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2017年1月

秋田の冬祭り  ②

時々、雪が降ってくる・・・ふんわりふんわりした雪だ。淡雪である。寒いさむいと言っている中にも、ほんのちょっぴりだけれども”春”が混じって来たようだ。淡雪は地上に着く前に融けたりするsnow

俺はきょうも家に籠もっている。だが、症状が悪化しているのではない。昨日は会議があったのだが、俺の手帳にはこれから金曜日までは白い。だから、散らかしているpcの部屋兼ピアノの部屋の整理だ。

4時からはtvを・・・「さだまさしコンサート 国際フォーラム」を観た。俺は彼の「案山子」が大好きで、これを歌うかも知れないとの期待を持って。はたしてそれが後半に歌ってくれた。応援として、指揮者の佐渡裕さんがフルートを吹いてくれて、最高の「案山子」であった。

泣けるような歌は多いのだろうか・・・俺はこの「案山子」を聞くと、子どもたちのかつてのことを思い出して泣けるのだ。泣けるのだが好きなのだ、この「案山子」は。

俺の反対を押し切って、長女は俺から逃げるようにして、遠い福島の大学に入った。俺は長女ということもあってか、何としても近くに置きたい、俺のわがままだったのだが、そこに行けばもう手の届かない所に行くような気がして、賛成はとても出来なかった。

「元気でいるかい?お金はあるか?友達出来たか?・・・」と呼びかける歌詞、曲調は静かなのだが、俺のこころはもう何と言っていいのか、もうズタズタになる。あの頃、俺の冷たい視線を「こんな親がいるのだろうか?」そう娘は思ったに違いない。

今となっては詫びようもないのだが、今の俺にとっても気をつかってくれる、心配してくれる。まるで過去のことはなかったかのように・・・「案山子」では、遠方に住む息子を思っての歌詞なのだが、娘であっても思いは同じだろう・・・

俺は例えば・・・こんな形相をしていたのか?

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秋田では一番有名なのが、この「なまはげ」だろうか。冷たい俺の視線は、娘にはこんななまはげにみたいだったのでは?まさかとは思いながらも・・・weep

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いづれ年末のニュースなどではおなじみだろう。何で子どもを泣かすのだ、いじめではないのか、等と言われることもある。これは「怠けものはいねが~」と戒めるのがなまはげなのだ。

このような行事は、わがまちにも残っている。顔を炭で黒くして家々まわり、「あまはげ」と言っている。正月から怠けては、1年中なまけるぞ!それを戒めると言う、その化身がなまはげであり、伝統行事なのである。

さて、こちらは一転して、こちらは優雅な・美しい冬の祭りだ。県内では、神社に梵天を奉納する祭りは多いのだが、この大仙市ではそれが川を渡るのだ。水面にそれが映り、カメラマンはそれを捉えようと集まってくる。

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俺の次女が嫁いだ地域の優美な「川を渡る梵天」である。

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秋田の冬祭りはきょうが2回目。各地にそれぞれ独特の祭りがあるだろう、でも、冬に秋田では祭りが多い。それは、やはり厳しい冬を乗り切って行こうと言う、叫びとも言える。そうでもしないと気持ちが折れてしまいそうな厳しい季節なのだ。

秋田県出身の菅官房長官が、くしくも昨日の参院の予算委員会で答弁していた。「冬の厳しさは、住んでみないと分からないだろう・・・」と。本当にそう思う。俺等は趣味も多いし、時間はいくらあっても足りないような人間なのだが、そうでもなかったらこの厳しさは・・・

それ故もあってか、冬分の自殺者が多いのも秋田県の実態である・・・

1月もきょうで終る。明日はもう2月、この週末は節分、そして立春だ・・・暗い気持ちにもいささか明りを見出している。

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憧れのマドンナ

こんばんわ!

でんでん大将は、あれから1週間、酒の一滴も口にしていない。呑まなければ呑まなくても出来るものだ。でも、体調を考えると呑みたいという気はまったく起きなかったし。このまま・・・そうありたいのだが、今週末は神社の氏子総代の役員会があり、中学時代のクラス会を控えている。量を抑えてやはり呑むことになるだろう・・・ナ。

家に籠もっていると新聞は丁寧に読む。遠ざかっていた本も読めるし、短歌も応募したり、また、「由利短歌」に歌評を書いたり・・・それにしても、新聞・テレビを賑わしている稀勢の里の昇進、トランプ大統領の数々の大統領令の波紋・・・特にトランプ氏にはうんざり。

そんな中で見つけた記事!「お手本にしたいシニアの有名人」ということで、男女の名前が並んでいた。

それは・・・

   男性  1位がタモリさん、2位が役所広司、3位が高田純次さん

   女性  1位が吉永小百合さん、2位が樹木希林さん、3位が桃井かおりさん

これは、某銀行が顧客の意識を探ろうと昨年の11月に、50~79歳の男女500人に手本にしたい有名人を聞いた結果だ。男性では多才なことで、女性では美しく年を重ねたい、そんな思いで選んだようだと分析している。

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またしてもということになるが、俺も吉永小百合さんの大ファンだ。何でも、男性で1位のタモリさんも彼女の大ファンのようだが、団塊の世代にとってはやはり自分の青春を重ねているのだろう、吉永小百合さんに・・・

写真はネットから頂いたもの、彼女の一躍スターにした1本の「キューポラのある街」だ。現在、秋田魁新報には~吉永小百合さんが語る 私の10本」が連載されている。1962年の作品だ。

日活に入社して3年目のことだったらしい。監督の浦山桐郎さんから、「貧乏について考えてごらん」と言われたらしい。でも、俺も驚いたのだが、実は幼い頃に父が事業に失敗して一粒の米もなかった時代もあったという。

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しかし、運が彼女に味方したと言ってもいいのだろう。「赤胴鈴之助」のオーディションで1万人の中から選ばれたとか、そのことがあって、彼女の家の米びつが空になることはなくなったとか。

一方で運とだけだけでは言い切れないだろう。正しく努力を惜しまなかった彼女なのである。俺はデビューの頃から、彼女を美人だとは思っていない(失礼ですね)、傍にいる幼なじみと言った気持ちになるのだ。本当にいくつも違わない吉永小百合さんは、俺にとっては俺たちにとっては等身大のマドンナなのだ。

「赤い蕾と白い花」は、石坂洋次郎の「寒い朝」が原作の映画。出演の多くなったときのこの映画、封切りが6月と言うことでタイトルが「赤い・・・」になったようだ。しかし、「寒い朝」のレコードは売れた。勿論、俺も持っている。懐かしいドーナツ盤・・・

妙に印象に残っているのが「草を刈る娘」だ。長閑な風景、冬に備えるため馬のために草刈りに行く、そこには若いふたりがいて・・・heart02

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あの頃はわがまちにも映画館があった。夕暮れには誘いをかけるような流行歌がなって、いかかにも「行かなければ」という雰囲気もあった。日活の青春映画は、中学生でも観る事が許可され、よく親友と行ったものだ。帰りには、”大判焼き”を食べて・・・

あのころが懐かしい、その親友も集まる土曜日のクラス会が楽しみだ。いっぱいやればふたたび、吉永小百合さんの映画の事も話になるんだろう・・・俺にとっては今でもマドンナのことが。

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秋田の冬祭り  ①

南の方から、西日本からは梅が咲いたとか、水仙がきれいだとか、ロウバイが香りいいだとか・・・花の便りを見ている。ところが秋田はまだ冬だ。しかも、例年だと2月の冷え込みがとても厳しい。

雪の秋田では、その雪に寒さに負けないぞ!と、小正月から各地で冬祭りが行なわれる。きょうAKTテレビでそれを取り上げていたので、皆さんに紹介をさせて頂く。この拙いブログが皆さんを魅了出来れば嬉しいことだ。

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1、十和田湖の雪祭り、きれいなイルミネーションや花火が夜空を焦がす。

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2、冬の魚の代表格が「寒鱈」。その寒鱈を神社に奉納し、大漁と漁師の安全を祈願する。この2月4日行なわれるわがまちの奇祭だ。俺もこれには参加できそうだ。

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3、上桧木内の紙風船上げ。俺はまだこれを観たことはないのだが、夜空に吸い込まれていくような紙風船、幻想的な祭りだ。

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4、まちが上手・下手に分かれて綱を引き合う。その綱の大きさがすごい。分かり易いシンプルな祭りだが、熱気がすごい。確か無形文化財になっているはずだ。上手が勝てば米価が上がり、下手が勝つと豊作・・・等の言い伝えがある。

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500人の雪中行進

きょうは我がまちの歴史的な人物「白瀬中尉」が、南緯80度5分、西経156度37分の地点に日章旗を掲げ、一帯を「大和雪原」と名づけた日である。そこは極寒の地・南極であった。残念ながら南極点には到達しなかったものの、犠牲者を一人も出さないで帰還した探検隊であった。

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わずか204tの木造船、それで向ったのだから凄いの一言である。少年期から地の果てへの冒険を夢に見、温かな湯や茶を飲まず、火にも当らず、彼の決心は想像を絶するほどのものだったらしい。

わがまちでは、彼の偉業を称えその当時の事を思い描きながら、毎年この日にイベントを行なっている。「雪中行進」と名づけ、きょうも行なった。俺もこれに参加する予定でいたのだが、病み上がりゆえ欠席させて頂いたのだが・・・。

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きょうの天気は時々雪が舞うものの、日も射したりしておそらく当時の南極とは比べられるものではなかっただろう。行進は金浦公民館から白瀬記念館までの約2.5km。途中沿道には市民が手を振ってくれたはずだ。

また、途中には白瀬の生家である浄連寺に寄って墓参りも例年行なっている。行進には現職の自衛官の参加もあったのだが、今年はどうだっただろう・・・

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以前には、秋田県民プロジェクトとして、県民ミュージカルがわらび座を軸に行なわれ、県民の喝采を受けた。俺も観に行ったが、それはそれは素晴らしいものだったという記憶がある。

