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自分の最期を・・・どう生きる?誰に託す?

生きているものが必ず通らねばならない「死」と言う”門”。そこをは誰もが穏やかに苦しむことなく通りたいもの。しかし、時には突然にくぐらねばならないもの、予め予告されてくぐるもの・・・人はさまざまなかたちでその”門”をくぐり、自らの生涯を閉じてゆく・・・

「終の信託」は一人の女医が検察庁の門をくぐるときから始まる・・・

004そして、検事との対面を前に待合室で待っている女医・折井綾乃の回想で事のなりゆきが描かれてゆく・・・

彼女の行為は、医療なのか!はたまた殺人なのか!結果は?このチラシだ、後ろからの絵であるが・・・これは言うまい。

このラストシーンまで場面に大きな変化はない。淡々と患者と女医のこころの関わりが描かれるのみだ。

そのなかで、長年喘息に苦しんできた江木が女医に言う。もしもの時は「楽にしてほしい」妻にはこれ以上の看護はさせられない、残せるのはあとはお金、延命治療を続け医療費を増やしては子ども達にも申し訳ない・・・江木は自分のいのちを女医に託すのだ・・・

・・・江木が心肺停止状態で搬送されて来た。江木の依頼を受けて延命治療をやるべきか?延命の努力をなすべきか?・・・その答えは観ているわれわれに問いかけたのだ・・・

007 あなたが患者であったなら・・・あなたが意志であったなら、・・・あなたが患者の家族であったら、夫や妻であったなら・・・

そのことを映画や本で問いかけたのだ・・・

珍しいテーマではない。しかしながらこうして描かれると、実に重苦しく問いかけられた気がしてならない。

鮭はただただ命をつなぐために遡上する。産卵を終われば自らの命は果てる。それでもふるさとの川にもどり、ふるさとの川で一生を終える。この潔さ、この簡潔な生涯、人間はこうはいかない。しかしながら・・・・・

「終の信託」は重く深く、いのちとを問いかける。人間はただ呼吸していれば生きているといえるのか、そんなことをも周防監督は、この映画で私たちに問うている。

☆ 「終の信託」は原作もよかったよ!映画「苦役列車」は分からない、芥川賞は俺はあんまり好きでないので読まない、直木賞は長編ものが対象だから良く読むんだが・・・

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