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2016年8月

台風一過の庭

台風10号は、北海道・岩手県を中心に大きな被害をもたらしたようだ。被害に遭われた皆さんにはこころからお見舞い申し上げる。やはり言われていたような大きな台風だったと改めて驚愕した俺である。

ところで、今回の台風の進路予想にあっては、秋田県が直撃受けるようなものだっただけに、多くの読者の皆さんから心配を頂いた。こころからの感謝の念でいっぱいである。

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わが地域では、台風の本体が八丈島付近にあったころ、つまり一昨日の朝にやや風が強かった。我が家では広げていたパラソルが飛ばされ壊れていたが、あんな先にあるのにこんなに強い風ならば、直撃されたらどうなるんだろ・・・ただただ怖れていた。

間もなく東北に上陸するようだ、その時の予想進路もまっすぐ秋田にあった。ところが・・・進路がそれてわがまちは掠められたように台風が進んだのは、多分、鳥海山の存在があったのではと推測できる。

鳥海山がからだを張って、わがまちへの侵入を防いだ、俺はそう思い、益々鳥海山にも感謝したところだ。見るとあれほどあった残雪が見えない、この頃の雨でほとんど解けたんだろう・・・

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盆過ぎに枝を部分的に切ったせいだろう、白い小さな花が咲いている。十月さくらだ。この花は4月にも咲いたから、今年は2度目の花だ。この花だってどんなにか台風の襲撃を怖れただろう・・・

この間記述したように、果樹等は台風が来る前に収穫した場所もあったようだ。しかし、稲はそうはいかない。まだ登熟の過程だ。台風の前に刈り取りなど出来ない。カントリーだって、その準備も出来てはいないのだ。

稲は台風が来ようが対策などない。出穂のころは、水を田んぼに張ったりするが、この時期、水を入れたらコンバインが入れなくなる。だから、台風から免れることはできないだろう、被害も半ば覚悟した。

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しかし・・・

変わった進路で被害が生じた地域には申し訳ないが、今回予測したコースより、やや東側に変わったために、わがまちから台風は反れたのだ。反面、被害の広がったまちもあっただろう・・・

今夜も虫の声はまったくしない。きょうで8月も終わりというのに、日中は30度近い気温、わが部屋でも25度、秋が本当に来るのと、気温から見ればそう思うのだが、田んぼの色月を目にすれば、やはり秋にはほんの少しづつ進んでいるのだろうと思う。

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まして、十月さくらが咲き出し、出猩々のモミジが色を強くしているし、サワギキョウも咲いている。

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台風には安堵したものの

迷走した台風10号・・・大型の台風!強烈な風と雨が心配された。結果的には岩手県大船渡市に上陸したようだ。そして現在、北上中だ。東北に上陸したのは初めてだ。先の9号は北海道に上陸するなど、かってない動きをみせている台風・・・

今回もまた、わが地域は台風の直撃もなく・・・台風は離れているようだ。これでほっとした。あの予想進路からして、今回の台風は避けられないだろうと、半ば諦めてもいた。それが・・・良かったよかったと安堵している。

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ただ・・・

昨夜寝たのは午前0時半・・・その俺は驚いて目を覚ました。電話だ。時計を見ると午前3時・・・こんな時間の電話。不吉なものを感じた・・・

母が?或いは叔父さんが?

従兄弟からだった。先ほど父が息を引き取ったとの事。さらには動転しているので、hospitalにきてほしいとのこと。2時間もしか寝ていない俺、妻は「私が運転して行く」と。

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hospitalに着くと・・・従兄弟が悲壮な顔をして俺を待っていた。丁度、叔父さんの奥さん、従兄弟の母親は同じ病院に入院していた。このことは知らなかった・・・

いづれ叔父さんは丁寧に処置を受けて、自宅に搬送された・・・・

2日前に訪れたときは顔色も良く、呼びかけるとさも聞こえるように、睫が揺れたのに・・

こうして俺のきょうの1日は、想定外から始まったのだった・・・。

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米にならない”稲”刈り

猛烈な台風10号が接近している。夏の台風は迷走台風があるとは聞いていたが、今回の10号台風は正しくそのごとくである。発生しては南下し、今度は勢力をましてUターン。予報では明日東北地方に上陸のようだ。先の台風は北海道に上陸、今度は東北に!

こんなことは初めてだ・・・やはりこれも地球の温暖化によるものだろう。風も強く、更には雨量も記録的なものになるだろう・・・わざわざUターン等して来ては、全く有難迷惑なのだが・・・

朝、起床したら結構な風だった。さてはもう来たか!そう思ってテレビをつけたら、まだ八丈島だった、それでもこんなに風が強いとなると、やはり大型の台風なのだろうと、ぞっとした・・・予報では、秋田県は暴風圏にすっぽり入る・・・ああ、神様・仏様!何とか被害がでないように・・・

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台風の襲来を前に、県内でもきょうは果樹などのもぎ取りも行なわれたようだ。りんごやブドウ等・・・しかし、まだ収穫期に遠い作物では、ただただ台風を見ていることしか出来ない。

わが集落では稲刈りが始まった。別に早生の稲でもなく、収穫期になったからでもない。稔る寸前に刈り込んで、牛の飼料にする「ホールクロップ」というのだ。稲の全てを刈って、それをすっぽりとビニールで覆う。

ホールクロップ・・・つまりは米を取れない稲なのだ。

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なぜ???実はこれもひとつの転作なのだ。今、秋田県の稲作農家は、持っている田んぼの約40%近くを稲以外の作物に転作しなければならない。それが出来ないと、つまり割り当てされた転作が出来ないと互助金として、代わって多くを転作してくれる農家に金を払うシステムに当市はなっている。所謂、互助会を市全体でやっている。

きょうの稲刈りは従ってその転作なのだ・・・

俺の場合はほとんど作付けしているから、互助金を払っている。ところが、全体でも割り当てされた市の全体の転作面積がクリアできず、俺の場合は備蓄米として出荷をさせられる、安い米にJAから買われるのだ。

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田んぼに別の作物を・・・これも容易ではない。それをこなすために新たな機械の導入もしなければならないし、また、湿田が多いのでいくら暗渠工事に市が助成するとは言っても、さらには労力的にも、新規の作物に移行するのは大変なのだ。

それに野菜では相場がある。出荷して二束三文の場合も出てくる。結果、まじめにやっていては費用が嵩むだけなのだ。それだったらと、転作もきっぱりと取組むわけにはいかない。新たな作物に取組むには、大変な労力とお金がかかるのだ。

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夕方、金浦港に行ってみた。夕日をみるつもりで出かけたが、真っ赤な夕空ではなかった。どこかしら不気味な色合い、雲もどこかしら重く圧し掛かってるみたいだ。これも台風の接近を暗示している空か!!!

今夜ももう午前0時になろうとしている。まだ強い風でもなく、雨も降ってはいない。

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人生亭気楽駄朗氏の笑い

人との出会いは、人を大きく変えることがある。きょうの記事は、面白い人に出会って、面白い人間になったという元公務員、芸名が「人生亭気楽駄朗」さんの場合だ。

予めお断りしておくが、当日の記事、本人の写真等々は、本人からの了解を頂いております事、先ずは申し添える。

人間、第三の人生が面白いという、つまりはリタイア後がということだ。或いはそこが本当の人生かも知れない。公務員だったという彼。その彼が魅了されたのは、ある人との出会いから始まった・・・

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忘れられない2006年8月20日(日)だという。彼は57歳、当日は予定もなく歩いていると、”日本笑い学会東北支部”主催の「第32回笑学校in秋田」が目に入ったのだ。笑学校と言うネーミングも面白いしと、会場に入ったという。

その時、仙台から来た東北支部長があいさつにたった。そして、「・・・わっはっは、わはっは・・・」それだけで挨拶が終ったとか、それに彼は惹かれてすぐに入会したようだ。

俺は彼のことは新聞で知っていたし、たまにブログも覗いていた。しかし、本人と会い話を交わしたのは初めてだった。いつか、彼をわが地域に呼んで、アカデミック漫談をしてもらう、そんな夢を持っていた。

005_2 その彼、人生亭気楽駄朗氏が、8月6日、俺が時々通っている「秋田県民カレッジ」にて、漫談を披露してくれた。

開口一番・・・「わっはっは・・・」

笑いは健康を作る、可笑しくなくても笑えば幸福になる、笑いの効用を交えての漫談が始まった。

評判には聞いた事もあったが、やはり面白い。それがまた、秋田弁でやったりするから、尚可笑しくて・・・

人を笑わせるのは大変なことだ。だが、彼の手にかかると、もう堪えきれなくなって・・・「わっはっは・・・」となる。

現在は、日本笑い学会秋田県支部の幹事をしている。そして、”アカデミック漫談”のタイトルで、年間80回も講演する。それが、秋田県や東北を越えて、関東、中部地方までと講演の幅が広がっている。

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彼はどうやって笑わせるか、そこから彼の講演は始まる。そこで、笑わせるには・・・「予想をはずす」「言葉の置き換え」「関係ないものの比較」「失敗談」

例えばこうだ・・・「どちらから来ました?」・・・A「東京から」、b「横浜から」・・・そこでc「家から」 となると、会場はどっと沸く。確かにそうだ、A・bの回答からあるまちを連想する、ところが「家から」となると、まったく想像してないことばなんで笑う・・・・

また、秋田県では秋にかつて「スモッグ」が発生し、交通事故なども多発した。そこで稲藁焼き禁止条例ができた。その幕だ・・・「稲わら焼きはやめましょう」だ。これが、どこに「、」を打つかだ。「・・・焼きは、やめましょう」が普通のはずだが、「焼き」のあとに「、」を置くと「焼き、早めましょう」となる・・・

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間もなく稲刈りが来る。それが終ったら彼をこのまちに呼ぼう、笑えばこころも穏かになるし、健康になるならば結構なことではないか。「案山子まつり」を行なってきた俺だ、今度は人生亭気楽駄朗氏から、笑わせてもらおう・・・

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犯人はだれだ!

