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母の退院&施設への入所

三日前の事だった・・・一個だけなっていたカリンが落ちていた。今年なったのはその一個だけだった。他に小さな実が一個だけの我が家のカリンだった。日当たりのせい?受粉がうまくなかった?その大事な一個がdown

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落ちたのはきょうの寒さを予測してあったのかも知れない。そろそろ潮時と思って落果したのかも・・・秋田県では、きょう初雪が確認された。当市にあっては一時「霙みぞれ」があったものの、時々は日も照った・・・しかし、風が冷たかった・・・typhoon

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このカリン、近々に「カリン酒」になる・・・

もう我が家の実が加工されたものもある。それはサンシュだ。こちらはいっぱい実がなった。庭木の1本、鉢植えの2本から・・・

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このサンシュはシロップに・・・

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こうして秋の実は、翌年まで我が家を楽しませてくれる。

     

寒いきょう母が退院した。98歳の母の退院であるhospital今回は、今年2回目の退院で今回の入院は約三ヶ月。ところが病状が改善したので、退院したのではあるが、もう寝たっきりの状態で、直ぐに施設に世話になることになった。

歩けない、手も動かせない、物も硬いものはダメ、そして認知症も進んで介護度が「5」、もう誰も分からないし、言葉も出ない。これでは家での介護は無理なので、これまでディサービスで世話になっていた施設に入ることに・・・

母には認知症の他には障害がなかった。それが入院したら・・・俺は正月に宇宙飛行士のように自宅の中を、手摺りをつたって歩いている「母」の詩を書き、新年文芸で2席になった。その母が・・・

入院したらもう気力がなかった。何もかにも病院ではしてくれる。食事も食べさせてくれる。だからただただ眠っていた。それがトシと言うものか。だから、病気は改善してももうからだは自分のものではないかのように俺にも見えていた。入院前までは、すべて妻が介護をしてくれていた。しかし、これ以上の介護は自宅では無理な話だ。

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施設に入ったら間もなく昼食だった。母に食事の世話をしてくれるのは若い男性だった。彼はニコニコしながら、声掛けながらすべて砕いたものを口に運んでくれた。周囲も似たような人たち・・・

涙が溢れてきた・・・部屋も見せてもらったが、廊下は「明治通り」とか「大正通り」とか、また、部屋は4人部屋で表札には「福沢家」とか「大隈家」とかになっている。新しいこの施設、家での窮屈な生活よりは快適だろう、母の新しい生活が始まった。

反応のないまったくない母、何をしてもらってもただただだんまり・・・こんな母を100歳までは生かしてあげたいと言う俺の妹・・・施設の職員もそう言った。でも、俺だったらもうこんな状況では生かして貰わずともいい、妻にはそう言っている。できるならカリンのように時期になったら、ポトンと地に落ちたいものだと・・・

生きていることさえ知らず、何も分からず、ただただ呼吸しているだけではどうなんだろう。難しい問題だ。母を退院させ、母を直ぐに施設に預かって、施設に入っている人たちを見て、そこで働いている人たちをみると、長生きとは幸せなんだろうか。ふと・・・考えてしまった。

玄関前のリンドウが、きょうの寒さに震えていた・・・

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コメント

お母さん退院されたのですね。うちの義母はまだ入院しています。病院は3か月が限度という噂は聞いてましたが、うちも帰っても介護できない状態になっているので療養病棟に居て、3か月過ぎてもいまのところ入院していますが、いつ退院と言われるかわかりません。退院と言われたらどうしようかと思っています。病院に入ると気が弱くなってしまい、いろんな運動能力が衰えてしまいました。リハビリもしていますが、家に帰って歩けるかどうかわかりません。元気だったころとは全く別人のようになってしまった義母を見るのは辛いです。主人の方がもっとつらいと思います。でんでん大将さんのお気持ち十分に察しられます。

