないのだが、短歌をやっていることから、色んなものに関心をもつようになったと言えよう。花であっても、何という名なのかと思ったり、社会の事象にも大きな関心を持ったり、短歌から目を開かせてもらったという思いもある。

きょうは仲間10人での合評会後、まちのホテルで忘年会・・・同じ趣味を持つもの同士ゆえ、とても楽しいものだった。久々にやや大目?に

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かくし芸も飛び出したり・・・

また、今年の1月に作った仲間の歌も全員で歌った・・・拙いながらも詞は俺が書き、曲は仲間のひとりの旦那さんから作ってもらった。この道は・・・この歌で今年の紅白歌合戦に出場したいとの大きな夢を抱いたが、NHKから連絡ないところをみると落選したようだm9(^Д^)プギャー

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こんな他愛無い夢もいいものだ。まるでまるであまりにも馬鹿げた夢だが、年末である。こんなまったくの馬鹿な夢を見て過ごすのもいいだろう。誰に迷惑をかけるものでもなく、そっと仲間同士で夢を見る事は最高だ( ^ω^)おっおっおっ

今年も残すところ10日ほど・・・

明日の天気予報は「」、きょうの俺達の呑み会が、”日和上げ”になったのかも知れないな

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弔歌を・・・

葬儀には勿論、「楽しさ」とか、「喜び」などはない。だが、表現が適切ではないだろうが、一種の「華やかさ」がないと、あまりにも寂びし過ぎる。この年齢になると、これまでいくつもの葬儀に臨んで来た・・・

親戚として参列したり、知人や友人の葬儀に出たり、他にも理由があって出て来た。故人も若い人、高齢の人。だが葬儀はそれでも流れはほぼ変わらない。しかし、葬儀に出てあまりにも哀れを感じたものもあった。例えば、弔辞がひとつもなかった葬儀、参列者の極端に少ないなどである。

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きょうは午後から同級生の葬儀に出た。昨日の火葬には、親戚も少なかったから、きょうの葬儀も多くはないだろう、そう思って出掛けた。同級生のなかでは、きょうの弔辞はS君に決まっていたようだ・・・

だが、僭越ではあるが以前S君の弔辞を聞いたことがあった。あの時は、あまりにも簡単すぎてしかも短くて、とても気になったことがあった。だったら俺も弔辞を読もうかとしばらく考えた、考えてから俺も読んだら気が張り合うようで、会葬の方々に違和感を与えてしまったら大変だ。だったら俺は別の方法で・・・と考えた。

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実は俺はこれまで多くの方々に弔辞を読ませて頂いた。その末尾に俺の場合、短歌を一首詠んでいたし、短歌関係の方の葬儀では、仲間からそれぞれ弔歌を集めて葬儀で読ませて頂いた、だったらこれにしよう・・・俺は10時頃から考えて5首作った。

葬儀会場に出向くと結構な会葬者だった。この分では、弔辞も多いかも知れないと思って、進行係に聞いてみた。すると2名の方からの申し出があるとか、だったら俺の弔歌も上げさせて頂こうと名を告げた。

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「苦労は買ってでもせよ」とは若いときのことだ。この年齢になれば、できるだけ苦労することはしない、俺ももうその年代なのに、何で人がいいんだろう・・・そう自分を笑いながら作った・・・

    いつか来るこの日なれどもまだ早き君との別れわれ肯えず

    ○十はまだ先(さき)生ける齢なりわれらを離れ君逝き賜う

    三年の縁は後の世に続く先行く君の黄泉路安かれ
      (三年の縁=中学生時代3年間同級生だったこと)

会場には、何人かの知り合いが居られ、俺の弔歌を誉めて下さった。弔歌など初めて聞いた人がほとんどだったようだ)お世辞とは分かりながらも、俺の声は案外高いし、言葉もはっきりしているといわれているゆえのことでもあるのだろう・・・

いずれ級友を見送った。半年の間に3人もの級友を失った平成30年である。合掌

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大きいテレビがやってきた・・・

すっかり消えた我が家の周辺の雪・・・ところが、季節はやはり”冬”である。天気が一定しない。晴れたと思っても急に空が変わって雨や雪が降ってくる。雪国特有の冬の天気だ。きょうも霰が降ってきた。

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やや大きい粒の霰だ。敷石にも、バラバラと落ちて来た。

きょうは我が家に注文していた、やや大型のテレビが届いた。55型である。これまでのテレビは37型、初めての薄型のテレビであった。当時は、この型式のテレビしか録画機能の内蔵されたものがなかったのだ。あれから・・・約10年・・・

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今月の初めに4K・8Kテレビの本放送も始まったこともあり、それに替える人もいるようだ。そのお蔭というか、一般的なテレビの価格が下がっている。しかし、まだそう言ったテレビでの番組は少ないから、俺はふたたび録画機能のついたテレビにした。

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その番組が多くなったらチューナーつければ良いのだから、録画は簡便な方がいい。俺が録画する多くは「映画」、その録画も120時間も出来るのだからと、このテレビに決めた。

折り良く、我が家のテレビボードは55型用であり、今回それにぴたりと収まった。ONにしてテレビを見ると・・・おお!これまで小さい画面だった事もあり、驚くほどの画面の大きさだ。妻も驚きの声を上げた

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更新するんだったら、子ども達や孫たちが来る正月までにと思っていた。それが実現したことになる。NHKの朝ドラや大河ドラマに夢中の妻へのプレゼントでもある。これまでの37型テレビは、今度、俺の籠り部屋に移動する予定だ。

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ところで今朝は驚いてしまった・・・

同級生の訃報がお悔やみ欄に載っていた。彼は床屋だ。俺の頭はここで散髪をしてもらっていた。ただ、ここ数年は、彼のところには年2~3回だった。今年はまだ春に1回だった。そろそろ正月用頭にするときは彼の所で・・・そう思っていた。

俺が長らく勤めていた事務所の近くにあったのが彼の床屋。俺の仕事が忙しい時には、少し早めに職場を抜け出して散髪してもらったこともある。勿論、終わってから仕事場に戻って残業だった日のことだ。

