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2016年9月

13年後の夢

になるがあった・・・

俺のPTA時代の校長先生が上梓された句集が「枇杷」であった。

その枇杷を植えたい、我が家の庭にも植えたい、鉢植えでもいい!ここしばらく、そのことを考えていた、そして花木店に注文していた、その苗木がきょう届いた・・・

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苗は届いたけれど、不安がないわけではない。実は、枇杷は亜熱帯や温帯地域で栽培される。平均気温が15℃以上、最低気温は-5℃以下では育たないのだ。従って、日本では千葉県より北では育たない・・・というのだ。

しかし、わがまちでは植えられているのを目にしている。それに、注文した枇杷「田中」は比較的低温地帯でも育つとされている。果たして・・・

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「田中」は、明治12年頃、植物学者である田中氏が、長崎県で食べた枇杷の種を東京に持ち帰り、自宅で育成したのが始まりと言う。

果実は釣鐘形で酸味が適度にあり、甘味が強いのが特徴だとか・・・

俺はその「田中」を植えた・・・

ただ・・・

「桃くり年柿8年・・・」という。それが枇杷は早くても13年と言われる・・・これがまた不安だが、逆に夢をしばらく見続けられるということにもなる。

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枇杷にはβカロテンやβクリプトキサンチンが多く含まれている。高血圧の予防やがん予防に効果があるとも言われている。また、果実のみでなく、葉は薬にもなるとも言われる。含まれているタンニンが細菌の繁殖を予防するので、皮膚疾患やかぶれにも有効といわれているのだ。

13年後というと俺は父の享年をはるかに越えることになる。今年生まれた6番目の孫が中学生になる・・・だけど、枇杷のなる日を夢みて長生きしたいものだ。

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もう「秋」!

昨夜は本当に驚いた・・・sign02なんとなんと俺のブログ「でんでん大将のひとりごと」へのアクセスが481件・・・こんな件数は初めてであり、むしろ何で?と驚いた・・

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たかが「ナス」の記事がこんなに人気を呼ぶなんて???なんかの間違いだろう・・・

だったら驚くこともない。世の中は間違いが多いのだ。でも・・・間違いがないのは、季節を敏感に感じ取っている「花」か!

俺が玄関に飾っているのはクジャクソウだ、この紫の色がいい!!!

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時には、例年よりも早い開花だとか、今年の色具合がどうだとか・・・でも、季節を敏感にキャッチすればこそ、何の疑問を抱く事も無く、その花を愛でる事が出来る。

そう言えば・・・

ホトトギスも咲き始めている・・・

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もう「秋」なんだ・・・

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飲兵衛の歌

大正5年、歌人の若山牧水が秋田県を初めて訪れて、今年は百年目に当る。4月21日夕刻、千秋公園で彼は鳥の名を入れて歌を詠んだという。

このことにちなんで、第14回日本ほろよい学会主催の「秋田大会」が開催され、短歌を募集していた。部門は3つ、「旅」「酒」「鳥」であった。

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  鶸めじろ山雀つばめなきしきり さくらはいまだひらかざるなり・・・・牧水

  旅さなか秋田にやどりし父のうた ふかきえにしに今日きざまれぬ・・・旅人

積極的な?俺は恥も外聞も無く、この短歌大会に応募していた。その通知がきょう届いたのだ!

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勿論、俺が応募していた部門は「酒」である。

それが、何と言うことだ!俺の応募していた短歌が佳作に入っているではないか。お恥ずかしいのだが・・・

   父祖からの遺伝子われに引き継がれ「飲兵衛」の名の冠さるる

まあ、これも俺だ。俺に間違いがない。俺が悪いのでもなく、酒を呑むのは父祖からの遺伝子が俺に酒を呑ませているのだ。なんて勝手な、しかも先祖にその非があるごとき詠み方・・・土に還った祖父も父も、それはないだろうと怒っているかもsign02

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今夜もこの部屋にはキンモクセイの香りが入ってくる・・・

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ナス”様様さまさま”

夏野菜の王様は何と言っても「ナス」ではないだろうか・・・煮ても焼いても揚げても食える。俺はそのナスが大好きだから、俺ならば夏野菜の王様としてナスを推奨する。俺にとっては、「ナス・・・様様」なのである。

我が家のナスは妻が育てているのだが、様々な品種を植えているから、未だにナスを食べている。

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きょうもナスが食卓に上がった・・・”美男”という品種らしい。そんなに大きくも無く、漬物には持って来いのナス、まるで俺のような?”美男”であるm9(^Д^)プギャー

ナスはまた色具合も良い。ナスの漬物があれば、もう何にもいらない、朝食にはピッタリだ。俺の子どものころは、学校から帰るとおにぎりとナスの漬物をもって集まった。おやつなどのない時代であったから、それがおやつ代わりであったriceball

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ナスは揚げ物もおいしい!天ぷらもまた・・・

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それに南蛮揚げも大好きで、ごはんにも、また、晩酌のつまみにもなるbottle

俺はナスの味噌汁も好きだし、焼きナスなどはもう大の大好き!妻は料理も上手いから、ナスもしあわせだろう・・・勿論、美味いうまいという俺もいるから、ナスとしては本望かも・・・等と思うhappy01

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ただし、長期間に亘って楽しませてくれたナスも、そろそろ終りだ・・・「ハイ、これで終わりでナス」という妻の声を聞くのも遠い先のことではないようだ。

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我が家の果実酒

「これで終わりだよ!」、妻は俺のグラスに注いだ。ヤマボウシの酒である。

我が家では、秋になるといろんな果実の酒を造っているのだが、今回の酒はヤマボウシの酒だ。しかも、実取りのヤマボウシが今年は赤い実がまったくみえない。徒長した枝を先日に払ったせいで、実があからさまになったのだ。

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従って、鳥に食べられたのだ。俺の酒になる前に、鳥の食糧になってしまったのだ。

写真はサンシュ、実はこれもサンシュ酒にしているし、他にはカリン酒も・・・サンシュはそろそろ取らないと、また、鳥の餌になってしまうshock

カリンは今2個がなっている。カリンはおもしろい実である。ご覧になっている方も多いと思う。実は、枝に横向きにしてカリンはなる。何でそんなに・・・当然、俺は分からないし、でも不思議?

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他には我が家で実のなるのは、ボケ、ヤマモモ、スグリ・・・ただし、これらはまだ酒にしたことはない。

今朝も窓からキンモクセイの香りが入ってくる。俺はその香りに包まれながらpc実は昨夜は想像されるように、酒を呑みすぎた。埼玉から妹夫婦が来て、ついつい呑みすぎてしまった。1年ぶりの再会だ・・・happy01

もうひとつ俺の窓に入っているのは、隣り家のたわわになっているカラタチ。恐らく暖かい地方のものかと思う。ミカンに似た植物だから・・・歌手・島倉さんの歌ったカラタチだ。

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きょうはこれから会議、そんなに稲刈りを難儀したわけではないのだが、どこかしら疲れを感じている・・・

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キンモクセイの香る頃

玄関を開けると・・・( ^ω^)おっおっおっ、良い香りだ!キンモクセイの時期になったのだ。まるで風呂の中にいるような錯覚となる。目立たない、本当に小さな花なのに、どこに香りを放つ力を秘めているのだろうか・・・smile

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こちらは香りはないものの、紫の小さな実をたわわにつけている。ムラサキシキブである。

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ただし、このムラサキシキブは花瓶にさすと、葉はたちまち落ちる。庭に1本植えたのだったが、繁殖力が旺盛だ。あちこちに葉を伸ばしている・・・

きょうは稲刈りも終って余裕がある。従兄弟は、小屋片付けしないと稲刈りできない、そう言っていたから「刈る」との電話も来ない。だから、俺は作業着を来てキョウチクトウやウメモドキなどの剪定をした。

妻は参加できないと諦めていた読み聞かせの研修会に行った。仲間のNさんとふたりで秋田市にdash何でも中央の方から講師が来るようだ。稲刈りが残っていたら、それも出来なかったから、先ずは良かった!

