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「たからもの」

トラクターのラジオに耳を傾けながら、きょうも代掻き作業の仕上げだ。予報の通りの雨であるが、俺のトラクターの運転席はガラス張りだから気にならない、全国的には暑い1日だったようだが、秋田は雨のためか気温も低い・・・

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さて・・・そのラジオは「午後ラジ」。何だか「たからもの」の話をしていた。そのたからものとは、子や孫を叱るときに「この、たからものが・・・」というそれであった。作業中ゆえ、すっかり聞き取れる状況ではなかったものの、どうしてたからものなのだ?ということだった。

しかし、それは全国的なものでもなく、地域によっては叱り方も様々なようで、「このたからものが・・・」って叱るのは東北地方のようであった。子はたからもの、孫はたからもの・・・だから、叱るときに、大事なたからものがこのようなことをして!その意味合いで叱るのだろうと・・・。

そのような叱り方を俺も聞いたことがある。俺などは、そんな叱り方をされたことはないものの、我が地域でも古老の方が特に言っていたと覚えている。

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「たからもの・・・」、人は様々に宝物をもっているはずだ。思い出のアルバムとか、或いは預金通帳だったり・・・?俺などはさしずめ植木や花ということになるのか。

その宝物である・・・語源を調べたわけでもないので、間違っているかも知れないのだが・・・このことは俺が勤務していたときの上司の話である・・・

宝ものとは・・・田からのもの」、即ちそれは”米”であり、米が宝物なのだ、そのように話を伺ったことがあり、当時はそのままナルホド・・・そう思ったものだ。その思いは今も変わってはいない。

001                 この写真は今年の4月に撮影したもの

日本人の主食は米だ、それを考えれば確かに米は宝物であり、田からものなのだ。それなのに、現在は米が余っているといい、さも農家が悪い事をしている、余っているのは農家が悪い、さもそのような風潮さえ聞く。

かつては田んぼを200a作っていれば安泰であった。楽な暮しが出来た。それからの粗収入は約400百万ほどだった。それでは今は暮しが出来ないと、規模拡大が進められている。しかし、面積が増えれば増えるだけ反収(10aあたりの収入)が逆に落ちる。

人の手であるから面積が増えれば、それだけ細かな管理ができなくなるというわけだ。

俺は集落の方から懇願されて25aほど田んぼを受託することになった。妻は猛反対だった。難儀ばかりして実入りの少ない田んぼ、だから良い人になってはいけないとの考えは分かっている。でもあれほど頼まれたのだ。首を横には振ることが出来なかった。

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俺の今年の田んぼの作付けは約300a。でもほぼ40%の減反で、作付けしても40%は加工米などとして安くなる。それでも田んぼにしがみついているのは、田んぼはあくまでも田んぼであって、簡単には畑地化にはできないし、他の作目に仕向ける労力もない実態もある・・・

代掻きの仕上げ作業も終った・・・あとは田植する日の天気を祈るのみである・・・

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コメント

叱る時に「このたからものが・・・」という叱り方、愛情がこもっていていいですね。

田からものとはうまくいったものですね。でも、米は主食ですから当然宝物の一つでしょうね。

そのコメを作れば作るほど単位あたりの収益が少なくなるのが理解できませんね。同じように育てて減反だと言って加工米にすれば販売価格が低くなる、それなら差額を補填しろと言いたいですね。

投稿: 京じじ | 2017年5月12日 (金) 08時10分

「この、たからものが・・・」
私自身はこの言い方をされた記憶はありませんが
なるほどなぁと感じる言い方ですね。

「田からのもの」
それはまさにズバリそうだと感じました。
福島県では磐梯山を「たからの山」とうたいますが
雪解け水、美しい景色、豊かな土地
多くのたからをくれる山です。

投稿: ホシノ | 2017年5月12日 (金) 12時17分

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