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2016年7月

絶世の美女を偲びつつ

   「象潟や雨に西施がねむの花

芭蕉が奥の細道で当市を訪れて詠んだ1句が上の句である。折りしも当市では、ねむの花が咲いている。田んぼの畦道、畑の傍らにも、ねむのやさしい花が咲いている。市の花も勿論「ねむの花」だ。

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芭蕉は、ねむの優しい色、豊かな姿に中国四大美人のひとり「西施」に重ねて詠んだものと聞いている。

ご承知の通り、世界三大美人は「クレオパトラ・楊貴妃・ヘレネ」と記述されている。ヘレネはギリシア神話の女性であり、実在はしていない。

中国には四大美人として、中国歴史上の美人とされる4人だ。楊貴妃等がそれに入っているが、この4人に西施もそのひとりに入っている。

きょうは絶世の美人である西施を称え、併せて芭蕉の奥の細道に思いをはせようと行なってきた「西施祭り」。きょうはその27回目。

会長の話だと中国には、西施をまつる建物があって、そこにねむの木を送ったが、今では大きな幹になっていることを紹介。当市では中国と交流があったものの、近年の政治的な課題もあって中断している。

きょうは西施の像の前で、高校生が西施の舞を奉納した・・・

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昨年の今頃だ、俺の撮った「鳥海山とねむの花」が市の某広報に載った・・・

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きょうで7月は終った。俺は今月は1日も休まずブログを更新した。時には酔った勢いでの記述もあったのだが、続ける事は正直大変なことではある。

俺は明日から8月4日まで、北海道に行く。俺の勉強である。きょうのニュースだと大雨で被害もあった由、果たしてどんな研修になるのか、先ずは心して出かけたい。

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暑さに負けるな!太鼓の祭典

朝、5時半から用水路の草刈り普請だ。早い田んぼでは穂が出始めた。この時期、稲は一番水を必要とする。だから、用水路の水をいくらかでも温かな水にするために、草を刈って日当たり良くするためだ・・・

黙っていても暑いのに、刈払い機で作業をすれば、体中汗でびっしょりだsadしかし、それは皆同じだし、俺ひとりが止めるわけにもいかない。例年よりも早い出穂、俺が北海道から帰るころはすっかり出ているかも知れない。

穂が出るのが早いというのは、良い傾向ではない。むしろ炎天下の中での出穂は、白米が出やすくなる。わが地域での標準は8月7日前後が良いとされている。

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この暑さの中で、わがまちの潮風公園では「日本海に響け!太鼓の祭典」が行なわれた。県内各地から、太鼓クラブ等が集まっての一大イベントだ。すぐ傍には日本海の波が砕けるこの公園・・・その波の音よりも高く響く!

昨年は雨天のために体育館で行われた。だから野外のステージでの開催は2年ぶりだ。中には子どもの参加もあり、この太鼓の競演は夜に入っても鳴り響いた。それはまるで暑さを跳ね飛ばすような催しであった。

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公演は勿論盛り上がるのだが、会場に来られる人は年々減っているような気がする。確かに迫力があり聞いていると腹のそこに響いてくる。ステージでは動きを見せたりその努力は伝わってくる。

だが何しろ太鼓はリズムが主だ。メロディがあるわけでもない。だから聞いていると、出演者には申し訳ないが、いささか飽きてくるのだ。だから、beerを呑みながら、焼き鳥を食いながらでないと・・・(これは俺だけ?)

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ステージの後半は、男鹿の「なまはげ太鼓」で盛り上がったらしいが、6時半に俺は帰らせて頂いた・・・

会場を出ると西空には真っ赤な夕日が・・・sun

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この分では明日もまた晴れるだろう、そして、暑い1日になるだろう。管内、きょうも真夏日の32度、この時期、日本は全国各地が真夏日か。南も北もないのではないだろうか。俺の冷蔵庫をあける回数も増えている。冷茶、アイスコーヒー、コーラ、アイス、夜になれば缶ビール・・・俺の腹の中はザブンザブンと音がする。

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梅雨は明けたが・・・

秋田県も梅雨明けしたようだ。平年よりも1日遅いらしい。県内は梅雨明けと同時に夏の光が強烈だ。各地で34度ほどの”真夏日”になったようだ。わがまちはそれでも海岸部なので、やや低い32度sun

その暑さが、夜になってもまだ家の中に充満している。我が家では、居間のエアコン初めて稼動した。いよいよ本格的な夏になるらしい。

いつも頼んでいた植木屋さんがまだ来ない。昨年も作業終ってから、連絡しないが来年も頼みます・・・そうお願いしていた。だから、催促するようで嫌な気持ちだったが、出来れば植木の剪定は7月中には終えたいので電話した・・・

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八月に入って剪定すると、来年の花芽に影響が出る。せっかく作ろうとしている、その花芽を切ってしまうことにもなる。それで・・・電話したtelephone

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電話に出たのは息子さんだった。「いつものように庭木の剪定お願いしたいんですが・・・」ちょっと待って下さいと彼は言って、父親に替わった・・・。俺が挨拶し、ふたたび「作業をお願いしたい・・・」そう言ったら・・・impact

「実は抗がん剤治療を受けていまして、仕事辞めたんです・・・」

そんなこと知らなかったし、今年も来てもらえるものと予定を組んでいた。例年、息子さんとふたりで来られて、2~3日で剪定してもらっていた。今年もてっきりその気でいた。

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その息子さんは知的障害者で、お父さんと組んで仕事をしていた。だから、息子さんひとりでは作業が出来ない。ふたりの仕事ぶりを拝見し、いい植木屋さんと出会ったと喜んでいたのに・・・

ただし、低い植木等は俺も手伝って、主に高いものを剪定してもらっていた。今年もここ2~3日、ツツジ等を俺は剪定していた。ふたりが来る前にと・・・昨日は道路と面した部分のツツジの生垣を剪定していた。

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俺は来週早々北海道への視察がある。その前に庭をきれいにして置きたかったのが、頭は混乱している。誰に頼めば・・・果たしてせめてお盆の前までは終りたいのに・・・どうしようsign02 どうしたいいだろう・・・

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「皇太子さまの味噌汁」

今年1月に入院して、親不知歯を抜いた・・・ほう!今まで良く持っていたなと誉められ?たりしたが、虫歯になっているのでと一般の歯科医院から、総合hospitalに紹介された。俺は極度の痛みを感ずる人間で、抜歯も全身麻酔で行なわれた・・・3日の入院だった。

この歯科医院から「定期検査」の案内を頂いた。半年ごとの検査だ。丁度、歯が痛み始めた部分もあり、前回から早速の治療に入った。きょうはそれから2回目の治療だ。どうも口の中で行なわれること事態、恐怖心がわく・・・coldsweats02

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「老いは”歯”から・・・」という。思えば確実に老いている自分の体を知る。でも、妻は総入れ歯、俺はまだそこまではいっていない。だから漬物もボリボリ食べることが出来る。歯を気にしないで食べることが出来るのは有難いことだ。

母の食欲も旺盛だ。入院したときに医師からは年齢だけに油断できない情況をお聞きした。だから・・・急速に衰えることを覚悟した。ところが食が旺盛なこともあるのだろう。症状が改善し、個室から4人部屋に移った・・・

医師さえも驚くような快復力だった・・・

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ところが・・・

ベッドに24時間寝ている母だ。もう歩く事は叶わない・・・しかし、力はあるようだ。握る手を返してくるとか。ただ、大部屋に移動してからは寝続けている。食もなによりもただただ眠っているようだ。

だから、再度点滴が始まっている。それに認知症はさらに進んだようだ。昨日に行った妻に、「皇太子さまの味噌汁作らねば・・・」と話したらしい。母は農協婦人部員だったころ、宮城奉仕に出掛けたことがある。

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だから、あの頃を夢見ているのだろう。思えば、母にとってはその頃が一番輝いていた時代 だったのかも知れない。奉仕作業に、味噌汁を作るなどはなかったはずだが、母の思いが夢になっているのだろうか・・・

きょうの新聞では、日本の女性の平均寿命は「87.05歳」、母はそれを10歳以上生きている。だから全身が老化しているのは当然で、俺などは到底母の年齢を生きることはできないだろう・・・

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我が家の電線には、きょうもまたツバメが止まっている。我が家で生まれた三羽のようだ。まだ遠出もできないのだろう、朝な夕なにここにいるのは、体力をつけているのだろうか。若さとはいいな、と思う。鳥もそうだろうし、人間も勿論同じだよな、つくづくそう思う。

   写真は「リアトリスと蝶、もみじ、くちなし、三羽のツバメ」

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夏の野菜いろいろ

午前4時半に目が覚めた・・・昨夜は12時半に寝たから、まだ4時間の睡眠だ。眠くないのだ・・・起床し、昨日の新聞を広げた。一面は施設での殺傷事件が大きく載っていた。予報では夜中から「雨」だったが全く降ってもいなかったので、作業着に着替えて、5時から庭の除草だ・・・

7時半に朝食を摂った・・・ら、どこかしら眠い!食べ終わったら、食卓にうつ伏せにしてしばしグウグウ・・・やはり疲れている、まだやはり眠たかったのだ。

食卓には自家製の夏の野菜が並ぶ、どれもこれも妻が汗した結晶の野菜だ。味噌汁の具になったり、漬物になったり・・・夏はたっぷりの野菜があるから嬉しい・・・

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ミニトマト・・・さらにはパプリカ

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ナスは特に好きだ。漬物、味噌汁、天ぷら、茹でナス・・・

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漬物は子ナスの「梵天丸」・・・この食感がまたいい!