事件?は畑で発生した妻が毎日汗している畑でである・・・

朝食前、居間に妻は走り込んで来て・・・「大変だ!」。血相を変えるまでではなかったものの、聞けばやはり妻には大変な事件?だsign02

手に持っていたのはメロン、でも差し出したメロンは半分ほどだ、それも見ると周りがギザギザ・・・何かに食べられたのだ。妻にとっては、これまで大事に育ててきた。それも明日には収穫しよう、そう思っていた矢先のことだった(ようだ)

犯人はだれだ!食ったのはドイツだpout

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犯人もさるものだ。熟していたものを狙った。最近、サルを見かけた人がいるという。だと犯人はサルか?否、隣りの集落では、畑のものがハクビシンにやられて困った話をしていたし、我が家にはハクビシンに入られ、ひどい目にあっている。さては・・・ハクビシン?がまた・・・

まさかクマではあるまい。クマであったら、メロンのひとつなど跡形もなくしていくだろう?でも、秋田県内、クマの出没が相次ぎ、クマに襲われた人もいるし、畑の野菜も被害にあっているニュースは連日新聞に載っている。

それにしても、我が家の1個、2個のメロンを襲う必要もないだろうに・・・チキショウ!

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夏野菜の多くは、我が家では自給だ。稲の育苗が終ったビニールハウスの後は、妻の野菜を作る畑になる。しかし、我が家では出荷するものではないから、多くの種類を少量作っている。だからこの夏も毎日、それらが食卓に並ぶ。

上の写真は、焼いたナスとオクラ。その写真の右側のオクラを見てほしい。淡黄色のオクラの花で、この花食べられるのだという。食べると花もオクラの実と同じ味!驚いた。でも、花を食べられるなんて素敵な事だ。俺が吊り鉢にしているキンレンカ(別名、ナスタチューム)、実はそれも食べられる。

そして・・・これは何だと思いますか?

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実はこれ?ゴーヤの実だ。これも食べられるんだと・・・ただ、甘いという妻だったが、その甘味を感じることはなかった・・・が。でも種が食べられる???

こんなことで、犯人を探し出せないままに、今夜は野菜の紹介に終ってしまった。

だれか、我が家のメロンをただ食いしたヤツを目撃していませんか?

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俺の悪い癖

昨夜の呑みすぎを反省しながら、新聞を開いた・・・何と日本ハムが首位になっている。ソフトバンクとは一時、11.5ゲームも差があったのに、あれよあれよという間の首位だ。その力を見せられると、ユニフォームも精悍に見えるから不思議だ・・・

俺が昨夜呑んだのは、市内の某団体との懇談会があり、続いて懇親会があったからだ。乾杯は昨夜も日本酒だ。窓からは日本海が手の届く場所、海に沈んでいく夕日を見ながら・・・冷酒にも手が届いた・・・

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懇親会ではそんなに呑んだとは思っていなかった、が、実はそれが呑んでいる証しでもあるのだが・・・帰宅して、わが師へ電話した。酔えば悪い俺の癖である。宴席からの帰宅で、寂しくなるのか?人の声が聞きたくなってしまう(ようだ)

俺にはその癖があると自覚し抑制してはいるのだが、その尾も切れて・・・本当に悪い癖というしかないヾ(_ _*)ハンセイ・・・

酒は人を変える。ある人は笑い上戸になるといい、ある人は泣き上戸になるという。俺は普段口が重いだけに?饒舌になるし、誰かに電話してしまう。これまでもそんなことで、俺の電話を受けた方・・・どうもスミマセンcoldsweats01down

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午前9時・・・thunder間もなく雨となった。それもやや強い雨、それも風がないので真っ直ぐに落ちている、それも間断もなく降った。大雨警報が発令中のわがまちだ。

雨になって、それまでやや蒸し暑かった居間も室温が下がった。俺はとても気持ちよく、一日中パソコンpcに向かって書類の作成にあたった。もっと早めにやっているべきだったが、尻に火が付かないと動かない俺だ。これまた、俺の悪い癖でもある。

癖とは本当になおらないもののようだ。実は昨夜、電話のあとにpcに向かったのだ。そして、ブログの更新も行なったのだ。酒のあとの記事だけに、見苦しい内容で、読者の皆さんも文章もどこかしらおかしいと気がつかれてあったかも・・・これまた、スミマセン。

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今の俺にはこの”ブログ”という場所は なくてはならない存在になっている。愚痴をこぼしたり、酒飲みや食いしん坊の記事、不要な内容が多いのだが、ここで記述しないともう眠れなくさえなっている。

今夜は25.6度、雨のためか暑苦しさはないし、今夜は気温が下がっていくようだ。それが原因か、今夜は冷蔵庫から缶ビールを出そうとの手も動かない。

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残暑?

処暑」?、残暑?俺の周りででは、秋を感じるものはなにもない。夜も今夜は28度、熱帯夜ということになる。今夜も虫の声がまったくない。

妻は「終わり初物」だと、スイカをだした。実家から頂いたスイカだが、食べるのが妻と俺のふたりだから、いくら誘われようとも「終わり」というわけにはいかない。

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スイカも冷たいのがうまいのだが、あまりにも冷たいと味も分からない。冷たいというおいしさよりもスイカの味はない。

ネットメロンがいよいよ重くなって来たという。でも、まだまだ美味しくないようだから・・・と言う。だが、取る前にとられたりしたらなんもならねええ・・・そのうちに食卓に上がるか、それともカラスにやられ、台風にやられるのか・・・

皆さんからのコメントの中には、「秋接近」というものがあるのだが、俺の付近にそれを感ずる何者もない・・・例えば、夜の虫の音さえもないのだ。

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きょうは某組織との懇談があった。色んなアイデアが出ようとも、なかなかグッドなものはないし、まちのリーダーを動かすものもない。

宮城野萩が揺れている。今年は先月から、その萩がユラリユラリ・・・

午前中は歯の治療を受けた。治療の椅子に座すと、窓からサルスベリが見える。サルスベリは新しい枝にしか花が咲かない。だから伸ばした枝咲きに、ピンクの色を揺らしている。それを見ながら思う・・・俺のわがままを。

俺は暑いあついとごねる。抑えもきかないままに、ビールをぐっとやる。けれど、花は夏の暑さを喜び、精一杯の花を咲かせて、人の目さえ楽しませる。何と言うことだと思う。この猩々とした様は・・・

ある看護師の話が浮かぶ。もう先がないという人の看護は張り合いもないだろうと聞くと、その人の最期まで看護をするのが看護師の喜びで、明日は閉じようとしているいのちだからどうのこうではないのだと・・・。

つまり最期まで精一杯看護するのがよろこびなんだと。俺はそんな思いで仕事した事があっただろうか・・・???

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平和の誓い

今年度の「平和祈念戦没者追悼式」が行なわれた・・・戦後71年、時間は容赦なく過ぎているけれど、最愛の家族を戦争で失った遺族の悲しみは続いている。改めて、戦争をしてはならない、いのちを大切にしよう・・・きょうはその誓いでもあった。

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主催者である市長(公務出張につき代理の副市長)の式辞、来賓の県知事・県議会議長・当市の市議会議長が、それぞれ追悼の言葉を述べた・・・

そのあとで遺族会の代表の挨拶。一昨年から、俺の親類の方がこの任にある。彼は、子どものころ父を戦争で失った。そのころの思い出を淡々と語った彼の挨拶。俺にはその哀しみが分かるだけに、握っていたハンカチが濡れた・・・

県の遺族会の副会長が、寸でのところで戦争から帰還した元兵士から聞いたという話を紹介した。元兵士は、多くの仲間が亡くなった様に、先ずは栄養失調、それにマラリア。ああ俺は死ぬんだなと思ったときに、運よくして病院に運ばれたのだという。

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病院は敵も味方もなかったなかったという。そして、戦場で見た兵士の最期は、「天皇陛下万歳」ではなく、大方は「お父さん・お母さんを呼び、或いは妻や子の名を呼んであった」と。兵士の多くは農村の出、それも山間の人々が多かったと・・・

俺の父も兵となり満州で過ごした。蛇や蛙・ネズミまで食って生き延びたことは聞いたことがあった。食えなければ死ぬしかなかったのだ。そんな中だからこそ、互いに結ばれたこころは変わることがなく、帰国しても交流は続いた。戦友と言う支えであった。

先日記したように、父は戦友に会いに行くときは俺を連れた。当時は車などなかった時代だ。列車やバスを乗り継いで出かけたものだ。今、思えば毎日、死と向き合っていたであろう戦地、そこには変わることのない友情があったに違いない。

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きょうのこの催しは他の自治体に誇れるものだ。俺も提案したこの追悼式の名称。わがまちでは”平和祈念”となっていることだ。秋田県内でもこれを冠している市町村はほとんどない。「・・・・戦没者追悼式」が大方だ。

