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木守柿

大晦日の前日はかつては「餅つき」であった。大きな臼に蒸かした餅米1升を入れ、これまた大きな杵でついたものだった。それも2臼、3臼と、それは我が家のみならず、周辺の家々からも餅をつくその音が聞こえた・・・

それが今では「機械による餅作り」、かつて大汗をかきながらの餅つきだった相面の妻との餅つきが懐かしい。今朝は昨日に帰省した孫も手伝っている。珍しいのだろう・・・わが地域、「9日」の餅はつかないことにしている。「苦」に通じると言うのだ。従って、きょう30日が餅つきだ。

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現在の俺はただ見ているだけ・・・eye

今朝もまた、雪が降っていて朝方には除雪車も通って行った。5~6cmで除雪するだけの量ではないと思うのだが・・・それでも、雪が降り周りが白くなると、何とも正月を迎える雰囲気が整ったようにも見える。

午後・・・俺はカメラを持って軽トラに乗ったdash

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それはまだ多くの残っている柿を撮りたかったからだ。

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秋が深まるとともに、橙色に熟した柿が枝を折れんばかりになる。その柿は、干し柿にされたり、渋抜きをされて、俺たちのおやつになったものだ。かつてはどこの家でも柿の木の1本や2本はあった。

我が家にも2本あった。とんがり柿と平柿、いづれも渋柿で祖母や母がさわして渋を抜いた・・・

柿は捥いでも、最後には必ず数個は残した。それが、「木守柿」だと知ったのは大きくなってのことだった。高いので取り残していたのだと随分と思っていた俺だった。この残された柿、先ずはその年への豊作の感謝、そして、来年の豊作を祈ったという。

さらには鳥たちへの言わばお裾分けの意味もあったようだ。いわゆる施餓鬼ということだろうか。

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ところが昨今は事情が違う。食べる人も少なくなったようだし、柿でなくてもおやつもある。第一捥ぐのが面倒だ、渋抜きなんて面倒だ、そんな傾向もあってか、柿は残されるというよりも、実がなってもそのままの家が多い。

我が家等は柿の木を切ったので、今年も叔母さんや叔父さんの家から頂いた・・・

その残った柿が雪を被っている。光景としていい絵である。しかし・・・どことなく俺は寂しさを感じている。家々が豊かになったのだろう。でも、そのことで柿などは粗末にされているのだ。

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物が豊かになって、自然のものが粗末にされていると思っている。これが果たして豊かと言うものだろうか。雪を被っているをみると美しい・・・が、寂しい。感謝する心も願う心も失われ、また、柿の本質を考えたとき、捥がれない柿ほどみじめなものはない。 

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旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

でんでん大将さん、こんばんは。

餅つきも今では機械の時代になってしまったのですね。
「木守柿」と言う言葉を初めて聞きました。来年の豊作を願うため、神様やその他のいける動物達にもお裾分けがあったのですね。

でんでん大将さんが、最後の部分で書いてあるように、収穫されることなく木に残された柿の姿は美しさと里山の過疎化と直結しているだけに、寂しい限りですね。

大将にとって来る年は御多幸に負けずに頑張って欲しいですね。

この一年間はお世話になりました。来年度も宜しくお願い致します。

投稿: omoromachi | 2016年12月31日 (土) 01時22分

じじの小さい頃も親戚が集まり臼で餅つきをしたもです。
今では機械での餅つきもせず、僅かばかりを購入しています。

取り残された柿、これも、過疎高齢化を示す姿なのでしょうね。

投稿: 京じじ | 2016年12月31日 (土) 07時32分

でんでん大将様、今年もお世話になりました。
日本人は上下感覚で自然を支配するのではなく、自然と水平軸で共存する。これは西洋では考えられない文化だと思います。
大将の記事は、文化人類学の見地からも重要な記事だと思って拝読しております。
来年もぜひ楽しい記事をお願いします。

