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2016年11月

ふたつの絵画展

もはや秋田は「秋」ではないので、芸術の秋とは言えないだろうが、文化祭から始まった文化事業はまだ続いている。きょうで終る絵画展もあるので、足早に拝見させて頂いた。

俺は絵筆を取らないが、絵画を観るのはとっても好きだ。洋画・日本画・版画etc・・・ロキソニンを服用したら幾分腰痛は緩和されたので、絵画展に軽トラで出掛けた。腰痛の際は、車は軽トラックが楽なこともあって・・・dash

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まず出かけたのは「児水会」の絵画展だ。絵の描く有志の地域のグループだ。先日、芸文協の祝賀会をやったが、この児水会はその会長がリーダーだ。だから、この間、実は案内を頂いていた・・・

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風景を、また、こころの中をこのように筆で描けたらどんなに楽しいだろう。俺の母方には、油絵を描く従兄弟がふたり居た。だが、ひとりは亡くなってもう3年だろうか。

初めて観る「アクリル画」という作品、また、「混合画」という作品もあって、会長から説明を頂いた。

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そこから車で30分、そこでは地域の著名な画人の方々の作品展が開催されている。名づけて「鳥海山を描く」、この山を主題にした絵画展であった。

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ここでも特にジャンヌに拘ってはいない。油絵・墨絵・日本画・・・

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日本海の荒波の間に見える鳥海山、そして、油絵の鳥海山・・・

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油絵で著名な画家のひとりに横山操がいる。彼の絵が好きであったが、この絵はどこかしらその絵に似通っている。ダイナミックに描いた秋の鳥海山だ。

絵を観ていると何かが俺のからだに入る(ような気になる)。絵は邪魔なものは描かなくていいからな、と誰かに聞いた。写真はそれが出来ないから不便だろう・・・とも聞いたことがある。

俺からすればどちらも好きだから、絵は絵なりに、写真は写真なりに、俺はどちらも好きである。

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「大翔」と「葵」

神社の前を通りrvcar・・・止まったら一匹の猫がこちらを向いたcat「おい!お前の名前は?」と聞いてもニャンとも答えない。ただ、不信そうな目を俺に向けて・・・「おいおい、俺は不審者じゃないから・・・ニャ~ナ~」

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飼い猫だろうから、名前もきっとあるんだろう。息子はマンションで猫を飼っている。名を「ネネ」とつけ、孫とも仲良く過ごしている。子どものころ、俺も猫が大好きだった。一緒に布団に寝た記憶もある。

昨日のニュースでは、今年生まれた赤ちゃんの名前のランキングを報じていた。保険会社のデーターらしい。それによると・・・(今年生まれて、某保険会社の保険に加入した男の子8947人、女の子8509人の集計)

男の子では・・・「大翔」、”ひろと”との読み方が多いとか。

女の子では・・・「葵」、その読みの通りの”あおい”

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この名前は男女とも2年連続での1位。中には今年リオ五輪があったからか、活躍した選手と同じ名前も多かったとか。例えば・・・

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「こうへい」も人気あったようだ。

男の子は、大きく羽ばたくというイメージの名が、女の子は、花に関連した明るいイメージの名が・・・

ただし、この10月半ばの別のデーターでは、次のようなランキングも発表されていた。これによれば、順に「結菜」「花音」「莉子」「桜愛」「心華」・・・読み方は  「ゆいな」「かのん」「りこ」「さくら」「このか」と読むようだ。

いわゆるキラキラネーム?ということか。

親が初めて子に贈るもの、それが名前であり、その名前は生涯のものだ。だから、考えにかんがえてのネーミングだろうと思う。それに応えて健やかに成長してほしいと願う。

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味な味!

それが影響はないとは言わないし、或いは多少影響があったのかも知れない。一昨日から始まった「腰痛」(´;ω;`)ウウ・・・。椅子に腰を掛けていては、何の痛みもないのだが、ズボンを穿くとき、下着を交換するとき、また、靴下を穿くときなどは、ぐぐっとくる・・・これは酒の影響だろうか・・・ヾ(´ε`*)ゝ エヘヘ

さらには咳をすると腰にひびくweep昨夜は、どうしても足を伸ばしては寝れなくて、横向きになりしかも丸まって寝た。でも、その姿勢では安眠できなかったのだろうか、起床してもどことなく眠い!

幸いにきょうの予定は夕方のみだ。だから日中はpcでの仕事。天気も時々の雨だから、外仕事はとても無理!

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10時過ぎ・・・「はい、おやつ」と持って来てくれたのは、cafe+干し柿だ。妻がいっぱいの柿を干していたものだ。以前は、柔らかな柿と干し柿は苦手であったが、最近は干した柿は食べる。食べるとうまい!ふっくらとしていて甘味があって、今ではすっかり好物になった・・・

午後のおやつには、買い物帰りに買って来た「味まん」だ。1個105円、中にはあんこがいっぱい詰められていて、フウフウ息をかけて口に入れる。俺もまちに出たりすると買ってくる。今では、この味まんも南下してスーパー前などで売られているようだが・・・。

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毎年、この味まんを紹介しているから、この記事を見てまたその季節になったのかと思う読者もおいでだろう。寒くなるこれからの時期、ますます味まんは美味しさをますことになるだろう・・・happy01

夕方は管内の医師会との懇談会があった。医師側の方から、今回は「ロタウイルスワクチン接種の現状と予防効果」について、接種している子と否接種の子との実情を細かい報告があった・・・

帰宅すると・・・わがまちの名物ラーメンnoodleが待っていた。実は「干し中華」であり、「タラーメン」として売られている。

江戸時代から鱈漁が盛んな本市、その真鱈を塩漬けし、独自の製法で発酵・熟成された「鱈しょっつる」、それに、鳥海山麓の清水と代々伝わってきた製麺技術で作られた中華麺、それがマッチング・・・

実は近年わがまちで開発した「鱈しょうっつる」fish、今売り出し中の魚醤。鱈ラーメンたらーめん。

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どこかしら古風な味があって、しかし、出会った事のないような不思議なラーメンnoodle寒いさむいと帰った俺には最高の味だった・・・これでどうやら腰痛も治りそうな感じであるsmile

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今夜は早めに寝る事にしよう・・・ 

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祝事・慶事

俺が夕べ寝たのは午前2時を回っていた・・・ブログを更新し、入浴し歯磨きをするともうそんな時間になっていた。そのことが影響したのではないだろうが、起床したら腰が痛い、靴下をはこうとしたら・・・痛い!!!

妻は俺に言う・・・「毎日、呑んでるからだべ~」と。確かにそれも一因だろうと否定は出来ないdespair昨日の芸術文化協会の設立10周年記念式典・祝賀会

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これまで功績のあった方々を表彰し、その後、祝賀会diamond俺はこの実行委員の一員として、朝9時半からの準備、午後からはその本番であった。祝賀会では、その準備のあとは俺もbottleであった。

懇親の席では昨日も記述したのだが、新聞の投稿記事のことが話題となって、その度にテンションはあがったup酒もまた・・・upそのあとが反省しなければならないことだった。会長から誘われて2次会に出たのだdashただ、時間的には遅いものはなかった(はず)

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帰宅は午後8時・・・

しかし、その後の電話、ブログの更新・・・

結局、午前2時過ぎの就寝であったsleepy

きょうは・・・腰に湿布薬を貼って、妻にホテルまで送られた・・・

「結婚披露宴」に案内を頂いていた。お偉いさんの息子さんの披露宴。招待客がおおよそ400人、俺などは頭数を増やすためのものだっただろうが、久しぶりの華やかな慶事に嬉しく出席させて頂いた・・・

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会費制で1万円、もうこのような場面に参加することはないだろう、しかも若い方の第2の人生のスタートをお祝いしたい、そのような思いもあった。

昨今、結婚式等はほとんどない。俺は息子の結婚式以来だ。でも、きょうの披露宴はさすがであった。一度、席を立つともう戻れそうにないような混雑・・・新郎・新婦のお祝いというよりもお偉いさんの舞台の色濃いものだったが、勿論、それは予想はしていた・・・

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しかし結婚式はいいものだ、新郎の挨拶もよかった。父親を最高に尊敬しているという言葉には、じ~んと来るものがあった・・・そんな言葉をきいたせいでもなかったが、酒はそんなに呑むこともなく、午後2時過ぎにはおひらきになった。

新郎の言葉が帰路に甦ってきた・・・

俺は子ども達に自信を持った背中を見せて来たか、見せているか。茨城に住んでいる長女からは、正月に遊びに帰るからとの電話、あの子には本当にいい父親ではなかった。仕事は多忙で、その上に集落の代表等、生産組合の代表等、消防団部長等、PTAの正副会長は9年もやった。