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昨日の稲刈りの難儀した田んぼに行ってみた。場所的には水口だから、他よりはぬかるむ率が高い。ただこの田んぼには、上の田んぼからの浸水があるのだ。だから、耕起も難儀し、田植えもそうだった・・・

従兄弟からは来春までに、上の田んぼの下に明渠掘ったほうがいいだろうと指摘された。言われまでもなかったのだが、溝切り作業は2度も行なっていた。それでも水口が低い事もあるのだろう・・・まして、前日は雨だったから尚更ひどかった。

稲刈りは終ったが、来年のために近々にその作業を始めなければならないdash

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稲刈り終了!!!

午後4時半・・・今年の稲刈りが終った!!実質3日間で終ったことになる。3日間はこれまでの稲刈りで最速だ・・・

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昨日の雨、結構な量だったようだ。田んぼにも水が溜まっているし、稲にも雫があって直ぐには刈れない。露が稲に残っていると脱穀が詰まってしまう。風でもあれば、すぐに乾くのであるが、今朝は昨夜の雨が・・・

だからコンバインを掃除して、10時半からの稲刈りをスタートした。きょうも従兄弟が助っ人に来てくれ、カントリーへの籾運搬は妻と俺・・・

きょうはわが集落の搬入を指定されている。ところがカントリーに行くと待ち時間がない。この間のように軽トラが並ぶ事も無くスムーズに搬入できた。もう刈り終った人も多いのか、或いは昨日の雨で刈るのを止めているのか・・・

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昼食は買ってきた弁当を畦で3人で食べたriceball

昨日の雨で、田面が幾分柔らかなので高速では刈れない、従兄弟はそう言いながらも運転がうまい。1枚70aほどの田んぼは瞬く間に終った。実は、きょうは最低でもここまではと思っていた・・・

ところがカントリーは余裕だし、搬入制限も無い。そこで次の田んぼに・・・

その田んぼは例年、水口あたりは苗代のような状態である。今年もまた、そのような状態だ。でも、彼はうまく操作をしてくれて、手刈りすることなく終った。さらに次の田んぼもどうやら出来るとの確信からdash

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軽トラに積まれているスタンドバッグには”いなご”、或いは籾といっしょになって中にはいっているものも・・・そのままカントリーに運ばれる・・・

昔はいなごを捕まえてツクダニにしたものだ。我が家ではしなかったものの、大方の家では食べたものだ。一時、農薬の関係からか姿を消したこともあったのだが、今はすごい数になっている。

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ああ終った終った・・・ひとつの安堵感がある。今年は、19日、22日、そしてきょう・・・わずか3日間の稲刈りだった。これもコンバインと言う刈り取り機械があればこそだ。かつては我が家では杭掛けして稲を乾かした。

それが家に乾燥機が入り、さらにはカントリーが出来て、農舎は農機具保管場所になった。確かに農機具は過剰投資とは言える。しかし、こうした機械がなければ、農業をする人はいなくなるだろう。

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ああ、秋ですね~

今夜の食卓は「サンマ」・・・

今季二度目の食卓ある。これが出ると如何にも「

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従兄弟から「いちじく」が届いた。秋田県では、唯一の生産しているまちだ。北限の「いちじく」。ただし、かつての我が集落には「和いちじく」があって、これが最高であった。今では西洋いちじく。

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子どものころはおやつ代わりだった。食べすぎで、唇がわれたり荒れたりしたものだ。

これが出るといかにも「

サンルームでは「ノボタン」がいっぱい花を咲かせている。

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ああ、秋はいい!花が咲き、果物が実り、そして魚がおいしい「

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「搬入制限」

俺にとっては、今季、2日目の稲刈りだ。空はどんより、夕方の早くから雨の予報、大方は空を気にしながらの稲刈りだ。俺はきょうのカントリーへの搬入が割り当てになっているし、会議や他のことで稲刈り出来なかったが、きょうは・・・

再び従兄弟も来てくれて、籾は軽トラ2台でJAのカントリーに運ぶ。いくら集落に搬入の割り振りがあって、それを守ってはいるものの、祝日でもあることから稲刈りしている人は多い。コンバインから軽トラの荷台のスタンドバック、これに500~600kgはいるのだがカントリーへ・・・

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カントリーでは軽トラのラッシュ、それでも整然と並び、順序に軽トラに乗ったままに重量が量られ中へ・・・

職員の方々から、スタンドバックが下ろされて、カントリーに入る・・・

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そして、再び計量されてカントリーを出る・・・

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きょうは特に混雑している。やはり休日になると搬入が多い。カントリーにも入る限度、1日の処理できる量があって・・・

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搬入している皆についに出る!「搬入制限」だ。いくら天気がよくとも、これが出るともう稲刈りは出来ない。通常は一応午後6時までになっているのだが・・・

刈った籾は水分が高いので、そのままにはしておけない。即、運搬してカントリーに搬入しかないのだ。自宅で乾燥する場合は、乾燥機にいれるのだが、袋に入れたままでは発酵して籾が変色する・・・

俺は予定していた谷地の田んぼ約70a終えて、きょうの稲刈りを終えた。このあとは、「土日」を予定している。

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憧れは・・・AKB・ASJ

涼しさに加えて日も随分と短くなった・・・そして、きょうはこの秋一番上々の天気になったsun朝から多少の風もあって、正しく稲刈り日和だsun周辺の田んぼではコンバインが休み無く動いている。

夕方、鳥海山がきれいに山容を見せていたので、cameraを構えて・・・パチリ!その後で明日用の軽油をgasstationで求め、そのまま海に向かった。昨夕の夕焼けは真っ赤であったが、今夕は怪しげな雲もあって少し残念だったが、海は凪いでいてその果ての雲・・・でも、これまたscissors

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都会のような派手な色は存在しないが、こうしたしっくりした光景は好きだし、このまちに生まれ、このまちに住んでいる事に幸せなものを感じる・・・海あり、山あり、川ありのわがまちだsign03

昨日はきれいに咲いたバラに憧れを持ったのだが、人間はそのようにいかないことも分かっている。しかし、若さに戻れなくとも生き方次第ではそれ以上のことも出来る。つまりは人間として充実した生き方が出来るのだ。

全国では、100歳以上の高齢者が6万5692人おいでだとか。秋田県では、過去最多の623人で最高齢は110歳だ。

秋田県には面白い人がいたものだ。その名は「エイジフレンドリーあきた市民の会」といい、趣味や生涯学習などの精力的に取組んでいる高齢者を認定する事業を行っているのだ。