投稿: しげまる | 2016年12月31日 (土) 08時40分

でんでん大将さん
柿、最近ではクマさんが出没するので、
残さないように、防災無線がお知らせしています。
雪とづくし串柿camera(*^ー゚)bグッジョブ!!
今年1年ありがとうございました。
酉年は、ご家族そろってお楽しみください。
幸多い年になりますようにm(_ _)m

投稿: ちかよ | 2016年12月31日 (土) 10時49分


omoromachi 様

この1年間、拙いブログにお付き合い頂き有難うございました。
家々は豊かになっているのでしょう、でも、この様を見ると本当に豊かな暮しなのかなと思うと寂しくなりました。その根底にあるのは、そうなのです、まちや村の過疎化も大きな要因だと思います。
そんな光景を見ながらも、俺はここでしか暮らせません。
今後も色々とご厚誼頂ければ幸甚です。
どうぞ、良い年をお迎え下さい。

投稿: でんでん大将 | 2016年12月31日 (土) 11時21分


京じじ 様

この1年間、毎日のコメントに励まされ、大晦日を迎えました。有難うございます。
「木守柿」は村の寂れを現しています。都会に置いてきぼりに去れて、地方はどこもこんな状況でしょう・・・
来年もまた、愚痴をお聞きくだされば嬉しい限りです。
どうぞ、良い年をお迎え下さい。

投稿: でんでん大将 | 2016年12月31日 (土) 11時25分


しげまる 様

こちらこそ大変お世話になり、また、コメントを嬉しく思っています。
勉強したことなどない俺の文章ですから、なかなか思いを伝え切れていないと思うのですが、田舎に住んでいる愚痴としてでも読んで頂ければ有難いです。
きょうの「木守柿」などは、現在の地方の姿と重なって見えます。
来年も宜しくお願いします。
どうぞ、良い年をお迎え下さい。

   富士山の写真、凄かったですね・・・

投稿: でんでん大将 | 2016年12月31日 (土) 11時34分


ちかよ 様

この1年間、大変有難うございます。
年末も忙しく頑張っておいでのようですね・・・
こちらは新年を迎える準備が整いました。
どうぞ、良い年をお迎え下さい。

投稿: でんでん大将 | 2016年12月31日 (土) 11時37分

でんでん大将さま
 1年間拙いブログへご訪問頂き、
温かいコメントをありがとうございました。
「木守柿」とは初めて知りましたが、
いいですね。私は柿大好きなのでたまに車で通り過ぎるお宅などに柿が残っていて高い所なので採れないと
思っておりました。御地なのでは過疎化などで
採らずにそのままになっているのは勿体ないと思ってしまいますが・・・。
 ご自宅での機械での餅つきでもいいですね。
美味しさが違うと思います。
皆々様でどうぞよいお年をお迎えくださいませ。

投稿: マコママ | 2016年12月31日 (土) 15時05分


マコママ 様

こちらこそ多くのコメントを頂き嬉しく思っています。
年末に寂しい記事でしたが、「木守柿」はまさしく今の地方を象徴しているような気がします。
このまま人口減少が進むのでしょうが、地域の地方の崩壊は一歩いっぽ近づいています・・・
どうぞ、来る新年が希望にあふれることを願っています。良い正月をお迎え下さい。

投稿: でんでん大将 | 2016年12月31日 (土) 17時19分

こんばんはnight
秋田の行事や風習を沢山見せていただいて、
どこかホッとさせられ、楽しませて頂きました。
当地でも柿など木に残しますが
「木守柿」という言葉は初めて知りました。
どうぞよいお年をお迎えくださいhappy01

投稿: 草もみじ | 2016年12月31日 (土) 18時27分


草もみじ 様

こちらこそいい記事を読ませて頂きました。
離れて暮らしていても、こうしたネットの力を利用しての交流も良いものですね。お陰さまで、草もみじさんを始め、たくさんの方々との知己を頂き嬉しいです。
来る年が希望に満ちた年でありますように。
良い年をお迎えください。

投稿: でんでん大将 | 2016年12月31日 (土) 22時06分

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