そんなに多忙に生きていたから、特に長女には背中を見せる時間もなかった。出来たら嫁ぐのは近くあってほしいと思っていたら・・・簡単には会えない距離のところに嫁いだ。そんな娘が、正月は高校生の孫も連れて帰って来る・・・1週間ほどの短いものだろうが、妻と二人暮らしの俺たちには、とっても嬉しいことだ・・・

   <昨日の記事に”地歩”・・・”地方”でした。>

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ミラクルな世界

朝から頼もしい天気になった、俺には勿体ない、そんなきょうの天気!だが、残念ながら、俺はテタパタテタパタ・・・な俺だった!芸文協の新規結成10周年、その準備と式典・祝賀会。勿体ないとは思いながらも、人に同調せざるを得ないことがあり、正しくきょうもそれであった。

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役員改選で、役員をことしの6月総会で外された。俺は拘って居たわけでなかったから、何ら感傷もなかった。その後、”顧問”になって協力を願いたいとの連絡を受けたが、それは断った・・・そんな年でもなかろうに・・・との俺の考えであった。

そもそも総会では、役員の改選はこの体制でいくことを確認していたのだが、予想外に「自分が副会長をやりたい」との発議があり、揉めてもめたが、その意見を尊重すべしとの声もあって、その方を役員に入れての改選がなされた。

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その結果、同じような団体から2人の役員はうまくないとのこともあって、結果、俺がおりることになったのだ。だが、十周年記念事業があることから、きょうのその日まで特別な形で実行委員会に所属させられていた・・・

国政でも県政、地歩の自治体にあっても、基本は「立候補制」だ。それで結果は多数決で決することになる。だから、芸文協の役員もそれでいいのだ。むしろ今までこうして立候補する人などいなかったのだから、むしろ歓迎するのが良いのかも知れない。

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そうしたいざこざがあっての今回の十周年・・・もうこの団体に積極的な係りを持つことはないだろう。それはそれでいい、俺が望んでの役員ではなかったから、外されたといっても、ゆっくりしたとの思だけで、意外なほど冷静だ・・・

世の中はミラクルだ。いくら正しいことと主張しても、必ずや通るものでもなく、むしろミラクルなことは世の中にあっては正常なことなんだろう。

きょうの写真は湖面に映る枯れ色の世界、これまたミラクルでもあり、水鏡なんだから当然ともいうべき風景なのだろう・・・

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でも・・・不思議な光景でもある。もう少し、水面が穏かであったら、その不思議さがもっと強調されるところだろうが・・・

祝賀会席では、俺の投稿した新聞記事に・・・先ずは句集を編んだ師からから言葉を頂き、次々に俺のところに酒を持って来られた。新聞の力はすごいものだと改めて思った。

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新聞と言うと、今朝の新聞に・・・

年のせいだろうか、先ず見る新聞の記事に「お悔やみ欄」がある。実はきょうのそこに載っていたひとりに、元同級生の名が出ていて驚いた。だが、遠方に住んでいる人でないから悔やみに行けば行けるのだが、その気持ちにならない。

実は俺が職場にあったころ、その人は約束を履行しないので、内容証明で郵送したり、直接督促に行ったことがあった。それでも逃げ続け俺の職場とトラブったことがあった。そのことは他の同級生ともあって、他の同級生も悔やみにいかないだろう・・・とのこと。

人生の最期に悔やみの人が少ないのは、なんとも哀れな話である。

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「まちびと美術館」開催中!

わがまちの版画家・池田修三の作品展「ゆこうよ」が始まっている。象潟公会堂をメインに、旅館・土産店・本屋・菓子屋・銀行等に版画を飾って、まち全体を美術館に見立てている。そのチラシにもあるように、池田作品が至るところに飾られているのだ。これが「まちびと美術館」だ。

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だから学芸員は市民一人ひとりだ。立派な美術館を建ててそこに展示するよりは、まちの至る場所に息づいている池田修三の絵、それをまち全体を美術館とし、それが相応しいとの考えである。

池田修三は大正11年にわがまちの医師の家に生まれた。旧東京高等師範学校を卒業後、秋田県で教鞭をとるが、33歳のときに教師を辞めて上京。それまで取組んできた油絵を捨て、木版画に専念、版画絵は子どもの情景を中心に生み出された・・・

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1957年、日本版画協会展で入賞、翌々年には現代版画コンクールで入賞し、多色刷りの子どもをテーマにした木版画は、企業などのカレンダーに採用され、他に町の広報の表紙をも何年か飾った・・・

平成16年11月10日、惜しくも82歳で亡くなられた・・・

俺も彼の作品を1枚持っている。それはふるさとの風景の中の「鳥海山」だ。当時は存命であったはずで、当時はそれほどまち以外では知られていなかったと思う。確か、8千円ほどだったと記憶している。

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象潟駅前には歓迎塔に池田修三の版画絵が・・・そして、期間中はタクシーにもラッピングされているし、市の車にもラッピングされていて、まちはすっぽりと修三の絵で溢れている。

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さらには由利高原鉄道の車両にも・・・

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修三の版画絵がまちに広がっているのは訳がある。子どもが生まれたお祝いにとか、結婚祝いに等と彼の絵を贈りあうことが、当時多くあったという。絵の価格もほどほどだったということもあったのだ。そのことは、修三と言う作家の意志が根底にあったのだろうと言われている。絵は気軽に飾るのが本来の姿なんだというこころだろうか・・・

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いづれ秋田県のマガジンで紹介された事がきっかけで、修三の版画絵は全国的な広がりを見せている。今回の「まちびと美術館・・・ゆこうよ」はこの27日までだ。今回はこの小さなまちに、どのくらいの方が観に来てくれるのか、強い感心を抱いている。

みなさん、本市の「まちびと美術館」においで下さい。

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冬の華・・・キチジョウソウなど

昨夜は浴槽の湯温も1度上げて41℃に設定した。タオルケットの他に毛布も掛けて寝た・・・今朝はカーテンを開けると畑がうっすらと白い。tvでは、関東方面の雪の状況を伝えていた。

どうやら記録的な雪になったようだ。11月の初雪、更には積雪と普段は縁のない雪に、大変な苦労をされた方もおられただろう。何しろ53年ぶりの11月中の雪のようだから、そのドタバタ??は想像される。

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我が地域では路面は乾いていた。きょうの雪は、普段は縁のない地域に降ったようだ。今年の紅葉は遅かったし、鳥海山の初冠雪も例年より遅かった。だから、わがまちの冬にはまだまだ時間があるだろうと油断していた。

初雪が遅いと降雪量は多い、それがこれまでの俺の認識だったから、準備は早くしておくべきだっただろう。乗用車は新たにスタッドレスタイヤを買うつもりだったから、はき潰そうとそのままだった。

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だからもう少しはこのままでいいだろう。例年、タイヤ交換は12月の半ばに行なっている。でもきょうの状態をみて、軽トラのタイヤ交換はした。どうやら積雪が今年は早いようだから。乗用車のタイヤも買ってきたので、時間を見計らって交換しようと思っている。

季節は急に動いているようだ。でも、こんなに寒い中にも花を咲かせているものもある。上の写真の「ヤツデ」、雪のあとは日も照って虫がそのヤツデに戯れている。この花にも虫を呼ぶ蜜があるようだ。

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木の下に咲いているのは「キチジョウソウ」だ。俺はしばらくはこれを雑草だと思っていた。植えた記憶もないし、しかも根を浮かせて伸びていて、一時引き抜いていた。それをキチジョウソウというめでたい植物だと教えてくれたのは○風さんのブログであった。

植木を植えたときに、その木に付着して来たのか、或いは庭を造った方がそっと植えてくれたのか・・・いづれ、目立つような花ではないが吉事を呼ぶ花のようだから、大事にしようと思っている。

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先にサザンカが咲いたことを記事にしたが、今度は「白サザンカ」も咲き出している。冬の庭には貴重な彩りを見せてくれる。他にもサザンカ植えているので、この後紹介させて頂く。でも雪になったら存分には咲くことがないかも知れない。

淋しげな晩秋の庭、もう初冬と言わねばならないかも知れない。こうした淋しくなっている庭にも、いくつかの花が咲き、俺の目を楽しませてくれる。元気にもしてくれる。きょうの花々は正しく「冬の華」とでも言いたい。

今晩も訪問頂き有難うございます。

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仕事に感謝

勤労感謝の日」である。勤労を尊び、生産を祝い、互いに感謝するという”国民の祝日”である。

朝からとっても寒く、居間から続くベランダにもあられが降って、少し白くなっている。先日、植えたビオラも凍えているようだ。

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この寒波は、東京あたりでも12月下旬並みの寒波らしく、明日の朝は「雪」との予報だ。慣れない雪だ、どうぞけが等ないようにと願っている。

午後から隣りまちの本屋に用事があったので出かけたら・・・途中、あられが路面を白くしていて運転もドキドキ・・・coldsweats02いくら雪国とは言っても、慣れるまでは白い路面が怖い。