そんな彼が・・・どうやら2ヶ月あたり前に入院し、結果、今年もつかと言われていたらしい。今年は夏以来、これで同級生の3人が鬼籍に入った。同級生の他界ほど辛いものはない。きょうは午後から火葬、あしたの午後には葬儀である。

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鉢物の部屋?、俺の部屋

新しい朝が来た 希望の朝だ・・・俺は今朝もラジオ体操だ。この時期にやるようになったのは、妻の影響だ。妻はこれまでほぼ毎日、ラジオ体操をしているのだ。

俺は早く起床しても新聞広げて読むぐらい。炊事の手伝いも出来ないし、降雪があれば除雪だが、雪もなければすることもない、だったら・・・

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だったらやってみよう!最近は”ややメタボ”に近づいているもいるし、わずか10分ほどでもある。それで運動になればいいではないか。軽い気持ちではじめた俺。

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・・・と言う事で、今朝も「1」「2」「3」・・・・「7」「8」

先週に新しく求めた2坪用のビニールハウス。約3万円。今冬の鉢物の部屋として求めたのだ。昨冬はヨシズで囲ったのだが、もう少し労わってやろうかと・・・ただ、秋田の冬とは言ってもたまには日が照ることもある。

日が照ると外気は低いものの、ビニールハウスの中の温度はだろうし、時には潅水も必要だろう、そんなことを考えてビニールハウスの天井や側面にはヨシズを設置した。あとはドアが残っているのだが、明日中にはほぼ格納が終わる・・・

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もうひとつの課題は、本来ならば畑などに設置して、骨組みであるパイプを地中に差し込むのだが、我が家の前はコンクリートにしている。だから、地中に差し込む代わりにブロックを置き、その穴にパイプを差し込んだ。だから、強風があったり吹雪いた場合、果たして大丈夫なのか・・・

そのことが懸念される。しかし、ここまでやったからには今年はこれでいくしかない!鉢物を入れた。大きなものを除いて、ほぼこのビニールハウスに収まった。

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本来、松などは寒さに強いのだから、外にて越冬させるのが一番だろう。だから、松だけは外に置く事に・・・凍る日などはそんなに多いことないを、ただただ祈るのみだ。これからの三ヶ月、凡そ100日の冬である・・・

一方の我が部屋・・・大きな工事でないこともあって、作業に来る大工さんはひとりか、ふたり。土曜日で外壁も終わったから、あとは内部の作業だ。きょうは断熱材を入れ、ボードを張るまでの作業だった・・・

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俺は8畳の部屋のことだから、5~6日かかれば出来るだろう、安易にそう考えていた。ところが、土台が傾いていたり、腐っていたりとのこともあって、もう明日で2週間目になる。何とかこの12月で終わって欲しいと希望しているのであるが・・・

あと2週間で平成30年が暮れる。その前に娘が孫を連れて帰省する。その前に工事を終えて、孫にも寛いでもらいたい、そんな思いで今工事の進行を見つめている。棟梁は俺の幼馴染のHである・・・

    <体操の写真はネットから>

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俺の日曜日

今朝も起きたのは午前5時半・・・まだ暗い。ラジオ体操を終えて朝食!カーテンを開けると青空が広がっている。

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昨夜は寒気も少し緩んだようだ。屋根に上がっていた雪の落下する音が何度かした高い屋根から、1階の裏口の屋根に落下する音。ドドン・・・響くような音だった。1階の裏口の屋根はトタン葺きだからだ。

きょうは日曜日・・・なんて言ったって、毎日が日曜日の俺だ。気をつけていないと、あれ?きょうは何曜日だっけ?となる。農業やっているときだって、天気の如何によっては農作業もする。だが、冬期間は毎日がほぼ休みだから、曜日もなにも関係がない。

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朝食後・・・先ずは昨日の新聞の切抜きをする。それでも公職を離れた現在は、切り取る量が少なくなった。本市に関した記事、関心あるテーマに関する記事、それに後世に残るような記事etc・・・

シリーズ物も切り取っている。ことしは、「平成をあるく」・・・30年の事件等を振り返っているもの。「象徴のうた」・・・天皇皇后両陛下や皇族の方々の短歌を取り上げているもの。「壁の向こうに・・・」は世界的な課題を追っているもの。いづれもファイルに綴じている。

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これまでもまとめたものを保存している。後日にそれらを見る事は稀ながらも、俺に取っては百科辞典のようなものだ。こんな俺だから物が増えるのだ。それは分かっている、分かっているのだが、俺にとっては貴重な資料だから、捨てるわけにはいかない。タイトルごとのファイルだ。

10時と3時にはタイム。言わばモグモグタイム。エネルギーの消耗が少ないのに、栄養補給は休まない。従って、俺の下腹部はポンポンm9(^Д^)プギャーメタボになってしまった・・・

年賀状の印刷もほぼ終わった。例年ならば、年賀状の裏にはコルのだが、今回はアッサリに簡便にする。そして、鉢物類の冬越しのために求めた、ビニール小ハウスを作り、鉢物を入れた(もう少し残っている)。

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先生からは運動やキツイ仕事は休めと言われた。だが、何もしないでいるわけにはいかない。その方がもっともっと俺の体には悪いと思う。貧乏性と言う事かも・・・

こんな日曜日がこれまであっただろうか・・・ここ10年ほどは、冬でも種々の会議だとか、まちの行事だとか、ゆったり過ごしている冬なんてなかった。もう齷齪することもないし、自分で1日を組めるから、有難い時間になっている。

これでいいのだ、これで良かったのだと、納得している。

妻は買い物に出かけたり、食事の仕度。そこにピ・ポ・ンいつも魚を届けてくれるSさんが、きょうはハタハタを持って来てくれる。有難いのだが、先日は従姉妹からも頂いたので、このところハタハタが続けて食卓に上がっている。