投稿: はるか | 2016年11月 9日 (水) 23時50分


はるか 様

🏥では病状が改善したので、ケア病棟に移っていましたが、退院を言われていました。ディやロングで世話になっていた施設のケアマネージャーに相談していましたら、あきもあってしかも介護度が『5』、🏥の退院から直ぐに施設に入ることになりました。🏥まで施設の🚗が迎えに来てくれました。
これまで妻には十分に介護してもらったし、入院しているときは3日に一回は🏥に行っていました。その息子の妻も分からず、勿論その息子である俺も分からないのです。
限界でした。妻には本当に世話になりました。こんな母を百歳まで生かしたいなどの気持ちが、正直良く分かりません。むしろ楽になってほしい、こんな気持ちになるのは、親不孝と言うものでしょうか!

投稿: でんでん大将 | 2016年11月10日 (木) 08時05分

病状が改善したので、退院してくれと言われても介護が大変ですね。最期をどう迎えるか、じじを含めた高齢者の最大の課題です。
じじも大将と同じ考え方です。でも、生ある限り生きなくてはならず、ご本人も辛いと思います。
そのためには、普段から体を手入れしてピンピンコロリと逝きたいものです。

投稿: 京じじ | 2016年11月10日 (木) 09時45分


京じじ 様

介護は介護をした身でないと理解はしても大変なことだとなかなか真からの理解は出来ないと思います。それは当然であり、責めるつもりもありません。でも、もう寝たっきりの状態で百歳を迎えてもどうなんでしょう?それぞれに死生感は違いますので、せめて夫婦だけは万が一の場合を話していた方が良さそうですね。

投稿: でんでん大将 | 2016年11月10日 (木) 10時15分

こんにちは。記事は昨夜読みましたが
大将さんの心境の複雑さが
わかりすぎて、理解出来過ぎて(変な表現ですが)
コメントに躊躇しました。
だいぶ前ですがグループホームで
七夕の短冊に(認知が進み、願いが言えない方の代筆に)
スタッフが120歳まで生きるぞ~!
と、書き 私は絶句しました。
書いたのは、60歳の男性スタッフ。
生きるって死よりつらい事でもあるのですよ。と、
伝えましたが 理解してもらえず。
大将さんがお母様に早く楽に・・は
優しいから。お母様や奥様に優しいからです。
私は理解してますから(*^_^*)
大将さん、奥様、ひとまずお疲れ様でした。
まだまだ、ご心配は続きます。
どうか、ご自愛下さい。

投稿: | 2016年11月10日 (木) 13時04分

こんにちはぁ
昨日よりは暖かいのだろうか?でも、風がないだけで
空気が冷たいです。
お母様退院おめでとうございます??
複雑な思いですね。
施設に入られて・・良かったと思うしかないですよね。
こちら、施設に入れない方もいますから・・・><
寒いですので、お体に気を付けて下さいね。wink

投稿: ヒナタ | 2016年11月10日 (木) 15時45分

舞 様

映画「八重子のハミング」が出来たそうですね・・・あの「半落ち」の佐々部監督の作品だという紹介が、昨日のNHKのテレビでありました。4度のガン手術を受けた夫が若年性アルツハイマーを発症した妻に寄り添い続ける内容だそうです。
家族の一員の親を介護するのも辛いものですね。舞さんのブログを拝見して、俺も自らの母に重ねて読ませて頂いています。妻も俺のところに来なければ、介護などの世界に入ることもなかっただろうに・・・果たして、長生きが本当に幸せなのか、どんな状態であっても生きていれば、本当にそれでいいのか、どうなんでしょうね・・・

投稿: でんでん大将 | 2016年11月10日 (木) 20時12分


ヒナタ 様

親の壊れた姿をみるのは辛いものです。そして、この親の血をひいていると思うと、末恐ろしくなってしまいます。本人にすれば、そう言った状態で旅立つのは楽な事かも知れません。でも、自分が自分でないままの旅立ちは納得いかなことでしょう、好んでこの状態になったのではありませんが、介護する身も辛いものです。

投稿: でんでん大将 | 2016年11月10日 (木) 20時18分

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