年々、遺族の方々は高齢になって、もはやこの式典に参加出来ない人も多い。従って、会場も参加人数が減っている。そこで、また提案したのが、この式典に遺族の方の参列だけでなく、平和を祈る式典だから若い方の参加も促すことが必要だろう・・・と。

きょうの式典の献花には、若いお母さんと小学生だろう、一緒の参加がありジーンときた。それに、中学生の「平和への誓い」が読まれて、会場内がシーンとなった・・・

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その中学生が言った。平和は黙っていては作られない。発言し行動しなければ、平和を維持できない。自分もそれに係っていきたい・・・と。

まったく同感だ。今の平和は確かに戦争で亡くなられた、言わば戦没者の元に築かれている。でも、このことを伝え語っていかなければ、「平和」は簡単に崩れるかも知れない。だからこそ、国の為政者の考えに常に関心を持ち、或いは行動も必要なのだ。

黙っていれば、為政者は「可」と見る。人間は考える葦のはずだ。大いに関心を持って、平和な日本を守り続けたいものだ。

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届いた天然岩牡蠣

台風9号はわがまちには、まったく被害を及ぼす事無く通って行った。雨はあったが小雨、風はほとんどなし。乾いた土が湿ったことで、今夜は涼しくなっている。いつもの俺の部屋が、只今23度・・・網戸を通して涼しさが入ってきている。

この台風によって被害を受けられた皆々様には心からお見舞い申し上げたい。

午前10時半だった・・・「ぴぽんnote」とチャイムが鳴った。出てみると象潟町のSさんだ。「カギ持ってきたから食べれ!」、我が家は現在2人暮らしの事を知って、8個ほど頂いた・・・今夏は従兄弟にも一度頂いていたから、2回目の海の幸を頂いたことになる。

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早速、昼食で戴くことにした。ただ、我が家には殻を取る道具はない。従って、-ドライバと金槌を小屋から持ってきて・・・たたく。牡蠣には必ず、割れ目がある。それを見抜いて、そこにドライバーを入れれば、案外簡単に取れる。

今回も楽に出来た。以前は、その要領も知らなかったので大変だった。勿論、今でも左手には必ず手袋をはめてやる。とれば、何となくグロテスクな感じ。商売の方は牡蠣殻にのせて、レモン等を上げてだすのだが、家で食べることゆえ、大きな皿にもった。

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わがまちの牡蠣は天然ものだ。だから解禁されれば、素潜りでとる。今年は、7月6日から素潜りでの牡蠣漁が始まった・・・水深は約1~8m。かつては、誰もがとっても咎められrことがなかった。しかし、今では漁業権とかあって、漁師でなければ取る事ができない。

わがまちでは、牡蠣は夏のもの、そして生で食べる。これが食べたいとこの期間、わざわざ遠方から来られるファンも多い。ただ最近はやや高めになっている。一個、300~800円はするようだ。

生牡蠣をなぜ夏に???

004 実はこれにも、鳥海山が絡んでいるのだ。先日に、元滝をご覧頂いた。あの水は鳥海山の伏流水が噴出していることも紹介したところだ。

この鳥海山の伏流水・・・これが、わがまちの沖合いの日本海にも噴出している。実はその伏流水が、天然の岩牡蠣を育てている。

さらには、鳥海山のブナの落葉が、ミネラルやプランクトンの素になって噴出しているから、養分の豊富な天然岩牡蠣になっているのだ・・・

ただ、牡蠣の保護もあって、漁師は1日1人で200個と取り決めているようだ。

当市では、先月の25日に「にかほ海の幸まつり」が開催された。関係者から伺うと、岩牡蠣の炭火焼きコーナーには30mもの列が出来たと言っていた。

間もなく、この天然岩牡蠣の漁も終る。俺にとっては今夏最後の夏の海の味覚となったかも知れない。

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「あ・い・う・べ体操」

台風9号が北上中だ。午後9時現在、福島県にあり未だ暴風域もあるようだ。秋田県には「大雨、洪水警報」が発令されている。ただし、我が家の庭はまったく風もない。静かであり、虫の声もする。このまま何事もなく済んでほしいと願っている。

この台風は、館山に上陸し、各地に大きな爪あとを残したようだし、今後、北海道方面に進む予報だ。どこにも被害がないことを願うのみだ・・・

リオ五輪が終わり、次の開催地・東京にバトンが渡された。悲喜こもごもの大会であった。夜の総集編をみると、改めて凄い大会だったと思う。愛ちゃんの嬉し涙、吉田選手の悔し涙、やはり五輪は見る人をもひき付けるものだと認識した・・・

ところで・・・

俺は現在、左奥歯の治療をしている。治療で困るのは、俺はなかなか長い時間、口を開けているのが辛いことだ。これにやすりがかけられたら、もう・・・・wobbly

俺が辛いことを見かねたのか、先生が治療後、1枚のチラシを渡してくれて説明を受けた。

006 それが左のチラシであった。タイトルに「口呼吸を治すために舌筋を鍛える!《あいうべ体操》というものだった。

俺はその鼻呼吸がなかなか出来ないのだ。つまり口呼吸をしていることになる。そう言えば、俺の鼻の内部の骨が曲がっていて、鼻呼吸だと苦しい。

なるほどこれを続けていたら、少し鼻呼吸が楽になった気もする。先日の歯の治療が少し楽に感じた。

そう言えば、今月の半ばだったと思う。朝のNHKのニュースの時間に、この体操のことが紹介された。

皆さんは、この「あいうべ体操」ご存知だろうか・・・もし、やったことがないという方は、試してみたら如何でしょう・・・?

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この「あいうべ体操」での鼻呼吸を考案したのは、福岡市の今井一彰医師だとか。体操の効果は、舌が上あごにぴったりつく適正な位置に戻ることだという。舌先が前歯の裏側に当っていて、このような場合、無意識のうちに口を開けて呼吸しているというのだ。

驚くのは、この体操で、関節リウマチの患者が約三ヶ月で、免疫抑制剤の量が1/4に減った事例、また、花粉症の患者が2週間で症状が消えた事例もあるようだ。その他の事例も多くあるようだ。

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なぜ?鼻呼吸をすると症状が改善するのか。今井医師は、「口は外部からものを入れる大切な場所である一方、傷つきやすく免疫細胞が多く集まっているが、口が開いていると口が乾燥し、免疫システムが異常をきしているのではと説明しているようだ。

そうか!俺は口呼吸しているので・・・夜は「いびき」か・・・

皆さん、一度お試ししても無駄ではないようですぞ!!!

   (説明等イラストもネットからのものです)

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生涯を反戦活動に・・・

お昼に帰宅してNHKニュースを見て驚いた!!!eye

反戦活動家・むのたけじ氏が亡くなったという(画像はNHKテレビから)、101歳の生涯だった・・・

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ここ1~2年、安保法関連で大きく動いた情況だったことから、彼の行動は一段と注目を集めている矢先だけに、彼の死は大きな影響を与えそうだ。

彼は、1915年本県のかつての六郷町で生まれた。報知新聞に入社、のちに朝日新聞社に入社して、中国や東南アジア等に派遣されたという。しかし、日本の敗戦を機に新聞社を退社し、故郷に戻った。

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そこで彼は週刊新聞「たいまつ」を創刊し、また、言論活動に没頭するのだ。正しく持っている気骨を見せたのだ。以来、反戦の立場から言論活動を続け、「たいまつ」は780号まで発行し続けた。

何時のころだったかははっきりと覚えていないが、一度だけ彼の講演を聞いたことがあった。ずばずばした物言い、口角泡を飛ばすという口ぶり、今の言葉で言えばまさしく情熱的な話ぶりだったことだけは記憶にある。

さすが第一線の記者としての物の見方をされていた。歯に衣などない、ズバズバ話す、その口ぶりは魅力的だった・・・

昨年の今頃であった・・・

俺は「日本で100年、生きてきて」(朝日新書)を求めて、確かブログの記事にした。だから、あえてこの本の内容を記述するつもりはないが、むの氏の聞き書き「再思三考」が2009年から始まり、新聞に掲載した150編の中から選んで1冊にしたようだ。

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昨年、秋田県議会では安保関連法案を早期に可決せよと、全国に先駆けて可決し国に送った。新聞等でこれでいいのか、県民が納得するのか、激しい論議が起きたものの、勿論、むの氏はそれを批判したと聞いている・・・

この本で最後の1編に、「落ち込んだらどう乗り越える?」がある。某高校での講演会後、生徒から質問されたらしい。「落ち込んだら・・・?」。それに「そういう手はありません」応えたようだ・・・

私は色んな仕事がうまく行ったことはありません。自分を卑しめたって何の力も湧いてこないのです。自分を大事にし、労わり、工夫して下さい・・・と。要は自分のことは自分で解決するしかないのだと俺は解釈したのだが・・・

いづれむの氏は大往生したことになるのだろう。でも、彼の思いを誰かが引き継いでいかないと、彼の通した運動は絶えてしまうだろう。俺には力もないのだが、せめて彼の思いをわすれることなく、生きていきたいと思う。

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夕焼け雲

暑い!!言いたくもないのだが暑い。俺のこの部屋の気温が、午後11時でも29.1度。台風の接近が影響しているのだろうか・・・夜温もこのような状態からか、庭から虫の鳴き声など一切聞こえない。盆過ぎに一度あったか、本当に秋が来るのかと疑ってしまうsign02