今年のジャガイモはあまり良くないようだ。それでも晴れた日に掘った・・・

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吊るしているのは玉葱・・・

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こうした妻の作った野菜が、このあとも日々食卓を潤してくれる・・・

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象潟はうらむがごとし

午後9時、tvBS朝日の「新・にほん風景遺産」で当市の「象潟・九十九島」や「鳥海山」が紹介された・・・

以下の写真は、そのテレビからのもである。

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秋田県民歌の冒頭は・・・「秀麗無比なる鳥海山よ・・・」で始まる。わがまちはその鳥海山の麓に開けたまちだ。

その鳥海山が紀元前466年に噴火、大規模な山体崩壊で土砂が日本海に流れ込んだ。それで浅い海と多くの島々が出来た。やがて、堆積作用によって仕切られ潟湖が出来た。島々には松が生い茂り、九十九島の景色となった・・・

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いかし・・・

1804年、象潟地震に海底が隆起し、九十九島も陸地化した。それが今の風景だ。

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陸地化したことから、本荘藩の干拓事業、即ち、水田開発がされようとしていた。そこに、立ち上がって開田阻止を訴えたのが、住職・覚林であった。彼は死を賭して九十九島の光景を護ったのだ。このことは今年の1月に、その記事を掲載したことがある。

島は今でも残っていて、天然記念物ともなっており、一昨年に名勝ともなった。

残念ながら、海に浮かぶ島ではなくなったが、周辺の田んぼに水が張られると、当時を彷彿させる光景になる・・・

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かつては松尾芭蕉が、最北の地として象潟を訪ねた。その時に詠んだ句が「象潟や雨に西施がねぶの花」が残されている。

その”奥の細道 ”では、「松島は笑うがごとく象潟はうらむがごとし」と記している。

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午前3時半の起床

わがまちは昨日、今夏初めての「真夏日」だった。31度ほどあったようだ。きょうもその余熱?もあってか、30度を越えた・・・でも、日中真夏日であっても、夜になれば涼しい風が家に入る・・・今夜も網戸から涼しい風が・・・

昨夜は村の「伊勢講」だった。俺は接待の方なので午後8時頃まで酒を注ぎ、おれもまた注がれ呑んだ、帰宅していつものようにクラクラ頭の廻るのに、ブログの更新を行なった。どうしてもツバメの巣立ちを書きたかったのだ(でも、後で読んだらどこかしら可笑しな文章もあってcoldsweats01お許しを)

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ブログ更新後寝た・・・でも、いつもより早い就寝だった。そのせいか、午前3時半には目が覚めてしまった。まだ早いから、ふたたび寝ようと布団に横になっていたものの・・・眠れない、眠れないgawk

うつらうつらしているのも嫌で、起床し居間で新聞を読んだ、また、きょうの短歌会の歌評をまとめた。そうしていると東の空が明るくなって・・・日の出だ!雲に太陽が反照している。おもむろに外に出たら!!!農舎への引き込み電線の上に・・・

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居た!!昨日巣立ったツバメだ。そして、親子共々農舎の上を何回も旋回していた。農舎は昨夜もシャッターを開けたままにしていたが、農舎で一夜を明かしたようではなかった。親子でいったいどこで過ごしたのだろうか・・・

親子のツバメと飛んでいる、どことなく子ツバメに飛び方などを伝授しているように見える・・・どうか、厳しい自然界の中にあっても、逞しく生きてほしいと願う。そして、来年はわが農舎にて親となってほしいものだ。

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いかにも「夏」を思わせるアサガオが咲いている。菊鉢のふたつに植えている”アサガオ”cute

そして、暑さの日中に涼しさを抱かせてくれるのが”風知草”、よくぞ名づけた植物だと感心する。

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今夜の就寝はいつものような時間になりそうだ・・・

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嬉しくて・・・寂しくて・・・

巣立ちは近いだろう・・・きょうかも知れない、否、明日なのかも知れない・・・そのように交錯した気持ちは抱いていた・・・

農舎の巣をみながら、きょうもそのように思っていた。だが、何かが違う、何とも言えない感覚が、俺の胸を横切った・・・

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俺は目が良くないから、どれが親でどれが子か、良く分からないのだが、朝方、3羽のいたツバメが巣から出ているようだ。

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これから巣を出る、ついては・・・巣立つ子ツバメに何か言っているような思いだ。

午後に巣を覗くと、いない!子ツバメは巣を離れたのだ。チイチイチと声を立てて、我が家の農舎の上を飛んでいる。剪定作業をしている俺に、何度も感謝するように俺の頭上を飛び回る・・・

歩きを覚えた子どものように、何度もなんども巣を離れ、離れては帰ってくる。それはまるで、俺に感謝するような飛来だ。観ながら、俺は「頑張ったナ、また、来年来いよ!」恥ずかしながら、込み上げてくるものがあった。

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昨年は巣立ちを間じかに、巣から転落したツバメがいた。あのことを思うと、何とか無事に巣立ってほしい、それは俺の本心であった・・・

だから今年は、どうなるのか、正直不安が大きかった。なるだけ農舎に入るのはやめよう、無駄な心配はやめよう、そう思いながらも、ほぼ連日に気を使う俺だった。

きょうだって・・・きょうまで有難う、頑張って生きてくれ、来年にはまた、この巣に戻って来て!そう願ったものの、寂しくてさびしくて仕方ない。まるで子どもが我が家を離れていくような思いであった・・・weep

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巣立ちの体制は整った。俺はeye注視したが、午後に飛び立った・・・我が家の農舎の上空を旋回しながら、何度もなんども旋回して・・・ありがとう、これから気をつけるんだよ、そして、最後に・・・また、来年来いよ!待ってるよ!俺は自分に言い聞かせた。

きょうは来るものが来た、その思いだ。だけど俺にとっては、無事に巣立ったよろこびと、もう、明日はいないことを思うと嬉しさ半分、寂しさ半分の心地である。まるで娘を嫁がせたあの日のように・・・

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夢ひらく舞台・・・「げんない」

素晴らしい舞台であった・・・

由利本荘市の文化施設で行なわれた、「奇想天外歌舞音曲劇~みゅーじかる  げんない」。その名のごとく、舞台は活気に満ちみちた舞台であった・・・・

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このミュージカルは「わらび座」制作で、今回の作・作詞・演出は横内謙介、作曲が深沢桂子、編曲が前嶋康明、振付はラッキィ池田・彩木エリ。昨年には、「わらび座」の「為三さん」を観て紹介させて頂いたことがあった。

東京で生まれた「わらび座」、それが秋田県田沢湖町に根を下ろした。もう63年になるという。日本では”劇団四季”や”宝塚歌劇団”に次ぐ規模であり、民謡・民舞・歌舞を始め、ミュージカルも得意で、それも昨今は秋田県人を取り上げている。

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今回の「げんない」は勿論秋田県人ではないものの、秋田県とも関りのあった人物だ。舞台は夢に向かって進んでいく源内を捉えていた。特にこの中では、源内役の三重野葵、吉次郎役の鈴木裕樹、お千世役の鈴木潤子の歌がこころに響いたshine

今回の準主役のお千世役の鈴木潤子さんのファンにはたまらかった。俺も彼女のファンだ。なぜファンになったのかと言えば単純だ。俺の生まれた月日が同じだからだ。だから、いつか彼女の舞台をと念願していた。それがきょう実現、しかも会場から出ると役者の皆さんが見送りしてくれて・・・

潤子さんもいて握手したhappy01「生まれ月日の同じ○○です・・・これからも応援します」と。もう感激であったweep

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かつての「わらび座」は、俺たちが小学生の頃、学校によく公演に来られた。その中には寸劇あり、歌唱指導もあった。「雪山賛歌」「アルプス1万尺」等を習った記憶がある。

74年には、「わらび劇場」が完成、そこではほぼ毎日上演している。今は、秋田県の初の女性代議士・和崎ハルを描いた「ハルらんらんnote」だ。近いうちに観に行こうと思っている。常設の会館は仙北市で、俺の家からは約2時間だ・・・

歌の中で、note「未来よ、やって来い。過去は変えられぬ 今もままならぬ ただひとつ 人のチカラで 未来は変えられる」の一節があった。本当に共鳴できた歌詞。俺も年ではあるが、夢は持ち続けて生きたいものだ、そう思いつつ会館を後にした・・・