雪中行進には、子ども達も参加している、その様子は市の広報の表紙を飾っている。

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兎に角凄い人間が、わがまちにはいたものだ。夢は持ってもなかなか諦めないで立ち向かう、それは容易いものではない。自分に重ねてもそうなのだが、白瀬はそれを実現するために、心や体を鍛え、そして夢に向って邁進したのだ。

その心は見習いたいものだ。兎角理由をつけては向わない、そんな人間が多い中で(勿論、俺も含んで)白瀬が貫き通せた要因は何だったのか、名誉を得ようとしたことではなかった、富を得るためでもなかった、それは何だったのだろう・・・

 < 写真は秋田テレビの秋田の人物伝から>

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一日、家に籠もりて

気温は10度ほどもあったようだ。しかし、午後からは風も強く、当市では33mほどであり、ニュースの全国版にも出ていた。俺は未だに咳がのこっていることもあり、一歩も外に出ないで1日を過した。時にはテレビを観たり、時には本を広げて、こんな日があったも良かったのだ・・・

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外に出ないでいれば、そんなに悪い天気のようには思えない。出窓の棚の花々にも、水をやったり、それでも時間はどんどん過ぎて行き、「もう昼だ」「え、もう夕方?」・・・この頃はいささか日脚も伸びて、午後5時になっても明るさが残っている。

俺が家に居ると妻は大変だ、おやつもきちんと出してくれるし、きょうは「サツマイモ」が出た。刺激のあるものは取りあえず控えようと、飲み物はもっぱらお茶にしている。そのお茶にもサツマイモはとってもあう。

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テレビを観ていたら、春の花粉状況が説明されている。妻はそれを観ながら笑う・・・風邪の咳が終れば今度はくしゃみだね、俺を見て笑う・・・そうなのだ、俺は花粉症も持っている、だから、この咳が終れば・・・・crying春が恐ろしい!

一昨日、NHKから平成28年度の短歌大会入選作品集が届いた。11月には入選の案内があって、それからさらに絞り込まれて賞が決まるとの案内も同封されていた。今年はほとんど賞を頂いていない、NHKのこれに期待を持っていた・・・

ところが入選だけで、それ以上の賞ではなかった。これまで秀作には選ばれているが、その上の賞はなかなかである。受賞したら東京のNHK会館に連れていくと妻には言っているのだが、それは妻も諦めているだろう・・・ナ。

ちなみに今回の大賞は・・・

     ☆ぶつかりておしのけもして白鳥はおりたいところにおりておちつく

     ☆甘やかで切ない風もあることを人口知能は知るだろうか

     ☆壁に貼る不動明王にキスできるまで背を伸ばすけふのリハビリ

この他に2首であった。

求めていた「はじめての短歌」を読んだ。穂村弘氏の著書だ。若い方々に人気のある歌人である。でも、彼の歌集も読んだことないのだが、本を広げてもどうも俺とはあいそうにない、つまりはこれが年齢差ということか。

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俺はオーソドックスな詠みかた、しかし、詩があって、ドラマチックな詠みかたをしている短歌に惹かれる。彼との考えは180度違うような気がする。例えば冒頭にこのような短歌を紹介し、面白く高い評価をしている・・・

 空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態

一応解説があるのではあるが、作者には悪いのだがこの短歌が高く評価されのが分からない。俺の勉強不足ということになるのだろうが、他にも最近は分からない短歌が多い。いくら現代短歌と言いながらも、俺には本当に理解できない。

でも・・・俺だけの考えに籠もっていてはだめなんだろう、もっと視野を広げねばならないのだろう・・・例え考えに相違があっても、勉強しなければ・・・

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「云々でんでん」?

仕事で近くに来たからと言って、妹の旦那が我が家に見えた。折りしも妻は学校へ読み聞かせで不在だったので、お茶も出さないで帰らせてしまった。これからは母が入所している施設に寄って見るとか。今は、面会も出来ないはずだと言ったのだが・・・果たして寄っただろうか。

その義弟が持ってきてくれたのは、本市のお菓子屋が販売している大きなシュークリーム。名づけて「山シュー」というものだ。

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鳥海山をイメージしたというシュークリーム。果たして・・・

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なるほど、なるほど・・・言われてみると山容と言えば言える。妻が帰宅してから、ふたりで頂いたhappy01

俺は病み上がり?だ。幸いにしてきょうも予定がない。だから、ゆったりして新聞を読み、2月半ばに研修に行くためのホテル探したり・・・

新聞を広げると、稀勢の里の横綱誕生が一面に載っている。昇進に当っては、早いとの見方もあったようだから、何とかして見返すような頑張りを期待したいものだ。

紙面を変えるとアメリカ大統領トランプ氏の発言が・・・世界のリーダーとしての言動には、俺でさえ眉をひそめたくもなる。今後、世界はどう動いていくのか、その中で日本はどうなっていくのか、なかなか良い材料がないのが気掛かりだ。

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気になると言ったものではないだろうが、新聞に24日の参院本会議での民進党の代表質問に対しての総理の答弁のことが、インターネットで話題になっているとの記事が載っていた。

答弁が「訂正でんでんという指摘は全くあたりません」としたと言うのだ。どうやら答弁原稿にあった「云々を誤読したのではないか」というものだ。確かに、そのあとの言葉からしても「云々」を「でんでん」と読んだとは想像出来る。

かつては「未曾有」を「みぞゆう」と言った総理もいたし、「云々」を「でんでん」と言っても大したことではないかも知れない。でも総理と言う方が、しかも自らも記者の経験の在る方だ。そのようであったとしたら如何なものだろう・・・

俺だって、会話の中にも「云々」等と使うことがある。よほど今回は興奮していたんだろう、通常であればこんなことを言わなかったんだろうが、ただ野党に対してはいつも上から目線的な物言いをしているように思っている。威厳のほしいところだ。

いづれ間違いは誰にもある。総理も間違うので人間的とも言えるかも知れない。それでも「でんでん」等と読まれると、ハイすみませんと俺が言わねばならないように思ったりして・・・shock

   一円の高さ安さにわが知らぬ大きな数字動くと言うも

  NHK全国大会で入選した俺の一首です。

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心配をおかけしました・・・

どうしても胃カメラは無理なことから、きょうの予約で胃のバリウムによる透視をして頂いたhospital約1年ぶりの俎板の鯉になったのだが、わがままと言うものだろう・・・先生の指示によって、あっち向きこっち向きと気もつかう・・・終ったら、疲れてしまってベッドにしばらく休ませて頂いた・・・

結果の説明であったが、先生は病名等は言わない、胃はきれいだといい、小腸も・・・しかし、俺が胸焼けの話をすると・・・

食道下部括約部のしまりが悪いようだとのこと・・・あまり先生に聞くのはためらわる、先生は1枚のパンフを下さった・・・みれば、その症状なのだ。「逆流性食道炎」・・・

001 これによる症状を見ると、「胸やけ」「苦い水が上がる」「げっぷ」「おなかの張り」・・・俺はその胸やけ、げっぷもあったのだ・・・

こんな人に多いとの事例でさらに納得しなければならなかったこともある。太っている、腰が曲がっているには該当はしないのだが、脂っぽいものを良く食べるには少しある、ストレスの多い・・・これには多いに納得だ。

どちらかと言うと神経質なタイプであり、そのこととは多いに関係はあるんだろう。それに加えての酒だ。

さらにさらには加齢によってもこれが起こるともある、年はとりたくないものだと改めて思う。

日常生活の注意点を見て・・・

そこにも「お酒、たばこは控えること」とあるのだ。俺は喫煙はしないのだけれど、付き合いと称しての酒飲みは本当に多い。

他には、ベルトや下着で締め付けないともある。が、俺はベルトはきつく締めないと嫌だったから、このことも要因にあったのかと驚いた。

それに適度な運動、就寝中は腹から頭にかけて高くすることともある。

考えれば、悪い事だけをして来た俺のようだ。今度こそ、今度こそ、自分のためにも節度ある生活が必要のようだ(反省)

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「じくなし」大将の言い訳

「おばんです・・・」

皆さんにはたくさんの激励やお見舞いを頂き、本当に有難うございました。自らを「大将」等と名乗って鼓舞しているのですが、とうとうメッキがはげたようです・・・(/ω\)ハズカシーィ

1月はスタートの月だと張り切って迎えた新年でした。ところが三が日過ぎたら叔父さんの不祝儀、その後に風邪気味となりhospitalでした。一時、咳もひけてきたと思い村の集落サロンにでて新年会に加わりました。俺が立ち上げて、それがしばらく顔出しもしていなかったこともあって、出たのでした・・・お酒も少しやりました。

その翌日には、まだ咳も残っているし、土曜日には薬も切れることからhospitalへ、ここで次の風邪薬を頂きました、今度は7日分の処方を受けました。薬のことはまったく無知ですので良くは分かりませんが、以前の薬よりはやや強いものだったのかも知れません。

002 1月22日は、集落の集まりで今年の祭典の当番丁であることから、どうするのかとの協議でした。

俺は今度は集落の氏子の総代です。結局はその当番所を引き受ける家もなく、今後のことでの協議になりました。

実はここでも酒がありました。俺が責任者のひとりでもあることから、やはり真面目こいて?ここでも酒は呑みました。

田舎は喜びにしろ、悲しみにしろ、つき物は酒です。余程の事がない限り断る訳にもいきません。

哀しいながら俺もそれに習って?酒を呑まないでもいられなかったのです。弁解にはなるのですが、田舎の付き合いも否定して生きることが出来ません。

そして、昨日は午前中には地区の氏子総代の役員会、これは日中でしたので酒はなかったのですが・・・

午後からは、短歌会の例会と新年会でした。例によって俺は30余りの仲間の短歌を講評、その後の新年会になりました。

仲間のひとりの旦那さんは会社を辞めてからは音楽活動をしています。まちのいくつかの歌も作曲しています。昨日は、そこのスタジオでの新年会。やはり気の合う仲間とは嬉しく、少しだけ呑んでた酒も結構やってしまいました・・・