夕刻、居間の窓から夕焼け雲が見えた。この分では金浦の海は夕焼け色一色だろう!見に行きたいなと思ったが、もう缶ビールを開けていてゴクンと一杯やっていた・・・そう!「夕焼け雲」を歌いながら・・・・(これはウソ!俺は大の音痴なんだ)

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きょうも秋田県は「高温注意報」が発令され、秋田市では35度近くに気温がアップしたようだup俺のまちも道路の表示で午後には33度あったが、実際はもっとupしていたのではなかったかdespair

風は生暖かく・・・外に出る気もなかった。恥もなくpcに向かって短歌を作った。河野裕子短歌賞への応募だ。締め切り間際の作歌ゆえ、いい短歌が出来るわけがない。きょうもまた反省しながら・・・2首詠んだ。

午後から妻とhospitalに行った・・・母の見舞いと叔父さんの見舞いだ。

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母は眠っていた・・・終日、ほとんど寝ているようだ。否、もう寝たっきりの状態だ。入院してきょうで一ヶ月・・・この状態で退院させられたら大変だ。部屋の改修もしなければならないだろう。もう誰も分からない状態だ、ただ、名を呼ぶと頷くような仕草はあるのだが・・・

同じ病棟に叔父さんも入院中だ。一週間前に救急搬送された。病室に入ると従兄弟がいた。彼は日中勤めながらも、良く父親の面倒をみる。これまで自宅でもほぼ寝たっきりなのに、細々と介護をしていた・・・

叔父さんは俺の父の弟で、S家に養子に入った。俺の父亡き後は、叔父さんからは農作業を助けられた。種蒔きは本当に助かったものだ。その後にバイク事故に遭ってから、少しづつ体調に変化を来たしていた・・・

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叔父さんの呼吸は荒く、先生からはいつどうなってもおかしくない状態だと告げられている。もう叔父さんの顔に笑顔は生まれないかも知れない・・・

母といい、叔父さんといい、このあともしばらくはhospital通いになるかも知れない・・・

帰路、「氷り」という旗の出ている店があった。珍しいしこの暑さから少しでも逃れたくて、その店に入った・・・「こおりいちご200円」とあり、それを頼んでしばし暑さを忘れた。

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それにしても続く暑さだ。台風の接近も怖いのだが、明日もまた暑くなるのではと怖れている”でんでん大将”であるsad 

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残暑お見舞い申し上げます。

秋田県内には、「高温注意報」が発令された。今年は7月はさほどの暑さもなかったのだが、8月に入って温度計はup熱中症で5人ほどが亡くなった・・・きょうも暑かった、夜になっても俺のいるこの部屋も現在27.9度だdespair

いのはリオもだ、それは涙なみだの感動の熱さ。期待されていた吉田選手が、まさかの決勝での敗退、結局本人も期待はずれの「銀メダル」に終った。メダルの色は違ってもそれぞれが努力の証しであり、汗と涙の結晶だ。

ただ・・・”金”では過去を振り返っての感動のメダルだろう。”銅”にしたって自分の実力を素直に受け入れられるので、納得のメダルだろうと思う。だが、”銀”は違う。反省が伴ったり、自分を納得できないメダルではないのか。きょうの吉田選手は正しくそうだった。受賞しても唖然としていたし、コメントは聞くに聞けないものだった・・・

込み上げてくるものが俺にもあった・・・それを振り払うようにして、俺は軽トラに乗って、田んぼの落水をしてから、上郷地区に向かったdash

「でんでん大将のひとりごと」を見てくださっている御礼として、涼しんで頂こうという思いもあった。でんでん・・・はサービス精神旺盛な大将なのだ?我が家から車で7~8分、そこが上郷地区。鳥海山の麓の地域だ。

先ず、ここで目にするのが「温水路」。先だっての郡上市で行なわれたNHK短歌大会。そこで花山多佳子氏から、俺の短歌は佳作に選ばれた。その一首がこの温水路を詠んだものだ。

    段差にて雪消の水を温むる先人の知恵村の田護る

であった。その温水路は土木遺産にもなっている。水路の幅を広くし、水深を浅くして、しかも多くの落差を設けて、鳥海山の冷水を温めるのだ。「上郷の温水路」である。

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そこから数分・・・やがて冷厳的な雰囲気だ・・・

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さらに歩を進めると・・・

どこかしらひんやり、そこが鳥海山の伏流水が噴出している「元滝」、皆さんに涼んで頂こうとした滝である。

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1日、50,000tも噴出するという、鳥海山の溶岩の中を通ってきた水であり、まるで糸のようだ。今朝は気温差もあったのだろう、靄もかかって幻想的でもあった。この滝の写真が全国誌に載ったことから、今では四季それぞれにカメラを持った人が集まっている。

そこから数分、全国の名勝に指定されている「小滝」落差は26m、幅が11m、ここには金峰神社の社殿もあって、昔から知られた名瀑のひとつでもある。

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きょうは当市の水に絡んだ場所を紹介させて頂いた。当市では周辺のまちとともに、「鳥海山・飛島ジオパーク」の認定を受けようと申請中で、先般、現地調査も行なわれた。それが決まるのは来月の上旬だ。

皆さんには少しでも涼しんで頂けたなら幸甚である。

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「勝って涙が止まらない・・・」

pcに向かいながら、時々は窓から見える月を見る。きれいな月だ。真ん丸い月だfullmoon今夜は満月か?

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今宵の月は午後7時ころに山から顔を出した。UPしてカメラを向けるが、なかなかピントが合わない。俺には三脚もないので、ガードレールに腕をつけて・・・パチリ。日もかなり短くなって来た。

ほんの少し、涼しさを感じているのか、庭の草花が元気を出している・・・・

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毎日3回ほどの散水も効果があったのか、咲き続けてくれると嬉しいものだ。上の写真は「インパチェンス」。

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「ニチニチソウ」も元気!!!

下は「ペチュニア」。

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このように夏の草花に散水し、花柄を摘んでやるのが俺の日課heart02

庭の草花に元気をもらっているが、リオオリンピックにも感動の毎日だ。俺はテレビでの生中継を観る事はないので、朝夕のダイジェストで観ている。それでも感動の胸は鳴る。

女子や男子の卓球・・・凄かった。きょうの女子のレスリングは「金・金・金」と日の丸が立て続けて上がった。選手へのインタビューやこれまでの映像等見ると、如何にして頑張ったか、胸に込み上げてきて、もらい泣きするほどだ。

オリンピックを観ていると、つくずくと日本人は凄いものだと思う。皆々選手がどれだけ自分を鍛えてきたのか、限界を超えるほどの努力を重ねてきたのか、一人ひとりのこれまでのことを想像する。

笑顔で表彰台に立つには、その何倍何十倍も自分に鞭打って来たのか。暑いと言っては泣き言を吐き、日々の農作業がきついと嘆いている俺には想像も出来ないことだ。その精神力にも凄さ以外にないと思う。

卓球の福原愛さんが言った・・・「勝って涙が止まらない」と。それはまさしく普段の努力があったればこそのものなんだろう。競技である。負けての悔し涙よりも勝って流す涙は最高の勲章だ。笑顔からこぼれる涙は最高に美しいものだった。

今夜もまた日本選手が活躍しているだろう・・・明日の新聞やテレビがとても楽しみだ。

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村は消滅?

明け方の雨に驚いて目が覚めた・・・窓を開けている部屋もあったから、妻と分けあって窓を閉めた。きょうは台風7号の接近が予報されていた。この雨はその影響だろう・・・でも、この雨で被害を受けられた方々には申し訳ないのだが、わが地域にとっては恵みの雨となった。

約一ヶ月ぶりの雨だろう・・・だから、畑の土はからからで野菜も枯れたほどだ。だから、きょうの雨は野菜には勿論、人間にも安らぎを与えてくれた・・・

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朝のニュースを見るとこれから北上し、夕刻には北海道に達するという。この台風によって大雨が心配され、実際に交通手段が断たれたりした地域もあったようだ。だから、恵みの雨などと喜んでもいられない、塩梅良く雨も降ってくれたら有難いのだが・・・

この雨の中・・・俺は研修で岩手県の北上市だ。現在は高速を通行するので、わがまちからはほぼ2時間だ。北上市も雨と思ったら、雨は止んでいて、帰る頃には薄日もさしていた。

バスで走ると所謂「不耕作地」が結構目に入る。草がぼうぼうしていても、まだ農地の名残があって、そこがかつては耕作地であったことが分かる。現在、俺もほぼ耕作面積の35%は減反面積として指示を受けている。

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俺は全面積に稲を作付けしている。ただし、減反分の米は資料用米などとして、安く買われている。減反への対応策としては、JAが中心になって減反の互助会を作っている。つまり、多く減反した農家に少ない減反の農家が互助金を支払う制度だ。

それでも減反してくれないと、国からの補助金が削減されるなどとなる。だから、市に割り当てされた減反面積はこなさなければならない。

きょうの写真は「ハス」、実は今月の初めころに写したものだ。これもまた転作として植えられたもの、ある集落の情況だ。ハスはとてもきれいな花だ。ただし、花は減反作物として植えられていて、このような農政の中にあることを知らないだろう。

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現在は、減反だけでは認められないでいる。つまり減反とした田んぼには何かを植えなければならないのだ。所謂「転作物」ということになり、それは野菜に限らず、飼料米、景観作物(コスモスなど)、このハスもその転作なのである。

減反に加えて米価の下落。それでも減反しているので、言わば価格調整的な部分もある。ところが2年後には、農家が自ら生産を調整しろということになる。果たしてこんなことできるのか!

