2冊の歌集

少し前の事であるが、2冊の歌集をよんだ。いづれも若い歌人の歌集である。俺も趣味で作歌をしているので、興味もあってよんだのだが理解できない歌も多かった。どこか前衛的でもあり、こころの中を詠んでいるだけに、俺のような古い頭の人間には理解できないものが多かった。

その1冊が「歌集 滑走路」。実はこの若き歌人は17年に32歳でこの世を去った・・・自死であった。角川全国短歌大賞準賞はじめ、NHK全国大会で特選選ばれたり、近藤芳美賞など受賞し、期待された歌人だっただけに、彼の死を惜しむ声は強い。今、この歌集を元にした映画も作られていたのであるが・・・

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    屋上で珈琲を飲む かろうじておれにも職がある現在は

    今日も雑務で明日も雑務だろうけど朝になったら出かけてゆくよ

    非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている

こ歌集の”あとがき”にもあるように、近所の書店に俵万智さんが来てのサイン会があったようだ。その短歌を読んでこれなら自分でもかける、そう思ったと言う。やがて、様々な事に悲鳴を上げていた自分にとって、短歌はこころの叫びを受け止めてくれる器だったとか。そして、歌の数々を投稿した。

彼は中高一貫校でいじめにあった。さらには職場は非正規雇用、その中であえぐ苦悩は現代の若者の苦悩を代弁し作歌を続けた。その才能が芽を開きかけた時・・・彼は自分の歌集をみることなく、旅立った・・・彼の短歌は口語体、それはやはり俵万智さんに似ている。その詠みぶり故に率直な短歌が多い。まるで叫びである。

    きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

”きみ”は=僕であり作者だ。だが、用意された滑走路を走って、夢を広げることなく、帰路のない道に翼を向けた・・・

 

次の歌集は今年5月に発行された「飛び散れ、水たち」で、これを知ったのはNHKの朝のニュースの枠内で紹介されたものだった。

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彼の名は近江瞬、89年生まれ。あの東日本大震災をテーマにした歌集だ。彼の短歌は心象詠というべきだろう。故にじっくりと読まないとなかなか理解できない部分がある。

    僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った

    ふと君が僕の名前を呼ぶときに吸う息も風のひとつと思う

    学校の屋上だけが透明な聖域として空を集める

彼の短歌も口語体だ。いわゆる話し言葉が歌を紡いでいる。一般的には叙景歌・抒情歌が多い中で、この一冊は異彩を放っている。日常を非日常的に捉え、そしてテーマを昇華していく。そしてまた、その視点は若者の視点だ。被災後に東京から帰った故郷、その彼の目に映ったのは単純な日常用語では言い表せなかったのだろう・・・

哀しいとか悲しいとか、風情を憂えるなど・・・こころを抑えにおさえた一首一首にはじわっと来るものがある。実はこの彼も発災当時、仙台に暮らしていた俵万智さんのミニ歌集「あれから」に、古本コーナーで出合っている。だから、彼の作歌態度も同様に俵万智さんの影響を大なり小なり受けていると言ってもいいだろう。

     三月十二日の午後二時四十六分に合わせて一人目を閉じている

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さすがに若い方々の短歌は瑞々しい。表現も活き活きしている。短歌はこころの叫びである。それを思うと羨ましい限りだ。だが、年を取っていくのは自然の摂理だ、致し方ないし俺は俺の歌で生きて行くしかない・・・

   体力も知力・精力うすらぐを老とは言うも気力で生きん

   ぐいと呑む夕べの酒に明日の日の気力に代えてわれを慰む

   

 

 

 

 

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きょうから12月・・・

いよいよ2020年も最後の月を迎えた。今になると、あっという間の2020年になりそうだと思っている。今年は1月に”新型コロナウイルス”による感染者が出、あれよあれよという間に感染が拡大し、今なお拡大は続いている。WHOでも当初は大きな感染もなく、間もなく収束するような発言であった。それが・・・