大方の道路では、既に吹雪に対応する「防雪暴風柵」が設置されているのだが、きょう通行した道路は、その柵を設置中であった。時折の雪の中での作業・・・ご苦労様。祝日であっても、通行する車両を護ろうとの作業に感謝して、そこを俺は通ったdash

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今では柵を引き上げる構造で、春になればこの柵を引き下げる。地吹雪の多い秋田県では、この柵が全県的に設置されている。地吹雪の体験のない方には、この効果が分からないかも知れない。ドライバーには有難い施設である。

3日前のことだ。車窓に見えたのは、高圧線の補修をしているのが見えた。高い鉄塔には数人が上がって作業をしている。どんな内容の作業なのかは、まったく知らない・・・鳥海山を背景にして・・・パチリcamera

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地上にいても寒いのに、あんな高い場所での作業。恐怖と言うものもあるだろう。俺などは、作業をしている方を見ているだけでびびってしまった。

ふと思いだし、我が地域の産土神社の屋根の修理も行なわれているはずだ。家に帰る前にそこに向った・・・

瓦の葺き替え工事だ。工事費は約500万、今夏に氏子から集めていた。村に住んでいるとこのような持ち出しもある。2~3年前に寺の屋根改修があって、今度は神社の・・・神や仏のこととなれば、誰も何にも言えない・・・

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これまた高所での作業だ。しかも、濡れていては滑る。従って、雨や雪の日は作業が出来ない。だから、この晩秋の時節、天気を見計らっての作業だろう。民家であっても屋根は高い。それが神社となれば、屋根下を見ることなど恐怖も感じるのではないだろうか。

きょうは折りしも「勤労感謝の日」、紹介した防雪柵の設置、高圧線の高所作業、神社の屋根の修理、いづれも重要な仕事であり、当然ながら俺などには出来ない作業だ。それぞれの作業に深く感謝したい。

昨日の新聞掲載の記事に、何人からの電話があった。それほどの文章ではないのだが、同年生から「勇気をもらった」とさえの電話もあった。どうも家族が病気になっているようで、しかも本人も迷っているようだ。それが「13年を待つ」ことに、自分も頑張ってみようと思ったようだ。

仕事はそれぞれが大事だ。高所での作業も大事だし、俺だって米づくりに頑張っている。どの仕事も社会の営みのなかでは当然のことだ。そして、仕事が出来ることも有難い事。人をも助けるし、自らの生き甲斐も通じる。仕事することに感謝したい。

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13年後を夢見て

朝、地震のニュースに驚いた、さらに驚いたのは「津波警報」だ。番組のアナスンサーのただならぬ声、「いますぐ避難して下さい、東日本大震災を思いだして下さい」と何度もなんども・・・しかし、結果は大きな被害もなく何よりであった。

きょうは「小雪」、寒さが進みそろそろ雪が降り始めるころのことのようだ。次候に「朔風葉を払う」とある。冷たい北風が、木々の葉を払い落とすころ。朔風の朔とは北と言う意味で、木枯らしの事とある。

  snowそれに合わせたかのように、秋田県は明日にかけて雪が降るとの予報だ。そして                 明日から3日間の天気予報には「snow」マーク(ノд・。)雪はいらねぇ~、寒くってねぇ~

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maple他に「いい夫婦の日heart04」でもあるらしい。夜のNHKのニュースを見ていたら、纏わるいろんな情報が出ていて、漢字一文字で表すと・・・「食」であったり、「風」であったり、「空気」であったり様々だ。俺などはそれを表すと・・・???内緒であるsmile

さて、新聞に投稿していた俺の文章が、きょうの新聞に掲載された。タイトルが「13年後を夢見て」だ。何故、13年後???

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俺は今夏にある元先生から、句集を頂いた。実はその名が「枇杷」だったのだ。俺はこれまで、枇杷という木には興味がなかった。理由はないのだが、むしろ敬遠していた節もあった。”古臭い”そんなイメージも持っていたことも確かだ。

ところが、この句集の後書きに触発された。寒さに弱い枇杷が、父が植えて70年、我が家の庭にすっかり馴染んで、初夏には見事な実をつけ、それは上品な味がする、とあったのだ。

枇杷と言う木を調べると、千葉県以北での育たないとあった。ところが、改良が進んで今日では「田中」という品種は寒さに強いともあった。俺は早速種苗店に注文し、届いた枇杷の幼木を鉢植えした。

いくら寒さに強いと言っても、少し馴染ませてやらないと可哀想なので、鉢植えにしたのだ。鉢植えだと移動が効くし、冬分には家に入れられると思ったからだ。それをきょう裏口に、エンゼルトランペットとともに入れた・・・

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ところが課題はまだあった。課題と言うよりも、実は実をつけるまでの期間が長いということだった。俗に桃栗3年、柿8年というが、枇杷はなんと13年というのだ。しかし、考えようだ。夢は遠目に置いたほうが楽しめる、そう思うことにした。こんなことから、タイトルが「13年後・・・」としたのだ。

新聞を観た某氏から電話が来た・・・「○○酵素」使えば、そんなに時間はかからないよ、と言うものだった。某氏はすでにいちぢくでもそれを使って、予想よりもかなり短期間で実がなったというのだ。

でも、夢はじっくり育てたい、そう思っている。

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枯れ色の高原

天気は良いがやや肌寒い、でも・・・カメラを持って仁賀保高原の大谷地、冬師湿原にdashここでの撮影は、今年最後の高原かも知れないとの思いで・・・005

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高原はすっかり枯れ色、もう冬がそこまで迫っている。大きな鳥海山は裾まで真っ白。それが間もなくこの高原にも接近しているようだ。

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そして、俺の”お気に入り”の場所に・・・

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まったくシンプルな場面、採草地のかなたの鳥海山だが、この場所が俺は好きなのだ。

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いっぱいの花

「きょう何かある?」という妻に「きょうはなんも・・・」と俺は答えた。最近、出歩く俺だから確認したかったのだろう・・・そんな妻も予定はないようなので、秋田市で行なわれている「花の祭典」に行く事にしたrvcar

秋田市に行くんだったら息子に新米を持って行こうと、息子のマンションに寄った。花の祭典もさることながら、息子に会いたかったのが本音かも知れない。実は俺もまた、孫の顔が見たかった・・・

一緒に食事してから、皆で駅前での「花の祭典」に出掛けた・・・

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今回は「第37回県花の祭典」である。これには時々見に来てもいた。全国からみればささやかな催しに見えるかも知れない。しかし、秋田県の花もようやくここまで来たんだとの思いが俺にはある。

実は、俺は学校卒業後、花を経営に取り入れたいと県の派遣研修に応募し、3ヶ月宮城県に研修に出た。帰宅後、後継者育成資金を借りてビニールハウスを建て、花の栽培を始めた。

当時、そのような施設を建てたのは地域では初めてであった。従って、新聞の取材を受けたり、視察に来られる方もいた。花は鉢物としてシクラメン、クンシラン、切花としてカーネーションだ。

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ところが暖房費が高くついたし、冬の日照不足を克服できず、3年で止めざるを得なかった。でも俺には悔いはなかった。「やらないで後になって悔やむより、失敗してもやったら悔いはないだろう・・・」そんな言葉を先輩から聞いていたから・・・

農業が嫌で、それでも農業高校を選択させられた俺だ、花をやるといったときに父はダメだとは言えなかったのだろう・・・ここでは無理だからと強く言えなかった父だったと思う。

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俺の花好きはやはり若い頃からのことだった。こんな俺の事を集落の子が「花っこのおじさん」と呼んでいたことを聞いていた・・・

だからこのような催しがあるといたたまれなくなる俺だ。俺は失敗したけれど、着実に花の栽培が普及し、経営の一役を担っている事に感慨深い。

きょうの写真はそこでの写真。好きなデルフィニュームもあったり、珍しい花もあったりして・・・色んな花を堪能できたhappy01

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      きょうも訪問頂き有難うございます。

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趣味仲間

同じ趣味をもつ同士の集まりは楽しいものだ。例えば合評で意見を違えても、懇親会にもなればすぐにうちとける。それがとてもいい。

かつてのわがまちの歌人、自らこう名乗ったという”百姓路光”は

    歌詠みて何になるぞと妻が言う何になるとはわれも思わず

つまり、短歌をやっていて何なるのかと妻は言い俺もそう思うという歌意だろう。でも彼はそう言いながらも実は・・・こころはそうでないことが裏面にある(と俺は思う)。俺は挨拶でこの短歌を紹介しながら、この矢島に来られたのもまた短歌と言う縁があったればこそだ・・・そう述べた。

次は1,000回目を目標にして頑張ろう・・・と締めたm9(^Д^)プギャー。そんなことは出来ない。月1回やっていて今回は43年だ。43年で500回。このあと43年となると・・・。実際には絶対出来ないのだが、そんな意気込みをもってと言う、激励でもあった。それはおれ自身にも・・・

