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2017年2月

輝く鳥海山

午前6時・・・起床した。朝食の準備をしている妻に「晴れとの予報だったが・・・?」と言うと、「雲ひとつない空じゃない・・・」。まだ日が昇らなかったのだ。6時45分頃・・・sunが昇った。眩いほどだ。今冬には、こんな天気がほとんどなかったから、とっても気持ちいい朝・・・

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テレビのローカル番組では、60km離れている秋田市からも鳥海山が遠望できるとか。俺は朝食後、cameraを持って外に出た。眼前の鳥海山、キラキラ光っている。白雪川の水面も輝いていて眩しいshine

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しかし、今朝は冷え込んだ。放射冷却ということだろう。田んぼの水溜りは凍っていた。

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田んぼの一角には、白鳥たちが集まっている。そろそろ出立の日が近づいているんだろう。その前の食糧補給か、その集団の白鳥の上を飛んでいるものもいる。

この天気に誘われたんだろう・・・畦畔を歩いている人の姿があった。ヒロッコ掘りだろうか。それともバンケ(ふきのとう)か!

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きょうで2月が終る・・・明日から3月、春はど~んと接近することだろう。

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先生からの電話

今夜はとても冷える!底冷えするようにさえ感じる。雪はまったくなくなったのだが、日中も肌寒い1日だった。明日は久しぶりに1日「sun」のようだ。秋田県は全地域でも「sun」。どうやら朝は放射冷却との予報である・・・

外の水道の蛇口もきっちりと凍り止めをした。窓際に置いている植物は、居間の内部に移動した。この寒さ・・・春に向かう、その最後の坂かも知れない。

002 さて、今夜は昨日の記事の続きである・・・

携帯が鳴ったそれは、俺が小学校に在校していたときの、隣りの「梅組」の担任の先生からだった。もう90歳も半ばになるはずだ。

現在は施設に入っていて、電話はどうやらそこからかけているようだった。でも、その先生の電話は携帯だ。

一度病気もしたことがあって、言葉がややはっきりしないところもあったが、「今回は何人の参加か?」という言葉のようだった。

やはり気掛かりなのだろう、当時の俺たちのことが胸を過ぎっているのかもしれないし、或いは自分も出たいという思いもあったのかも知れない。

実は来月25日に”年祝い同期会”を計画していて、参加・不参加の返事を「桜組」の旧小学校同期生は俺に連絡をとなっていた。

それに携帯の番号も書いていたから、おそらく先生はそれを見たのだろう。しかし、いくら高齢とは言いながらも、きちんと電話してくるとは・・・

当時俺たち小学校は、学年2組あって「桜」「梅」計89人だった。先生はその梅組の担任だったのだ。

ところが俺は桜組だ、だからその先生からは授業を直接受けたことがないのだ。ただ、児童会の役員をしていたとき、その先生から可愛がられた記憶がある。

どうしてそうだったのか、どうして気を使ってくれたのか・・・

先生は健康だった頃、俺の記事や作品が新聞に載ると何度か、電話も頂いたことがあった。担任でもなかったのに、有難いことだった。

先生の家は矢島であった。先日の「鉄たび」で鳥海山麓線が紹介され、あれで紹介された終点の駅が矢島だ。そこの住んでいた。そこに俺はある日、訪ねた・・・

俺は訪ねると応接に招かれ、引き出しの中から色んな物を出して見せてくれた。それは、小学校時代の、俺たちの小学校時代の梅組の仲間の絵だとか、作文だとか、写真だとか・・・よくも今でもこうして保存しているものだと、胸が厚くなったことを覚えている。

こんな表現は失礼だろうが・・・俺たちの学校に赴任されたころが、先生として一番の情熱が発揮されてあったのだろう。昔は夫婦の先生が結構おられたが、この先生も先生の奥さんと俺たちの学校の先生で、しかも学校の近辺に下宿されていた。

003 今でも学校当時の先生の記憶が鮮明なことのひとつに、黒板に書く字がとても早く、しかもきちんとした見やすい字であったことが・・・

それをひとつ見ても、教える情熱に如何にたけてあったのか・・・

俺が先生を訪れたのは、やはり同期会をやるために先生からも出席頂きたい、そのためであった。

なぜなら俺たち桜組の担任の先生はかなり以前に亡くなっていたし、先生がいないでは臍のないことと同じだと、俺は足を運んだのだった。

実はその時に話が出て、その翌々月には先生を伴って飛行機で東京に出たものだった。同期生が東京にも大勢いるから、会ってもらおうとの企画であった。

あれから・・・◎年、今度は同期会としてやれる年祝いは最後かも知れない。亡くなっても早いと言われる年でもなくなっているから・・・

この年祝いの参加を取りまとめ中にも、実は先日ひとり亡くなった。だから、もう集まれることは無理かも知れないのだ・・・

同期生はそれぞれ老いていることは当然だ。ただ、卒業以来まったく会っていない人、ほとんど会ったことがない人、消息の分からない人、様々であり、会えるときに会っていなければ、ついそんな思いになる。

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我が家では恒例の様に、家の中はお雛様でいっぱいだ。飾り棚にも、トイレや脱衣室、部屋、そして柱にまで飾っているお雛様。もうあした1日で2月が終る。明後日からは3月弥生の月であり、雛の節句が来る。そして、俺たちの同期の年祝いもまた・・・

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サンルームの掃除

起床してから、先ずは昨日・一昨日の新聞の切抜きをした。関心のある記事、シリーズ物の記事、わがまちに関する記事、俺はそんな記事の切抜きをし、分野別にスクラップブックに貼っている。他には1年間の話題になる記事も切り抜き、自分だけの財産にしている。

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話題になっている村上春樹の新刊本の広告も載っていたのでそれも切り取った・・・シリーズ物は数冊のファイルに分けて残している。例えば、今は「憲法ルネサンス」と「1964年の記憶」。1964年・・・東京オリンピックで日本中が沸きあがった、その年である。

これまでも色んなシリーズをファイルしていて、かれこれ10数冊になっている。これだけファイルなどしていれば、秋田魁新報社からはお褒めの言葉が頂けるかもしれないナ~( ^ω^ )

行動派の俺だが、きょうの予定はなし。代わって?妻が集落内の女子会とやらで、市内の温泉に出かけた。たまにはそんなこともあっていいだろう。だから昼食は俺ひとり、暖め物を電子レンジで・・・チーンして食べた。

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新聞読んでからは、昨日の午後から始めた確定申告を続けた。その前には農業の決算書が必要で、仕分け帳に取組んでいる。今はeーTaxでの方法もあるのだが、どうも新しいものへの取組みは不安でなので、pcを使って計算している。

農業の決算で面倒なのが”減価償却”、でも、新たに購入した整地キャリアを計算すれば、他は台帳を転記すればいいのだが・・・pcと睨めっこだけでは飽きて来て・・・

きょうも天気が良かったので、わずか2畳ほどの広さのサンルームの掃除をした。取り立てて立派な施設でもなく、ただ屋根も周りもガラスという部屋。冬に草花を保護したいと言うことで作ったものだ。でも・・・ベゴニア等は寒さのためだろう、枯れているものもある。

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常に暖房を入れてやったわけでもないので仕方ない。春になったら、苗を求めればいいのだけれど、冬が接近すると可哀想になって、日当たりのいい場所に設けたのだ。1鉢100円くらいの花のためにと笑われるだろうが・・・

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草花をなんでも入れているので、雑多な我が家のサンルーム。ただ嬉しいことに、ゼラニュームはずーっと咲き続けている。この花は日が当って温度があれば咲くのだけれど、まだまだ寒く他に花のない時期に咲いてくれて嬉しいhappy01

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室内では枯れた葉をとってやったり、控えめにしていた水を与えたり、雪国ではこうして保護してやらないと、草花は寒波にやられてしまう・・・

こうしてサンルームの掃除をしていた時に、携帯がなった・・・

          <続く>

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風車のまち?