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実は3日前あたりから胸焼けするようになっていました。ですから酒はもってのほかだったんでしょう、それを無視した俺が悪かったのです、昨夜は送られて帰宅したのですが、仲間からの電話に出ているうちに、だんだんと気分が悪くなって・・・

いつだったかも風邪薬で胃を痛めたこともあり、昨夜はその薬をやめて早い時間に悶々としながら寝ました。だけど眠れたものではありません。午前1時過ぎでした。トイレから出ると幾分和らいでいることを実感し、その後は眠ったようです・・・

10時からの会議はキャンセルし、初めての胃腸科のhospitalに入りました。幸いにもあまり患者はいないようで、受付後30分ほどで名を呼ばれました。受付ではお薬手帳をだし、「カメラは苦手なので・・・」と話をしていましたが・・・

ところが先生と話をすると胃カメラをやらないと診察できないとのこと、そして、胃透視ならと他のhospitalの紹介を頂きました・・・

恥ずかしながら、俺はとても胃カメラは容易でないのです。3度程は、それでもやったことはあります。でも、受診中も受診後もまこともって無残な状態になるのです。胃に傷がついてその後しばらく苦しんだことがあるのです。

元々喉が細いようでもあるし、恐怖心が先立って益々喉が狭くなるようで・・・そこで次のhospitalへ、そして明日に胃の透視やることにしました。今は胸焼けもほとんどありませんから、やはり素人ながら、風邪薬によって胃がただれたのだとしか思われません。

でも、明日はバリウムを飲んで頑張ります・・・

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秋田では意気地なしを「じくなし」と言います。正しく俺はそのじくなしなのですが、どうにもなりません。

きょうはhospitalから帰ってから、半日布団の中でした。葛湯を飲んだり甘酒も飲みました。ニュースによれば山陰や中国地方で大雪とのこと、他にも例年ならばほとんど降らない地域まで今般の寒気は雪をもたらしているようですね、被害のないことを祈っています。

我が家の玄関先も写真の通りです、庭木もすっかり形をなくしています。それでも春になれば、大方は元の形を取り戻す元気があります。俺も見習って・・・・明日は「俎板の鯉」になって頑張って来ます。

今晩はじくなし大将の言い訳になってしまいました・・・お許し下さい。

皆さん、ご心配頂き誠に有難うございました。

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こんばんわ!今夜はとても。

こんばんわ、皆さん。
今夜はとても苦しくて、ブログの更新できません
長らく風邪の症状が続き、その薬のえいきょうもあってか、
胸焼けはするしとても苦しいのです。
時の咳き込みも酷いし、痙攣さえ起こしそうです。
従って、明日は🏥に行ってみます、午前中の会議も
キャンセルします。
先ずは入浴し、咳き止めの湿布を胸に貼って、薬は呑まずに寝ます。
どうぞ、皆さん風邪には気をつけてください。

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”まんじゅう博士”に聞いたこと

日本人の好むお菓子に「饅頭」がある。「まんじゅう」とも呼び親しまれるお菓子、温泉場に行けば必ずのように、店には饅頭が並んでいる。従って、物珍しい話ではないものの、今夜は秋田県の名物饅頭のことを記そう・・・

その前にお断りしておくが、商品名をそのまま出すのは各商店から依頼されたものでもないし、あくまでも俺の選んだものとして、記事にするものである。と、言っても実は饅頭に詳しい博士からの知恵を拝借してのものである。

饅頭博士?それは俺が勝手につけた妻の尊称だ。妻は結構、県内の饅頭には詳しく、俺は尊敬をこめて、妻をそう呼んでいる・・・smile

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先ずは「若返りまんじゅう」。このネーミングに惹かれて求める人多いとか。それにモチモチ感のある饅頭で保湿効果もあるようで・・・とも評され、老人クラブでは圧倒的な人気の泉栄堂のまんじゅうである。

次も全国的にも売れているのが宮伝の「山吹まんじゅう」。やわらかな皮と適度な甘さのあんこのバランスがいい、上小阿仁村のあまりにも有名な饅頭だ。

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そして・・・次は。

白い縞模様が描かれて、黒糖を練りこんだ生地にこしあんの入った松月堂の「虎の子まんじゅう」。何で虎なのかははっきりはしないものの、まんじゅうの皮が虎の毛皮に似ていることから、名づけられたようだ。

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そして、最後に紹介させていただくのが・・・蕗月堂の「しっとり饅頭」。しっとりモチモチ感、独特のまんじゅうである。

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・・・と言った所で、今夜はおやすみなさい・・・今晩は、勝手に選んだ秋田県のいくつかの、まんじゅうの紹介でした。

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耳とは?

  午後六時ラジオの前に座り聞く「1丁目1番地」も遠くになりぬ

今月の短歌会の兼題は「テレビ・ラジオ」であり、俺は子どものころに聞いた「1丁目1番地」を思い出した。実はその前には、「・・・ちょこざいな小僧め、名を名をなのれ!」で始まった「赤胴鈴之助」があり、日の用心と村を廻り終えては、ラジオに耳を傾けてたものだear

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鈴之助の”真空切り”とライバル竜巻雷之進の対決をラジオに耳をピッタリつけて聞いたものだ。あのころがただただ懐かしい。そう言えば、この赤胴鈴之助で、吉永小百合さんがデビューしてあったっけ!

勿論、テレビのない時代で世の中も、娯楽といえば「映画」と「ラジオ」だったのかも知れない。中学生の頃は、ラジオの深夜放送に夢中になって聞いた。そのせいで学校に出るとこっくりこっくりsleepyが今ではそれも懐かしい・・・sign02

今、俺の居るpcの部屋には、ピアノと写真のアルバムが詰まっている書棚が3つ、もうひとつの棚は隅用のもので、CDやらDVDが並んでいて、間にコンポ・デッキ。pcに向っているとき等には、CDやラジオを流したりする・・・

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DVDはほとんど見ないのだが、映画のDVDは買ったりしているので、結構な数になっている。

ラジオは耳だけあればいい、他のことをしながらも聞ける。つまりは○○○ながら聞けるのがいい。きょうは、11時からラジオ文芸を聞きながら、pcでの仕事を行なった・・・

NHKラジオには、いわゆる長寿番組と言うのがある。この番組もまた長寿番組だ。その番組とは「音の風景」というわずか5分の番組だが、なかなか良い番組だと俺は思っている。毎回聞いているわけではない、聞こうと思っていなくても後方から静かに聞こえてくると、つい耳を澄ますことになる。

この番組が開始したのは1985年4月1日だとか。いわゆるラジオの紀行番組で、時には工場の音が・・・時には港の音が・・・時には山の中での小鳥のさえずりだとか・・・

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さてさて・・・

きょう書きたかったのは、年末にこんなことを耳にし、それが気になっていたからだ。大晦日であった。それまで深夜に鐘をついていたのを日中に行なうというものだった。「・・え!」って俺は思ったのだ。「なんで~」、そのことでは誰もが思っただろう・・・

除夜の鐘が日中に・・・周り近所からうるさいと声が出ているから、それゆえに日中の除夜の鐘になるのだとか・・・どうも俺には納得が出来ない・・・

音については、他に聞くことがあった。消防での防火週間に警戒の半鐘が我が地域でもたたかれていた。俺が消防団員のときは、順番で朝に夜に半鐘をたたいた。それがうるさいとの市民から出てやめたという。

救急車がくればうるさいという、地域に保育所が出来ると子どもの声がうるさいと怒鳴りにくる。

これでいいのだろうか・・・こんな日本でいいのだろうか・・・・24時間灯りの消えない夜でいいのだろうか・・・

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俺は昨日、読売新聞特別編集委員橋本五郎氏の講演に出た。演題が「どうなる、日本!」であった。彼は政治記者だったから、話の中心は今の政治にからんだ内容ではあった。しかし、あれはうるさい、これはうるさいでは如何なものかと思う。

耳は自分のものではあるが、人様のことを良く聞けとのことから両方にある。今の耳を持たないような声には憂えるものを感じている。

ラジオからとんでもない方向に、転換した事をお許し頂きたい。

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大寒のきょう・・・

1月20日は「二十日正月」と言っていた。特別なことをするわけではないのだが、神棚に上げていた餅などを頂く、勿論、お神酒も腹に収めて、これですっかりと正月が終る。きょうの我が家でも夕方に、餅を雑煮にして食べた・・・

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今年の正月の最後ということで、俺は改めて平穏な1年であることを願って、拍手を打った。俺の父の時は、神棚に「稲かず」と「繭玉」も飾っていたのだが、これらは俺は出来ない。稲かずは友人から頂いたものだ。

年の暮になると、父は稲を1本1本きれいに揃えてまとめ飾った。もうひとつの繭玉は、稲の茎に餅を繭のように巻いて、稲かずと併せて飾ったものだ。こうしたものを作れる人もいなくなった。

002俺は先に頂いた稲かずも縁側に飾っている。勿体なくて、これもまた稲作農家の芸術品かも知れないので・・・

昔の人々はよくも考えたものだと思う。実は、こうして飾っているということは、万が一、冷害が発生した場合は種籾にと考えたのではないか。

そう思うと先人の知恵と言う驚くばかりである。大方の人たちは、冷害等を考えることはないと思うが、そろそろそのことを心配しなければならない時に入っているのではないか。

勿論根拠等まったくないし、それはないかも知れない。しかし、自然と言うのはいつも同じとは行かない。

毎年発生している集中豪雨を例にとっても、自然が不自然な状況にあることは、様々な例が示しているではないか。

そして、冷害等発生すると案外続けて発生するものだ。東日本大震災の余震が未だに発生していることからも、確かにそのようなことは心配される。

稲・野菜・果樹等は、自然の中での栽培しか出来ない。一部はビニールハウスで栽培している事はあるが、すべてをそうしたことで行なう事は出来ない。結局は露地の栽培となる。となれば、自然の変化は受けることになる・・・