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認定は・・・AKBとASJとしての認定だ。

AKBとは、「秋田のかわいいばあちゃん」ということ、秋田のA、可愛いのK、ばあちゃんのB、これでAKBなのだsmile

じゃ、ASJは・・・「秋田のすてきなじいちゃん」、秋田のA、すてきなのS、じいちゃんのJ・・・これでASJなのだsmilesmile

先日の新聞には、事業を始めた初年度に認定されたふたりのことが書かれていた。AKBのその人は、仲間とともにボランテイアで施設を訪れ、歌や踊りを披露しているとか。もう毎月の予定が手帳が黒くなるほど、スケジュールがいっぱいらしい。

ASJのひとりは高卒後大工一筋に仕事に打ち込んだ。しかし、60代になって仕事を減らしてから、撮影に出歩いた。勿論、それを持って、頼まれれば家のリフォーム、雪囲いなどに精も出している。

このように生きがいを持って前向きに生きている高齢者も少なくない。「あの人のように生きたい」そう思えるような高齢者を認定し、ネガティブになりがちな高齢者に刺激を与えたい、とは会長のことばである。

「金よりも大事なものがない老後」、これは同じ紙面に載っていたシルバー川柳だ。こうではなく、どんどんと外に出ることが大事だろう。外に出れば、決して大事なものが金なのか気がつくはずである。

憧れはAKB・ASJ・・・俺もASJ目指して生きよう!

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敬老の日を思う

19日は「敬老の日」であった。それを記念にして新聞では特集が組まれたりしていた。

総務省が発表した人口の推計によれば、女性の総人口に占める65歳以上の”高齢者”の割合が30.1%となって、初めて3割を超えたという。65歳以上の人口は73万人増の3461万人と過去最高を更新した。

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秋田魁新報から関連した記事を拾うと・・・

本県の高齢化率は34.6%、高齢者人口は35万27人だという。最も高いのは上小阿仁村の52.4%、俺の住むにかほ市は順位では21番目の35.1%だ。ちなみに一番低いのは秋田市で28.7%である。

県内の自治体では、これまで長寿祝い金と称して、高齢者に祝い金を出していた。例えば、100歳になったら30万円を支給、東成瀬村では50万円している。ところが、どんどんと増える高齢者に財源が困難になってきており、祝い金を相次いで減額している・・・

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状況を考えた場合、仕方ないことと思う。逆に人口減の今の時代だ。子どもの出生に祝い金を出したりしている自治体が増えている。本市もまた然りである。

斯くいう我が家もまた高齢者家族である。高齢化率は100%だ、かつての村の状況では、2世代家族、3世代家族の同居も珍しいことではなかった。我が家だって8人家族が暮らしたこともある。

今年求めたバラの「ピース」が三度花を咲かせている。花の期間は短くて咲いたと思うと翌日には精気がなくなっている。鉢植えのせいだろうか。まだ、肥料もやっていないから、それが遠因かも知れない。

しかし・・・いい!花はいい、バラはいい!・・・こうして終われば又つぼみを作るのだから・・・

新聞の記事に、絵本編集者・末盛千枝子さんの講演会の記事が9日に載った。その中で、翻訳絵本「あなたのひとり旅」を読んで、心から泣くことが出来たという、友人からの手紙を受取ったという。

長年連れ添った老夫婦の死別の話だ・・・こう書かれていた。俺は早速○○ゾンに注文、届いた絵本を直ぐに読んだ。

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絵を描いたのはゴフスタインで、ジョン・ハートフォードの歌う”Your Lone Journey”を聞き、自分の考えていた愛とか結婚とはこれだと思って数年、やっとここの絵を描いたのだそうだ。

Your・・・即ち「あなたのひとり旅」、訳したのは詩人の谷川俊太郎だ。初版が2012年2月。12㌻の薄い絵本で、文字も1㌻1~2行。絵はクレヨンだろうか・・・温かみのある絵だ。

二人には何年も幸せなときが続いたけれど、ついに一人が旅立ち、一人が残されるときが来たのだ。表紙を開くと言葉と絵が、後に残る悲しみと寂しさを余すところ無く描いて、それでも愛は、死によっても失われることはなく、この世での寂しさはいっときのも・・・こう記述されている。

俺は最高の絵本を手に入れた。絵本は文字が少なく、余白が多い分、その空白の行間にいろんなことを思い、考える事が出来る。少々高い絵本(1,800円)とは思ったものの、この先は後になるか、先になるかのことである。遠い先の話でないことだけに、しみじみとさせられた絵本である。

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稲刈りスタート

予報では午後からは「sun」、それを期待して先ずは叔母さんの田んぼに向かった。鳥海山がかすんでいる。この地域ではまださほどコンバインは稼動していないようだ。なかなか乾かない露の度合いを見て、午前10時、俺はコンバインのエンジンをかけたdash

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1年ぶりの運転のコンバイン。俺は従兄弟と共同で使用している。4条刈りで煙突?付き。まるで戦車のような農機具だ。でもそろそろ更新期、ただ・・・価格がup使っているようなコンバインだと5~6百万円だ。また中古でも探さないと・・・そんな価格では手が出ない。だが、中古だって2百万円はするだろう・・・

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この4条刈りだと30aで約2時間で刈り終える。昼食は畦にて食べた。riceballに茄子漬け、あとは果物だ。弁当を買いに行けばいいのだが、その時間が勿体ない。畦での弁当もいいものだsmile

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刈った籾は軽トラに積んだスタンドバック(JAのもの)に積み込んでJAのカントリーに運ぶ。俺はコンバインに乗っているので、その仕事は妻に頼んでいる。

午後からは従兄弟が助っ人に来てくれた。彼は機械の操作はお手の物、コンバインもスピードを上げて刈り進む。彼の軽トラを借りて、妻と俺は軽トラでカントリーにdash

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ところが休日でもあり、稲刈りの日程は各集落に割り当てされているものの、きょうは混雑し、軽トラが列成して並ぶ。軽量して終るのに30~50分、とうとう3時半、刈り取り制限を告げられ、以降の稲刈りは出来なくなった。

俺は予定していた場所は終った!きょうは3枚の田んぼ、90aを刈り終えた。でも、従兄弟が来てくれなかったり、軽トラが2台でなかったら予定どうりには行かなかっただろう。1台がカントリーに向かっているときに、もう1台が刈っている籾を積み込む、こうしてやらないととても出来ない!

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昨今の稲刈りは喜びもほとんどない。米価は下がる一方だし、肥料・農薬等の資材はアップ、手に残る金額はほとんどないようなもの。だから、かつては出来秋のあとは旅行や温泉に行くものだったが、今はそんなことまったくない。

疲れて終るのが農業で、難儀してもほとんど収入のないのも農業だ。娘が嫁いだ夫も切花をしていたが辞めて、市の臨時職員になった。農業に係る若い人は稀になっている。俺も長くて10年やれればいいだろうが・・・???

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妖しき花?