昨日の俺の嘆きを、天は聞いてくれたのか・・・うっすらと雪で白くなっていた地面に、太陽が輝き気温を上げた。空は真っ青な色合いで、朝からとても気持ちの良い1日となったわがまち・・・

だから、被っていた雪の間のスノードロップも輝いた・・・shine

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朝食を取ったあとには、もう路面は乾いていた。スノードロップの周辺にも雪はない。しかし、それでもまだ油断は出来ない。明日以降にも天気予報では「snow」がある。だから、タイヤ交換もまだまだだ・・・

午前中は今月の短歌会の合評会。きょうも俺は仲間の講師?仲間の30首の講評だ。俺の愚作のきょうの3首。

    袖付きの父の机に憧れど父身罷りばさびしく座る

    いっぱいの熱き甘酒呑みたれば冷ゆるからだのほのかに温む

    疎みたる雪にあれども「かまくら」にどこか和みぬ明り灯れば

きょうの帰路は眩しいほどの空だった。青い空がとっても気持ち良かったsmile眼前の巾山、その上に立つ風車・・・秋田県では初めて設置されたときは、何か新しい時代を思わせるような感じで見ていたものだった・・・

写真家達が集まって、鳥海山を遠景にその風車を入れてシャッターを切っていた。その中の1枚は、鳥海山と夕日を浴びている風車を捉え、県展で特賞を受賞・・・合併前の仁賀保町は”風の見えるまち”のフレーズで注目を集めた・・・

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しかし、東日本大震災を契機に自然再生エネルギーとして、各地に風車が建設された。特に巾山は日本海の風をまともに受ける場所だ。それに、海に面している自治体ではそれぞれに風車の建設計画が示されている。

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こんなに各地に風車が立ち、さらにはわがまちにもまた増える。こんな光景を目にすると、新しい風景として評価されたのだが、今では煩わしささえ感じてしまう。風車が一基立てば、まちには数千万円の固定資産税が入る。

それが20年はいることになる。償却されるので、いくらかづつは減ることにはなるのだが、まちにとっては自主財源となることから、魅力のある風車だ。一応、まちでは建設に当ってのガイドラインはあるのだが、果たして財源の魅力を放すことが出来るのか・・・

この風車は我が家からも目にすることが出来る。わがまちではこの他にも風車の建設が、何箇所かで計画されていると聞く。果たして今後どのように進められていくのか。大いに関心を持って計画を見なければならないだろう。

いくら自然再生エネとは言いながらも、風車そのものは景観を損ねることにもなりかねない。それに周辺の住民への健康被害も考えなければならないし、今後田県では海上の風車の構想もあるようだ。

原発に変わるエネルギーとしての利点もあるとは言え、風車に囲まれるまちを思うとこれまた不安に繫がることも事実だ。今後、どのように展開されていく風車の設置計画か、大いに考えたいものだ。

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そんなことにお構いなしに、きょうの日差しは木々の芽をきっと動かしたに違いない。我が家の木蓮の芽もいささか膨らんだような気がする・・・

そして家の中には・・・

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これまた関心なさそうに、妻の作ったリースが飾られているのだが・・・ 

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少しは青空がほしい!

なかなか素直に春は来てくれない。昨日の雨でほとんど消えた地を、今朝はふたたび白に変えていた。そして、日中も時々雪が降ってくる・・・もういらないよ、そう思っても叶えてはくれない。本当に春は近くにいるんだろうか、懐疑心がもたげてくるweep

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新年は事のほか穏かな幕開けであった。初日も珍しく元旦に拝むこともできたし、その後も荒れることなどなく、むしろその反動を恐れたものだった・・・

しかし、それが当ったような気がする。1月半ばからの寒波、雪・・・他の地域に比べればそれでも、恵まれた当地だと思っているのだが、例年ならば寒さが1週間も続けばたまには日もさしたものだ。ところが今冬はきょうまでほとんど太陽が見えない、当然青空も見ることがない。

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今冬の天気にはそろそろ正直なところ、うんざりして来た・・・これもやはり異常気象???そう言えば、今夕は鱈のどんがら汁だった。もう今の時期は鱈は終わりのはずだが、きょうもナンギし鱈があがっていると言う。

2月もあと3日だ。そろそろ青空が見たい、眩しいほどのsunが見たい・・・

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午後から久しぶりに映画に行ったmovieなかなかその時間がなかったのだが、そろそろ上映も終るようなので、秋田市まで出かけた。

映画は「沈黙 サイレンス」

あの遠藤周作の名作の映画化。スコッセン監督の洋画だ。以前、この原作は読んだことがあった。しかし、もう◎十年も前のこと。すっかり内容も忘れていたのだが、映画を観ているととても重苦しかった。

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人の心を変えるのだから、それがどんなに難しいことなのか・・・舞台は江戸初期、キリスト教弾圧下の時代だ。棄教させようとする奉行。しかし、棄てることの出来ない市井の人々。だから見せしめの弾圧が続く・・・

その様々な弾圧をみると心が抉られるような思いだった。本当にこんなことがあったのか、暴行を加えて人間が人間の心を変える、日本の恥ずべき時代であったのだと気を重くして帰宅した・・・

帰路もまた折々の雪だった、空にも心にも少しは穏かな日がほしい。

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春に一歩・・・

朝から小雨になったsprinkle幾分、気温も常よりは上がったのかも知れない。日陰にはいささか雪の塊があるものの、この雨で雪はほとんど消えた。雪は一晩でど~んと積もるが、雨になると一気に消える・・・

我が家の庭にも、小さなちいさな春・・・

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スノードロップが芽を出し、可愛い小花を見せ出した。これからも冬になったり、春になったりはするだろうが、しかし一歩一歩本格的な春になっていく。この変わり行く季節がいい。確実に動き始めのこの頃が好きだ!

このいい時期に悲しい旅立ちもある・・・大病を克服し、これからという時期の事故だった。

きょう・・・ひとりの葬儀があって、俺も列席し焼香させて頂いた。故人は俺よりもひとつ下であるが、俺はリタイア後、彼の下で臨時職員をしたことがあった。葬儀に華やかという言葉もおかしいのだが、葬儀会場はいっぱいの弔問者。そして、花輪の多さ・・・目を見張るばかりの華やかさもあった。

この年で逝くのは早過ぎる。これからが人生の本番だったのにと悔やまれる。彼もまだまだ先のことを考えていただろう。孫の成長にもっともっと視線を注ぎたかっただろう。人生、いつどんなことで終るのか分からないものだ、と改めて思った。

午後からの会議からの帰宅途中に、何度か紹介をさせて頂いた長潟、朝方はうっすらと凍っていたのだが、それも融けて白鳥・かもなどが遊んでいるのを見た。俺は車から降りて、その鳥たちにカメラを向けたcamera

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白鳥にとってはそろそろ旅立ちの時期のはずだ。だから、この潟で過しているのは、出立前の遊びの時間かも知れない。

もうからだを慣らしているのか、飛びかう白鳥も見える・・・

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日一日と変化するわが地域。白鳥が帰るころになれば、俺は田んぼに出て、田起こし作業をするための準備に入ることになる。

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白いものが見えなくなったら、急にどことなく気持ちが落ち着かなくなって来た・・・

