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2017年9月

土浦での朝

皆さん、おはようございます。俺は、土浦での朝を迎えています。朝の光が注いでいる、土浦の駅前です。これから食事をしてから、行方市に向かいます。

秋田からは、東京は遠すぎます。俺のまちには、新幹線も走ってはいなくて、昨日は午前10時に特急に乗り、新潟から新幹線🚄でした。上野駅についたのが午後3時頃、それから常磐線…宿泊先の土浦に到着が午後5時頃でした。終日の電車で疲れましたね。

それでも6時からは6人の仲間で、駅前の呑み屋に出ました。こんなときは元気が出るから不思議ですdeliciousそこで2時間ぐらい、🍺と冷酒をやってから今度は🍜に。もう疲れなどどこに行ったのか? 恥ずかしいです。

でも、きょうはびっしりと研修が待っています(*´ェ`*)

しかし夜になれば…またお誘いがあるのでしょう、今夜の泊まりは春日部です😃

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わが郷の果樹

夏の暑さに耐え切れなかった花がある、でも、幾分涼しくなって来たので、ふたたび芽を吹き花を咲かせている草花もある。例えば、ベコニア、インパチャンス、また、キンレンカやアリッサムは元気に花を見せてくれていて嬉しい。

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こんな草花とこの先3日間はお別れだ。10時2分発特急「いなほ」に乗って、俺はこれから視察に出る。

アリッサム・・・白やピンクもあったのだが、どうやらそれらは復活できなかったらしい。俺はいつものように元気だから、この研修にも参加出来ることを喜んでいる。

きょうは日程の関係ですべてに乗り物の中、移動中は疲れる。本やタブレットは持ち込む予定なんだが、きょうの泊まりの土浦までは、幾分気が重いbullettrain

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先日、従兄弟からイチジクを頂いた。彼はイチジクを結構植えていて、出荷もしている。品種はほとんどホワイトゼノアなのだが、最近は生食もはやっているということから、それ用にエルサレムも植えていて、それを持って来てくれた。

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かつては我が集落でもイチジクが植えられて、出荷もしていた。和イチジクでジャム用だ。ところが、稲刈りと収穫がかち合う事、また、品種を更新できなかったことなどから、いつしか廃れてしまった。

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子どものころは、このイチジクの皮を剥いてよく食べた。あまりに食べすぎで・・・・もあった。このイチジクは、亡き母も好物だった・・・今日は仏前に上げてから頂いた。昔の味とは多少違うのだが、でもおいしく頂いた。

わが郷の秋の果物、それがイチジクであり、道を歩くとその香りがする。

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夏<秋

暑さ寒さも・・・・・その彼岸の中日も終わり、今後は日増しに気温は低下となっていくのだろう。夜空にはmoon3、気温は20度を下まわっている・・・

朝、玄関を開けたらキョロ(・_・ )( ・_・)キョロ・・・良い香りeyeキンモクセイの香りだ。この香りもまた、もっと広がっていくことだろう、そう、庭が芳香剤を入れた風呂のように・・・。その香りが増していくのをこころに思いながら、俺はあしたから3日間の研修に出る。

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きょうからは新しいcameraなのだが、果たして使いこなせるか不安。初めての写真がこのキンモクセイだ。残念ながら、昨年植えたギンモクセイは芽を吹いていたのだが、家のリフォームの際に足場を組んだりしたために、根付けなかったようだ。

わが集落では、早い人の稲刈りが始まった。今年はなかなか稔実しないので、早刈りしないようにとJAから情報が出されている。そのことが俺には少し気を楽にさせてくれる。人様が稲刈りしていると、やはりどこかしら穏かではないのだ。

我が家の前のSさんの畑・・・今年はまだ咲かないなと思っていたら、もう前から咲いていたようだ。キンモクセイから、次ぎの撮影は彼岸花。気がつかなかったのは、昨年よりも花数が少なくなっていたせいかも知れない。

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実は我が家でも植えていた。畑の隅に植えていたのだが、今年は咲いていない。俺が鉢や庭に植えていたものも咲いていない。どうしてなんだろう・・・

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これから忙しくなる。その前にと座敷・茶の間の取っていた茣蓙を敷いた。母の葬儀もやったら、今年は長い時間の畳となっていた。

座敷・茶の間の襖はまだ夏の襖だ。家の中はまだ寒いことはないのだが、例年、10月10日ころは暖房を入れている。鳥海山はその頃、初冠雪になる・・・

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でもこの時期、俺には快適だ。まだ半袖シャツで過している。外に出ると長袖はまだ俺には早い。それは・・・こんなことでも分る。

庭に散水しようと蛇口に行くと・・・また長い奴がいて驚く。以前にトイレの窓にいた奴だろう、先日も散水時にくねらせて逃げていった奴。きっちお同じ奴なんだろう。今度出合ったら、潰してやらないと安心して散水できない。

ただ・・・朝夕の風には涼しさ以上だと思う。そろそろ夏<秋。秋の方が勢いを増しているようである。

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雪山に消えてから

きょうは彼岸の中日。恒例によって、妻はボタ餅を作った。そして、それと水や線香を持って、墓参りに行った・・・ボタ餅は亡き母の大好物であった。もう二人暮しだから、4個作れば足りる。甘い物に目のない母だったから、このボタ餅に視線を向けているだろうか・・・

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早い人はきょうから稲刈りが始まった。この作業の終る頃になれば、もっと日が短くなっているだろう・・・

昨日のフォーラムで、”鳥海山に登る会?”の代表とあった。俺をは知らないはずだが、俺の方では良く知っている。それもその方の両親が、俺の地域の小学校に夫婦で赴任していたからだ。あの頃は、先生方は地域に下宿するのが普通だった・・・

その先生には子どもがいて、俺たちの同年だったので、同じクラスであった。名前を和夫と言った。彼は、親が学校内にいることもあってか、わがまま一方であった。そして、きかん坊でもあった・・・002 

その彼が我が家に遊びに来た事があった。きかん坊でもあったから、クラスでは好かれる人物ではなかった。そんなことを意識していたのか、その後も我が家に遊びに来ることがあった。おとなしい俺は恰好の部下として扱いたかったのか・・・

それでも、先生方の異動は6~7年か。俺の記憶には、学校を離れて行く和夫の姿はない。彼の名前が耳に入ったのは、彼が大学生だった頃だろう・・・

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雪の穂高(だったと思う)に登って、そこで不明になったことを耳にした。そして、不明の子を探しに両親が山に入ったことも、耳にした。だが、探してさがしたけれど、子どもの姿を発見できなかった・・・

今ならばヘリなども利用したり、無線などの通信機器も充実しているから、割合に早く発見されている。しかし、当時はそのような仕組みもなかっただけに、どのようにして捜索してあったのだろう・・・

両親は、ふたたび夏に捜索を開始したと聞いた・・・和夫は待っていたんだろう、両親が迎えに来ることを・・・両親は探していて、赤いマフラーを発見、そこに和夫が亡くなっていたという。

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俺は鳥海山に登る会会長に、「俺、和夫さんの同級でした・・・」といったら、「今年50回忌です・・・」と。そうか、あれからもう50年か・・・俺には小学校の時の面影しか残っていない。社会に出ては一度もであったことがない。

