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2016年10月

我が家の”ハロウィーン”

東京の渋谷あたりでは、大変な混雑になったとか。警官等も出て警戒にあたっているというニュースが報じられていた。きょうは「ハロウィーン」なのだ。

調べてみるとハロウィーンは、古代ケルト人の収穫祭や悪霊払いの儀式から始まったとある。しかし、今ではアメリカを中心に晩秋の賑やかなイベントとして定着したようだ。中でも日本である。経済効果もバレンタイン並みとの見方もあるようだが、何ゆえに熱狂するのか?俺にはよくは分からない・・・のだが???

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それが秋田県でも、特に子ども達のイベントとして色々と行なわれているようで、新聞にも紹介されている。昨日は五城目町でも行なわれたらしい。子ども達は、魔女や悪魔、さらには吸血鬼などに扮して、「菓子っこけねばあぐだえるど・・・」と歩いたと。

混沌としている今日、面白そうだから・・・自分もわれを忘れて・・・ハロウィーンになじむのも分かるような気もする。この行事は宗教色が薄いと言われてもいるようだから、多いに楽しむのも悪くは無いのかも知れない。

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きょうは老人ふたり暮らしには何も関係ない・・・そう思っていた。ところが・・・ふん装したわけではないが(´,_ゝ`)プッ、食後に「はい、ハロウィーンだから」と妻はケーキを出した。あまり深く考えないで素直に食べた俺だったナ・・・

妻はこれまで子どもに係る仕事をしてきた。そのせいだろうか。色んな行事を家でも小まめに行なっている。そして、纏わる飾りもそこここに飾る。きょうはトイレにも居間にも洗面所にも・・・飾っているeye

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従って、我が家もそれなりのハロウィーンの雰囲気だ。365日のうちの1日、そんな騒ぎもいいのかも知れない。ところで・・・俺だったら何に扮するだろう・・・そうだ!過去に遡る騎士になって、初恋の人に会ってみたい。

昨日は「初恋の日」だった・・・島崎藤村が「こひぐさ」として、初恋の詩を発表したことに由来するとか。その初恋、俺は酔ってカラオケに行くと歌ったりする。あの舟木一夫の「初恋」を・・・

小学校の5年生の頃だったか、どこしら胸の中に芽生えるものがあった、あれが俺の初恋だったかも知れない。同じクラスながらほとんど話したことがない。その人は自衛隊に入り、退職後は○○県に住んでいるとか、この間その人のお兄さんと会うことがあったので、そっと聞いてみたのだ・・・

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話が大幅に逸れてしまった・・・

皆さんはどんな2ハロウィーン”だったのかナ~

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伊藤  様へ

伊藤様・・

こんばんわ!コメント有難うございました。「とっておきの場所」での回答は出来なく、さりとて伊藤さんに知らせる手段も分からず、この欄を利用させて頂きます。

俺は小出で農業をしている身です。きょう冬師湿原に行かれたのですね・・・天気も良かったので景色も良かったことでしょう・・・

さて、あの場所は上坂から山に入っていく道路があります。そこの一番奥が「大潟溜池」で、毛越寺のような感じの写真です。実はそこに行く途中にあるのが、4枚目、6枚目の写真です。今では芒に覆われ、さらに道も悪くて、なかなか接近できないのですが、あの沼には枯れ杉が立っていますし、夏にはコウホネの黄色の花が咲くんですよ・・・

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「あがりこ大王」に会いに行く・・・

今週はほぼ1週間「rain」マークの予報である。だったら・・・俺は軽トラに乗って出掛けたdash目指すは「あがりこ大王」だ!

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木道は奇形のブナ林を縫うように繫がっている。まるでモンスターのような樹姿だ。

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その木道にも散った紅葉が・・・

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そして、とうとう「あがりこ大王」に到着!!

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ここはわがまちの貴重な自然の宝庫。中島台レクレーションの森「獅子ヶ鼻湿原」だ。俺の家からは車で15分の場所にある。最近、ここを訪れる人が急速に増えている。ここで会った方に話を聞いたら、鶴岡から来たと言った・・・

この一角には鳥海山の伏流水が湧いている「出壷」という場所があり、また、世界的に貴重なコケが清流にある「鳥海マリモ」がある。ただし、ここのマリモは丸い藻ではない。一面に緑に覆われていて、これを名づけて「鳥海マリモ」だ。

さて、「あがりこ大王」である。この木は樹齢約300年、幹廻りが7.62mあり、日本一の太さを誇る異形のブナだ。周囲は木道で囲っており、木に負担をかけないようにしている。しかし、衰えも見えており今後どのようになるのか、懸念されている。

周囲もブナが群生しそれぞれ異形のブナ。でも、他のブナを圧倒するような大きさには、威圧されるような感じにさえなってくる。やはり「大王」との称号はぴったりのように思う。

然らばなぜ?このような異形に???一説にはブナが薪として切られた、その繰り返しで異形になったというものだ。事実、近くには古い石造りの窯が残っている。そうだとするならば凄い生命力と言える。

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それを思うのは我が家の庭にもある。木から種がこぼれたのか、あっちこっちとモミジが芽を出している。中には鉢にもあって、紅葉しているものもある。俺はこうした幼木を見ると、愛おしくなって鉢に植えてやる。鉢物が増えるのはこうしたことにもある・・・

ここでも植物の生きる力を感じてしまう。人が種を蒔いてもなかなか芽が出ないのに、こぼれた種は生えてくるのだ。思わず”種の保存”という言葉を思う。今朝のNHKの「自然百景」では、海の魚の生きる姿を追っていたが、山にも同じことで改めて動植物の「生きる力」を俺は見た!

       <写真はクリックすれば拡大します>

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被爆国として・・・

急激に寒くなって来た・・・俺の部屋は17度、居間は断熱効果があってか21度だ。昨日はうっすらと鳥海山が見えていたが、もう中腹まで白くなっていた。初冠雪は一時解けてあったのだが、確かに秋は深まっている。

文化祭に短歌の色紙を出品するために、不足している色紙額の購入のため、由利本荘市に出掛けた。今年は短歌に3名増えたので、その分の買出しに出たのだ・・・途中に見える日本海は大荒れだった・・・

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今後は加速度的に冬に接近していくのだろう・・・

我が家の裏口の方の庭木が、この間植木屋さんが来てくれてきれいに整った。寒くなる時期ゆえに軽い剪定にはなったが、この中に今度は花壇を作ってチューリップを植えることになるtulip

いづれここもすっきりした・・・

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すっきりしないのは、国連において日本は「核兵器禁止条約」に反対したことだ。世界で唯一の被爆国がである。核のない世界への第一歩となる、核兵器禁止条約の交渉開始決議を反対したのだ。

今夏のオバマ大統領が広島を訪問し、原爆記念館に折り鶴を納めた。それは世界から核兵器をなくしていこうという、強烈なメッセージだったし、そんなことを思うとむしろ日本が先導をきって賛成をすべきではなかったのか!それを・・・sign02

何ゆえ・・・新聞等によれば、同盟国アメリカの圧力に屈した形での「反対」であったとある。当初は、被爆の実態を国際社会に訴えている日本の立場で賛成に傾いていたようだ。しかし、条約に反対のアメリカが強力な行動に出た・・・結果、「反対に・・・

それはまるでわがやのサツキみたいなものじゃないか、今、一輪返り咲きをしている。

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肌寒くなって来たのに、この時期に返り咲きなんていのちを縮めるようなものじゃないのか。日本の今回の「反対」のように・・・

今回の行動に被爆地広島からは反発の意が出ているようだ、当然のように思う。政府が舵をきったのは、取り巻く状況の変化であり、やはりアメリカの核抑制力に頼らざるを得ないというのだ。非難してもひなんしても中止しない近隣の核開発に対して・・・

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庭も変わる、木々も変わる。人も変わるし、時間も変わる。しかし、変えてはならないこともある。被爆国は被爆国として、そのことが人類を追い込むものだということを訴え続けなければならないと思う。

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小さくとも・・・「大」

名は「」を表す?それとも体は「」を表す?その花は半日陰を好み、露にしっとり濡れるような場所が好きな花だ。その花の名は「ダイモンジソウ」である。俺はこれまで数鉢のそれを失った・・・

半日陰の場所ゆえ、ついつい油断して乾燥させ過ぎにして、枯れさせることになった。しかし、今年は家の内部改造したこともあって、その場所には楽に行けるようになったこともあり、水を切らすこともなかった・・・

そのいくつかのダイモンジソウ。

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そしてもう咲き終わったものもある・・・

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よくぞ名づけたものだ、大文字草とは・・・小さい「」ながらも、きちっとまとまっている。この「大」を見ると、子どもの頃に習った習字を思い出す。「横一、左払い、右伸ばし」・・・俺は習字が好きで、子どもながらも上達した。

小学校6年で「初段」となった。しかし、中学校に入ったらもう習字どころではなくなった。社会人になって、月一度の教室に入り、ふたたび習字を始めた。ところが、その頃は「書道」と言っていたが、文字の書き方が以前とその方法が変わっていた。

例えば「」を書くとする。普通はそのときの筆先は、「一」の上に筆先をつけ、そのままに上の方を走る。ところが新たな書道教室は、「筆先を隠す」書き方だった。つまり、「一」を書く場合、筆先を「一」のやや右に筆をつけ、そして左に移動し、今度は右の方に移動させる書順であった・・・

俺は当初習った、筆先を活かす書順が好きだったので、書道教室は半年でやめた。以来、大筆は握っていない。たまに書く熨斗袋は小筆だし、年賀状も機械に変えてしまった。それまでは宛名だけは手書きしていたのだったが・・・