冷害が来る事を望んでいるわけではないのだが、消費者の立場からしてからもこのことは考えてほしいものだ。更には農業をやる若い人がどんどん減少している。だったら外国からの輸入と考えるが、日持ちを良くするためにいろんな操作が加えられていることを承知だろう・・・

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きょうは”大寒”だ、でもわがまちは案外温かで、路面の雪は融けだしている。心なしか日脚も伸びたと感じている。

そんな中で俺の夜中の咳はなかなか止まらず、きょうは再度hospitalに・・・治り難いのは年齢からくることなのか!少々不安だ。医師からは少し快復が遅れるかも知れないと・・・(´Д⊂グスン

それにしても心配の種はもうひとつ・・・あと数時間でアメリカの大統領が替わる。言葉が言動が今後の世界にどのように影響を与えるのか、アメリカ国民の多くも心配しているようだが、胡散臭い世界になっているようで、これまた心配である。

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雪の海の九十九島

水田に浮かぶ象潟の九十九島は何度か紹介させて頂いた。

下の写真はウィキペディアから頂いたもの、上空から見た象潟である。島が点在しているのがご覧いただけるだろう。

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その島々が現在は水田の中にあるのだが、水が張られるとまるで海に浮かぶ島として、かつての景観を彷彿させる。

鳥海山が噴火した紀元前466年、この時に大規模な山体崩壊し、日本海に流れたという、そして、浅い海と小さな島々が出来た。やがて堆積作用によって、仕切られ潟湖が出来、島には松が生い茂った・・・

江戸時代までは、九十九島・八十八潟が景勝地になり、東の松島 西の象潟と呼ばれたそうだ。松尾芭蕉は奥の細道で「松島は笑うが如く 象潟は憾むが如しと評した。

だが・・・1804年、象潟地震が発生、海底が隆起し浅海は陸地化したのである。

きょうは雪だったが、雪の日の九十九島も趣がある。たまたまここを通ったのでcameraを向けた。

きょうは雪の海に浮かぶ九十九島である・・・

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墨絵でも見ているようではないか。夏の島々もいいのだが、こうして見ると冬もまた味わい深いものがある。わがまちの大事な観光資源でもあり、偉大なる宝でもある。

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漬物と言うも・・・

先日までに秋田魁新報は、「冬こそ旬」としていくつかの秋田の冬の食べ物を紹介した。昔からの雪国ならではの知恵と工夫が生きた保存食だったり、名物だったりといくつかを紹介している・・・

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例えば・・・

俺の次女が嫁いだまちの「サケ汁」・・・めでたい席やもてなしの食材で、モクズガニや酒粕を加えたサケ汁、地元の伝統食としても知られているという。

ダイコンの「柿漬け」・・・角館の家々で雲然柿の果肉と皮のついたままのダイコンを、樽の中に何層もして漬け込むもののようだ。

そしてこれが・・・

もう漬物と言うよりも芸術品のようでもある。「ナスの花ずし」といい、秋田県の県南地域に伝わっている漬物だ。先日に本市の道の駅に行ったら、これが置いてあったので1袋求めてきた。

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1袋に5個ほど入って500円ほどだったと思う。写真は1個だけなので豪華と言うほどではないだろうが、4個も5個も並べられると正しく芸術品そのものだ。

新聞の紹介だと・・・輪切りにしたナスの上に食用菊や米麹、唐辛子を重ねて作るのだという。ナスは塩漬けしたあとに砂糖を加え、1~2ヶ月ほどじっくりと漬け込む。これで甘くてしょっぱい味わいに仕上がるのだ。

菊の黄色が鮮やかで、食べるには勿体ないとさえ思われる逸品だ。直売所に出すと、瞬く間に売り切れるらしい。

下の写真も漬物で、妻の作った「ダイコンの酢漬け」。これもまた我が家の逸品だ。

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レモンものっていたりして、二日酔いの朝などはそれは美味い!!!

漬物は冬にはなくてはならない食材だ。秋田県では、一番の人気は「燻りダイコン」。あの味を知ったらたまらない、そのようなファンも多いと聞く。ただ、俺はあんまり好物ではない。それはかつての古い家の匂いがするからだ、煙くさいというか、あの乏しかった味となって思い出されるからか、俺はどうも・・・

それに学校時代の昼食時、弁当をストーブで暖めていると、中に入っていたダイコン漬けが匂って来たりしたものだった。だから、漬物は乏しい時代の象徴であったのかも知れない。給食などなかった時代のことだ。

弁当には、ご飯と漬物、たまに焼いたハタハタなどで、卵とかチクワなどはまさに贅沢品時代だ。だけど、今となっては、妙になつかしくなったり・・・weep幼なじみの顔も浮かんで来る・・・

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雪の晴れ間

先ずは皆さんにご心配をおかけして申し訳ありませんでした。
結果的には熱や咳はインフルエンザではなく風邪だったこと、また、軽トラがあわやのスリップにあってしまいましたが、大事故にならず・・・改めてお詫び申し上げますとともに、脱出に手を貸して頂いた方に感謝をさせて頂きます・・・

さて・・・

きょうの空だが、時折の雪になったり、青空が見えたり・・・こんな空を見ていると、中心の線がほんの少し「春」の方に傾いたのかな、等と思っている。しかし、わがまちの山間部でも積雪量が結構あるようだ。もう、米作りの水は賄いきれただろうから、もう雪は止んでほしいところだ。

熱も下がったし、会議から帰って晴れた空を見計らって外に出たcamera・・・色んな光景に出会った。我が家の近くにある祠、ここには男根が祀られている。それに石仏も雪を抱いていた。

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川を見ると、雪の帽子を被った川原の石たち・・・水門も。

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屋根にも・・・

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神社の参道も・・・

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雪・雪・雪・・・

そんな中で梅の枝先の蕾は・・・

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心なしか、少し膨らんだように思う。

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幸先良くない新年で・・・

昨夜、入浴しようとしたら37.7度もあって入るのを止めた。夜中もやはり咳き込んだ。朝は37.1度・・・まさか!インフルエンザ?では・・・妻が「医者に行った方がいいでは?」そう言うし、俺ももしやと思っていたから、食後にhospitalに向ったdash

予想では雪であったが、嬉しい事に予報が外れて青空が広がった・・・俺は軽トラに乗って向った。向う病院は個人病院で駐車場も狭い事から、出来れば小さな車の方が良いとの判断だった・・・

市道は雪がやや解け始めていた。所によっては雪もない。そこを通っていたいたのだが、俺の前方には停車している車があった。俺は右車線に入り、ふたたび左の車線に入った・・・その時に、俺の軽トラの後輪がスリップした・・・

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スリップして車は道路に直角になり、歩道の脇に積もっていた雪に突っ込んだ。幸いに他の車もいないので、バックにギヤを入れた。ところが動かない。前進にいれてもダメだった。

俺の様をみて後方を走ってきた乗用の方が降りて、俺の軽トラを押してくれた、でも、だめだった。少しして、もう一人の方も出て来られて、押してくれて、無事に脱出した・・・お蔭様で大きな事故にならずにすんだ.

何度か「有難うございます」と頭を下げて感謝した・・・スピードを出していたわけではなかった。一度右車線に入って、そして左に入ったときに、左側車線の轍の縁にあがったタイヤがスリップしたのだろう。軽トラゆえ、後方が軽いこともスリップに繫がったかも・・・

いづれスタッドレスタイヤと言いながらも、前進には強いものの、横には滑り易い・・・寸でのところであった。冬道の事故は大きな事故は少ない。けれど、ハンドルが効かなかったり、スリップしての事故は案外多いのだが、俺も寸でのところで助かった・・・sign03

医者に行って調べてもらったら、普通の風邪、インフルエンザでなく、ホッとした・・・

きょうは小正月。実は近年までそれをやっていた。15日には昼過ぎに、茶の間で会食し、16日の朝には雑煮を食べていた。言わば正月の年越しの繰り返しのようなものだった。父は言っていた、大正月とこの小正月と併せて年を取るのだと・・・

004_2 我が家の茶の間には囲炉裏がある。勿論、ほとんど使っていないので今では飾りのようなものだが、リフォームの時に壊そうかと父が言ったのをとめた。

だから今でも現存している。この雰囲気が好きだから、この囲炉裏の炭火が好きだから・・・でも今では家の中に隙間もないから危険であり、炭をつかってはいない。

この自在鍵もまた好きなのだ、この雰囲気がたまらく好きなのだ。古いと言われるだろうが、それでも畳みの部屋には似合うと俺は思っている。

小正月は小さな餅を上げる。小屋や入っている農機具にも、また、トイレや脱衣所にもみなにあげる(ここではコブと言っているが正式な名称は知らない)

だからこうして自在鍵にも掲げている小正月の餅である。

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今年は新年早々から、叔父の不祝儀があったり、風邪を引いてしまったり、そしてきょうのあわやのスリップ・・・このあとの日々、充分にこころして暮らす事にしよう・・・・。

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呑み疲れ・・・?