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農家は事務的に弱いので、農家に替わって仕事をしてもらおうと「農協」を作った。それが今では「JA」になり、果たして農家のための組織体なのか、分からない部分もある。

転作すれば、また、別の農機具の導入も必要だ。転作物は価格もまた不安定だし、労働力も不足だから、増やしていくには限界がある。

農村地域は日本のいたるところで疲弊している、村々も寂れている。限界集落と言う言葉もあるが、消滅していく集落がどんどん増える心配がある。農地の荒廃がすすみ、村が消失・・・末恐ろしい想像である。

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ふたたびの2人に・・・

ここ何回か、眠れない夜がある。昨夜も入眠に入ったものの眠れず、午前3時半、トイレに起きてその後眠ったようだ。だから睡眠時間は3時間despair体もいささかだるい。だから、きょうまでの期限の草刈りも止めた・・・

この間のこともあるし、第一、きょうは蒸し暑い事この上もない・・・

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もうひとつ泊まりたい、その子の希望を叶えた息子家族は9時頃に帰って行った。3歳の子は帰りたくないような素振りを見せる。面白くないといった感じだ。帰れば12階のマンションだ、人との交流も少ないのだろう。我が家に来れば人も多くて楽しいのかも知れない。

11時半過ぎには、娘家族が帰って行った。今回は新潟経由で帰るという。結局、休みやすみしたというが、午後11時間もなく着くという電話。ほぼ12時間のcar疲れただろう・・・

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残暑はまだまだ続くだろうが、俺たち老夫婦には楽しみにしていた、夏が終った感じだ。子供たちの来る盆をひたすら待っていた。妻は、入院の母を見舞い、畑で汗しての作業をし、それでも耐えていたのは、子ども達の帰省が予定されていたからだろう。

だからきょうは野菜などをどっさり積んでやった。喜んでもらうのが一番の楽しみなのだ。俺も娘達・孫たちに弾んで「盆玉」をあげて、財布はスッカラカンだ。それでも喜んでくれるととても嬉しい。

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8月の半ばと言うに今夜も熱帯夜のようだ。暑いと何にもしないでも疲れがたまる。ただ・・・明日は台風の接近も予想されて、今度は風の心配もしなければならないようだ。稲はまだ乳熟期だ。風に煽られたら、登熟への影響が懸念される・・・

ここまで来て、もう一ヶ月すれば稲刈りというのに、台風に痛い目にあわされたら泣くになけない。ただただ、無事な通過を祈るのみだ。

盆も過ぎたから、玄関先の東北の夏祭りの人形もあしたには、妻が片付るだろう・・・

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夕方の鳥海山、月と雲に囲まれている。

楽しみにしていた夏が終った!明日からは、ふたたびジジとババの我が家になる・・・

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かだづっぱりな空

盆中の仏壇に供える食べ物は決まっていて、我が家の今朝のそれは「ぼた餅」だ。こってりと小豆ののったぼた餅だ。今回、加えて黄な粉をつけたものもあった。帰省している小4の孫が作ったようだ。

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本来、今夜は「うちわ餅」であったはずだが、焼いたりしなければならず、これは止めた。この他では、「白玉」、「ソーメン」等が我が家の盆中のあげもの、食べ物だ。

とうもろこしは妻の実家から頂いたもの、もう年だから出来ないかもと言いながら、ことしも義母が栽培したようだ。妻の実家のとうもろこしは味が良くて評判のもの、今年も感謝しながら俺もいくつか頂いた。

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俺の盆の3日目の予定は特にない。でも、孫たちとも遊んでいるわけにもいかず、田の畦の草刈りだ。ヘリ防除のあとの1週間で草刈りを終えなければならない。以降はふたたび草刈り禁止期間に入る。

カメムシ対策なのだ。通常は、この虫は畦にいる。ところが畦を刈るとカメムシは圃場に入り、稲のまだ堅くなっていないでんぷんを吸入する、結果、米粒に斑点が残るのだ。そんなこともあって、圃場の防除しているときは圃場にカメムシは侵入しなのので、JAが草刈り禁止期間を設定している。

さて、その草刈り・・・わが集落の方々はほぼ草刈りをしているのだが、他の地域ではその姿が見えない。JAの対策はこの間の広報に出ていたから、俺たちは知っているのだが、まさか他の地域の方は知らないということもないだろうに・・・

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出穂した穂は傾穂期に入っている、だから、圃場に水をためておくことはなくなった。時折の水でよく、或いは雨の程度でよい。ところが、先月からの約一ヶ月、雨と言う雨がない。農道は軽トラックが走るともうもうと砂煙だ、また、農道の中の雑草の多くは枯れている。

一雨がほしい・・・そのことを願っている。それが、きょうは夕方にかけて「雨の予報」だ、とうとう来るかと期待した。夕刻に雲が厚くなって、ポツリ・・・と来た。有難い、そう思った。ところが、本降りがなく数滴で雨が止んだ・・・

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道路がぬれるような雨でもなかった。家の窓を閉めるほどでもなかった。畑は表面が濡れた程度・・・もっとほしい、そう願ったが・・・今年の空は「かだづっぱり」だ。秋田弁で強情ということになる。

降らないとこうである。まさしく強情な空ということだろう・・・

    写真の花は「ヒオウギアヤメ」「ケイトウ」

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お盆考

かつて俺の勤めていた時代は「盆休み」があった・・・8月14日~16日がそれで、13日はすこぶる混雑した。それが昨今はそれもなく、例え8月14日と言え若者は仕事に行く。ふるさとを見直そうという今日、家族との絆が大切だと言うこの時代、むしろ国民の祝日にでもすべきだとさえ思っている。

勿論、盆の時期が7月だ、8月だと違うこともあり、盆を祝日にと言うことは簡単ではないことは承知だ。だが、先祖を敬うということは、自らの来し方を振り返ると共に、生き方を確立することにも係ってくることだと思う・・・

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朝方に、我が家の小屋から巣立ったと思われるツバメが3羽電線に止まっていた。そこには親と思われる2羽も来て、家族の姿を俺に見せた。ところがしばらくして空を見上げたら、五線譜にまるで音符を思わせるようにツバメが並んでいた。

思わず俺はcameraを向けた・・・

俺は昨夕の集落内の初棚の家々をまわり、きょうは集落外に足を伸ばした。今年は親戚はないので、親しくさせて頂いた方々をまわった。祭壇は仏教であったり神道であったり、これまた長子の務めでもある。

午後からは、帰省中の孫を連れて象潟海水浴場に行った・・・長男の子は残念ながら風邪気味のため行けなかったが、娘達の孫たちは思う存分に海に親しんだ・・・

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海から帰って、その孫の一人が娘と帰って行った・・・

娘には、今夏も「盆玉」として小遣いを上げた。ガソリン代にでもと・・・

今度、帰省はいつだろう。やんちゃな坊主ふたりもまた・・・

手洗いの上に・・・あれ!虫がいる。季節もまた変わろうとしているようだ・・・

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にぎやかな盆

例年になくにぎやかな我が家の「盆」である。それぞれの子ども達と家族、俺の兄妹の家族、俺たちも含めると14人・・・一層にぎやかになったのは、長男家族に子どもが増えたということもある・・・

お昼前に墓参り・・・お昼は黒飯となっていて、それを持っての墓参り。ただし、墓には上げるだけで持ち帰ることになっている。そのまま上げておくと不衛生になるので、花以外は持ち帰る。

墓にはかつては、青竹で”コ”の字型に組んで、それに野菜・果物などを下げた・・・

玄関は靴・靴・靴であふれている・・・

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家の仏壇の前にも、やはり青竹で組んで物を下げた。しかし、墓も仏壇にも今はそういったことはしていない。ただ、下の写真の飾りを置く。

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特徴的なことは、ナスで作る”牛”だろう・・・先祖の方々は、これに乗って帰っていくということになる・・・牛に乗ってゆっくり帰ってもらうという謂れがある。

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ほかに円形の寒天、これにミソハギの枝に水をつけて寒天をたたく・・・普段の鉦のようなものだ。

夜は孫たちとともに、花火をした。風は少し冷涼感がある・・・

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こうして盆の初日は終えた・・・茨城に住む娘家族は、8時間かけて昨夜の12時少し前に帰省した。迎えてから眠った俺だったが、窓を開けていたことから寒気がして、午前4時半には目覚め、起床した・・・そのまま草刈りに出た。

気持ちのいい朝、帰ってからシャワーに。そして、朝食を取った・・・そしたら、眠くなって来た。たまらなく気分も悪くなり、横になった・・・目が覚めると午前11時・・・それでも1日気分は優れなかった。

あんなに午前中寝たのだったが・・・???