この和夫を悼むような歌をラジオで聞いた。ダークダックスが歌っていたのは「雪山に消えたあいつ」だったのだ。当時は、車のなかで結構歌ったりしたのだが、昨今はほとんどなく、歌詞もわすれたのであるが、インターネットで調べると・・・あった。

    「雪山に消えたあいつ

    山が命と笑ったあいつ
    山を一番愛したあいつ
    雪の穂高よ答えておくれ
    俺にひとこと教えておくれ
    なんで吹雪きにあいつは消えた・・・

     <花は我が家のバラ、今年3回目の開花です>

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「人生は冒険の連続」

わが故郷の偉人・白瀬南極探検隊隊長のことは、何度か記述した事がある。彼の業績等を称え、市内には建築家・黒川紀章氏のデザインした「白瀬記念館」がある。きょうは彼を称えるとともに、地域に貢献している「しらせ自遊人倶楽部」主催のフォーラムが行なわれたpenguin

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テーマが「人生は冒険の連続 探しに行こう新しい自分を」。ここに3人の冒険者が集まって、講演し、トークショーを繰りひろげた。

その一人・・・石川和則氏、アニマル石川としてDACグループの代表であり、冒険家。

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また、舟津圭三氏、南極大陸を犬ぞりで横断した国際隊のメンバーだ。

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さらには、朝日新聞の自称”極道記者”南極・北極を積極的に取材中の女性記者。

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さすがに冒険家たちの話は大きい。いづれも「夢をもつこと」「やりがいをもつこと」が大事であり、人生も同じだ。一度っきりの人生を夢を持って生きよう・・・と。

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トークショーを終えて質問時間があったので、手を上げる人がいなかったので、俺は手を上げた。「冒険は危険が伴うだろう、もうダメかと思ったことがなかったのか、また、そのときに何で自分を奮い立たせたか」、また、女性には「 もし仮に住めるとしたら、北極・南極どちらに住みたい?」と・・・

それぞれが振り返りながら語ってくれた、危険なことはあった、それでも冷静に自分を見詰め自分を信じた。また、どちらかと言われれば南極です・・・と。フーラムが終って懇親会も行なわれた。俺には昨夜の懇親会、今夜もと立て続けの懇親会bottle

彼ら冒険家にとっては、好奇心が旺盛な事が夢を持ち続けさせているらしい。俺などは好奇心が旺盛でありながらも、燃焼させることも知らず、くすぶっている哀れな人間のような気がして・・・weep

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立ち向かう”蟻”

「やはり野に置けレンゲソウ」・・・という言葉があったと思う・・・自然のなすままに、そこに置いた方が良いのだろう、本当によく分る・・・

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写真はフジバカマ。畦にあったものを掘って鉢植えにしたものだ。野に置かずに持ってきた俺なので、読者からは叱られるかもしれない。でも、名前を知ったときに、草刈り機で刈るにはしのびなかった。だから、スコップを持って行き掘りあげてきたのであった。

だが、畦にあっては何度も刈られたものが、鉢植えでは伸び放題・・・ご覧のように、首長になっていて、見苦しい・・・

バラがまた咲き返っている。今見頃は「紫雲」・・・俺はとっても気に入っているバラのひとつ。この間の台風にも耐えてくれた・・・

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台風に向かって頑張っていたのは、バラだけではない。このムクゲもまた、強風に耐えていたのだ。この色は、ムクゲにしては珍しい花色のはずだ。「青いムクゲ」ということで、俺は種苗店に注文した花であった。

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光りに隠れえるようにして咲いているのが、シュウカイドウだ。このごろは、花も大きくなっている。この花に、雄しべ・雌ベがるとは知らなかった。

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どの花もとってもきれいだ。台風18号にもめげず、見せてくれるのは嬉しい・・・

自然にあるものはいい。風に耐えた花は魅力的だ。そんな中で、俺はもがいている一匹の「蟻」、蟻故に、抵抗等はたがが知れている。自然の中にあっては、いくら踏ん張ってもどうにもならない・・・

きょう・・・大きな相手に突っ込んだ・・・どうしようもない俺は蟻だった。いくら正義を翳しても、いくら問題は相手にあり、等と挑んでも結果は知れていた。それでも向かっていくのは、愚の骨頂であることは知っている。

だが、知っていても挑まずに居られないのは、無力な抵抗と言われようとも俺の生き様だ。なかなか治らない俺の性であるだろう・・・

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”かかし”立つ

かかしの制作に協力してほしい・・・某小学校の校長先生からそのように言われたのは、9月7日であった。分ったと答えたものの、俺たちのリーダーは7月から入院しているhospitalしかし、あれから2ヶ月だ、村の祭典までには退院するだろう、そのように思っていた。

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俺は事情があって、我らが仲間「百生倶楽部」のリーダーを辞めて、S先輩にリーダーをして頂いている。そのS先輩が、7月始めに田んぼに培土をかけている最中に熱中症になり、田んぼの中で倒れ、そして培土機の下になったようだ・・・

それがなかなか分らず、かなりの時間が経過していたようで、火傷が深かったようだ。それでなかなか退院できず、彼も村の祭典に欠席したのだった。こんなこともあって、昨年も協力していたかかし制作を、今回は出来なくなった・・・

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そこで今年は児童だけで制作してもらうことにした。そして、4体のかかしが完成した・・・

ところが今度は設置の依頼の電話をもらった。S先輩は、折りしもこの16日に退院したので、他にAさんからも協力頂き、俺たちは3人で、かかしの設置に協力した。

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かかしは子どもらしく、ユニークなものだった。また、俺の言っていた「3Dかかし」(立体的にみせるかかし)、俺たちが昨年指導したことが、生きていたようでとても嬉しかった・・・否、おれたちのかかしよりも立派だ・・・

その1体1体を設置していると、下校する子ども達がこちらを向いている。「おいで!」っと手を振るといっぱい寄って来てくれた。そこで、揃ったところでハイ、ポーズscissors

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ここは学校田、稲刈りが間もなく始まるのだが、終ってからもしばらく設置しておく予定とか。元気な子ども達をしばらく見守ってくれる・・・

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”台風”&”母の後押し”?