「寝ていれ!」妻からの指示に俺は従って、朝食後、布団に入った。幸いにも熱はないのだが、咳き込みがひどい。妻はさらに続ける。「呑み疲れだベ」「毎日、夜更かししてるもんナ」その言葉に反抗する口がない・・・

一昨夜、どうも喉がおかしかった、更には寝不足もあって昨日は体調が優れなかった。昨日は生産組合の総会、しかし、ビールを数杯呑んで帰宅したおれだった。だが、夜中に魘されて妻は大変だったらしい。

そんなことから妻の間接的な説教を受け、俺は朝から寝ることにした。しかし、寝ていては腰も痛くなってきて、午後からは起きる事にした。

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大雪は全国的なもののようだ。俺も家の前の除雪をやるつもりであったのだが、「まんずまんず止めでけれ!」そう言って、妻はスノーラッセルやスコップで奮闘したようだ。市の除雪車もフル稼働の様子。

小型の機械は集落内の狭い道にも入って来た。

正直、こんなに降るとは思わなかった。昨日は20cmほどと思っていたのに、もう30cmは積もっている。それを妻は必至に・・・申し訳なかったが、素直に俺は従わねばならなかった。

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居間を暖かくして、京都での女子駅伝を観た・・・その京都も雪で、時折選手の姿が見えなくなるほどの雪に・・・とても可哀想になった。ただ、デッドヒートの後半では1位と2位が激しく闘い、その場面では手に汗をしながら観た・・・tv病気になるとテレビが観られる・・何と言おうか・・・

さすがにレースでは、いくら女性と言いながらも闘志が向き出しで、鬼気迫るような凄みを感じていた。しかし、ゴールのテープを切ると笑顔がいっぱいの可愛い女子に戻った。京都のアンカーも笑みが零れて・・・俺には感動的なシーンであったweep

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いっときだが、雪の止んだ空から青空が見えた・・・だから、もう雪は止むのかと期待したが、また雪は降りだしている。今夜はこれから入浴して、早く寝に就こう・・・・・明日は妻の小言を聞く前に、元気になりたいものだ。

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雪に真向かう

「寒い、寒い」・・・ついその言葉が出てしまう。居間の前のベランダは真っ白だ。

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手前に置いているビオラは、まったく見えない、雪にすっぽりと埋もれているのだ。外に出ると・・・

庭も・・・真っ白。

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俺はアノラックを着て、アノラックのズボンも穿いて、家の前から道路まで、スノーラッセルで雪せだ。しかし、雪を寄せているしりからまた雪が・・・( ´;ω;`)ブワッ・・・でも、これでも我が家の前は20cmほどだ

山形県大蔵村・肘折温泉では2m50cm、新潟県の津南町でも2mを超えているというから、想像を絶するような降雪量、そうしたまちに比べたらこれでひぃひぃ言っているわけには行かない。

ただ、一度寄せるとまた白くなるのが気になって、再度の雪寄せ、そして、もう一度・・・snow正しく雪との闘いと言わざるをえない。

家に入って新聞をひらく、ひらいたら一昨日行なった俺たちの「餅花飾り」が大きく載っている・・・新聞に載ると実物よりもきれいな感じもするsmile

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俺は新聞に載るような顔ではないし、撮影には先輩のふたりからしてもらったが、なかなか感じが出ている(と思う)。読んでいると間もなく電話がなったtelephone他のことでも新聞に載ったら電話をくれるYさんである。

こんなに外が真っ白なんで、餅の花が映えますね、そう言って俺を誉めてくれる。有難いことだ。迫力があったり、有名になっている行事ではないからこそ、「いいね」って言ってくれるのが嬉しい・・・

終るとふたたび・・telephone今度はMさんだ。

読み終えてから、また外に出てみる。そしたら珍しいものがあった。「氷柱」であり、”つらら”と読む。否、俺たちの地域ではこれを「シガ」か「シガっこ」と呼ぶ。ところによっては「たろんぺ」等々色んな呼び方があるようだ・・・

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俺の子どもの頃は、1m、2mの氷柱があった。今ではそれもまた消えてしまった・・・

今夜はいつもより早いブログの更新だ・・・実は、昨夜から体調が少しおかしい、そして、きょうは咳が折々出た。鼻水も・・・風邪かも知れないので、もう今夜は床に就くことにするsleepyおやすみなさい。

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故郷からの贈り物

( ´;ω;`)ブワッもう寒いヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ、予報ではあしたはきょうよりも気温が低下するようだdown「低温注意報」も出ている。まるで冷凍庫に地域がすっぽりと覆われているような状態だ。”寒”に入っているのだが、もう少しこの寒さが続くようである・・・

朝食を終えた妻は、昨日、機械で搗いていた餅を包丁で切っている。我が家の小正月用の餅である。ただ、大正月と違って子ども達も帰省しないから、さほど必要な餅ではない。そんなこともあってか、この餅を茨城の娘に送ってやるのだという。

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言わば故郷からの贈り物present餅だって、スーパーに行けばあるだろうに、田舎と違って色んなものがあるだろうに、わざわざ送ってやらなくてもいいのにと思うのだが・・・でも、他のものも入れての発送らしいから、娘も喜んでくれたら良いのだがナ~

居間の絵を架け替えた。今は亡き俺の従兄弟が描いた油絵だ。彼は筆達者で、油絵であれ、水墨画であれ、市内では結構名が知られていた。残念ながら73歳で旅立ってしまったが、彼の絵を生前に4枚ほど求めた・・・きょうの絵はその1枚だ。

絵は山間の集落だ。雪が少しづつ融け始め、畦にはいささか土も見えている。このような風景には、まだまだ時間はあるのだが、如何にも春を呼んでいるような絵であり、俺はこの絵を飾った。

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背景の山は勿論ふるさとの山である、鳥海山である・・・出始めた土からは、ばんけ(蕗の薹)の芽が動き出しているように見えてくる。春へ歩む小さな音まで聞こえそうな・・・ear

我侭なもので、雪が降らないと稲のいのちである水が不足するのではと心配し、冷え込まないと病害虫が死滅しないと不安だったのだが、寒さも3日もつづくともう良いよ、って言いたくもなってしまう。

いくら断熱の窓にしたって、天井に断熱材を全面に吹きつけしてもらっても、この超一級の寒波にはどうしようもない。暖房を入れないと、家のなかでも4~5度だ。

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ただ、我が家のあたりでは積雪量は10cmもないだろう。ニュースでは山形県・大蔵村では2mもの雪だという。それに比べたら何と有難い事か・・・ただ、この寒波に入り俺は下着のシャツも長袖、そして、ズボン下を穿き、更にはセーターやどんぶくを羽織って、パソコンに向っているpc

妻の送った餅などは、あした娘の許に届くだろう。送る側は寒いさむいと声を上げているものの、娘家族はささやかであるが、故郷からの暖かな贈り物として、ホットな思いになってくれればいいのだがheart02・・・。

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真冬の花咲きじ~じ達

きょうは真冬日、時折強い風も吹いて瞬間風速が当市で23mもあったようで、全国ニュースで流れていた。これまで暖冬だっただけに、この寒さは身にしみる。俺も今冬で初めてズボン下も穿いた。

道路は勿論、昨日に続いてアイスバーンwobbly

午後から、俺たち仲間が集まった。きょうはかつての小正月行事であった、「餅花飾り」を行なうためだ。今ではすっかり消えている予祝行事、俺たちはそれを復活させてもう10年。昔はどこの家々でも行なっていたものだ。

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今年の豊作を願う行事であったと聞いている。しかし、俺は思うのだが花のないこの時期、毎日降る雪を眺めていると何かに彩りを求めた、それが餅の花になったのではないか。

実はこれもかつての話だが、地域によっては1~2月にかけて”花見”を行なっていた。集まって花見と称して呑む、単にそれであっただろうと推測するが、100日を雪の中で暮らしていれば花が恋しくなる、つまりは「春を呼ぶ」酒呑みだったに違いない。

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餅花を飾るのは我が家でもやっていた。神棚の横に飾ったのだ。木は「エノキ」、雪のまだない時期にめぼしい木を見つけ、正月にはその木を取りに行った。行くと人に取られていたこともあったようだ。

この行事、我が家では祖父の仕事であり、例年太い株になったエノキを見つけて来た。そして、餅花をつけるのだが、高いこともあり、その下から俺たち子どもは餅の花を祖父に渡した・・・

006俺たちは今年も自治会館に飾るので、縦型にして飾った。

この餅、実は昨日搗いて、半分には食紅を入れて赤い餅にした。出来た餅はソーセージのように長細くし、そこに箸を4本位つけて巻く窪みをつける、そして、きょう固くなった餅を包丁で切って、花びらみたいにする。

それを枝々につけていくのだ・・・

きょうは、その花びらが約200枚cute

俺が新聞社に情報提供したら、早速に記者が見えた。以前もこれまた新聞に掲載されて地域の話題になった。今回も明日以降に掲載されることだろう。

今ではもうだれもやらない。仕事が第一で、面倒なことをやる人はいない。季節を味わったり、情緒に浸るなどの余裕もない現代だ。

でも、この情緒、春の早くの到来を願い、併せて豊作祈願のこの行事、復活させて・・・俺たちは満足している。雪は生活にとってはハンデイが大きい、作業も重労働になる。でも、だからこそ、花の季節の到来を逸早く望む、この餅花飾りは優雅だとさえ、俺は思う。

雪がなかったら、こんなにも花を恋しがったり、半日も費やす気持ちが昂ぶったりしただろうか、雪は必ずしもハンデイではない、そう思うと気も楽になり、むしろこの季節を楽しもうとさえ思えてくる。

暖冬でこれまでは、確かに生活は楽だった。でも、半面、稲のいのちの水、その源は雪でもある。だから、雪のないことは不気味でもあった。そう思っていた矢先の雪である。どことなくホッとした気持ちも湧いている。

終ってからは仲間の「新年会。お猪口は唐竹を切ってのもの。これまた最高の味になったのは言うまでもない。

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俺たちは雪の日のきょう・・・花咲かじ~じとなったのである。

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米づくりスタート!