明日には、帰省している一陣が帰る・・・

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すべては旨いのために・・・

秋田県内に「高温注意情報」が午前8時42分に発令された・・・特に山間では35度との予報なのだ。わが地域は海岸部ではあるものの、油断は出来ない。もう20日以上、雨がないのだ。

しかし、いくら暑くても農作業を休む分けにはいかない。7月下旬から、8月いっぱいはJAから畦の草刈り禁止が出されている。だが、一ヶ月も草を刈らなかったら、あまりにも伸びて、モアは動けなくなる。だからあまり大きくならないうちにやるのがベターなのだ。

ただ防除の薬剤が散布された場合には1週間以内の草刈りはO-Kだ。実は昨朝に、無人ヘリによる薬剤散布が行なわれた。だから、昨日から草刈り作業が始まった。俺は5回目の草刈りとなる・・・

いくらモアと言ってもなかなかだ。特に方向転換するときなどは、やはり力が必要だ。非力な俺はそれが結構きつい。

午後3時から、仲間が集まって刈っていた藪を焼いた・・・これまでの作業を振り返ってみると・・・・。

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              刈る前の状態

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              藪刈りの日

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              乾燥している刈り草などに火をつけた・・・勢い良く焼ける音。

黙っていても汗は落ちるのだが、火を放った傍にいると暑い!!!up

ああ、おいしいものを作るとは、犠牲も必要か?「全てはうまいのために・・・・」

終ってから我が家の、いつもの場所で・・・カンパ~イbeer

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このあと、種を蒔く・・・われらのカナカブの播種前の作業だ。 

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登山の準備は出来たのだが・・・

昨夜の「暑さ払い」が効いたようだ???・・・夜の気温はぐっと下がった。網戸から涼しい風も入って23度ほど、肌寒い感じだ・・・ただし、きょうも日中の気温は上がった。30度には達しなかったようだが、庭の剪定や除草をしている俺は、汗をいっぱいかいた・・・

気温は下がったので寝易い、そう思った俺だった・・・が、3時頃に目を覚まし眠れない。喉もいたい・・・眠いのだが、眠れない俺だった。右目の奥の方で眠いねむいと言っている。しかし・・・妻に言わせると、夜遅くまでpcに向かっている、そのせいだと言う・・・

喉が痛いのは先日の歯の治療?右の目の奥、右の鼻も違和感あって辛い1日・・・仕事をしていても覇気がない・・・sad

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さてきょうは、新たな国民の祝日になった「山の日」だ。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」というのが制定の目的らしい・・・

この日に合わせたように、早朝から眼前の鳥海山が全容を見せてくれた。天気もいいので、多くの方がこの山に登っただろう・・・俺も行きたい、そう思いながらも庭のことがある。盆も迫っている、だから山に行くのは我慢した・・・

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夕方になっても、鳥海山はくきやかに山並みを見せた・・・あれほど残っていた雪も、いつの間にか、もうほとんどなくなっている。ここからだと、雪があるのは千蛇の谷あたりだろうか・・・

最近は中高年に登山ブームが続いているという。加えて、山ガールと称して女性の登山者も多い。ひとつにはファッションの影響もあるというのだが、果たしてそれだけではないだろう。

今年は何としても六度目の富士山の頂きを視野に入れていた。だから、久々にシャツやズボン、それにキャラバンシューズも求めた。しかし・・・

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母が入院した、いつどんなことがあっても不思議ではないと言われた。そんな情況では、とても富士山には行けないと諦めた。もういいだろう、5度も登ったのならという人もいる。でも、俺はその夢を諦めたらどうなるだろう。目的があるから頑張れる、山があるから登ってみたいのだ。

俺はそう言いながらも多くの山を踏破しているわけではない。北海道では羊蹄山・駒ケ岳・ニセコアンヌプリ・・・本土では富士山・鳥海山・月山・秋田駒ケ岳・森吉山・栗駒山ぐらいだろうか。

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この後は、田んぼもまた草刈りが始まる。集落の普請もある。盆になれば、子ども達が孫を連れて遊びに来るから相手をしなければならない。そして、長期の会議も入るから、日程を取るのは難しいかも???

でも、トレッキングシューズは山の方を向いている・・・

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「暑さ払い」

「悪魔払い」ではない。連日暑いので、「暑さ払い」をすることになった。何のことはない、beerをやろうとのことになった次第。昨日がきのうだけに、妻には小言を頂戴することなったが、まちまで送ってもらった。

暑さ払いの相手はまだ現職だ。昨夜の俺のメールに気持ちが動かされたようだ?「ビールのおいしい時期ですね・・・」その一文が呼び水となって、ふたりで「暑さ払い」をすることにした・・・

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その店は久々であった・・・

いつか記述したこともあったが、俺は某組織を早期退職をした。勉強して資格を取ればとるほど辛い立場に廻された。一時、俺の部下だった人が、悪いことをし、その責任を問われて尚、意地悪された俺だった。

特に俺の先輩だったKからは辛く当られた。帰りも見張られ、帰宅は連日午後9時以降、また、日曜祭日も電話をよこされ、「この野郎、今、何時だと思っているんだ」怒鳴った電話を切ったこともあった。

そんなことから、そいつをぶん殴って辞めよう・・・そう思ったこともあった。でも、それは耐えて早期の退職をした・・・

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潔く退職したものの、年金の掛け金・税金等々農業だけでは日々を賄いきれなかった。そこで募集していた施設の管理人に応募した。1人採用に8人いた。その中から、幸運にも俺が採用された。

応募するときに妻からは反対された。いくら苛められた組織と言えども、一応管理職だった俺だ。そんなあなたが施設の管理人が務まるか!だった。トイレ掃除もし、若いスタッフからはあれこれ指図される・・・でも、虐めにも耐えた俺だ、その思いで頑張った・・・

若いスタッフからは○○さんと呼ばれ、管理職からも可愛がられた・・・実は、今夕の「暑さ払い」の相手は、その管理職のひとりなのだ。俺はそこを理由あって辞めたが、今でもその方との付き合いがあるのだ・・・

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有難いことであった。捨てる神あれば、拾ってくれる神もある、そう思った・・・そして、何事でも真面目に仕事をしていれば、誰かが見ている、そう思った俺だった・・・

今でも俺を苛めたKは許せない。でも彼は組織の中では、俺よりもひとつもふたつも偉いポストにいたのだが、退職してからはとんと動向が聞こえない。あのような人間だったら、組織では生きようが、社会では通用しないだろう・・・

妻には絶対に2時間でかえるからという約束だったから、今夜はきちんと時間通りに帰宅した。「暑さ払い」の効果があったのか、今いるpcの気温は23.6℃、網戸からは涼しい風が入ってくる・・・今夜はぐっすり寝られそうだ。

    写真は「アサガオ」「ルリマツリ」「フウセンカズラ」

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庭の散水

庭木や鉢物に散水を終えた・・・昨日は、台風の影響か、雲って一時的には暗い雲が広がった・・・「雨が降るかも知れない」そう思って期待した。何しろ先月の20日過ぎから雨がないのだ。

だから畑の野菜が枯死している。水道で散水をしているものの、畑は大変だ。少しの水ではどうにもならないのだ。野菜の大方は水分だ。だから地中からの水を吸い上げている。でも、地中に水分がなくなったら・・・

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俺は日に3度、庭木や鉢物に散水している。俺がいないと妻に頼んでいる。そのためだろうか、植木は元気だし、鉢物も辛うじて生き延びている。でもやはり、庭にも自然の水がほしい。

昨日、ブログ更新が出来なかったのは、凡そ推測頂けるだろう・・・そうなんです、やり過ぎたんです、bottleを・・・despair

昨朝は寝苦しく、睡眠が不足していた・・・目の奥の方で、眠い!と言うことが意識されていた。しかし、先輩の同僚の葬儀に出、庭の除草をし、予約の歯医者での治療・・・夕方は、わがまちと姉妹提携をしている松島町からお客さんが来られたので、歓迎の懇親会があり・・・

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・・・この暑さを悪にして、呑みすぎたのだ。それも、乾杯が「酒」でいつものパターンでなかった。秋田県では、懇親会の際は酒でやろうという「日本酒で乾杯条例」があるのだ。しかし、私的な懇親ではそれに違反してい、しかし、きょうはお客さんが来られているのだ。条例を無視するわけにはいかなかったのだ・・・

ただ・・・ほどほどに妻に迎えを頼み、8時過ぎには帰宅した・・・

ところが、俺は酔うと「電話魔?」、入院している先生に電話し(あらかじめメールしていて)、更には、いつも親しくして頂いている方に電話し(こちらもあらかじめメール)、何を言ったやら???ただ、今晩のbeerを約束したのははっきり覚えている!!!

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散水した庭にはキョウチクトウの花が落ちている・・・何だか、夕べの酒の量を反省している俺を、まるで蔑むような形をして・・・sad

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驚きの1日・・・

きょうは俺にとっては、驚きの連続であった・・・

新聞の紙面を開いて、先ずは驚いた。訃報の欄に、俺の元の上司が亡くなったことが載っていた。後半の頃だった。恵まれない俺の人事異動を、哀れんでいたのか、彼の配下になったらとても親切にしてくれた。呑めば演歌を歌ったあの姿を懐かしく思う。

明日が葬儀、11時からなので俺も参列し、冥福を祈らせて頂こう・・・

朝食を取りながら、NHKのニュースを時々見ていたら、テロップが流れた。米野球でイチロー選手がヒットを放ったのだ。これで日米での通算安打が3000本。偉大な記録だろう。そんな時でも彼は冷静だ。派手なポーズもないのが彼流のやり方で、それがまた彼の魅力でもある・・・

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同級生のHさんに昨夜、メールを送信していた。pcを開くと、そのHさんから返信メールがあった。Hさんは、義母の介護に明け暮れし、亡くなられてからpcを習い、cameraを勉強した。その腕を活かしてブログを更新している。

磨いた写真はまるでプロ、従ってブログもまたプロ級だ。ところが、先月の半ばで更新して以来、なかなか更新がないのだ。旦那さんと旅行?、まさか実家に帰省している?しかし、気になってメールを送信していたのだった。