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ダイモンジソウからついつい話が逸れてしまったが、筆が懐かしくなってきた・・・

   <下の紅葉の写真は、鉢植えのシャクヤク>

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季節は巡れども・・・

俺の出張帰りを待っていてくれた花があった・・・

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エンゼル・トランペットである。今年は植替えをしてやれなかったこと、また、幾分日陰に置いていたこともあってか、いつもよりは遅れた開花となった。しかも、3本あるうちの1本だけ・・・

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エンゼル・トランペットは寒さに弱い。秋田では地植えでは育たない。だから、俺は例年家の中の裏口に置いて越冬させている。しかし、花を開くとささやかな香りがする。

このように花が開いたことを記述するのは、俺にとっては本望だ。ところが、昨日の大きなニュースではこころが痛んだ・・・

東日本大震災で、石巻市大川小の児童の74名が死亡や行方不明になったことが訴訟沙汰になっていたのだが、昨日に判決が出たのだった・・・判決では学校の側の責任が厳しく指摘されたものだった。

「津波の襲来は予見できた」「学校の裏山に逃げていれば、児童を救えたのにそれをしなかった・・・」そうした判決だった。この件では23人の遺族が市と県を相手の訴訟だった。感情的になってはいけないと思いつつ、訴えた遺族、訴えられた学校側・・・どんな判決が出たにしてもこころが痛んだにちがいない。

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そして、訴訟した側が勝訴したことにはなるのだが、俺の気持ちはすっきりしない。未曾有の地震だったし、津波であった・・・だから、どうしようもなかったとは言われない。でも、学校側でも動転していたことは想像できる。

そこにひとりでも危険だと思った先生はいなかったのか、なぜわざわざ川岸の避難場所をめざしたのか・・・いくら避難場所と指定されていても、津波のことを考えたら判断を変えることをしなかったのか!

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昭和58年5月、秋田県男鹿半島沖でM7.7の地震があって、104名の方が亡くなった。うち100名は津波によるものだった。その中には遠足に来ていた子ども13人が津波にのまれた。バスで地震の発生は知っていたが、海に行きお昼の弁当を広げていた子ども達が襲われた。

後日、やはりこの地震でも津波の予見で裁判になったと記憶している。なぜ、地震が発生したのに海岸まで行かねばならなかったか、山間部の子ども達だったから、先生も海をみせてやりたかったのか、これまた双方とも哀れとしか言いようがなかった・・・

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そしてまた・・・

過酷なことではあろうが、やはり学校側では「地震の怖さ」と同時に「津波」のことも、いつも想定しておかねばならないだろうし、予想される災害の区分によっては避難先をも考慮して、子ども達を避難させてほしいものだ。

頼んでいた植木屋さん、きょうですっかりと庭木をきれいにして帰って行った・・・その庭の紅葉が進んでいる。でも季節は巡るけれども、いのちはなくしたら巡りことはない。子ども達の安全確保のためには学校側にのみ頼ることでなく、地域の一員としても手を差し伸べてやりたいものだと思っている。 

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漁業の振興策は?

富士山に昨年よりも15日遅く、平年よりも26日遅い初冠雪があったらしいfuji今朝は晴天の沼津市のホテルで起床し、その後新幹線等で東京に向かったのだから、或いはそれが見られたのではなかったかと思うととっても残念だ・・・

きょうは故郷に帰る。俺たちは午後12時40分、東京発の上越線ときMAXに乗り込んだbullettrain東京は暑くてあつくて・・・ましてや上着を着ている、手にはバッグと東京ばなな等のお土産・・・だから尚更暑かった(;;;´Д`)

東京から新潟までは凡そ2時間、そこから今度は特急いなほに乗換えだ。予定では酒田から鈍行に乗っての帰宅であった。仲間の中の2人は、特急の止まらない駅の周辺に住んでいるからだ。でも4人は予定を変更させてもらって、俺は特急に乗ったままで地元の駅に降り立った。

今回のテーマは”漁業と6次産業化”、わがまちでも漁業と言う1次産業はある。しかし、最近は特に若い後継者もほとんどなく、また、減船も行なったりしている状態から、なかなか漁業の収入が少ないのだ。だから収入を高めるには「加工」と「販売」だ・・・

少ないながらも、活きた産業として振興するには、取って加工して販売までやるような仕組みが必要ではないか、その思いにたっての研修であった・・・そして、その研修先を神奈川県平塚市漁協と静岡県沼津市に選んだ・・・

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先ずは昼食として「シラス丼」、この近辺ではシラス漁が盛んなようだ。俺は山育ちだから、そんなに好みはなかったが、地元の料理と言うこともあって食べた。食後には漁協の職員から、平塚市漁協の現状を聞き、意見交換した・・・

2日目は沼津市に向かう。早速ここでも昼食を取る事に・・・ここ沼津はイワシがメインと言うことで、それを食べようと食堂に入った。入るとイワシは最近水揚げが少ないのだとか。従ってそれに代わってと出たのが・・・またまたシラス!

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研修までの待ち時間には、「深海水族館」に入った。入館料が少し高かったが、シーラカンスの展示もあるとのことで、それにひかれて入った。平日でも結構な入館者に驚く。やはり田舎とは違うと実感しながら・・・

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沼津はさすがみなとまち、漁師のまちだ。当日は市場が休みとあって、訪れる人がやや少ないとは言うものの・・・

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ここに市のマイクロバスが俺たちを迎えに来てくれた。そして向かったのは、内浦地区にある漁協直営「いけすや」だ。ここには市の活性化計画に基づいて、埋め立てしていた土地に、交流人口の拡大を目指した直営店だ。

ここのメインは「日本一の活きあじ」が食べれる事。それは養殖故、漁期などもなく安定しているからだ。それに、ここを運営しているのは、漁師の奥さん方であった。(写真は承諾を頂いてきたので掲載させて頂く)

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産業の振興には、どうやら女性の力が掛けがえのないもののようだ。男性が主体であったら、直営等はたしてうまくいくかどうか・・・元気な地域にするためには、女性の力があってこそなのだ。

・・・と言うことで、無事に我が家に帰宅。このあともう少し分析して、故郷の1次産業のあり方を考えたい。

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これから帰宅します!

皆さん、お早うございます。
昨日は午後から少し雨でしたが、今朝は良くなりそうです。
これから、来た道を戻りふるさとに帰ります!
慌ただしい行程でした、が、得るものもありました。

帰宅したら今回の出張をまとめて書きます!

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これから沼津です。

昨夜、ベッドインしたのは午前2時を回っていた。同行の連中と駅前に呑みに行った。これもまた、そこのまちを知る需要な?時間だと思って〈何て言い訳半分〉。が、やはりそうだと思っているのも確かだ。まちの元気度を見るなら、やはり夜だ。

わがまちの話をすると、昨今は中心部に行っても、呑み屋がなくなっている、出歩いている人もない、まったく元気な火が消えている。かつては TDKの城下町とさえ言われたことがあった。弱電関係の部品製造をしている企業だ。特にフェライト関係では世界のトップ企業だ。これを興したもがわがまちの出身である齋藤憲三氏。企業当初は社員に給与関係では現物支給したなど聞いたことはあるが、、以後、様々な電機器具でフェライトが使われ、業績が伸びた。社員には3~4ヶ月のボーナスも支給したこともあった。

従って、社員は市民の羨望の的でもあった。しかし、急激な円高等の直撃を受け、海外にシフト、まちから一時撤退したようなものだった。まちに離職者も増えた。その後は再び火を盛り返してはいるのだが、まちには元気さが失せた。

まちを活性化するには、昨晩に記述したが、1次産業の振興と同時に他の産業の振興も必要だ。わがまちは『田園工業のまち』を目指している。

俺はこれから電車で沼津に向かう。きょうはどんな話が聞けるのか楽しみだ。幸い、天気もいい!午後からの予報では?だが、ホテルの窓からは青空が見えている。

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今夜は平塚です

今朝は午前4時半に起床した。当市発午前5時42分の電車に乗るためだった。出来れば✈の方が効率が良いのだが、決まりを破るわけにもいかない。だから、鈍行に乗って酒田から特急いなほ、更には新潟からは上越新幹線で東京だ。地方にいればこんな状態で、東京まで半日だ。

東京から東海道線、平塚で下車し、平塚漁協へはバス🚌

何で田舎から出てきたのか❔

漁業と観光がどんな形で結ばれているのか!その課題を探ろうとわざわざやって来た。ただし、話をうかがうとその事例が必ずしも成功しているのかと考えると、色んな考えが有るから何とも言えないのだが、俺はその構想が成功しているとは思えなかった。

俺の田舎は一次産業が主体の自治体だ、否、日本の場合、大方の地方は同じ状況が多いのだと思う。だから、昨今、地方創生と声だかに言われているのだが、1次産業の振興なくして地方創生はないだろうとさえ思っている。

そんなことからもきょうは大きな期待をもって臨んだ出張であったが、結局はヒントはヒントであり、やはり自らのまちは自らのアイデアで活きるしかない、そのことを知ったきょうの1日であった(^^)b

今夜は平塚の駅前のホテルだ。あしたもう1日研修がある。

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おやつは蒸かしイモ

昨日は午後2時頃、そして午後4時頃、2回に亘ってクマの目撃情報が、防災無線から流れた・・・さらに今朝は7時半頃、ふたたびクマの目撃されたので、外での作業や外出時には注意をと伝達されたアワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