真っ赤な彼岸花の季節になった・・・どういうことか、我が家の黄色いリコルスも赤い彼岸花も今年は咲かない・・・

それでも我が家の向かいにあるAさんの畑では真っ赤に咲いている。

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彼岸花は、又の名を「曼珠沙華」という。俺はこの花は、子どものころはとても恐ろしい花と思った。こういった感想を持ったのは、どうやら俺だけではないようだ。不気味とも思った。

彼岸花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草だ。彼岸の頃に咲くので、この名がつけられたとも。花言葉は・・・「情熱」「悲しい思い出」「独立」「再会」「あきらめ」。

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マンジュシャゲ、またはマンジュシャカとも言う彼岸花、サンスクリット語では、天界に咲く花という意味らしい。

それに、彼岸の頃に咲くので「死人花」や「幽霊花」とも呼ばれるとか。かつて土葬の頃は、遺体をモグラや野鼠から守るという意味もあって、墓地によく植えられたとも言う。

さらには、アルカロイドという毒を持っていることから、「毒花」「痺れ花」とも呼ばれるようだ。反面、でんぷんを多く含んでもいて、毒は水にさらすと抜けることから、飢饉の時は食用にもなったようだ。

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さらには、花の姿から「天蓋花」「狐の松明」「葉見ず花見ず」「狐のかんざし」「剃刀花」など、全国では色んな呼び方があるようだ。

いづれ繊細な花、独特の赤色は妖しいながらも、人を惹きつける花である。

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野球と少年たち

昨日から時々咳が出る。おまけに鼻がむずむずし、鼻水がでる。どうも俺の寝相にあるようだ。寝るときは、暑がり屋の俺だ。タオルケットをからだの半分にかける・・・ところが、夜中は冷えている。さすがの俺も目が覚めて、首まで引き上げるのだが、そんな昨今からだろう・・

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きょうも・・・ハ・ハックションwobbly

人様は、昨日から稲刈りが始まった。俺は昨日は会議があったし、まして整備を依頼していたコンバインも来ない。朝方に電話があって、きょうの夕方にはコンバインを運ぶとのこと。従って、きょうは休みとし、庭の除草や木の剪定等・・・

午後の3時頃だった。俺が木の剪定していたら、いつ来たのか、猫がいた・・・ところが、状態がおかしい。立とうとして立てない。立ち上がってもふらっとしてまた寝てしまうのだ。首輪もつけているから、飼い猫なんだろう・・・

畑にいる妻を呼んだ・・・どうしよう、もう息も絶えそうな感じなのだ。でも、我が家の庭で死ぬのをみたくはない。薄情だが、川の土手の方に連れて行った・・・通りがかった知人に、どこの猫だろう、そこの家でも猫を飼っているので尋ねた。しかし、?????

可愛そうだけど・・・

今夜は久々にテレビの前。どうしても観たい、そう思ったのだ・・・

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その番組は「瀬戸内少年野球団」だ。終戦前後の子ども達、戦争に対しての教育を受け、そして、敗戦を経験した子ども達、その姿を活き活きと描いた感動のドラマであった・・・

勿論、原作は阿久悠の小説のテレビ化だ。しかし、小説とは言いながらも彼の少年時代がベースになっている。

俺の少年時代とも少しは重なる。俺は戦後の生まれだから、戦争もまた戦後も知らない。物心ついたころは小学生。俺たちも学校から帰れば、野球(ソフトボール)に明け暮れた。場所は神社の境内だ。だから、ボールを打つと神社に当って・・・

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この子ども達のように、俺たちもグローブなどなかった。ソフトボールだから素手でも良かった。バットもなく、見つけた棒で肩代わりした。ボールは1っこのみだから、遠くに飛んでも見つかるまで探したものだ。

グローブを買ってもらったのは4年生だっただろうか、それに5年生の時には、祖父母が北海道旅行をし、お土産にバットを買って来てくれた。俺は恵まれていた。グローブもバットもまだ他の子は持っていなかった。

それが原因だっただろうか、随分と皆仲良くしてくれた記憶がある。

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かつて映画化もされた、それを俺は観ていないが、今夜は涙を抑えながら観たテレビ。主演の武井咲、三浦貴大の好演が光った・・・

テレビを観ながら、今夜は遠い小学生の頃が思い出された・・・

     <写真は秋田朝日テレビより>

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田んぼの異変!

JAのカントリーも受け入れを開始して、地域の稲刈りが始まった。市からの「米の放射性物質の検査結果」からも、”放射性セシウム”も不検出たの発表もあり、いよいよ稲刈りが始まった・・・

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ただ俺の場合は、コンバインの整備がまだであり、予定は明後日からの稲刈りを予定している。連休のこの稲刈り、カントリーへの搬入は混雑が予想される。30分待ち、1時間待ち、挙句の果てには午後からは搬入制限がされることも考えられる。

一斉に始まる稲刈りだ、一応、刈り取り日は指定されてはいるものの、この連休はそれがないのだ。

隣りの家でもきょうから稲刈りだ。何でも飯米はササニシキで、自宅の乾燥機に入れるようだ。その乾燥機の音がしている。カントリーでは、「ひとめぼれ」しか受け入れしない。だから、せめて飯米はササニシキということのようだ。

わが地域は、秋田県のササニシキの一大生産地だった。県では奨励品種にしなかったけれど、庄内地方と共に米の食味値も高かった。ササニシキを奨励品種にしなかったのは、倒伏しやすい、イモチに感染しやすい、そんな理由があった・・・

稲のイモチ病は、稲にとっては致命的な病気である。秋にそれが出ると、稲が真っ赤になると怖れられている。近年は防除も薬剤もあるので、このイモチをみることはほとんどなかった・・・それが・・・

Imochi03 Rice_blast 

上郷地区で発生したとのこと。そこでその場所に出かけてみた。そうしたら、もう既に刈られていた・・・

イモチは発生する場所で、葉・茎・籾イモチとなる。でも、そもそもは青田の時の夜間の高温時、いわゆる蒸し暑いときに発生する。しかし、元をただせば苗時代に遡ることになる。だから、現在は播種するときに薬剤を混入する。

その後は、予備にと取っている苗、束にしてとっている苗に発生する。それが発生の好適期に葉に発生する。そしてそれが、上の右のように葉に斑点模様に発生し、それが籾に伝染していく。

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今回のイモチに罹患し、刈り取った面積は2haほどだ。また、話を聞くとどうやら防除の薬剤も使っておらず、また、畦の草も刈っていない。イモチ菌は胞子になって飛ぶので、風通しをよくしておかないと・・・だから、草刈りも大事なのだ。

ここの経営者は、人に頼まれて面積を広げていた。つまりは労力にも問題があったんでは・・・いづれ、他の田んぼに飛散しないようにと刈って処理したようだ。

もうひとつ田んぼで問題になったことが表沙汰になっている。

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かつてわがまちでは、油田が多かった。夜になればその灯りで明るかったことを記憶している。ところがここに櫓が立っていたかは不明であるが、田んぼに原油が出始めていて問題になっている。

田んぼ等、このように思いがけない被害に遭遇する。だからこそ、食糧は少しぐらいは余った量を備蓄して置かないと大変な事にもなる。水害で田んぼが流されてもいる。もっと皆さんと食糧生産について考えたいと思う。