所用を終えてから、夕方に田んぼを見回った・・・どうやら大きな被害はないなと、やや安堵しながら・・・ところが、台風18号の被害と思われる田んぼもある。大きく稲が傾いている田んぼ、坪状になって部分的に倒伏している田んぼも結構ある・・・

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俺の田んぼはそこまではいってないのだが、部分的には倒伏寸前の田んぼもあった。これでは刈り取りまで大丈夫かと、少々不安になって来た・・・この台風18号もさることながら、今も”防災安心メール”が入ったが、このところ引っ切り無しに竜巻注意や警報が出ていて心配だ。

俺が耕作している叔母さんの田んぼに行ったら驚いた・・・最近まで、花を見せていたネムの木が根元で倒れていた。田んぼの土手にあったあのネムの木だ。そう言えば当市では、瞬間最大風速は28.5mと報道され、県内でも大きな木が倒伏したなど報じられていた。

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娘の嫁ぎ先でも、ビニールハウスの天井部分に被害があったとの電話もあったというが、ニュースに耳を傾けていたら、農業関係では収穫直前のナシの落果、りんごの落果、それに比内地鶏の大量圧死などの被害もあったようだ。

被害はないようだと安堵していたのだが、農業関係だけでも今後まとまれば大きな被害になりそうである。

それに加えて、どうも今年の稲作の作況は良くはなさそうだ。田んぼに入ってみると、株が出来ていない。つまり穂数が少ないし、なれば当然全体的には粒数も少ないということになる。さらには台風の影響で稲は脱水状態にあったように見える。

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収穫のよろこびがだんだんと遠ざかっている。結果はどういうことになるのか、最終的には刈ってみないと実態は分らない・・・shock

わが拙いブログを読んで頂いている皆さんには「被害ない」と報告したのだが・・・どうも台風含めて、今年の稲作は思わしくないように思えて来た・・・(´・ω・`)ショボーン一転してのdown

ところで、生きている日々はこんなものだろう・・・稲作の不安に陥っていたら嬉しいこともある、人生は常にこの繰り返しかも知れない・・・俺にはきょう嬉しい封書が1通届いた。

東京・明治神宮から、先に応募していた俺の1首が「佳作」に決定したという。この献詠短歌会には一度応募していたことはあったが、入賞は初めてだ・・・嬉しい、久々の当番丁になって、注連縄を作るという内容の短歌であった。

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ここ1年、短歌での嬉しいことがなかった俺には、久々のこと・・・きっと、旅立った母が応援してくれたのかも知れない。母の逝去にて、俺は村の祭典に加われなかったこと、楽しみにしていた和歌山方面への研修に参加出来なかったこと、そんな俺に母は感謝という2文字で、後を押してくれたのかも知れない・・・

「佳作」であれば何百首もあるのだろうが、来月の22日・・・明治神宮に行ってみたいナ~

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台風去って、日も暮れて・・・

ああ・・・何と言う台風か。犠牲になられた方々には心からのお悔やみと、また、被害に遭われた方々にはお見舞いを申し上げます・・・

農家にとっては、本当に憎たらしい台風だったと言わざるを得ない。明日になれば、被害の状況が新聞に載って出るだろう。ニュースでは、収穫間近い梨の落果が伝えられていて、本当に心苦しい・・・

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果樹にも収穫適期がある。台風の接近に備えて早捥ぎしても、熟していなくては美味しくもない。この梨だってもう少し置く必要があったのだと思う。それが・・・痛ましいことだ。果樹農家の心痛を思う。

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幸運にも我が家の稲は被害を免れた・・・朝の6時半には、当市でも最大瞬間風速が28mを記録した。家の前の大きなケヤキの枝が揺れる。雨はさほど降る状況ではなく、これまた幸いであった。

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しかし、今年は災害の多い年だ。春先の強風、梅雨の時期の水害など、多くのまちや村で被害があった。もう勘弁してくれ!そう叫びたいところだ。

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2階の書斎から見える黄金色の田んぼ・・・収穫にはもう少しだ。この週末には、稲刈りが始まり、あっという間に刈り取りは終わるだろう。300a耕作の俺だって、4日あれば充分に刈り取りが終わる・・・

台風が去っても風は続いた。それでも夕方になると・・・落ち着いた。鉢植えのフウセンカズラも振るえはない。台風去って、日も暮れたわが郷・・・

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きょうが「敬老の日」ということをすっかり忘れていた・・・

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台風に備えて・・・

家の中には風音も何も聞こえない。だが、外では風が強いのだろう・・・本市の防災あんしんメールが入った。「台風18号の接近に伴い避難所を開設する」との内容だ。台風のわがまちへの最接近は明け方か。ニュースによれば、日中の最大瞬間風速は22m、現在、強風警報が発令されている。

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朝方の鳥海山・・・山頂部は風雲で覆われている。このように鳥海山は、風を背負ってまちを守ってくれる山でもある。それにしても、今回の台風は強力のようだ。今、tvの情報だと台風は兵庫県・・・

俺は朝から、鉢物類を台から下ろしたり、小屋に入れたり、花類はサンルームに入れたり・・・てんてこ舞いだった、ベランダのインパチェンスなどは居間に取り込んだ・・・

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本当に大変だ。九州や四国では雨の被害が出ているようだ。俺の田んぼだって、このままでは被害を被ることになるだろう。果樹類を少しでも傷物にしないようにと、収穫したというニュースもあったが、稲はどうにもならない。

俺の地域の稲刈りは、天気が良かったらきょう・明日は稲刈りが始まったはずだ。それがこの天気・・・

例年なら始まっている稲刈り・・・だが、今年は出穂が遅れた。その分、登熟も遅れ気味・・・従って、JAからの情報での刈り取り適期は海岸部で20日頃、山沿いでは25日、山間部では10月に入ってから刈るようにと言っている。

黄化が進まないのは、やはり今年の異常な天候だ。それでも秋田県の作況予想では「やや良」と発表されている。しかし、水害もあった、この台風の影響もでるだろう、恐らく作況予想通りにはいかないだろう・・・

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丁度、蕾を付け始めたエンゼルトランペットは裏口に取り込んだ。明日、目を覚ました頃、いったいどうなっているのやら・・・shock

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母の49日

昨夜はNHKBSプレミアムの「新日本風土記」をご覧になられた方からのコメントを頂いた。その鳥海山、俺のまちはその裾野に開けたまちであり、西には日本海があり、山のまち・海のまちだ。尚、この再放映は、「来週22日、朝、8時」にされるようだ。どうぞご覧頂ければ幸甚である。

さて・・・あの日から49日になった・・・母は自らのベッドにて、妻の腕に抱かれたままに、それはまるで眠るようにして黄泉に旅立った、あれから早いもので49日になった・・・妻や俺の夢にも出ないところを思うと、満足にかの世界に向かっているんだろう・・・

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もう27年前に先立った夫(俺の父)に再会し、喜びあっているのかも知れない。そんなことを思いながらも、もうあの日が遠い日のように、また、逆に昨日のことのように思ったり・・・ただ、季節は確かに変わっている・・・

暑いと言ってもさわやかさがあり、暑いと言っても窓を閉めたり・・・やはり母が旅立った日とは変わった・・・

そして・・・49日。

葬儀が終ってから、その法要ももう終ってはいる。しかし、正式にはきょうが49日。母の魂も家から離れる、そう俺は聞いている。

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母の逝去にあっては、妹たち、また、妹たちの家族から色んな形で協力してもらった。そこで、近くに住んでいる者たちで、きょうは墓参り、寺参りをした。そのあとで座敷でささやかな会食をした。

2人の妹の他に、俺の息子家族からも来てもらった。その家族の一員には1歳7ヶ月の女の孫もいる。その子はとても元気で、まだ会話は出来ないものの、いろんな仕草を見せてくれたりして、場を和ませてくれた・・・

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葬儀にあたって、様々に協力を頂ききょうを迎えたことなどの挨拶をしてから、会食を始めたが、本当に賑やかなひと時だった。この日までどこかしら重い日を過してきたものだから、特にそうだったのかも知れないが、やはり元気な孫の声は替え難いものだった。