いづれも我が家からは2kmほどの圏内だ。今は柿の実も熟れ始めている。その柿を狙って集落周辺を彷徨っているのか!除草したものも、我が家の山に運搬したいのだが、クマ出没の情報を聞けば・・・ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

昨日も、それにきょうも肌寒いのだが雨はない、そこで俺は庭木の下の落葉を集めたり、除草をしたり、鉢物の整理をしたり・・・また、球根植えたり・・・

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こんな下界を見下ろすように・・・白鳥の声がする。俺は慌ててそれにcameraを向けたが間に合わない。白鳥のお尻を撮ったことになる。また一団体の群れの飛来だろう・・・コウコウコウと濁声のような、容姿とは不釣合いのような声だ。

妻は畑の整理をしている。それに豆を落としている。畑も冬を迎える準備と言ったところ。午後のいっぷくには、蒸かしたさつまいも・・・これがうまい!妻が育てた「紅あづま」、肌寒い中、フウフウ息をかけて熱いあついと口に運ぶsmile

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いっぷくしてはまた作業だ・・・だが、ゆったりしながらの作業だ。今日中に終わらねばと言うものでもない。マイペースで、ラジカセでラジオのボリュームをやや高くしながら。

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トピアリーも仕立てた。なかなか手の回らなかったこれは「鳥」。来年になれば、もっと緑も増すだろう。孫が帰省したら喜んでくれるのではないかと、秘かに期待して・・・もうひとつは「うさぎ」も仕立てた。

昨日・今日、植えたのは「カサブランカ」、「ブローディア」、「オーニソガラム」、「アイフェイオン」等・・・

チューリップをまだ買っていなかったので、夕刻にホームセンターに向かった。途中は夕光が雲の間から降っていた・・・(日本海のはるかな島影は飛島)

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明日から26日まで出張です、明日は平塚市に、明後日は沼津市に行き泊まりです。ま た写真の掲載は出来ませんので、お許し下さい。

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田部井さん・・・さようなら。

NHKのニュースを見て驚いた!否、驚いたのは俺だけではないだろう。あの登山家・田部井淳子さんが亡くなられたのである。世界最高峰のエベレスト(8、848m)に女性で初めて登頂を記録した登山家だ・・・(写真はNHKニュースより)

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田部井さんは、1939年に福島県三春町に生まれ、62年に昭和女子大英米文学科を卒業、社会人の山岳会に入会した・・・そして、75年エベレスト日本女子登山隊副隊長兼登攀隊長として、世界の最高峰エベレストに女性で世界初の登頂に成功したのだ。

92年には、女性で世界初の7大陸最高峰登頂者ともなった・・・

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エベレストに登頂しての感想がいい。「これが一番上だから、もう歩かなくてもいいというのが一番大きくて・・・」素直な気持ちから出た、正直な気持ちだったのだろう。この謙虚さが人に好かれる要因ではないだろうか・・・

田部井さんは、70ケ国 以上の最高峰・最高地点を極めた登山家だが、著書も実に多い。その中の数冊は読んだことがある。「日本人なら富士山に登ろう」という1冊もある。登山の経験の無くとも、一度は富士山に登ってみたいという人に向けての、著者の優しい入門書ともいえる1冊だ。

今年、富士山に登った人は24万8千人といい、昨年より6%多かったと先月に、環境省から発表があった。その中の幾人かは、おそらく田部井さんの本を見て惹かれたのではないか。

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何年か前のことだが、秋田市で田部井さんの講演会が行なわれた。俺は田部井さんの話が聞きたくて、開場の1時間前に会場に入ったことを記憶している。話はユーモアにとみ、しかも熱気のある口調は今でも忘れない。

来月には由利本荘市の鳥海地区で講演会が予定されていて、俺はそこに出かける予定でいた・・・それが・・・とっても残念だし、こころからご冥福を祈るものである。

田部井さんはガンと闘っていることは何かで聞いてはいた。しかし、テレビ等に出演されたり、若い方々と登山をされていることも知っていたので、よほど芯の強い人だ、或いはガン治療をしているなんて嘘だろう・・・そうも思っていた。

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従って、きょうの訃報は未だに信じられない部分も俺にはある。まさか!まさか!である。あんなに気力のあった田部井さんだ。まだまだ新たな行動を見せてくれると思っていた。77歳で他界とは・・・

田部井さんの著書に「人生は8合目からがおもしろい」もある。それを思うと77歳は山で言うなら8合目だろう。これからが楽しみながら、もっともっと頂きを目指してほしかった。

田部井さん、さようなら!心から哀悼の意を捧げます。

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冬の使者がやって来た!

昨今は本当に地震が多い。きょうは鳥取でM6の地震だsign03被害を受けられた方々には心からお見舞い申し上げます・・・

夜になって冷えて来た・・・予報では県内では明朝「霜が降りる?」とも・・・暑い夏も嫌だが、寒い冬もまた辛い。だが、この日々の冷えて来たことを喜ぶように、もう冬の使者がやって来た。ここ数日、鳴き声がどこからともなく聞こえていた・・・

白鳥」の飛来である・・・

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ひこばえの繁る田んぼに、一家でもだろうか?4羽が仲良く何かを啄ばんでいる。俺などは、寒くなると出不精になるのに、白鳥は不思議な渡り鳥と言ったらいいのだろう?寒くなるとやってくるのだから、俺よりもずーっと行動派である(´,_ゝ`)プッ

俺が見つけたのはこれだけだが、他地域にはもっと飛んで来ているに違いない。白鳥はあまり人怖じしないようだ。近づいて行っても容易には逃げない。人との間隔を測りながら移動したりして・・・

以前は、白鳥は幸せ鳥だと思っていた。それは容姿にも係っているのだろうが、可愛くって人間が餌をやる。他の鳥に餌をやるなんてあまりないような気がする(小鳥にはサンクチュアリーなどで餌をやったりはするが・・・)だから、同じ鳥でも白鳥は得だナ・・・

そう思っていた。わがまちでも予算をとって、白鳥にパンくずなどを与えていた。それがなくなったのは、例の「鳥インフル」であった。以来、鳥への接近を禁止され、餌を与えることもなくなった・・・

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我が家の庭も少しづつ紅葉している。真っ赤にもう色づいているのはニシキギ、その名のように真っ赤だ。

俺はそんな紅葉を見ながら、インパクト・ドライバーを握って、時にはノコギリを持って、最後には刷毛をもってペンキを塗った。春頃に3枚のラテスを買って、ブロックなどで止めていたが、今回もう一枚買った。そして、土台にあげて腐れないようにして・・・目隠しの完成だ。

日曜大工ならぬ、平日の趣味大工で・・・smile秋田では俺のような臨時の大工を「がっきでく」という。医者にヤブ(失礼)など使ったりするが、そんな大工をそう言うのだ。

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写真では曲がっているようにみえようが、ちゃんと水平器も当てての制作だった。裏玄関の方だが、道路から丸見えなこともあって、目隠し兼内側には鉢置きも作ったbud

きょうは漸く探し当てた植木屋さんが来て、松に支柱を立て、椿などの整枝を。あとは来週2日に来てオンコなどをしてもらう。これから寒くなるので、軽くやってもらうことにしている。俺は来週大塚等への出張だが、俺の不在のうちに庭はきれいになっているだろう・・・

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夕方に鳥海山は上だけを見せてくれたが、きょうは一日、気温も上がらず最高気温が15度ほど・・・いよいよ寒くなって来た・・・shock

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Rさんの来訪

ここ数日、目隠しを兼ねたラテスを作っている。きょうもその続きを行なっていると・・・「どうも・・・」とRさんが見えた。4月に会って以来半年ぶりである。彼の手は手紙と造形を持っていた・・・

Rさんは、俺より1歳年上、そして、俺の家の本家でもある。

彼は、今年の1月、脳梗塞で入院したhospitalそれまでは、何かにつけてバイタリティであった。pcはお手の物、物事をパチパチと段取り良く進めるタイプであった。昨年の秋、コンバインでの稲刈りの後、田起こしをやっていた。半袖で額には鉢巻をしていた。

007_2  そんな彼が3ヵ月後に入院とは驚きであった。話を聞いてから見舞いに行ったが、話しぶりもまたマヒ等の状態は見られなかった。

しかし、彼は入院中から奥さんに言いつけたりして、農業をやめる決心をしたようだ。彼の田んぼは集落のSさんが耕作する事になった。

一時的な状態だと俺は思っていたが、その後、すべての農機具も処分した。彼らしいと言えば言える。決断が素早いのだ。

出来たら分家の俺にも相談して欲しかったのだが、如何にも彼の性分らしい。

そんな彼と3月下旬に、友人のKさんと共に家に訪ねて話をした。集落の某団体の事でである。Kさん、Rさんはともにその組織の役員だったのだ。

そのうちに農繁期に入った、田起こし、播種、育苗、田植え・・・。その後、Rさんを俺は訪ねた。我が家とは20mしか離れていないのだ。

彼は病気になる前も夜は早かった。午後6時になれば家は施錠され、午後7時過ぎには寝ている。だから用を足しにいくには朝しかない。その朝に訪ねたら、朝食をとればもう寝るのだと言われ、とうとう会うことが出来なかった。

こうして・・・秋。俺は忙しくもなくなったし、家に行っても会えないようならと、彼に手紙を書いた。「集落では互いに頑張ってきたのに、親戚同士として協力し合ってきたのに、もう半年も顔を見ることがなく、残念で仕方が無い。村の行事にも出て来られないようで、とても淋しいです。体調はどうですか・・・・」と。