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この辺りでは、もう食べ飽きているかも知れない。そこで妻の実家に電話すると「食べる!」と言う。妻にそれを持って行ってもらう。幸いにして、義父の先日の認知症は一過性のものだったようで、今ではもとに戻っているから父の顔を見ながらと言う事で・・・

家の前の雪は粗方消えた・・・こんな冬であったらと思う。

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恐ろしい蕁麻疹

午前5時半、俺は起床した。寒いので布団から脱出するのは躊躇うのだが、布団の中でウツラウツラするのは逆に疲れる。そこで俺は布団から出た。カーテン越しには、除雪車の雪掻きが目に入る・・・

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主要道路の除雪は、早い時間帯に行われる。車の通行が少ないときに、素早く行われる。除雪関係の方々は勿論大変なのだが、家族も大変らしい。家を出るのが午前2時頃とか、また、大雪警報など発令されると、泊り込んで待機するのだとか・・・

新聞を読みながら6時半を待つ。NHKのラジオ体操が始まるのだ。今朝も居間にて、老夫婦のラジオ体操が始まった。1・・・2・・・3・・・  6・・・7・・・8  と俺にとっては、この雪の時季唯一の運動か。

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今朝のご飯は”トロロまま(ごはん)”。これが美味しい。スルスルと喉に入っていく。トロロに梅干を上げると、一層味がある。居間の出窓のアンスリューム、その先には雪がある。

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家の前の雪寄せをした。そして、皮膚科に出掛けた。待合室で名前を呼ばれるのを待った。その時間で、先日まで赤かったところを腕まくりして見たそしたらどうだろう。また、赤くなっているではないか・・・

起床して体を鏡に映したときは、赤い部分はなかったのに???

名前を呼ばれて診察室に・・・

先生が前回同様に聞いて来た。「疲れているんじゃない?雪寄せなどしんたんじゃない?」「はい、ここに来る前に雪寄せして来ました」。話を聞くと蕁麻疹の場合、食べ物もそうだが、運動も寒さもストレスも良くないのだからと言う。毎日ぶらぶらしているのに、雪寄もだめとは・・・

疲れをとらないと治らないよ!ひどくなると口の中にも出来て、水さえも飲めなくなるとか、また、内臓に出れば下痢などの症状も出て、入院して点滴だぞ・・・そう言われた。

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確かに疲れは感じている。何もしなくても日中に眠くなったりする。じゃ、早く寝ればいいのに、遅い時間帯にならないと眠れない。寝ても何だか熟睡できないでいるようだ。それにこのの影響も???

やることがないとほぼと睨めっこだし、寝る寸前まで同じ状態だ。早く切り上げたいとは思うものの、ブログの記事や日記を書かないと、これまた気になって寝れないし・・・このやや神経質過ぎる部分を変えないと・・・

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きょうの雪で、先日紹介した場所に行きふたたびのシャッターを切った。

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特産のネギ畑も、また、我が家のガラスのテーブルもすっぽりと雪を被った。

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着膨れしたような我が家の庭の木々、ゆっくりと春を待とうとしている・・・俺の気持ちだけが、イライラを募らせている。蕁麻疹はあなどれない。蕁麻疹は恐ろしい・・・これもまた大本は年から来ているんだろう

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”味まん”の季節です・・・

ひとつ終わればまたひとつ・・・俺の体調である

昨日までのんでいた背中の苦痛の薬が終わった。しかし、終わる前に今度は蕁麻疹・・・痒みも収まって入るのだが、先生からは5日後に再診をと指示されている。それが明日だ・・・こんな俺に2~3日前から今度は咳きがひどい

俺は食後に古新聞などを出してからへ・・・

いわゆる弱り目にたたり目ということか。咳きの原因は、大工さんが工事をしているので、そのごみを吸い込んだのではと妻は心配している。結果、熱があるわけでもないし、心配する事はないとのことで一安心・・・

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朝のことである、カーテンを引くと我が家の畑に穴・穴・穴・・・大根を引き抜いた穴が見える。階下して居間に入る。この所、朝の6時半のラジオ体操をしている。妻はほとんど毎日やっているのだが、農繁期になれば俺にはそんな余裕がない。

体操をすると気持ちがいい!冬分はすることもないから、体がなまる。いろんな症状が出るのは、たるんでいる証拠かも知れない。体操第一と第二をやると、からだも温まる。時には寝坊したりして、出来ない事もあるけれど、体操は確かにやれば効果があるようだ。

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きょうは”燃えるごみ収集日”だ。朝食後、俺は新聞や広告類、通販のカタログなど積んで軽トラで出た。収集所は我が家からは20mほどだが、量もあるから軽トラで向ったのだ。今年も学校で古新聞の回収をするかも・・・そう思ってためていた。ところが何の音沙汰もばいし、このままではいっぱいになるな、そう思って資源ゴミとして持って行った・・・

かつて、俺がPTA会長のときは地域から新聞紙などを回収した。子ども達のために使うことが出来る資金にするためであった。折りしも当時の校長先生は地元出身だった事から、大いに盛り上がり、地域も応えてくれ、先生方の協力もあった。

結果、年に2回の廃品回収では20~30万円の資金になった。学校ではこうした資金で、子ども達用に祭りの半纏を買い、さらには地域読本を地域全体に配布した。こうした活動が評価され、日本PTA連合会からの全国表彰を受けた事もあった。

今ではこのような活動をしているPTAがあるんだろうか、地域の言わばごみが子ども達の半纏になり、地域の歴史という地域読本になったり、俺はその年にNHKの番組に出演したことが、昨日のように思い出す・・・

咳き込みの激しい俺は、月一回の定期診察もあることから、前述のようにいつものに。行くとインフルエンザの予防接種の人が多く混雑していた。体が順調ならば、俺もその予防接種を受けるつもりであったのだが・・・秋田県では、昨日、インフルエンザの流行期に入ったと言っていることもあって。この分ではいつそれができることやら・・・

診察を終えてから、雪寄せシャベルがほしかったのでホームセンターに立ち寄った。ついでに、そこで開いている”味まん”を買った。ふたりの大工さんにもと4個を求めてきて、馳走した。いよいよ”味まん”の季節にもなった。

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帰宅したら、妻が例のごとく家の中に飾っていた。クリスマスも近づいてきたから、あっちこっちと賑やかに・・・

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そう言えば、わがまちのイルミネーションが昨夜テレビで紹介されていた。俺も近々に行って見よう・・・夜には雪が降り出している。今夜も冷え込んでいるヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ 

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米作りがスタート!