明日は、母の遺影も父の横に飾る。そして、俺たちは忌明けになる・・・

会食を終ろうとした時だった・・・

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妹たちが「これでは不足かも知れないが、このあとふたりで温泉にでも行ってゆったりしてきて下さい」と、トラベルクーポンを差し出した。まったく想像をしていなかった。俺は葬儀の前日だったか、もう少し気をきかしてくれ・・・酒の勢いもあって大声を出した事があった。

それなのに・・・

そんな俺の気持ちも分かっていたんだろう、否、本当に親身な介護に当ってくれたと、妻への感謝か、代表して妻からそれを受取ってもらったのだが、俺の目の奥には込み上げてくるものがあった・・・

「ありがとうございます」妻はそう言ったが、俺にはその声がとても出なかった。あまりにもその労いが嬉しくて・・・言葉にはならなかったweep

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きょうのこのような座敷を母は、どんな思いでみていただろう・・・

俺はいい妹たちを持った、いい妻を持った・・・明日は、母の遺影を、皆に感謝して掲げよう。

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わがまち「ふたたび」

皆さんには事前に案内するつもりでいたのをすっかり忘れていた。俺は今夕のHNKの案内で知りビデオにしたのだが、実はNHKBSの午後9時から、「新日本風土記」で鳥海山と水とわがまちが放映されたのだ。この7月末にも「小さな旅」で、わがまちが紹介されたが続けての放映であった。

皆さんには是非ご覧頂きたいと思っていただけに・・・・申し訳ありませんでした。写真はその番組からのものです。(再放送がありましたら・・・是非ご覧下さい)

きょうはそれをどうぞご覧下さい。

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めったに見られない「影鳥海」。日本海に日の出になると、鳥海山が影を落とすのだ。俺もまだみたことがない・・・

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鳥海山の7合目付近にある「鳥の湖」

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鳥海山の恵みの味・・・天然岩牡蠣。

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そして信仰の山でもある。

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山形県・秋田県にある鳥海山

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その水は田んぼも恩恵を!

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水を温める温水路。 

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実物が不作?

実りの秋に入っている。日中はまだ気温が高かったりしても、夜ともなれば網戸からは、ひんやりとした冷気が入る。そろそろガラス戸を閉めなければならないな、そう思っている。

庭木や鉢物でも、実を熟し始めているものがある。

例えば・・・ヤマボウシ。

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また・・・サンシュ。

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そして、いちじく。今年苗をうえたものだ。

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今年は梅がならなかった。カリンも1っ個もなっていない。聞けば多くは今年は「実」がならない。今年は実物は不作だと多くの人が言っている。栗もどうやら我が地域では良くないらしい。

柿もまた・・・良くないという人もいれば、まったくなっていないという人もいる。このようなことから判断すれば、総体的には「実物は不作」ということになるのか・・・sign02

勿論、全国的には分らないし、悪くはないよという地域もあるかも知れない。それにしても、収穫の秋は果樹の収穫の時期。それがならないといかにも寂しい・・・

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今月の下旬には稲刈りとなるが、その稲も果たしてどのような状況か?今の所、倒伏している田んぼはほとんど見えない。見渡せば黄金色になりつつある。とてもきれいなである。だが、こんな稲姿の時って、案外作況は悪い事はこれまでの経験からして何度かあった。

それに加えて、台風18号が接近中だ。非常に強い勢力を保って日本列島に向かうようだ。発生時はこのような予測はまったくなかった。それが、ぐいっと方向を変えて日本を狙っている。刈り取り時期に間もなく入るのに、このままでは相当な被害が発生するのではないのか。

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不安である、大事無きようにとただただ祈るのみである。

    <ベランダの花はインパチェンス、台風予測はネットから>

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大きな代償?

きょうから秋田県議会が開催された・・・そして、議案のひとつが県民の注目を集めた。知事の大幅な減給が上程されたのだ。

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内容は、自らの報酬の3ヶ月を無報酬にするものだ、加えて冬のボーナスも全額カットという、大きな減額を自ら提案したのである。

これまでも前任者の知事の不祥事はあった。内容は定かに覚えてはいないが、平成16年に月の報酬を1/2を2ヶ月減給したことがあった。が、今回はこれまでなかった大幅な減給である。

なぜここまで・・・?

全国的なニュースとして報道されたので、記憶にある方もおいでであろう。7月23日、秋田県には大雨警報が発令され、一部では被害が出始めたことを耳にしながら、秋田県知事は県外にゴルフにでかけたのだ。

そして、酒を呑んで宿泊し、用意ならざる事態が発生している事が判明し、翌日に帰県した。しかし、寸断された道路や渋滞に巻き込まれ、自らが召集かけた災害対策会議に遅刻したのだ。さらには、ゴルフには現職の部長も同行したことを隠し、あとで判明しこれまた問題になっていた事案である。

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どうやら何としてでも知事を続投したいらしく、この案を提案されたようだが、県民が納得するか、議会が納得するか、注目される。来月の6日が議会の最終日であり、結果が注目される。

知事の月額報酬は確か120万円だと思う。それをまったく”ただ働き”するという重い処分だろう。自らが起こしてしまったことだが、その代償としては誠に大きい。でも、一般の人で月120万円の給料をもらっている人は、ほとんどいないだろう。

だが、本来的には土日もない。朝夜もなく、仕事をしているのだから、報酬も高いのだと思う。土日は基本的には休みだから何をしても構わないという声もある。しかし、県の最高の責任者である。いつ、どんな場合にも「決断」を下さなければならない事もあるのだ。

そのように拘束される時間があればこそ、高い報酬にしていると思う。知事はゴルフをしてはだめだとか、酒を呑んではだめだとのことではない。ゴルフをしても酒を呑んでも、幹部とは常に連携をとっていなければならないのだ。

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そのことが今回欠けたと言わざるを得ない。

残念ながら、いくら報酬をカットしてやらせてほしい、そう言ってももう彼の考え方を知ってしまった。謝罪しても、やってしまったことはこの後も消えない・・・

個人的には、これまでは「人のいい知事」、いかにも秋田らしい純朴な知事だとの印象を持っていた俺だ。でも、人間はやはり顔ではないな、顔だけで判断してはいけないな、そう思えてきた。これまではその人の心は顔に表れると思っていたのだが・・・残念である。

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元は秋田の殿様・佐竹氏の家系にある知事である。幾ら庶民のような感覚で県民を見てきたというだろうが、本当はやはり下の者を見下していた、県民を見下していたとしか言いようがない、やはり県民を知らない殿様だったのかと・・・・。残念である。

それにしても大きな代償である・・・

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枇杷が縁

先週、Oさんという女性から電話があった・・・「枇杷、どうしてる?」と。俺は「丈夫に育っていますよ」と答えた・・・

その俺の枇杷・・・写真のように生育は旺盛だ。かれこれ丈も1mほどになっている。葉が大きいのは若い木だからだと知人の樹木医は話をしてくれた・・・

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Oさんと知り合ったのは、枇杷が縁であった。昨年に、俺は元校長先生をしておられたM先生から、句集「枇杷」を頂いた・・・俺はそれまでは、何とも古い植物だと思い込んでいて、枇杷にはまったく関心がなかった。

