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「猿の惑星」・・・人類への警告か?

1968年、衝撃的な映画が話題となった。「猿の惑星」という映画である。俺も見たが、ラスト・シーンは正しくあまりの衝撃で、映画が終わってもすぐに立ち上がれなかった記憶がある。映画ファンならみな同じであったのではないだろうか。

主演は船長ティラーで、役者は数々のスペタクル映画で活躍したチャールストン・ヘストンである。「ベンハー」のあの戦車の競争シーンはあまりにも有名だ。その、ティラーだが・・・宇宙船の船長だ。その宇宙船は・・・

地球を飛び立った宇宙船は1年余りの宇宙飛行を経て、とある惑星に不時着した。なんとそこは猿が支配していた惑星であった。その猿たちとの戦い・・・しかし、宇宙船が沈没し、ティラーは彷徨い、彷徨いながら歩く。そして見たものは・・・・

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今度は、その前作の映画の起源を描いたものだ。なぜ、人類の文明が崩壊し、猿に地球が支配されたのかそれを解き明かしてゆくのだ。

今はCGで撮影されるものが多く、これもそうであり、迫力感は前作・続編を上回ってリアルであった。

猿の顔のひとつひとつもすごい迫力であった。それに、人間との戦いもまた凄いのだ。

今回のラスト・シーンは前作のような衝撃はなかったものの、やはり考えこんでしまう。あまりにも文明が進むとあとは退化しかない。文明が文明を滅ぼしてゆく。。まして、人類に奢りがでればそのあとが恐ろしい。これはあくまでも映画であるが、類似していることが結構ある。

例えば遺伝子の操作、組み替え。また、生命の誕生や生殖に関わる技術。これらが、どんどん進んでいくことはやはりどこか怖ろしい気がする。この地球を「猿の惑星」にしないためには、どうすればいいのか、人間だけが地球の王者であったいいのか、皆で考えるべきことはいっぱいだ。

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