夢への挑戦・・・白瀬南極探検100年記念に参加して
日本の偉大な探検家のひとり「白瀬中尉」は、我が町で生まれた。その彼が南極の南緯80度5分、西経156度37分の地点に達して、そこを「大和雪原やまとゆきはら」と名づけたのは、ちょうど100年前のきょうである。
その白瀬中尉の偉業を讃え、彼の勇気に学ぼうということから、例年1月28日には、雪中行進が開催されている。きょうはそれが45回目であった。
これまでは雪のない中での行進も何回かあった。しかし、今年は昨年に続いて雪の中、南極はこんなものではないだろうが、それにふさわしいような天気
黙っていると、鼻水が垂れてくる・・・(´;ω;`)ウウ・・・
残念ながら、南極地点には到達できなかった。大和雪原と命名して帰った・・・しかしながら、あの装備でそこまで到達し、隊員の一人の犠牲者も出さなかったのは、奇跡に近い。
それほどまでに、卓越した彼のリーダーとしての判断力、決断力それを讃えるべきであろう。
彼がそこまで行き着くには相当の見識、体力があったればこそであり、夢の実現まで頓挫しなかったのは、やはり負けられないという強い精神力があったのだと思う。
お寺に生まれきかん坊の少年時代だったらしい。しかし、そのころから人の真似のできないことをやろう、極地に行こうとの夢があったらしい。そのためにはと、熱いお茶を飲まず、はだしで冬を過ごしたり、努力をしたようだ。
そんな彼は夢を果たしたものの、残ったのは借金。そのことでは晩年まで苦労したと聞いている。
現在の子ども達には夢がないという。否、俺たちだって大きな夢をもったことが果たしてあっただろうか・・・老いて初めてそのことを知った俺だ。だから、いろんなことに挑戦することで、今の俺を鼓舞しているところだ。今朝の新聞に俺の”声”が掲載された。俺は、今年こそ、5回目の富士登山それを夢見ているのだ。白瀬中尉の夢には程遠い目標であるが、せめて歳への挑戦でもあるのだ。
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