    写真は頂いたパンフレット等から

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穂肥えの散布

一年で一番暑い日とされる、きょうがその日「大暑」である。「土潤いて溽(む)し暑い」日と言う。むわっと熱気がまとわりつく蒸し暑いころのことだ(日本の72候より)annoy

きょうは北陸地方で梅雨明けの発表あり、だが、関東や東北ではまだで、秋田などでは8月になるだろうとも予測されている。ただ、きょうは暑かったし風もあって、梅雨明けのような感じすらあった。

昨日入院した母は、むくみも幾分取れ、肺のほうも改善しているらしい。丈夫だと看護師は驚いたという。だが、年齢が年齢だけに復帰はかなり難しいかも知れない。

俺の蜂刺され・・・午前中に再度の診察を受けた。医師は女医さんであり、私的に娘や俺もお世話になっている先生だ。包帯を外すと「ほぼ治っている」とのこと。飲み薬は明日までの分を処方してくれた。

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医院から帰って早目の昼食を摂った。そして、午後1時前には軽トラに肥料4袋と動噴、燃料などを積んで田んぼに出た。稲は減数分裂期、からだの中で穂の袋が作られている時期だ。このころに養分が欠乏すると籾数が減って、即ち収量が落ちる。

従って、暑いこの時期に動噴を背負って、「穂肥え」という追肥をする。ただ、散布の量は多くはない。N成分で換算しての量だ。N成分はそれぞれの肥料で違うので、先ずはどのくらいやるか、稲の状態で判断する。だからなれない計算を行なって散布の量を決める。

俺の追肥は昨年の繰越の肥料もある。でも、成分ではほとんど似ているので、俺は10aあたり5kgを散布した。N成分では「0.7kg」ほどだ。量を間違ったりすると、稲が倒伏することもある。だから、慎重な作業だ。

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散布は畦と畦からの散布だが、大きな田んぼでは中に入っての散布もしなければならない。今年は中干しも良く、案外田んぼが固い。一昨年だったか、田んぼに入って動噴背負い転んでずぶ濡れになったことがある。

終ってからは畦等の草刈りを!この25日までに草刈りを終えるように、JAから広報されているのだ。穂の出る前と出たあとの期間を決めている。カメムシ対策の一環だ。この間、刈ったところが少し伸びていたので・・・

作業を終えたら午後6時40分、田んぼの向こうの西空には夕日が見えた・・・そして、その夕日色を纏った鳥海山が見えた。

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残雪も随分と少なくなったものだ。作業を終えて田廻り、家に入ったら7時15分だった。昨日に予定した穂肥えの散布も終わり、気持ちも少し楽になった・・・

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母の再入院とツバメ

窓から月の光が入っている・・・moon1

窓から肌寒い風が入ってくる・・・shine

家に居るのは俺ひとりだ。ひっそりしている家の中は寂しいものだ。

午後3時半・・・草刈りをしている俺のズボンのポケットの携帯がなった!!!妻からだ。母の息遣いが激しい、血圧も高い等の電話が施設からあり、妻はそこに出掛けた。そのことでの電話であった・・・

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これから救急車に乗って総合病院に母を乗せて向かうという。俺は作業をやめて、そこに車を走らせた・・・

呼吸があらいのは肺に水がたまっていること、からだのむくみが激しいこと等が、救急医よりの説明を受け、そのまま入院することになった。その準備もあって、妻と家に一旦帰宅。準備を終えて妻はふたたび病院に向かったら、今夜は泊まってほしいと要請されたという。

そんなことで今夜はひとりになった・・・

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俺の子ども達、俺の兄妹にこのことを電話した。医師からは一ヶ月ほどの入院となるかも知れないが、その間、どんな状態になるか予断を許さない、とも言われた。何しろ98歳の高齢だ。

むくみがひどいこともあって、顔も随分と脹れている感じだ。今年は5月に入院し、こんどが再びの入院であり、今後好転するとは考えられない・・・大変な時期に入ったようだ・・・

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母はこのような状態なのだが、我が家の農舎からは新たないのちが飛び立とうとしている。いつもの巣にツバメが飛んで来るのは知っていた。あるいは・・・?と思っていたから、普段は軽トラを格納している農舎だが、夜もシャッターを降ろさずに見守っていた・・・

昨年は飛び立つ寸前に巣から落ちて死んだ。まだすこし息のあった子つばめを巣に戻してやったが、だめだった・・・だから、今年は元気に巣立たせてやりたい、その思いで見守って来た。

なるだけ農舎に入らないようにも気をつかったし、今年こそは元気に見送ってやりたい、その一年であった。他の家で生まれたツバメはもう巣立っている。我が家のツバメは遅くうまれたようだ。

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ここでの子育てに迷いがあったのかも知れない。昨年の事故、その前は蛇からやられた、だから、我が家で生まれたのは数年ぶりか、今はただただ無事な出立を願う日々である。

母もまた・・

     花は「タイマツソウ」と「バラ」

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かかし作りボランティア

皆さんには、蜂刺されの件、いろいろ見舞いのコメント頂き有難うございました・・・

バンバンに脹れた左手も、痒みはないし脹れもかなりひけた・・・薬とは有難いものだ。ただ、そのせいだろう・・・黙っていると凄く眠い。昼休みも本を広げるともう眠くなる。先生が言われたのだが、pcに向かっていても眠い!!!

俺たちのグループは、院内小の校長先生から依頼を受けて、午前8時半から学校に出向いて、「かかし作りボランティア」を行なった・・・

先ずは出来上がりを・・・

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4体のかかしが、学校田にデ~ン・・・happy01

俺たちは、5年生の社会の学習の一環としての、「かかし作り」を依頼された。この日は、職場のOB会の行事があったのだが、それを断って学校に出掛けた。あらかじめ古着は学校で集めていて、色別に作るかかしのイメージも伺っていた。

昨日はその打ち合わせや設置する場所も確認しており、きょうは俺が10分ほど、かかしに纏わる講話をしてから、「緑」「黄」「白」「赤」組の4班に分かれて、かかしの制作を行なった。1班は約5名の29人・・・

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背骨になるのは、かつて使用した稲杭だ。それに思い思いの服を着せていく。腕に当る部分や難しそうな部分は俺たちが指導し、約2時間でかかしの制作の終了だ・・・

俺たちはこれまで、小出小で2回、西目小で1回、JAの親子教室で1回のボランティアをやってきて、きょうが通算で5回目だ。

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某組織を退職した俺は、集落内に仲間を募集した。グループ名を「百生倶楽部」とした。もうこの集落で生きていくしかない、だったら楽しく面白く百まで生きようじゃないか、それで「百生」とした。

俺の呼びかけに賛同してくれたのは、27戸ある集落のなかの7人であった・・・以来、この7人で、色んなことをやっている。そのひとつが「かかし祭り」・・・折りしも秋田県内で”子殺し事件”があったり、また、農業中心の地域が荒んでいた。

だから、エールを送ろう、ユーモアを届けよう・・・そうして行なった「かかし祭り」が、一昨年には10年、そこで100体を設置、大勢の人が見に来られた・・・以後、仲間達は意欲も薄れ、100体を設置後は「かかし祭り」を止めている。

そこに今回の話だ・・・

行動が第一の俺たちだ。きょうは学校の依頼に応えることが出来た・・・

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この子ども達が大きくなったとき、少しでも「あれは楽しかった、面白かった・・・」と思い出してくれたら、俺たちは本望だ・・・

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欲しいものは”お金”?

昨夜は散々だった・・・

歯が痛いdespair、手が痒い、凄く痒いdespair

痛み止めロキソニン飲んでも痛みは止まらない。虫さされの軟膏をぬっても痒みは止まらない・・・とうとう午前4時には起床した・・・

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歯が痛んだのは、左下の歯が虫歯になっているのだ。先日の痛みもここだった。今回、この歯も含めて治療することにしていた。きょうも治療する予約日だった。それなのに昨夕、秋田の銘菓「諸越」を食べたのだ。堅い菓子ゆえ歯に負担がかかってしまったんだと思う。

前回もそれを食べて歯を痛めたのに、何と言う愚かな俺だとしみじみと思った。あれから、まだ何日もなっていないのに、食い意地の汚い俺でもあるのだ・・・

冒頭、汚い手を載せてしまった。何故こんな手に・・・?本来は、白くて柔らかくて女性のようだと言われた?手、まさかその手で百姓を?何て言われたこともあった俺の手・・・それがグローブのように脹れて、そして痒い!