昨日向った短歌会会場のホテルは由利本荘市の保養施設・・・鳥海山の真下にあり、由利圏内では一番の山深い地域にある。向う途中、あまりにもきれいな鳥海山・・・

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昨日は小春日和のなかだったが、今朝はすっかり暗く小雨だ。部屋から見える鳥海山はまるで墨絵のような世界・・・

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このホテルでの短歌会の合評会、昨日の記事にもしたが、今回は俺も出詠しさらにはアドバイザーdelicious参加者の各々が短歌を合評した後にアドバイス。今回は、500回をあまりにも意識した歌が多く、残念なことに新たな題材に取組んだものが無く、や新鮮味にかけるものだった・・・(と思った。ごめんです、生意気に)

なかなか新しい題材を見つけるのは本当は至難だ。であれば表現での工夫が大事になるだろう。俺たちが詠うのは「現代短歌」であり、それが詩でなければならない。古今集など、そのような和歌ではなく、現代詩という今のことを今詠う、これを基本にしている。

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しかし、今の時代はこのようなものか。文芸のような趣味を持つ若者はほとんどみない。どのようにして自分をみているんだろう。自己の思いをどう表現したり、アッピールしているんだろう・・・

俺は若い自分から偏屈な人間だったのか?中学生のころから詩作をやっていた。その後、恋を知り失恋し、それをまた詩にしたものだった。さらには社会にたいしての不満や仕事の悩み等、書く事を通して自らを高揚させたり抑えたり・・・

そのためか、スポーツをして自分を磨くというよりも、ひとりで机に向う姿勢が多かったと思う。詩を新聞に投稿したりいているうちに、隣り家のおじいさんから俳句会に誘われて2年・・・

元校長先生から、「君の俳句などの内容からみると短歌に向いている」、そのように誘われて短歌会に入った。入って合評になると、皆さん大先輩、俺より20歳、30歳の年齢差があり、歌はコテンパテンに酷評された・・・・

なんで・・・懸命に作ったのに、馬鹿くさい、辞めよう・・・そのようなこと何度かあった、こんなもの楽しくもない、もう何度かあった。それでも離れなかったのは、好きだったということか。

度胸がだんだん据わってきて、しかも、大会では賞も頂き、それが弾みになって、また頑張る。言わば好循環の状態になって来た。始めるときもまちの短歌会では一番若く、それがもう○十年になっても、未だに”若手?”

その若手の俺のアドバイス?少しいき過ぎた言い方をしたのではなかったか、生意気ではなかったか、俺の言いたい所を理解して頂いたろうか?

俺のこれまでの最高賞の受賞は国民文化祭の文部科学大臣賞だ。過疎の村の現実を詠んだものだった。昨日、最高の11人からの互選を受けたのは、鮭の遡上を観に行ったときの1首だった・・・

 白き傷痕(きず)見せつつもなおひとすじに川遡りくる鮭の愛(かな)しも

最期の力を振り絞って上ってくる鮭、それを知るのか知らないのか、傷をもっても下る鮭は一尾もいない。故郷が恋しいのか、故郷の香に誘われてくるのか、哀しくも愛しい鮭の遡上を俺は詠んだものだった。

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前日につぼみであったバラ、俺が帰宅したら居間に飾られていた。雪で咲かないままにおわりそうなので、可愛そうに思って切ったと妻。花であるなら開かせてやりたいという思いやりだった・・・

そうかそんな思いやりもあるならば、俺は俺のやり方で、俺の持っているものが人様にアドバイスをしてやれるのならば、それが俺の思いやりとしよう・・・矢島短歌会の皆様、お世話になりました。

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500回目の短歌会に

もうこれ以上望めないような天気☀それに暖かな小春日和☀🏠のなかにいるのは、本当に勿体ないとさえ思う。それでも午前9時、俺は🚙をスタートさせた。きょうは由利本荘市の猿倉温泉での短歌会に案内を頂いていた。

その短歌会を『矢島短歌会』といい、きょうが500回目の短歌会だ。この節目の短歌会に、アドバイスを依頼されていたのだ。俺などにそのような能力はないのだが、親しくさせて頂いている、矢島のマツ子さんの頼みでもあり、断りきれないものだった。

🚙は妻の実家のある集落を過って、真っ白に雪化粧をしている鳥海山の真下にあるホテル🏩に着いたのが10時15分、間もなく500回目の短歌会が始まった。俺はお祝いの挨拶をし、合評に入った。俺は昨夜の1首1首にメモしてきたことを述べた。

俺自身の歌も満足でないのに、人様の短歌にアドバイスなど出来ないのだが、俺は短歌をはじめてほぼ㊙年、適当な評ではなかったかも知れないが、無事にその役目を終えた。

互選の結果、俺の短歌には11人から選ばれていて、きょうの最高点であった。それからがきょうの祝賀会。🍺乾杯し、酒の酌をして廻った。いい短歌会であった。俺はこの🏩に泊まる。

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小夢という画人

小さい夢と書いて「小夢」”さゆめ”と言う。幻の画家と言われた「橘小夢」である。そのような画家が居たとは、俺も実は知らなかった。否、幻の画家とも言われたとなれば、おそらく知る人は多くはないだろう・・・

秋田県には多くの著名な画家がいる。寺崎広業とか、平福穂庵や百穂、福田豊四郎等は俺にも分かっていた。しかし・・・橘小夢とは・・・???

004 その彼の作品が、横手市にある「秋田県立近代美術館」で公開されている。俺は、先に旧池田氏庭園での紅葉を観たあとに、そこに出かけた。

この案内が秋田魁新報に掲載されている。それによれば・・・

小夢は、明治25年秋田市に生まれた。中学校卒業後上京、大正から昭和初期にかけて、雑誌や小説の挿絵等描いていた画人だ。

可憐で叙情的な美人画が全盛期の大正ロマン、その時に妖艶耽美で幻想的な画風を確立したとある。

しかし、軍国主義的風潮下、一部の作品が発禁処分などの目に合い、第2次大戦後は表舞台から姿を消したという。

そんなことからいつしか”幻の画家”と呼ばれていた。それから約90年、小夢の芸術は現代の感性に受け入れられ、再評価されている。今回、県内で発見された初公開の作品も一挙に公開され、美術館は賑わっている。

この催しは今月の27日までで、併せて夢二や淳一、専太郎などの作品も展示されている。

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このように死して再評価されたという事は、やはりそれだけの実力があったからとも言える。代表的な「地獄太夫」、細やかな線で、見事な着物、それに瓜実顔と簪、本当に迫力を感ずる絵であった・・・

昭和45年、小夢は鬼籍に入ったようだが、このような画家が秋田県にいたとは誇らしい。

 

午前中の雨が上がった、丁度昼時・・・窓の向こうに虹が見えた。急いで外に出てcameraを向けたものの、ほどなく虹が消えた・・・

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庭では、今年最後の花になるのか、バラがつぼみを膨らましている。だけど、この後の天気予報では「snow」のマークも出ている。今後の天候如何だと思うが、果たしては花になるのか、寒さのためにつぼみのままで終るのか・・・

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はかなく消えた虹を見、小さなつぼみのバラを見たら、あの小夢が思い浮かび、きょうは新聞の写真を借りての記述になったところである。      

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ああ、何と言うことか?

歯医者の予約日だった・・・午前9時、治療の椅子に座った。「ア・イ・ウ・ベ」こころの中で、何度か呪文のように唱えた。これを唱えると、口を開けていても緊張が解れる。向かいの窓の外には真っ赤なモミジmaple

半年ごとに、定期検査の案内が届く。受診すると虫歯が見つかったり・・・結局、1~2ヶ月の治療となる。今年は、ここの歯科医院から総合病院に紹介状が出され、手術によっての親不知歯の抜歯を行なった。

以来、今年は2回目の治療に入っている。結構、歯磨きは行なっているはずだし、正月以来は真面目にやっているはず。それも歯磨きは歯科医院で求めたフッ素のものを使っている。でも・・・これも加齢からくる定めというものか。

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この歯科医院は我が家とは親戚だ。勿論、血縁関係はないのだが、同じ集落内での親戚。そこの治療椅子に座って・・・頭を過ぎった。「何故?」「何で・・・」忘れたのか!悔しい気持ちが、頭の中に持ち上がった。

例年応募し、そこそこの賞を頂いている新聞の「新年文芸」・・・すっかり応募を忘れていた。いつもは締め切り間際には、広告があったのに、最近は見ていなかった。11月15日あたりの締め切りとしか、頭になかったのでまだ時間があるだろうと油断していた。

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特に「詩」が立て続けに2席・3席と入っていたから、少し欲を出し、何としてでも1席を!その欲がいけなかったのだろう。11月に入って行事も多かった。呑む機会もまた多かった。それが理由にはならないだろうが・・・残念!

続けていたチャレンジ!ああ、何と言うことか、間抜けな自分に笑うしかないweep

昼過ぎにその新聞社から電話が来た。俺が投稿していた「鉛筆四季」の内容の確認と言うことだった。来週の新聞に掲載という・・・

夕方、我が家の傍の電柱に・・・すごい鳥の数!