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彼は俺が不在だろうとの思いもあってか、手紙と造形を持ってきたのだ。彼は言う。「右手がしびれて、週1回はリハビリに行っている。ほとんどこんなものを作ったりして過ごしている、鶴を折るのもリハビリ・・・」かつては100k近い体重であったが、今は80kそこそこらしい。

彼が帰ったあとに手紙を開いた・・・「君のこころの籠もった手紙に涙しました、自分は今、週1回のリハビリに通っています。家でピンセットで鶴をつくったりして過ごしています」手紙を見た俺の深淵にはあついものが込み上げてきた・・・

病気だから仕方がないのではあるが、まだ70歳前の彼だ。バンバンと農業をやって、集落のリーダーを目指していたはずの彼だから、無念極まりないだろう。俺は個人的にも随分と助けられた。彼がいなかったら、今の俺がいないとも言える。

彼は障害を持った娘さん、奥さんとの3人暮らし。田んぼは貸しているから、飯米と小作料が2~30万は入るだろうか、あとは年金の収入になる。お金のことは抜きにしても、何に生き甲斐を見出していくのか、それが気になるところだ。

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まだまだ余生と言っては早過ぎる。俺などのような趣味があったら、日々を楽しむことが出来るだろうが、pcの他に何かあるだろうか。グランド・ゴルフ等は得意であったはずだが、病気になってはそれは難しいだろう。

そんな彼に俺は何をしてやれるだろうか。強い性格の彼だから、支援や援助といった類のことは好まないだろうから、妙案が浮かばない。

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我が家の庭にはツワブキの2品種が花を咲かせ始めた。秋を告げる花である。特に、斑入りのツワブキが好きだ。「ホタル模様」のツワブキだ。班日陰に咲いてくれるのが嬉しい。秋の優しい日を受けて咲いているツワブキを見ると・・・・・哀しみが湧いてくる。

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錦秋の名瀑

空には雲ひとつない、真っ青な空sun取り掛かっている仕事が一先ず終えたし・・・俺は午後から隣りのまちの「法体の滝」に軽トラを走らせたdash見頃であるだろう、紅葉を思い描きながら・・・

009 ここは、先にジオパークに認定された「鳥海山・飛島ジオパーク」のひとつの”ジオサイト”になっている。

俺はこの滝にも例年足を運んでいる。

ここは、約10万年前の鳥海山の噴火で流れ出た一枚の溶岩が、川をせきとめてつくった滝。

落差が約57m、日本の滝100選にも選ばれている名瀑だ。裾を広げて落下するその滝は誠に優雅である。

映画「釣りキチ三平」のラストシーンはここでロケが行なわれた。

きょうはこの錦秋の名瀑を紹介させて頂こう。俺が堪能してきた、錦秋の名瀑を・・・

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金浦港にて

ドンドンドンドン・・・漁船がエンジンの音をたてながら、港に入って来たshipここは、日本海に面したわがまちの金浦港。俺はしばしばこの港に来る。夕日の写真を撮りに来たり、ただ海の匂いを嗅ぐために来たり、ぼぅっと物思いにふけるためだったり・・・

   <以下の写真は10月16日の撮影>

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このまちも変わったと思う。かつては賑やかな漁師のまちだった。夕方になれば、映画館から流行歌が流れてきて、客を呼び込んだ。いくつかの呑み屋には灯りが点って、焼き魚の匂いが道路まで漂っていた・・・

今ではハタハタの頃、鱈の時期は結構な人の波が出来るものの、平時はそのような活気が今はない。魚が減っているとのことで、「減船」が始まった。割り当てされて海に漁に出られないのだ。それにガソリン等の油が高騰・・・農業と同様に後継者も不在だ。

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我が家はこの港から約4km、父は週何度か、自転車で魚を買いにこのまちに行った。大豆油の入ったブリキの上をくり抜いた、18L缶を後に着けて・・・帰宅した父の18L缶には、いろんな魚が入っていた。わが地域ではそれを「ぞんご」と呼んでいた。所謂雑漁という意味だった・・・

今では魚は全て選別される、ところが当時はそんなこともしない。船から直接、18L缶に入れてもらって来たのだ。煮るのもそのままだ、俺はその頃、そんな魚汁が否でいやで・・・でも、考えたら贅沢なことだったのだ。

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その父も亡くなってもう25年、俺もその父の享年に近づきつつある。今の俺があるのは、当然父があったからだ。その父にはいくつかの土産話は出来ている。

金浦港からの鳥海山もいい!秋の鱗雲か、羊雲?それとも鯖雲?山頂を囲んでいて、俺自身も絵の中にあるような錯覚になる。農繁期を終った今、俺にはこの時期が最高だ。

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ここ金浦港には釣り人も多い、俺のいる下では釣り人がいる・・・何を釣っているんだろう・・・

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弾丸のように鮭遡る

昨日の日本ハムの大谷投手はCS戦で、165キロを連発し、日本シリーズ進出を決めた。圧巻だったというほかはない。

その速球にも劣らないほど、まるで黒い弾丸のようにして、わがまちの川袋川を鮭が遡上する。例年、俺はそれを見に行くのだが、ことしもまたその姿を目に捉えた。感動と涙を呼ぶ、川袋川の鮭の遡上である。これまた圧巻である。

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この川袋川、小さな川ながら鮭の遡上は秋田県一だ。例年、2万尾が遡上をし、その鮭で川が真っ黒になるほどだ。河口の川幅はわずか3m、深さもない。よって、鮭は押し寄せる波に乗って川に上る。

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我が家からは15分の場所だ・・・何故、見に行くのか?それは鮭から勇気を頂きたいためだ。ここは海からわずか350m、しかし、体に傷を負いながらも、また、その先に簗が仕掛けられているのに・・・ただただ上る。一尾とも海にもどる鮭はいない。

その涙ぐましい姿が、俺のこころに勇気の火を放ち、萎えかけている脳に刺激を与えてくれるのだ。鮭は簗で捕獲され、メスは採卵され孵化場に運ばれる(年間400万以上を孵化させる)。そして、稚魚になって県内各地に運ばれる。

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捕獲される(ネットから)・・・weep

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鮭はただただ遡上するのみ。それは産卵のためだ。子孫を残すという動物の自然な行為だ。鮭は「母川回帰」という血を持っている。生まれた川に戻るという現象だ。それは、ふるさとを離れ、やがてリタイアし、ふるさとを恋しむ人間のようでもある。否、鮭は必ずふるさとにもどる。

折角にふるさとに戻ってきた鮭は、哀しくもふるさとで生を閉じる。捕獲する場所には、鮭を供養する卒塔婆が立っている・・・ 

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秋盛り Ⅱ

今でも俺の代名詞は「かかしの大将」だ。地域に笑顔を、地域を元気に、地域から発進を、と言うことで仲間を募って「かかし祭り」を始めたのがもう13年前のこと。当初は18体のかかしを作って畦に飾った・・・新聞にも載って、多くの人が観に来られた・・・

「かかし祭り」を10年間行なった。一体いったいに、俺は「川柳を詠んで、また、コメント」をつけた。年の初めから、話題になっている人物の新聞記事を切り抜きし、ファイル・・・かかし作りの参考にした。10年目は「100体」のかかし。鳥海山を背に壮大であった・・・

その写真が今でも市の観光協会のHPに載っている。観ていると、「いいな~」自画自賛の気持ちになってくる。

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まちの集まり等あると、「おい!かかしの大将、まだやってくれねべが・・・」そんな声を何度か聞いた。でも、作って飾るのは大変な労力だ。一応、古着等は黙っていても集まるのだが、俺たちのかかしは「3Dのかかし」なのだ!

つまり立体的に見せるために、体の中に肥料袋や農業資材の廃品を入れて、全体をふっくらと仕上げる。従って、1体作るのに1時間はかかる。作る仲間は5人、俺はアイデアが主で、Aさん、Kさんが主な作り手、でも彼らはもう70代の半ばでもう無理も利かなくなっている。

俺の夢は一応叶った。10年間やろう、100体飾ろうは・・・。この田んぼに大勢の方が見えて、当時は畦道ラッシュとなったものだ・・・でも、みんなの期待があるなら、応えたい・・・秘かにその計画を練っている・・・

秋田は秋の盛りだ・・・

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昨今は、米価の下落で関心の低い農家も多い。老齢化も進んだせいもあるだろう。ヒエの目立つ田んぼも多かった。あまりの多さで稲刈りをやめている田んぼも目に見える。一方で、自然乾燥での米作りをしている農家もある。

写真は杭掛けして稲を乾燥させているものも見える。せめて自分の飯米は自然乾燥でという人もいる。俺は自然だろうと、機械乾燥だろうと、そんなに関心はない。手間ひま掛ける時間もないし、他にやりたいこともあるから、拘ってはいられないのが正直なところだ。

杭掛けにすると、今度は乾燥をむら無くさせるために杭返しもあって、そうして脱穀に入る。俺もかつてはやったものだし、杭掛けが並ぶ姿も今から思えば壮観だったはずだ。

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今年は米価が幾分アップしている。でも、有難いことながら、このことで消費の減退が起きないかとの心配もある。再来年には減反政策がなくなる。なくなれば農家同士の競争が熾烈になる。政府が米の需給を放棄するようなことになる。

農家同士がいがみ合っては、地域と言うものがおかしな状況になるだろう。そこで勝った農家は良いだろうが、負けた農家はどうなるのか、つまりは農業を辞める事になる。やめれば農地の崩壊が起こり、国の環境が一変するだろう。

益々の洪水が頻繁になるし、米価も大きくアップするだろうし、第一、村の消滅、地方の消滅に繫がっていくだろう・・・と懸念する。

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そんなことを思うと農業をやっていくことに自信がなくなってくる。そんな俺を支えてくれるのは「花」、玄関先にも秋盛りの我が家である。

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鮭三昧(スダチよ有難う)

真ん丸の月の光りがこの部屋にも届いている・・・今夜は15夜だfullmoon

昨夜、ブログ更新を終えたのは午前1時を回っていた。午後4時から隣りまちの方々との合同の研修会、終ってから懇親会だった。俺はいつものように丁寧に(?)それに加わったbottle午後8時にはお開きになったのはいいが、帰宅後、しばらく眠っていた、そして、起床してpcに向かった俺だった・・・

そんなこともあって、昨日の更新した内容はどうだったのか、笑われるようなことを書いてはいなかったか、午前7時に起床した俺は恐るおそるpcを開いて・・・安堵した。それからきょうの文化祭短歌会の詠草に目を通したeye

きょうは一人一首だから、全部で15首。それぞれにメモをして、短歌会に向かった・・・こうして、きょうは通常の俺に戻った次第だ(?)