 

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ネコの日

俺は知らなかったがきょうは「ネコの日」らしい。NHKニュースでもそれをやっていた。

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東北地方でも「写真展」があったようだし、スタンプまで押印されたようである。いづれもNHKニュースからの写真だ。

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この間、孫の「たったら餅」で息子のマンションに行ったのだが、誕生会前に俺にプレゼントだ。上の孫から・・・「ハイ、バレンタイン・・・」と。それをあけると、ネコがいっぱいだったcat

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或いはこの日のためだったのか?息子家族はネコを飼っている。何度か俺のブログで紹介させて頂いたが、名前を「ネネ」と言う。そのネネが、風船で遊んでいる孫を見て、自分も糸をひいたりしていた・・・

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俺が呼ぶと近くに寄ってくる。喉をなでてやるとニャーオ。息家族にとっては、家族の一員だ。我が家に遊びに来るときは、そのネネも連れてくる。

くしくも購読している「サライ」では、猫の特集であった。

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開くとネコファンだという、池波正太郎や大仏次郎が載っている。

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全国的にもネコファンは多いようだ。実は俺も子どものころにはネコを飼っていた。一緒に寝たことも随分とあった。あの頃は、ネコに遊んでもらってた俺だったかもしれない。

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きらめく花に囲まれて

東京には”春いちばん”が吹いた・・・俺は、その日、東京ドームでの「世界らん展」に。もう花がいっぱいで、花好きな俺にはたまらなかった。日本大賞、不思議な色、ほぼ半日俺は花の中にいた。

あまりにも華美ならん、豪華絢爛たるらん、俺には似合わないらんではあるが、ちょっと豪華な時間に満たされた俺であった。

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皇居参観

東京での研修、その後東京をゆっくり参観した先週、このあと3回位にわたってその記事を書くことにする。

昨年6月、新聞に「思い立ったら皇居へ」という記事が載った。それを俺は切り抜きし、もし東京に行く機会があったら、是非行ってにようと考えていた。今回、研修が終ったら先ずは皇居に行ってみよう、俺はそのように計画を練っていた。

2月16日、東京は晴れsun東京駅で下車し、まっすぐに皇居に向った。暑がり屋の俺は暑くて、袖を巻いて・・・参観受付に行く。俺は「6番」であった。この整理券を持って、9時半までここに集合とのこと。

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9時20分頃、おれは指定された場所に並んだ。2番目だった。ここでは身分証明書で本人確認され、間もなく桔梗門をくぐって、窓明館に順序に向う。そこに入るときには持ち物検査があり、住所・氏名などを記入し、参観にあたっての諸注意を受けた。そして10時15分に参観が始まった。

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富士見櫓、宮内庁庁舎から、宮殿の横を進んだ。

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ここには新年参賀の際に、天皇皇后両陛下はじめ、皇族方がお出ましになる場所だ。テレビではその場面を観ることがあるが、その場所がすぐ近い・・・

そして二重橋に・・・

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そこから、かつては二重橋だと思っていた橋をみる・・・

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11時半頃には参観を終えた。終えてから中学校時代の修学旅行を思い出し、その橋を観に行った。随分と歩いたので、足も疲れたのだったが何としても観たい・・・歩いたあるいた。そして・・・

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ここだった、ここでクラスごとに記念写真を撮ったのだ。その俺たちも父となり母となり、今ではジジになりババになった・・・懐かしい、とてもなつかしくて込み上げてくるものがあった。淡い恋心を抱いた級友も共に並んだ・・・

あれから・・・もう鬼籍に入った友もい、不明になってる友もいる。もう一度並んで写真を撮ることも出来ない。橋を見詰めながら・・・・俺は詰襟の学生服を着た俺になっていた。

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”春”近からず

きょうもまた・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ寒い!居間の窓から見る光景は真冬だ。しきりなく降ってくる雪、それも吹雪いたりして先が見えない。窓を見ていると春はまだまだ遠い先のように思える。”春、近からず”とさえ思えてくる・・・

昨日の「たったら餅」、息子の嫁さんの家族にもお分けし、我が家でも一部もらってきた。その餅が昼に妻が焼いた。そして、醤油をつけて食べた・・・孫の背負えなかった餅、それでも香ばしくもあり美味しい・・・

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きょうなどはゆっくりしたい気分だ。どこかしら疲れが残っているような気もする。しかし、午後からは結婚式に案内を頂いていた・・・

ところが驚いた!席表を見ると300人近い方々だ。さらに驚いたのは来賓だ。市議会議員はもとより、市長・副市長・教育長、県会議長、県会議員、国会議員のお偉方、県知事はビデオでのメッセージ。さらにさらに驚いたのは総理大臣、官房長官のメッセージ・・・・

俺が案内を頂くような場面ではなかった、席に座りながら、お偉方々の挨拶に耳を傾けながらも、いささか出席させて頂いたことに後悔もあった・・・

お偉方からは挨拶・・・凡そ1時間の挨拶。乾杯があって、宴席もたけなわになったころ、隣りの方に電話が入った・・・同級生が亡くなった、と言うのだ。その方には俺も世話になったことがあった。

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どうやら入浴したままに、亡くなったようだとのことだ。これまた驚いた。彼は退職後、癌を患い、それを克服していたのに、このような事故に遭うとは哀れなことだ。彼の奥さんとは、学校の利活用など協議をした仲間のひとりだ。

俺なども飲酒後に入浴しているので、気をつけなければならない。

浴室と脱衣所との寒暖の差でなくなったり発病する人も多いらしいが、このように浴槽で亡くなられる人も多いと聞く、昨日の彼は酒も多くはなかったようだと後から聞いたが、いったいどうしたのだろう・・・

「今年もよろしく、頑張って下さい」と頂いた今年の年賀状が、頂いた最後になるとは思っても見なかった・・・人生の終焉とは分からないものだ・・・

それにしても今年の冬は長い・・・

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「たったら餅」

故郷の土を踏んだのは、予定よりも10分ほど早い、午前5時20分だ・・・寒い・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ 昨日の東京は春一番と言うことで、風が強かったのだが気温は上がった。俺等は暑がり屋だから、袖を巻くって歩いたのだった。それが・・・今朝は寒い!本当に寒い。

帰郷すれば直ぐに仕事が待っている・・・10時からは、幼稚園の理事会だ。理事長とはかつて同じような仕事の立場にあったから、請われれば否とは言えず引き受けている。本年度の補正と新年度のよさんを審議し、11時半には終了。

確かに夜行バスは疲れた、一時眠ったような気はしたが、朝食をとったらテーブルにうつ伏せになっていた(*´ェ`*)それでも、幼稚園に出かけたのだが、そろそろ夜行バスなどは、俺には過酷になってきたのだろうか・・・・

息子の2番目の子の初めての誕生会をすることにしていたので、午後からは妻の運転で秋田市に向った。マンションに着くと、きょうの主人公は熱が上がって、これからhospitalに行ってくるという。初めての誕生会というのに・・・

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実は誕生日は先週であった。だが、息子の都合があってきょうに延期にしていたのだ。

初誕生日には、わが地域には子どもに餅を背負わせる「たったら餅」を行なう慣習がある。息子のそれは我が家で親戚もよんで盛大におこなったものだ。息子は10ヵ月で歩いていたので、無事にその餅を背負った・・・

きょう初めての誕生日の孫ももう早くて歩いていた。だから、きょうは元気に餅を背負ってくれるだろうと期待して、我が家では紅白の餅を持って行った。そうしたら、熱もあって機嫌がわるかったこともあった・・・