11時半、少し早い時間だが昼食にした・・・妻は、友人との会食で出掛けているし、手掛けている事に使っていたインパクトドライバーは充電が必要な事から、その合い間を昼食時間にした。

質素な食事である。従姉妹から届いたハタハタの田楽。朝はハタハタのから揚げと、ここ数日ハタハタづくし・・・

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こうして一人昼食だったが、昨晩は俺は忘年会だった。仕事を辞めると忘年会もないと思っていたら、かつての仲間が誘ってくれたのだ。嬉しいものである。ヤキトリ店に集まったのは5人・・・この5人で、富良野・隠岐の島・四国と歩いたのであった。

俺にとっては忘れられない、貴重な経験と時間をこの仲間達と共にした。昨夜はこれまで休んでいた酒をしかし、蕁麻疹のこともあって2時間早々で帰宅した。

俺の籠り部屋・・・きょうは床を貼っている。少しづつではあるが、もう面的な作業になってきたので、仕事の進捗も確認できる。もう人生の終着駅に差し掛かろうとしているのに、笑う御仁もいることは分かっている。でも、だからこそのリフォームなのだ。

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生き方は慎ましくありたいが、居場所はしっかりしたものにしたい。が俺の廻りにあるような部屋として間取りを考えた。このままであれば、年内にはできそうな気配。大工さんは始める前に、年内には終わらないかもと言っていたので、それでも仕方ないと思っていたのだが・・・出来たら、新年のスタートをリニューアルした部屋ですごしたい・・・

来年の米作りもスタートした春の耕起作業の前に、米質を良くし味を向上させるために、市の助成もあって有機質肥料を散布している。それをこの降雪期にJAが行う。写真は3日前に撮影したものだが、当市での田んぼのほとんどはこの有機質肥料が散布されている。

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ただ、市役所からの助成はあっても結構高い費用になっている。こうした分でも米価に反映してほしいところだが、消費が減っているからと言われれば、米作り農家としては、声高には叫ぶことができない・・・

いづれ収入は少しなのだが、仕事があることもまた健康に繫がっている、そう思って農業はやるしかない・・・

先日、雪の潟の写真を数枚アップしたが、まだ残っているのでここにアップする。004 

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今夜もブログに訪問頂き有難うございます。

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「ん」から始まる・・・

毎週の日曜日、秋田魁新報には「子ども新聞」がついてくる。先日の記事の中に、”ことばっておもしろい”が載っていて、「””で始まる言葉は?」が載っていた・・・

「ん」???であるううん、困ったぞ~なんて言わないで、そんな言葉があるのだ。

日本語には「ん」で始まる言葉は、ほとんどないとはいいながらも、国語辞典には「ん」から始まる言葉が載っているらしい。

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例えば、知らん顔のように上の言葉の意味を打ち消すときに使う、そう説明されているようだが、俺もまだ辞典で確認したわけではない・・・

先日の流行語大賞には「そだね」が受賞した・・・

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それは・・・「そうですね・・・」と相手に確認するときに使う。秋田弁では同じ意味だと、俺のまちでは「んだでろ・・・」と言い、山間部にいくと「んだべ・・・」となる。いずれも”ん”から始まる。

そして、秋田県のキャッチコピーは「んだんだ秋田」だ。また、マスコットキャラクターでは「んだッチ」なのだ。東北弁でも、相槌を打つ場合、ほとんどが「んだ」というようだ。

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「んだッチ」・・・近未来から秋田県をPRするためにやってきた、なまはげ型の子どもロボットという想定である。

しりとり遊びの場合、「ん」で終わる言葉を使うと負けだ。それは「ん」で始まる言葉がないからなのだが、秋田では「ん」から始まることばがあるのだ。否、アフリカの都市名を「ンブール」というして載せている辞典もあるようだ。セネガルの都市である。

それにチャドの首都も「ンジャメナ」として、載っている辞書もあるようだ。「ん」が、最後だけの言葉ではないようである。

      <写真はネットから戴きました>

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父のメモ

わがまちの特産品に”かなかぶ”がある。原野を焼き払って作る、つまり焼畑で栽培する小かぶであり、辛味の効いた味が人気なのだ。それを食べたいが作る人が少なく、栽培は年々俺はグループで、その栽培に取り組んで来たが、暑い真夏の下での作業故、難儀をする。従って、ほぼ10年栽培をして来たが、昨年から止めた。自然農法では俺達の体力が持たなくなったのだ。

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今朝の食卓にその”かなかぶ漬け”が上がった。まちの物産所で購入して来たのだと言う。その漬物も添えて、妻は仏壇に霊供膳を上げた。亡き父も好きだったので、それでどうやら購入してきたようだ。

きょうは父の命日なのだ。昨年に27回忌を行った。何としてでも33回忌は、俺の手でやりたいものだと思っている。

その父と母の暮らした部屋を今、改装中だ。俺の最期の居場所にリフォーム中なのだ。何度か改修を加えているのだが、建築当初の壁等も見える。そこの一部に・・・懐かしき筆跡!父の字だ。父は揃った字を書いていた。その父のメモしたような字が見えた・・・

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父は”メモ魔”であった・・・農舎の柱や壁等にも、米の価格であったり、その年の収穫量だったり、家の大きな出来事だったり、紙にでも書いていれば良かっただろうに、書いていた・・・勿論、居間とか廊下とかそんな所には書いてはいないだが。