一気に冬が来たsnow年始に入っても相変わらずの天候、或いはこのまま春に?等との思いもあったが、そこはやはり問屋がおろさなかったヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ考えるまでもなく、今が一番寒い時期、いわゆる寒であり、来週の20日は”大寒”である。

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きょうの雪の量はさほどのものではない、10cmはないだろう。しかし、昨日からの湿り気の多い雪だ、それが庭木にも付着し、今朝は凍ってそのままツツジも形を崩していた。ただ、雪寄せだと地面も凍っていないので難儀なこと、この上もないのだ。

水分の多い雪だから重い、スノーラッセルで寄せるとそれにも付着して、もう汗びっしょりbearingこんな雪が一番いやだ。春近くになればこんな雪になるのだが、今の時期のこんな雪も異常と言うしかない。                       

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俺などは非力ゆえ、この雪寄せ (わがまちでは雪かきと言うより、雪寄せと言っている)は辛い。しかし、その雪がまったく寄せられていないと、そこの家は”せやみ(怠け者)”とさえ陰口をたたかれる(?)

家の権威?がかかっていると思えば、やはりそれを認めたくなく、せっせと雪を寄せねばならない。しかし、寄せている傍らから雪が積もることもある。きょうはそうでなかったし、雪量が増えるとスノーダンプ運ぶことになるのだが、それがない分きょうの作業も仕方ないと、諦めるしかないsad

こうした雪の1日になった。その雪が時折吹雪く。夕方、今月の詠草を仲間に配ったが、途中猛吹雪、こんな状況は雪のないまちでは想像もつかないだろう。言わば「雪嵐」だ。こんなこともあってか、高速道ではスリップ事故が発生したようだ。スリップして対向車線に車が入った事故のようだ。

一方、田んぼでは・・・

田んぼに残る軌跡・・・いったいこれは何?まさかUFO?のいたずら?あの地上絵???

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いえいえ、違うのだ。実はこの雪の中、美味い米づくり作業がスタートしたのだ。米を作るほとんどの田んぼで有機質資材を散布しているのだ。経費は当然掛かり増しするのだが、消費者においしい米を届けるために行なっているのだ。

こうしたことが功を奏したのか、毎年届く食味判定では俺の米は「A」になっている。タンパク値が6.2%、アミロース値で18.6%、食味値は75でトータル判定で「A」なのだ。

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この散布した跡が先ほどの写真なのであるdash

散布はJAから委託された業者が行なっている。雪が消えると農家も田んぼに入ったりするので、こうした冬期間を散布作業に当てている。作業の写真はちょうど我が家の前の田んぼの散布だったので、2階からズームでアップしたもの。作業員には感謝である。

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初仕事?

日も射していたのでまさかと思っていたのだが、午後2時過ぎに雷鳴がなってから雪になった。それも見る見るうちに10cmにもなった。ただ、雪は濡れ雪で重い、路面にはびちゃびちゃになって轍が出来ていた・・・

きょう10日は、市の読書感想文の締め切りだった。もう今年は応募しないと公言していたのだが、やはりまだ最高賞を頂いていない。優良賞を続けている。俺はやるんだったら、折角チャレンジしてきたのだから、止めるにしても何とか最高賞の優秀賞がほしい。

その気持ちが燃え上がってきて、午前中から感想文に取り掛かった。原稿用紙では4~5枚だが、これまでの授賞式での審査員の講評では、その5枚のことにも話されていた。俺はこれまでもきちんと5枚にして応募している。

そこできょうもぴっったしの5枚に書いて応募先に持参した・・・

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感想文の課題図書は「コンビニ人間」「風が強く吹いている」「馬淵川」「木に学べ 法隆寺・薬師寺の美」、そして自由図書だ。俺はこれまではすべて自由図書に応募している。昨年は絵本の「大統領のスピーチ」、それに「田んぼアートの軌跡」だった。

今年は課題図書の「木に学べ」について書いてみた・・・

著者は、宮大工棟梁の西岡常一だ。内容は、宮大工棟梁として木に係り、そこからの口伝だ。だがさすがは随一の宮大工だ。物の見方・感じ方が鋭い。言わば現場から見た人生論そのものなのだ。

祖父から宮大工の後継者に望まれた西岡、ところがノミの研ぎ方ひとつ教えてはくれなかったらしい、彼はそれでも黙々と研ぎ続けたという。しかし、祖父の指導は・・・でも、彼は気づいたのだ。頭で覚えれば忘れてしまう。手が体が覚えれば忘れないのだと・・・

俺は以前にこの本は読んでいた。彼の唯一の弟子だった小川三夫の「木のいのち 木のこころ」もまた読んでいたから、自分の思っていたこと感じていた事は、案外素直に書けた。午前中で要綱にあった5枚は何とか書けた。

問題は内容なのだが・・・???

003 俺の良い所なのか、或いは悪いところなのか、向うと徹底しないと気がすまない性格だ。もしもチャレンジしたならば、目標を果たさねば自分が許せない性格だ。

だから、ここ数年間はブログに徹底している状態だ。休む事は滅多にない。これまた内容は単なる報告がほとんどなのだが、休むと気も落ち着かない。

こんなことだから、逆に嫌気がさして俺のブログから離れた方もいる。しかし、去るものは去るもの。追いかけるつもりもないし、俺流で続けるのみである。

左の写真は富士山に登ったときの金剛杖。これまで5度登った事がある。そのうちにこの金剛杖を4度つかったかな~

飛行機の搭乗では、荷物扱いにされて渡されるまで大変だった事。また、この杖を持って都内を歩いて、危険人物との目されたこと・・・等々

富士山では、3百円?5百円?でこの杖に焼き印を押してくれる。すべての山小屋で焼き印してもらったわけではないが、それを目標にはしている・・・だが、5度目の登山から随分間をおいてしまった。

毎年、7月になるといつ登ろうか、その思案をするのだが、昨今はなかなか行けないでいる。

俺にとっては、新年に入っての初仕事がきょうだった。仕事と言えども、仲間との呑み会だ。しかし、これもまた仲間としての付き合いだから、勝手に仕事と称しているが妻は笑っている・・・初めて象潟の「焼き鳥とらさん」にてbottle

従って、bottleを腹にしての記述である。間違いは例のようにあるだろうがお許し頂きたい。

 ※ 冒頭の写真は頂いた短冊、その前にいるのは勿論、俺ではない・・・念のためdelicious

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成人の日・成人式

昨夜からは妻とふたりになった・・・年末・年始に帰省していた子ども達が帰って、昨日はまた葬儀に来て我が家に泊まっていた叔父さんも、そして、孫娘ひいちゃんも帰って、元に戻っただけなのだが・・・。妙に静かだ・・・sandclock

朝食時、妻に「あれっ?これNHKだが?ニュースやってねえば!」と聞くと・・・「きょうは祝日の成人の日だべ~」と妻。ああそうだったナ~と言いながらもどうもしっくり来ない。昨日までざわざわと過ごしていた。きょうからと思った矢先には叔父さんが亡くなり、3日間はそれだった。

だから、曜日も関係なく過ごして来た感じだ!(´ρ`)ぽか~ん

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10時のおやつには抹茶が出た、これまでは正月3が日に頂いていたのだが、上述のようなことだったので、きょうになったようだ。取り立ててお茶をやっている妻ではない。ただし、俺も集めるのが好きなことから、幾つかの茶碗があり、一応の茶道具は揃っている。

妻にしては大変な年末・年始だったはずだ。母が施設に入ったので介護はなくなったものの、予定外の不祝儀が入った。だから、きょうは妻にとっては久々の休日になった。例年ならば、1月には1泊で温泉に連れて行っていたが、母は施設でありいつ呼び出されるか分からない、そんなことがあるので今年は温泉行きも中止だ・・・

さて、話を「成人の日」に戻す・・・

1月15日だった成人式が2000年に「1月の第2月曜日」に改められた。以来、17年も経過したことになる。しかし、俺がうっかりしていたと記述したが、いまだに新しいこの日がしっくりしないという人はどうやら案外多いらしい。

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また、「成人の日」だから成人式をということにもなっていないようだ。秋田県では4市以外は夏に成人式を行なっている。その4市、わがまちもそうだが成人式は昨日に行なわれた。であれば、この日は何のためと思うのは俺だけだろうか・・・

意地悪な見方をすれば、昨日の成人式後は同級生との懇親会、その酒冷ましの日にはなっていまいか、「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝い励ます」主旨に添っているのか・・・むしろ、日曜日を成人の日とし、翌月曜日を振り替え休日としたらどうなんだろう・・・

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昨今、荒れた成人式はほとんどなくなったようではあるが、賭博をして成人式に出ない市長もいるから大人も立派な事は言えないにしても、この「成人の日」をどのように活用しているだろうか・・・

俺の成人式は、由紀さおりの「夜明けのスキャット」が流行っていた時代だ。成人式の前日には、役場のトラックが家々を廻って参加者の布団を運んだ。運んだ先は当時は平沢小学校だった。何故?

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それを話すと今では笑われるのだが、所謂「成人講習会」が開催されたのだ。というと、性教育でも受けたのかと言われるが、実は成人の心得だとか、選挙についての講習、夜は同級生との語らいだったよ、勿論、酒などはご法度だったよhappy01

そして、翌日が成人式・・・

暖房もストーブ数個の体育館・・・町長の挨拶などを聞いてから・・・あの時は「答辞」であったと記憶しているが、今の「成人の誓い」を読んだのは俺だった、外は雪が降っていて天井から時折、雪が落ちてきた来た事が妙に記憶している。

終っては同級生との懇親会、勿論呑んだよ・・・あの日以来あったことのない同級生もいる・・・亡くなった人も数人。

成人したその日は見ることがなかったが、15日の午後からのNHKテレビでは「青年の主張大会」が放映され、感動したものだった。実は、俺もそれに出ようと応募し秋田県大会に臨んだことがあった。残念ながら3位となり、テレビには出ることがなかったが、ラジオでは放送された・・・

今では懐かしい青春時代の思い出のひとコマである。農業を頑張ると主張した俺だったのだが・・・sign02

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ひいちゃんが帰って行った!