きょうは「秋鮭」について記させて頂こうfish

先日、いつもの友人が鮭を届けてくれた。その2~3日前に、漁師の奥さんになっている従兄弟から、鮭を頂いていた。それは鮭を捌いた形で届けてくれた。それが、友人は一尾fishそのままだ・・・

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従って妻はそれを捌かねばならない。それに母が入院中だから、食べるのは妻と俺のふたりだ。つまり大き過ぎるのだ。だから妻は正直、いい顔ではない。確かに海の鮭だから、川を上った鮭とは違ってうまいのではあるが。

しかも、我が家にそれ様の包丁もないし、量も多すぎる。それでも、捌いて(;´д`)トホホ…冷蔵庫で保管したりして、鮭を食べた・・・

鮭が美味いのはザッパ汁だ。頭も骨も煮るから、味も出てうまい。

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写真の右がその「ザッパ汁」であり、左はバターを使った「チャンチャン焼き」。ただし、鮭の肉はごそごそしてて、喉が詰まってしまうことも。だから、ゆっくり時間をかけながら、食べることになる。

オーソドックスな「焼き鮭」、他に「石狩鍋」もしたが、写真は忘れてしまった。

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今夕は「鮭のフライ」・・・昨日、はるかさんから頂いたスダチをぎゅっと絞って魚に垂らす。おお・・・いいscissors確かに鮭がマイルドになっておいしい。このままでは飽きてさえくる鮭なのだが、今夜は確かに味が違う・・・

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・・・・ということで、ここ数日の我が家の食卓は正しく「鮭尽くし」。今年の鮭の捕獲は遅れているらしい。海の鮭だから、文句を言っては罰があたるだろうが、続けざまに食べるのはついしかめっ面になる。それを救ってくれた”スダチ”よ有難う。はるかさん、有難う。

<昨日の記事に追加です>

きょうの新聞に・・・クマの捕獲過去最多の記事。今年は過去になかったクマからの襲撃で4人の死亡。9月末では419頭の捕獲。4月時点のクマの生息数は1,015頭と推定していた。しかし、実際はもっと多い数らしく、来年は推定数の算出方式を見直すようだ。更には絶滅を避けるには、おおよそ1千頭としている。当市では8月末現在で35頭が目撃されている。

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クマの相次ぐ出没!!!

秋の空であるsign02・・・昨夜は十三夜、とってもきれいな月であった。ところが、起きて玄関を開けると雨の跡。しかし、食事を終えると・・・sun。それも長く続く事無く、午後からはまたsprinkleまったく”秋の空”である・・・

新聞を開くと・・・eye

民家の庭にクマがいるのを窓越しに発見!警察に通報したとの記事!2~3日前も、国道を横断しているクマが発見され、防災無線で注意を促された!

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それにしても今年はクマの出没が多い。中にはクマから攻撃されて、死亡者も出た。同じ紙面には、農作業中にクマに襲われけがをしたとの記事もある。本市ではクマに襲われたことはないものの恐ろしい。

クマの出没が多いことは、わがまち、わが秋田県のみならず、全国的なものらしい。クマの餌が不足していることにも一因があるという。それに、昨今は人間はおいしい餌を持っていることもくまは嗅ぎつけている、そんな専門家の話もある。

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これはクマの足跡だ。いかにも大きく不気味な感じ。今夜はNHKで特番も組まれたはずだ。今年5月だったか、秋田県ではクマに襲われ死亡者が出た。早速、駆除班が組織されて、1頭が捕殺された・・・

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大きなクマだったらしい・・・

こんなにして、まだクマの発見が相次いでいると思うと、近くの山等に一人では行けない。クマは一晩に50kmも移動するということを聞いた事もある。そろそろ冬眠の時期だと思うが、腹が減ってはそれも出来ないようで、まだしばらくはクマに恐れを抱いて生活するしかないヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

    <以上、写真はNHKのニュース等から>

ニュースと言えば、昨晩はノーベル賞の文学賞が発表された。期待していた作家・村上春樹氏の受賞は残念ながらなかったが、米の歌手ボブ・ディラン氏が受賞した。新たな詩的表現を想像したというのが理由のようだ。

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ノーベル文学賞では、「最も理想主義的で顕著な業績を成し遂げた人物へ」と規定されているらしい。選考では、彼の歌詞を詩として高く評価したようだ。彼の代表曲「風に吹かれて」で、半世紀以上にわたって歌詞に拘ってきただけに、受賞は高く評価された・・・<これまたNHKニュースから>

選考したアカデミーも粋なことをしたと思う。次は、何としても村上氏が・・・そう願っている。

「風に吹かれて」というと、俺の友人はこのタイトルでブログを発信している。その友人から、きょう果実である”スダチ”が送られて来た。俺は初めて目にする。妻はジュースとして売られているというのだが・・・

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直径5~6cmの小さなもの、ミカンを小型化したみたいだ。我が家の隣り家では、”カラタチ”が鈴なりになって見えるが、それよりはやや大きいようだ。焼き魚にかけると美味しいという。・・・ありがとう「はるかさん」、近々に賞味してみたいと思っている。

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秋盛り

朝から良い天気sunこの日が勿体なくて、俺は裏の庭の整理。そして、クリスマス・ローズも植えた・・・整理した枝や雑草、それに畑の収穫の終えたオクラなどを軽トラに山にして、我が家の林に運んだ・・・

途中、穂ススキが日を受けてキラキラ光っていた、いかにも「」・・・

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早い植木は紅葉してきた・・・ハナミズキはもう赤くなって来た、いかにも「

実を結ぶものは、すっかり実をたわわにしている。ムラサキシキブは、今の時期、庭の王様のようにど~んと座っている、いかにも「

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小粒ながらも赤い実を結んでいるのはウメモドキ、花の名に”モドキ”となるといささか可哀想な気がする。つまりは、この花の実は小さいながらもウメのようだ、そういう意味になるだろう。それでも小粒をキラキラさせているshineいかにも「

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洗面所に飾られているのはホトトギス、精力たくましくどんどんと増えていて、シュウメイギキを押している。地味ながらもたくましい感じの花、いかにも「

先日の鳥海山の新雪の写真を撮りに行った際に食べたのは、「味噌たんぽ」と「甘酒」、セットで550円、秋田では新米が出ると”きりたんぽ”にする。長い箸のような棒に、少しこねたご飯を巻くようし、そして焼く。通常はこれを鍋に入れ、鳥肉等と熱くして食べるのだが、これは焼いてから味噌をつけるのだ。これが実にうまいhappy01

先日は、折角の新雪にこれを入れるのはためらわれた。秋は秋田のきりたんぽ。いかにも「

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ガーデニングをやっていると時間も忘れる。きょうは午前11時、歯医者の予約であった。それが夢中になっていて、うっかり忘れてしまった、間抜けな俺だ。

こうしてみると、俺の歯医者の予約を忘れたことは、「秋れた?」ことになるshock

それでは皆さんから「秋られない」ように、今夜はこれで筆を置く・・・

<昨夜の延命観音の観音像の写真を追加させて頂きます>

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解けた謎・・・延命観音像出土をめぐって

昭和40年7月18日、わがまちの象潟漁港修築工事中、海底から「延命観音・・・」と読める石が発見された。石の大きさは長さ2m余、幅が1m90cm、高さも2mに近く、重量は14t近くあったという、観音像はこの石の縦の狭い面に刻まれていたらしい。

Photo                <市のHP、空撮された象潟漁港より>

工事中に歴史上重要なものが、発見されるということは珍しくはない。これまたわがまちでの大きな発見だったのが、高速道の工事中に最大直径1.6m、長さが10mのケヤキが、地山に突き刺さった状態で出土したのも、鳥海山の噴火で一瞬にして埋もれたケヤキであることが確認されて大きな話題になった。

さて、発見された観音像だが、不思議なことにそれが東京の深大寺に祀られているのだ。俺の同級生は東京に住んでいるが、これを深大寺で発見し、「?」ということになった。俺は後で調べることを約束していたので、それをきょう実行した。雨でもあるので、ゆったりして約束していた、資料館館長にあって当時の資料等を見せて頂いた。

_002                  <ネットから深大寺の本堂>

俺は前もってそのことを話していたので、彼はある程度調べていてくれた。そして・・・実は自分もそのことを不思議に思っていた。深大寺にも行ったことがあるという。しかし、彼の仕事の幅は広い。つい、そのことを詳しく調べることが出来ないでいたとか。