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こんな鳥の数、みたことがない。何ゆえの集合???色んな並びで撮ってみた・・・

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こんな姿を見ていたら・・・残念な悔しさも、多少は収まったみたい・・・

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旅の土産に代えて

Photo こんばんわ!今夜は先日の鹿角で行なった歌会、そこまでの途中やら終った後の帰郷まで、立ち寄った先を少し紹介したい。何しろ俺は自称・秋田の観光大事ですのでm9(^Д^)プギャー

今回の旅はrvcar。言わばドライブのようなもの。しかし、高速は使わない、出来るだけ一般道・国道を走行することにした。

それは夕方までは楽に到着できる事。さらには各地域にある「道の駅」に寄りたい、そうしたこともあった。

「道の駅」には、それぞれの特産がある、おいしいもの、珍しいものもたくさんある。それらを楽しみたいという欲望?もあったからだ。

わがまちは海のまち、目的先の鹿角は言わば山間地域だ。だから、秋を追っていこう、そうした思いもあったのだ。

★ここは小坂鉱山が残した近代化産業遺産、かつての銅山の「小坂鉱山事務所」。その豪華な作りには言葉もない。

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★上に隣接するのは「康楽館」明治の芝居小屋。今でも芝居が行なわれ、時には人気の歌舞伎役者がくることもある。和洋折衷のモダンな芝居小屋で国の重要文化財だ。

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★「大湯環状列石」大小の川原石を円形、楕円形、菱形に組み合わせた複数の配石され、環状に連なっている。特別史跡になっている。

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★「花輪ばやし」幸稲荷神社に奉納される祭礼囃子。豪華絢爛な屋台は人々の目を釘付けにする。8月中旬に行なわれ、道の駅「あんとらー」に普段は展示されている。

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まだまだ紹介したいところだが、旅の土産話に代えての報告としたい。

みなさ~ん、「秋田」においで下さいsmile

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大きな月、きれいな月

朝からポカポカの陽気sun今年はこんな日が今後あるのだろうか?そんな疑問を抱かせるような青空sun驚くような初冬の天気だ!所謂「小春日」だ。

2階の書斎は北向きで、出窓に置く観葉植物は日が当らない、こんな天気はもうないかも知れないので、子ども達の部屋だったひとつに移動し並べた。ここは息子の部屋だった。遊びに来て1泊するとき等は、ここに息子家族が寝る。ネコの遊び道具もここにある。

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外に出ればもう早いサザンカが咲きだしている。俺はこの花を見ると思うのだ。他の花々は暖かくなれば花芽がひらくと言うのに、サザンカは寒くなり出すと花を開く。この花の習性には驚く。よりによって冬になれば、わが春のように咲くのは驚きである

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だから、俺はこのサザンカを見ると力が湧いてくるのだ。こんな花であっても、寒さに負けないで咲く花だ、俺だって泣き言を言ったりしていけないのだ、寒いとからだを縮めてはいけないのだ!サザンカは俺にそんな言葉を投げかけてくるのだ・・・

まさに逆境に耐えて咲くような感じになって見入る・・・

十月さくらもまた数輪咲きだした。今年は枝を切ったりしたせいか、9月の下旬に多くの花を見せた。それなのにまた咲き出している。可愛いほどの小さな花びらの花だ。何だか愛しくなってくる。

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以前、誰かの手紙であった・・・3月の子ども達の卒業のシーズンだった。冒頭の気候の挨拶に・・・「小春日」とあって驚いた。3月が小春sun?俺は驚いた。本格的な春にはまだ少し、そんな意味で書いたのかも知れない・・・が。

そんな時候の挨拶?が、きょうも届いた。まちの大きな会社からの、育苗土の注文案内だった。ところが冒頭に「余寒の候」とある。寒さにはまだ間があるという意味で使ったのか?驚くというより、呆れてしまった・・・m9(^Д^)プギャー

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正しく驚いたのは今夜の月。スーパームーンだfullmoon。いつもの満月からすれば、30%大きく明るい月らしい。なるほど眩いいばかりのfullmoon。東京では雨らしいし、西日本ではこれを見ることが出来ない天気だったようで・・・

申し訳ないというような気持ちで、何回か外に出てfullmoonを観た。さらには、その月に向ってcameraのシャッターを切った・・・どこかしら神々しくもある今夜のスーパー月であるfullmoon

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のんびりと、ゆっくりと・・・

今月の短歌会の例会は、やや早いのだが忘年会も含めた温泉での歌会にした。今後、雪があったりすれば、車での遠出は厳しいのでその前にと今回行なったものだrvcar参加者は8名、それぞれがAさんの車と俺の車に分乗して出発だrvcar

温泉は大湯温泉、秋田県の最北にある鹿角市にある「ホテル○○」、俺たちはまちを午前9時過ぎに出発。今回は高速道を利用しないことにした。わがまちは秋田県の最南端だ。従って、秋田県を対角線状に走る。往復の運行距離は約500km!

高速道を利用しないのは訳があった。行く先々には「道の駅」がある。そこには地元のおいしいもの、珍しいもの、特産物がある。だから、それも堪能しようという狙いもあった。

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ましてやホテルのチェックインは午後4時だ。だからのんびりと、ゆっくりの過ぎ行く晩秋の光景を追いながらのドライブrvcarのようなものだ。

あるある・・・キチゴを特産にしている「五城目」、ホウズキを特産にし、今人気のバター餅の「上小阿仁」、鶏が改良されたかつての「比内」、比内地鶏の本場、そして、鹿角に入ればキリタンポ、それにりんごapple

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品種「世界一」もあった。まるで小型のスイカのように大きい。こうして、予定通りにホテルに午後4時チェック・イン・・・

このホテル、若い時分に集落の農事組合の夫婦同伴の役員旅行で泊まったことがあった。あの頃は農業に張り合いがあった。しかもチームワークが良かったことから、役員は奥さんを連れての慰安ドライブをしたのだ。米の出荷を終えて、やはり今頃の時期だった。総勢で10人、今ではとても懐かしい思い出のひとつになっている。

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ホテルを鮮明に覚えているのは、ホテルに入ってのこの庭の景色。決して大きな、豪華なものだとは思わなかったのだが、先ず飛び込んでくるように作庭していることが、印象深かった・・・

思い出の残っているこのホテル、早速、先ずは歌会。今回は1首づつの出詠、欠席されたかたの歌もあるので10首の短歌。合評しあったあとに、俺の講評と添削などをして歌会は進む。

   いくつかの傷痕(きづ)見せつつも上流に頭の向きを変へなき鮭は

約1時間半・・・・book

6時からは、最大の楽しみの「懇親会」bottlebeerwineも呑み放題・・・隠していたのか、女性の皆さんのコップの動く。実は今回の参加は、女性が5人、男性が3人なのだ。酒が入るとむしろ女性が活発だ・・・

フラダンスショー、オカリナに合わせた合唱・・・会員の中ではそうした別の会に入ってもいるのだ。更には踊りの師匠もいて、あれ?きょうの会はなんだっけ?と思うような芸人の一座でもあった???

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俺なんかは呑む芸しかない!それでも酒が入るとワクワクしてくる。karaokeを出されて、その気になって、氷川きよしの「哀愁の湖」を・・・もう恥じも外聞もなく、芸能一座の一員として・・・notes

2次会は女性の部屋で・・・またまた8人が・・・???

大浴場に入ったのは11時頃??露天風呂に入って、下着を着てから友人に電話。丁度大きな椅子があったので、それも寝転んで・・・そうしていたら、「お客さん・・・」と警備の方が見えて、「すみません、ここの浴場は午前12時で終わりなんで・・・」

まあ、そんな時間とは思っていなくって・・・また失態だ。

このようにしての行程、短歌会、懇親会、長電話になったが、このあとは先々に立ち寄ったところなどを紹介させて頂こう・・・のんびり、ゆっくりの話を。

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秋の日の縁側

朝の小雨が止んで時折日も射す・・・穏かな1日となった。

我が家の縁側には、この前の寒さから守ってやるために、「センリョウ」「マンリョウ」「君子蘭」を縁側に入れた。我が家の窓は昔風の建物だから窓が大きい。しかも2重の窓、ここも断熱サッシにしたいところだが・・・