きょうもまた日本でも感染者が増加し、日々その数の増加が記録を更新している。重症患者も増加し、11月半ばの数の4倍にも増え500人になろうとしている。政府ではGoToトラベルとの関連はないといい、大型連休まで継続する意向のようだが、このままの状態であれば医療体制がどうなるのか。実際に一般医療の閉鎖を行った病院もあるようで、末怖ろしさを実感している。秋田県での発生は他県に比べて少ないようで、県からは北海道に看護師が派遣されるらしい。

きょうは総理と都知事の会談があったようで、その後に知事は記者に諸々質問を受けているものの、総理は質問も受けないで一方的に話して背を向けた・・・今、政府で一番手を打たねばならないのはコロナ対策だと思う。それなのに、国会も予定通りに閉会するようだし、これが「国民のためにはたらく」ことなのかと思ってしまう。

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こんな人間世界に関わりもなく、日は照るし月も輝く。日中の俺のまちでは一時霙があったものの、曇りがちな天気で太陽は見えなかったが、夜になったら月がきれいだ。満月は昨日だったのだが、今夜もほぼ真ん丸い。部屋の窓からも今夜の月は見ることが出来るだろう。まだまだ東方にある月なので、今夜は月に護られながら眠りにつけそうだ。

ところで12月はクリスマスの月でもある🎄例によって、妻は居間を始め各室内にそのグッズを飾った。喜ぶような子どもも孫もいない、ジジ・ババのクリスマスだけれども、世のムードには乗りたいし、特に出歩くことも控えているのだから、家の中はせめても明るくしたいもの、妻もそんな思いで飾ったのだろう・・・

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約150cmのツリー✨
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戸外のツリーもやりたいところだが、俺ひとりでは出来ないし、それに義母の逝去もあったからナ~

その代役ではないものの、庭には実物が赤い実をつけている。

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センリョウ、マンリョウ、イチリョウのヤブコウジも・・・

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これらに華を見せているのが、ツルウメモドキ。ただ、残念ながら、ぱっくりと赤い実をみれいに見せてくれない。一昨年に、植木屋さんから蔓をまくようにしたものを作ってもらったのに、どうしたんだろう・・・あまりにも夏の日が強かったのか、その原因が分からない。山に行けばサンキライがあった。妻は例年、それを取りに行っていたのだが、誰かが道路の刈払いのときに切ってしまったようだ。そこは俺の山でもないから仕方がないのだが・・・

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花は花で勿論良いのであるが、実は実で赤いもの黄色い実とあって、この季節になると主役になる事が多い。

 

 

 

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疫病除けの証文

我が家の玄関の照明の脇にある札・・・市からこの11月に全戸配布されたものだ・・・

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これは札にあるように「疫病から守る」ものであり、”疫病神お断わり”とある。

以下は”広報にかほ”に掲載された説明を元にした記述だ。
文政3年のある日、二人組の疫病神が仁賀保家の江戸屋敷に侵入しようとしたところ、その家の息子・金七郎が発見し、疫病神を叱りつけたとか。この金七郎の武勇におののいた疫病神は命乞いをし、お詫び状を書いて慌てて立ち去ったらしい。この話は江戸時代に出版された”竹抓子”や”梅の塵”という書物でも紹介され、悪い病が流行ると人々はこの”お詫び証文”を書き写し家の戸口に貼り付けたり、お礼やお守りとして子ども宛てに書いてもらったりと厄除けとして活用したようだ。何しろ金輪際疫病神は入って来ないと約束した証明書ですから大流行したようだ。】

わがまちではまだコロナの感染者はでていない(?)はずだ。あるいはこのお札のお陰かも・・・なんて思ったり。いずれ全国的には、収まる気配もなくどんどん広がっている状態だ。このままでは収束のめどもたたずに、越年していくだろう。良い事ならそうであってほしいのだが、この場合は一秒も一日も早くおさまってほしいもの。

尚、市ではこのお札のプリントされた手拭い・バック等の販売も行っている。

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朝には皿いっぱいのカレイが食卓に上がった。昨日戴いて来たものだ。こんな大きな魚が上がっても、会場で誰が食べるだろう。持ち帰ってもらうためにつけているようなものだ。田舎ではこうしたものがつくゆえに飲食額が大きくなる。おおよそテーブルに並んだ料理は7~8千円ということだろう。昔からの風習が今でも残っているのだ。その場で食べられことで十分なのにと思う。