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返信メールを見て驚いた・・・

体調を崩して2週間ほど入院し、現在、自宅で療養しているという。Hさんは学校時代、クラスのマドンナ的な存在だった。そんなHさんゆえ、俺は在学中はほとんど話などしたことがなかった。33歳の年祝いの時に、隣りに座って話をしたことがある。

あれ以来、もう会っていない・・・もう○十年になる。Hさんとたまにメール交換するようになったのは、互いの「ブログ」であった。Hさんのブログは「○○だより」、固定したファンも多いようだ。昨今は元気も快復されつつあるようだ。Hさんのブログの再開が楽しみだ・・・

天皇陛下のお言葉にも驚いた・・・俺は、夜のテレビでその内容を把握したが、これまで全身全霊であたって来られた行為、それが年齢とともに果たせなくなる可能性がある・・・人柄を偲ばせることばであった。

NHKでは「象徴」というタイトルで、これまでに歩んで来られた映像を放映した。それを見ながら、胸に込み上げてくるものがあった・・・責任感の強いお方だとしみじみ思いながら、出来るものならその思いを叶えてあげたいものだと思った。そして、最後となる時間をゆっくりと楽しんで頂きたい・・・そんな思いにさせられた。

それにしても暑い!秋田市では昨日、37.6度・・・きょうはいささか風もあったりして、昨日よりは気温も下がった。でも、防災・安心メールからは、高温に留意し熱中症にならないようにと届いた・・・

秋田県では今夏、熱中症でなくなった方が3名おいでだ。きょうの多治見市では40度近くまで、気温が上がったというが、いつまでこの暑さが続くのだろう。俺の近くの白雪川の水もなくなっている。

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雨もない。幸いに鳥海山のお蔭で、田んぼに入れる水はある。ただ、畑は干上がっている。水道で妻は野菜達に散水しているものの、トマト等が死んで来たと言う。恐るべき今夏の暑さである・・・驚きである。

     ~イチロー選手の写真はNHKテレビニュースから~

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猛暑の立秋

「暑ぃな!」「暑っごど・・・」どこで出会っても交わすきょうの挨拶だ・・・

きょうは午前5時半頃から、「墓払い」いわゆる「墓の掃除日」だ。俺もバケツに雑巾、古手拭、ハサミ等を持って、先ずは墓に行く。そして、墓石を洗ったり、周辺の掃除。俺がハサミを持って行ったのは、墓周辺に太くなった雑草を根本から剪定するために持って行く・・・

8月7日は集落の普請ではない。俺のところの墓地には、隣りの集落の方の墓もあるし、また、我が集落に住んで居ても他の場所に墓があることもある。先祖が移住して来た時の流れともいえようか・・・

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我が家の墓は本家の隣りにある。かつては能登などから流れて来たと聞いている。その証拠か、古い土蔵の屋根は能登瓦をつかっていた・・・

本家の戸主は俺より1歳上だ、その彼は正月に倒れて入院した。後遺症は気付かなかったが、果たして残っていたのか!以来、彼は公職をすべて辞めて、農業も辞めて、集落の行事にはいっさい顔を見せない。

きょうの墓払いも奥さんがみえた・・・

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昔から、この日は墓払いだった。ところが昨今、若い人の家では墓払いに来ない。そんなことからも集落の繋がりが薄れている。そう言われても過言ではないだろう。集団よりも個、個がすべてを上まわっている時代だ。

上の写真はのうぜんかずら。垂れて咲く故にあまり植えてなかったが、最近この花のうぜんかずらh独特な雰囲気があったために、歌に詠まれるブームになったことがある。

下の写真はサルスベリ・・・

我が地域から、標高300~400mの集落では、夏にこの花が咲かないと冷害になる、それは確かに言えるかも知れない。丁度、出穂の時期だ。この頃低温だと稲の花粉は受精しない。今年はどうなんだろう・・・友人、Aさん宅は・・・・!!!

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我が家ではサルスベリが綺麗に咲きだしている。しかも、このような異常高温だ。ただし、あまりの高温だと障害の発生も起こり易くなる。一雨がほしい、一雨があったら気温もグーンと下がるだろうし、稲にとってはシャワーになるだろうに・・・

この時期、このような天気が続くのであれば、今後の稲刈りの時期に雨がやまない、そんなことも想像される。

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午後、汗びっしょり になりながら、我がグループ4人で藪を刈り払う。暑い最中、腹がどぶんどぶんするほどに水やお茶を飲みながら・・・美味さは暑さの中にあるのか。

予報では明日も厳しい気温のようである。

   一番上の花は白のキョウチクトウ

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夜空の稲穂

秋田の夏が終った!まだまだ残暑は残るだろうが、明日は「立秋」だ・・・

きょうは午後からの秋田市での県民カレッジに参加した後、息子のマンションに車を置いて、竿灯祭りを観に出掛けた。3日から始まった竿灯もきょうが最終日・・・

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竿灯は、江戸時代の中期に発祥したと言われている。由来については諸説あるのだが、真夏の邪気を払って身を浄める「ねぶり流し」と五穀豊穣の祈りを込めた行事と言うのが一般的な考えだ。

竿灯の醍醐味は、280本の竿灯が稲穂のように揺れる、この姿が見事であり、それを操る人々の技が魅力だ。

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妙技の技は5つほどあるようだ。地面から竿灯を起こして次の差し手に渡す「流し」、手のひらで高く上げる「平手」、額であげる「額」、肩にのせる「肩」、さらには「腰」。

大若の場合の竿灯は・・・

    長さで12m、重さで50kg、提灯の大きさが64*45、提灯の数が46個

でも、一朝一夕ではできない技である。

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暑いあついと言いながらも明日は「立秋」、この頃夜に窓を開けておくと、涼しい風が入ってくる。

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例年、竿灯が終ると秋田にはどことなく風が冷たくなり、そろそろ夏と言う扉に鍵が必要だ。

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田廻りは”クラウン”で・・・

北海道から帰って初めての田んぼ廻りだ。丁度、出穂の時期だ。北海道に出る前に、水口は開けて水をいっぱいに田んぼに入れていた。その田んぼから稲穂が出ている。ほぼ平年並みの出穂期となっている。

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新しい穂は風に揺れさわやかに動いている。ここまで来ると先ずは一安心といったところだ。しかし、これからの日照如何によっては、穂にでんぷんが入らないことになる。だから台風などは来ないでほしいもの・・・

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穂が出て花が咲いている。稲の花は数時間だけだ。この花の時期は雨もなるだけいらない。それを思えば、暑いのも仕方ない。きょうも相変わらず暑い!でも、上述の通りだ。稲にとっては大事な時期、米作り農家であれば、ここで我慢しなければ・・・

畦には好きな花が咲いている。「ツユクサ」だ。明るいブルーが何ともいえない。

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旅の疲れもあってか、或いは我がままか・・・寝ている中で救急車の音が聞こえた。それも近くで響いた。起きると・・・やがて同じ集落のしかも俺よりも随分と若いYさんが運ばれたようだと・・・

Yさんは婿さんだ。自衛隊であったが、我がむらに婿として入った。やや小柄であるものの、骨格たくましく病気等しない、そう思っていた・・・しかし、病気は突然だ!!来月は稲刈りに入るのに・・・大病でなければいいのだが。

ところで、これは勿論俺ではないのだが・・・

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写真は出穂前のものだ。知っているひとだけに、ズームで撮影したものだ。毎日かどうかは分からないが、田んぼに来るのに”クラウン”だ。新車なのか、中古車なのかは知らないが、同じ農家でありながらどこにそんな余裕があるのかと???

叔母さんの田んぼに行くには、その畦道を通ることになる。いつだったか、作業着を着た奥さんも一緒だったこともある。田んぼに行く俺とは、よくその車に乗っているので、多分、このクラウンは田廻りようのものなんだろうか・・・・???

農家も変わったものだと見ているひともいるだろう。俺だって、軽トラが車検なんでクラウン?そう思ったものだった。人様のことだし、クラウンが悪いわけでもない。でも、俺などは田んぼに行くときは長靴だし、それに泥もつく。

まして作業をするときは、乗用車は勿体ないから絶対に行かない。なのに・・・???

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有難う!北海道

新千歳空港からはプロペラ機だairplane午後4時15分、予定どうりに北海道を離れた。秋田空港には5時過ぎに予定よりやや早めに着陸した。空港からはリムジンバスイだったが、市内に入って折りしも竿灯のパレードを控えていて、バスはなかなか進まなかった・・・

だけど6時過ぎには、秋田駅に泊めていた仲間の車に乗って・・・ふるさとへ。到着が午後7時半・・・。新千歳空港から秋田までの時間以上に、秋田駅から我が家までの方が時間がかかる。

さて、北海道の皆さん方には、暑い中ただただご迷惑をおかけした。行くところ会う人皆さんに持て成しをして頂いた。例えば、予め伺うことをしていなかった、富良野観光協会専務さん、更には夕張市の道の駅のスーパーの店長にはご迷惑をおかけした。

広い北海道だ。それぞれのまちに特色を持ったまちづくりがあった・・・

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北海道新幹線の開業があったものの、それほどの恩恵はまだ生まれていない松前。もう少し、新幹線乗り場が近かったら、その効果が大きかったかも知れない。さらに道内一早く開花した桜が、異常な気象の変化もあって、開花の時期が早廻ったりして、存在感が薄れているようだ。

農業のまちから一転しての観光産業が著しい富良野。ラベンダーなどの花への取組み、そこから上がる農産物の加工と、いわゆる6次化産業の走りだったかも知れない。ラベンダーはもう終っていたが、サルビア、ブルーサルビア、ベコニア等が植栽されて、そのエキゾチックな光景に圧倒された・・・

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果物と言うとやはり「メロン」?樺色の夕張メロンの名はあまりに有名だが、富良野のメロンも優るとも落ちない。

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ホテルの朝食夕食にもそのメロンがのる。また、直売所が道路の両方に並んでいた。

また、富良野では劇作家・倉本氏のアイデア・アドバイスがこのまちを替えたといってもいいという。tvで放映された「北の国から」あたりから観光客が増えたらしい。

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また、ワイン作りも盛んで、やはり北海道はどこかしらエキゾチックだと思う。

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さようなら北海道を

只今、新千歳空港、これからふるさとに向かって✈に乗る、暑い北海道だった。きょうは、富良野の観光協会に出向き、夕張の道の駅により、店長から説明を受けた。そして、これからのフライト、帰宅したらまた記述しよう、先ずは北海道にお別れだ!