002 家の中は明るいのがいい、従って窓を大きくしているのだが、当然ながら断熱が低いし、窓拭きも大変だ。しかも、上述のように2重・・・

妻から小言を言われるのは当然の事だ。2重の窓でも、熱は窓の枠から逃げると言われている。

今のアルミの窓の枠は半分が樹脂のようだ。しかも厚いガラス、早くここも断熱サッシに・・・

俺の夢はこの縁側に座って本を読むこと、傍らにネコでも居たらなおいい!ネコをやめては随分と経つ。

犬を亡くしたのは7年前のこと・・・

今のように忙しい日々を送るとは思ってもみなかった。きょうもこの穏かな日をよそに、午後からは秋田市での研修会に出た・・・

希望が叶うのはいつになるやら・・・

そんな俺をまるで笑っているような・・・「こけし」。妻と3年前に行った「銀山温泉」で求めてきたもの。何とも愛らしく、しかも着ている秋物に惹かれて・・・

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センリョウもマンリョウもここまで半日陰の場所で育てて来た。これからは日を受けての弱いし、更には窓越しにsun故、ここで来春まで過ごしてもらうことになる。

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明日は短歌会の仲間で鹿角まで行く、秋田県の端から端に向う事になる。対角線上にrvcar8人が行くdash

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冬迫る日本海

選挙戦の終ったアメリカが揺れているようだ。一部は暴徒化し荒れているまちもあるという。結果に驚いたのは俺ひとりでもあるまい。全く政治的な経験のないひとりに、国の将来をたくしたのだから、期待する者、不安にかられる者、様々に交錯しているようだ・・・

日本にも遠からずその影響は出るだろう。良きにつけ悪しきにつけ、少なくとも向う4年間は新大統領を静観するしか俺にはない。いづれにしろ平和な秩序ある世界であってほしいと願うのみである。

所用があって「飛びの崩れ」付近を通った。そこにあるのは「波除石垣」が海岸に積まれている。「なみよけいしがき」といい、国指定の史跡になっているのだ。撮り方が下手なので、鮮明ではないが、近世における海岸部の保全や農地開発の歴史を考える上で類例の少ない貴重な土木遺跡ということだ。

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写真の下部にそれは延々と積まれている。案内によれば、江戸時代に建造されたものだと書かれている。築造の目的は、荒ぶ日本海からの波浪から海岸を保全するとともに、波浪や強風による塩害から農地や農作物を守り、さらには北国街道の決壊防止と風波を防ぐことにあったと記されている。

このことは、19世紀前半の作成と見られる「由利南部海岸図」に克明に描かれているそうだ。言わば、いつか記述したような当市の「温水路」と同様、先人の知恵が原点にあると思う。

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冬の日本海は荒れる。もう少しすれば波の花でいっぱいになる。波の花とは、海水が北風に煽られて泡となるのだ。それがそこらじゅうに飛び、まるで花のようなことからそう呼んでいる。北国の名物にもなっている。

さて、この波除石垣、この石垣は自然石を積み上げたものだ。石は30~50cmの石を用いて堤防のようにしている。重機などいっさいなかった時代だ、海に真向かう先人の魂とも俺には見える・・・

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波の砕ける遠方には男鹿半島も見えた。きょうも荒れている日本海だが、この荒れによって秋田の名物のハタハタは接岸する。今年は鮭が不良だったという。北海道では近年にない不漁だったと聞く。果たして、ハタハタはどうか!漁民はこの荒れにハタハタの大漁を期待している・・・

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    「波除石垣」については、現地の案内板から書き抜きをした。

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母の退院&施設への入所

三日前の事だった・・・一個だけなっていたカリンが落ちていた。今年なったのはその一個だけだった。他に小さな実が一個だけの我が家のカリンだった。日当たりのせい?受粉がうまくなかった?その大事な一個がdown

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落ちたのはきょうの寒さを予測してあったのかも知れない。そろそろ潮時と思って落果したのかも・・・秋田県では、きょう初雪が確認された。当市にあっては一時「霙みぞれ」があったものの、時々は日も照った・・・しかし、風が冷たかった・・・typhoon

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このカリン、近々に「カリン酒」になる・・・

もう我が家の実が加工されたものもある。それはサンシュだ。こちらはいっぱい実がなった。庭木の1本、鉢植えの2本から・・・

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このサンシュはシロップに・・・

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こうして秋の実は、翌年まで我が家を楽しませてくれる。

     

寒いきょう母が退院した。98歳の母の退院であるhospital今回は、今年2回目の退院で今回の入院は約三ヶ月。ところが病状が改善したので、退院したのではあるが、もう寝たっきりの状態で、直ぐに施設に世話になることになった。

歩けない、手も動かせない、物も硬いものはダメ、そして認知症も進んで介護度が「5」、もう誰も分からないし、言葉も出ない。これでは家での介護は無理なので、これまでディサービスで世話になっていた施設に入ることに・・・

母には認知症の他には障害がなかった。それが入院したら・・・俺は正月に宇宙飛行士のように自宅の中を、手摺りをつたって歩いている「母」の詩を書き、新年文芸で2席になった。その母が・・・

入院したらもう気力がなかった。何もかにも病院ではしてくれる。食事も食べさせてくれる。だからただただ眠っていた。それがトシと言うものか。だから、病気は改善してももうからだは自分のものではないかのように俺にも見えていた。入院前までは、すべて妻が介護をしてくれていた。しかし、これ以上の介護は自宅では無理な話だ。

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施設に入ったら間もなく昼食だった。母に食事の世話をしてくれるのは若い男性だった。彼はニコニコしながら、声掛けながらすべて砕いたものを口に運んでくれた。周囲も似たような人たち・・・

涙が溢れてきた・・・部屋も見せてもらったが、廊下は「明治通り」とか「大正通り」とか、また、部屋は4人部屋で表札には「福沢家」とか「大隈家」とかになっている。新しいこの施設、家での窮屈な生活よりは快適だろう、母の新しい生活が始まった。

反応のないまったくない母、何をしてもらってもただただだんまり・・・こんな母を100歳までは生かしてあげたいと言う俺の妹・・・施設の職員もそう言った。でも、俺だったらもうこんな状況では生かして貰わずともいい、妻にはそう言っている。できるならカリンのように時期になったら、ポトンと地に落ちたいものだと・・・

生きていることさえ知らず、何も分からず、ただただ呼吸しているだけではどうなんだろう。難しい問題だ。母を退院させ、母を直ぐに施設に預かって、施設に入っている人たちを見て、そこで働いている人たちをみると、長生きとは幸せなんだろうか。ふと・・・考えてしまった。

玄関前のリンドウが、きょうの寒さに震えていた・・・

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わがまちの伝統野菜「かなかぶ」

友人に秋田の香りを少しお届けしようと、その一品に「かなかぶの漬物」を入れた。江戸時代から伝わっているという”幻の漬物”と言われるものだ。一時、途絶えつつあった「かなかぶ」今ではやや復活してきているものの、生産量は極めて少ない。半面、自然食品とのことで、人気が上昇し店に並べていると早期に売り切れるという。

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俺たち百生倶楽部でもかなかぶを生産し、仲間で一度分け合えば残りは隣りの集落でかなかぶの漬物をしているTさんに売却していた。ところが今年の俺たちの栽培面積は少なく、Tさんにはまだやってはいない。Tさんの「かなかぶ漬け」は、総理大臣賞も受けたもの。今回、友人にそれを入れてやりたかったが、Tさんのものは直ぐに売り切れてしまい、もうきょうもなかった・・・

生産量が減っているのは、生産までが大変な作業があるからだ。夏の暑い時期に藪を刈払い、その後、火をつけて焼く。今は焼くにあたっては、市役所の許可も要るのだ。

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焼いたあとには播種、それから約2ヶ月で収穫だ。勿論、手で取るしそれを水で洗う。漬けるとなると、茎等切ってからさらに1本づつタワシで洗う。こうして白いかなかぶとなる。

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漬けるにあたって、隣接のまちではかなかぶの皮をむいて漬ける。ところがわがまちではきれいに洗って皮は残す。それはこのかなかぶの特徴は”辛味”があることだ。その辛味は皮と肉の間にあると言われているので、わがまちのは皮を残している。

漬けるにあたっては家々でも多少違う。我が家では、かなかぶ4kgに酢1合、酒1合、塩1合、砂糖800gにしていて、漬け込んでから3~4週間で出来上がる。見かけはあまり良いとは言えないが、食べたら虜になるだろう、特に大人の味として・・・

さて・・・もう少し「かなかぶ」について記述させて頂こう・・・

生産されるかなかぶ、いわゆる長かぶだが、上述のように焼畑によって栽培される。そのことから「火野(かの)蕪」とも呼ばれ、それが転じて「かなかぶ」になったとも言われる。主に漬物だが、俺は味噌汁も好きだ。大根と違ってかぶの”味”があるのだ。

特徴としては、古くから焼畑で栽培されて来た在来種、しかし、実は洋種系の白長かぶ。生育期間が短く、播種して60日前後で収穫出来る。根長が15cmほどで収穫するが、自家採種のため、根の形は一定でない。

勿論、無肥料・無農薬のまったくの自然食品だ。

また、一度焼畑をすると7~8年は間隔を空けねばならない。食感はサクサクした歯ざわり、また、辛いのが最高だ。こうした伝統野菜、何しろ手間ひまがかかること、暑い盛りの中での作業、それも鎌、鉈も使うし火もつかうので危険でもある。