これは戦友の住所のようだが、目にすぐに見えるところに書いて置きたかったのかも知れない。几帳面な性格、真っ正直な父であった。俺が高校生の頃、公選であった農業委員に立候補、3位の上位当選した父。実直な父でもあった。

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俺は進路の事では父と諍いしたものの、田んぼに減反政策が始まった頃から、”倅を農業高校に無理やり進学させてしまった”と、後悔していた父のことを人づてに聞いた。それまで頑張って農業に勤しんでいた父。それを息子に継がせたかったのは、今では分かるような気がする。

その父・・・何とかして生きている、時には人のために一身を投げ出してきた俺を、遠くからどう見ているんだろう

4~5日前からからだ全体が痒い。寝ていながらもどうやら掻いているらしく、あちこち赤くなっている。市販の薬を塗っていると痒みも収まるのだが、やはり皮膚科に行ったほうがいいだろうと、懇意にさせて頂いているに出向いた・・・

先生からは・・・疲れているんじゃないのと言われ、蕁麻疹らしい。その原因をいくつか上げて思い当る事は・・・確かになんか疲れている、睡眠不足もある。ストレスだってないわけじゃない。それに、家の中の改装で、埃も吸っているのかも知れない。

飲み薬と塗り薬を処方された。併せて口内炎の薬も・・・

からの帰路・・・

俺たちの田んぼの水瓶である”長潟”がきれいに見えた。軽トラを止めて

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雪を被った樹木が水面に映って、とてもきれいだ。更に今度は残り柿の景色に出会った。

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海はるか先には、100kmほど先の男鹿半島が見えた・・・

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冬晴れのきょうだったが、明日からはまた冬に戻るらしい。

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ジジ&ババの他愛無い話

冬の我が家は本当に寒いヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ廊下に出ると、まるで外のような寒さだ。家中が広いせいもあるし、天井が高いこともある。大方の窓は断熱サッシに替え、外壁にも断熱材を入れているのだが、古い家ということもあり、断熱材の効果が薄いようだ・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ002

外に出れば・・・この通りの雪。まさかいきなりこのような大雪になるとは、想定外だった・・予想が甘かった、そう言わざるを得ない。浴室の脇のサンシュユ、大きな雪の帽子を被っている。屋根からは氷柱が・・・

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毎度紹介している、柏葉アジサイが被っていた雪の帽子は少し解けたか、赤い葉を見せているが、ハツデは重々そうに・・・

それでもこのような寒さの中で、まだまだ十月サクラが健気に小さな花を見せている。思わず、もう頑張らなくても良いよ・・・そんな声をかけたくなる。今、咲かなければ春にふたたび咲くのだから、つい哀れにさえ思えてくる。

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この雪だから、それにきょうも大工さんが来ているので外出はしない。妻が歯科医院に行ったこともあって、俺は10時にお茶を出さねばならないから。家の前の除雪をして、道路に出たら・・・

我が家のヤブツバキが一輪咲いている。植木屋さんに手入れをしてもらい、剪定された効果かも知れない。例年以上に早い我が家のヤブツバキ。

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ところで・・・

人間は眠っている間に、ほとんど夢を見るという。夢は見ないという人は、その記憶がないからだとも聞いた。その夢・・・例えば、蛇の夢をみるとお金がたまるとか、そうも俺の地域では言われているが、不吉な夢というものもある。

田植の夢などは、その不吉な夢らしい。朝食のときに、妻が不吉な夢をみた、そう言った。「俺が死んだなんていう夢か」と聞くと、そんな夢をみればその人は長生きするんだと・・・。実は「田植の夢を見た」と言う。

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何故田植の夢は不吉なのか、良くは分からない。妻の夢を聞いて、「あれっ!俺は補植えの夢をみたぞ!」どちらも田植に関る夢である・・・でも、幸いにしてきょうは何事もない。やはり迷信なのだと思っても、それを聞くとどこか不安なものだ。

これがジジとババの他愛無い話であってくれ、そのように願う。今夜もまた冷え込んでいる

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昨日は”レノン”の命日だった

ラジオを聞いていたら・・・「夢見る想い」が流れて来た。そして、次に流れたのは「夢見るシャンソン人形」だ。若い時分、夢中になって聞いた音楽だ。勿論、歌手はジリオラチンクエッテイ、シルビーバルタン・・・

俺は今でも自信はないものの、「夢見る・・・」はイタリー語で歌える唯一のもの。ノノレタ・・・ノノレタ、ペルウシーレソラコンテー。あの頃はカンツーォーネがブームでもあった。それを聞きながら、やはり同じ頃に彗星のように登場したグループを思ったのだ。

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”ビートルズ”であった。そのメンバーのひとりが、1980年12月8日・・・一発の銃声がして、突如この世から消えた・・・あの事件は衝撃的であった。このことから、昨日はそれを書くつもりだったのだが、大雪になりブログもそのことを書いたのだった。

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ビートルズを聞いたのは中学生のときだった。同級生のひとりが、ドーナッツ盤のレコードとプレーヤーを持ってきて、教室でかけたのだった。文化祭の時だったかも知れないが、それが初めてであった。なんだうるさい音楽だな・・・当時はそんな印象だったと記憶している。

ビートルズっていいな、そう思ったのは初めて日本に来た頃だったと思う。”ミッシェル”などのラブソングに惹かれたのだった。そして、どんどんと傾斜した俺だった。LPレコードも何枚かあるし、その後はCDの全曲集も買っている。

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グループが何年かすると考え方に相違が出てくる。ビートルズもまた例外ではなかった。あの有名な”イマジン”が発表されたのも、その頃だっただろうか。或いは解散した後のか、はっきりは分からないのだが・・・

このイマジンは東洋的な曲調だ。俺は当初、これにもどこか馴染めないでいたのだ。が、何度か聞いていてすっかりと「虜」になったのだ。歌詞の内容にも興味が起きていた。平和を愛するレノン、それをたっぷりと盛り込んでいるのだ・・・