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良き事あり・・・

今の時間、正常な俺でpcに向かっているのは3日ぶりのことだ。今夜は左手の窓から、仲秋の名月が茎やかに見えるfullmoonただ、左手には缶ビール・・・でも、これ位は許して頂こう。きょう昼から草刈りを行なって、畦の草刈りはこれで終えたのだ・・・

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俺のカメラはコンパクトカメラだ。しかも、腕前は・・・???超ど素人だから、折角の月も歪んでいる。ああ・・・月に遭わせる顔がないdespair

今夜の月、場所によっては見えない地域もあるようで、とても残念な思いをされているだろう。今夜のこの月は、テレビ等でも中継されていたりして、普段はなかなか見上げる事のない夜空であるが、天気の良い地域では大方がこの月を仰いでいるのではないだろうか。

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さて・・・

きょうは月を見られた幸せもあるが、嬉しいこともまたあった・・・

何と市で募集していた「男女共同参画川柳」に俺の作品が、「市民特別賞」とのことで、賞品がどさり送られてきた。驚いた!締め切り間際に送った俺の川柳・・・駄作だと思っていた。推敲等の時間もなく、慌てて送ったような作品だったのに・・・

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     「老若も男女も支えあう暮らし」

どこが良かったのか、何が良かったのか、まったく分からない。俺は男女共同参画ならば、老いも若きもないだろう、それに男女もまた区別なく暮らしが大事かな、そう持って出したものだった。

賞品はまちの特産品だ・・・何だか面映い気もするのだが、有難く頂戴させて頂いた・・

有難いこと、嬉しいこと、良きことは続くものである。娘の実家から、梨一箱が送られてきた・・・

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本当に、良きことは続くものである・・・

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雨だから・・・

自らの不甲斐なさに反省しながら、pcに向かっている。外は雨だ!予報ではsunだったはずなのに、それは朝のひとときだった。食事していたら・・・いつのまにか雨が・・・

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何とも懲りない俺である。反省してもすぐに忘れてまた反省・・・その繰り返しの呆れた俺である。

実は・・・

昨夜は先月北海道に行った仲間5人で、カラオケやりながらの「反省会」だった。音痴の俺も、気のあう仲間の前では歌うkaraoke??

そして、酒が口に頻繁に入る・・・相手がいる分、入る量が増えているwobbly

「ああ、りんどうの花咲けど」「風の盆」、何とか歌えた。

まちに今年カラオケが出来た。以前は四つか五つほどあったのに、いつしかなくなっていた・・・それが出来たから行ってみよう・・・それに付き合うとは若いんだろうか?

今はもうカラオケではないようだが、呑みながらの歌うのは気持ちがいい。カラオケなど、俺もしばらくぶり、歌うなんて何年ぶりだろうか・・・

音痴であっても、途中忘れたりしても、仲間同士では気にならない・・・

庭はさすがに秋の気配だ・・・

ツクバイに垂れる白萩、何と清楚な花か!時折は風に揺れ、それを楽しんでいるように見える。

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以前は「秋菊」であった・・・それが「秋菊」に替わったのはいつだっただろう。冥土の冥だから可愛そうだといことで、明に替わったはずだ。俺の玄関の絵も、この秋明菊の絵に替えた・・・

俺は花が好きで、NHKの「趣味の園芸」が好きだった。勿論、そのテキストも毎号求め、○十年すべて揃っている。離れにはそれをきちんと書棚に整理している。ただ、最近、そのテレビもほとんど観ていないが、テキストだけは必ず買っていて、何もない日などはそれを広げたりしている。

「趣味の園芸」では、司会の須磨さんのファンだった。その人が、今は”ラジオ深夜便”を担当し、今月秋田に来るようだ。一度、仙台で行なわれた花博に際、須磨さんと並んで写真を撮らせて頂いたものだ。

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畦の草刈りはもう少し残っている。昨日も半日、草を刈った・・・雨でなければ田んぼに行き、残りの草刈りをやるのだが・・・稲刈り前に与えられた休みだろうか。

   写真は、白萩、秋明菊、斑入りのヤブラン

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「いい顔!」

昨日、息子は家族と共に遊びに来た。かつては太鼓をたたいた息子だ!懐かしさもあって帰省した?否、俺たちジジ・ババに気をつかって遊びに来たんだろう・・・2月に生まれた子も連れて・・・

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孫は這うことを覚え、どこでもdash写真はお母さんがいない、お母さんを探してのハイハイ。目に涙を溜めていた。

この孫は、最近・・・「いい顔happy01」を覚えたようで、我が家でも早速、いい顔を見せてくれた。

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俺たちが・・・「いい顔!」って言うと、目を細くして泣き顔のような顔を作る。それで周りが喜ぶのを覚えたのか、「いい顔」っていうとこのようだ。

お断りしておくがこれでも女の子だ!髪が短いので、男の子に間違われるようだが・・・れっきとした女の子。

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現在、ねえちゃんに鍛えられている、チャイナ帽子を被せられたり、玩具を取られたり・・・この分では、歩き始めたらねえちゃんを追い掛け回すだろう・・・

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○○ちゃん!・・・「ハイ、いい顔!」

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きょうは秋の例大祭

我が地域の産土・久斯(くし)神社の例大祭が、晴天の下sunきょう行なわれた・・・昨日、宵宮では当番丁まで巡行が行なわれ、きょうは神が神社に戻られた・・・

氏子約150名、6つの集落の秋の例大祭、祀られているのは薬師如来、所謂薬師様という薬の神ということに。それでも、この地域の安泰と稲作の豊作を祈願する神でもある。巡行は、当番丁の人たちは裃を着用しての”お帰り”だ。

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俺は平成26年、

   担ぎ手のなければ未だ若者と呼ばれて村のお御輿かつぐ

と詠んで国民文化祭で最高賞の文部科学大臣賞を頂いた。あの歌が、しみじみと思い出された。

また、秋田市の弥高神社の献詠祭での特選に選ばれた歌は・・・

   父に継ぐわれ猿田彦祭礼の道払ひて行かな

であった。父もやったことのある猿田彦、その大役を務めたときの短歌だ。

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巡行が終ると「シャギリ」が、各集落を廻る。小学生の太鼓たたき(本来なら女装の着物を着るのだが、今年は半纏だった)が中心で、笛や三味線が囃子となる。そして、跳ねっとが気勢をあげる。

家々から出される酒の勢いもあって・・・持つのは鉦で長い釘で調子をとる、拍子の合い間には奇声を上げる。子ども達がいると追いかけて、「セッチョウ」など声を出し、場合によっては持っている釘で頭をちょん!でも、それは今では禁止された。

俺は、叔父さんの不祝儀に参列したので、きょうはカメラの望遠レンズで祭礼を見守った。

今晩はおまけとして・・・俺が猿田彦をやったときの写真、写真をカメラで撮ったので、うまい具合にボケてくれた。

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書斎の窓から

稲は登熟が進んでいる。今年は倒伏している田んぼは少ない。このままならば、順調に稲刈りは進むだろう。ただ、また台風が発生したとのことだから、影響がないようにと願っている。

俺の書斎の窓からも、黄化した稲、黄金色した田んぼが見える!