でも・・・

食べるとやみつきになる。俺も若い頃はなんだこんなものと敬遠していたことがあった、が、春にはフクダチとしても食べられる。その時は雪の下になっているので、辛味から旨味に変わる。

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皆さんも機会がありましたら、是非ご賞味下さい。

今夜もお付き合い頂き有難うございます。

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小春日の”立冬”

きょうは「立冬」。言わば、きょうからは暦の上では”冬”だ。秋田県内の道路管理をする施設では、除雪車の点検や出動式が行なわれた。道路の北側には、既に防雪柵も設置されている。いよいよ厳しい冬の到来となるヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

ところでそのきょう・・・

朝から雲ひとつない空sunささやかな風には肌寒さを覚えるのだが、こんな天気は有難い。今年はこんな天気はあと何日あるやら?明後日はどうやら「雪snow」になるらしい。これからは、家の中で過ごし日が多くなるだろう・・・

叔母さんから電話があった。柿を捥いだがいらないかとのこと。妻はいつも届けられる従兄弟からの柿を当てにしていたが、まだこない。今年は忙しくて捥いでる時間がないのだろう、そう思って俺は叔母さん宅に行ってもらって来た。それも大きなダンボール箱にふたつだ。

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帰宅したら・・・「今、従兄弟が持ってきてくれた」と柿が1箱。これでは多過ぎる。でも、捨てる訳にもいかない。誰かもらってくれる人でもいないかと思うのだが、渋抜きをしたものならほしい人もいるだろうが・・・

仕方なく、妻は・・・焼酎での渋抜きを、また、干し柿にと頑張った。でも、もう1箱ある。何でもそうだが、作るのは難儀しても食べるのは数分で終る。1週間後になれば、渋抜きしたものは食べられるだろうが・・・

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干し柿にされたものは、ベランダに下げられた。それがきょうの良き小春の光りに輝いている。出来上がれば、今度はそれを娘や親戚に送る。正月用にまたまた忙しくなるだろう妻である。

隣り家の大根も干されている。我が家の大根はまだ土の中だが、柿の処理が終れば今度は大根干しが待っている。漬物用、越冬用と振り分けられて、その後は俺の腹に収まるのだ。

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明後日の雪の予報ではあるが、根雪はまだまだ先のことだろう。でも、いつ雪があっても対応できるように、スタッドレスタイヤは準備している。

玄関に飾っている、佐藤元彦さんの日本画「鳥海山の秋」もそろそろ仕舞おうか。在職しての最後の給料でこの絵を求めた。以来、花を色紙に毎年2枚づつ書いて頂いた。月々に色紙を替え様と俺の好きな花の絵を!

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外の花も数少なくなってきた。だから、せめて家の中には花の画を・・・飾りたいものだ。 

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「絵本の部屋」とダリア

似た者同士とはよく言ったものである。俺も案外黙っていない日々が多いのだが、妻も結構出歩きの多い方だと思う。しかし、これまでは母の介護にあってそれも出来なかった、が、母は現在入院しているので、3日置きにhospitalに行く。だから、自由な時間も以前よりは増している。

フラワーアレンジ、耕心大学(年配者向けの学習)、ふたつの学校への読み聞かせ等々、俺も負けるほどの日程が控えている。

結婚の頃、俺は約束をさせられたことがひとつあった。それは、「絵本の部屋」を作ってほしい、そのことであった。仕事柄絵本と向き合う日もあっただろうから、退職したら絵本の部屋を開いて、地域の子どもを呼んで絵本を読んでやりたい・・・そう思っていたようだ。

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平成8年、まだ在職中だったが、地域の祭典の当番所を引き受けることになって、屋敷にあった土蔵を解体した。そして、そこに2階建ての建物を立てた。階下は納屋・物置、2階には車庫(2階と道路が平ら)、クローゼット、一角には8畳の部屋を作った。そこを絵本の部屋として、もう何冊あるだろうか、書棚に絵本を並べ、人形を飾った・・・

農作業のある時期は開催出来ないが、一通り終ったので、今年の絵本の部屋」を昨日オープンした。これから3月まで月2階のペースで開く予定のようだ。部屋の名は「ひなたぼっこsunオープンには8人来られたようだった・・

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俺はかなかぶを取ったあと、トントントンとドアをノックして入ると、隣りの村からも来ている。退職後のこうしたボランテアもいいものかも知れない。そう言えば妻には在職中に受け持った子ども達から、今でも年賀状等届いている。

俺などは朝から数字と睨めっこしていたようなものだから、そんなホットな年賀状等来ない。地域外の小学校にも”読み聞かせ”で歩いている妻だ。出来る力があったら続けてほしいし、このあとも俺は応援しようと思っている。

さて・・・こんな華やかな花の紹介は、今年はもうないかも知れないので掲載したい。

秋田空港の近くに、「雄和国際ダリア園」がある。世界14カ国の約700種のダリアが、6000株植えられていて、ここにも俺は毎年いくのだが、今年は10月半ばに行った。ここでは8/上~11/上までオープンしているはずだ。だからそろそろ終わりだろうか・・・

彩りの鮮やかなダリアをいくつか、紹介させて頂く。

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「百生倶楽部」の仲間たち

仲間たちとの呑み会だった・・・気のあう仲間だけに、酒量も進んだ。それに汗したあとでの呑み会だから、美味しい酒の会だった・・・

先ず向かったのは、小学校の田んぼだ。子ども達と制作した「かかし」を撤去するためだ。ほぼ3ヶ月、地域の方々に親しまれ、子ども達の元気な姿を見守った。そのかかしも、間もなく来る冬を前にしての撤去となった。

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そのあとで・・・

夏に藪の刈払いをし、種を蒔いた「かなかぶ」の収穫。

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今年の出来はあまり良くない。雑草が繁茂し、生育がイマイチのようだった。それでも、自然農法で作った、「郷土野菜」のかなかぶ。所謂、伝統野菜といったところ。

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肥やしもやっていない。勿論、農薬の類はいっさいつかっていない。親指くらいの太さ、ウインナーのような大きさ。土からはみ出しているのは、小型の大根のようなもの。でも、味はまぎれもなく”かぶの味”

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そして何といっても特徴的なことは、辛いのだ。実はこの辛味が一番の特徴とも言える。この後、漬物にするのだが、この辛い味が好まれ、俺も大好きなのだ。

あまり良くないといっても、計量すると「約40kg」。これを仲間で分けた。多少、家々で味は勿論違うのだが、辛味だけは同じだ。

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収穫終えて記念にパチリ・・・

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百歳まで頑張って生きていこう、俺たち百生倶楽部の面々である。

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「あおこ」が届く

天気予報は大きく外れて、日の射す1日となった。ただ・・・寒いヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ俺は、県内での研修に参加した。バスの中では久々にザードの音楽を聴きながら・・・busそのことは今度の機会を見て書かせて頂くとして・・・

帰ったら、いつもの知人から魚が届けられていたfish「あおこ」だ。鰤の手前の魚をこう呼ぶ。それとも「はまち」というのかも知れない。この魚、脂がのってて美味い。それも7~80cmもある。

俺は美味しい魚にありつけるので嬉しいのだが、捌く妻は大変だ。頂いたことに感謝はしながらも、2人家族にこの大きさの魚にはため息が漏れた。しかし、それでも頑張って捌いてくれた・・・

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包丁はこの間の”出前商店街”で磨いでもらったので、切れ味はすこぶるいいようだが、大きな魚を捌くには”力”もいる。俺は見るだけで、ボールを出してといえばハイと出し、妻の指示に従うしかない。

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魚の半分ほどは刺身にした。そして、ザッパは・・・

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ザッパ汁にした。この魚もこのように骨付き魚肉というか、ザッパがとても美味いのだ。特に頭等は本当にうまい!かこつけて俺のビールは進んだが、これが本当の酒の肴とも言えるだろう・・・smile

新聞の一面には、文化勲章などの様々な叙勲の記事と写真・・・これまでの努力が評価されたのだから、祝意をはらうのは当然なんだろう。しかし、へそ曲がりの俺は必ずしも評価しているわけではない。

例えばこの間はノーベル賞が発表された。その中でも、物理化学の賞などは医療に貢献する発見や発明であるので、受賞もわかりそうだ。しかし、他の賞だと政治的に絡んだものだと素直に祝福はできない。

今回の秋の叙勲でも、何でこんなことが受賞の理由?と思うのもある。その選考も耳にしているからだ。何でも自治体に順番で該当者を探すというのだ。それに、業務精励などは、皆おこなっているのではないか。あえてそれが受賞の対象なのか・・・

まあ俺には縁のないことだし、どうでもいいのではあるが、人間が人間を差別化、仕事の差別化しているとしか、俺は思えない。

こんなことを書くのも、刺身でbeerの量が増えたせいなのかも・・・飲兵衛の愚痴として、今夜はお許しを人( ̄ω ̄;) スマヌ

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みんなが主役!