これまた昨夕の事だった・・・玄関の方の庭木の剪定をした、午後6時頃・・・薄暗くなってもきたし、もう止め様としていたときだった。「痛い!」、はっきり確認は出来なかったが、「蜂」だ!慌てて妻を呼んで薬をつけてもらった・・・

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痛みからしても「アシナガ蜂」ではなさそうだ。そうだ「ツチ蜂」だ。刺された部分を絞って薬を塗った。痛みはさほどない。ところが脹れて来た、やや赤味を帯びてグローブのようになって、痒みが出始めた。

ひっかいては「飛び火」になるとの思いもあって、薬を何度も何度も塗った、それでも効果はなく、朝方までただただ耐えたsad

午前9時からの歯科・・・それを終えてから皮膚科へ、医院のはしごだった。先生からは、蜂に刺されたら、自分で運転して来るな、途中で血圧が下がったりして大変なことになる、昨夕に救急に行くべきだったようだ・・・

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実は何年か前にこんなことがあった。それもやはり庭木の剪定いたときだ。アシナガ蜂に刺された。二度目に刺されたら要注意と言われていた。当日は土曜日だったが、まちの医院に電話した。直ぐに来いという。

医院について電話した事等話して受付を済ませた。ところが、他の受診者もいて順番通りの診察だった。診察して医師は血圧が低下していることを知り「119」。俺は医院から総合hospitalに緊急搬送された・・・結果、事なきを得たが、最初の医院になぜ早い診察ができなかったのか、苦情を申し出た・・・「申し訳なかった」その一点張りの医師だった・・・

こんな俺、大将等と辛口きいているが、からだは剛健ではない。だから、望む一番のことは「健康」だ。ところが、きょうの新聞に60~74歳の意識調査の結果が出ていた。その結果、一番欲しいのは「幸せ」の15.7%を上回って「お金」が40.7%だったとか!

何歳まで生きたいかでは、「84歳」が最も多かったというが・・・

老いる事は当たり前だが、せめて健康に老いたいというのは皆の願いだろう・・・

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「ピース」が咲いた!

昨日、遊びに来た息子家族が帰って行った・・・

寂しい我が家の風景が一変し、子どもがいる存在を知る。下の子は今年の2月に生まれ、息子家族は4人だ。まだ寝返りも出来ない、ただただ笑って泣いている子ども、でも、これがとっても新鮮なのだ・・・

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下の子は「抱かれくせ」がついている。ひとりにしておこうものなら、それはまるで抗議するようにして泣く・・・どれどれと妻や俺が抱くと余計に泣く。親をどこで認識しているのか、息子たちに抱かれると安心するようだ。

あやすとニコニコ笑う。時には声を出して笑う。だけど、抱かれると違うのだ・・・どこで感じるのか、泣く・・・涙を出して・・・

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2人姉妹の我が孫・・・二人が着ているのは、長女の2番目の着たお下がり・・・そのジンベーが良く似合った・・・今度来るのは来月の盆だ。その時は、また大きくなっているんだろう、孫たち・・・

こんなふたりの孫を見ていると・・・「平穏」であり、「平和」ということを思う・・・

先週に咲いて散ったバラ・・・「ピース」という。先週の花は黄が強かったのだが・・・

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上は先週の「ピース」、きょう開いたのはその脇にあったつぼみ・・・cute

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きょう見せてくれたのは、淡い黄を囲むようにして淡いピンク・・・苗についていた写真はまさしくこの花で、これが本当の「ピース」なんだろう・・・わずかな香りもする、きれいなバラである。

5月の末だっただろうか・・・ホームセンターで安売りされていたバラの苗「ピース」であった。ああ、これが?と、500円だった苗を求めてきた。庭には場所もないので鉢植えにした。来年はきっと花を見ることが出来る、そう思って8号鉢に植えた・・・

ところが・・・つぼみが発生し、どんどんと膨らんだ。そして、先週、初めて花を開いた。ただ、3日ほどで花は崩れた。そして、きょう2番目の花として、淡いピンク色のバラが咲いたのだ。

「ピース」eye目を凝らせばこらすほど・・・滲みてくるような花だ。そして、「ピース」の意味合いを思った・・・世界でこのバラを育てる運動はできないだろうか?と。また、3日で花を散らしたくはないから・・・

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鉄人達の挑戦

午前9時・・・”鉄人のレース”は始まった・・・

第29回である「象潟芭蕉レース大会」は雨の中にスタートdashきょうの参加者は9歳から83歳、いわゆる鉄人のレースと呼ばれるトライアイスロンである・・・

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昨年は風もあってスイムは中止されたのだが、きょうは雨の中でのスタート・・・

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いくら鉄人のレースと言っても・・・でも、象潟海水浴場を先ずは3周・・・t-shirt

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そして・・・「ラン」run

さらには・・・「自転車」carouselpony

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開会式終ってから、俺はわが集落での交通指導のボランテイア・・・

我が家の前もdash

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・・・と言うことでscissors

午後は集落のレク・・・グランドゴルフだ。俺は下手だし、あまり乗り気ではないのだが・・・順位は拘らず・・・終れば懇親会。この席では負けもせず・・・帰宅smileこの席では俺も鉄人sign02として・・・smile

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”モウモウ”父ちゃんたちの集い

第18回由利畜産共進会が、「あきた総合家畜市場」で開催された・・・牛飼い農家にとっては、日頃の管理を競う行事である。

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牛飼い農家、つまり”モウモウ父ちゃん”たちの日頃の汗の結晶が問われるのだ。当地区(由利本荘市とにかほ市)では、牛飼いのレベルが高く、秋田県の牽引車的存在だ。地域の牛は「秋田由利牛」としてのブランドも高く、人気上々の和牛の本場のひとつになっている。

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きょうの出陳は、肉用牛など104頭だ。

肉用牛は、第一類の「義平福若雌牛区」・・・「義平福号の娘牛であり、h27・9・8生まれ~h28・4・7」等のほか、第六類の「肥育牛枝肉」・・・「県内産で管内で肥育されたもの」などの基準があり、これによって審査された。

このところの和牛の市場は高いと言う。平均で一頭が80万円らしい。以前の価格の倍になっている。原因は九州地方であった牛の口蹄疫、これで殺処分され、また、原発被害で放棄されたり、更には牛肉人気、某国の爆買いならぬ爆食も高値になっている要因らしい。

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俺はどうも大きな動物は苦手で、牛の傍にいくのも抵抗がある。今回、出陳者のなかには俺の同級生もおり、また双従兄弟もいた、残念ながら入賞は果たせなかったが、かつての農家では必ず1~2頭の家畜はいた・・・

我が家でも一時、父が町の農業振興策として乳牛の導入が推進されたことから、農耕用の馬から乳牛の導入を行なった。だから屋敷にサイロもあり、夏場はサイロ詰めに俺も汗したことがあった・・・

まちの高原地帯には、畜産青年建設隊と称して、若い方々が10余名入植した。しかし、飼料等の高騰から、JAに借金だけを残して離農した・・・

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牛を飼うのは大変だ。一日として休む事が出来ないのだ。食べさせる、糞尿の処理・・・生き物は全て同じであるが、牛を飼うことはかなりの覚悟と家の皆からの協力なくして成立しない。

俺の近くのひとつ集落。専業農家が6件ほどある。田んぼと畑、それに牛を飼えばどこにも出かけられないと言う。わが集落のあいだからは、あそこの集落に嫁に行かなくて良かった、とさえ声が聞こえる。それほど休みがなく、しかも難儀な牛飼い農家なのである。

審査の結果、俺の知っているSさんが、「肉用牛第一類」で出陳した「ひめふゆ」が優勝したshineおめでとうございます。

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海のシーズン始まる

昨日の雨が上った・・・きょうはわがまちの「海開き」yacht。まちには4箇所の海水浴場がある。小砂川、象潟、赤石、平沢だ。俺は午後1時半からの平沢海水浴場の海開きに出たflag

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初めに神事があった、祝詞が上げられ、のち順次玉串の奉てんだ。俺もその任を勤め、最後には「テープカット」があって、神事は終った・・・

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ここの水質は「AA」だ。以前は7月の前半に海開きは行なわれていたのだが、昨今は7月の半ばに固定された。早くオープンしても、子ども達は休みでもないし、また、管理等の経費の節減もあったようだ。

ただ、どこの海水浴場でもかつてのように人が集まらなくなっている。海に行けばびっしりと海の家が並び、海は混雑したものだ。それが現代っ子は、海水はベタベタする等と人気が薄れている。多くは学校等のプールで水遊びをするようだ。でも、俺の孫は海に入るのを楽しみにして来る。だから帰省すれば毎日海通いとなる。

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我が家は海までほぼ4kmある。今はrvcarの時代だから、5~6分あれば海に着く。だが、俺の子どものころは、ほとんど自家用車はない。だから白雪川を集落の普請で堰き止めて、そこで遊んだ・・・

川幅だって狭いし、堰き止めたとしても流れはある。だから泳ぎもほんの少しだけだった。それが夏休みになると、集落ぐるみでバスをチャーターして、海水浴に出かけたものだ。海では「海の家」を借りて終日、わいわい過ごした・・・

俺が初めて泳げたのは象潟の海水浴場だった。思い切って体を移動させたら「浮いた」のだ・・・それで面白くて帰り際まで泳いだものだ、小学4年生の頃だった・・・

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川では箱メガネでカジカや鮎を探しヤシでついた。鮎は独特の竿を持って引っ掛けた。川には何箇所かの深みがあって、そこには多くの魚が泳いでいたものだ。それが今では両岸ともきれいな堤防が築かれ、深みはまったくなくなった。俺たちはその深みを「ガンケ」等と呼んでいた・・・

