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”吹雪”の中の「雪中行進」

このところの暖気がdown一転して「冬」。これには相応しい天気となったsnow時によっては晴天の中の行進であったりもしたが、きょうはまさに”雪”の中の「雪中行進」であった。俺もこれに今年も参加!(*´д`*)ハァハァ

1912年、船体わずか204tの木造船「海南丸」で向かった白瀬中尉。目指したのは南極点。しかし、激しい寒気の中で断念、南緯80度5分、西経156度37分、そこに日章旗を立て一帯を「大和雪原」と名づけて帰還した・・・

当時、先を競って南極点を目指していた一行のスコット隊は、到達したものの全員が遭難死。しかし、白瀬隊はひとりの犠牲者も出さずに帰還したのだ。日本人として初めて南極の地を踏んだ、白瀬中尉はわがまちで生まれた。

ただ、この探検の総費用が12万5千円、その中の2万5千円が船代金だったようだ。このために寄付金を集めても、残ったのは借金の4万円だったと記されている。よって、彼はその後、その借金の返済で苦労したとか・・・

合併以前の旧金浦町では、彼の偉業を湛えて建築家・黒川紀章設計の「白瀬記念館」を造った。以下の写真はその内部にある、いづれも貴重な彼の足跡と資料が展示されている。また、館内では幻想的な「オーロラ」もスクリーンで見ることができる。

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この白瀬中尉が南極に立ったこの日の業績をたたえ、その思いを偲ぼうということで、例年まちでは「雪中行進」を行なっている。きょうは、初めてまちのヒーローである「超人ネイガー」も参加して行なわれた・・・

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 彼の生家は浄蓮寺、小さい頃から冒険心強く、そのために「酒は呑まない、たばこは吸わない(こららは当然!)、茶は飲まない、お湯はのまない、火に当たらない」ことを心がけたとか。この寺には彼が眠っている。

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記念館に入ると・・・

この海(金浦)は南極に続いている・・・」とある。

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コメント

5枚目の写真に写っているのが海南丸ですか。それなら帆船のように見えるのですが,蒸気船ではないのでしょうか。もし,帆船なら南極に行くだけで快挙としか言いようがないのですが。南極近くまで行ってよく日本に帰還できたものです。
今で言うならお月さんに行って帰ってくるようなものですね。

投稿: 京じじ | 2015年1月29日 (木) 17時07分


京じじ様

海南丸は204トンの木造機帆船です。南極点には達しませんでしたが、南極には上陸しています。それが南緯80度5分、西経156度37分の南極大陸です。白瀬中尉はわがまちの誇りです。

投稿: でんでん大将 | 2015年1月29日 (木) 23時22分

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