「国も宗教も財産もなく、誰もが殺し殺される事なく、平和に暮らしていける世界を想像しよう」。イマジンとは想像ということなのだ。

1940年生まれのレノン・・・存命だったら78歳・・・どんな歌を歌っていただろう。この秋に同じメンバーで、レノンと人気を二分にしていたマッカートニーが来日して公演したようだ。新聞には16歳のままだとの見出しもあったのだが、今更ながらも本当にレノンの死も惜しまれる・・・

さて昨日からの大雪・・・

外に止めていた軽トラは雪に埋もれていた

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20~30cmは積もっただろう。いつもなら本道までの屋敷の雪を除雪しているのだが、きょうは日曜日だしやる気もない。人が歩けるくらいでやめて、午後からは自治会の総会に出て、俺は神社の氏子総代を辞めた。

あとは残っている公職は4つ・・・これもまた離れるつもりでいる。夕方は、きょうは「大黒様」我が家では、お膳の前に”まっか(二股)大根”を上げる。否、どこの家でもこの日はそうしていた・・・

    今年の我が家ではきれいな二股の大根はとれなかったので、少しだけくびれた大根を・・・

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大黒様は子宝の神様とも聞いている。それにあやかって、子孫繁栄の意味合いもあるとのことだが・・・

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雪がドッサリと・・・

そろそろ来るんだろうな、そうは思っていた。それが的中してしまった感じである。時季が時季だけに、むしろこれまでの天候が異常だったのだ。それでも、いっきょにこう積もるとは・・・今季初めての積雪である。

予報ではここしばらくは「」・・・

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昨夜は雨だった・・・布団に入り眠ろうとしたら、障子に何か映る、気になって障子を開くと雪が降っていて、それが外灯の灯りで降る雪が陰になって障子に映っていたのだ・・・

朝はそれでも幾分白くなっていた程度、それが間断なく降り続き、木も花もまた実も雪を置いて、まるで着ぶくれ・・・オンコ等はまるで俺のほっぺのように、そうアンパンマンのように膨れている。

昨日時雨に濡れていた実たち・・・

        サンシュユ・ナンテン・ムラサキシキブ

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そして花たち・・・

        サザンカ・十月さくら・オチャ

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さらに樹木は・・・

      柏葉アジサイ・夏ツバキ・けやき

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ビニールハウスのパイプも重い重いと耐えている・・・

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しばらくは冷蔵庫の中で暮らすような秋田である

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時雨れの1日

ここしばらくはなかなかすんなりと眠りにつけないでいた・・・布団に入ると色んな事が脳裏をめぐり、苦しんでいた。妻からは、遅くまでに向っているからだと言われる。そうかも知れない。否、そうなんだろう・・・ブログを更新すれば大方12時に近い。それが目にも体にも良くないとは分かっているのだが・・・

終わってからは日記を書く。この時節は、書くことも多くはないのだが、これも長年の習慣だから、書き終わらないと何だか1日を締めくくる気にならないのだ。いづれ何の為にもならない日記なのだが、書かないと落ち着かないのである。

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なかなか寝入りにつけなかった俺が、すんなり寝入ったのはあのエビス様からだ。と言う事は、あのお神酒が効いたのか・・・?そこでここ一ヵ月半休んでいた酒を、昨夜も今夕もコップでいっぱい呑んだ・・・酒は百薬の長とも言うから、まんざら嘘ではないようだ

ところできょうは「大雪」、秋田県の北部ではきょうも降雪があったようだが、わがまちには降らない。変わって降ったのは雨だった。それも午前10時ころだっただろうか。曇りの穏やかな朝から変わったのだ。

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12月の雨・・・いわゆる時雨である。そして、この時雨模様は夕刻まで続いた。雨であれば、来られる客もない。家の中では、大工さんの金槌の音がするだけだ。居間の出窓にはアンスリュームが美しい。

この雨で毎度の紹介しているが、サンシュユの赤い実が雫を宿してい、十月さくらもキラリと濡れている。白のサザンカは潔く踏ん張っている。相変わらず、柏葉アジサイの紅葉は見事と言うしかない。

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時雨れる庭に咲いている花はほとんどないが、鉢植えのマーガレットが主張するように俺を見ている。夏以来、健気にも咲き続けているのだ。

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予報ではあしたも雪とのこと。果たしてわがまちにも来るか、雪が・・・でも、もう冬への覚悟は出来ている。マーガレットのように雪の季節を、俺も健気に生きる事にしよう・・・

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母の形見?の120円

きょうは「ハタハタの日」。秋田県独自の祈念日だ。大漁のハタハタが、統計上この6日に獲れ始めていることから設定され、きょうも今年の大漁を祈る祭りが行われたらしい。ハタハタは秋田にとっては、冬を告げる魚であり、この日に合わせたように寒くなりだしている。

秋田県の北部では雪が積もったらしい・・・明日、明後日にかけてどうやら雪が降るとの予報だ。俺は愛車の軽トラの荷台に幌を被せた。これで冬への対応は大方OKだ。

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隣りの家では、残っていたビニールハウスの解体だ。いよいよ離農を決断したようだ。息子は農業をやる気持ちはないらしく、勤めているし、ここで見切りをつけたのだろう。集落ではまた農家がなくなる・・・

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その場所がよく見える、かつては母の部屋だったところのリフォームを始めた。もう長くはない時間なのにと、笑われるかも知れないが、だからこそ俺はここを”籠もり部屋”にして、過ごしたいのだ。母の旅だった部屋、俺もここで最期の時間を迎えたくて・・・

大工さんが来てきょうで3日目・・・

この部屋は父母の部屋として、一度増設していた。昨年は、窓のサッシ戸を断熱サッシに換えていた。この窓から、母はどんな思いで外を見たのか・・・

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古くなっているから水平も歪んでいる。改めて土台の改修から始まった。

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そして断熱材を敷く。

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そしてその上にはコンパネだ。

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床はあとはフローリング。だが天井や横壁などの改修が終わらないと、床に疵がつくから最後になるらしい。工事が終わったら設置するTVボード、飾り棚、ソファー、また、カウンター下のリビングボードも届いているのだが。