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リュックに餅を入れて担がせようとしたら、泣いて歩こうとしない。餅は1升で重さにしては2.3kgほど・・・もう少し少なくしてもよかったのだが、とうとう晴れの姿を見ることが出来なかった。息子の嫁さんのご両親と我らが見守ったのだが・・・・

どおいう謂れかは分からない。或いは家康の家訓のように、人生は重き荷物を・・・のようなことから来ているのか、否、元気に丈夫に育って欲しいという願望の姿なのだろう。そのあとは皆でケーキを・・・

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そのころはすっかり笑顔になって・・・

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旺盛に食べる・・・子どものこんな旺盛な食を見るのはうれしいものだ。ニコニコしながら「おいちい」といちごもいっぱい食べた。だから顔もご覧の通りだ。

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はらいっぱいの◎◎ちゃん、そののちはねえちゃんと風船遊びに騒いだ。

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おめでとう・・・

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東京から帰ります。

寝坊してしまった。
起きたら7時半をまわっていた。
これから東京ドームに向かい世界欄展を見る予定、あと、出来たら北斎館にと思っているが、何しろ自由に動ける俺ではない。
今夜は再び夜行バスに乗って帰郷します。
いいね、ポチできませんが、明日はきっと。

じゃあ、行ってきます。

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皇居を参観

皆さんおばんです!
2日目の東京を元気にこなしました。

きょうは予定通りに、東京駅の丸の内の中央口から一直線に、皇居を目指しました。先ずは参観の受付をし、整理券を頂きました。そして、9時半には身分証明書の提示を求められ、桔梗門をくぐりました。土日を除いて平日は300人ほどを、午前、午後の2回参観の受付をするそうです。

ボディチェックされて、先ずは窓明館で注意事項等を確認され、きょうは10時15分から参観のスタート。それから、富士見櫓、宮殿、二重橋と、警護されながらの参観でした。

コースは約1時間15分から、貴重な体験をさせて頂きました。

参観が終わってあの二重橋はとさがしました。そうです、あの眼鏡橋です。中学校の修学旅行で見たあの橋、そして、手繰り当てました。実はこれまで二重橋と思っていたのは違っていて、きょうの参観で見たのが二重橋でした。

もう、なん十年ぶりだったでしょうか。この橋を見たのは。

それにしても暖かな東京でした。歩くとうっすらと汗が滲むような陽気、もう4月半ばのてんきだそうです。

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今夜は上野泊まりです。

夜行バスで約8時間、きょう午前6時15分、東京駅に着きました。前夜の電話で寝そけたことで寝不足だった事もあってか、車中は狭いながらも案外寝たようでしたbus

日が早くなったせいでしょうか、車窓からは東京ツリーが目に飛び込んで来ました。東京の光景は、昨秋以来でしょうか。そして、下車して仰ぐ空の青いこと。冬になれば、あきたではほとんど太陽をの見ることのない太陽が、キンキラで何でこんなにも違うのでしょうか。出来るのなら、この日差しの欠片でも秋田に持ち帰りたい、本当にそう思います。

下車すると、腹の虫がグウグウ、それで朝食を摂ろうとあちこち動きましたが、どこも開いてる飲食屋はなく、その後、吉野家で480円の焼き魚定食にありつけました。田舎ゆえにパンと☕ではもの足りず、やはりご飯でないと落ち着かないのです。

研修は10時から12時半、午後は2時から4時半。一時眠くなりましたが、とうとう耐えて無事に受講を終えました。

今晩と明日は上野駅周辺のホテルに泊まります。ただ、そこまでなかなかたどり着けずに、ホテルに着いたらもう8時近かったです。東京で泊まることになれば、どうしても上野駅周辺になります。東京ではここが一番ふるさとに近い、それもあるのでしょうね…

アメ横にも行きましたが、疲れているのか居酒屋に入ることはなく、コンビニで缶ビールとワンカップ買ってきました。それを今処理したところです。

明日は東京内を散策します。天気はどうでしょうか。


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嬉しいチョコ

会議から帰ったら、テーブルにふたつの物が上がっていた・・・

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”私からで~す”と妻、バレンタインのチョコであった。義理と言えども頂くことは嬉しいもの。さっそく食後に一個食べたhappy01すると自分も食べると一個取られてしまったdeliciousまあ、悪くならないうちに食べる方がいいだろう・・・

もうひとつ上がっていたのは、葉書きであった。見ると市の教育長からであった。昨年も頂いたのだが、実はこの11日が市で募集していた読書感想文の授賞式だった。俺は、他の方に用事があったので、失礼してあったのだが、俺の応募したものが優秀賞なのだとか!

昨年はふたつ応募しふたつとも優良賞だったから、アップしたことは嬉しい。出来れば欲もあって、「最」につく賞が欲しくて挑戦続けていたのだが、もうこの辺が限界なのだろう。俺は常に挑戦していないと怠けてしまう。だから、張り合いにしていたのだが・・・weep

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その葉書きを読んでいたら・・・「ハイ・・・」と妻がもうひとつ持ってきた。それは娘からのものだった。もう俺には良いから、その分で子ども達に何か買ってやれと言っているのに・・・でも、内心は嬉しい。

勤めていたときは、皆さんと同じように職場の女性からチョコを頂いていた。勿論、義理のものであったが、それはそれで職場を和やかにもしてくれた。それが、リタイアすればそれもない。だから、きょうの日も妻からだったり、娘からだったりのことだけれど、それはそれで嬉しいのが本音だ。

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きょうの更新は早くなったが、これから夜行のbusで東京に向うのだ。良くも夜行で、しかもバスでとは驚かれるのだが、日中の移動はもったいないし、新幹線や飛行機にしても、我が家からは1時間半はかかる。

だったら家から7分のところでバスに乗ろう、そう思ったのだ。それに、経費も安いから・・・勉強をする、東京を少しだけ散策するのだから、やや不便な車中になるのだが仕方ない。

・・・ということで、明日からは写真の入らないブログになりますが、訪問頂ければ嬉しいです。じゃ・・・行って来ますdash

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サメを食う

サメを食べると言うと・・・「えっ!」って驚く。秋田県内でも山間部では、同じように驚く。どうやらmovie「ジヨーズ」を連想するらしい。わがまちでは、この時期鱈とともに人気のある魚がサメなのである。

今夕はその刺身・・・

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色もいいし、シコシコであり、かつ柔らかいのが特徴だ。焼いても食べるのだが、やはりサメは刺身が旨い。

見ればどことなくグロテスク、皮は取らないとどうしようもない。かつては油にするために捕獲していたとも聞いた。昨今は漁師の網を食いちぎって問題になっている。

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12月のときも、ハタハタとともに水揚げされていた。サメにも色々あるようで、わがまちで食べているサメは何と言う種類だろう・・・

今年はとうとう鱈の”ダダミ”は食べないでしまった。オスの白子をわがまちでは、そう呼んでいる。昨今は人気があって、結構な値段でもある。生で食べたり、湯通ししたり、また、天ぷらもとても美味しい。

これを食べる為に、まちに来られる客もいるほどで、人気が高い。まるで◎◎のようで、若い頃はとても俺は食べれなかったのだが、今では大好物になっている。が、今年は食べていない。そろそろ鱈はボー鱈になっているだろう・・・

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食材を考えれば、何としても海が豊富だ。わがまちはそれに鳥海山下の山もあって、言わば海のもの、山のものがあって、食材には困らない。

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明日の夜には東京に向う。向こうに行けば、こんな魚は食べられないだろう・・・だから、今夕は惜しみながら、サメの刺身を満喫した・・・

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村に子ども達が消えて・・・

朝から小雨になったり、霙になったり・・・

きょうは「初午」である。子どもの頃の俺たちは、この初午が本当に楽しみだった。普段、買えないお菓子が袋に入れられて頂けたのだから、それはそれは楽しみだった!