雲ひとつない冬晴れとなったsun鳥海山の雪も輝いて見える。きょうは1月8日・・・

俺たちの間に寝て、俺たちと5日間生活を共にしたひいちゃん。孫馬鹿と言われるのは分かっているのだが、この孫には特別な思いがある。俺たちにとって初めての孫であり、俺たちのまちで産声を上げた。

1年後にふたたび帰省した夏には、「どっこいしょ」って初めて立ち歩いた。そんな数々の秘めた思いがある、一入の孫娘・ひいちゃんなのだ。その孫娘が・・・weep

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俺たちにとって、ひいちゃんは厳寒期に咲いている椿のようだった。7日に秋田でライブあるから泊めてくれる?その言葉が嬉しかった。母と妹が3日に帰った。だから4日からはと思ったのだが、前述のように俺は叔父さんの葬儀にかかってしまった。

だから、俺たちの楽しみは半減したものの、ひとりでこんな日数ここで暮らしたのはなかったはずだ。

俺たちは秋田駅まで見送りに・・・午後1時6分、新幹線「こまち」は秋田を離れたbullettrainひとりで長時間、しかも3度ほどの乗り換えもある。従って、その緊張感があったせいか涙は見せなかったが、俺たちとはもう1年半は会えない。ひいちゃんのこころはおそらく濡れていたはずだ。来年の夏までは・・・受験が終らないと・・・weep

俺は平然を装っていたが、声は振るえているのが自分で分かった。傍らの妻だって、同じだっただろう・・・「バイバイ!」って手を振ったものの、とてもとても辛いものだった・・・weep

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午後6時前には、それでも無事に家に着いたと電話があった。俺は途中に、新幹線は順調か?ってmailしたら、「順調です、4日間泊めてくれて有難う」って返信が来た・・・weep

今頃は、母や妹と再会しにぎやかな夜だろう。ただし、お父さんはきょうから仕事と言っていたから、もう少しは会えないだろうが。でも、明後日からは学校と言うことだから、寂しい等と言ってもいられないだろう・・・

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わがまちは日本海に面していて、秋田県では一番温暖な地域だ。もう年末から、写真のようにヤブツバキが咲いている。これは隣りの家のヤブツバキであるが、我が家のそれも蕾を膨らませている。

でも・・・

冬晴れはきょうだけで、明日からの天気予報は「snow」である。これから大寒までは厳しさも増すだろう。夜になって、幾分冷えて来た・・・家の中も静かだ。冷えを感じているのは、多分、ひいちゃんが帰って行ったこともあるのかも知れない・・・weep

ひいちゃん・・・またね!

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それで「も」登る

きょうは「七草」、我が家では七草などない。あるだけの”緑”である。我が家の七草は雑煮餅、これに多少のご飯を入れる。かつての我が家は、元旦から七草まではごはんにかけることは禁止であった・・・

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だから、好きなカレーライスもトロロごはんもダメ、でもなぜか納豆だけは許された気がする。今ではそのようなしきたりはやめたが、元旦はお金を使われないというしきたりもあった。元旦からお金を使うと1年中金を使う、そう俺は聞いた。浪費を戒めたことだったと思う・・・まして、世の中も商店などは2日が初売りだったから。

七草雑煮を食べて、妻は孫を乗せて秋田市にcarこの日のために、孫は茨城に帰らずひとりで我が家に泊まっていたのだ。秋田市で「むすめん」のライブnotesだとか。俺などは全く知らないグループだ。どうやら今”売り出し中”ということか。

孫も年頃だ、テレビのタレントや歌手に夢中になっている。これまでは”嵐”だったと思うが、あまりにも有名になりすぎて手の届かないと思っているのか、それが、きょうはライブだけでなく、握手とかグッズの販売もあるようで、終ったのが夕方だったようだ。

葬儀がなければ、俺が孫娘を連れて行く予定だった。そうであったらおそらく孫娘との大事な思い出のひとコマになっただろう、返す返すも残念な1月7日になってしまった。

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写真は2年前に岡山の駅で求めた土鈴で「太郎」と「エビス」と「弁天」。まるで、孫に応援しているような表情をしている。いづれ、娘の世界と俺の世界ではやはり大きな開きがあるのは当然だろう。

妻と娘が出発してから、きょうの葬儀までは時間もあることから、泊まっている叔父さんとテレビを何げなく観ていたら・・・「田部井淳子最後の登山」だtv俺はそれに引き込まれるように画面を見続けた・・・

昨年、亡くなられたときにも田部井さんの記事を書いたのだったが、その直前に隣りのまちで講演会が予定されていた。俺は一度講演を聞いたことはあったのだが、近くに来るんだったら行ってみよう、その計画をしていた。が、その一月前ほどに亡くなられた・・・

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写真はきょうのNHKテレビからのものだ。ガンと闘いながらの山登り、最後の富士山に高校生と登る様をみていると、込み上げてくるものがあった。何度もなんども休む、人様に手を引かれたりしても、尚、彼女の先にあるのは頂上だけだ・・・

「それで」登ると言う、病をおして「」、なお登る。よほどの強靭な神経の持ち主なのだろう、俺などの凡人には考えられないほどの強い人だ。

「それで・・・」となれば物事は終る。これに「」が続けば強い意志が働く。短歌ではあまり使うなという「」も、助詞として用いられれば強い言葉になる。きょうの田部井さんのドキュメントを見て、ああ・・・俺「」今年こそは何とかして富士山の頂に立ちたい・・・その思いが強くなって来た。

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高齢者とは・・・?

交通事故と言えば、昨今は「また・・・高齢ドライバーか」と言われるほど高齢者の自動車運転事故が多い。と言っても、それは65歳以上をひとくくりして言っているから、比率は多い。所謂この年齢層の運転免許証の保持者も多いから、事故件数も多いことになる。年齢的には、実は20~30代の事故が本当は多いのだが・・・。

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ところでその「高齢者」と言うことであるが・・・

昨日、日本老年学会などは、現在65歳以上を高齢者と定義づけているのだが、見直しを行い高齢者の定義を75歳以上とするべきだと提言を行なった。そして、65~74歳を「准高齢者」として、社会の支え手として見直すべきだと・・・

医療の進歩もある、生活環境も改善している、10年前に比べたら身体の動きも知的能力も5~10歳は若返っていることを理由に挙げている。確かに一面はそれもある。俺も話をしたりするときは、実年齢に8を掛ければ今の年齢だと言っていた・・・

ただし、今回の提言にはそのような理由もあるのは確かだと思うのだが、実は今の日本は生産年齢の減少で、産業界には人手不足が蔓延していることもあって、まだまだ働いてほしいとの願望もあるのだ。それに年金の問題も・・・

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今夜、ニュースを見ていたら折りしも「65歳で定年したパイロットが、次の会社でふたたびパイロット」ということが報じられていた、確かに65歳ではまだまだとの思いもあるのだろう。勿論、健康面では採用に当っては厳しいものがあったらしいが、仕事をすることは老化を早めることはないだろう・・・

「生涯現役」・・・この言葉もあった。俺など農家は自分で辞めるという気が起きなければ、いつまでも働けるから、現役を生涯実行できる。健康でさえいれば、退く事は自らの判断でできる。

誰しもが「老」など使われれば嫌なものだと思う。正直、俺も孫からジ~ジと呼ばわれるよりも「トチクン」と呼ばれる方が気持ちいい。それはやはりいつまでも若くいたい願望もあって、自らは体力の衰えを実感しているのに、他からジジィでは気持ちが良い人などいない。

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昨年、11月の某新聞で紹介された記事に、自分が83歳になったとき、そのとき88歳だった方が「自然と猫と私」というブログを書き続けていることを知って、その方は息子に教えてもらってブログを始めた・・・そんな記事が載った。

そして、6年余り・・・投稿は1730回を超え、記録集を第25集発行したというのだ。現在は、下半身が不自由になっておられるようだが、頭と両手は使えるとして、今後もブログを続けたい、投稿が自分の生き甲斐だと述べている。

ちなみにこの方は、岩手県の菅原恭正さんであり、新聞に掲載されているので、どうぞ一度開いてほしいものだ。

老いは生きているものには必ずくる宿命ともいえる。でも、生き方次第では簡単には老いないし、目標を持って生きていけばそれまた老化の進行にブレーキもかけられる。俺ももうひとつ頑張って、いつまでも「トチクン」で生きていたいものだ。

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おみくじは「末吉」

   cuteはなされしかごの小鳥のとりどりにたのしみおおき春ののべかな

初詣で引いた「今年の運勢」は”末吉”だった・・・その冒頭に載っていた和歌が、上の1首だった。そして、解説に以下のことが書かれていた。

     籠の中にいた小鳥が放されて自由にとび歩くように、苦しみを逃れて楽しみの
     多い身となる運です 世の為人の為に尽くしなさい 幸福(さいわい)まして名
     も上がります

本来”末吉”ならば、神社の木に結んでくるべきであったが、俺はこの運勢を自らの戒めにしたいと思って持ち帰り、元旦の日記帳に挿んだ・・・5年用日記の今年は5年目で、ページの一番下の欄である。

Kamigamoomikujim1587_2 「おみくじ」とは、元々”神の意志”を知るための占いとある。だから、引きたい順番からすれば「大吉」、「中吉」、「小吉」、「末吉」となるのだろう・・・

誰もが「大吉」を引いて気を良くしたいと思うのは当然だ。でも・・・例えば「凶」は入ってはいないだろうが、もしも入っていてそれを引いたら、将来油断するなよとの進言と捉えたらいいのではないか。

俺は幸いにも「凶」ではなく、「末吉」だから辛抱すれば、或いは頑張れば上に上がれる「吉」として捉えたい。

「大吉」を引いても、それが永遠の「吉」が示されたわけでもないから、俺のことしのおみくじはこれで由としたい。

暦ではきょうから寒の入りだ。それにあわせるかのように、外は白一色になっていた。それが日中には解けたものの、夜は冷え込んでいる。それもいいのかも知れない。今冬は初雪は早かったのだが、案外と暖かい。今頃は、俺などもズボン下をはいているのだが、今年はまだはいていない。

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スキー場では雪不足と嘆いているようだし、雪があまりないと米づくりにとっての命の水が確保できないとの心配もある。ただ、あまりに多くなると、生活上では苦労を虐げられるので、ほどほどの雪を望むのはわがままと言うものか・・・

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それにしても良いおみくじを引いた・・・

「世の為、人の為尽くしなさい 幸福まして名も上がります」とは。名は上がらなくともいいのだが、せめて人様に手助けが出来るうちはしたいものだ。大きな病気を克服できたことも、三度の大きな手術を克服できたのも、家族を始め人様から助けて頂いた俺だ。

自らの持つ力は微力なのだが、精一杯生きてお返しをしたいと思っている。

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孫娘との初日だったが・・・

年末・年始は穏かにしかも比較的温暖な天候に終った・・・雪もなく、昨日帰って行った小の孫は、いささか物足りなかったようだが、雪がなければわれわれの生活は楽だ!