朝食後、1本のツツジを植えた。先日届き、植えるつもりだったが水に浸して元気をつけてから植えよとあったのだ。そこで、きょうはそれを行ってから植えた。カタログでは半日陰にも向くとあったので求めたら、入って来たものには植える場所として日向とあった。それで考えていた場所から別の所に植えた。小さな蕾が見えるので、来春は咲いてくれそうだ。青い花、”黒潮”という品種である。

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それで予定した場所は空いてしまったので、これに変わるやはり青系の苗木をネットで注文した。雪が降る前に届いてほしいのであるが・・・4~5日かかるとメールで返って来た。

雨痕の庭を歩いたら・・・?今頃になって幹から芽吹き枝を出していたカエデがあった。雪が近いのに、このあとどうなるのだろうか。時季でもない時季の芽吹き・・・俺みたいなやつだな?笑いながらも哀しくなった。退職まじかになった時にパワハラを受けたことがあった。あの頃はそんな事が言われる時代ではなかったのだが、今から考えれば正しくパワハラだった。それに耐えた俺のようだと・・・😞

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雨の雫を纏ったヤツデ・・・何か神々しい!

 

 

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残り花

時々小雨の1日になった・・・

俺は10時から、先日に亡くなられた集落の親戚宅で49日法要があり参列した。ここの家は旧家中の旧家で、寺の本家になっている。今回案内を頂いた方の戒名は勿論院号で、篤〇院禅〇壽慶〇〇というものだ。菩提寺の名の一字も入り、壽とか慶とか、俺からみれば凄い戒名だと思う。ただ、集落やまちでの功績があったのかと言えば???。旧家ということ、寺の本家という事から授かったようなもので、戒名料やお布施などでおそらく百万円もしただろう・・・

この時世、葬儀も縮小されたりささやかな葬儀、家族葬が多い中、49日の法要もするというのだから凄いと思う。我が家のように生きている俺たち夫婦が慎ましく暮らしているのに、亡き親の為とは言えここまでやれることは裕福な家なんだろう。俺は息子には「生きている人間が一番なのだから、俺に万が一の事があっても供養はささやかで身内だけでいいよ」って、この秋に話した・・・

案内する方が余裕があっても、案内される方の事もある。きょうのご仏前も1万円だから大きな負担ではないものの、負担になる親族も正直ある。親の供養、先祖の供養は大事だと思うし、するべきだと思う。しかし、きょうだって30分ほどの読経、墓参り・・・あとは、11時頃からホテルでの飲食だ。村中ではこうしたことをしないと、”粗末だ”とも言われて来た。でも・・・そうなのだろうか。

俺の父も俺と同じ考え方をしていた。先祖を供養する為に、生きている家族や子どもたちが飯を食えないということでは、供養をするという事は間違っていると・・・一時、俺は菩提寺とも口論したことがあった。菩提寺では言う「今あるあなた方は先祖様があったからだぞ」と。それは分かるし供養はしたい。だが、生きている人間には暮らしがある。それを切り詰めてまでも供養しなければならないにか、出来る範囲でやることが「先祖を粗末にすることなのか」・・・

供養をして生きている人間は酒を呑む。故人をしのぶなどはほとんどない。世代も違うから交流もなかった。ただ、法要という事で読経をし、焼香し、あとは酒のみだ・・・ある時代、農村では生活改善が叫ばれたときがあった。見栄をやめて文化的な暮らしをということで、住宅は小さく、結婚式等は公民館で、引き出物は廃止し花輪の代わりに花輪ポスターを・・・そんな旗振りであった。だが、あの日に組合長の言った言葉が忘れられない。どうしても変えられないのが「仏事」だと言ったことを。出来れば葬儀も簡素にと。・・・でも、お寺があるだけに、それはどうにもならなかった・・・

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我が家の庭の樹木はほとんど冬への準備が整った。木々の葉は落ちて裸木になっている。ナツツバキ、ヤマボウシ、白モクレン・・・咲いているのが四季さくら、あとはサザンカ・・・ただ、草花は辛うじて残っているものもある。