俺の住んでいる集落は戸数が27戸、それでも子ども達は多く、集落の会館はいっぱいになるほどだった。小正月が過ぎれば、毎晩まいばんその会館に集まって、初午の練習をする。初午は子ども達の行事で、リーダーは中学生・・・

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そのリーダーからその年の役が決められた。続いてきた獅子舞を舞う、その担当が決められたのだ。獅子は前と後の二人、これに太夫役、他に太鼓とジャガ数人。1年ぶりの事ゆえ、前年の役をやった人が後輩に指導していく・・・

多い人数ゆえ、役のない子も多くいたものだ。俺がやったのは太夫様、ジャガ、太鼓・・・獅子舞は俺の祖父・父が神社のそれをやっていたから、◎◎の3代目ということで役を受けたのだったが、俺はなじめずに結局、上述の役をやったのだった・・・

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初午の当日は、我が集落のみならずほとんどの集落で初午行事が行なわれていたから、授業は午前中のみで、午後には下校となったものだった。

村に帰ってからは、先の獅子舞を先陣に、役のない子が旗をもって村中を廻った。旗は子の成長を祈願して奉納されたもの。しかし、子の数が多くて旗をもてない子もいたものだ。旗には白地に墨で、また、赤字にもまた「正一位稲荷大明神」の文字があった。

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村を回り、そして、家々を廻ってお札を渡す、その見返りに米5合ほど頂く。中には1升もくれる家もあり、合わせるとその量は大きい。頂いたその米を非農家の家から買ってもらい、それでお菓子に換えたのだ。

当時だと子どもひとりに3~500円ほどのお菓子がもらえた。勿論、それはリーダー達が按分した、大きい子には幾分多く・・・あの頃は、100円などのお菓子はなかった。せいぜい30円であっただろうか。それらの入った袋が本当に楽しみだった・・

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お菓子など買える時代でなかった。皆みんな貧乏暮しだった。小遣いなどもほとんどもらえなかった子どもの時代だった。

初午になれば、あの頃を思いだす・・・旗を持って、初午の意味も知らずに・・・「ハチマンだ、キュウマンダ、ジュウマンダ・・・」等と声を上げて村を廻ったことを・・・

そんな子ども達の行事もとうとう3年ほど前から・・・なくなった。子ども達が集落にいないからだ。初午は男の子の行事だ。その男の子がとうとういなくなったのだ。こんなことは我が集落だけではない。だから、小学校もなくなったのだが・・・

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ただ、稲荷様は字の如く農業の神様でもある。例年、我が家では地区の稲荷様に、赤飯と油揚げなどを持ってお参りに行くのだが、正月早々叔父さんが亡くなったこともあって、今年の参拝は止めた。

俺はきょうそこに行くと(参拝しないで)、孫を連れたおばあさんが、参拝に行くのを見た・・・そんな姿を見たら、込み上げてくるものがあった。孫と同居でもしていたら、妻もこんな恰好でお参りしただろうに・・・

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秋田の冬祭り  ④

西日本の地域のみなさんには、きょうまた大雪に見舞われた由、こころからのお見舞いを申し上げたい・・・

きょうのわが地域は、雪がチラついたものの、積もるほどのものでもなく、ホッとしているところである。しかし、まだまだ油断はならない、この後「snow」のマークがずーっと並んでいる。なかなか春近からず・・・である。

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だがこれまで3回、秋田の冬祭りについては記述した。いずれも雪がなければ出来ない行事であり、その雪をよくぞ利用したものと、改めて先人の見識を称えたい、俺はそのように思っている。

実は疎ましくさえ思っている雪、それでも雪は稲田を潤す水でもあり、横手市で開かれる「かまくら」の中には水神様を祀っている。

きょうの冒頭は、湯沢市での「犬っこ祭り」。秋田県では、色んなものに「・・・こ」をつける。可愛い、或いは小さいと言うようなことでもあり、この犬っこもまたそうである。

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いづれこの行事、400年の歴史のある民俗行事。会場には雪で作られた「お堂」「犬っこ」がいくつも並ぶ。大きな雪の犬っこには、子ども達が乗って記念撮影もできる。日没になると、お堂にはろうそくの灯が入り、幻想的な雰囲気に包まれる。なお、この行事は、盗賊よけとして行なわれるものだ。

幻想的と言えば、これもまた筆頭格に類するものだろう。横手市の「かまくら」である。雪不足の時は、田沢湖周辺から運んで作ると言う、あまりにも有名なかまくらである。

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大きな釜の様に積んだ雪に、今度はしゃべるで入り口を作る、そして周辺をくり抜いてひとつの部屋を作る。中には子ども達が入り、「寄ってたんせ」「入ってたんせ」と客に甘酒を振舞う。その子供たちのかわいいこと!

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俺は妻とこの「かまくら」を、そして「犬っこ祭り」を見にいったことがある。これらは雪がなければ始まらない、雪様様の行事である。

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きょうまで4回にわたって、秋田の雪に係る祭りの幾つかを、紹介させて頂いた。写真の大方はテレビから頂いたものだが、機会があったらぜひ冬の秋田においで頂ければ、本当に嬉しいことである。

尚、冬祭りは旧暦の小正月を中心にして行なわれるものが多く、大方はきょう明日にかけて行なわれるようである。

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「東京頭」になって・・・

朝から粉雪が舞う。だから、積雪するような雪ではない。でも寒い!今回の雪は西日本で多いようだ。例年ならば、雪で苦労などしない地域で雪が多いようで、これまた地球の温暖化の影響だろうか。魚などは軒並み不漁のようだし、こうした雪の降り具合を考えれば、異変が起きているとしか思われない・・・

寒い夜はあったかいものがいい!今年は今夜が終わりかも知れないと、夕食は鍋焼きうどんである。フウフウ言いながらも美味い。俺等は暑がりやだから、食べると額に汗が滲んでくるほどだ。

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我が家では調理はIHになったので、これを作るには逆に時間がかかるようだ。だから、妻に感謝しながら、懸命に口に運んだ・・・happy01

きょうもまた予定は空白だ。だから、午前中は妻の確定申告に・・・これまた、収入は年金とわずかの収入だから、時間も掛からずに終った。還付金があった。それでも戻ってくるのがあればうれしいものだ。

午後から一ヶ月ぶりに散髪に行った・・・明日は出かけなければならないこともあるし、来週には東京に研修に出る。従って「東京頭」と言うことで・・・中味も外見もどうにもならない頭ゆえ、どうでも良いのだが、そこが田舎者と言われる所以だろう。

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俺の頭に等、都会の人間の目でないだろう、いちいち人の頭になど当然関心などないのだから、どうでも良いだろうに・・・ただ、田舎にいれば”○○頭”等と言われることがある。例えば、正月近くに散髪に行くと「正月頭」になったり、盆あたりに散髪に行くと「盆頭」等と・・・

だから、俺がきょう行ったのは「東京頭」なのだ。

東京での研修は1年ぶりだ。わざわざ経費をかけてどうなるの?そんな頭に知識が納まるの?等と陰口をたたかれるだろうが、忙しくなる前の休息も兼ねてのことだ。今回は、皇居にも行ってみたい、東京ドームでの世界ラン展も覗きたい、北斎会館が新設になったようだからそこにも行ってみたい・・・