海を待っている結城の孫は、来月の初旬に帰省の予定だ。その前に、明後日は長男家族が来る予定だし、或いは大曲の”暴れん坊将軍孫”も来るかも知れない・・・

   花は「ベニバナ」と「グラジオラス」・・・ベニバナは購入したもの

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雨の日は読書を

歯痛は治まった・・・股関節は若干まだ痛みが残っている。でも、それも治る兆しを感じている。そのせいだろうか、朝までゆっくり眠ったようだ・・・

きょうの起床は妻が早い、階下の居間に下りていくと外は「雨」。予報通りだrainだったらゆっくりしようと新聞を広げた。そして、朝食を摂った・・・

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それにしても、今年の梅雨はよく雨が降る。日照時間がすくない影響で、稲はやや徒長気味。部分的には「倒伏」の危険ありと広報されている。このままでは部分的に「倒伏軽減剤」の散布もしなければならなくなっている。

雨の日は俺にとっては”日曜日”とも言える。この雨は止みそうもないから、本を読むことに決めた・・・冬以外では、なかなか読書の時間はない。農繁期の読書は、トイレか昼休みしかない、しかも俺はもっぱらの遅読派ゆえ、時間がかかる・・・

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「ロクヨン」は上・下の2巻で800ページだ、もう10日もかかっていた。他に、良い本が紹介されたりすると、直ぐに注文するから積んどくも多い。今月は「ロクヨン」の他に、写真のような本を読み終えた・・・

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「新・戦争のつくりかた」は絵本だ。しかし、その内容は重く参院選挙期間中に再読したもの、はるかさんから紹介された1冊だった。

「思考の整理学」はゆうつぁんさんが読んだと言う1冊。著者の外山滋比古という名は聞いたことがあったものの、1冊も読んだことがなかった。しかし、読んでみるとすこぶる面白い。タイトルみたいな難しさを想像していたが・・・他に「りんごも・・・」も読んだ。

はるかさん、ゆうつぁんさん、良き本の紹介有難うございました。お二人から紹介頂けなかったら、恐らく生涯読まなかっただろうと思います・・・感謝です。

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ところで・・・午後もと思っていたら、暗い空ながら雨も止んだので、草刈りに出た。途中に雨が来たので軽トラックに隠れたりしながらも、午後4時半・・・無事に終了。これで4回目の草刈り作業は終ったsign03・・・あとは冷たいbeerゴックンhappy01

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我が家のような顔をして・・・

計画では、きょう富士山頂でご来光を仰ぐつもりだった・・・

でも、母の事もあったが、俺の体力はどうなんだろう。先日痛めた股関節痛、漸く復調してきたのに、今度は歯痛だ。昨夕にbeerのつまみに堅いものを食べた。それが原因だろう・・・夜中に痛み出して、またまた痛み止め薬のロキソニンを飲んだ・・・でも、それでも・・・

とうとうほぼ一睡も出来ずに、朝方に歯医者にdash

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きょうは暑い!俺の地域では初めての30℃・・・この暑さを喜ぶように、ヘメロカリスが咲いている。鉢植えにしているのだが、毎年よく咲いてくれる・・・

この花を見たら・・・ジャンジャンsign03、カエルだ。マイハウスのつもりか、黙って動こうともしない。

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アップをするとこの通り。どうもこの花が気に入ったようで、じっと暑さの中でしのんでいる。カエル嫌いの方には、事前通知もしないこと多謝・・・m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン

地植えしている「カシワバアジサイ」・・・

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これは本当に涼しげ・・・

軒下でなく蝉の声を聞いた。そろそろ秋田も夏本番?

午後からは草刈りだ・・・ところが、3時過ぎから時々の小雨sprinkleでも、このくらいなら・・・蛇と遭遇もしないだろうし、汗汗にはならないだろうから・・・それでも、小雨でも濡れ続けていれば、びっしょりとなる。

午前中に休んだ分を取り消すために、少し頑張った・・・帰宅したら午後6時半!

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終期に入ったが、まだキョウチクトウも咲いている。我が家では「白」だ。傍にサルスベリを植えているので、キョウチクトウは白にしたのだ。予報ではあしたは「雨」である。

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小学生等の奉納相撲

まちの農業の神様として祀られている斎藤宇一郎、彼は仁賀保神社に合祀され、「斎藤神社」とも呼ばれている。

それまでの田んぼの多くは湿田でぬかるんでいた。それを彼は自ら指導して乾田農法に代えたのだ。当初はそれに農民は反対した。しかし、試作田を設けて収量の上る事を、証明して見せた・・・こうした農法は、やがて県内にも普及した。

宇一郎はその後、36歳で衆院議員に当選、連続8期の23年を農村振興に力を注いだ。特に、現在の農業保険法の基になった「小作保険法案」を提案、後に制定され、農業災害補償法に発展したことは、彼の大きな功績となっている。

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ここの神社の例祭は7月12日、大方のまちではいわゆる「日曜祭典」になっているが、この神社はきょうに決まっている。

神社の脇には立派な土俵があり、例年のように子ども達の相撲が奉納された。俺は昨晩、会議が終ってから有志とbottleだった。そこできょうの奉納相撲の事を聞いたので、午前中そこに出向いた・・・

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実行委員会の話では、きょうの奉納相撲は130回という。と言うことは130年、連綿として続いてきたことになる。きょうは7年ぶりに地区外からの出場、また、園児の出場もあって、土俵は熱気に包まれた・・・

その前に、選手が神社を拝み、安全と今年の豊作を祈願・・・

園児の相撲は見物客を笑いの渦に巻き込んだ・・・そして、小学生が登場し、熱気はさらに盛り上がった。

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まちのこうした行事、話には聞いていたがいいものだ。

俺は1時間ほど楽しんで帰ったが、参加者や優良者には賞品もでるようだった・・・

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選手のはつらつとした土俵、俺は多いに感激して帰った。この雰囲気が、皆さんに伝われば幸いである・・・ 

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心配はあしたの天気?

選挙は結果だ!その差がどんなに小さくとも敗戦は敗戦だ!僅少の差とは言っても負けは負け。今朝の新聞に第一面には、「与党の大勝」の見出しが躍っている・・・

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「61」「57」「78」・・・全てはクリアーした与党。特別に俺には影響はないものの、ああこの先はと少し不安になる。政治とは、与党があってそれをチャックする野党があって、その差が少ないほど緊張感が出る。

でも、今回の結果を見るとその機能もうまくいかないことになるだろう。東北6県、秋田県のみが与党の勝利となった。県民は怒りを忘れた、この先を?として与党を選んだ、俺もこの県の一人として、どこかしら恥ずかしい気持ちになる。

秋田県では、昨年、安保関連法案を早く可決せよと、全国に先駆けて議会で可決した。しかし、その説明があったわけではない。県民不在の秋田県議会・・・そして、今度の参議院選。フタをあけたら与党の大勝利だ。もう政治には飽き飽きしている。

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俺には政治がどうなっても直接の係りはないし、係りたくもない。こんな選挙をして、われわれ国民の生活はどうなるんだろう。否、どうなってもいいではないか。国民が選んだ「この道」だもの・・・

俺は朝から草刈りだ。与党が大勝しても、野党が大敗しても、俺が心配するのは「明日の天気」だ。東京でどんな政治を行い、地方をどう構築していくのか、地方の人や地域をどのように形成していくというのか・・・俺には関係がない。

俺が心配なのは明日の天気!

いくら米が余ったといって買い叩かれても、原価を下まわる米価であっても、国の位置づけがないのであれば、農家は死んでいくだろう。例えが良くないのではあるが、切手を一筋に販売した成果を評価されて勲章を貰った人がいる。

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消防職員として30年勤務して、退職金をもらい他に勲章をもらった人もいる。いづれも大事な仕事だっただろうが、米作りを一筋で勲章貰った人はいない。別にそれが偉いとはおもわないものの、貰った人がいないということは、評価が低いということだ。

俺は朝から、あせいっぱいになって草刈り。休憩時のおやつと水筒の冷水に喜んで、誰からも誉められることもなく、一生をおえることになるのだろう。誰のためでもない、自分の一生だから悔やむことはないだろうが、世の中、どこかが違っていると思うのは俺の僻みだろうか・・・

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消防団活動で知ったこと

万が一、火災が発生した場合、のきならぬ災害が発生した場合、常勤の消防はあるものの、地域の非常勤の消防団の存在も大きいものがある。

しかし、かつては全国で約200万人の消防団員がいたものの、昨今では80万人まで減っているようだ。当市にあっては、定員の約600人が満たされていない。

他に仕事を持ちながら、消防団活動をする、本当に崇高な方々だと頭が下がる。そのような消防団の訓練大会が行なわれた・・・

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きょうは朝から時々の小雨、そして、肌寒い天気。その中での訓練大会であった。大会は「小型ポンプ操法」と「訓練礼式」。これに「ポンプ車操法」。いづれも的確な動作、正確な操法等が採点の基準となる。