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富良野の夜に

きょうの研修は富良野市だ、だから終わったあとのホテルは富良野市内だ。

きょうのテーマは『観光』だ。説明によれば、富良野市に訪れる観光客は約180万人、そのなかには外国人観光客が13万人前後らしい。季節としては、年々スキー等の冬の観光客よりも、夏場の観光客が多く、課題のひとつになっているとか。

そのように外国人が多いことでの対応策には、5年生で各国の文化等を授業に取り入れているらしい。話によると、外国人の観光客は、4~5泊宿泊してくれるので有り難いとのこと。中国、韓国からの客が多く、最近はベトナム、タイからの客もふえているようだ。

観光産業が発展してきたことは、あまり労苦もせずであったらしい。倉本さんのテレビドラマ『北の国から』あたりから増加。しかし、昨今は、そのドラマを知る人が少なくなってきているらしい。

市内で昼食をとった。🍴を出てから富良野駅に車を走らせてもらった。⭕年前の傷心の旅、そのあとに妻との旅行で富良野には来たときには、電車であった。下車したのは、当然富良野駅。だからその当時を思い出し、駅によってもらったのだ。

傷心の旅の頃は、今日のような注目された観光地ではなかったと思う。だから、このまちは当時は淡々とあるいたと思う。

今朝の記事に記述したのだが、このまち富良野には俺の先輩が嫁いでいて親しみを持っていた。その人は俺より1才年上で農業クラブの副会長だった。当時は俺も2年生としての副会長だった。高校卒業後、北海道に農業研修に出たことは耳にしていた。しかし、その人はそこで、つまり農業研修に来ていた富良野で結婚したのだ。以来、実家とはうまくいかないことも耳にはさんでいた。

その人は、二人姉妹の長女で実家を継ぐ立場にあった、だからこそ家業の農業を継ぐために、農業高校に入ったのだった。おそらく、悶々としたものがあったのだろう。卒業してすぐに家に入るのは何か気持ちがすっきりしなかったのか、その人は北海道に向かったのだと思う。そして、気持ちを切り替えて実家に帰るつもりだったのだろうと思う。しかし、そこに運命の糸があったのだ。

俺は北海道への家出の際に、その人に会ってみたいと思い、その人の実家に行ったことがあった。そして、その人の住所を聞いた。だが、その人に手紙を出したのだが、会いたい思いを拒絶された。

俺がその人に会いたいというのは、実は北海道への家出の旅がそれに似合うようなこともあったからだ。俺はその頃恋心を募らせていた。その相手が農家の二人姉妹の長女。北海道に向かったその人と同じような境遇であった。当然、俺の恋心は拒絶された。我が家の⭕⭕は我が家の跡継ぎだからと。そんなこともあって北海道への家出したのだ。だから、その人にあって、親を捨てた、家を捨てた、そう言われていたその人にあって見たいとおもったのだ。でも、会わなくて良かったのかも知れない!俺の気持ちをはかって拒絶した、そうだったと思う。会ったら或いはふるさとへの思いで、北海道での生きる決意したことが、或いは揺れるそれを警戒したのかも知れない!

その人は、親を捨てたと言われ、家を捨てふるさとを捨てた、そう言われて呵責に苦しんでいたのかも。俺はその富良野に一夜をとっている。真面目な先輩だった故に、当時はどんなに苦しい思いをしただろう。カーテンを開くとまちの明かりが見える。

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暑さの続く北海道

お早うございます。

昨日は苫小牧の工業地帯を視察した。かつては製紙業まちとして、社会科で習った気がする。ところが昨今は、国策も加わって大工業地帯になっている。苫東地帯である。空の便、陸の便、加えて海もあり、種々の好条件が揃っていることもあるようだ。従って、どこのまちでも参考になるものではないだろう。ただ、だからと言って諦めることもない。そこに至った経緯などやはり参考にはなった。

今朝は千歳で迎えた。旅や研修などは3日目がピークだ!昨夜などはまちに出て一杯やって、帰ったホテルでダウン。まだ初日の疲れが残っていたのだろう、ベッドには10時半に入った。とても眠くてパソコンには向かえなかった。

期待した涼しさとは裏腹に、北海道は暑い。部屋の温度は18度まで下げて設定した。ぐっすり眠れたのはそのせいもあったのか。3時半過ぎに一度目覚めたが、再度ねむり、5時半過ぎにみたび寝た。起床は7時少し前だった。

きょうはこれから、富良野に向かう。同僚がレンタカーを運転していく。泊まりも富良野だ!富良野には嫁いだ俺の先輩がいる。

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恐れなき若さ❔

札幌に向かう途中に『八雲』というまちがある。当時は牧畜の盛んなまちだったと記憶している。そのまちを先程、乗っている特急が通過した。俺は何しろ家出であったから、余分な金はもちろんなかった。1日に2食と決め、ただただ歩くことに終始した毎日だった。

駒ヶ岳がから下山してから、噴火湾沿いに歩いた。夕方になると不安になった。泊まる宿の予定もないと尚更だった。

八雲というまちに入った。日も暮れかかっていた。よしと、俺は決心した。見ず知らずの家の玄関にたった。そして図々しくも泊めてほしいと申し出たのだ!すると快くも『良いですよ』とのこと。但し、牛舎の2階と言う。俺は構わないからと、その行為に甘えさせてもらった。

牛舎の2階には、研修生という若者がいて、俺は彼と共にそこの寝た。食事を頂いたことも、研修生との会話もすっかり記憶にはないが、その宅には今でも年賀状を出している。

あれから⭕年だ。年々、
思い出も風化しているものの、あああのころが、確かに青春だったと思い出す。

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スーパー特急『北斗』にて

皆さん、お早うございます。いろいろとコメント頂き有難うございます。

北海道での二日目を迎えました。昨日は道南地方の『松前町』での研修で、今、函館駅から特急の北斗に乗り、苫小牧に向かっている車中です。北海道の特急での結構揺れを感じながら。

北海道も例年になく暑く、俺などは昨日だけですっかり日にやけました。

函館駅は思いでのある駅のひとつです。かつて若い自分の北海道の放浪が、この駅から始まったのでした。早朝に家族の目を気にしながらのプチ家出でした。ヒッチハイクでトラックに乗せてもらい、その後に青函連絡船。函館には夜に着きました。ついたらグラッと地震に遭遇。函館の駅に泊まろうとして眠っていたら、駅員に起こされ、さらに駅を追い出されました。従って、駅の前のベンチに腰を掛け、一晩明かした思い出です。

駒ヶ岳が見えてきました。空腹の中での山登りは危険でした。途中でダウン、通りすがりの方からおにぎりを頂き

特急は噴火湾に沿って、北に向かいます。苫小牧まで約3時間です。『ポチ』お返しできません、お許しを。

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北海道は暑い!

少しは涼しさを体験できるだろうとの思いもあったのだが、それは見事に裏切られた感の北海道の初日。

北海道新幹線🚄『はやぶさ』を木古内駅で下車。そして、函館バスにて松前町に向かった。車中は朝早かったこともあり、コクリコクリと船をこいだ😏左手にはわがまちと繋がっている日本海。

松前町では町長初め公職者から歓迎された。研修では、まちの観光産業についての説明を聞いた。20年ほど前には2万人からあった人口が今では8千人。このままでは持続が不可能なことも懸念された。

説明をうけたあと、松前城や観光のひとつの目玉の桜などを視察、道の駅では自分にささやかな土産を求めた。

函館のホテルに着いたのは午後8時、研修の初日が終わった。市内では夏祭り、花火の音も聞こえる。

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でんでん大将北海道へ

皆さん、お早うございます。
きょうから8月、わが地域ではお盆の月であり、子供たちが帰省し、賑やかになります。
母の状態は良くありません。昨日も見舞いに行きましたが、ほとんど反応ありませんし、俺も分からないようでした。
そんななかですが、予定された行動をとらねばなりません。
秋田駅午前6時5分発の新幹線🚄こまちで、盛岡に向かい、それから東北新幹線に乗り換え北海道に向かいます。
秋田駅まで1時間半をみなければならないので、家を出るのは午前4時半。眠いです。田舎は辛いものです。きょうは『松前町』での研修、泊まりは函館です。何年ぶりかの北海道です。ただ、心配は昨日に北海道では大雨のニュースがありました。その富良野にも行く予定ですので、心配なのです。
4日までの研修です、このあとも出来れば、北海道のことを報告させて頂きます。

では。

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