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草花って案外寒さに強いものだと思う。そろそろ雪を被ってしまう時季になったが、それでも懸命になっていのちの炎を燃やし続けている。俺も残り花のような年代だ。いつどうなるか分からない年代だ。それでもいのちが尽きるまで生きねばならない。そのためにも明日に目標を持って生きねばならない。

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にかほの”タラーメン”

ここ数日は穏やかだっただけに、朝からの雨を肌寒く感じた。すかさずズボン下をはいた。それに眠い!飲んでいる薬のせいもあるのだろうが、この所の出歩いた結果の知らず知らずのうちの疲れなのかも知れない・・・⤵

東北地方の太平洋側には、今季初めて積雪があったようだ。秋田県でも北秋では7cmの雪になったとか。わがまちの日中の気温は3~4度のようだった。ただ、同じ気温にしても雪がなければ、感じる寒さが違う・・・冬は急速に接近しているようだ。

朝は「とろろまま」だった🍚”まま”とは秋田弁で「ご飯」ということ。とろろとは長芋をすり潰したものだ。それに味噌汁をちょっぴり入れての味付け。それをご飯の上にかける。こんなシンプルなごはんがおいしい。皿には焼き魚・・・

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とろろままは丼で食べた。梅干なども入れてたべると最高だ。隣りのまちでは例年、この”早食い競争”のイベントがあった。だが、このご時世だ、中止になったと聞いている。これまでの大会では、10杯も食べた食人がいたようだ。賞品は新米1俵(60kg)だったかナ~

とろろままを食べると精が付くと言われているが、俺はとても眠い。昼には30分以上の昼寝をしたにも関わらず、パソコンを開いていても、新聞に目を通していても、眠くなってくる・・・本などだからひらけない。

夕食は、「タラーメン」。にかほの特産品だ。干しラーメンに汁は鱈のしょっつるを使っている。

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我が女房殿は料理人だ。その中でも味噌ラーメンは得意で、孫たちがくれば味噌ラーメンをリクエストする。鍋焼きうどんも良い。きょうはタラーメンに餃子付き、これで俺の腹はパンパンだ( ´艸`)終日、家の中に籠り、朝のラジオ体操もせず、こっくりこっくり舟を漕いでいたため、胃袋も特に要求量が少なかったか?・・・

庭の落葉樹、葉を落としており残っている方が少なくなったように思う。ほぼ晩秋だ。

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すっかり鉢を冬越し準備している中で、この南天の紅葉の見事さ!何点というよりも難点もなく、100点満点の紅葉だ😃2週連続して選ばれなかった俺の短歌とは雲泥の差!というしかない。そればかりでなく、年末年始にかけての短歌会にも応募していたのだが、何ら連絡がない事を思うと、ことごとく落選のようだ。出直さなくてはならない!

11月も残り少なくなった。あれもこれもとやり残したものが多い(気がする)

 

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”モノクロ”の力

今日もまた・・・小春日和。穏やかな1日になった。俺は、昨日・今日とふたつの「モノクロ展」を鑑賞した。

昨日は打矢さんの墨絵。チラシのタイトルは「白と黒による立体的な風景表現の世界」だ。

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打矢画伯は昭和18年、由利本荘市生まれ。昭和53年より水墨画創作を始め、秋田県内はもとより都内での個展、果ては海外にまで出品されその評価は高い。

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今回は久しぶりに地元での開催になった。打矢画伯の奥さんは短歌をやられていて、一緒に俺も勉強したこともあり、画伯とも知己を頂いた。その縁で”鳥海山の四季”を描いて頂いた。

画紙の白を活かしたり、墨の濃淡だけでこれほど奥行きの深い絵には魅了される。上写真はチラシをアップさせて頂いたものだが、水墨画=古民家という常識を超えて、打矢画伯は世界の山を描いている。実際にそこに出掛けての絵ゆえに、圧倒的な迫力だ。加えて白と黒による独特な迫力を感じる。

 

きょう出掛けたのは横手市にある”県立美術館”だ。ここでは「大野源二郎写真展」が開催されている。この展示は2期に分けて開催されるもので、前期は12月2日だ。よってあと幾日もないし、このあと天気予報では⛄の日もあるようだ。だったらきょうしかないな、思い切って出掛けたのだ。