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それじゃ遊びでないかと思われるだろう。それでも仕方ない。だから、移動も夜行バスにした。安いこともあるし、日中の移動が勿体ない、時間が勿体ないということもある。そんな理由をつけて、この14日には夜行バスに乗って東京に行く・・・「東京頭」をそのままにしてm9(^Д^)プギャー

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我が家の”こけし”たち

特別に収集しようと思っていなかったのだが、随分と多くなった我が家のこけし。旅行に行ったりすると、ついつい思い出にということもあって買い求め、いつの間にかこんなに増えて、飾り棚などに飾っている。

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集まってくると今度はあそこのこけしがほしい、あの工人の作ったこけしがほしいとなって、伝統こけしも創作こけしも、ごったになってしまった・・・

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今では俺以上に興味を持って集めている妻だ。求めにいくのは工人から直接だ、話も聞けるし、それが一番だ。妻と婚約中には妻と妻の妹といっしょに、木地山にも行ったことがある。小椋久太郎さんという工人で、囲炉裏を囲みながら顔を書いて頂いたこともあった。

立派な賞を受賞された小椋さん、亡くなられてもう30年はなるだろう。だから今では貴重なこけしになった。収集している人達の間では、これひとつで○万円もするようだ。別にプレミアムを得るためではないから、終生我が家にこのこけしも残るだろう。

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”こけし”は”子消し”という説もあった。かつての東北は貧しく、子が生まれると口を塞いで殺したという、つまり子を消した、そうでもしないと生きていけなかったのだとか。その子どもを殺した身代わりに、こけしを作り置いたというのだ・・・

しかし一方では・・・ウィキペディアから引用すれば・・・

幕末期の記録「高橋長蔵文書」によると、「こふけし」と記されていて、「子授けし」つまりは子どもが授かるというお祝いの意味であり、こけしの頭に描かれている模様は「水引手」であり、京都の御所人形に似ていて、こけしは子の成長を願うお祝いのだと記されている。

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どうやら相反するような意味合いだが、「子消し」や「子化身」等堕胎に由来するとの説は、詩人・松永伍一が唱えたらしく、真意はさだかでないようだ。

今では、湯治客を相手に子どもの安価な玩具として、作ったのだろうという説もあって、俺はこの考えを支持したいところだ。

いづれ素朴で可愛いのが特徴で、シンプルな感じに惹かれるこけしである。

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こけしは、場所によって形も模様も様々で、例えば鳴子温泉のこけしは首を廻すとキューキューと鳴る。肘折温泉のこけしは、中に砂?豆?などがはいっているようで、振るとサアーササと音がする。

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ふたり暮しになった俺たちにとっては、こけしたちは子どものような存在だ・・・

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テーブルには”春”

手帳にはきょうの予定はないのだが、あっと言う間に1日が終ってしまった・・・

市役所では、もう税務相談・申告が始まっている。例年のように叔母さんから頼まれているので、書類を準備していたら、今年からは”マイナンバー”も記載しなければならないようで、叔母さん宅に行ったのだが、捜してもさがしてもない。

そこでマイナンバーが記載されている住民票でも良いようなので、叔母さんを乗せて市役所にdashそれから、申告に行った。年金といささかの農業収入しかないのだが、叔母さんは一人でいる。何かにと頼られるので、それを断る訳にもいかない。

帰宅すると某氏が午後から遊びに来たいとの電話。俺も話もあったことから快諾した。他に2人にも連絡し、4人の遊びになった。遊びと言っても・・・それは未だに決まらない廃校になった小学校の利活用について、今後どのように当局に向かって行こうかという話なのだ。

廃校してもう2年になろうとしている。他の自治体を見れば、もう利活用を進めている所も多い。それなのに、1校の利活用さえ示せない当局。先日は活用させてほしいと、当局に陳情もされた。

ところがかつての政敵に貸すわけにはいかない、そのようなことを聞いている。しかし、いつまでそんなことをやっているのか、確かに一時は政敵であったかも知れない。しかし、いつまでそんなことを言っているのか!

廃校となったとは言え、電気料金・水道料金の基本料は発生する。水道は当局のものだから、無料とは言え電気料などは月10万円ほど掛かっている。これで2年間利活用がされないと240万円が無駄になるというのに・・・

そんなことを話しあいしていると・・・

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桜餅が・・・

昨日は夕刻に吹雪いて、視界が利かず運転は大変だった。きょうは幾分落ち着いてはいるものの、時々は雪だった、この分では秋田に来る春は遅れるのではないかと心配している、そんな時の・・・桜餅heart04

皆さんのブログを拝見していると、梅が咲いた、ローバイが咲いた、福寿草も咲いている、スイセンはずーっと以前から咲いている、そうしたらきょうは河津桜がきれいだとの記事・・・そんなことは順調であっても、もう一ヵ月半は秋田に来ない!

こんなに寒いのだが、テーブルの桜餅を見ると気持ちがどことなく温まった・・・4人のこころにもふと笑顔が・・・そう思った。

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秋田の冬祭り  ③

雪が結構消えて春がぐ~んと近づくのかと思っていたのだが、やはりそうはいかないようだ。例年、2月は冷え込むのが常だから、そう思うこと事態が甘かった。きょうは午後になって風も強く、また、雪が降り舞った・・・春にはまだまだ先の秋田である。

きょうは秋田の冬祭りの③として、ふたつの祭りを紹介したい。

県北の大館では、「飴っこ祭り」が開かれる。木の枝に色とりどりの飴を飾る。この日の飴を食べると風邪をひかないと言われ、賑わいをみせる。

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沿道には、白いヒゲの神様が巫女を引き連れて歩く。俺はこの祭りに行った事がないのだが、妻は娘を連れていくつかの冬祭りに出かけたのだが、この祭りにも行った。娘の嫁ぐ前の今では懐かしい思い出になっているようだ。

次に紹介するのは県南の美郷町の冬の祭りである。”天筆”と言って子ども達は願いを書いて立てる。これがまた雪に映えるし、第一、きれいな字が書けますように等と書いてあるのを見ると何てきれいな祭りだろう、そう思う。

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そのまちではもうひとつの祭りが行なわれる。勇壮果敢な祭りで「竹打ち」と呼ばれている。東軍・西軍に分かれて、15mほどの竹を打ち合うのだ。互いに興奮すれば喧嘩になって、取っ組み合いもあったようだが、現在ではそれは事前の協議もあってか、喧嘩などはなくなっているようだ。

頭部にはヘルメットが着用され、二手に分かれての竹打ちは凄い迫力がある。こんな祭りは他にあるんだろうか・・・

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このように雪があるから雪を背景にしたファンタジックな祭りもあれば、梵天や大綱引き、そしてこのような竹打ち等、勇壮な祭りもある。考えれば、いづれも雪に負けないぞ、寒さにまけないぞ、と言った心意気が表れているとは言えまいか。

それは力を発散して、持っているエネルギーを爆発させて、雪に寒さに耐える姿だろう。じっとしていては気持ちも滅入ってしまう。冬は外には出られない、その心境を考えれば、雪に向かってたくましく生きようとする表れなんだと思う。

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こんな話を聞いたことがある。それはかなり前のことなのだが、山間の村では冬になって農作業もなくなれば、旦那は出稼ぎで関東・関西に行った。残された女性らは、藁しごとなどするのだが、それでは物足りなくなり、とうとう相撲をとったというのだ。

その姿を連想すると可笑しくて、込み上げてくるのだが、実はそこに女性の哀しみを思うのだ。やはりそのように力を発散しないと、生きていけないのだ。いつかも記したのだが、冬になると秋田では自殺が増える。