ところが、句集を読んでから枇杷に対してのイメージが変わり、俺も枇杷を植えたいと思うようになった。ネットで枇杷の苗を探したらあった。3千円の「田中」という品種であった。これは比較的低温に強く、東北でも栽培可能とのことだった。

俺はそれを求めてから、枇杷のことを書いて新聞に投稿した。実がなるまでは13年かかるとうことも含めての内容で、俺はその実がなるまで生きていたい・・・そんなことだった。ところが俺の拙文に葉書きが届いた・・・

「私も枇杷を植えていたが、実がならないしもう伐ろうと思っていたら実がなった、ナルホド13年目だったとの葉書き、もうひとりは「我が家には今年もいっぱい実がなりました」と・・・それが冒頭のOさんだったのだ。

以来、葉書きをくれた方とは時々mailしあったり、葉書きを交換している。彼女は秋田市の方でEさんだ。今回、電話をくれたOさんは久しぶりに電話をくれたのだった。

先週の金曜日、俺は思い切ってそのOさんを訪ねる事にした。家はS先生の隣りだという。S先生は俺の高校時代の恩師であり、しかも、妻との結婚では仲人をおねがいしたこともあった。だから、家は大体分った・・・

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こんにちは!俺、電話を頂いたTです・・・と訪ねると驚き喜んでくれた。年齢的には俺よりは一回りも年配のようであった。その方の枇杷はやはり鉢植えで、3m近いものだった。それが今年は実がならない、俺が見た限りではもう鉢いっぱいでそろそろ植替えが必要だと思った。

だが、その方はひとり暮らしのようであり、自分にはもうそんなことは出来ないと話をされた。彼女は地域にあっては、花つくりで頑張っているようで、これまでの実績等をアルバム開いて見せてくれた。

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聞くと隣りのS先生の指導の下に、花壇などに花を植えていろんな賞を受けておいでのようだった。先日に「ねんりんピック」の花文字の写真を紹介したが、あの花壇もこのOさんらが手がけたものだそうだ・・・

句集「枇杷」からの感想と、枇杷の苗木を植えたこと、さらにはそのことを新聞に載ってから、また未知の方と知り合った。言わば「枇杷が結んだ縁」ということだろう。だったら、今度は秋田市のEさんにも会いに行こう・・・

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ロープに止まっているトンボのように、畦に休んでいる白サギのように、自然に会いに行こうかと思う。

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全開の熟年パワー

厚生労働省等が健康増進、世代間の交流を目的にした「ねんりんピック」。それが今年は秋田県で開催され、本市にかほ市ではサッカー大会が開催された・・・

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会場は仁賀保グリーンフィールド、そして、TDK秋田総合スポーツセンターだ。俺は後者の施設に足を運んで観た・・・

そこは正しく熱気に包まれていた。熟年選手たちが元気を全開していた・・・

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午後3時半、わがまちの出場だ。きょうは2勝しているとか、だからか余裕さえみせてくれた。

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スクラム組んで・・・

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勝負はほぼ互角、しかし、わがまちの選手達はハーフタイムの直前にゴールdash

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選手達は、まっこと年齢を感じさせない。一部に足のもつれた選手もいたが、年齢からくるコムラ返し。あとは往年を連想させるようなパワーflair

他に種目としてカラオケがあったり、健康麻雀があったり、全部で26種目があった・・・

サッカーは、他のテニス、ソフトボール、ペタンク、マラソン、弓道、剣道などのスポーツ交流会。また、ふれあいスポーツ交流会として、水泳、ゴルフ、サッカー、太極拳・・・だから、サッカーも勝つことが目的ではない。

それから文化交流会と称して、囲碁、将棋、俳句、健康マージャンもある。

明日12日は、総合閉会式が行なわれる。

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例大祭終わる!

当番所に9時の集合だった・・・記念写真を撮るためであった。勿論、俺は忌中であり写真にも入られない。当番所にも入るのが躊躇われる。それでもこの8年ぶりの大祭のスナップを撮りたくて出掛けた・・・

だが、神官が来ない・・・そのうちにあの晴れた空から、ポチリポチリと雨!9時半になっても止まない。神官も来たが止まない。仕方なく小雨になったのを見計らって、集落の各家々の代表が入ってパチリcamera

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きょうの衣装は正装だ、裃・袴である。だから雨は気になる・・・

撮影が終ってから、当番所で祈祷・・・

そして、神社へ「お帰り」だ。

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御輿は「おかえり~、おかえり~」と巡行だ。

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我が家の前を通るお御輿・・・俺も若い頃にやったことがある。あの頃は台車もなく、すべて担いだものだった・・・

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小休止を挟んでふたたび巡行・・・

我が集落は神社に一番近いので、この巡行も他の集落に比べれば短い。尚、この巡行はまちの「無形民俗文化財」に昭和63年に指定されている。「久斯神社シャギリとお御輿渡行列」として・・・・

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そのシャギリとは、この子どもの太鼓うちとはねっとの一団だ。太鼓は小学生の子どもが女装して、また、伴奏の三味線もまた女装だ、他には笛吹き・・・こうして、これはお御輿が神社に入ってからも、他の5集落を廻る。

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はねっとは「鉦たたき」とも言って、昔は5寸釘で鉦をたたきながら、「せっちょ!」と言って、子ども達を追いかけて釘で頭をたたいた。しかし、それは近年ご法度になり、今はビニールのハンマーでたたいたりしている。

面をつけて、家々で酒を馳走になって勢いづいている。子どものころはそれが恐ろしく、俺などは見にゆけなかったものだ。

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歩き疲れた子ども・・・それでも何とか頑張って、午後6時過ぎには無事に当番所に着いた。

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こうして平成29年の当集落が当番丁の例大祭が終った・・・この祭典が終わると、我が地域はいよいよ稲の収穫期に入る・・・

俺にとっては、何だか仲間はずれされたような複雑な例大祭として、終生忘れる事はないだろう・・・ 

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ひとりぼっちの宵宮祭

1月・・・わが集落では今年の例大祭についての協議が行なわれた。俺は集落の氏子総代だ。従って、俺の進行で大まかなことを決めた・・・

あの日、きょうの俺を俺はまったく想像すらしていなかった・・・

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産土久斯神社は近隣の6集落の神社であり、9月の第2土曜日・日曜日に宵宮祭と例大祭を行なってきた。当番丁は各集落回りであり、大きな集落の中野だけは2回の当番丁として決めている。

この取り決めで、各集落が当番丁を行なうのは8年に1度廻ってくる。だから、今年わが集落が当番丁になるのは8年ぶりのこと。当初は、当番所を希望する家がなく、自治会館でと進めていたら、某氏がやりたいと申し出があり、今年はそこが当番所に決まった。

最近は当番所を希望する家がなく、他の集落ではみな自治会館を当番所にしていたので、個人の家で行なうのは久々となった。俺は、平成8年に当番所を引き受け、なおらいも自宅で行なった。広い我が家なので、こんなときは都合がいい。