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大野氏はアマチュアカメラマンだ。1924年に大仙市に生まれ、高校教師であった。学校で教鞭をとる傍ら、ふるさと秋田の農村風景を撮って来られた。館内に入ると、当時の農作業が活き活きと写っている。チラシにあるように、農婦が農道に座って子どもの乳房を吸わせているなど、どれもこれも笑顔がいっぱいだ。苦しいはずの手作業も、写真には笑顔があふれていた・・・

だが、それゆえに俺の目は潤んだ。今の時代はほとんど機械に乗っての作業、それでもきつい等と嘆いているのに、当時の農民は活き活きしてて、逆に哀しみが走った・・・写真はすべてがモノクロ。ここでもそれが妙に迫力があるのだ。

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ほかにも農村の行事、結婚式や葬儀も写されていて、もの悲しかった・・・

今は遺影さえもカラー写真だ。それがこうして白黒の絵画や写真を拝見すると、逆に新鮮に見えても来るし、むしろ迫力を感じるのはなぜだろう・・・

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地域活動をスタート!

廃校になった地域の小学校を地域の為に活かしたい、そう思って有志で「けやき会」を結成した。けやきは旧小学校のグランドに立つ、樹齢が300年にもなる大樹だ。それが地域のシンボル的な存在でもあったために、それを会の名称にした。そして、今年の4月から活動を本格化しようとしていた矢先に、今度はコロナ禍にあって事業はほとんど中止して来た。しかし、市の方からも集まりはいささか緩和されたので、今月から少人数での事業をスタートした。

きょうは10時から「開講式」、そして「いきいき百歳体操」「けやきサロン」を・・・俺はこの「けやき会」の主旨と目的等について挨拶し、早速、DVDを見ながらの体操をした。

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体操はゆっくりゆっくり・・・約50分。椅子に座ったままの体操と、椅子につかまっての体操。終わってからは、コーヒーを飲みながらこれからどんなことをしていったら良いのか、皆でわいわいがやがや、マスクをつけて話し合った。

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午後からは俺はふたつの絵画展に出掛けた。ひとつは水墨画展だ。打矢さんと言う画家の絵。墨の濃淡だけでの描写はすごい迫力があった。俺は打矢さんには、鳥海山の四季を色紙で描いて頂いたことがある。今度の絵は、海外の山の絵であり、エベレストなどもあった。俺も一時、墨絵を習った事があるが、筆を持つと震えたものだった。画紙にポトリと一滴落としたらそれで終わりだから、かなりの緊張だ。油絵のように塗り重ねて行くわけにはいかないだけに、怖ろしさを感じたものだった。

その会場は、旧岩城町であり、ここはプラムの産地でもある。土産にワイン1本買って来た。次に移動地は旧大内町。ここでは油絵展。地元で農業をやっている傍らに趣味で油絵を描いている方だった。

ここに向かう途中には折渡峠があり、中腹には千体地蔵が並んでいる。そこに立ち寄って、お詣りし鐘を打ってきた・・・コロナの感染の収束を願って・・・

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ここの地蔵様は一人ひとりから寄進された地蔵様で、冬になればカンジキをはいてお詣りされる。

ふたつの絵画展を見終わってからホームセンターに寄った。実はまだチューリップを植えていないのだ。そこで球根がほしくてあちらこちらを廻っている。ここは山間のホームセンターだから、売れ残っているものはあるだろうと・・・。しかし、市内にもなかったし、隣りのまちにもなかった。あったのは、スイセンが少しとムスカリが少しであった・・・

例年であれば、今頃は安売りしていたのだが今年はどうしてないのだろう。それだけ需要が多かったのか、まさかコロナに絡んで売りがはやかったのだろうか・・・俺はまだ植えていないのに・・・このままだと植える事が出来ないかも(トホホホホ( ノД`)シクシク…)

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仕方なく、きょうは胡蝶蘭を買って来た・・・

 

 

 

 

 