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ハクビシン騒動のあとの家の補修で、この書斎の窓も変えて断熱サッシにした。厚いガラスなので、窓を開くとき重い。出窓に替えた俺の書斎の窓。

アンスリューム等の観葉植物を飾っている。だから、起床しての俺の最初の仕事は、これらに水をやることだ。

窓の下には我が家の畑がある。妻の自家菜園といったところ。この畑にはジャガイモの掘ったあとに、大根を蒔いた・・・その芽が出ている。

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きょうは村の産土神社の宵宮だ。今年は、中野という集落が当番丁だ。神社から約1kmを巡行する。本来ならば、当番丁には当番所が設けられる。我が家では平成8年にそれをやった。神をお迎えするのだ。

しかし、昨今は誰もやりたがらない。混雑はするし、畳替えをしなければならない、また執主をすると寄付もしなければならないのだ。でも、俺はやった。大病をしたこともあるし、父が家に迎えたいと言っていたこともあって・・・

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写真はそのときのもので、今は座敷に飾っている。我が家の宝物なのだ。

最近は人が減っていることもあり、巡行時の持ち物も省略された。御輿も台車に載せての移動だ。俺もきょう・あすのそれに頼まれていたが、叔父さんの不祝儀に加わったこともあり、辞退した・・・

当番丁が中野集落でなければ、この俺の書斎の窓から巡行も見えるのだが・・・

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鳥海山・飛島がジオパークに認定

まちに歓喜の声が広がった・・・かねてより申請していた「鳥海山・飛島」がジオパークに認定された・・・

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9月9日、第28回日本ジオパーク委員会が開催された。そこで秋田県の由利本荘市とにかほ市、山形県の酒田市、遊佐町の3市1町が運動を展開していた「鳥海山・飛島ジオパーク」が認定されたのだ。(上の写真はにかほ市のHPより)

このニュースはNHK秋田の”ニュースこまち”でも取り上げられた。以下の写真はそれからのもの。

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認定に先立っては、8月13~15日に現地審査が行なわれ、きょうの発表を待っていたものだ。昨年にはわがまちに関連の事務局が設置され、ゾイサイトのパンフなど整備し、4月に日本ジオパークネットワークへの加盟申請、5月には千葉市で公開プレゼンテーションが行なわれていたものだ。

先ずは認定を受けたが、これからが本番だ。この恵まれた自然風景、恵まれた食、この恩恵はすべてが鳥海山だ。山あり、海あり、このようなジオは珍しいらしい。対象のエリアは約80キロ四方と広い。それをどのように生かせるのか、観光とどのように結びつけていくのか、課題もまた多く、しかも県境を越えてのジオパークだ。

俺は今後、出来るだけその魅力を皆さんにお伝えしよう・・・。

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眠る母

     息子さへ分からぬままに一日をあまねく眠る母は病床(ベッド)に

母の事は何度か書いた。その母も入院して、ほどなく二ヶ月になろうとしている。認知症も進んでいることゆえ、人との会話もないし、ただただベッドに寝て眠っている母である。先日、妻が見舞いに行ったら珍しく体調が良かったせいか、古いこと、昔のことを今のように語ったという。

しかし、それは一時のことだったようで、ほぼ一日を眠っている。二ヶ月もこうしているから、もう歩く事は無理だと思う。昨夕に俺が尋ねたときは、口に酸素はしていなかったが、医師から病状を聞くと、今後、良くなる可能性はないだろう・・・そう言われている。

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     忘るるもまた幸ひか穏かに幼子のごと母は眠りぬ

ベッドに近づいて「どうだ!」と問うても目は開かない。もっとも妻と行っても俺が誰かもわかっていない。こんな母を見ると哀れになる。ただただ眠る毎日が幸福か?治癒する見込みもなく、終日をしかももう二ヶ月も眠りぱなし、母の脳裏はどう動いているんだろう。

俺だったら・・・俺がこのような母の状態だったら・・・もしも、このような状態なら・・・妻には話している。

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     大正に生まれし母なり百歳まで一息にして入院とふは

もう○年で母は数えの百歳だ。出来たらそれまで生きてほしいと思う。でも・・・このような状態で百歳になっても、本人もそれを知らず、何で「おめでとう」なのかと俺は思う。それよりもこのような日々の苦しみから解かれる方が幸せではないのか・・・このような考え、俺の考えは間違っているのか・・・

妻はリタイア後、母の介護に明け暮れている。彼これ10年にはなるだろう。そして、今でも3日に1日は病院通いだ。この妻の献身的な介護は誰もが分かっているはずだ。

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     三食を看護師の手に支へられ生きねばならず生きるはかなし

俺のひとつの趣味は「短歌」だ。若い頃は「詩」が好きで、その後、俳句に誘われ、のちに短歌に誘われた。俺が文芸に惹かれているのは、案外母の血を受け継いだのだろうか。中学生の頃、母は俳句をやっていた・・・・それを母の同級生だった人から、随分と以前に聞いた事がある。

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暑さは遠く・・・?

昨日の明け方に降った雨が、涼しさをもたらしてくれた。ただし、作業をしていれば作業服はまだ汗びっしょりにはなるが、それでも昨夜はこの涼しくて快適に眠れたsleepy秋田県は、きょうの最高気温も27~8℃、夜23℃だ。こうであればbeerに手が伸びないし、眠りもぐっすりだ!

昨日の秋田魁新報のコラム欄に、今夏の状況が記述されていた・・・

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それによると、6~8月の30℃以上の真夏日が秋田市で33日。これは平年の2倍、過去15年間では最も多かったようだ。特に8月を見ると24日間アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!驚異的な高温だった・・・

コラム欄の筆者は東京の夏の暑さから逃れるために秋田に来たというが、今は秋田もかつての東京の気温だという。東京の1976年8月の平均気温は26℃、この頃の秋田は23℃。それが40年経過して秋田が東京の気温になっているというから驚く。

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秋田の気温が東京並みになったのは、果たして地球の温暖化が原因のようであり、今後もこの傾向は続くと思うと、夏の暮らしは不安だ。我が家でもエアコン等必要ではなかった。屋敷の傍を水路がはしっていることもあって、居間には窓から涼しい風が入ったものだ。

それが今夏は結構エアコンの世話になったのだ。暑がり屋の俺には、本当に大変な今年の夏だった・・・また、台風の発生も多かったこの時期、被害を受けられた皆さんにはこころからお見舞い申し上げたい。

昨今の立て続けての台風の襲来、それも東北に北海道にと上陸していることは、正しく異常な状態だ。これまた、地球の温暖化が原因らしい・・・

加えて集中豪雨による被害も続出している。かつてないほどの状況と言うべきだろう・・・かつて旅をしたことがある、利尻島・礼文島も豪雨に見舞われたようでこころが痛む。

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今夜も涼しい・・・というよりも、短パンにt-shirtでは寒い。だから、部屋の窓ももう閉めている。一雨がこんなにも季節を大きく分けるとは・・・あの辟易した残暑はどこに行ったんだろう。たった2日なのだが、あの暑さは遠い日のことのように感じる。

   きょうの我が家の花は、「シュウカイドウ」「ニラ」「ソモツケ」

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俺の言い訳

ほとんど毎日、更新している俺のブログを見て、大したもんだと言ってくれる人がいる。でも、俺のブログは日記の余白みたいなもの、日々の報告をしているようなものだから、お恥ずかしい次第だ。