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だが当番所を引き受けるとお金が掛かるし、混雑する事から敬遠されているのが本当のところ。俺が引き受けたのは、この神社の獅子舞をやってきた祖父・父、ふたりの夢はいつかは当番所をしたいという願いがあったので、もうその時はふたりはいなかったのだが、神をお迎えし祖父・父の夢を叶えることができた。

当番所をするには、大変なプレッシャーもある。親族で不幸があったりすれば出来なくなるし、色んなことも絡んでくるので、プレッシャーを受けることになるのだ。

俺は久斯神社の集落を代表しての氏子、多忙な中で引き受けたのだが、それなりの気持ちもあった。何度か実行委員会をやり、様々な事を決めて来た。それが、7月30日に母が亡くなって、俺は責任を果たす事が出来なくなった・・・

7月に入って母の状態は良くなったり悪くなったり・・・先生からは、しばらくは大丈夫だろう・・・そうも言われていた。何とかせめて祭典が終わるまでは頑張ってほしい、そう願っていた。俺が離れたら、皆に迷惑が及ぶ、近年は集落の人口もどんどん減っている。ひとりでも減るといろんなことに影響が出るから、何とか頑張ってくれと願ったのだったが・・・

俺の忌明けはこの17日・・・皆さんに迷惑をかけることになってしまった。しかし、それでも委員会には出て、仕事の一旦は果たしてきたつもりだ。ただし、昨日の祭典普請、きょうの午前中の普請には欠席をした。(写真は祭典の準備の普請) 幟や灯篭の設置、砂盛りなど

そして・・・今夕・・・

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勿論、今夕の宵宮祭は欠席だ。一番近い身内の不祝儀だったから、とても参加は無理な話。この大事な時に、祖父・父の信仰の篤かった神社の例大祭に、母はなぜ俺を参加させてはくれなかったのか・・・

俺にとっては華の舞台であったのに、何故・・・もう総代をやることはないだろう、神社にお返しをすることもないかも知れない。

まさか、きょうの日をこうして迎えるとは・・・weep

神には近づかないようにしながら、俺はズームで宵宮祭の巡行を狙った・・・

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俺にとっては寂しい限りの宵宮祭になった。俺にもあった、このように御神木を胸に抱いたことが、まるで昨日のように未だ鮮明にあの日が残っている・・・

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晴れやかな当番所の執主と奥さん、俺は寂しさをかみ締めながら巡行を遠くから見詰めた・・・

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秋田に集う熟年者

60歳以上の方々が、スポーツや文化活動を通じて交流しあう、「第30回全国健康福祉祭あきた大会」、いわゆる「ねんりんピック秋田2017」が、明日に開会式が行なわれる・・・

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大会テーマは「秋田からつながれ!つらなれ!長寿の輪」である。このことでは、県を中心に大会に向けて準備を進めて来た。ところがイマイチ盛り上がりに欠けているような気がする。大会のボランティアを募っても人員不足であったし、気候的には一番気持ちいい時期なのだが・・・

いくら熟年パワーを全開する祭典と言いながらも、まだ県民に浸透していないことのようだ。高齢化率の高い本県、これを機会に健康を見直すスタートにしたかったはずなのだが、どのように進めていくのか。俺も傍観者としてではなく、応援できればいいのであるが・・・

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仕事の事もあってどうにもならない。それに加えて、明日・明後日は産土神社の宵宮祭・例大祭があるのだ。俺は直接的には参加できないものの、影で動かねばならないし、地域の行事を離れるわけにはいかない。

写真の2枚目は花文字「ねんりんぴっく 2017」このような参加もあったが、どうにもならない。果たして、全国からどの位の方からおいで頂けるのか・・・多少心配もしている。わがまちが会場になる種目もある。10・11日にサッカー大会があるのだ。

サッカー・・・今でこそ子ども達が憧れるスポーツになっているが、昭和36年の国体のサッカー競技が行なわれたのはわがまちだった。当時は「サッカー」等町民でもほとんど知っている人はいなかった。

当時は蹴球なだとも言っていた。雨の中で泥んこになっての試合、これが何で面白いのだろう・・・そう思っていたのは、多分、俺ひとりではなかっただろう。それが今では・・・隔世の感がある。

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先ずは良い天気であってほしいし、けがもない大会であってほしい。更には秋田の初秋を充分に楽しんでほしいものだ。

尚、今夜の地震は秋田県の山間部、俺のまちではほとんど揺れなかった。ご心配頂きありがとうございました。

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夫婦とは言え・・・

人はこんなにも人を愛せるものだろうか・・・

俺は冒頭のシーンから、最後のシーンまでただただ目から溢れるものがあり、留めることができないままに、映画館を出た・・・

朝から小雨であった・・・特別に午後からは予定はなかった。案内をみれば明日で終わる・・・だったら今日しかない・・・俺は約1時間半かけて、鶴岡市にある「まちなかキネマ」に出掛けた。このような映画はシネコンではやらない。

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俺は昨年に、この原作本を読んでいたから、映画も観たい・・・・そう思っていた。だが、こちらでも上映されることはないだろう、そう思っていたのだが、たまたまpc開いたら、まちなかキネマでやっているではないか。しかし、先日にこれを知ったばかりだった。

きょうしかない・・・妻も連れて行きたかったし、妻もまた観たいと思っていたのだが、生憎きょうは予定があり、はず事ができないようだった。だから俺はひとりで・・・

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冒頭・・・妻を抱えて崖から飛び込もう・・・とする。だが、八重子の「ふるさと」のハミングで我に還って生き抜く決意をする。八重子は若年アルツハイマーであった・・・

だんだんと自分が消えていく病気。介護に遁走する夫の誠吾。だから、その日常は大方想像できるだろう。大変なのはトイレ、八重子といっしょに座ってのシーンには、ここまでもと・・・涙が止まらなかった。

救いはシーンに流れる歌。特に谷村新司が好きだったということから、「いい日旅立ち」などが効果的だった。

この夫婦を演じたのは・・・

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升毅(ますたけし)と高橋洋子。升さんは初めて知る役者だったが、高橋洋子さん・・・・?どこかしら見覚えが・・・あの映画「旅の重さ」の主演だった。原作が素九鬼子さんだったか・・・そして、高橋さんはNHKの連続テレビ小説「北の家族」で主演した女優であった・・・

いづれ”究極の愛”を描いているといって良いだろう、この映画・・・ノンフィクションだけにこころうたれた。監督はあの佐々部清、「半落ち」の監督だ。

夫婦とは言え・・・ここまで妻を愛せるのか!泣けてなけて・・・

紙おむつ上げ下げをする度ごとに妻は怒りでわれをたたけり

☆小尿を流しし床を拭くわれの後ろで歌う妻に涙す

幼な子にかえりし妻のまなざしは想いで連れて我にそそげり

      写真は映画”八重子のハミング”より

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「われもここにあり」・・・か

周辺の田んぼも、俺の田んぼもまた少しづつ小金色になってきた・・・JAの稲作情報だと、今年は例年になく稔が遅れているという。稲刈りも9月半ばになれば、海岸部では刈り取りが始まっていたのだが、このままだと20日以降になるようである・・・

