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笑う101歳×2

凄い人がいたものだ・・・つくづくとそう思う。

ふたりはともに101歳。そのひとりは日本初の女性報道写真家・笹本恒子さん、もうひとりは(昨年に亡くなったのだが)反戦を訴え続けたジャーナリスト・むのたけじさん、実はこのふたりの足跡をたどったドキュメンタリー映画「笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ」が秋田市で上映され、俺は午後からそこに足を運んだ。

4時半からの上映に出かけたのだが、会場の文化会館は生憎駐車場が満杯なので、近くの生涯学習センターで時間を潰して、午後7時からの上映を観た・・・

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ご存知の通りむのたけじさんは秋田県の出身だ。以前も彼のことを記述したことがあるのだが、きょうまた彼の筋を通した生き方に感動し、昨年の8月21日に101歳で亡くなったのだが、スクリーンで拝見しているとかの世の人になったとは思えないほどの迫力があった。

むのさんは、物を運んだりして日銭を稼ぐ貧農の家に生まれた。やがて彼は新聞記者になって、従軍記者になったようだが、戦争の真の実態を伝えることが出来なかったとして、敗戦の日に朝日新聞を退社した。

退社してもういちど自分はどう生きたらいいのか、一から出直そうと故郷に帰った。そして、彼が行なったのは、闇の中にたいまつを灯そうと、小さな新聞週刊「たいまつ」を発行することとし実践に移った・・・1948年2月2日だったと言う・・・

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今ならばそんな気骨を持った人間だ。選挙などに駆り出されただろうが、彼はあくまでも市民、それも貧しい人々の暮しをペンで訴えようとしたようだ。当然、暮しは楽ではなかっただろうことは想像出来る。

それでもめげずに発行を続けられたのは、内助の功があったことも推測できる。それで少しづつ発行部数も増えたというが、経済的には恵まれた人生ではなかっただろう・・・

今、わがまちでは選挙一色に染まろうとしている。国政選挙のほかに、市長選、県議の補選も予定されており、若い人が県議への出馬を表明している。出馬の理由には県議の報酬が高いこと、表立っては言ってはいないものの、そんなことも噂されている。

そんなことを思えば、むのさんは世の中を俯瞰し、意見を言ってきた人間なのだから、堂々と論陣を張れるジャーナリストだから、いくらでもその機会はあっただろう。今回の国政選挙、何がどうして解散されたのかも不明のままに、総理の専権事項で解散された・・・

だから明確な争点もなく、あとからこじつけた争点だとも言えなくもない。ただ、残念なのは、どの政党もどの候補者も「農業をどうするのか」等はまったくふれてはいない。稲作農家は来年から減反政策がなくなり、また、所得補償もなくなることから路頭に迷っているというのに。

どこの国でも自国の農業は守っている、食糧だけは何とか自国で維持したい、そのように躍起になっているのに、日本は農業の「の」の字もどの政党からも聞こえない。減反のなくなる来年、来年は農家にとっては「やっていくか」「やめるべきか」その元年にあたるのに、残念なことだ。

むのさんの発行し続けた「たいまつ」は1978年に廃刊になったが、この間780号まで発行した。30年と言う長きにわたってのペン活動は終ったのであった。余談ながら、秋田魁新聞の文化欄に同社のラジオドキュメント制作部の須藤さんが一文を寄せているが、それによるとむのさんは、「たいまつ」を廃刊後、自分の無力を感じて髪を伸ばしたようだとある。

そのむのさんが、実に36年ぶりに散髪したとある。思いが叶ったからということでもなく、世界が益々きな臭くなっているときに、3次世界大戦になれば地球が滅びる、そんなことをさせてはならない、それを強く主張する表れと言うことだろうか・・・

タイトルは笑う101歳だ。それは人生を卓越してきたからこその笑いと言えるが、その裏面に隠された思いをわれわれは汲み取る必要があるのではないだろうか・・・

                                    

今夜はむのたけじさんだけのことを記述したが、いつかは一方の凄い人の笹本恒子さんのことも書こうと思う。

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