俺たちの時代は「学芸会」と言っていた。今は「○○小祭り」或いは「学習発表会」と言っている。きょう地域の小学校で、○○小祭りが行なわれ、妻と俺は案内を頂いた・・・

統合して2年目の小学校、子ども達はすっかりその環境に馴染んでいて、違和感をまったく感じさせない。しかし、大人たちはどうっだたのか、俺には多少の違和感は正直あった。俺たちの母校はここではないと、なかなかすんなりとは氷解ものが正直あったのだ。

午前8時20分、それは始まった。オープニングは太鼓、そして、子どもの御輿が登場し、会場内を1周した。

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そして・・・いよいよ発表会が始まった・・・体育館は地元の方々、両親や家族でいっぱいだ。体育館がこんなにいっぱいなるなんて久しぶりの事だ。俺たちのころは、家族が朝早く場所取りをし、5段重ねの重箱の入った木枠の持ち物を持っていた。中には稲荷寿司、ソーメン、卵焼きや煮漬物等入っていたものだったが、今となっては懐かしい・・・

発表は2年生から始まった・・・テーマは「まちたんけんほうこく」。地域の名人を尋ね、地域との関り等の発表だった。次は3年生の「わがまちの宝物」として、牧場での体験を劇と音楽で表現したものだった。1年生は「くじらぐもとぼうけん」で、雲になったこどもたちの可愛い仕草に歓声が上がった。

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4年生は、鳥海山とブナの木を通して、自然環境の保護や地球の温暖化を3部構成で表現、5年生のテーマは「命・生き方をみつめて」だ。4年生にしても、この5年生にしても、その内容は重いものだけに、俺は「凄さ」を感じた。

俺たちのころは、唱歌や合奏の演奏、劇も民話等が素材であったのだが、隔世の感を感じた。踊りにしたって今風のリズムのラップ等、歌にしても今風のものであり、正しく現代版。

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さらに思うのは、「皆が主役」で特別な主役はいないことだ。きょうは「劇」だけの発表はなかったからだろうが、例えばヒーローというか、主役がいないのだ。実はこれまた、俺たちの時代とは大きくことなっていると思った。やはりここにも隔世の感だった・・・

6年生のステージは、これからも全力で、努力をし、勇気を持って前進しようという勇気の物語だった。1枚の「0点」のテストが、時代にタイムスリップし、時の歴史上の人物にあい、勇気を頂いてくる。そんなストーリー、あと4ヶ月あまりで進級する、その決意も出ていて応援したくなった・・・

こうして約3時間の子ども達の発表は終った・・・

その子ども達・・・物怖じする子もいない。俺たちなどは、ステージでは胸がドキドキ、緊張したものだが、今の子ども達は観客に向かって「scissors」、家族に向かって「scissors」と度胸も据わっているとみた。頼もしい子ども達である。

子ども達のラストステージは「全校合唱」、全員の子ども達での合唱だった・・・

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どの子もきょうは自分の立場を理解し、緊張感も見せず、それぞれ素晴らしい発表であったと思う。ただ、俺の希望であるがやはりゆっくり聞かせるものがあっても良かったのでは・・・例えば「里の秋」「もみじ」等・・・地元の方々を招いているのだから。

きょうは子ども達の発表が終ってから、地域にプレゼントとして、「ブラボー中谷のマジックショー」が行なわれ、喝采を浴びた・・・

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マジックの合い間の話も良かった。自分は入院中に子ども達にマジックを見せたら喜んでくれたので、30歳を過ぎてから会社員を辞めてマジシャンになった。マジックでラスベガスの舞台に立ちたいと夢見ていたら、実現した。だから、年齢が云々ではなく夢を持って生きよう、夢を持って生きればいつかは花開くのだ・・・と。

彼は本県で活躍中のマジシャンだ、”いかさまマジシャン”と自称しているが、生き方・考え方には共鳴する部分がある。子供達にもそうした生き方をして欲しいが、おれ自身もまだまだ老いてはいられないと自らにムチをうったところであるdelicious

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日本一の雪見灯籠を見た!

ここの庭園の象徴とも言うべき「雪見灯籠」。写真ではその大きさも実感できまいが、後方に写っている人をみれば凡その想像は出来るのではないか。この灯籠の高さは約4m、笠の直径が約4m。この笠は面積にして、八畳間に匹敵するほどだ。

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以前は、観光ガイドとともにこの灯籠まで行けてあった(今は傍まで行けない)。傍に行くともう見上げねばならなかった。さすが4mの高さには驚いたものだ。おそらく国内最大級の灯籠であるようだ。

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ここは秋田県大仙市にある、国指定の名勝である。名を「旧池田氏庭園」という。俺はここも例年訪れているのだが、今回は10月31日、会議が早く終ったし、生憎の雨だったから出掛けた。我が家からはrvcarで凡そ1時間45分位か?

この庭園のもうひとつの目玉は「洋館」だ。秋田県では初の鉄筋コンクリート造りと言われる。当時、ここは私設図書館として、地域の青少年に開放されていたようだ。壁紙は国会議事堂の一室にも使われている「金唐革紙」、外壁は白磁のタイル張りだ。

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ここ仙北市は秋田県でも有数の米所だ。夏になれば大曲の花火として有名なまちだ。ここに東北の三大地主と言われた秋田県の池田氏。本家屋敷は約4万2千平方m、酒田の本間家、石巻の斉藤家と並んだ地主だった・・・

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造園を設計したのは長岡安平氏、大正時代の初めころに完成したようだ。建物は現在復元中のものもあって、地主・池田氏の旧宅の全ぼうが明らかになる日は遠くではなさそうだ。

庭園のパンフによれば、所有田畑1,200町歩、小作人は1,250人だったようだ。1,200町歩と言えば、旧わがまちの全水田面積だから、池田氏の勢力がいかに強かったかお分かり頂けるだろう。

ただ、地主がこれだけの面積を所有していては、小作は本当に大変だっただろうと推測される。汗してあせしても、地主に小作料を納めて、果たして人間らしき生活が出来てあったのか・・・否、計り知れないことがあったのだろう・・・

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きょうは夕方に鳥海山が全容を見せてくれた。今年はあと二ヶ月となった。このあとは時雨れる日が多くなり、場合によっては雪があるかも知れない。道路の防雪柵が上げられていた。俺はrvcarのスタッドレスタイヤを買いに行った。

雪国でなければこのような出費はないだろう。日本の中でも、生活を考えれば雪国はハンディが大きい。まるで地主と小作みたいなものか。きょうの日はsun勿体なく、俺はチューリップの球根を植えた。プランターの6個に・・・これで春咲く花の球根は植え終わったことになる。

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一足早い「七・五・三」

きょうから11月、そして肌寒い天気・・・秋田はもう初冬という感じだ。そんな中で、息子の長女の「七・五・三参り」を一足先に行なった・・・

神社に出かける前に、写真屋で記念撮影・・・先ずは念入り?にお化粧を・・・

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こんな光景を見ると・・・「女の子はいいな~」って思う。華やかさがあるのだ。そして、お母さんの言う事を良く聞く。写真屋さんの言う事も良く聞いて、撮影はうまく行なわれたようだ。キャーキャー笑う声も聞こえた。当然ながら撮影室には俺たちはban

本来であれば、こうしたお参りはいわゆる「数え年」でやる。しかし、子は1歳とも言えない。少し物ごころついたころにということで、きょうは「満3歳」ということで、七・五・三参りを行なった次第。

きょうは平日とあって誰もいない。実はそれを狙って早目に行なった。ただ、神社ではもう先月から受け付けて行なっているようだから、きょうが特段早いと言ったことではなさそうだった。

神官の祝詞・祈祷があって、嫁さんの両親、われら夫婦もおわりにお神酒を頂いた。そして、神社での記念撮影cameraカメラを持つと、息子はじめ子ども達のそれぞれの七・五・三が脳裏をめぐる・・・

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ファイッダーから息子を見ると、頼もしさは勿論、よく笑うようになったと思う。これもいい嫁さんが授かったおかげだろう・・・幸せそうな息子を見ると、目頭があつくなって込み上げるものを感じた・・・

仕事もあって息子家族と同居できない寂しさはあるのだが、それを望むのは老夫婦の我がままということだろう。息子には、ひとつの夢を奪い取ってしまった俺だ。1時間ほどで、いつでも会える距離だから、我がままを表に出すわけにはいかない。

でも・・・よく考えたら案外これでいいのかも知れないとの思いも在る。いくら親子とは言え、いくら仲が良いとは言え、同じ屋根の下で暮らせば、何らかの考え違いはでるだろう、だったら、違う屋根で生活しているのが良いのかも・・・???

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お参りを終えてから、嫁さんのお父さんと bottleこれもまたいいものだ。息子は酒を呑まないので、おやじ同士・・・しばらく楽しい時間を過ごした・・・

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