その収穫を前に、刈り取られていた田んぼ・・・

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これも転作としてカウントされる。登熟を前に刈り取って、牛の餌にするのである。単に青刈りではなく、乳熟期だから栄養価も高い。写真はその刈り取ったものをポリで囲んで発酵させるのだ。「ホールクロップ」として・・・

つまり「米」になる前の「稲」として刈り取るのである。わがまちでは減反面積が約40%配分される。その中で、それよりも稲を作付けする人は10a当り4万円として、転作を多くした人に支払う「互助会」が作られている。

どうしても収量の落ちる田んぼは従って転作し、何とかして配分受けた面積を減反しなければならない。でも、来年度からはどのようになるのか。国からの転作にからんだ補助金はなくなる。でもみんな植えたら、米価は下落し稲作農家は共倒れになる・・・

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稲作農家にとっては、本当にどのような形で経営を維持できるのか、厳しい時代がまたそこまで来ている。俺自身にも・・・

皆さんから、おいしい米を作ってと励まされると・・・何とかがんばってみたい、そのようにも思うし、さりとてボランテアでの米作りをするわけにもいかない。難しい判断をしなければならないのだ。

このような時期に、また頭が痛いのは上の写真だ。田んぼの稲に混じって、稲よりも高くして出ている。稲作農家にとっては、まっこと憎き奴・・・「ヒエ」だ。俺の田んぼにも多少あったのだが、妻に取ってもらった。軽トラに3台もあった。

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もうこうなってはお手上げ・・・despair

嫌われものはこのように威張るしかないのか、そう思ったり。だが、ヒエだって生きねばならないことは分かる。だが、もう少し謙虚であってほしい・・・稲作農家の嘆きがここにもあった。そして、ヒエは言う・・・「われもここにあり・・・」というように・・・

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なんだこりゃ・・・

草花には、なるほどそうだという名がついているものが多く、納得できる・・・例えば、この草もそうである。「風知草」・・・ああなるほど、そう思う。風に揺れたりすると本当に名の通りと思うのだ。

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     よくぞまた名づけし草よ風知草とう草朝の風に揺れいる

誰かさんのブログに、花のカタログが届いたので、来春は何を植えようかと楽しんでいる、鬼がわらうかな・・・等とあった。実は俺の元にも花のカタログが届いている。この先は他の種苗店からも届くのも近いかと思う。

おれもまた、もう植える場所も無くなった庭だが、木の下にとか、石組の脇にとか、或いは鉢物ならとカタログをめくって楽しんでいる。

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俺もまた、鬼に多いに笑われているのかも知れないナ~

ところがである。笑いたくなくても、こんなことにはあきれ返って・・・もう笑うしかない、通知が届いたのだ。

それは実は8月の下旬であった。なんとなんと子ども達が夏休みを終えたばかりの時期に、冬休み前の会議の案内が届いたのだ。12月21日、午後3時からといい、冬休みの生徒の指導者会議の案内だった・・・

ウソ!・・・本当なのだ。凡そ4ヵ月後の会議の案内である。何でそうなのかまったく分らない。大体、法事とか結婚式の案内だって2ヶ月先、或いは1ヶ月先が常識ではないのか。それが単なる会議の案内に4ヶ月前の案内とは・・・驚いた。

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先生方の中ではこれが普通の事?旅行だとか、そんなことなら分らないでもないのだが、こんな会議の案内は初めてである・・・思わず、「なんだこりゃ~」と思ってしまった。逆にこのような会議には出席したいとは思わなくなった・・・

こんな俺の驚きに驚愕したのか?我が家のサギソウが小さな可愛い花を咲かせた・・・

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この花もまた、この花びらから名づけられた意味が分かる・・・見ればサギにそっくりなのだから・・・。

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「滝の茶屋」にて

昨日、金峰神社境内で行なわれた伝承芸能祭・・・俺はそこを後にして、奈曽の白瀑谷(小滝)を見に行った。会場から一旦石段を下がり、しばらくして今度は上りになり、そこに金峰神社がある。そこからの滝の眺めは絶大だ。国指定名勝になっている滝である・・・

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石段を下がったり上ったりしているときは、ミンミンゼミの声が聞こえていた。ところが滝が見えるあたりは、その水音でミンミンゼミの声はかき消された。毎年、2~3回はこの滝を見に行く。子どものころは、この滝つぼ付近でナベッコ遠足に興じたものだった・・・現在は、そのようなことは禁止されているのだが・・・

特に紅葉の時期は、滝の眺めも一段といい。石段をもう少し歩くと、つり橋(願い橋)があり、この橋でのデートはとてもいい(?)、ユラユラ揺れるので、大抵の女性は男にしがみついてくるのだhappy01

おっととっと・・・そんな不謹慎な・・・俺などは、わざと揺らしたりはしなかったけど( ´艸`)プププ

神社から駐車場を歩いているとそば屋があった。一度は通り過ぎたのだが、何だか気になって引き返し、俺はそのそば屋に入った・・・

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何とも店の名が気に入った・・・「滝の茶屋」とある。ここを通るときにいつかは寄って見たいという思いもあった。入ると俺よりは先輩のような女性が店主らしい。俺は「トロロそば」を注文した。

そばが出来るまで、俺はその店先をeyeアンテークなものもあり、気持ちがなんとも安らぎを覚えた。断ると「いいよ、どうぞ!」って言われて俺は店内をパチリcamera

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その店内の窓からは竹林が見えた。

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そうしているとトロロそばが届いた・・・

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我が家からは車で7~8分だが、この地域の特産のひとつは「そば」だ。元々は稲からの脱却、要は転作作物だったのだが、米よりも収入があることから、少しづつ増えたのであった。そして今は「上郷そば」として名もあがっている。

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「滝の茶屋」の そばは、そのそばを使っている・・・

店内には分厚い辞典があった。植物図鑑、山菜辞典など・・・食べ終わってから、店主に話しかけてみた。「随分と勉強されてるようですね~」と。そしたら、「私は部類の本好きで、まるで本のムシ・・・それでも年が年なので本はほとんど寄贈した、今、持っているのは文庫本だけ・・・」と返された。

”本”のことでしばし会話を続けた。俺は作家・三浦綾子や重松清、真保裕一などのファンとか、俺は三浦綾子の「道ありき」で救われたなど、余計な事まで話し、名刺を渡した。店主もまた俺に名刺をくれた。

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趣味が同じだと、初めての人でも会話は弾む。今度、家内を連れて食べに来ます、そう約束をして俺は「滝の茶屋」を後にした・・・

      ちなみにこの”トロロそば”は、650円です。

     <下の写真2枚は上郷地区のそばの花>

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古き時間を背負いつつ・・・

わがまちには山間部を中心に、いくつかの番楽や舞などが伝承芸能として、受継がれている。鳥海山が信仰の山であったからとも言える。ただし、昨今はご他聞にもれず、後継者不足(少子化)が生じており、果たして今後継続していけるか、その瀬戸際に立たされている。

そうしたことを少しでも緩和しようと、象潟の小滝地区にある金峰神社境内に、「郷土文化保存伝習館」が造られ、ここで例年”鳥海山伝承芸能祭”として開催されている。今年は第8回として、午後から開催された・・・