この「深大寺」を調べてみると、天台宗別格本山の仏教寺院で、山号を浮岳山だ。「だるま市」でも知られているようだ。天平5年(733年)、満功上人が法相宗の寺院として開創したと伝えられているようだ。859年には天台宗に改宗、1646年と1865年に火災に遭い、現在の本堂は大正年間の再建と記される(この行は、ウィキペディアより)

ふたたび観音像に戻るが・・・発見時のことが、五十嵐祐宏氏の「延命観音像の出土」に記されていた。当時、象潟港は修築工事最中、工事を請け負ったのは東京都三鷹市に本社がある永森建設だった。工事は漁港の拡張工事、陸地を海面から6m掘り下げて漁港にする。

工事は港と陸地を仕切るために堤防が必要だった。工事は陸地を掘り下げた最下部に割栗石を入れ、その上に基盤を作って、それに堤防を作る工事であった。ところが、割栗石を入れる位置で・・・即ち、地下6mのところで観音像が見つかった。

工事の主任は神保勘三郎氏、彼は前日に胸苦しい夢をみたようだ。その夢があって、いつもより不安感を抱きながら現場に向かった。そうしたら堤防工事の木枠が押し倒され防水帯が切れていた。事故であった・・・

神保氏は人夫を指揮し、木枠にワイヤーをかけて引き起こした。そこで彼は何か彫刻されているような石を発見したのだ。表面を洗うと「延命観音」の文字があらわれた。それを起重機でつることにした。しかし、つりあげることの出来る重量は8tまでだった。

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                <深大寺の延命観音>

ところがである。不思議なことにつりあげることができ、しかも、3tのブルで動かす事もできたのだ。しかし、折角の観音像も誰の関心も無くほぼ1年風雨にさらされていたという。そこに偶然にも永森建設の社長が現場を訪れた。昭和41年6月と言う。

そこで彼は、この観音像を東京に移そうと考えた。そうして、縁があって深大寺に安置される事になったのだという。それが上の写真の場所に祀られているのである。

ところが話はまだ続く・・・

観音像が東京に安置されたあとの象潟、漁港が竣工した数年後、漁船の沈没や海難事故が相次いで怒り、誰からとも無くもしやあの観音様を追いやったせいではないかとの憂いが募ったようだ。

そこで、漁協の有志が深大寺に赴き、祀られている延命観音を参詣して、模写勧請(もしゃかんじょう)し、自然石に観音像を刻み、堂宇を建立したという。それが象潟漁港にあり、俺もそこに入って手を合わせて来た。

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明日早速、約束をしていた友人にこのこと知らせようと思っている。

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新雪の鳥海山

からりと晴れ上がった午後・・・俺は鳥海山の5合目にdashここ5合目には休息所、ビジターセンター、大きな駐車場があり、登山の拠点にもなっている。今、紅葉が盛りとの情報から、軽トラでその5合目に・・・我が家からは30分だ。

俺はパチリパチリと40枚ほどの写真を撮影camera休息所兼レストランでは、”味噌タンポ”と”甘酒”を腹に収めて下山・・・あっちこっちと鳥海山にcameraを向けた( ^ω^)おっおっおっ

先ずは鉾立展望台から・・・奈曾渓谷から望む鳥海山!

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象潟地区からの鳥海山・・・

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そして、我が家の前からの新雪の鳥海山

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鳥海山は、秋から初冬と言った所。今夜は少し寒さを感じています。

 

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祝日なのだが・・・

晴れ上がった空の下・・・鳥海山が顔をだした。うっすらと白い。今年の鳥海山の初雪である。昨年は、9月末に降ったので今年は昨年よりの10程遅い初雪だ。俺はそんなに寒いとは思わないのだが、日中の温度表示をみると14℃とある。

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きょうは祝日の「体育の日」。かの東京五輪の開会式がこの日であった。そんなこともあって、この日が祝日になったと記憶している・・・あの日は雲ひとつない東京の空であった・・・

でも・・・祝日と係わりも無く・・・weep

葬儀から帰宅した妻が言った・・・「あんな哀しい葬儀はなかった・・・」と。妻の元の同僚の息子さんが亡くなって、きょうは葬儀であった。まだ、36歳だった。その子はまだ2歳と言う。お父さんの死も知らないで・・・哀れな葬儀、そうだっただろうと思う。

無論、葬儀は悲しい。楽しい葬儀等あろうはずがない。しかし、悲しさを越しての哀しい葬儀、きょうは確かにそうだったのだ。俺の息子とほぼ同じ年齢、息子の長女が3歳・・・妻は息子の年齢に重ね、どんな思いでの葬儀に臨んでいたのか・・・

話を聞くだけで胸が抉られる思いだ。何でも肝臓が悪く、妹から移植を受けたのだとも聞いた。それなのにどういう運命なのか、哀れなあわれな話である・・・

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俺はこの天気だ。アルミの脚立を出して、裏の庭のツゲ・ケヤキなどの剪定をした。樹は1年で随分と伸長する。昨年、植木屋さんに剪定してもらったはずだが、これもまた俺がやらなければ・・・

樹も高いし、脚立も高い。震える足を食い縛って、トリーマや剪定ハサミ、ハサミでの剪定だ。まだ、すっかり終っていないので、すこしきれいになったら後日、その成果は見て頂こう・・・

この日を浴びている虫がいた。ウッドデスクに気持ち良さそうに・・・、俺がカメラを近づけても動こうとしない。もう幾日も無いこのような天気、まるで勿体ないナと日を受けているようだ。

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伐った枝は軽トラに積んで、俺の山に持っていく。ケヤキの枝は太いし、結構な荷になった。そこで俺は思い出した・・・昨年も今頃こうした作業をし、山に来た、そして、舞茸を採ったことを・・・

なのでそこに行ってみた、そしたらあるではないかeye1株の舞茸が。俺はこの場所に、舞茸の菌を植えた。1万円の価格だった、しかし、10年は採れるとのことだった。まだ、10年にはならないが、昨年は3株だったから、そろそろ終わりなんだろうと思っていたのだが・・・

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妻は喜んだ、舞茸はダシが出ると・・・明日辺りにこの舞茸が食卓に上がる事だろう・・・鍋の季節だものsmile

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大将・・・美に触れる

正直、妻も俺も娘の帰省を待っていた、ところが連絡も無い。妻は午後から連絡があるかもと、それでも待つような気持ちのようだったので、俺はひとりで秋田市に出掛けた。秋田市までは約60k、rvcarで1時間15分はかかる。それでもどうしても行きたかったdash

実は「漫画家・矢口高雄の原画展」があり、この11日までなのだ。日曜日の混雑する中を行かなくても、俺は農作業も終ったから自由な時間はある。しかし、急な用事が入るかも知れないから、思いたったら・・・だ。

矢口氏の作品を常設している「増田まんが美術館」はあり、2度ほど入館したことはある。ただ、先日、彼の「山魚女群泳Ⅲ」の陶板が秋田空港に飾られたとのニュースがあった。それにきょうは本人が来て、サイン会もあるのだ・・・

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矢口高雄は秋田県の増田町(現在は横手市)に生まれ、一時、銀行マンになったのだが、漫画家を諦めきれずに自作品を投稿、やがて「長持唄考」が少年サンデーに掲載された。単身で上京・・・「釣りキチ三平」が掲載されると、一躍人気作家となり、釣りブームが・・・

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俺も持っているが、彼の書いたエッセイ「ボクの学校は山と川」を読めば、田舎の貧乏な村に生まれたものの、豊かな自然に育まれていく彼の生い立ちがわかる。映画にもなった「釣りキチ・・・」だから、大方の皆さんにはおなじみだろう・・・(写真は、きょう求めてきた葉書きとファイル)

次に入ったのが「 寺崎広業展」。彼も本県出身であり、日本画家である。いわゆる日本画壇の巨匠のひとりだ。伝統的な画法と写実を融合させた格調高い絵を描いた。歴史画、美人画、風景画と幅広い作域に優れた作品を残した。彼の作品展は、明日までが前期の作品展で、12日からは後期の展示に入る。

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どうしても観たいもう一つ美術展があった。県立美術館で開催されている「斉藤真一展」だ。さすらいの画家として著名なかの画家である。

彼の作品は「赫」に秘めた思いだ。その色は彼にとっては「赤」ではないのだ。それ以上純粋な色として抱いている。ご存知の通り、盲目の女性芸人、いわゆる”ご女”の哀しみを描いた作品はあまりにも有名だ。冬の越後の山並みを染めるその色に、哀しいご女を重ねたのだ。

パンフレットから・・・

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個性の強い作風だ。独特の哀しみの色・・・本展では、ご女や明治の吉原、さすらいをテーマにしている。どの作品にもそれが滲んでいた。

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昼食はざっぱ汁

目が覚めたら雨が降っていた・・・稲刈りは出来ているから、気持ちよくこの雨を見たrain玄関を開けると飛び石の間をぬって雨が流れていた。秋の作業が終ったから、心も穏かだ。昨日、従兄弟の稲刈りも終ったから、本当に安堵している。

この雨で・・・庭の木々も無論濡れている。こんな静かな雨だから、木々も気持ち良さそうだ。

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今年は植木屋さんが来なかった。否、来る事が出来なかったのだ。抗がん剤で治療中と言う。だから、夏から暇をみては電動のトリーマーで刈り上げた。素人ゆえやはり刈ったあとはどこか歪だ。でも仕方ない、今年は・・・

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我が家の玄関側の庭木はさつきが主体だ。だから刈り込まなければ、形が崩れてしまう。だから素人の腕で刈り込まなければならなかった。