結果、歴史のある班・部が入賞を果たした。

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俺も若い頃、その団員のひとりであった。当時は、各集落に「部」として組織されていて、学校を卒業すれば、半ば強制的に入部させられた。ほとんどの人はそれに抵抗もなく入部していたようだが、俺は反攻もした。第一、強制的なやり方に対してであった・・・

思えば若い頃から、”抵抗分子”ということだったようだ。俺が抵抗したのは、入部にあたってきっちりとした説明がなかったこと、他に仕事を持っている訳だから、明確な身分等の説明を求めたのであった。

入部すると、まるで軍隊だ。上には絶対服従、酒の買出しまで命令される、終れば後始末。それに絶対に入らないという人もいて、集落の中でも扱う「差」があって、どうしても理解出来なかった。

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ところが・・・10年、20年になると、部の中でも自分の立場が理解できるようになった。また、軍隊的な命令は、自らの命を護るためにも従うということの重要性も認識出来た。火に飛び込んだり、災害の危険性に身を置かなければならない時もあるのだ。

そして30年・・・この中では、操法団員も何年かやり、その後、部長としての指揮もとった。残念ながら良い成績はなかったが、退団して始めてこの組織の有効性をさらに知ったことになる。

俺は大きいものは好きになれない。強いものには抵抗がある。だから、そうした組織にはいつも抵抗している。大きな中にいれば楽だし、特別難儀しなくても護られるから本当に楽だ。でも、俺は大きな組織に入って甘えたくはない。まったく損な?気質なのだが、俺の生き方だから仕方ない。

ただ、消防団にあってはこれまでの人生の中で、自分を大きく磨かせて頂いたと思っている。その後も在団してとの要請も頂いたが、途中で病気を得て、30余年の消防を退団した。退団にあたって、消防長官からの感謝状を頂き、俺の誇りにしている。

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森林祭典&青田廻り

からだに痛みがあると、よく眠れない!とうとう横になっているのも苦痛になって、俺は午前4時半には起床した・・・起きて、また・・・がっかり・・・

細かいながらも雨だった。予報では、cloudsunではなかったか!昨日は薄日もあって、草刈りや谷地の田を2回目の作溝を行い、群生している雑草には除草剤をかけた・・・それが台無しにはならなくも、晴れていたなら溝はくっきりだったはず・・・angry

今年の梅雨は雨が多い!中干しのこの時期、田んぼがなかなか乾かない・・・

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午前10時から、「2016あきた水と緑の森林祭」があった。森林は海を育てる、森林は二酸化炭素を吸収する、森林は人々の憩いの場だ。きょうのこの祭典は、当市を会場に開催となった。

わがまちにも豊かな森林があり、川が流れ、日本海に水はたどりつく。この森林が、天然の岩牡蠣を育んでいる・・・祭典では、九十九島の松をまもる会始め、貢献された団体等に貢献賞が授与された・・・

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式典には、県のマスコットの「スギッチ」や、当市のマスコット・キャラクター「にかほっぺ」も登場し、盛り上げた。

更には記念植樹、アトラクションetc・・・

午後からは、集落の生産組合の「青田廻り」。例年、この頃に行なっていて、JAの指導員とともに各自の田んぼを廻るのだ。そして、この後の出穂時期までの管理を指導してもらう。

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今の時期、稲体には幼穂が生まれ始めている。この幼穂の長さから、出穂時期を算定し、肥料のやり方、やる量などの指導を受ける。もうひとつは・・・葉の長さだ。俺の田んぼの稲は葉がややながい。この分では倒伏も予想されるとのこと。

さらには葉色もやや濃い・・・またまた稲にも不安材料が生じてしまった。

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俺の体調といい、稲の現況といい、なかなか良い方向に向いてくれないshock

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愚者のひとりごと

眼前の鳥海山・・・その巡りには雲海。黙って見ていると、雲が微妙に動いて、鳥海山は雲上の島のように見えてくる。ふと、昨年訪れた竹田城址を思い出した・・・

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期日前投票を行なってきた。先日の新聞では、もう結果が出たようなトップの見出し・・・なんだこれは、じゃあもう投票しなくていいよって言ってるみたいだ。それを見て少々怒りが込み上げてきた、記事の最後には、浮動票の行方によっては云々ともある。

だったら「分からない」ということではないのか。どのような人を、どんな調査をした結果なのか知らないが、それでさも決まったような書き出しなら、まったく可笑しな見出しではないのか!

そうか、そうだったのか、これまでもこんな報道があったのだ。投票率が下がるのは、あるいはこれも影響しているんでは?もう決まったような選挙に誰が行こうとするのか?或いは、この辺にも何かからくりがあるのか?

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鳥海山は、わがまちにどーんと居座っている。「この道しかない」等といい続けているどこかのリーダーとは違う。雇用が増えた、有効求人倍率が全都道府県で「1」を超えた、賃金も過去最高だ・・・だから「この道を前に」と高らかに言うリーダー。

しかし、裏を返せば非正規雇用が増えている、地方で有効求人倍率が上っているのは、人口減少が著しいから、賃金アップ?とてもとてもじゃないのか・・・

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目標があれば道はひとつだけではない。山を登るにしたって、道は様々にある。それがさもひとつのみという考えを俺は理解できない。いづれ俺は小市民、他の道も知りたいと思う。

市井の民の願いは、金持ちにならなくてもいい、平穏でそこそこの暮らしができれば、他に大きな望みはない。確かな平和、家族が安心して仕事に就ける、他に何があるだろう。子や孫に引き継げる社会の構築、それが願いと言える。

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平和な明日を願って、我が家のバラを紹介する。

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七夕の夜の夢

各地で猛暑になったようだ。山梨では38.8度、千葉ではレールが曲がったとのニュース。熱中症で搬送された人が600人、亡くなった人もいたようだ。この暑さはもう夏本番と言うことかup暦ではきょうが「小暑」のようだが・・・

暑い中で過ごされた皆さんには、心からお見舞い申し上げる。俺の地域は、昨日の雨が、まだ少し残ってるようで、涼しささえ感じた1日・・・

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ところで俺は、一昨日の頑張りが股関節に響いた。昨夜は、痛みがあって足を伸ばしては寝られなかった。団子虫のように丸まって寝た。朝になっても、その痛みはあり、引きずって歩いたwobbly

その足で、恐る恐る田んぼに出て見た。見てeye・・・安堵した。どの田んぼに出ても、昨日の雨の影響はなかったみたい。゜゜(´□`。)°゜。良かった!先ずは安心した。2回目の溝はより深かったから、雨をどんどん流したようだった・・・

009 きょうの予定は手帳にない、明日と共に空白になっている。このチャンス、しかもドンよりのcloudだ。新たに購入した刈払い機で、畦の草刈りを・・・

刈払い機、エンジンがかからないので農機具屋にいくともうダメという。仕方ない、もう14年使ったのだからと更新した。

約5万円だ。俺は非力だから、出来るだけ軽い機械をと求めた・・・やはり新品は軽快だ。切れ味もすこぶる快調shine

畦の草刈りは、今回の草刈りでもう4回目。この月末まで、JAの指導で「草刈り期間」にもなっている。例年、カメムシの被害を考えて、草刈り期間を統一している・・・

股関節の痛みは終日続いた。そこで、久々に「ロキソニン」を飲んだ。さらに先ほど、もう1錠飲んだら、痛みも感じなくなった・・・この分では、今夜は眠れそうだ・・・

きょうは「七夕」、我が家は例のように、七夕モードと言った所だ。玄関には、七夕の人形を飾り、2階への階段には「七夕飾り」・・・何の願い事を書いたのか、それは俺は知らない。

ニュースでは、保育園の七夕祭りの放映があった。願い事を聞いたアナウンサーに、「お猿さんになりたい」と答えた子がいた。しかも女の子・・・お猿さんのように木に上りたい・・・その子のそれが夢だった・・・

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我が長男が語った「夢」は未だに忘れない・・・保育園の年長だったときの七夕、願い事の短冊には「ウルトラマンになりたい」そう書いていたのだ。ああ、夢があっていいなと言った俺に、妻は恥ずかしい・・・そう言った。

先日、子どもが就きたい職業についてのアンケートが発表された。それによると、男の子は、1位が「スポーツ選手」、2位が「研究者」、3位が「エンジニア」とのこと。一方の女の子の1位は「保育士」、2位が「教員」、3位が「看護師」だ・・・

きょう宇宙に飛んだ大西さんは、子どものころ、七夕の短冊に「宇宙飛行士」と書いたという。

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大西さんは、子どもの頃の願いを叶えたことになる。

俺はもう夢を語る年齢ではなくなった・・・sign02でも・・・でも、公開は出来ないが夢は秘かに抱いている・・・それは内緒。

   きょうの花は「ホタルブクロ」、もう終ったが幸運の色した「カラー」

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クリの木異変

今夜は大型の「ガ」のことを書くので、虫嫌い・ガ嫌いの皆さんはスルーして下さい。

     shock         shock

当市では、大型の「ガ」の幼虫が大量に発生し、クルミやクリの葉を食い荒らしている。もうすっかり葉のない木が目立っているのだ。異様な光景と言える。

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丁度今の時期、クリは長い花を咲かせている。ところが、クリ等は葉がすっかりなくなって、花だけが揺れている。冗談にこれでも実をつけてくれたら、葉はいらないことになるよナ~って。