居残った1人の孫娘、俺たちを気遣うように俺たちの間に昨夜は寝た。そして、きょうからはその孫としばしは共に生活することになって、俺たちも楽しみだった。ところが・・・

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朝食を始めようとしていた時に電話がなった。入院中だった叔父さんが先ほど亡くなったと言う。体調がおもわしくなかったようだが、正月ゆえ遠慮していたようだ。叔父さんは我が家から婿に出た、俺の父の弟だ。

そんなこともあって、明日の消防の出初式、明後日の新春祝賀会、更には日曜日の成人式もキャンセルした。そして、楽しみにしていた孫との5日間も希望通りにはいかなくなってしまった。

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なかなか予定どうり、計画しているようにはいかないものだ。これで、正月も終ってホッとするべききょうだったが、妻にはまた負担を強いることになった。亡き叔父さんを送るために、他の叔父さんが埼玉から来るし、来れば毎日の食事等の準備もある。孫との気楽な日々ではなくなる・・・

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各地では仕事始めの行事が色々あった1月4日、でも、我が家では陸に上げられた船のように、新年のスタートが出来ない。昨秋も叔父さんを亡くし、きょうまた叔父さんの逝去だ。妻には本当に申し訳ない。家の跡取りといっしょになると、やはり苦労することになる。

写真はきょうの平沢港・・・霙交じりの天候になった。その中でもウミネコは、時に飛びつつ時に地で遊んでいた。 

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み~んな帰って行った・・・が。

きょうで正月の三ケ日が終った・・・故郷から中央へと帰って行く人々で、飛行機も新幹線も高速道もいっぱいだったようだ。大方の方々は明日から仕事始めと言うことになるのだろう・・・

我が家の帰省中だった子どもたちは、孫を伴って皆帰って行った・・・長女は秋田からの新幹線だbullettrain俺は、娘と孫を秋田駅まで送る。家を離れた途端、その孫娘は泣き出した。直前まで同年の次女の息子ととても仲良く遊んでいたからか?駅に着くまで顔を上げなかった。その押し黙る孫娘の気持ちが俺にも響いて来たweep

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雪がなくてせっかく持ってきた長靴もただの荷物になったのだが、毎日、離れずに遊んでいた次女の息子、つまりはいとこと遊んで悔いはなかっただろう。新幹線がホームを出たら、また込み上げて来たと娘よりmailがあった・・・

いっしょに帰ったのは、秋田市に住んでいる息子家族。その家族が家に入る前に、秋田駅に立ち寄って新幹線の娘たちを共に見送った・・・(TωT)ノ~~~ バイバイ

帰宅したら、次女の娘とやんちゃな男の孫2人が帰ったあとだった。こうして、皆々帰って寂しい老夫婦になるところであったが、実は長女の娘は残った。そしてこの7日まで、俺たちと生活を共にする。土曜日に応援しているグループのライブがあり、それを観てから帰るとのこと。

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従って俺たちは大事な孫娘を預かる事になった。本来ならば、帰宅した家の中は寂しいはずだったのが、俺たちには有難いことだ。この孫娘は小学1年生の時に、秋田に行きたいとひとりで夏に遊びに来た事があった(娘の義父から連れられて福島まで、俺がそこまで迎えに行ったのだが・・・)

だからとても可愛い孫娘。でも来年の1月は受験だ。だから、今夏は帰省出来ないだろうし、来年の正月は当然遊びに来れない。否、その後はどうなるのだろう・・・その孫娘との5日間は俺たちにとっても忘れられない日々となるだろう・・・

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皆が帰る前、産土久斯神社の御獅子様が見えた。俺たちは皆でそれをお迎えした。そして、御獅子様から・・・ガブリと・・・

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頭が良くなるように・・・いい子になるように・・・頑張れよ!孫達・・・

子どもたち、孫たちがこうして帰って行った・・・weep ただ、一人の孫娘が残ってくれて、寂しさも半減だ。明日は孫娘の好きな焼肉屋に行って夕食をしようと言っている。

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正月の2日目は「納豆汁」

女性が3人よれば○○と言うが?、3人の子どもが帰省しているきょう、妻と合わせると只今我が家では女性が8人、男性が4人と圧倒的に女性が多い。だから本当に賑やかな正月だ。しかも次女と長女の娘は顔も似てもいて、まるで姉妹のように仲良しだ。

今夕等は二人で何やら踊っている。何でも紅白歌合戦の歌手の振り付けらしいが、俺にはトンと分からない。襖を少し開けて内緒で・・・cameraでパチリ・・・

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子どもたちは、あっけにとられてふたりの踊りを見ていた・・・smile

息子家族も、娘達も孫達も明日には帰って行く。今度はお盆に会えるかどうか!言わば今夜はしばしの別れの踊り会!

正月2日目の朝は決まって食べるものがある。それは「納豆汁」だ。娘達が大きくなったので、これまでの納豆汁にも微妙な変化は出ているものの、納豆をすり潰して味噌汁に入れるのは変わらない。汁には塩蔵ワラビ、ナメコ、豆腐等が入っていてとても温まる汁だ。

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こうしたことも守っているのは我が家だけかも知れない。或いは、こうした風習が他家にあるのか、どうか・・・納豆が好きでなければ、当然、納豆汁もたべることが出来ない。俺の亡き祖母は納豆が嫌いで、我が家に来てからもこの日だけは特に大変だったらしい・・・

幸い、孫達も納豆が好きだ。ご飯の上にかけるものの、ご飯が見えないほどの納豆をご飯に上げる。俺は薬をのんでいることもあって、納豆を食べるのは禁止されているが、孫達の食べぶりを見ていると圧倒されるアワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

人数が多い正月の食卓だ。せいぜい並んでも9人ほどが限界で、今朝も2班に分かれての食事。白いご飯を食べる人、パンを何枚か食べる人、そして焼きおにぎりを食べる人・・・

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まるでサザエさん家族のようにかしましい。それにまだ9ヶ月の孫はお母さんが見えないと泣くし、早く食べたわんぱく坊主どもは、ゲームだ・なんだとこれまたテレビの音声も聞き取れないほどだ。

もっとも俺など観たいテレビ番組はないし、チャンネルの主体は孫たちで、どの番組もワイワイガヤガヤの番組だ。バラエテイというのだが、これにも昨今の歌同様について行けない。何が可笑しいのか、何が楽しいのか・・・???

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もう年末・年始、ニュース等聞いていない。かつてはテレビからも「春の海」などがなだらかに流れ、如何にも新春という感じだったと思うが、昨今はゲラゲラ笑ったり、ゲームだったり、いづれついては行けない。

こうした賑やかさもあしたは・・・

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新年おめでとうございます。

平成29年の幕開けです。

皆さん、新年おめでとうございます。今年も皆様にとって、そして、ご家族にとって、幸多く健康な一年でありますよう祈念致します。

今年も「でんでん大将のひとり言」を宜しくお願い致します。

         fuji   sun   fuji    sun  

雪国の秋田ではあるが、雪もまったくなく、しかも朝方にそれに日中も時折日差しを受けた穏かな元旦になった。この写真はその初日の出なのだが、カメラの位置を変えようと移動したらもう雲の中、なかなか終日太陽を見るなどは冬にはない。

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元朝は、我が家では茶の間で雑煮餅を食べる慣わしだ。先ずは神棚・神様・仏様を拝んで席に着く。2月に誕生日を迎える孫は初めての正月。それでもお母さんに抱かれたりして、立派に席に着いた。

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先ずはお屠蘇を頂く。俺が若い頃に会津で求めた会津塗りの屠蘇器だ。

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そして、神棚などの上げた雑煮餅を頂く。他には納豆、漬物の簡素な元旦の朝だ。かつては、雑煮に入れる餅は家長が早く起きて焼いた。焼きあがると皆を起こした。俺もそれを数年前までやっていたが、今はIHになったのでそれを辞めた・・・(妻が言うにはやる気になればやれるというのだが・・・coldsweats01)どうやら元朝くらいは、女性を流しに立たせないという考えがあったらしい・・・

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雑煮餅はまた簡素だ。鶏肉入りの雑煮、これにセリが入り、海苔がのる。きょうの俺はこれをおかわりして三杯happy01

玄関には、先日仲間と作った門松(玄関は風除室になっているので、写真は見にくいでしょう?)

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中に入ると・・今年の干支の色紙(裏には年末にその年の家族の出来事などを書いている)

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そして、茶の間の飾り棚にも干支が、ひとつは横手市の樋渡さんの土鈴。その横には、以前、歌人の尾崎左永子さんから短歌会で受賞した「雪燦々の書。

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こうして始まった我が家の元旦の朝、その後は集落の一礼式、そして、みんなで産土久斯神社に初詣、最後には孫と氏神様の三吉神社にお札を納めに行った・・・

午後からは次女が孫二人を連れ、妹夫婦も来たので夕食は14人の賑わいになった我が家である。

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