それは多分、何らかの形や力を発散できない人ではないのか。そう思うと秋田の冬祭りは、先人の知恵が生んだ力を発散する場所というように思えてくる。勇壮に行なわれる秋田の冬祭り、それは生きていくための祭りであり、裏面には哀しい祭りとも言えるのではないだろうか・・・・・

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葉守りの神

朝から時々小雨が降っていて・・・雪がどんどん融けている。2階から望む田んぼには、ほとんど雪がない。

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我が家の前には寄せていた積まれている雪がある。その雪を広げてやる。散らかすのである。こうすれば雪も消えるのが早まるのだ・・・

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ところで・・・随分と気になっていた木があった。道路沿いに、また、山に入っても茶色い葉を、まるで鎧のように羽織っている木だ。そう、5月には餅を包む葉が茂る木。「柏」の木。

柏の木は、葉が大きいのが特徴だ。5月頃には柏餅を巻く。それは葉が大きいことからも選ばれたに違いない。その葉も冬になれば、すっかりと枯れ色になる。ところが、枯れても冬の間も落葉しない。他の木と違って、枝にそのまま着いていて、翌春の新しい葉の芽が生まれるまで落ちない。

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それが俺には不思議だったのだ。

ところが調べると、面白いことが分かった。樹には樹木を守護するという神があり、それは柏の木に宿ると言うのだ。だから、葉守りの神に守られているから、落葉しないと言われているらしい。

また、新芽が出るまで葉が残る事から、「子孫繁栄」の縁起樹でもあるらしい。ということは、5月の柏餅を包む葉は、そんなことも或いは背負っているのかも知れない。

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そんな謂れのある柏の木、そして、葉・・・それにしても不思議な木である。

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ふたたび歌人・鳥居のこと

「趣味は?」と聞かれると・・・「短歌」と俺は答える。大した短歌は作っていないのだが、それでも○年も続けていればまぐれもある。いくつかの賞も頂いた。最高賞は、国民文化祭で頂いた文科大臣賞だ。

短歌の仲間同士でも、短歌に対する考え方は当然違う。ある仲間は「いのち」だと言った。また、別の仲間は「生き甲斐」だと言った。俺はと言えば「趣味」だと答えて来た。歌人などとはこそばゆく、いのちだとは考えたこともない。

おそらくそれだけ真剣に歌を詠んでいる、それをいにちと言ったのではないか。勿論、俺は趣味とは言っても、やはり考えれば生き甲斐でもある。そして、今月の短歌会の短歌も先ほど作ってみた・・・のだが?

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ところで、凄い歌人のことが昨夕のNHKテレビ「NEXT」で紹介された。タイトルが「歌人鳥居 若者たちと響きあう歌」であった。俺はそれを観ながら、何度か嗚咽を堪えて観た・・・

この歌人・鳥居のことは、昨年の夏ごろだったか、記事にしたことがある。セーラー服の歌人・鳥居として・・・

秋田市の書店で何げなく求めた1冊だった。本の帯にはすごい事が書いてあった。「拾った新聞で字を覚えたホームレス少女の物語」とか、「母の自殺、小学校中退、施設での虐待、ホームレス生活」こんな激しい言葉が並んでいたのだ。

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ほどなく某新聞でも特集が組まれ、彼女が紹介された・・・その切り抜きは、その本に挿んでいて、改めてそれを読みながら、俺はきょうもう一度半日をかけて読んだ・・・

読んではまたきょうも堪えるのが大変であった。2歳のときに両親は離婚、小学校5年生のときには母が自殺した。その後、児童養護施設に入ったものの、いじめや虐待・・・それからは祖母の家、里親の家を転々とし、ホームレスにも。

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現実から逃げるために足を運んだ図書館、彼女はそこで1冊の歌集に惹かれた。穂村弘氏の歌集「シンジケート」、それに「ドライ ドライ アイス」だったという。そして、作歌を始めるのだが、漢字が分からない言葉がわからない、それを新聞等で字を言葉を覚えたという。このあと、彼女は歌人・吉川宏志氏に知己を得るのだ。

2013年、書いた文章が「第3回路上文学賞」の大賞を受賞、それからは益々短歌に傾倒していった。現実は辛くても、短歌がそばにいてくれたから、自殺をしないで済んだと。

鳥居というペンネームには色んな思いがあるらしい。家族やふるさとを思い浮かべるとき、その光景のなかには神社が存在し、また、見えざる世界と現世の境界に立つという意味もあるようだ。

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また、セーラー服には義務教育を受ける道を断たれた子どもの思いを体現しているという。そんな彼女から生まれる短歌は、若者の共感を呼んでいるようだ。

鳥居の短歌は魂から生まれている。心の叫びであり、人間としての社会への叫びであると俺は思う。正しく「いのち」の歌だと俺は思う。思いながら、然らば俺の詠んでいるものは何なのだと、俺は今俺に問いかけている。

   <写真はNHKテレビ・NEXTより>

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春を呼ぶ祭り「鱈祭り」

金浦漁港で神事を行なったあとに、10kg以上のある寒鱈を担いで街の中を歩く。そして、ハイライトは金浦神社の参道を登って奉納する祭り・・・

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きょう奉納された鱈は51匹、今年はやや小ぶりということで、10kg前後のものだとか。それでもゆっさゆっさと鱈を担いでの奉納は、全国でも珍しいとされ”奇祭”とも呼ばれる。

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当市の「超神ネィガー」も参加しての鱈の奉納。ご当地ヒーローの登場でさらに参道は燃え上がる・・・

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このわがまちの冬の祭典、通称鱈祭りと言っているが、正式には「掛魚(かけよ)祭り」と言う。掛魚とは漁から帰った漁師が、氏神様や恵比寿様にお供えをする魚のことだとか。

祭りの主役は何と言っても「鱈」だ。だが、今冬は天候にも恵まれず漁はよくないらしい。それでも51匹の鱈。この大鱈は1匹づつ荒縄に吊るされて、神社に奉納される。海上の安全、豊漁を願っての祭りで、もう300年以上の歴史のある祭りである。

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尚、近くのイベント広場では、鱈担ぎの体験や鱈汁が振舞われる。きょうもこの前には、長い列が出来ていた・・・

この祭りが終れば、わがまちにも春がぐーんと近くになる・・・

     <子どもと鱈の写真は、観光協会のネットからのもの>

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節分です・・・

何と美しい言葉なんだろう、俺はそう思う。季節の分かれ目と書いて「節分」とは・・・。日本人の独特の感性のある言葉なんだと思うのだ。まして、これを境にして暦は春にと向かうのである。その初日が立春、それが明日になる。

俺は1月はことのほか、長かったとの思いだ。叔父さんの不祝儀に始まって、俺は風邪をひいた。そして、その薬で胃を痛めて、消防の出初式も、また成人式も欠席した。更には痛烈な寒波だ。本当に長い今年の1月になったのだ。

それがきょうの「節分」、どことなく安堵感に満たされている。

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俺は夕刻に、家の一部屋ひとへやに、さらには農舎にも離れの部屋にも・・・「鬼は外、福は内」と豆をまいた。勿論、トイレにも脱衣室もみなみなに、節分の豆をまいた。

亡き父は裃を着て、家の中に「鬼は・・・天に実となれ・・・」等と豆をまいた。季節の大きな変わり目、つまり冬から春になる儀式との捉え方をしていた記憶がある。俺はそこまではいかないものの、寒波の中での豆まきだ。声をやや強めて豆をまいた。