朝からの雨だけど、特段肌寒いという事はない。俺はパジャマも半袖、家の中では未だに半袖だt-shirt俺は暑がりやで、妻からは「アツ」とさえ言われる。妻は寒がりやだ。まだ暖房の必要はないものの、暖房の電源だけは冬用に切り替えた。我が家の居間の暖房は「蓄熱暖房」だ。

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娘が遊びに来るのを期待していたが、来るとの連絡も無い。連休でもあるし、盆以来来ていないし、これから先は正月まで来ないと思うと・・・weepいつまでも子離れ出来ない親と笑うだろうが、ふたり暮らしには淋しいものがあるのだ。黙ってはいるが、俺よりもその思いが強いのは妻だろう・・・weep

午前中は農舎の掃除をした。もう半年もしていなかったから、埃がボウボウであった。これでしばらくは掃除をしないで済むだろう・・・掃除をしていたら・・・

漁師に嫁いでいる従兄弟が”秋鮭”を持って来たfishそれも気をつかってくれた、捌いてくれて持って来てくれたのだ。昼食時にさっそく頂いた。秋田では「ざっぱ汁」というが、頭も入っている。

鮭の肉はモソモソしてさほど美味しくはない。このざっぱ汁は本当に美味い。鱈もそうだけど、魚はざっぱに限る。

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今年の鮭は例年より遅いらしい。頂いた鮭は海で捕えただけに、川鮭よりは俄然おいしい。そう言えば、秋田県一鮭が遡上する川袋川、そろそろその時期だろう。俺は毎年、そこに出かけ紹介しているが、今年もその時期になったので近々に行ってみよう・・・

あの最期の踏ん張りを見せてくれる、鮭の遡上には感動するものがある、同時にいのちの終焉を見つめ、鮭に感謝するために俺はいつも行くのだ。その報告は、行ったあとで紹介しよう・・・

夜のニュースで男鹿などで大雨の被害があったり、大雨洪水警報が発令され、避難勧告が出されたまちもあるようだ。大きな被害がないことを願うのみである。

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”いちじく”のこと

朝から晴れ上がった・・・sun

従兄弟から電話があって稲刈りするので応援頼むとのこと、その要請に応えて俺は助っ人に。そしてとうとう彼の稲刈りも終った・・・明日から雨の日が続くとの予報だ。その前に出来たのでヤレヤレ・・・_ノフ○ グッタリ

002 その従兄弟も栽培し、彼の集落がわがまちのいちじくの産地になっている。秋田県では、ほぼわがまち以外での栽培はない。いちじくは地中海原産で、比較的温暖でないと育たないし、枝は裂け易いので、積雪の多い場所では栽培が適さない。

以前はわが集落にも栽培が多く、”和いちじく”として出荷していた。ほとんどジャムに加工されたようだし、まちでは「いちじくワイン」も開発された。しかし、いつの間にかそれも消えた。

003_3 わが集落からいちじくが消えたのは、木の老朽もあったし、冬場の野ウサギから幹が食害されての枯死もあった。

俺は生食が好きで、頂いた中から熟しているものを2、3個生で食べる。この感触がいかにもいい。

生食用にパックで販売もしている。ただし、今夏の水不足はいちじくに大きな影響をおとしたようだ。実があまりつかないとのことだった。

005 田んぼより収入があるとのことで、彼の集落では専業に切り替えた人もいるらしい。癌に効くなども囁かれ、いちじくは結構人気上昇中だ。

子どものころ、食べ過ぎて唇が割れた事もあったし、下痢で大変な思いをしたこともあった。それだけわが地域ではポピュラーな果実であった。

第一、お菓子のおやつなどなかったから、そんなものを食べるしかなかった。

006 頂いたいちじくは、先ずは甘露煮に・・・トコトコ長い時間に煮込んで・・・

ビンに詰める。こうして我が家の正月の馳走になるのだ。また、この甘い甘露煮を好む娘の嫁ぎ先にも送っている。

いちじくは煮込むときれいな飴色になる。

007 夕食に出たのは、「コンポート」といういちじくの料理。赤ワインで煮込んだものだという。これまたきれいな飴色だ。

酒飲みの俺も、こうした甘いものにも目が無い(*゚ー゚*)

009 今夕の食事には三度のサンマ。最近は安くなってきたとのこと。その焼きサンマに、いちじくのコンポートが添えられた・・・happy01

明日から、勤め人は3連休・・・或いは、娘が遊びにくるのではと・・・妻とそれを期待している。

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青春&赤秋

台風は被害ももたらさず過ぎてくれた・・・

ただ、朝から小雨が降ったり止んだりと台風一過ではない。外の作業もこんな日は嫌なので、自らに充電しようと?映画を観に行ったdashそれも映画の梯子をした。

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評判の高い「君の名は。」。映画のアニメを俺は初めて観た。なるほど作りはとても丁寧だ。場面の端々も省略していない。小さな動きもハッとするほど細かい。画面が事の他きれいだ。観客の動員数も記録的だと先日、新聞に出ていたので観に入ったが・・・でも、俺にはどうもいまひとつ・・・

ハドソン川の奇跡」は、2009年1月、米ニューヨーク上空で実際にあった話だ。乗客乗員155名を乗せて離陸したのだが、バードストライクによってエンジンが火をふく。管制塔から引き返せとの指示が出たものの・・・

機長役はお馴染みのトム・ハンクス、監督があのイーストウッド。空港には引き返せないと判断し、ハドソン川に着水し、全員奇跡的に助かったのだが・・・感動的な映画で、ゾクゾク感もある。

EIGHT DAYS A WEEK」はデビューしたビートルズのドキュメンタリー映画だ。熱狂的なファンに囲まれて歌う姿には涙している当時の若人。最後の30分は、1965年8月のニューヨーク・シェイ・スタジアムで行なわれたライブ。

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中学2年生の文化祭の時だったと思う。舟木一夫に酔っていたころだった。Yという同級生がプレーヤーを持ってきてかけたのがビートルズだった。当初はうるさい音楽だ。ガヤガヤで奇声を上げるグループとの印象だった。

ところがその後、俺もかなり惹かれていくものがあった。彼の音楽を録音したくて、カセットデッキを買い、ほどなくオープンリール・デッキも買った。彼らのレコードやテープも結構持っている。映画ではあくまでも前半のもので、以後の変遷はこの映画にはない。

ビートルズは凡そ8年間の活動だった・・・印象的にはもっともっと長いような気になるが、それはあまりにもヒット曲が多いからかも知れない。思えば、ビートルズを聞いていた頃が俺の青春時代だった・・・

003 こんな言葉を知ったのは最近だ。俳優・仲代達矢の言葉が新聞に載っていたのだ。彼のことは以前に、映画「ノウリン」のときにも書いたのだが・・・

彼は、1945年の東京山の手空襲の際の記憶が今でも鮮烈に残っていて後悔をしているという。空襲で逃げ惑う中、近所の少女の手を引いて走るうち、少女が腕だけになっていたことに気付いたという。焼夷弾の直撃を受けたのだろう・・・

その時に彼は恐ろしくなって、腕を置いて逃げたという。それを今でも悔やんでいるというのだ。なぜ、弔ってやれなかったと・・・

灰色の青春時代だったとしか言いようがない。その彼は今83歳とか、自らのこの人生の時を「赤秋せきしゅう」と呼んでいる。

というよりも、彼の奥さん隆巴さんの造語が本当らしい。赤秋は晩年の「燃える秋」を意味しているとか。

台風が去って、秋田はもう20度以下。少し寒くなって来た。例年10月10日には暖房を入れているので、その時ももう近いのだろう。

その赤秋は周辺の山ばかりではなく、俺もそろそろその部類に入る・・・

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でっかいサツマイモ

台風18号は、速度を上げて日本海を北上しているようだ。そして、今夜には温帯低気圧に変わるようだ・・・その後に東北地方に影響がありそうな進路予想である。日本海側を中心に荒れた天気になるとのこと。今の所、我が家の付近は雨も風もなく静かだ。被害を及ぼすことがないようにと願っている・・・

その台風の影響だろう・・・朝からすっきりした空模様ではなく、どんよりとしたcloud、夕方にはパラパラと小雨があった。俺は、気になっていたウメモドキやカイヅカイブキを剪定し、すっきりとした。それに下草なども整理し、このあと、この辺にクリスマスローズを植えようと苗を買ってきている。

クリスマスローズは半日陰で育つ。俺の好きな花でもあり、4~500円の安いものだが、白・黄・紫等を植える・・・

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俺が庭のそんな作業をしていると、妻が畑からやって来て・・・「大イモだ、写真撮ってくれ!」と。俺はcameraを持って行くとなるほど・・・1本の蔓からご覧のように、大小5個のサツマイモがついていた。俺もドデンした・・・(驚いた)

こんなに大きくなったのは、品種そのものの特性かも知れない。しかし、春の稲の育苗に使った肥料が効いたのかも知れない。叔母さんはサツマイモの畝に育苗の余った苗をサツマイモの苗に敷いている。それが例年、サツマイモを大きくする秘訣にしている。

品種は”紅あずま”だ。水で洗うとその名のごとく紅色のサツマイモだ。

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明日は雨の予報でもあり、収穫しそして水洗いしたのだが、大豊作の我が家のサツマイモだ。これだけの数だ。俺たちだけでは食えそうにない。あんまり食べると体内からdash発射したりすることもあるので、他にお裾分けということなるだろう・・・

畑にではナスは終った。多少のゴーヤは下がっているようだし、ピーマンもなっている。それに

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トウガラシが鮮やかだ。妻は野菜作りの図書を買い、野菜日記をつけてメモ等している。そのせいか、年々腕をあげている(・・・と思っている)だから、野菜はあまりスーパーからは買っていない。それに、近所のAさんや隣り家のBさんが珍しい物を持ってきても下さる。

この畑の周辺には、コスモスが一人で生えていっぱい咲いている。

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温暖な・・・「秋」

雨上がりの朝sun玄関を開けると、そこには金の星のように、キンモクセイの花が敷かれていたshine今年は例年に無く、キンモクセイが多くの花をつけた。木が成熟してきたこともあるだろう、気候が今年は合ったのかも知れない・・・いづれ、通販で求めた苗であったのだが・・・眩しいほどの玄関先だ!