これで木が枯れることはないのだろうか・・・他の木にも移動するのではと不安だ。先月30日、新聞に大きく報道されたこの被害。珍しいのか、ネットにも話題となって載っている。

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確認されたのはヤママユガ科の「クスサン」という虫の幼虫で、この大発生は珍しいとか。しかし、これが成虫になって産卵すれば、来年はもっと被害が拡大する懸念がある。幸いに毒毛はないようで、幼虫や成虫に触れても人体への影響はないという。

新聞には、この幼虫の大量発生のことで、県立大の阿部准教授の話が載っているので、要約したい・・・

准教授によれば、このクスサンは全国に分布している、成虫は茶色で羽を広げると幅15センチにもなる、卵で越冬し5月頃にふ化、幼虫はクルミ、ナラ、他に果樹全般の葉を食べるという。

Photo_2 

7~8月に網膜状の繭を作ってさなぎとなり、8月下旬には羽化して成虫になるという。雌は木の幹や枝に100個前後の卵を産みつける。

今回、何故大量発生したのか、その原因は不明のようだが、市では駆除も始めている。人騒がせの虫である・・・

Photo 

この写真が成虫だ。ネットに載っている写真である。

       clover      clover

さて・・・心配した雨、予報通りに降ってくれたdespairわがまちには70mmほどの降雨があって、一時大雨警報も発令された。幸いにも午後になってほぼ止んだので、水害は免れたのであるが・・・

俺が泥んこになりつつも終えた作溝・・・ふたたび溝は崩れただろう、2回目だからより深い溝になったから、どんどんと流してくれたとは思うのだが、昨日の難儀が水泡に帰さねばいいのだが・・・

状態を見るのが怖くて・・・しかも、午後からはホテルでの研修会に出たので、田んぼ周りはしていないが・・・部分的に撒いた除草剤・バサグランも流れただろう・・・きょうの予報を聞いていなかったわけではないのだが、まさかこれだけ降るとは・・・

昨日の作溝作業では、実は田んぼの中で蛇ともあったshock作溝機で轢く寸前だった・・・草を取ろうと止まっていたその時だったΣ( ゜Д゜)ハッ!こんなに怖い目をし、しかも全身泥んこになって頑張ったのに・・・「ああ、神は俺を見放した・・・!」ってな気分(´;ω;`)ウウ・・・

夕刻にはすっかり雨は上った。そして、明日はcloudとか。あしたは田周りをしなければならないが、田をみるのが恐ろしい・・・

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ああ、泥んこになっちゃった・・・

明日は雨の予報だ。それも所によっては大雨の予報も出ている。何とか大雨でないように・・・何とかきょう行なった作溝が壊れないように・・・それを祈っている俺だ・・・

歯の治療を受けた後、以前に田面ライダーにて作溝を、きょうはなぞるように再び作溝を行なった。この炎天下、一度もやらない人もいるのに、丁寧にも2回目とは・・・でも、俺の知人もやった。一度だけでは、雨で崩れたりして溝がつぶれてもいる。

2回目だと実にきれいに仕上げられる。だから、達成感もあるし、きょうは150aほどをやった。田面はやや固くなっているので、初回よりは楽だ。ただし、今度は手押しなのでくたびれる。

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この作溝機(溝切り機)は叔母さんから頂いた、田んぼを引き受けるときに、動噴と共に頂いた。だからかれこれ12年は使っている。これは軽いから方向転換などは楽々だ。ただ、ついて歩く人間がくたびれる・・・

きょうはこれで終わろう、最後の作業の田んぼ。溝と溝をつないで明渠とするのだが、そこはぬかるむ場所だった。あっという間に、俺は田んぼに尻餅をついた。履いていた長靴が引き上げれなかったのだ・・・アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!

でも・・・辺りには人影もなし、誰からも見られたりはしなかったはずだが・・・eye

だから帰りの軽トラの運転席は、折りしも積んでいた肥料用袋を敷いて帰宅した。上から下まで泥んこ・・・勿論、下着の○○も・・・家に着いたら午後7時、真面目に仕事をしていたのに、とうとう「上がり味噌」をつけてしまった・・・

001 

田んぼの畦、農道には「ネジバナ」が咲いている。我が家では、鉢物にも様々にネジバナが茎を伸ばしている。繁殖力の旺盛な花のようだ。写真はピンボケになってしまったが、目を凝らして見るととてもきれいなつくりをしている。

富士山を今年は諦めた俺、それじゃ日帰りで眼前の鳥海山の登ろうか・・・それもまたいい!早速計画を立てようと思う。その鳥海山、朝日に輝いているdiamond

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今年は残雪が例年より多いような気がする。雨が少ないということか、2236mの鳥海山、山頂からは運がいいと、「影鳥海」と言って、朝日を受けた鳥海山の陰が日本海に落ちる光景が見られる。俺はまだ観たことはないが、実に壮観らしい・・・

003 

梔子は今朝、友人宅で写したもの。我が家にもあったのだが、いつの間にか消えてしまった。ただし、一重咲きのものは1本ある。梔子もまさしく清楚!!!ところが清楚な俺?はきょうは泥んこ・・・ああ・・・(/ω\)ハズカシーィ

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富士山に初めて立った日

各地で猛暑日であったようだが、俺の地域では20℃。夜の外は肌寒くて、短パンとt-shirtではアワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!である・・・きょうも曇り空で日が差さない。だからこのように寒いのだ・・・

ニュースでは、「台風1号」が発生した事を告げた。例年より随分と遅い、今年の台風だ。こんな年は逆に日本への上陸する数が多いとも言われる。ほどほどの雨は必要だが、風は欲しくない、まして台風となるとまったく来てほしくないものだ。

003 先日、集落では「鳥海山講」が行われた。遊佐町にある大物忌神社に、今年の代表がそこで祈祷してもらう。そして、お札を頂いてくるのである。

われらが地域にとって、鳥海山は水瓶であり、災害等から護ってくれる神でもある。お札は俗に「虫札」とも言って、悪い虫から農作物、果ては家族を護ってもらう意味の虫札である。

左の写真を拡大して頂ければ、お分かり頂ける。

さて、この1日には「富士山の山開き」が行なわれた。当日のご来光をと、登山道は混雑したようだが、ご来光は近年になく素晴らしいものだったと報じられた。下の写真はその日のご来光を仰いだ写真で、ネットに載っていたものだ・・・

Photo 

今年は俺も富士山登山を狙っていた、来週には東京でのある研修もあることから、それと富士山登山を考えていたのだ。ところが、昨日、記述したように、母のことが医師から告げられている。心臓が衰弱していて、いつ何が起きるか分からない状態だと・・・

だから田植え後の妻とのドライブとspa行きも止めた。明後日からは、ふたたび施設にロング・シテイをお願いしているのだが、日帰りは兎も角も1泊等の遠出は避けなければならないようだ。妻が自粛しているのに、俺が2~3泊しての東京や富士山でもないだろう・・・

実は俺はこれまでに5回ほど富士山頂に足を運んでいる。初めて富士山にチャレンジしたのは、平成14年7月20日だ。秋田からバスに乗っての富士山ツアーであった。総勢約50人・・・

その時の5合目での集合写真があり、それを見ると当時の俺は随分と若い。俺は張り切っていた。リュックには缶ビール数本も入れ、おにぎり・おやつとパンパンだった。格好つけてズボンはdenim・・・それがいけなかった!