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この祭りの白眉は、何と言っても地元に連綿として伝承されてきた「御宝頭の舞とチョウクライロ舞」である。他にも各地域の勇壮なものも披露されたが、「チョウクライロ舞」には子ども達が出るために人気なのだ。

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宝刀を持って舞う獅子頭、男獅子ともいい、その迫力には圧倒されるものがある。次いで人気の・・・子ども達の衣装がまた良いのである。子ども達は男の子に決まっているようである。

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動作は単調なものの繰り返し・・・大きな動きもない。だが、時代を背負ってきた伝承芸能故か、何か独特のものが感じられた。俺は望遠レンズで、何枚もなんまいもシャッターを切った・・・

また、掛け合いのようなこれは本当にシンプルだ。

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この祭りは、午後6時まで・・・他に、金浦神楽、釜ケ台番楽、冬師番楽、伊勢居地番楽、大日堂子ども獅子舞、大森歌舞伎等・・・続いた。

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この地域にあった上郷小学校も来年の3月には閉校する。となれば、地域に子ども達の声が響かないことになり、学校がなくなった俺の地域のように、寂しくはならないかと憂慮される。

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   伝い来し古き時間を背負いつつ子らの演じるチョウクライロ舞い

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小指が痛い・・・

小指が痛い・・・なんて、犬から噛まれたわけでもなく、勿論、女性になんていうことでもなく、まったく戯けたことなのだが・・・それは後述することにして、先ずは昨日の言い訳から書かせて頂く。

昨夜は酔っ払って帰って来た。11時頃であった。それでもpcに向かって、記事を書き始めた。だが、続ける気力がなくなってsleepydown

ある集落で田んぼの基盤整備が採択された。ついては偉い先生が来られるので、引き続き支援を頂こうということになり、どおいうせいか俺にも案内が来た。俺だってほかにやりたいことはあったのだが、折角案内を頂いたことでもあったので、出掛けた俺であった。

偉い方の話が30分ほどあり、懇親会に入った・・・ここの集落には俺の先生も住んでいて、昨夜は同じその会場に来られていた。で、終ったら我が家によってくれとのことであり、正直な俺は?その会場を出てから先生宅に寄った・・・

そこにはもう一人の大先輩もおられて・・・話が弾んだ。そして、とうとう午後11時・・・俺は送られた。

昨日は午前5時半に起床、すぐに刈払い機械を持って軽トラに乗って田んぼに行った。残りの畦の草刈りが気になっていたからだ。台風の影響か、風が少しあったが、それも心地よく凡そ1時間で刈り取りが終った。

朝食後、妻と墓参り。母の35日だ。そののち8時半からは例大祭の役員会の最終の打ち合わせに出て、例大祭の巡行の祭列を最終的に決めた・・・しかし、終ったらもう11時。俺はのち所用があってまちに出たdash

途中、いつも見ていた筈なのに・・・どうも気になった。道路下の公園に蓮の花が見えたのだ。

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俺はカメラを持っていたので、その蓮の咲く池のあたりに行く事にした。

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終りかけの蓮である。でも、いつも通っている池には今年見えなくて、もう今年は見ることもないだろう、そう半分諦めていたのだが、ここの大きな公園に咲いていることはすっかり忘れていたのである。

cameraでは様々に蓮を納めた。ああ・・・良かった。終わり掛けであっても見た充足感というものが湧いていた。ところがである。浮かれていたのだろうか・・・足早に歩いていたわけでもなかったと思うのだが・・・

階段を上ろうとしてimpact痛い・・・踏み外したのだった。持っていたカメラが落ち、体が倒れて膝をすりむき、右手が・・・痛い!!

何となんとドジな俺だ。そう言えば、以前もあった。体が先に進み、足がついていなかったのだろう、家の裏口の階段を踏み外して・・・アミ戸を破ったことがあった・・・

これはドジな話と言うよりも・・・「老化現象・・・」そうなのか、そうなのだ・・・

俺のからだをのせた右腕、一番被害を受けたのは小指!折角に蓮をみて、蓮を撮って満足なほどの高揚感を抱いていたのに・・・

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痛さを堪えて帰宅の途のつくと・・・白雪川で釣り糸を垂れている人がいた。

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俺は今、tv「小さな旅」を見ながら・・・昨夜の呑みすぎを反省しながら、さらには老化を哀しみながら・・・書いているdespairその小指にはまだ痛みが残っている。

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祭りの準備

きょうから9月・・・9月と聞くと昨日だった8月31日が遠い過去になったような気持ちになる。

きょう草刈りをやれば”終る”その腹づもりでいた。やっとここまで来た、それがきょうでオワル・・・少し浮き足であった。そして、軽トラに乗り込もうとしていた矢先・・・俺のphonetoがなった・・・

「9時から、杉の枝払いをする」とのmailtoであった。だから来てくれとも集まれとのことでもない。だが、役員がピンチに立っているのだ。本来ならば、俺が総括しなければならない祭典の立場であったのに、母が亡くなったので忌明けまでは神事には係らないことにしていたのだが。

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だが・・・きょうは平日でもある。協力できる人は限られている。ましてや役員の中では先日、奥さんを亡くされた人もいて彼も神事には参画できない。俺はまだ忌中だけど良いのか、それを問うと、そんなことを言っていられないと・・・

行くと自治会長の畑の隅にあった杉を倒すとのこと。それをチェンソーでdownwardright勢いよく杉は倒れた。この杉の枝や葉で、祭典当番所宅の前に「杉門」を作るのである・・・

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杉門の制作は、宵宮祭の前日にするのだが、準備だけは今からやっていないと間に合わないのだ。

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伐った杉の枝等は、当番所付近の竹やぶに隠した、日に焼けないように・・・。

こうして日中の準備作業は終った・・・

準備は夜にも行なわれた。それは、当番所に張る注連縄の作成と茣蓙を作ること。わが集落が当番丁になるのは8年ぶりのこと。大方は忘れている。今夜は年長者の指導の下に、お神酒を頂いてから取り掛かった・・・

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我が家で当番所をしたのは平成8年だったが、あの日もこうして藁仕事をしたものだった。あれからもう20年になる。あの日の注連縄は祭典終了後、丁度新築した物置兼車庫に飾っているが、まだこわれてもいない。藁と言えども強いものだと思う。

祭りの準備を挟んで、草刈り・・・ところが、田んぼに向かうときに道路を横断中の長い奴に出会い、午前中の作業を終えて帰りがけにふたたび・・・sadああ、なんで俺は嫌いな長い奴に遇うのか、しかもきょうは2回もヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ・・・sad

注連縄制作の前には、hospitalにいつもの薬を頂きに行ったsign04その帰り道だった・・・

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なんだかオーロラみたいな夕焼け雲cloudこんな夕焼けなら、海に行けばもっときれいなのではdash海の見える場所に向かったsoon想像通りの夕焼けであったsign03

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還る波さえも赤い、この果てにかの問題のある国がある。不思議な気になった。かの国でもこのような夕焼けが見えるのか・・・こんな中に佇めばやさしくなれると思うのだが・・・今夕は海の絶景であった。   

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