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こうして見ると、木に付けていた時よりもきれいだ。土を埋め尽くすほどの落花だから、そのように豪勢に感じるのだろう。

昨年は9月末に鳥海山に初雪があった。ところが今年暖かい。例年、10月10日前後に暖房を入れている我が家だが、この分では当分その心配はないのかも・・・否、台風がまた接近しているから、これがまた季節を分けることになるかもだ・・・

俺は昨日もt-shirt、家の中がむしろ涼しいくらいであった。きょうだって温かだ。午後から、まちの敬老式があったので、ネクタイを結んで出かけたが・・・家の中ではまだt-shirtと短パンだ。

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これは田植えされた田んぼではない。稲株からひこばえが成長しているのだ。10月なのに、田はまるで田植えのあとのように緑に染まっている。これもまた例年に無い、温暖な10月だからだと言えよう。

昨日、hospitalからの帰り・・・ホームセンターに寄った。何かいい花がほしいと思って寄ってみた。クリスマスローズの苗、5品種の5ポット、ガーデンシクラメン2鉢、さらには半額の値になっていたので、姫こぶし、それに柿の苗を買って来たbud

それを先般の枇杷も含めて鉢植えにしたので・・・記念にcamera

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もう庭に空きはないので、いづれも鉢植えにした。姫こぶしは庭にも植えてあるのだが、500円もしなかったから、鉢もいいだろうと買ってしまったのだ。左から「ニワフジ」「柿 禅寺丸」「枇杷 田中」「姫こぶし」。

もう姫こぶしは芽も膨らんでいる。来春、早々には花も見られそうだ。

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植物はすごい!

きょうの雨で、キンモクセイの小花も盛期を終わり、花びらを地面に落としている・・・なぜ?キンモクセイは香りをだすんだろう、それはどこから香りを発進させているんだろう・・・

Photo 病院の診察の待ち時間に開いた1冊は、その名もズバリ!「植物はすごい!」という1冊だ。読み進めていくと、実に痛快な本なのだ。

何でと言う疑問をどんどん解決してくれる。そして納得のできる内容だ。

”はじめに”の冒頭にはこんな言葉が書かれている。「本書は、植物たちの”すごさ”をテーマにしました。植物たちは、動きまわることがありません。また、声をあげることもできません。そんな植物に対して、”すごい”という言葉が発せられるのは、数少ない場面です。

そして・・・

葉っぱにとまったハエ等の小さな虫を捉えて食べてしまう「ハエトリソウ

触ったとたんに次々に葉っぱを折りたたんでしまう「オジギソウ

実に触れるとぱっとはじけて種を飛びださせる「ホウセンカ

まだまだある植物の「sign02である。

一通りの内容の見出しを書くと、植物図鑑のような雰囲気だし、ほとんどなるほどなるほどと納得がいく。

第1章は「自分のからだは、自分で守る」であり、少しぐらいなら食べられてもいい、食べられたくない!として、植物のすごいを記述している。

第2章は「味は防衛手段」として、渋柿や栗の渋みが紹介され、渋みと辛味でからだを守る。苦味と酸味からだを守る。言わば、植物の本能について書いている。

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第3章は「病気になりたくない」として、野菜と果汁に含まれる防衛物質や病気にならないために、かさぶたを作るとは動物並みの部分もある。そして、香りはただものではないとして、この章を閉じる。

以下は、第4章「たべつくされたくない」、第5章は「やさしくない太陽に抗して生きる」、第6章は「逆境に生きる」、第7章では「次の世代へ命をつなぐ」

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このようにしてみていくと、植物自身、凄い深化を遂げている事が分かる。

凄い1冊に出会ってしまった!

    写真は残されたヤマボウシ、下がインパ

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日本酒の日

昨日、「10月1日」は”日本酒の日”であったbottle何でも、酒と言う字のツクリが「酉」は十二支の10番目で、酒壷を表す象形文字と言われているという。更には、以前10月を酒造り年度のはじまりと定めていたそうだ。これから昭和53年に、10月1日を”日本酒の日”に制定したという。

秋田県では、「秋田の酒による乾杯を推進する条例」が平成26年7月15日に制定された。また、県下自治体では、”日本酒による・・・”、また、地元の器を使っての”乾杯条例”等いろいろと酒にちなむ条例が制定されている。例えば、「秋田杉の器で・・・」等だ。

さすが酒の国・秋田である。実は、9月29日の打上げの懇親会では、日本酒での乾杯から始まった。酒は嗜好品であるから、個人個人好みがある。それをこのように条例まで制定しての推進条例、違反したとて罰則はないのだが・・・

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実は本市でもその動きがあった。本市では「日本酒による・・・」であった。しかし、本市での造り酒屋1件であり、それをまるで支援するような条例であってはうまくない、中には洋酒の販売店もあり、片手落ちになってはとの意見で制定は見送られたことがあった。

秋田県の同条例は、日本酒をはじめとする県産の酒類及び原材料を使用して生産された酒類による乾杯を推進することで、秋田の酒を愛飲する気運を醸成するとともに、酒類製造業者及び関連事業者の競争力の強化を図り、本県の食文化への理解の促進と県内の関連産業の発展に資することを目的に制定された・・・

対象としている「秋田の酒」とは、県内で醸造された日本酒、ワイン、ビール、どぶろくなど・・・他には県産材料を用いて生産された酒類のこと。

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秋田魁新報によれば、秋田の日本酒を愛し、魅力を発信しようと行動している日本酒女子が増えているという。

例えば、秋田市の「あきた日本酒女子」、9月2日に「あきた・・・はじまりの会」を開催し、利き酒や日本酒にあうおつまみの提案等し、25人が集まったようだ。また、横手市では「さけがぁる」、女性の視点で日本酒をおしゃれにプロデュースしている。さらに湯沢市では「こまち女酒会」を立ち上げ、楽しみながら地元の酒を発信していくという。

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さてさて・・・俺・でんでん大将は酒が大好きだ。それはブログを見てもらえば、酒の記事、失敗談が多いので、その量はすごいだろう・・・そう思われているだろう、実はその通りなのだが、俺は本来はビール党なのだ。

涼しくなってきたので熱燗をさぞや強引に呑んでいると想像されるだろうが、熱燗は苦手なのだ、あのプーンとくる匂いがあまり好みではないのだ。だから、酒なら冷酒を好む。ない場合は信念を曲げて、ある酒に傾くのではあるが・・・

俺は若い頃は酒を呑むと顔が青くなったものだ。そして・・・downそれがだんだんと呑めるようになったのは、元々の父祖の遺伝子があり、努力?したからだ。呑まないと相手から敬遠される、そのような立場の仕事だった・・・

しかし、リタイア後はしからば止めたのかというと、暑いと言ってはビールを呑み、仲間との懇親と言っては酒を呑みあう、そんな日々である。今後とも酒とは付き合っていくことになるだろう・・・

秋田県の条例を推進するために・・・??? 

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うろこ雲?を見た

きょうから10月、今年も残りが三ヶ月・・・

朝から晴れ上がって、上々の稲刈り日和sun俺は従兄弟の稲刈りに助っ人だ。彼は独身であり、勤め人でもある。だから何からなにまでひとりでやらねばならない。そんな彼と田植機とコンバインは共同で求めた・・・

そんなことで機械のみならず、人の手も共同なのだ。先日の俺の稲刈りは彼が助っ人に来てくれたので、きょうは俺が彼への助っ人に・・・彼は機械も詳しいし、第一、物怖じしない性格だ。

慎重派?意気地なしの俺とは違って、作業は堂々とこなす。彼の田んぼは山間にあり、機械が田んぼに入るには、やや傾斜した進入路がある。俺などはとてもビビッて仕舞うようなところも平然と運転する彼だ・・・

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彼は乾燥機を持っている。従って、自宅に籾を搬送したり、また、乾燥機には50aほどしか入らないので、残りはカントリーに運ぶ。従って、俺はコンバインを操作したり、カントリーに運んだりの慌しい1日だった。

彼が自宅に運んでいるときに俺がコンバインの操作、一昨日の雨がまだ田んぼに残っていたり、また、田面をぬかるませていた。それでももう刈り取りは適期で、今後刈り取りが遅れると、胴割れが出てくる・・・

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3時半過ぎだった・・・

東の空にきれいな雲が並んでいる。とっさに「うろこ雲」と思って、カメラのシャッターを切った。

ところでブログにその写真を載せる前にネットで調べたが???良く分からないのだ。巻積雲というようだが、その中には「さば雲」「いわし雲」「うろこ雲」があるようで、きょう観たのは???

ネットから見ると・・・

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さば雲・・・さばの背の模様のように波状になった雲

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いわし雲・・・いわしの群れのように見え、いわしの大漁になる兆し?

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うろこ雲・・・ 魚のうろこに似ている

いづれも秋に良く見られる雲らしい、大きな雲、広い雲と比べて高いところにあるように見えるとか、秋の季語にもなっているようだ。

はてさて・・・俺が観た雲は?

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