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残念だった野球、そして高雄さんの死

朝から穏やかな日和になった・・・従って、行きたいところがあったのだが、この天気が勿体なくてどこにも行かず、庭木の小さなものに支柱を立てたり、また葉ボタン等を植えた。それから落ち葉集めもし、冬囲いの続きもやって1日を終えた・・・

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きょうは朝から気になることがあった・・・実は本市を拠点にしているTDKが、きょうの試合の初戦なのだ。相手は京都の日本新薬、強豪だ。7年ぶりの出場のTDKチーム。以前は市民の応援団を結成し応援に東京ドームに行った。俺もそれに加わったことがあった。だが、今年は無観客試合だ、”都市対抗野球”である。

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市民の多くは某ホテルで大型画面を見ながら応援したようだが、そこまでして応援に行く気もない。夕方にネットでその結果を知った。残念ながら2対1で負けてしまった。TDKの3投手は奮闘し、許した安打は「4」と好投し、先発の鈴木投手は154キロの速球を見せたものの、一発にやられたようであった。今回は無観客試合、応援が直にあったら・・・或いは・・・等と考えてしまった( ´艸`)

薄暗くなって家に入ったら妻が・・・「矢口高雄さんが亡くなったようだよ」という。ラジオのニュースで言っていたと言うのだ。テレビのニュースを見ていたら、やはりそのことをトップにして報じていた。

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矢口高雄と言えば「釣り吉三平」はあまりにも有名だ。雪深い山里の増田町に生まれ、小さい頃から野山で遊んだそれが彼の漫画の基礎になっている。その彼がどのようにして漫画家になったか、出生からその日までを語ったことが、昨年、秋田魁新報”シリーズ時代を語る”として30回にわたって連載された。

それが今度まとめられて一冊の本になり、この9月に発売された。俺はそれを求めていて最近読み始めていた矢先だった。タイトルが「マンガ万歳」である。俺は新聞の記事も切り抜いていて読んだものの、改めてまとめたものを読んでいると、また彼の苦節が思い起こされた。

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彼は72歳で創作に終止符をうっているが、年を重ねるとやは故郷への思いが強くなったようだ。例えばこんな文章がある。「恨み呪った雪、恋しい」と・・・。彼が秋田を離れたのは30歳だ。雪の深い山里だった故、雪には恨みがあったようだ。雪国に住んでいる人間ならその気持ちが分かる。その雪から逃げたいこともひとつにはあったようだが、それ以上に故郷を離れる思いを強くさせたのは夢を実現したい、その思いだった。

銀行員を辞めて上京し、苦難の末に漫画家に転身していくのだが、それは人には分からない茨の日々だったようだ。そして、雪を恨んだ彼だったが、故郷を離れて思ったのは、雪への恋しさだったとか。画業50年・・・半世紀にわたっての活動は、秋田県を元気にしてくれた一人でもある。彼の出身地、旧増田町には「まんが美術館」があり、彼の業績を見ることが出来る。

夕方、鳥海山がきれいに見えたので、カメラを持って御堂坂に出たらなんとツバキが咲いていた。ヤブツバキだが、日当たりがよほど良いのだろう。

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鳥海山は相変わらずきれいだ。特に空気が澄んでいることから、この頃の鳥海山はましてきれいだ!

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面白い雲も見えたので、それとコラボしてみた・・・

 

 

 

 

 

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只今、リフレッシュ中?

時々雨が降ったりするものの、今の時季だから仕方ない。これからはだんだんと雨の機会が多くなり、やがて霙や雪に変わって行く。だが、俺にとってこの時季はリフレッシュ期間というか、失業中というか・・・要するに自由に過ごせる時季なのだ。但し、雪になったりすれば行動は当然ながら制限を受ける。だからそれまではこの期間を有効に活用をしたいもの。

きょうは西目の道の駅での写真展に行くことにした。出掛ける前にちょっとばかり、落ち葉の道を散策した。

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 落ち葉を踏んで歩くのは気持ち良い、誰もいない誰とも出会うことのない山道故に、ほっとハミングも出る。ただ、警戒はクマとの出逢いだ。今季のクマは未だにあちらこちら出没しているらしいから、俺はラジオを掛けながら、首にはホイッスルを掛けての散策。あるところでふと足を止めた。まるで俺の足を止めようとしてかのように、道端の拳ほどの石が俺の目を引き付けた・・・

鳥海山だ!手にすると本当にそんな形の石。三角錐の形は鳥海山の稜線を思わせた・・・それがこの石。鉢に上げると・・・

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犬も歩けば何とやら・・・俺は歩いて”宝物”に出合った・・・💕

先を進むとススキがなびいていた。用水路を挟んで、風に吹かれている様は、絵になる。これもまた晩秋の寒村のひとつの景色!