かつては父がいたころは、俺の子どもも一緒になって豆まきをした。それがとても懐かしい。今でも子が大きな声で、「鬼は外、福は内」の声が耳に聞こえてくる。

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この子ももう2児の父親だ。マンションでも豆はまいただろうか・・・孫といっしょに?当時は、何げなくやっていた季節の行事も、はるか彼方にもなってしまって、それだけに無性に懐かしさが込み上げてくる。

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ところで、昨今は大豆をまかないで、落花生をまく家も多いようだ。拾ってたべることなれば、やはり殻のついたその方が良いかも知れず、我が家でも家の中にまくのは大豆だが、食べるのは落花生だ。何しろ年の数だけ食べなければならないとなれば、大豆では硬くて歯も立たないし・・・

全国的にも色んなまき方があるようで、NHKニュースでもそのことを取り上げていた。

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あれっと思ったのは、豆といっしょにチョコをまくという場所もあって、節分の豆のまき方も変わってきたと思っている。行事もまた、時代と共に変わっていくのかも知れない。

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寒波と怒り

凄い寒波が来たもんだ・・・今冬一番の寒波かもしれない!北海道では車数十台の玉突き事故だ。怒ってもしようがないのだが、もう寒波もほどほどにしてほしい、そう何かに怒ってやりたい気分だ。

わが地域でも、吹雪いたらもう一寸先も見えない。こんな日は出来るだけ出ない方が良いのだろうが・・・そうもいかない人もいるのだ。

この凄い寒波!ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ時々、家からも吹雪いているのが見える。朝から、夕方のような暗い外。もう薄暗くて、時間の感覚さえも分からない。そして、横殴りの雪typhoon

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こんなでは俺は外には出たくないし、俺は運よく用事もない。だが、この寒波の中、妻はいつもの小学校に読み聞かせだと出て行った。こんな日等は車の運転も恐ろしいはずなのに、ボランティアに出て行ったのだ。

俺は終日、読書をした。この土曜日からは、また忙しくなり、束の間の予定なしのきょうだっただからこんな日もあってもいいだろう。自分にそう聞かせて本のページをめくり続けた・・・外はヒューヒューと地吹雪typhoon

この雪で、家の窓々は芸術的な模様?になっている。何にも外が見えない状態!

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もう嫌になってきた今年の「冬」・・・

ニュースによれば、隣接のまちでは、9億円の除雪費が底をつき、2億円の追加補正予算を市長が専決処分したという。雪が降って、今度は融けての排雪にもかなり掛かり増ししたようだ。わがまちではそれがないようだが、1.2億円で充分なのだろうか・・・

ご存知かと思うが、除雪は言わば重機で雪を道路の脇に寄せていくもの。しかし、狭い道路だと脇に寄せても崩れてくるので、雪をトラックなどに積んで捨てに行かなければならない。つまり雪捨てのことを排雪と言っている。その費用もまた大きいのだ。

雪にブツブツ言う俺だが、もうひとつ文句が言いたかった。アマゾンにだ。昨日記したのだが、注文した本、カバーと中の本が違っていたのだ。それが写真である。

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確かに同サイズであり、写真の青いのがカバーだ。しかし中の本は「ゴルフ・・・」だ。俺も直ぐに見ればよかったのだろうが、表紙を見ただけであった。それが、昨日、中身をパラパラと広げると???何かおかしいな?なんでゴルフのことだけが???そう思ってカバーを外して見たのだった・・・

そしたら・・・カバーと本自体が違っている!!!

売る人が意図的に本屋に持ち込んだのか、本屋でも中までは俺と同じように、確認しなかったのか、それにしてもお粗末だ。幸いにも昨晩さがしたら、注文履歴が残っていたのでアマゾンに苦情を申し入れた。

朝には、送付した書店から「返金するので本は処分してくれ」とメールが入っていた。しかし、申し訳なかったともなく、当方でもすり替わっていた事にまったく気がつかなかったとだけだ。こういう時は、先ずは謝罪が当然だろう・・・それもなく、返金すればいいだろうというように思えてきて、またまた腹がたった。

わずか700円あまりの金額だ。間違いは誰にもあることだ。だが、いくらメールであってもその内容には呆れてものも言えない。よくもこんなことで商売をしているものだ、その書店の中も見えて来たeye・・・(# ゚Д゚) ムッカーangry

先日、少しは春の方に向きが変わっているようだと記述したが、スゴロクで言えば「振り出しに戻る」である。でも・・・明日は節分である。

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ふたたび「若返りまんじゅう」

ここ数日・・・驚いたことがある。

先ずはアメリカ大統領の発言・大統領令。きょうもとんでもない発言だ!なんだかめっちゃじゃないか。この10日には、安倍総理がその大統領と会談を予定されているが、果たして話し合いが出来るのか!

ラジオを聞いていたら、もう花粉が飛んでいるとか。1月に風邪を引いた俺には恐怖だ。例年もその症状が3月半ばになれば出るから、それはそれは恐ろしい!日々、戦々恐々である。

アマゾンに注文していた本が届いた、3冊も来たので送付された封も、また、返信のmailも削除したので発送書店が分からないのだが・・・実は、表紙が注文していた本だったのに、中の本そのものが違う、こんなことあるのか!!!届いた時に、中まで確かめなかった俺も悪いのだが・・・表紙と中身が違うとは?その逆だったら読むことが出来るのに・・・(# ゚Д゚) ムッカー

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さて、そんな面白くもない話題はお茶でも飲んで流したいものだ。お茶には「まんじゅう」が良くお似合いだ。俺はそのまんじゅうについてブログアップを1月22日にした。今夜はその続編ということで・・・heart04

実はアップさせて頂いた時に、3人の方からコメントを頂いた。ただ、その頃の俺は体調不良だったために、返事ができなかったこともあり、改めてコメントへの応えも含めて、「若返りまんじゅう」についての記事を書くことにした。

このまんじゅうを作っているのは、秋田県の”羽後町”の和菓子屋だ。町の盆踊りは有名で、徳島の「阿波踊り」、岐阜の「郡上八幡盆踊り」と並ぶ日本三大盆踊りのひとつに数えられている。まんじゅうのパッケージは、その「西馬音内(にしもない)盆踊り」だ。

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何と言ってもこのまんじゅうのネーミングが特異だ。「若返りまんじゅう」とは、人のこころをくすぐる。誰も願いたいそのものがズバリのネーミング。誰もが、食べれば若返るの?と言うだろうが、誰もがにっこりして食べるまんじゅうだ・・・

その辺をネットによれば・・・

「若返りまんじゅう」を考案したのは3代目の社長だったという。夏場の和菓子の落ち込む消費に、冷やしても食べたくなるものをとの観点から開発されたようだ。その結果、皮には吉野葛を使ってのしっとり感があり、確かに冷やす事でより以上の食感があるようだ。しかも、モチモチ感、夏でも喉につかえない、保湿系の珍しいまんじゅうなのである。

そして、そのネーミングであるが、どうやら社長と奥さんの合作らしい。当初は「うま芋ん」だったようだが、インパクトのある名前にしようとのことで、「若返りまんじゅう」になったようである。この名前が当って、今では県外・ネットでの注文も多いようである。

ちなみに10個入りが1,110円、若返りまんじゅうKUROIBE10個入りが1,150円。

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俺も何度も食べたが、確かに違う。他のまんじゅうとはまったく違うのである。そのせいで、妻も俺も若さを保持している(*^ー゚)bグッジョブ!!どうぞ、皆さんの口でお確かめ下さい・・・

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