スライド式の書棚だけは、1月半ばにならないと届かないようだが、他は大方揃った。出来れば年内の完成を目指していたのだが、電気工事はなかなか年末で業者が多忙のようだ。だから、年内に工事をしっかりと終えるかは分からない。たかが8畳ほどの部屋なのだが・・・

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今の俺には急いでやらねばならないものはない。大工さんには、しっかり作って頂こう・・・この部屋の畳を処分している最中に出て来た「120円」。畳の隙間に挟まっていた。母の形見?今回のリフォームをしっかりとやってもらうお守りとして、俺は神棚に上げた・・・

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今夜は”エベス様”

今夜は”エベス様”だ。本来はエビス様なんだろうが、ズウズウ弁の秋田からか?エベス様と呼んでいる。取り立てて特別な事をするのではないが、我が家では伝承してきたことをする。床の間に、焼き魚などを上げたお膳をお供えするのである。

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お膳には、白いごはんとハタハタ汁+焼いたハタハタ+烏賊とマグロの刺身。こんなことをしているのは、集落内でも我が家ぐらいのものだろう。これにお神酒がついて、俺はしばらく休んでいたお酒を頂戴した・・・

農家では、以前は各集落で秋の稲刈りが終わると「エビス講」と称して、盛大に呑み会が行われたものだ。若い頃、妻の実家では集落の当番だということで、俺も案内を受けた事もあった。座敷・茶の間を広げて、民謡もでたりしてご馳走も豪華なものであった。

しかし、今ではこんなことをしている集落はないようだ。それが出来るような経済状況ではないのだ。米価は下落しっぱなしだし、若者もいなくなっている状況下、とてもとても伝統を守るところではないのだ。

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我が家の今夕の食卓、そこにはお供えしたものの他に”はらこめし”、田舎に住んで嬉しいのはこのように新鮮なものが食べられることか。ハタハタの焼いたものも美味しい。小ぶりなので、何匹も食べる事が出来る

本来ならば、床の間に掛け軸を飾ることにしていたが、現在、家の中をリフォームしていて、茶の間等にものがあり掛け軸は出せない。その代わりに、購入していた色紙を飾った。エビス様とダイコク様の絵である。

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また、床の間の小さなエビス様は、岡山駅で買い求めた備前焼の置物。高価なものではないのだが、それを出して飾った。

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ちなみに我が家の屋根。屋根は瓦葺なのだが、鬼瓦にエビス様・ダイコク様が上がっている。こうして祀っていても、宝くじは当ったためしがないし、一向に懐が温まらない。まだまだ信仰が未熟というか、いずれ住んでいるいる人の精進が良くないということかナ~

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今夜はもう一度、拝んで寝ようか( ̄ー ̄)ニヤリ

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”ワタ”と”カリン”と

何ともおかしな天気の12月である・・・

朝、俺の幼馴染が持ってきてくれたのは「ハタハタ」だ。秋田では”季節ハタハタ”といい、海が荒れるこの時期、近海に大漁のハタハタが接岸する。秋田の冬になくてはならない魚、言わば冬を告げる魚がハタハタなのである。

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こんなにもらっても我が家の2人暮らしには多い。そこで、妻の実家にもお裾分けした。半分は妻に義父に顔を見せて来いということもあった。そのハタハタ漁がこのあと最盛期に入る・・・

だが・・・

朝食後、少し動いただけで汗がにじむ。俺の体調がおかしいのかと思ったのだが、ニュースをみたら驚いた。全国では夏日のところもあったらしい。家の中では俺は半袖、否になった。これが12月か?本当に異常な今年の12月である

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ドウダンはまだまだ真っ赤だ。そこに俺は俺の影を映して撮ってみた。これが雪国の、12月の今年の秋田・・・

ところで我が家でワタの花が咲いたことを以前に紹介した。ほんのりと淡いピンク色できれいな花だった。その先、どうしてあのようなワタになるのか、気になっていた・・・本来ならば花が終わると実になり、それが割れてあのワタになるということだったから・・・

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本来ならば・・・

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このようにコットンボールになるはずだ。花が終わってから一ヶ月でそのようになる、本にはそう書かれていた。だが、そういかなかったのは、やはり秋田ではムリということか。種は妻がフラワーアレンジに通っていてもらって来たのだ。

ワタは一年草だ。だが本来は多年草らしい。原産地は熱帯や亜熱帯であることから、秋田ではほんとうにどうなんだろう・・・いずれ綿にはならなかった、我が家のワタである。

ならないのが我が家にはもうひとつあった。それはカリンだ。庭に植えているし、ヤマボウシの日陰になっているのが原因か、ことしは一個の実もならなかった。他の家ではたわわになっていたカリン・・・

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例年、我が家ではカリン酒を作っていた。喉に効果があるといわれ、咳止めにも良いということで作っていた。それを娘にも送って来た。だから、カリンがほしいと思っていたのだが、もいでいない家にもらいに行くのも気が引けていた。

それが、あの蔵のまち・増田に行った時、ある方が欲しかったらいくらでも持って行けとのこと。それで俺は5個頂いて来た。それを今まで縁側に飾っていたのだが、きょう妻がそれを浸けた。

呑めるまでは半年かかるらしい・・・となれば、今季の咳止めには間に合いそうにない。昨年のものはもうなくなっているし・・・

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・・・という事で、きょうはもらったり、ならなかったりした記事になりました・・・

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生き甲斐とは・・・

12月というのに・・・暖かいそれに朝から雲も見えない空。有難いことだ、嬉しい事だ、雪国に住む人たちにとっては、本当に気持ちいい1日になったただし、明日からはどうやら天気も崩れるらしく、週末あたりは「」の予報である。

さて、恒例の流行語大賞が決まった。大賞には、あのカーリング女子の発した「そだね~」だとか。なるほど会話していても相づちをうつ時、「そだね~」なんて聞くから、順当な選考なんだろうな・・・?