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今度は軽トラに乗った。黒潟の近くを通ったら水が少なくなっている。数年に一度、ここは水を払い鯉を捕獲しているので、今年はその年なのだろう。水が少なくなっている故に、白鳥の姿はない。遊んでいるのはカモたちのようだ・・・

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そのカモたちから離れているのは・・・サギか?

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西目の道の駅での写真展は「赤平薫写真展」だ。動物や鳥類の姿を生き生きととらえていた。この方の写真は初めて見た。冬の鶴や梟の写真はとっても魅力的だった・・・

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きょうは肉体もこころもとてもよくリフレッシュ出来た・・・😃

 

 

 

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孫が遊びに来、帰って行きました。

先ほどまでに賑やかだった我が家の居間は、妻が観ているテレビの音だけ。俺は食卓に💻を置いてきょうの記述を始めている・・・

ひいちゃん、ななちゃんが遊びに来たのは昨日の午後だった。サツマイモ掘りに来て以来だから、一ヶ月半ぶりの再会か?でも、孫たちはまたスラっとしたような大人びたような気がする。我が家に到着したらすぐさまにピアノに向かったななちゃん。

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ピアノを習っているわけではないから、自分の歌に合わせてただ鍵盤をたたいているのみ。それでも満足らしい。夕食、何食べたいと聞くとひいちゃんは「お寿司がいい!」とのこと。そこで出前を頼んだ。マグロが好きなんだとか、一丁前の事を言う。ひいちゃんはおどけて見せた(* ´艸`)クスクス

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二人姉妹の孫たち。仲が良いけど喧嘩もする。お姉ちゃんの遊んでいるものがほしくて、黙ってぐいと黙って取ってしまう。それでお姉ちゃんは(´;ω;`)ウゥゥ。その泣き声が大きい。それでもななちゃんは知らんぷり・・・

ななちゃんはおしゃべりだ。朝からひとりでしゃべっている。俺とは年が同じと思っているのか、俺にもちょっかい出してくる。それに俺が応えるものだから、ますます増長する。俺は相手にするから疲れる・・・疲れる。

息子は仕事が忙しいとの事で、昨日は嫁さんが孫を連れてきたのだが、午後からは仕事で近くにくるという息子。それで家に寄った。そのことを知ったひいちゃんは・・・・何か書いていた。見ると「お父さんありがとう」だった。そうなのだ、きょうは”勤労感謝の日”だ。それで書いたようだ。

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ななちゃんは、俺にも妻にも絵を描いてプレゼントしてくれた。

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自分たちのおもちゃのありかも知っている。長女から送られて来たおもちゃも多い。長女の子どもも二人姉妹。下の子が小学校の中学年になったら、おもちゃをいっぱい送ってきたので、それを我が家においてある。息子のマンションにもおもちゃはあるので、もらったものは我が家に置いて遊びに来た時用にしている。

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2階の次女の部屋にはそのおとちゃがいっぱいだ。だから、孫たちはそれを取りに階段を上っていく。この階段もおもしろいのだ。何しろマンションには中に階段ないからおもしろいのだろう・・

それでもやはり女子だ。次女の男の孫が来たらこうではない。女子だから、塗り絵などもするし、ピアノも弾くし、絵本を読んだりする。男の孫はそうはいかない。やれ鉄砲だとか刀だとか、車だ電車だ、ロボットだと煩い。

息子が4時頃、やって来た。すると今度はお父さんに・・・

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高い高い・・・飛行機だと喜ぶ。俺にはその力もないから、こんな芸当はできない。

ひいちゃんは明日から学校だし、ななちゃんは保育園だ。今度会えるのは正月だ。もう一ヶ月ある・・・

 

 

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