きょうもまた、その報告なのだが、言い訳がましい内容なので、読者の皆さんにはお詫びしなければならないだろう・・・

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3日前の事だった・・・同じ集落に住むTさんが寄って来て耳打ちした。「Sさんが、昨晩、神社からの帰りに、側溝に落ちて救急車で搬送された。額を大きく割いたので、病院で縫合したようだ・・・」と。

Sさんは俺の親友だ。何で側溝に?というと・・・。その夕方、来る祭礼に備えて獅子舞の練習をしたらしい。その後、懇親会あり、Sさんは酔って自転車を引きながら帰路についたようだ。ところが家に着く前に転落した(ようだ。)かなり酔っていたという。

乗っていなかったというが、酔って自転車を引いての帰宅だったのだろう。足がもつれてあったのかも知れない。バランスが崩れて、自転車ごと転落し、側溝に額をうったようなのだ。

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俺はまだ・・・そのような事故はないのだが、気をつけねばと妻と話していた。俺には酒を呑んでの記憶喪失がある。例えば、この間の叔父さんの葬儀のあとのお斎。集落の親戚にお世話になったので、従兄弟と同様に親戚に酒を注ぎ回った。

回れば返杯が来る。それを断る訳にはいかない。素直に頂き、口に運ぶ。その後に妻に電話し迎えに来てもらったのだが・・・帰宅までの記憶がなかったdespair

実は昨夜もそうだった。叔父さんの”仏送り”として、集落の親戚の皆さん方と酒を呑んだ。だが、妻の車に乗ったまでは記憶にあるが・・・帰宅して、風呂に入った?で、上がって居間にそのまま潰れていたようだ。

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午前3時頃・・・妻が寝室から下りて来て、俺の潰れている姿を発見!したようだ。お叱りを受けたのは当然のこと。いつもあまり酒を呑むと○○○・・・こんこんと説教もされている。なのに・・・色々と言い訳をしている俺だ。

これまた言い訳なのだが、昨日は暑い中での草刈りしていたから、疲れてもいた(と思う)そして、午後6時からの酒であったから・・・・等と全くの言い訳である。

      <写真は3日前の金浦港で撮影したもの>

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しのび寄る季節?

明け方に雨が降ったという、それも一時的に強い雨だったという。起床したら、妻がそう言ったから、恐る恐る外に出た。出て外に止めていた軽トラを見た。昨日、草刈りをしそのまま窓を開けていたはずだと・・・案の定、窓は空いたままでシートには水が溜まっていた・・・despair

今回の台風からは免れたものの、今後は一雨ごとに稲は倒伏の懸念がある。ここまでは倒伏もなく、稲刈りは随分と楽だな、そう思っていたのだが・・・

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周辺の田んぼには一部倒伏している場所もある。この田んぼは俺の田んぼではないが、先般の台風でこのように坪状に倒伏した・・・明け方の雨も、或いは倒伏をもたらしているかも・・・と心配になる。

今頃になると、収量はなくてもいい、倒伏しないでくれ、ヒエのない、しかも田んぼが固いことを願う・・・コンバインがスムーズに稼動することを願うのだ。下の写真・・・ヒエが一面に出ているR氏の田んぼ・・・

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こうなると来年は当然、ヒエ対策が必要になるし、この種が飛ぶことを隣接の田んぼの持ち主は怖れる。

昨日も暑かった・・・市から”高温注意報”のメールが入った。俺は昨日も草刈り・・・暑い中では、たまに吹いてくる風、そして、氷り入りのポットが俺にとっては百万両の宝だ、仕事をしながら、水はいかほど飲んだことか!

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仕事を終えて帰ろうとしたら、草刈り機械に「とんぼ」だ!暑いあついと嘆いているものの、季節は案外秋に向かっているようだ。

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暑さの中の草刈り

  随分と日が短くなった。草刈りをしていた俺、気がつくともう薄暗くなっていた。時計をみると午後6時半・・・暗くなっても戻らない俺を心配して、妻は何度も家の前に出たという。

あとこの畦が済めばきょうは予定通りだ。だから何としてもそれを果たしたかった・・・

きょうの気温・・・秋田県は全国一高い気温で、34℃あったようだ。そのせいか、草を刈っていると息も詰まって来た。午前中がそんな状態だったので、午後は3時まで休んで出掛けた。妻はヒエ取り、俺はウイング・モアで刈り、畦の側面は刈払い機械で草を刈った。

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今年はヒエもない、除草剤も効果的だったと思っていた。ところが、稲穂が出てから、ヒエも顔を出した。妻が3日も掛かった田んぼがあった。初期によく水が掛からなかった田んぼだ。

しかし、今年はそこの田んぼ以外はさほどない。”憎きヒエ”ただ、この様は我が家の田んぼだけでもないようで、稲だかヒエだか分からないような田んぼもある。

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草刈りは、今年最後のものだ。この半ばには稲刈りが始まる。その前の草刈りで、今年の草刈りはこれで6回目!!草刈り作業も重労働だ。まして、この暑い中での作業だ。黙っていても汗が出るのに、作業をしては滝のように汗が出る。

ただ作業時は長袖のシャツをきているので、作業着はびっしょり!昼時に帰って先ずはシャワー、そして着替え。午後からは別の作業着に替える。だから、こんな暑い日は洗濯物が一段と多い。

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8月15日現在の秋田県の作柄が発表された。それによれば、登熟が順調に進んでおり、「平年並み」とのこと。しかし・・・俺の推測であるが、今年は出穂が平年より早く、しかも登熟期は異常とも言える高温、更には7月からほとんど雨なしだったことを思うと、そうはいかないのではと・・・

野菜もそうだったが、雨が少なかった分皮が厚かった。稲もそうなのではと不安だ。籾が厚く米が実細?かと。

ただし、今年は稲の倒伏はほとんどない。

鳥海山の残雪はすっかり消えた・・・でも、初雪が降るのは例年9月。暑いといっていても、もう冬タイヤや暖房器具の宣伝がされている。

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普段の俺に・・・

葬儀のために帰省していた、埼玉の叔父さんが帰り、午後7時頃に自宅に着いたという。雨が降っているようだ。台風12号の影響もあるんだろう・・・

秋田が暑いのも或いは台風の影響か、フェン現象かも知れない。きょうも秋田は温度計がグングンとup田んぼに出てヒエ取りしていた妻も、この暑さにうんざりして帰って来た。明日もまたupし、秋田は33℃の予想で東北一の暑さになるらしい。

9時から、市の防災訓練行なわれた。会場は小学校を中心に、避難や初期消火訓練、炊き出し訓練等。予定していたヘリでの救助訓練は中止になった。先の台風の被害の大きかった岩手県に行き、ヘリは食糧輸送などに出ているとのことだった。

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この小学校は海の近くにある学校だ。標高が約9m、しかし、18mの山と接していて、学校の3階から避難路が延びている。きょうはそれを使って子ども達が避難した。その場所で校長先生が、かつて男鹿半島で修学旅行中に津波に襲われた話をされ、先ずは逃げる事が大事だと・・・