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こんな人にこそ本当は勲章を上げるべきでは・・・そう思ったりするが、それだって彼のことだから受ける事もないか。人のために役立つ事をする、簡単なようで出来ない事である。ボランティアは彼の生き甲斐なんだろうな・・・

これもまたきょうのニュースで報じられていた。何と三浦雄一郎氏が、来月に南米の最高峰アコンカグアという山に登るとか。驚いた。年齢がネットでみると86歳である。一体、彼をこうして駆り立てているのは何だろう、この情熱はどこから来ているのか!

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実は、昨日の朝のNHKのニュースで紹介された本。「IKIGAI」という著書だった。今、どうやら広く読まれている1冊のようだった。

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日本の言葉である”生き甲斐”を”IKIGAI”として著したのは、エクトル・ガルシアさんだ。

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世界には、日本で言う生き甲斐のような言葉がなく、”IKIGAI”というタイトルになったらしい。

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三浦雄一郎氏も”山”が生き甲斐になっているのだろう。これまでも数々の山に登ってきた彼だから、当然なのだろう。チャレンジにあたっての彼の言葉がまた良かった。「限界まで頑張って、それが頂上であれば、これ以上ないほどすばらしい」と・・・

ここがもう限界と思ったら引き返す、これもまたこれまでに体験してきたからこそ言える言葉か。敢えて目指すのは頂きであっても、自らの判断で限界を知る、きょうのニュースを見て、やはりいくつになってもチャレンジする気持ちが大事だ、と言うことを学んだ俺である

   ~きょうの写真は、すべてネットやNHKニュースからのものです~

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老いは哀しも・・・

 ☆見送るか見送らるるか分からねど寂しきものぞ生ある身には

今朝は”朝焼け”となり・・・

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日中はこれ以上ないほどの天気庭ではふたたびトンボが飛んでいる。そして、夕刻・・・いつもの金浦の海に行ったら、夕日がこれまたきれいだった。

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だが、夕日は落ちるのが早い。見ている間にストンと沈む。人生も振り返れば、こんなものなんだろう・・・きょうの夕日はことさら寂しい・・・

妻が病院に行った・・・母の病室に、父をあわせに行ったのだ。妻の実家は妹が継いでいるが、その妹からの電話で”爺さんの具合が良くない”とのこと。父は妻が入院したら、急速におかしくなったと言う。認知症になったのだ。年齢からして致し方ないのではあるが・・・

夕方のまだ熱くしていない風呂に入ったり、夜中に起きてストーブ焚いていたり、奇妙な行動が出ているというのだ。それが、妻が入院したら間もなく始まったらしい。正常な時だろう・・・”俺、もじゃねくなったようだ”っても言ったらしい。それが哀れだと妻は俺に言う。

そんなことから、妻の顔を見せたら少し良くなるのではと、病院に出かけたのだ。病院には妹が父を連れて来る。そこで落ち合って、母に父を会わせることにして。そんなになったことが俺には信じられない。

病室には父の同級生も入院しているようだ。その人が父に向って言ったとか・・・「○○さん・・・しっかりせ!学校で一番出来てたあんたなのに・・・」と。しかし、その同級生を果たして分かったのか?

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俺から言うのもなんだが、義父はすばらしい人だった。弁はたつし、書かせては筆が達筆だったし、働き者でもあったから、言う事がなかった。それが・・・それが?

病院から帰宅した妻に、また、夕方に電話が来た。あれほど言って、うんうんと聞いていたのに、また冷たい風呂に入ってと・・・ほんの少し目を離した時だったとか。歩けるだけに、今後がどうなるのか・・・心配だ。

寒くなっているから風邪でもひいたら大変だし、また、夜中に起き出してストーブとなれば、間違えばとんだことになりかねない。その父の傍にいる妹に、妻は申し訳ない気持ちでいる。本来ならば自分が面倒みねばならなかったのに・・・と。

跡継ぎを妹に託して俺のところに来たのだから、ここ数日どんな思いでいるのか・・・せめて、母は病院で寂しがっているだろうからと、俺は連日見舞いに行かせていたが、今度は父のこともあって、眠れないでいるようだ。

俺の母、認知症だった母を看取って1年・・・今度は実父が認知症だ。親の面倒をみること、親を看取ることは子どもの大きな努めではあるけれども、俺はただただその妻を見ているだけである。

 ☆いづれ来る老いと思えど切なくも夕日を見入る老いは哀しも

 

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12月の始まり

きょうから12月だ。早いもので1年はあっという間だ。今後そう思うのは加速度をまして感じる事になるのだろうか・・・

朝方には雨があった。北部の地域では雪だったようだから、それよりは有難いことである。これからの秋田の空は、”半分青い”話ではない。”大方暗い”のが冬の秋田の空だ。でも、きょうはそのあとに少しの日差し、少しの青空を見せてくれた・・・

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この空の下・・・

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ナンテンやムラサキシキブが艶っぽい。健気にもオチャの花が凛々しく咲いている。そして、ドウダンやカシワバアジサイがまだまだ紅葉し続けている。もう例年ならば、とっくに落葉しているはずなのだが・・・

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やはり予報されているように、今季は暖冬なのかも知れない。雪国にとって冬が温暖だと暮らしやすい。それにいささかであっても暖房費も軽減されるだろう。だが・・・これまでの経験からだが、暖冬だと裏腹に冷夏になるから、喜べない部分もある。

もうレンゲツツジ・シャクナゲは冬に備えて、花の蕾を固く締めている。

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最後にきょうの秋田魁新報の記事を紹介しよう・・・県民栄誉賞が贈られた金足農が、昨日は今度、秋田市から”秋田ふるさと市民賞”が贈られたのだ。これも先同様に応援席は抽選だった。如何に秋田は今夏、燃え上がったかが分かる。

記事ではその模様と、ナインに贈られた副賞などが載ったのだ。記念の盾は金農カラーの紫の模様入り、そして、ガラスのボトルだった。これに甲子園の土を入れてとの品であったようだ。

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今年は最後の最後まで、金足農が話題の中心になっている。

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