001 7合目に仮眠する山小屋にたどり着く前に・・・顔面蒼白、冷や汗タラタラ・・・高山病、さらには伸縮しないズボンだったために、足もつって・・・

ガイドに言われた。「君はこの調子では山頂には行けない。もしも山頂に向かって途中でダウンしたら、もうヘリを頼むことになる、高額になるぞ!だから、山小屋に着いたら仮眠してあと下山したほうがいい」って・・・

何とか仮眠する7合目の山小屋に辿りついた。夕食のカレーをなんとか食べて、1時間も仮眠したら、体力の復活を自分でも感じた・・・

「よーし、行ける!」けど、荷物を出来るだけ軽くしなければ、更にはズボンも替えねば・・・不要なものは山小屋の梁に隠した(あの時はごめんなさい・・・山小屋さん)

午後11時、山小屋の入り口に集合し、山頂行きが確認され、俺も体調よしと認められ、一行はいざ頂きに・・・dash

午前4時・・・何とか山頂だ。ところがその寒い事・・・気温は4℃前後だ。山では100m上ることに大体1℃下がる。あの日の頂きも本当に寒かった事を覚えている。

午前4時20分・・・sunご来光だ。あの眩しさ、あの神々しさ、初めての富士山で見るご来光・・・あの感動もまた・・・

あれから4回富士山には登っている。一度はお鉢めぐりもし、日本で一番高い場所、3778mの剣が峰にも立った・・・だから通算して5回は頂きを極めたことになる。それでも富士山に惹かれるのは何だろう・・・

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登山家・田部井淳子氏は著書「それでもわたしは山に登る」で言っている。抗がん剤治療をしながらも山に登るのは、副作用で体はつらいが、山に来られた喜びはそれを上回ると・・・。本当に山がすきなのだと・・・。

俺には高尚な考えはないのだが、山頂に立って見なければ喜びは分からないと思う。どんなにその思いを文章に綴っても、例え拙いながらも短歌にしても、実際に山頂に立った喜びや感動を伝える事は出来ないだろう・・・

   我が家の庭の「ギボウシ」と「ホトケノザ」

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一日花

005 「夏椿」は1日花だ。朝に咲いたら、夕方には落花する。それを承知で妻は居間に飾った。

居間にあっては外の空気を感ずることもなく、静かに花をテーブルに落とす、庭にあれば雨の中で咲き終えて土に散ったであろうに・・・

花にとっては運命を人の手に握られる。しかし、どちらが花らしいのか、いづれが幸福なのか・・・それは花のみが秘めている。

人間には「定命」があると寂聴さんは言った。或いは花にとっても、どこかで散るという「定命」があるということになるのかも知れない。

1日だけの花「夏椿」、それゆえに色々と考えさせてくれる花だ。

NHK特集tvを観た・・・「私は家族を殺した」というショッキングなタイトルで、いわゆる介護殺人の実態を捉えたものだった・・・

その中では数人の方がインタビューに応じられ、そこまでいきつくまでの苦悩を述べていた。聞きながら胸が抉られるような心地であった・・・

40余年も連れ添った夫婦が、会社を辞めてまでの親の介護をした子どもが・・・その行為は、絶対に許されることではないにしても、どこかしらで否定できない俺もいる。介護とは忍耐そのものだ。インタビューにあったけれど、介護者はもう自由がなくなる、つまりは自分を捨てなければならない。それに治るということのない未来・・・認知症を介護する家族にとっては筆舌に尽くしがたいものがある。

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NHKの調べでは、所謂「介護殺人」は未遂を含めてこの6年間に138件発生したとのこと。しかし、高齢者が増えていく昨今、こうしたことは増えていくのではとの心配がある。中でも要介護度の低い、つまり自分で歩けるし食べれる認知症の人の介護は悲惨と言うしかない。

施設が少ない、介護士が少ないとの実態もある。地方ではそれでも新しい建物が出来れば、それは福祉施設と言うほどだ。しかし、それでも入所待ちが多い。

そろそろ団塊世代も高齢者の域に入ってきた。俺もそのひとりだが、介護の問題は遠い先の話でもないし、その認知症の母を抱えている。幸いにして、先月からロングシテイを利用出来た。家に戻るのは4~5日。その期間だけの介護なので、負担は少なくなった。

ただし、医師からは心臓が弱っている、いつどうなるか分からない状態だと言われた。だから、例年、田植えが終れば行っていた妻とのspa行きも出来ない。それに今年こそはと思案していた富士山行きも断念しなければならないかも・・・

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遠方に出ることは、難しくなって来た。俺だって老いている。でも、足腰はまだ大丈夫だし、だからこそ富士山にと思っていた、その夢を鼓舞して生きたいと考えていた。しかし、母の状態を医師から言われたからには、夢の実現はわがままと言うことになる。

家を継げば親の介護もついてくる。妻には本当に申し訳ない気持ちだ。それに親戚付き合いだ。きょうも11時から、1周忌の法要に出た。でればお金もかかる。今は多少の収入が入っているからまだしも、年金や田んぼの収入だけではそれまた容易でなくなる。

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下の2枚の写真は、田沢湖に行ったときに寄った旧小学校。今では廃校になっているが、地域のオアシスとして活用されていた。妙に惹かれて何枚か写真を撮ってきた。子どものころが懐かしい!

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「I LOVE 秋田」から

予報通りに雨になった・・・こんな日は黙って家にいて、ゆったりとした時間を過ごした方が、体のためにも頭のためにもいいんだろう・・・そう思う。だけど、それが出来ないのが「俺」、糞真面目というか、行動派というか、昨日は鶴岡市、きょうは秋田市にrvcarいづれも往復が2~3時間の行程なのに・・・

きょう出かけたのは「県民カレッジ」だ。リタイアしたあとに、何か勉強したい、このまま暗澹とした日々は送りたくない、その時に出会ったのが県で進めている生涯学習の一環の「県民カレッジ」であった。

もう300単位は取ったであろうか、有料のカレッジではあるが、雑学として興味のある内容だ。きょうは「I LOVE 秋田」としての2回目。前回の「秋田に移住してみて」に続いて「秋田に暮らしてみて思うこと」だ。

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講師は、ブラジルから来ている小林さん、フィリッピンから来て県人と結婚している保坂さんのふたり。そのふたりが秋田に暮らして思っていることを、率直に語ってくれた。

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小林さんは日系三世ということで、日本語も堪能で母国のこと、そして母国と比べた秋田への感想を中心にしての講話。

一方の保坂さんは、当初、国に仕送りのために来ていたが秋田で結婚し、子ども達に英語を教えたり、翻訳なども行なっているとか。

ふたりとも母国を離れて暮らしているのだが、秋田に定住することについては、かなりの覚悟が必要だったと思う。保坂さんは当初は・・・

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毎日が新鮮で楽しく、わくわくした充実感もあった。しかし、1~2年経過すると・・・???そこはパートナーのサポートがあったのは言うまでもないだろう、誰も助けてはくれない、自分でやるしかないと頑張ったようだ。今では運転免許も取得し、車も運転するという。来たときは自転車にも乗れなかったという彼女だが・・・

ふたりの講話を聞いたあとで、そのふたりを囲んで質問や意見交換をした。

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まさか、外国人から秋田で暮らしての思いを伺うことになるとは・・・でも、言葉のこと、食べ物のこと、教育のことetc・・・楽しみながら、受講できた半日であった・・・

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「農の神」と呼ばれた男

迂闊であったが、俺はその人の名を知らなかった・・・その人は「農の神」とさえ呼ばれたという。30余年、農業関連の組織にいた俺だけに、赤面の至りである。その人とは「稲塚権次郎」。稲と麦の育種家、その人である。

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彼の自伝的映画が上映されることは知っていた。俺も農家だけに、是非とも観たいと思っていた。しかし、今の時代、アクションもない、CGなども使っていない、地味な内容だけに上映期間もわづか7日間だけ・・・その最終日がきょうだった。

倍土もかけたし、日中の時間が勿体なかったが、11時15分からの1回の上映だ。体が少し痛むものの、そこでしか上映されていないので、俺は鶴岡市の”まちなかキネマ”に向かったrvcar

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舞台は昭和60年頃、バイクに乗って移動している老人がいる。かれこそが農の神と呼ばれた稲塚権次郎、もう90歳の年齢だ。その彼の回想により、物語が展開する・・・

明治45年、彼は貧しい農家の長男に生まれた、農学校に通っていたときに、「種の起源」に触れ、向学心に燃えた。貧しい出だけに、本家の手助けもあり東京帝国大学に進み、卒業後は育種家の道を選ぶ。

冷害や飢饉に強く、しかも味のいい多収な稲の育種に取組む。そして、大正8年、のちのコシヒカリ・ササニシキ・あきたこまちの先祖となる「陸羽132号」を完成する。その後、異動と共に小麦の育種に取組み、昭和10年「小麦農林10号」を完成した。

これが今回のタイトル「NORINTEN」、晩年の役を仲代達矢が演じた・・・

圧巻された・・・かつてはこのような伝記物の映画も数あったと思う、しかし、昨今は珍しい。彼の完成した「農林10号」はその後、メキシコ品種と交配され、世界各国での小麦の生産性向上に寄与した。さらには、ノーマン・ボーローグが「緑の革命」と呼ばれた育成によって、昭和45年にノーベル平和賞を受賞した。それは稲塚権次郎の育種した「農林10号」が底にあったからだ。

稲塚権次郎・・・実在の人物の描写ゆえ、人間の哀しみも微に入り細にわたって表現された。妻を火葬するシーンには涙が溢れた。あの言葉は、一人の男としての妻への愛情そのものだった・・・

さて、きょうは「半夏生」とか。この日までには田植えを終らなければ、収量に影響するのだとも言う。俺は、育種の難儀も考えないで、ただ時期がくれば種を蒔き、管理をして収穫する。

でも育種とは素晴らしい仕事だ。改めてそう思う。俺も農家の長男だが、彼のような才能もなかったから仕事に汗し、重労働だと稲作に不満を述べ、疲れたつかれたと愚痴をいう、それに比較したら、なんと素晴らしい仕事を成し遂げた稲塚権次郎である・・・

   写真は映画のチラシと劇場で配布された映画新聞

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