午後からは、久しぶりに庭木の剪定・除草等した。盆以降、叔父さんの入院、葬儀等、また、母のことや俺の事務的仕事があって、脚立もそのままにしていた・・・

夕方は、わがまちの”南極公園(白瀬南極探検隊記念館前)”で、恒例の「白瀬・南極フェア」として、終日、イベントが繰広げられた。

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イベントは、当市の人気者”超神ネイガー”ショー、また、当市の人気者ケースケ&マサのライブ等・・・

そして、最高のイベントは・・・「陸上自衛隊第9音楽隊」の演奏だ。以前は水上ステージでの演奏だったが、きょうは南極広場の船を背にしての演奏だった。日没から始まったこの演奏・・・鳥海山が遠景に臨めた。

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演奏のスタートは、あの東京オリンピックのファンファーレ・・・ふと、あの開会式が脳裏に浮かんだ・・・

他に「青い山脈」「いっぱいのコーヒーから」「湖畔の宿」等、市民が懐かしく聞かれる演奏も披露され、市民の大声援を受けた。

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俺にもしばらくぶりに、いつもの日に戻った・・・

明日は田んぼの畦の草刈りをしようと思っている。稲刈り前の最期の草刈りを・・・

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葬儀のこといろいろ

きょうも暑かった・・・30℃を越えたようだ。それでも礼服で俺は出掛けた。叔父さんのきょうは葬儀なのだ。葬儀は自宅で行なわれた。わが地域の場合、こんなことも想定した「家」になっている。

即ち、茶の間に座敷という間取りだ。従兄弟の家も茶の間に座敷がふたつで、これらが開かれて、こうしたことが行なえるような間取りになっているのだ。

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この風習は秋田県のみらしい。つまり火葬後に葬儀を行なうことだ。昨今は葬祭センターという場所で葬儀を行なう人も増えている。しかし、従兄弟には出来たら自宅でやってほしいと俺は言っていた。葬儀を行なえる場所もあるわけだし、この家で頑張ってきた叔父さんにはそれが一番だろうと・・・

また、祭壇にしても高価なものを借りるより、お寺さんにある祭壇を借りた方がいいのではとも・・・従って、それも借りた。

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亡くなった叔父さんは我が家から養子に出た。俺の父の弟だ。それまでは我が家の種蒔きなどに手伝いに来てくれた。それが、ある日、バイクの事故に遭った。以来、体調は戻らず、ここ数年には寝たきりとなっていた。

その父を従兄弟はよく面倒みた。彼は長男であり、この家を継いでいたから、その責任を果たそうと必至だったのだ・・・そんなこともあってか、未だに独身だ。

家を継ぐ事は大変だ。今回の我が家の出費も嵩んだ。通夜に3,000円、花輪代13,000円、祭壇への品代に8,000円、香典に30,000円、灯明代として10,00円。我が家から出た叔父さんだからと俺も精一杯の誠意として・・・

これも秋田県ならではのことだろう。お斎は凄い料理が並ぶ。きょうは仕出し屋に並び、食べきれない数々・・・こんなことは断ち切らねばならないとは思いつつ、それもまた風習として残っている。

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不祝儀はお金がかかる。お寺さんにも結構な額だ。先ずは戒名料、叔父さんは軒号だったから20万円ほどか、これに同額のお布施が加わる。斎号だったら30~40万円とお布施、院号だと併せて100万円も・・・

戒名は金次第ということに・・・

これまたこれでいいのかと疑問が残る。俺が父を亡くした時、親族から斎号にしてやれと意見された。塔婆に書いても鉋で削ればいいから今でも出来ると。分かったというと寺から、それを直すのであれば、その前の祖父も直さねばと言われた。これでは今後護ってもらう俺の子ども達の負担にもなる。そういって俺は軒号にしたことがあった。

お寺もまた、このようにお金が多くかかり、今後の法要では戒名のランクで費用がかかることになる。このままでは寺を護る、故人をよく見せることで、跡を相続する人間が大変な負担になる。

このままでいいのか!これでいいのか!いくら故人の最期を飾る葬儀とはいえ、いろいろと考える必要があるのではと俺は思う。

<花は野ボタン>

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不祝儀の席にて

きょうから9月・・・どことなく9月の声を聞けば「夏」とは気分も違う。網戸からはひんやりとした風が入ってくる。でも・・・日中は暑かった、まだまだ残暑厳しいと言わねばなるまい。

午前中は、叔父さんの火葬が行なわれた。斎場に行く霊柩車は、我が家の前を通ってくれた。叔父さんの生家だから、「うんうん有難う」と言ってくれたような気がした。俺は斎場雪のバスに乗っていたので、妻がそれを迎えてくれた。

他の地域と違うようだが、我が地域では火葬したあとに葬儀をする。叔父さんの葬儀はあしたの午後からだ。

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今回の不祝儀では、思いがけない再会があった。しばらくぶりに従兄弟達とあったとか、親族と会ったとか、そんな話ではない。

実は某団体を早期退職した俺だったが、経済的に余裕在る暮らしが出来なかった。勿論、いささかの退職金はあったものの、それは老後のときの資金と考えていたので、何とかして現金収入を得たい、そう思っていた。

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その時に紹介されたのが、市のある施設であった。このことは以前も記したことがある。でも、そこに入るための難関があった。実は同じ思いだったのだろうか、受験者は俺を含めて8人だった。

しかし、運よく俺は採用された。1日、7,000円ほどの日給、勤務は週3日、その3日のうち必ず日曜は勤務、それらが契約の内容だった。ところが、勤務して2年ほどたったころ、当市の市長選が行なわれようとしていた。

市長選は現職に、元県庁の部長が挑むという構図。激戦が予想され、そのごとく選挙の前から双方、かなりの運動が行なわれていた。元部長はわが地域の大先輩であり、元の先生等からも支援をしてほしいと電話や手紙を俺は受取っていた。

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俺はいつしか、その部長の応援を引き受けることになった。その後、決起大会が行なわれ、応援演説をたのまれた大会で、俺は現職を激しく批判した。そのことが当局の耳に入ったのだろう・・・数日後、「君とは雇用の再契約はない」そう言われた。

いくらなんでも、臨時職とは言いながらも言わば上司を、大衆の面前で非難したのだ。そう言われても仕方のないことだった。でも、そのことでは新聞記者のインタビューも受けた・・・、が、それを記事にすることは止めてもらった。

話が長くなってしまったが・・・

上からの命令を受けて、俺に雇用契約をしないと来たのが、亡くなった叔父さん家の本家だったのだ。世の中、本当に狭いものだと思った。このことを知ったのは、叔父さんが亡くなって、今後の日程等を親戚一同で協議し、その後の酒の席で知ったのだ。

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勿論、彼を恨んだこともない。彼は上からの使いで告げに来たのだし、その原因を作ったのが俺だ。いくら選挙前のこととは言え、市長を非難したのだから当然だったのだろう。あれ以来、彼の顔も忘れていたのだが・・・

きょうは火葬、そして夕方には通夜もあり、当然、その彼とも毎日、叔父さんの家で会う。ただ、不思議な再会とも言えるし、亡き叔父さんが企てたのかも知れない。そう思った。なるほど、案外世間は狭いな・・・俺は再度そう思った

   我が家の咲いている花・・・ガザニア、インパチェンス、ネムの花、バラ

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